何書いてたか忘れているレベルです。
「ヒヒッ、よぉ~アストレアぁ」
都市は未だ、騒がしい。
冒険者、闇派閥、武装した怪物達との三つ巴の構図が広がっており、その枠から外れてアイズ、ベル、フィンがそれぞれ怪人、機械仕掛けの竜、因縁の相手との戦闘を行っていた。アストレアの元へ行こうとするのが目的であるベルと同じようにアストレアもまたベルの元へ行こうと都市の中を進んでいたが、そこへ男神の声がかかった。卑屈な目に軽薄な笑みをしていて、背は猫背ではないが曲がっていて、両手はズボンのポケットに。上下ともに『ジャージ』のような装いをした男神だ。
「イケロス……? 何をしているの、こんな時に」
「
「…………そう、貴方、
目を細めイケロスを見つめたアストレアは、すぐに答えに辿り着く。イケロスはアストレアに護衛がないことを指摘したが、そのイケロスもまた護衛がいない。この非常時に対して。決してアストレアのように武闘派な一面を持つわけでもないのに。
「見抜いてんじゃねえよ」
「それで、貴方は今、私の元へ現れて何をしようというの? 保護を求めているわけではないでしょう?」
「お前を道連れにするって方法もあるんじゃねえか?」
「できるの?」
「……………ちっ、無理だぁ」
両手を上げて降参のポーズ。
アストレアは腰に佩いた剣に触れていた手を離し、静かにイケロスを見つめる。イケロスは両手をヒラヒラと泳がせた後、口を開く。
「冒険者に闇派閥……あとは武装したモンスター……まるで『悪い夢』でも見てるんじゃねえかって
夜の空を見上げて、軽薄な笑みを崩さずそう言う。
目を細め、長い吐息を吐いてがくり、と頭を垂れて続ける。
「俺の
ディックスと呼ばれる人物のことをアストレアも当然知っている。【
「……悪趣味が過ぎるわ、イケロス」
「ひひひひっ………!!
血の呪縛をもはね返すようになった眷族を祝福するように、イケロスは声を風に乗せる。
「ディックスは化物になっちまった……ダイダロスの悲願も潰えるだろうなあ」
「………?」
「自分で組み込んだ『
上げた顔を星灯りが仄かに明るくする。
軽薄な笑みに、少しばかりの寂しさのようなものを滲ませる表情をしていた。アストレアはイケロスのその表情に目を丸くした。
「イケロス………」
「なあアストレア、エレボスはどこだぁ?」
「わからないわ、でも、きっと今も高いところで盤面を見ていることだけはわかる」
「ひひっ、そうかよ」
「どうするの?」
「さぁなあ……けど、他神に自分のガキがぶっ殺されたってなったら、親としちゃあ責任とらせなきゃなんねえだろ? 俺はもっともっと見ていたかったんだぜ?」
「復讐でも、するつもり?」
「どうだろうなぁ?」
はぐらかすような、はっきりとしない発言。
目を細めて思考するアストレアは溜息を1つ零してイケロスへ命じた。
「それならイケロス、
「……あん?」
「貴方の
「………何?」
「エレボスに用があるのでしょう? でなければ私にわざわざ接触なんてしてこないでしょうし……」
「おいおいアストレア。お前に接触するのとエレボスに用があるのと、どう関係があるってんだよ」
「エレボスの狙いは『ベル』で、その主神は私。7年前の暗黒期にエレボスを逃してしまったのも私。 誰だって思うはずよ、多少なりともそういった因縁を持つ私ならエレボスがどこにいるのかわかるんじゃないかって」
「…………」
「彼は『悪』を標榜する神で、私は『正義』を司る女神……宿敵とは言わないけれど、今の情勢で私が動かないのはエレボスには都合が良すぎる。だからフレイヤによって私は外に出ることができている。エレボスは今も見晴らしのいい場所でこの状況を見ているわ、きっとね」
「…………」
