アーネンエルベの兎   作:二ベル

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英雄賛歌㉑

 再戦を願う者は必ずしも1人とは限らない。

彼は暗い岩窟の中で産まれ、同族であるはずの者達から敵視されてきた。同族とは異なる体毛に身を包み、本能とは違う理性を有し、生きるために誕生と共に戦いに身を投じ、力を磨いてきた。瞼の裏に浮かぶのは凄まじい轟雷の戦士達であり、刹那、自分の胸を穿った白い光だ。自分とは違う深紅の瞳と目があってそこで終わる。成す術などなく、完膚なきまでの敗北。けれど、もしも、もしも次があったのであれば―――。

 

 

<貴方が進む道の先に、彼はいるわ。美しくどこまでも飛んで行ける輝ける雷光>

 

 

彼が同胞といえる者達と出会って少しした頃に自分と同じような憧憬を抱く者がいた。そいつはすぐにどこかへと姿を消したが、お互いに言葉を交わさずとも言いたいことはわかっていた。早い者勝ち。ならば、ならば――――!

 

<簡単に負けちゃいやよ? できるだけ、できるだけ……時間をかけて、あの子の魂を輝かせて>

 

銀色の輝きに魅入られた時、彼はそれを受け入れた。その言葉の中に含まれる憧憬(だれか)のことなど、わかりきっていたからだ。夢の中に現れる白き輝き。あれへ挑戦できるクジを引いたのは、自分だったのだ。心の衝動に銀の輝きが包み込み、引き寄せられるように一直線へその相手へと向って行った。

 

――そう、再戦するために。

 

 

「【アストラルボルト】ッ!」

 

煙を突き破って星炎が雷の如くジグザグの軌跡を描いて飛んでくる。首を傾げるようにして回避すると炎は彼方へと消え失せていく。夜空だとか星空だとか、そんな地上にあるものはわからないがもしもそれと同じだというのなら何と美しい炎なのだろうかと彼は思う。()()()()()()()()()()()()()が、再戦を願う意志だけは伝わる筈だと戦意の炎を燃やす。もとより生きてダンジョンに帰還することなど叶わないと高を括っているのだ最後の瞬間まで戦ってみせようと猿轡を噛む口に笑みを咲かせる。飛び去っていく星炎の後を追うようにしてベルが姿を見せる。勢いよく飛び掛かり猿轡に掴みかかるとそのまま身を捻り、鼻っ柱へ踵を落した。ブラックバックは苦悶を漏らして背中から地に落ち、そして立ち上がった。

 

 

『フーッ、フーッ、フーッ』

 

荒ぶる呼吸を一定の間隔ですることで強引に落ち着かせる。肘を曲げ拳を前に、左右の足を前後に、ワンツーをステップを踏み始める。

 

(……ボクシングの構え? やっぱり普通の怪物とは違うんだ)

 

火照る身体を理性で冷却。

銀の輝きに魅入られた怪物からは本来の眼光が取り戻され、再戦者(リベンジャー)として戦闘の継続を示す。対するベルはブラックバックの連撃(ラッシュ)のせいで折れた右腕を確認すると、高等回復薬(ハイポーション)の入ったボトルに口付け、喉に流す。ひやりと流れ落ちていく感覚と仄かな甘みが広がった次には折れた右腕の具合を確認してそのまま顔に付いた土汚れを強引に拭い落とした。ヘスティアナイフのグリップを何度も握り直して感触を確かめて口元を笑みに歪める。

 

(ヘスティア様は復讐が下手すぎる…この武器は僕にぴったりだ)

 

視線だけを後方に向けてみれば、いつの間にかヘスティアはいなくなっていた。さすがに近くに留まるなんて馬鹿な真似はしないだろうと考え、ベルは怪物へ視線を戻す。見つめ合い、沈黙の時が流れ、攻撃に巻き込まれた建物が音を立てて崩れ落ちる。それを再開の合図とするように両者は再び駆け出した。

 

『ォオオオッ!!』

 

「―――ッ!」

 

右拳が放たれ、次には左拳が放たれる。

それを回避し、ジャラリと揺れて暴れる鎖を足場に蹴り、ブラックバックの背後、ボロボロになってしまった建物の屋上へと着地。ブラックバックは振り向きざま回し蹴りを繰り出しベルのいる3階建ての建物、その2階部分をぶち抜いた。

 

(第一級ほどじゃない……けど、Lv.5には近い感じ……推定Lv.4中位くらい……? ただ本能に任せて暴れるだけじゃない分、強く感じる……【明星簒奪(スキル)】のおかげで速度では僕が勝ってるけど……倒しきれない……それなら……!)

