アーネンエルベの兎   作:二ベル

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20巻読みました。
21巻まだぁー?


間空くと本当に自分が書いていた内容、忘れます。


英雄賛歌㉖

 

「【未踏の領域よ、禁忌の壁よ。今日この日、我が身は天の法典に背く―――】」

 

どこかから魔法が紡がれ始めた。

拡がる魔法円(マジックサークル)と溢れる魔力に誰もが中央広場に目を向ける。

そこに神の送還と見紛う白い光の柱が立ち上り始めた。

それは、膨大な魔力を使った『奇跡(まほう)』によるもの。

謳うは肉と皮を失った黒衣の魔術師(メイジ)

行使されるは800年一度たりとも成功しなかった本人曰く「無駄に魔法数(スロット)を埋めるだけの無駄な希望」だと恨んでいた『蘇生魔法』だ。

 

「ベル、大丈夫そう?」

 

「はい…ヴェルフも、ありがとう」

 

「……どうだ、具合は」

 

「さすがヴェルフって感じ」

 

「はっ、なんだそりゃ」

 

「持ってきてくれてありがとう」

 

「おう」

 

「……ベル、これはあくまで悪神(だれか)が企てた『物語(ぶたい)』。けれど、やるのね?」

 

「はい。正直、全然、何が起きてるのか理解が追い付いてなかったりしますけど……アレは僕が。そうしないと、いけないと思うから」

 

「そう。ならベル、少しだけ助言しておくわ」

 

「助言、ですか?」

 

「ええ……きつくなったら、ぐるっと周りを見てみなさい。誤魔化しや自己暗示の類になるでしょうけれど…力にはなるはずだから」

 

「はい………行ってきます」

 

「ええ」

 

女神と友人と会話を交わし、ベルは詠唱しながら敵の待つ方へ歩んでいく。静かに、けれど確かに。見守る者の中にはアストレアの身を案じて駆け寄ってきたアーディがいて、18階層のならず者たちがいて、そして神々がいる。顔を上げれば天高く建つ白亜の巨塔(バベル)から、熱の籠った視線を確かに感じ取った。

 

「【我等に残されし、栄華の残滓。 暴君と雷霆の末路に産まれし落とし(愛し)子よ】」

 

『………』

 

「【示せ、晒せ、轟かせ、我等の輝きを見せつけろ――お前こそ、我等が唯一の希望なり】」

 

魔力が熱を持って奔り、バチッバチッと音を立てる。

ごくり、と誰かが唾を飲みこむ音が耳朶に届いた。

Lv.3のあいつ(ベル)じゃ無理だろうと言う者の声があった。誰の目から見ても全身を鎧に覆われている『敵』は未だ静かに佇めども確かな『強者』の気配を滲ませていたからだ。

 

「【愛せ、出逢え、見つけ、尽くせ、拭え、我等が悲願を成し遂げろ】」

 

自分達も参戦するべきなんじゃないのか、と言う者の声がして神々が邪魔をするなよとニヤ付きながら制する。

 

「【喪いし理想を背負い、駆け抜けろ、雷霆の欠片、暴君の血筋、その身を以て我等が全てを証明しろ】」

 

最後の一小節を残して、ベルは『敵』の前に辿り着く。

紡がれる元賢者の魔法によって生じた光の柱を間にして立つのは、1人の冒険者と1体の怪物。

ステイタスの更新と回復を済ませ、中央広場に来ていた鍛冶師の青年がベルのために持ってきていた複数の武器を含めた装備を纏っている。風と臨界に達する魔力に揺れるのは処女雪のように白い髪と首に巻いた漆黒のロングマフラー。右手には紅の長剣(ビーフストロガノフ)、左手には黄金色(こがねいろ)の長剣―魔剣―が握られ、同じく黄金色の円形盾が装備されている。

 

「【忘れるな、我等はお前と共にあることを】」

 

対する怪物は鎖の装飾が施された重厚な鎧に、雷の紋章が刻まれた兜を装備し、一見すればそれが『怪物』であるとは思えないほどの静けさを纏っている。背に黄金色の斧を背負い、右手には巨大な両刃斧(ラビュリス)が握られている。オッタルのように巨躯を誇る冒険者が決していないわけではないオラリオで、彼のような『敵』が未だ怪物として認識されていないことが異様だった。