「そして私はベルと再会しようとしていた。そんなところに、イケロス……貴方が現れた。決して偶然ではないでしょう? 貴方の派閥はとてもじゃないけれど表立って顔を出せる派閥ではない。地上にある本拠だってもぬけの殻だし……闇派閥との関与を疑われている派閥の主神としては周囲の目が集まると、面倒でしょう? だから私がこうして単独で動いているのは貴方にとっても都合がいい……エレボスの居場所でも聞こうと思ったのかしら?」
「……お見通しかよ」
「それで、貴方はこれからどうするの?」
「チッ……これだから委員長属性の女神は嫌いなんだ」
それは、言外の地上を彷徨っている『武装したモンスター』をどうにかしろということであった。にこやかに微笑みアストレアへイケロスは毒づいた。だがイケロスとてにこやかに笑みを浮かべる女神に言われるままに動くのは癇に障る。だから相も変わらず軽薄な笑みを浮かべて、イケロスはアストレアへ言い返した。
「あの白髪のガキに再会するんだったらよ、お前はこんなところにいるべきじゃないぜアストレアぁ」
「?」
「神々もガキ共も、どいつもこいつも見ている
「………」
振り返るアストレアは、静かにそびえたつ白亜の巨塔を見上げた。
戦闘音を頼りに、勘でベルを探すよりも今この時、再会する場所の目印としては申し分ないだろう。イケロスの「相応しい」というのは再会の場という意味もあり、見世物の舞台という意味もきっとあるのだろう。
「エレボスがベルを狙っているのなら、そうね……
ありがとうイケロス、と言って背を向けて歩き出すアストレアへイケロスは鼻で笑うような声を漏らす。そして最後に問うた。
「アストレア」
「イケロス」
ほぼ同時に男神と女神が唇を動かす。
「エニュオはエレボスだと思うか?」
「エニュオは
目を見開くイケロスに、振り返らず去っていくアストレア。
静かに吹いた風が肌を撫で髪にイタズラし流れていった。
× × ×
「戻るか、アストレア」
冷たい夜の風がエレボスの肌を撫でる。
風によって乱れる前髪を押さえるようにしながらエレボスは目を細めて、眼下の都市の景色を見下ろしていた。
「それが最適解。育成の時間も十分、あとはお前が少年の
男神の声を聞く者はいない。
返ってくる言葉もない。
構うことなく、エレボスは独り言ちる。
瞳に映るベルの魔法の輝きを認め、唇をわずかに笑みに歪めた。
機械仕掛けの竜の咆声は聞こえず、断末魔のような悲鳴を漏らし、落ちていったのが見えた。別の場所―ダイダロス通り―では炎でも使っているのか目立つほどに明るくなっていた。
「あの調子なら邪魔してくる者はいないだろう」
そう確信めいたことを口にして、一瞬、
「友よ、お前はこの盤面から何を企んでいる?」
× × ×
妙なのがいるなぁー、とフレイヤは白亜の巨塔にある神室の窓辺からそんなことを思った。今回の騒ぎが始まった頃から。気づくでしょ流石に、と思ったがどういうわけか大人しくしているようで起こるだろう混乱は発生していない。
「ベルは
だけど、とフレイヤはまるであらかじめ紛れ込ませていただろう『爆弾』へと近づいていく『白兎』を見下ろして結論を口に出す。
「子供達に紛れ込ませ騒ぎにもならないほどに気配でも殺しているのかしら? 他の神々は静観か…愉快犯的に放っておいているかだけれど……ベルにあの妙なのをぶつけるのが目的ね? なら、ここまでのことは全て前座」
人造迷宮内で起きたことも。
地上で孤立させられてしまったことも。
闇派閥の幹部と戦ったことも。
機械仕掛けの怪物と戦ったことも。
全て、
「………オッタル」
従者の名を呼ぶ。
部屋の片隅で佇んでいた巌の武人へ振り返らず、続ける。
「これから起こるだろうこと……誰にも邪魔させないで頂戴」