 

2階部分を失ったことでだるま落しのように建物が落下し崩れていく。バランスを崩しかけたベルは足元に手をついて魔法の詠唱を口ずさみながら走り出す。魔力の高まりに合わせて展開される魔法陣は次第にバチバチと雷を発し始める。魔法を行使しようとしているベルに目を見開いたブラックバックは猿轡を強く噛んで地面を、建物を蹴りつけて悲鳴を挙げさせて跳躍。ワンツーと建物の屋上を駆け、移動と跳躍を繰り返し左腕を真っ直ぐ横に伸ばしてベルへと猛進。巨大な体躯から繰り出される『ラリアット』である。

 

「~~~~ッ!?」

 

屋上を飛び移るようにして移動していたベルは、避けきれないと判断し屋上から真下へ飛び降りる。まるで爆弾が炸裂したかのような轟音が真上から響き、そのままブラックバックが建物を縦に引き裂くようにして落下してくる。破壊の魔の手に侵された建物が原型を保てるはずもなく、破片を撒き散らして崩れていく。その合間を縫うようにして走るベルを、鞭のようにしなっては暴れる鎖が邪魔をし、それを回避したところを人形でも掴むようにブラックバックは掴み上げ、地に叩きつけた。

 

「ギッ……!? わ……すれ…るな、我、等はお前と共に………あることを……ッ!」

 

肺から強引に空気を吐き出させられ、肉体を叩きつけられたダメージから鮮血まで吐いたベルはそれでも詠唱を完成させ、魔法を解放した。

 

「【アーネンエルベ】……ッ!」

 

戦う戦場に、一条の落雷が落ちた。

 

 

 

×   ♪   ♪

ギルド前

 

 

空より一条の雷が落ちていくのが見えた。

その落雷が誰の魔法(もの)であるのかなど、誰もが知るところ。

 

「エイナ、今のって」

 

「うん、どこに行ったのか心配だったけど……ベル君だ」

 

都市が混乱(パニック)に陥った当初。

エイナもまた男神が言い放った「ベルがいたから~」なんて言葉につられてひっぱたいてしまったことは記憶に新しい。王族妖精(リヴェリア)がやられたという情報が一番の要因でもあるが、冷静になれば大の大人が彼の話を碌に聞きもせず手を出すなんて恥ずかしいにもほどがあるという自己嫌悪が湧いてきて今も胸を締め付けていた。なんやかんやで心配していたところに、落雷が見えた。同僚のミィシャだけでなくギルドに集まっていた人々はその落雷の音に肩を揺らしてそちらへ見ては、「またあいつか」みたいな感じのことを口にしていた。

 

「大丈夫だよ、あの子強いし……【アストレア・ファミリア】はすごく強いもん」

 

「うん、そうだね」

 

翠の瞳に映る雷光にミィシャの話を聞いているのか曖昧な返事をするエイナ。

 

「…………」

 

そんな彼女達より少し後方。

常人の視点であれば見上げるほどの身の丈に、全身を重厚な鎧で包み込む『彼』もまた静かに今も戦っているだろう光を兜の隙間(バイザー)越しに見つめていた。

 

「なあアンタ、さっきは助かったぜ」

 

「あんな見たこともない怪物相手に……頼もしいわ」

 

「どこの派閥だ? その強さからして、第一級冒険者だろう?」

 

既に討伐が済んだ冒険者を捉えていた未知の怪物に手をこまねいた冒険者達が見上げながら『彼』を称賛する。畏れはあるが、それ以上にこの状況で『彼』の力を見せつけられた者達はその力に頼もしさを感じざるを得ない。いつからこの場にいたのかなんて誰もわからないし、どこの派閥なのかもわからない。けれど気がつけば、それこそ雷光の如くそこに現れていて、落雷が地に落ち抉り破壊するように怪物を破壊してみせた光景は彼等彼女等の記憶にしっかりと焼き付いている。

 

「すげぇ鎧だな、アンタ」

 

素顔もわからない、言葉を発さない。

物静かな『彼』は、それでも隙などない。それを冒険者達は感じとっているからこそ、余計に畏怖と尊敬を抱いてしまう。重厚な鎧に雷の紋章が刻まれた兜こそが『彼』を表す(シンボル)であり、この事態が収束した暁には酒場できっとその武勇が語られ、どこの派閥の冒険者なのだと話題にすることだろう。