 

「まるで嵐の前の静けさだ」

 

とこれから始まるだろう戦いを見守らんとする神々の一柱(ひとり)がそう、呟いた。それほどまでに『敵』は気配を殺していたのだ。

 

 

「――【ディア・オルフェウス】」

 

 

どこかで姿を隠して行使された魔法が解放され、両者の横顔を照らしていた光の柱が砕け散る。代わりに無数の白光が螺旋をなし、甲高い清音とともに収束する。それと同時、ベルもまた魔法を解放した。

 

「――【アーネンエルベ】」

 

ジグザクを描いて天から落ちるようにして雷がベルを包み込む。目が眩むほどの雷光、耳を塞ぎたくなるような雷鳴。それを開戦の合図代わりに2人は口上もなしに雄叫びを上げ、地を蹴った。

 

「はぁああああああああああああ!」

 

『――ォオオオオオオオオオオッ!』

 

常人の目では完全に追いきれない速度の塊となり、紫電の軌跡を描いて『敵』に斬りかかる。正面からの袈裟切り――と見せかけ、一瞬、ベルの前に雷で形作られた戦士が腰を低く両手を組んで、そこへベルの足が乗り、打ち上がる。頭上への跳躍だ。ぴくりと反応した『敵』の動きを見切り、敵の間合いに入るギリギリのところで頭上へと躍り出た。そうして飛び上がると独楽(こま)のごとく上半身をひねり曲芸さながらの動きを見せると、黄金剣(まけん)を振るった。頭上からの砲撃だ。

 

『――ヌゥン!』

 

だが。

 

「!?」

 

それを敵は、()()()()

背負っていた使い古されたように傷の入った黄金色の斧を取って巨体を捻りながら振るう。するとそこから雷が放たれ、衝突したのだ。

 

(魔剣!? でも……!)

 

ベルの目から見てヴェルフの造り出した『魔剣』より相手の『魔剣』の方が威力は劣っていた。その証拠に相殺とは言うが殺しきれなかった雷が敵の鎧に傷を作り、石畳を抉っていた。自分の身を守る程度の相殺という芸当に驚かされるが、それ以上にベルの速度に対応してのける反射速度に、宙で身を泳がせたベルは絶句する。

 

『ォオオオオオオオオオオオッ!』

 

ベルの着地を阻止するように、今度は敵が動く。

魔剣の斧ではなく、両刃斧(ラビュリス)へ切り替え突進。

 

「くっ!?」

 

ベル目がけて放たれる両刃斧(ラビュリス)

ベルは腕を交差させて防御の構えを取ると、迫る両刃斧(ラビュリス)とベルの間に雷兵が生まれ交差した腕を蹴ることで回避させる。雷兵は切り裂かれるような形で消滅した。背中から地に落ち、ゴロゴロと転がって再び両刃斧が叩き込まれる寸前で地を蹴飛ばすようにして跳び上がる。ベルがいたところには爆発のような衝撃音が轟き、砂塵が舞った。体勢を戻すベルは砂塵舞う前方を睨む。

 

(数の暴力で圧し潰せるなんて思ってない……それよりも纏った方が良い……でも、敵が何なのか分からない……! でも、この滅茶苦茶な感じ、どこかで……!)

 

人間ではない、と心ではわかっている。

けれどあの鎧に覆われた中身がまるでわからない。冒険者となってから見てきた、或いは刃を交えてきた強者にも似たような感覚の中で一番近いのは【猛者】オッタルの空気(それ)。もっと言えば『頂点』だとか『覇者』という言葉が近いような、どこかで経験したことのあるような妙な感覚を感じていた。

 

(速度と魔剣では僕とヴェルフが勝る……でも、今のは()()()……)

 

それはきっと、相手も同じで砂塵が晴れれば戦いは再開されるだろう。頬を伝う汗が雷に弾かれる。剣と魔剣をしっかりと握りしめて駆けだせるように右足を前に構えを取る。

 

『―――ォオオオオオオオオオッ!』

 

敵の巨体が砂塵をぶち破る。

ビリビリと空気を震わせるほどの雄叫びを上げて、石畳を粉砕させベルへ接敵する。ベルは息を短く吐くと再び地を蹴った。正面衝突など選択しない、弧を描くようにして武器を持っていない左腕側から背後へ周る。