「神エレボスはよろしいのですか?」
「あんなのは放っておいてもいいわ。アストレアがどうにかするでしょうし。騒動も収束しつつあるし出払っている子達を使ってもいいわ。ロキの
自分達で対処できるでしょ、と涼し気に言うフレイヤを見やり、オッタルは短く返事をした後、部屋を後にした。部屋に1人残るフレイヤは
「ほらベル、あともう少しよ」
ベルとは別に
「頑張ってね」
瞼の裏に浮かぶのは、怪物に命を脅かされる
× × ×
駆ける。
駆ける、駆ける。
誰もいないストリートを駆けて、ベルは
「大丈夫……大丈夫……っ」
焦燥を誤魔化すように、自分に言い聞かせる。
女神にもしものことがあったらなんて、よくないことが頭に浮かんで、ノイズが走ったようにアルテミスの顔が脳裏をチラつく。それを頭を振って消し去って、石畳を蹴りつけた。近づいていくことで存在感を増す白亜の巨塔、避難していた群衆の姿もよく見え始めた。そこに、胡桃色の長髪を揺らす女神の姿も確認できた。どこかから戻ってきたのか、少しだけ肩を上下させて呼吸を繰り返し他派閥の冒険者達に声を掛けられているようだった。大方、過去にもあったように護衛もなしに出歩いていたことを注意されているのだろう。
あと少し。
もう少し。
別方向から何かが風を切って進んでいる気配がした。
女神の声が聞こえる。
彼女もまたベルへ歩みとっていた。
少しだけ白の衣が汚れているが、その身が脅かされた様子はない。よかった、なんともなかった。間に合った。これでシル達の助言通り、再会が果たされる。そう安堵を漏らした時だった。
「――――――――」
ベルは目を見開いた。
女神の後ろに、何かがいた。
とても大きな人影だ。
全身を覆う鎧。
それでもなお、その影は大きくて、それこそオッタルやザルドにだって負けないほどの存在感があった。今まで誰もその全身鎧の存在に気付かなかったのかと首を傾げたくなるほどに、けれど、今の今まで気配すら感じなかった異様さに、ベルは考えるよりも先に手を伸ばしていた。アストレアもその気配に気づいたのか、振り返る。アストレアの背後には、
『――――――――』
「――――まさか」
女神が何を言おうとしたのか、ベルにはわからない。
周りにいた者達もまた、同じく。
時間が止まったような空気が流れて、兜の隙間から見える瞳と目が合ったアストレアは目を見開く。どこからか見ているだろうエレボスは、呟いた。
「ヘルメスならどうするかって考えた場合、きっとあいつのことだこの状況では理知ある怪物をぶつけて死んでもらおうとするだろう。原点回帰だと言って。……が、わざわざ募集する必要もない。それに相応しい相手がいたのだから」
ベルが女神の名を叫ぶ声が空気を震わせた。
それにつられて止まっていた時が動き出したかのように人々の神々の悲鳴が鳴り響く。エレボスは耳朶を震わすそれらを受け止めてなお、呟いた。
「
エレボスの言葉を終えたその時に合わせて、全身鎧の存在は……怪物は、全ての者達に今まで殺していた気配のぶんまで最大級の警鐘を鳴らすかのように咆哮をぶち上げた。
『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
「アストレア様ぁああああああああああ!」
伸ばされた手が女神の身体に触れるまでの距離が埋まらない。
振り下ろされるは女神の身体を斬断する刃。
脳裏をチラつくは、少年が討った月女神の顔。
瞳が絶望に染まりゆく。
『ァアアアアアアアーーーーッ!』
それを遮るかのように。
金色の羽を散らせて、怪物と女神の間に割って入る何か。
割って入ってきた何かに女神はベルの方へと押しのけられ、ベルは女神を受け止める。振り下ろされた