 

「…………」

 

ググッと拳が握り締められる。

冒険者達の声に反応を一切示さず、ただ雷の落ちた戦場の方をじっと見つめる。不気味なほどの静けさを纏う『彼』は、まさしく嵐の前の静けさと言えるだろう。その場に行きたいという衝動はある。しかし、それをすれば今戦っている彼等の邪魔をしてしまう。そんな無粋な真似などできない。早い者勝ちであり、自分はクジでいう外れを引いたにすぎないのだと堪える。しかしビリビリと肌で感じる空気の揺れに、いずれ自分の番がくるだろうという確信めいた予感を抱かずにはいられない。

 

「…………」

 

だから『彼』は、その時が来るのをじっと静かに待っていた。

 

 

×   ♪   ♪

どこかの高台

 

 

肌がビリビリと震える。

落雷の震動が空気さえも揺らしているのだ。

エレボスは青白い光が落ち着いていく戦場の方を見つめながら、目を細めた。

 

「誰かさんがちょっかいを入れたな?」

 

まったく、怪物をけしかけるなんて、ひどいことしやがる顔を拝んでやりたいぜ! なんて思いながらしかし、その瞳に非難の色はない。エレボスにとって何一つとして害ではないからだ。

 

「アストレアの眷族(むすめ)達はまだ現れてはいない。ロキの眷族()達はしぶといな、流石だ。1,2日で今ある戦力で持ち直そうとしている。【勇者】ほどではないが使える奴がいる、か? 何にせよ、少年を孤立させた状態なのは都合が良い」

 

エレボスのいる高台近く、走り去っていく金の長髪を揺らす少女の姿が見えた。それを視認するとエレボスは口元に微笑を浮かばせて呟く。

 

「お前の標的(アリア)が向かっているぞ、治療を受けただろうが手負いだ。これでしくじれば流石に俺もお前を笑うぞ、レヴィス」

 

 

×   ♪   ♪

 

 

走る、走る、走る。

石畳を蹴りつけて、最大速度で駆け抜ける。

金の長髪を揺らし、愛剣を揺らし、少女はまさしく風の如く石畳の大地を駆けていた。

 

「――――っ」

 

ビリッとした痛みが走る。

あと数C(セルチ)ズレていたら死んでいた。

何もかも失ったまま、何も果たせないまま終わるところだった。疼き、熱ささえ感じる場所に一瞬触れ、悔しさを燃料に更に加速する。今も仲間達が戦っている。フィンもリヴェリアもガレスもどうなったかわからない。それ以前に、意識を失う寸前、瓦礫の中に消えていったリヴェリアのことが今も離れなくて、知りたくなかった。

 

<アリア、お前は連れていくぞ>

 

ぞくり、とまた貫かれた場所が疼いた。

瞼の裏に一瞬にして解体された仲間達の成れの果てが浮かぶ。抵抗も何もできず、死んだことさえ理解できずに彼等は殺された。それが悔しくてたまらない。

 

<アイズさん、いけません! 治療したとはいえ万全では……ッ!>

 

止めようとする友人を無視して衝動の言いなりとなって少女は駆け出していた。愛剣がすぐ近くにあったのは幸いだった。目的地などないが、だけど、なんとなく、彼女(レヴィス)が現れるだろう場所はわかっていた。

 

「負けない……絶対に……っ!」

 

駆け抜ける少女の瞳に、雷が落ちていくのが見えた。

金の瞳に青白い光が添えられ、それが誰の魔法(もの)であるのかを瞬時に理解し瞳を揺らす。彼も今、戦っている。なら彼よりも冒険者を長くやっている自分が足を止める理由なんてないとさらに速度を上げて、彼女は駆けた。

 

 

第二の暗黒期などと男神が宣った始まりの場所、ダイダロス通りへと向かって。

 

 

×   ♪   ♪

 

バチバチと音を立てて雷を帯びたベルが立ち上がる。対するブラックバックは息を呑み、瞼の裏に浮かぶ憧憬に胸を高鳴らせた。両手で胸を交互に叩くドラミングをしては、猿轡を噛みしめながら笑みに表情を歪ませ、大きな拳を振るった。

 

『ゴッ!?』

 

しかし、それがベルへ当たる前に。

ブラックバックの身体は仰け反り、浮き、そのまま背中から倒れた。何が起きたのか、ブラックバックは痛みが走る顎に触れながら身体を起こそうとしてそれを確認する。

 

『!?』

 