 

「ふっ!」

 

『ムゥン!』

 

背後に周りながら魔剣を振るったベルの動きに反応した敵が両刃斧(ラビュリス)を振るう。放たれた雷撃が敵の鎧を傷付け、両刃斧(ラビュリス)からの斬撃が地を滑る形で回避したベルの頭髪をわずかに切り裂いた。それでもベルは構わず魔剣の雷によって視界が光に覆われ反応が僅かに遅れた隙を見逃さずスライディングの形で敵の股下を通って跳躍、振り返った敵の兜に覆われた顔へと左手を突き出して砲声する。

 

「【アストラル・ボルト】ッ!!」

 

『ッッ!?』

 

星空を切り取ったような炎が連続して4射。

蹈鞴(たたら)を踏み、絶叫を上げる敵。

重力にしたがって地に落ちるベルは、それに抵抗するようにマフラーを解くと敵の兜に巻きつけ、腕の力で強引に接近。紅の長剣(ビーフストロガノフ)と魔剣を同時に叩き込む。

 

『グッ、ヴゥ……ッ!?』

 

反撃を許さない連撃にして、視界を埋め尽くす轟雷と星炎の砲撃に敵はベルを振りほどくこともできず苦悶を漏らした。

 

 

 

「あの子はまだ未熟」

 

美の女神が目を細めて言う。

 

「回避防御迎撃を同時に行わなければ……は、話にならない」

 

ダークエルフが呟く。

 

「未だ奴には死角が多すぎる。四方への意識がまるで足りん、不視を殺さねばそこまで」

 

ホワイトエルフが言う。

 

「けれど……飛躍的にあの子は成長してくれる。期待に応えてくれる」

 

美の女神が、その場にいない眷族と言葉でも交わすようにそう言う。自らの身体を抱くようにして腕を組んだ彼女は未熟な少年の僅かな表情の変化さえ見逃さず、笑みを浮かばせた。

 

 

 

 

決してベルへは届かない高みからの言葉。

周囲のどよめき、興奮の声、それすらもベルの砲撃と連撃と敵の絶叫にかき消され、そしてバキンっと金属が壊れるような音が響くとベルは飛び退いて距離をとった。取ろうと、した。

 

 

『グゥゥゥ………!』

 

「………!?」

 

煙の中から見える、人とは違う影。

鈍く輝く金色の瞳。

揺れる黒い体毛。

巨大な顎に命を脅かすであろう2本の角。

ガラン、ガランと破損した兜が地に落ち、音を鳴らす。

深紅(ルベライト)の瞳の奥に、()()が映りこむ。

何者かが建物の陰から、スパークする砲口を向けているのが見えた。

飛び退こうとしていたベルのマフラーを掴んだ敵は逃がすものかと今度は自分からベルを引き寄せ魔剣を直接叩き込んだ。

 

(………!?)

 

ベルの意識が別に移ってしまった瞬間。

痛打が容赦なく与えられた。

零距離放電。

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

更に(プラス)

雄牛の右後方から、禍々しい雷撃が1つ。

 

更に(プラス)

奥からは不気味な女の歌声。

 

「――――ガッ!?」

 

 

まるでお返しだと言わんばかりの敵の攻撃、いくらダメージを後回しにするとはいえ過剰すぎる損傷(ダメージ)を味わったベルは空気と血を吐き、煙を噴き上げ、決河の勢いで吹っ飛んだ。魔剣を喰らう寸前、突然の乱入についていけないベルの頭はフラッシュバックの如く記憶を掘り起こした。『怪物祭』で戦った、あの強敵(ミノタウロス)のことを。

 

 

×   ×   ×

 

 

カツン、カツンと靴底(ヒール)鳴らす音が響く。

石造りの階段を上っているのは、美神と処女神の2柱(ふたり)

 

 

「アフロディーテ、君が何をやろうとしているのか…いい加減、答えてくれ」

 

「ヘスティア、聞かなくてももうわかってるでしょ?」

 

「……君にかなり強引に血を抜かれたんだ。察してはいる。でも、答えてくれ」

 

出会い頭に殴られては神血を抜かれ、夜になったら来いだのと勝手なことを言ってくれたアフロディーテである。ヘスティアはジトリ、と睨みながら美神の解答を待った。アフロディーテは溜息を1つこぼした後、ようやく答えた。

 

「アルテミスの復活」

 

「それはもう聞いた。それと君と、いったい何の関係があるっていうんだ」

 

美神(わたし)処女神(アルテミス)ってどういう関係だったか覚えてる?」

 

「……アルテミスは君に対する安全装置(ストッパー)で、迎撃役(カウンター)……つまり、お目付け役だろう?」

 

「そ。私があいつを怒らすとお尻に穴をあけてくるのよ」 

 

「自業自得だぜ?」

 

石階段を上りながら天界時代のことを語らい少し笑みを浮かばせたのち、ゼェハゼェハァと息切れするヘスティアへと振り返りながらアフロディーテは告げる。

 

「……まあ処女神が美神に対する迎撃役にして安全装置なら、それを利用できるんじゃないかってこと」

 

「?」

 

石造りの階段が終わりを迎え、外気が肌を撫でてくる。

地上よりも冷たい空気はぶるり、と2柱の女神を震わせた。流れる雲間から、キラキラと輝く星々が瞳に映った。

 

 

「さ、置いていかれるんじゃないわよ…ヘスティア」

 

「………君、いったい誰の差し金でオラリオに来たんだ?」

 

観光目的で来たのなら、「巻き込まれたくないし、私関係ないからじゃあね~」と退散できたはずだ。少なくともアフロディーテは都市に居を置く神じゃない。アフロディーテがやろうとしていること、そしてヘスティアにさせようとしていること、それはもうヘスティア自身察している。だが、わからない。そんなヘスティアにアフロディーテは心底面白くなさそうに言う。

 

「ここに来たのはオリオンがどんな子か見てやろうって思ったから。まあ多少なりとも? 嫌がらせ……そうね、女神から寝取ってやろうかとか考えてなくもないっていうか?」

 

「最低だよ君」

 

「でもその前に、私はヘルメス伝いにある御伽噺を手に入れたの。正確には原作改変ものの二次創作だから、同人誌って言うべきかしら?」

 

「?」

 

「少し前に『戦争遊戯』があったんでしょ? その時の娼婦とガキンチョの話。それをヘルメスが流通させてたのよ」

 

「……あいつぅ」

 

眷族(むすめ)がすっかり気に入っちゃって、絶対サイン貰ってこいって言われたわ……嗚呼、やだやだ」

 

「話くらいなら知ってるよ、悲劇寄りの話だろう? それを書き換えた話……まあ、なんていうか? 女の子たちにやけに人気だよ」

 

それがいつの間にか書籍化され、世界に流れた。

他ならないヘルメスによって。

 

「じゃあ、ヘルメスが呼んだってことかい? この日のために?」

 

いったいいつから想定してたんだよ、あいつ。

ヘスティアはヘラヘラ顔の優男風の男神の顔を思い浮かべてイラァとしかけた。が、アフロディーテは「違うわ」と答えた。じゃあ誰が? と言おうとしたとき、不気味な女の唸り声のようなものが2柱の会話を遮った。

 

「アレがエレボスの最後の手札(カード)ね」

 

笑みを浮かべるアフロディーテは神威を解放し始める。

ギロッと横目に睨まれて、ヘスティアも大慌てで神威を解き放った。

 

×   ×   ×

 

「さぁさぁ、怪物(モンスター)を倒そうぜ、ベル君!! 倒して救って英雄になろう! 『喋る怪物』なんて何かの見間違いさ、目を背けよう、怪物であることに変わりはないさ!」

 

踊る、踊る。

眷族の手を取り、建物の屋根の上で舞踏よろしく華麗にまってはワン・ツーステップ。両手で膝を叩き、足元を蹴ってはリズム良く言葉を風に乗せて、舞台を進行を促すは旅人の神(ヘルメス)

 

「なぁに一匹殺せば割り切れるさ! 優しい君のことだ、きっと苦しむだろう! でもそんなのは一時的なもの、また立ち上がれるさ! 神々(おれたち)が君を退屈なんかさせないぜ!!」

 

一度は人類を滅ぼしかけた。

それが怪物。

人語を介そうが、変わりなく。

今更『融和』なんて絵空事。

何十世紀にもわたる憎しみと因縁を覆すなんて、大神だって「無茶を言うな」と言うだろう。

 