ブラックバックの瞳に、確かに映っていた。

バチッバチッ、と音を立てて蹴りを放った体勢のまますぅーっと消えていく女戦士(アマゾネス)を思わせる姿が。頭を振り、今度は自分の番だと拳を力ませて、立ち上がる。そして、時を止めた。

 

『―――――』

 

周囲の至る所に青白く輝く雷の塊、すなわち雷兵達がいた。それらはブラックバックを完全包囲しており、弓を持つ者は弦を引き、杖を持つ者は杖の先を敵に向け、槍を斧を剣を持つ者は肩に担ぎ、或いは地に突き立て「いつでもお前を狩れる」とばかりの威圧感を放っていた。

 

『ォ―――ォオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

咆哮を合図に戦闘が再開される。

暴れ出す巨体に合わせるように種族様々な雷兵達が襲い掛かった。

 

「――――フッ」

 

振るわれた剛腕を土の民(ドワーフ)達が往なし、その腕を駆けあがって只人(ヒューマン)女戦士(アマゾネス)が獣人が、その中に混じったベルが顔面へと拳打や蹴りを喰らわせる。強烈で激しく速い集団の攻撃はまさしく雷撃そのもの。

 

『ギ、アギィ……ッ!?』

 

仰け反ったブラックバック。その後方、雷兵達が力を返還するかのように消えていき、ベルは放電現象(スパーク)を伴って着地し振り返る。感電に身を痺れさせたブラックバックは口に咥えていた猿轡が壊れ、吐き出し、戦慄に瞳を震わせ魔法を使っていなかった先程までの彼とはまるで違うと力の差を歴然と味わう。仰け反った状態から体勢を取り戻し、一歩、二歩、と後退。

 

『フッ、フッ、フッ………ッ』

 

再戦を望んではいた。

だが、これほどまでに実力が追い付かないとは思ってもみなかった。敵は小さい身体だというのに、威圧感はあまりにも大きい。

 

<―――簡単に負けちゃいやよ?>

 

『!!』

 

誰かの言葉が脳裏をよぎると共に、銀の光が瞳を染め上げる。必敗などわかりきっている。しかし逃げてはいけない。簡単に負けてもいけない。何より、生存する未来などとっくに諦めているではないか。

 

『………フゥ、フゥー……』

 

「?」

 

魅了の輝きに支配されかけた恐怖を消し去られ、ブラックバックは両腕を挙げて戦闘体勢(ファイティングポーズ)を取った。急に落ち着きを取り戻した怪物の様子にベルが首を傾げているとブラックバックは踏み込み、右ストレートを打ち出した。

 

「っ!?」

 

砲弾でも放たれたかのような轟音。

腕に取りつけられている鎖も合わさって破壊範囲を広げた一撃は石畳どころか建物を当然のように破壊する。

 

『グゥゥゥ……!』

 

放った拳よりもさらに上へと身を躍らせるベル。雷兵達が盾となって『防御』するのではなく投げることで『回避』させたのだ。さらに空中で雷兵が現れ一、二、三度とベルを投げ、疑似的な空中移動をさせ、ブラックバックの後ろへと周り、放電現象(スパーク)を起こしながら突貫。

 

『……ッ!』

 

「…‥!」

 

ナイフを使った背後からの刺突(ペネトレイション)を巨体をくの字にして強引に回避。認識の外からの攻撃を間一髪回避した怪物は口に笑みを浮かばせる。一歩踏み間違えれば死ぬ綱渡りでもしているかのような、恐怖の裏側にある震えるほどの快楽が怪物に笑みを浮かばせていた。

 

『ガ、ァアアアアアアアアアッ!』

 

「ぁああああああああああっ!」

 

自らの命を賭した攻撃の応酬。

怪物が鞭のように鎖を振るう。

雷兵達による疑似的な空中移動でジグザグの軌跡を描いてベルがナイフで切りつける。負傷が増えていくのは怪物の方で、身体を破壊された雷兵達は爆発して最後の最期まで怪物を破壊する。それでもブラックバックは戦いの手を止めることはなかった。負けることはわかっていても、最期の瞬間まで願い、手にした再戦の機会を投げ出してなるものかと恐怖と快楽をごちゃ混ぜにしながら闘志を燃やす。何度も激しい連撃(ラッシュ)を互いに繰り広げて、距離を取る。いつの間にか毛が逆立つほどに周囲が帯電していることに気付いたブラックバックは、次に繰り出すのが最後の一撃であると悟る。姿勢を低く、互いに睨み合い、流れ落ちた汗がバチッと小さな雷に消し飛ばされるのを合図に両者は突貫する。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