(おれ)御導き(シナリオ)に身を委ねよ、愛し子よ」

 

だから導く。

今の汚名を着せられたような状態のベルを何としてでも、『英雄』へと押し上げる。石竜を少年の知己にぶつけ、少年の手で救わせる。それがヘルメスの御導き(シナリオ)

 

 

「――――が、こうなるのか」

 

だらり、と力を抜いて腕を垂らし、膝を折って舞台を見下ろす。先ほどまでのテンションもどこへやら、溜息を零しつつ、やはりエレボスのほうが上手だと肩を竦めた。

 

「広場は『劇場』、住民は『観客』。そして主役は他ならないベル・クラネル……誰が想像できる? 劇場の中、それも観客に主役にぶつけるべき怪物が潜り込んでいただなんて」

 

石竜は現れなかった。

現れたのは1体の歌人鳥。

観客の中から劇場に飛び出したのは、暴力の塊と言ってもいい『雄牛』。

 

「アストレア様を襲わせるのも、神エレボスの企てであると?」

 

「そこはそうだろう。アストレアを守れなかった場合、この下界からは『正義』が失われるわけだ。他ならない正義の女神がいなくなるんだから」

 

穢れを知らぬ白い衣を纏う女神の中の女神ことアストレアは怪物の爪牙に辱められ、血に塗れ、下界を去る。それは同時に今もどこかで戦っているだろう正義の戦乙女達とベルの『恩恵』を喪失させることであり、力を失った子供達は漏れなく敵の手によって命を散らす。最悪の結末(エンディング)。それを脳裏に浮かばせたのはアスフィで頭を振って口を開く。

 

「守れた場合は?」

 

「そりゃあ、ベル君の立場は回復するし『正義』は失われない。それ以上にベル君の『大神の置き土産』という栄誉(ブランド)はより輝くだろう」

 

辱められるはずの麗しの女神を他ならない正義の眷族(ベル・クラネル)が助け出す。裏切りだとかなんだとか疑惑持ち状態だったベルの立場はもれなく回復せざるを得ないだろう。

 

「しかし……」

 

「ああ、しかし、だ」

 

そうはならなかった。

ヘルメスのシナリオはエレボスによって書き換えられたとして。

そのエレボスの『雄牛』に辱められる『女神』というシナリオは1体の歌人鳥によってぶち壊された。

 

「流石に俺も女神を襲わせようなんて考えない。そういうとこだぜ、エレボス……でもまさか怪物によって阻止されるとはエレボスも予想外だったろう」

 

激しく戦うベルと雄牛。

鎧が壊れて、身姿を晒し、魔剣によってベルは吹っ飛ばされたのが見えた。人や神の悲鳴が木霊しビリビリと肌と耳朶を震わせた。

 

「神エレボスの企てが失敗に終わって……これで終わりなのですか?」

 

「まさか」

 

尻を叩いて埃を掃い、ヘルメスはアスフィへ振り返る。

口元はいつものように笑みを浮かばせていて、むしろ「ここからだぜ」と言いたげだ。

 

「あいつがこの程度で終わらせるとは到底思っちゃいないさ」

 

「まだ、何かあると?」

 

「……アスフィ、俺は『運び屋』だ。それにエレボスに引導を渡すのは俺じゃあない」

 

目を見開くアスフィに、『運び屋(ヘルメス)』は口を開こうとした。

丁度、その時だった。

腹の底から響くような、恐ろしい唸り声が聞こえたのは。

 

 

 

×   ×   ×

 

「下界は『未知』に溢れている。予想外の事態だって起こるだろう。だが……お前達『冒険者』に邪魔されると、ベルへの試練にならない」

 

エレボスは地に平伏する冒険者達に冷酷に告げた。

冒険者達は冷や汗を流し、畏れ多くも神の御前に刃を持って現れたことを謝罪するように額を冷たい石畳に密着させている。

『神威』を解放した『神』に人類は抵抗できない。それこそが、エレボスが現状、何者にも取り押さえられていない理由だった。

 

「悪いな諸君、ようやく俺を見つけたのに何もさせてやれなくて」

 

「………っ」

 

男女の冒険者達が歯を食いしばるも、何もできない。

肌を撫でるような、人智を超えた存在の声音でエレボスは彼等彼女等を横切りながら言う。

 

「安心してくれ、子供達……俺はしっかりお前達にも御導きをくれてやる。ほうら……良いタイミングだ」

 

雷撃がぶつかり合うような轟音が聞こえる。

しかし、それよりも別の場所から地の底から何かがやってくるような音が聞こえた。

 

「ほら、仕事だぞ諸君」

 

『ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!』

 

死の神(タナトス)達が育ててきた、『竜』だ。放っておいたら全部失うぞ?」

 

左右6対の翼に、捕らえられたように生える女体。

しかしその巨躯は長く、蛇というよりはエレボスの言う通り『竜』を思わせた。

 

「な……!?」

 

「は!?」

 

「イシュタルを送還したことでちょうどいい『穴』が出来上がった。お前達も戦争遊戯で見た筈だ、古代の御業の再現を」

 

想起するのは、ベルが戦争遊戯中に見せた必殺。

――『終滅の天刑(ヘヴンズ・カタストロフ)』。

それは神々でも知るものが少ないとされる古代にあったとされる御伽噺にして『精霊の六円環』の再現。

 

「葬られたのは、人類では到底勝てないとされた『竜』だ」

 

「な、なにを……」

 

「うそ、でしょ」

 

「名を、『ニーズホッグ』。本物ではないが放置できない存在であることに変わりはない」

 

エレボスは冒険者へと振り返り、告げる。

逃げてもいいぞ、と。

都市から離れればあるいは生存できるかもしれない、と。

 

「しかしお前達の主神は今、どこにいるんだろうな?」

 

「っ」

 

主神(おや)を置いて我が身可愛さに逃げるのもいいが……さて、その後、お前達はまた神の眷族になれるのか? 神の愛を得られるのか?」

 

「っっ!」

 

「俺の眷族は主神(おれ)を逃がすために命を捧げてくれたぞ?」

 

呻るような、不気味な女の咆哮が木霊する。

気味の悪い歌を歌っているようだった。

嫌な汗が止まらない。

男神の言葉に悔しくて噛んでいた唇が裂けて血が流れた。

 

「さぁ、諸君……怪物(モンスター)をぶっ殺して英雄になろうぜ」

 

「……ぁ、ぁああああああああああああああっ!?」

 

唾を涙を汗を散らして、取り押さえるべき悪神のことなど記憶の彼方に遠ざけるようにして冒険者達は地を蹴って駆け出す。本能が現れた『竜』を放置してはならないと警鐘を鳴らしていたから。主神を守らなくてはと眷族らしいことを思ったから。自分可愛さに逃げてしまえば、この悪神の眷族以下の存在に成り下がってしまうから。そんなのはいやだ、と悪神から遠ざかり、ある者は主神の元へある者は敵わぬとも『竜』の元へ走りゆく。

 

「落ち着きなさい、貴方達」

 

けれどそんな彼等彼女等に、優しい女神の声が。

背を向け立ち去ろうとしていた悪神もまた、その女神の声に目を見開き、振り返った。

 

最悪な結末(そんなこと)には、させないから」

 

その女神の優しい声に続くように。

 

「アストレア………!」

 

「久しぶり、というのが良いのかしらエレボス? 7年振りの対面だし……一杯、ご馳走してあげましょうか?」

 

「………っ!?」

 

いつの間にか漂っていた()()にエレボスは腕で鼻を塞ぐ。微笑みを浮かべ、エレボスの神威を相殺するようにアストレアは神威を解放し、冒険者達の騒めく心を落ち着かせた。

 

 

そして、都市にあるすべての動きがほんの一瞬、停止した。

 

 

×   ×   ×

 

迎撃役(カウンター)

圧倒的な魅了の威力を弾く処女神達に与えられている役割。天界であれ下界であれ、界の危機に際してその権能を『神の力』ではない、己が司る『事物』を十全に発揮することを許される神々が取り決めた理にして、使命であり務めだ。美の女神がやらかせば、処女神は容赦なく()()()

 

「それを……待ってたのよ!」

 

そう言ってアフロディーテは神威を解放し魅了の力を行使する。

彼女の姿、声が届く範囲……その全てが美神(アフロディーテ)の領土。

 