「はぁああああああああああああああっ!」

 

一気に縮まる互いの距離。

ブラックバックは両手を組み、上から戦鎚の如く振り下ろす。ベルは地面スレスレを走りブラックバックの攻撃が当たるギリギリで身を捻り、雷兵を出現させることで()()()()()()()()()()。そのまま建物の壁を走り、雷兵をも使ってブラックバックの後ろへ回り込み雷撃さながらのヘスティア・ナイフを用いた投擲で巨体を貫いた。

 

『ゴ、ガ、ァ………ッ!?』

 

速過ぎる白兎の動きに、彼は対応しきれなかった。背中から身体を貫き地面に突き立ったのは小さな刃で、けれどその小さな武器は確実に彼の核を破壊していた。血を吐き、灰へと変わっていく彼は、悔しいながらも満たされたように口元を歪ませて崩れ落ちていく。自分という『再戦者』は少年にとって大したことのない相手だったのかもしれない。それでも冒険者にとって切り札にもなりうる魔法を使わせたことは確かだし、戦いの中でより一層、少年が強くなったような気さえする。取るに足らない戦闘であったとしても、やはり、もう一度戦えたことは心の中の渇きを満たせたようで、だからこそ彼はブラックバックは―――。

 

 

「はぁ、はぁ、は、ぁ…………君は、十分、強かったよ」

 

『!』

 

 

魔法を解除し、少年が灰となって消えていく己へ向けて言ったその言葉に心を躍らせた。彼は笑う。人語を発することができずとも、夢の中の住人、すなわち憧憬の相手と負けこそしたが戦えたことに喜び、満足し、銀の輝きにさえ感謝の念を抱き同胞達へ言葉も残さず、最期の一片まで消え失せるその瞬間まで笑みを浮かべていた。

 

 

×   ♪   ♪

歓楽街

 

 

「やあ、ヴァレッタ」

 

「あん? 勇者様じゃねえか、元気してたかよ」

 

「ああ、おかげさまでね」

 

 

人気も失せ、治安など崩壊したと一目でわかるほど様変わりした歓楽街で、小人族(パルゥム)のフィンはヴァレッタと相対していた。普段浮かべるいけ好かない小人族のフィンの笑みなどなく、けれど口だけは達者。そのことに舌を打つヴァレッタだが、自分が殺す相手であることは変わりなくその相手がわざわざ足を運んでくれたのだと唇を舐めて邪悪に笑った。

 

「なんだよその槍、どこで手に入れた?」

 

「ああ、これかい?」

 

フィンは身の丈ほどの白い布で包まれた何かと深紅色の歪な槍を肩に担いでいた。普段のフィンなら持たないだろう、禍々しさを持つ槍だ。指摘され、フィンは槍に視線を移してすぐにヴァレッタへ戻すと肩を竦めて言う。

 

「降ってきた」

 

「は?」

 

「ここに来る途中、目の前に降ってきたんだ。まあ、これも天啓かもしれないと拝借させてもらった」

 

「ケッ、ふざけたことをぬかしやがって……いいのかぁ、こんなところに来てよぉ。勇者様の大切なお仲間がくたばっちまっ―――」

 

「そういうのはもういいんだ」

 

「―――――ぁぁ?」

 

ヴァレッタの言葉を遮ってフィンが言う。

真実だろうが嘘であろうが、聞くつもりはないと。槍を抜き放ち、ゆっくりと穂先をヴァレッタへと向けていく。静かに空気が代わっていく。ヴァレッタはわずかに視線を泳がせて周囲の気配を探る。隠れ潜む暗殺者(アサシン)達がいることを確認するために。

 

「仮にも女性に血を強いるんだ、歓楽街(ここ)はうってつけだ」

 

「…………」

 

「君が僕のことを待っていたんだとしたら、もちろん寝床の準備(ベッドメイキング)は完璧なんだろうね? 僕はうるさいよ、そこのところ」

 

「…………」

 

「ああ、でも……染みをつけるのは、ベッドのシーツじゃなくて……硬い地面かな?」

 

「て、めぇ………」

 

「それじゃあ、ヴァレッタ………」

 

前髪が風に揺れて、どこかから鳴り響く雷鳴に耳朶を震わせ、フィンは身を沈ませてヴァレッタの懐へと一気に迫る。

 

「っ!?」

 

殺し合い(デート)の時間だ、死んでくれ」

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