「私の美から逃れられる者なんて、誰もいない!」

 

彼女の声が響く。

どこから取り出したか、拡声器(マイク)まで利用してドヤ顔を決めて彼女は言う。

 

「天に残る神々! ついでに、大地に立つ子豚達! 傾聴しなさい! 歌劇の国(メイルストラ)より足を運んであげたこの私、アフロディーテの声を! ずぅーっと歌っていた眷族達の歌声を!」

 

都市中に響き渡る美しい女神の声。

眷族達に設置させた音を反射させる機材による拡声だ。怪物の存在に、都市の現状に、揺れ動く下界の住人達の心は当然のように静まっていく。その美しい声に耳を傾けざるを得なくなる。それは怪物であっても例外ではなかった。そうして静かになっていくことで、ようやく耳朶に届いたのは誰かの歌声だった。

 

「絶世、玲瓏、極致―――。森羅万象において至高の美を司る、アフロディーテが神命します!」

 

緑の瞳が、紫に。

彼女の居場所を報せるほどに神威が輝いて。

彼女の声は高らかに。

女神アフロディーテは、堂々と胸を張って『侵略』する。

 

()()()()()! 耳朶を震わせる歌声に合わせて……歌って頂戴」

 

「はぁぁぁぁぁぁ!? 君、歌の女神じゃないだろぉおおおおおおおお!?」

 

神威を解放し巻き込まれないようにしていたヘスティアは思わず絶叫する。魅了するんだろうなあなんて思いはしても、いや歌えってなんだよというものだからだ。ただ、ヘスティアのツッコミは届かない。どこかの美神(だれか)さんが、アフロディーテ如きに好きにさせるはずがないからだ。

 

 

「ふふ、歌ってですって」

 

彼女はベルが吹っ飛んで行った方を見つめながら、笑みを浮かべて目を細めた。少年の魂はまだそこにある。そして、少年の魂に絡む神威の欠片もまた、見えた。

 

「あの言語を介する怪物達との約定もあるし……しっかり約束は守ってあげないといけないわ。でないと私の名に泥がつくもの。だから、ね……ごめんなさいね、アフロディーテ」

 

神威が解放される。

銀色の輝き。

それはアフロディーテの美よりも格上の威力で、つまるところフレイヤは悪戯な笑みを浮かべてイシュタルの時にしたように上書き……いいや、()()()した。

 

()()()()()()

 

銀の輝きが都市を覆いつくす。

アフロディーテの声は殺さず、けれど自分の声を上乗せして。

1人の少年に期待を胸に抱いて、彼女は言う。

 

「あの子のことを見て頂戴」

 

要求はそれだけ。

ベルのことを見て欲しい。

魅了による侵略に合わせて設定……もとい情報も共有する。

魅了を利用した情報の伝達だ。一々口伝えにするよりも手っ取り早い。

 

「時間はないわ、私の眷族達に導かれながら行くと良いわ」

 

全ての視線がベルへと集約される時こそ、フレイヤが異端児を地上から迷宮へ逃がすための猶予。散らばってはいるが動いているのが見えたフレイヤは「約束は守ったわよ?」と呟いた。例え抗議の声があろうとも彼女はきっと笑って誤魔化すだろう。

 

 

 

アフロディーテが都市に住まう全ての者達に歌うことを要求し、フレイヤがベルを見ることを要求した。いつから響いていたのかもわからない歌声に神々と人々の歌声が混ざりゆき、ベルがいる方を誰もが見つめていた。都市が『侵略』を受けたことで、ヘスティアもまた自らの力を解放した。

 

 

「こういう形で僕の力を使うとは思わなかったよ。でも、ああ、確かに面目躍如だとも」

 

イシュタルの時は何もできなかった。

一瞬の出来事とはいえ、その力に抗うことすらできなかった。悔しくて悔しくて仕方がなかった。

 

「アフロディーテ、君の…君達の思惑を僕はまだ完全には知らないけれど、やってやろう」

 

普段の親しみ深い温もりは消え、機能的で人間性を排除した『神性』へと切り替わる。

 

「この身は処女神。魅了の威力に平伏せず、其を断固として拒む。邪とは情欲、正とは貞潔。今、この地にかけられた魅了の呪縛を祓おう。すなわち破邪、浄化の祭炎」

 

アフロディーテによってヘスティアの神血は強引に抜かれている。その神血は薪に染み込まされ、家々へと。『祭壇』は用意されたのだ。ヘスティアの神威に答えるようにして数十、数百に上る光の柱が出現。わざわざここまでする必要はきっとない。アフロディーテ達が自分の意志で魅了を解除してやればいいだけのことだから。けれどそうせずヘスティアに役割を与えたのは、きっと彼女の屈辱を拭うためであり、別の理由があるから。天界時代の腐れ縁が故といえば優しく聞こえるが、アフロディーテはきっと素直に認めないだろう。

 

「ありがとう……アフロディーテ」

 

そう言って、彼女は胸の位置に上げていた右腕を水平に払った。

 

偽現・炉神の聖火殿(ディオス・アエデス・ウェスタ)

 

膨大な魔力とも異なる凄まじい神威が、雄叫びを上げた。

破邪の光が、浄化の炎が魅了に落ちた全ての者へ発散され包み込んだ。

 

 

×   ×   ×

 

「ベ、ベル………何だ、今のは!?」

 

「え、え!?」

 

魅了から解除まで、5分にも満たない僅かな時間。

けれど頭に焼き付いた情報に混乱する。

ベルを呼ぶ声も混乱する声も、いくつもの建物を巻き添えにして吹っ飛んだベルの耳には聞こえない。ギルドの受付嬢か、青年か、荒くれ者か、目を見張るような戦いが始まったと思えば今まで潜んでいた気配が膨れ上がり肌が粟立つほどの悪寒や恐れに足がすくむ。兜が破壊され、煙が晴れ、そこでようやく神々以外の下界の住人がベルが相手どっていた敵が『怪物(ミノタウロス)』なのだと理解したのだ。

 

『…………!?』

 

そのミノタウロスもまた、魅了の影響を受けたか動きを止め瞳を揺らしている。

 

『ヌゥゥ………』

 

頭を振って、思考を取り戻し、砲撃によって邪魔をしてくれた何者かへと怒りを燃やしギロリと目を向けたがそこには何者もいない。ならば、と自らと相対していた人間だと向き直り、一歩、二歩、と歩みを進めた。どこかから歌声が聞こえ、()()()()()、ぴたりと動きを止めた竜が瞳に映る。

 

『………』

 

知ったことか。

自分は、自分の望みはただ1つ。

同胞達に望みがあるように、自分にもまた望みがある。同胞を殺してしまった動揺がないわけじゃない。だが、目の前にいるのだ。恐らくは夢の住人(かれ)が。レイは自分の望みを後押ししてくれたのだ。ここで投げ出すことこそ、無礼極まるのだ。

 

『………来い』

 

だから、来い。

出てこい。

お前がこの程度で倒れるわけがない。

夢の中の住人は、もっと()()()()だった。

ここからだろう?

そう睨んで戦斧を握る拳に力を込めていると、ベルが吹っ飛んで行った場所からチカッと淡い輝きが見えた。空に輝く星々のように淡い輝きだ。その輝きは、何度も明滅し、一瞬で雄牛との距離を殺して衝突した。

 

 

『ッ!?』

 

戦斧と短剣が衝突し火花を散らす。

次に右腕を切り裂き、血を強いた。

器用に鎧を纏っていない部分だけを斬りつけ、雄牛が吠えて魔剣を地に叩きつけて放電、素早く動く何かとの距離を無理矢理に離した。

 

 

「………え、あれって」

 

誰かがそう言った。

 

「マジ?」

 

「あ、あいつは!?」

 

誰かがそんなことを言った。

 

「奴は死んだはずの三大処女神(トップスリー)の1柱……!?」

 

またまた誰かがそんなことを。

人々の視線が雄牛の前に現れた存在へと集まっていく。

月の涙を凝縮したような美しい蒼の長髪。

凛とした姿勢で、胸の位置で短剣を握り締めている。

神聖という言葉は()()のためにある。

身体はその神聖さを示すように淡い輝きに覆われている。

 

「アル……テミス……なのか?」

 

現れた存在に、動揺を隠さず神々が口にした。

天界の三大処女(トップスリー)にして、狩猟の女神にして、気高い彼女の名を。

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