「おいで、オリオン」
誰かが呼んでいる声がした。
短い付き合いだったけれど、懐かしい
でも。
「さぁ……一緒に冒険をしよう」
また、
『…………フゥー』
戦場に戻ればそこには、雄牛がいた。
全身鎧に身を隠していた
「………っ」
胸に手を当て、鼓動を…熱を、感じ取る。
空を見上げ、輝く星々を瞳に映す。
星が瞬くこんな夜だ、もういないはずの誰かに会える…そんな奇跡だって許されてもいいはずだ。何より、僕の心臓はまだ、
「………っ」
4本あるうちの2本のヘスティアナイフを両手に装備。
雄牛を挟んで立つは彼と彼女。
きっと、2人は今同じ感覚を共有している。
剣先の揺れ、視線の向き、息遣い、足の位置。そのすべてを読み取っているかのように互いに口元を微笑ませた。まるで波打っていた湖面が大人しくなるようなひと時。
そして――。
「――――ふっ」
2人は静かに駆け出す。
『ブォオオオオオオオオオオッ!』
対する雄牛は咆哮を上げてベルへ目がけて駆けだした。正面からやって来るベルへ戦斧を左腰の高さから右上へと振るい上げる。怪力による一閃が風に悲鳴を強いるが、ベルは足を止めず2本のヘスティアナイフを交差させると滑らせ、力の流れに抗わず打ち上げられることに身を任せた。雄牛の後ろからは彼女が接敵。短剣による背中目がけて袈裟斬りを繰り出す。それを雄牛は左に持つ斧型の魔剣を盾にすることで防御、ミチミチと太い腕に血管が浮き上がるほどに力んだかと思えば魔剣が発光しバチッと音を立てた。ベルの方へ向けていた重心を反転、彼女へと振り返るように魔剣を振るう。雷撃が彼女を喰らいつくさんと迸るが、それを轟雷が阻んだ。
『!』
「シッ!」
『ゴァッ!?』
ナイフから持ち替えた『クロッゾの魔剣』による相殺。
すかさず、彼女が武器を弓矢へと切り替え、至近距離で
『ォ、ォオオオオオオオオオオオオッ!!』
2人分の攻撃を怪力に物を言わせて、それぞれ2種の刃を戦斧と斧型の魔剣で強引に身体を回転させることで弾き飛ばす。少年も彼女も吹き飛ばされるが、地面を転がった彼女はすぐに手を付き、地を蹴り立て直しては少年の元へ全速力で駆けていき、そして両腕を前に出し幼子にでもそうするかのように受け止めた。
『フーッ、フーーーッ!』
静かになる。
風が熱くなった身体を冷ます。
地に足をつけた少年と彼女は隣り合って見つめ合い、そして、湖面を素早く鳥のように更に速度を上げた。
「・・・・すごい」
自然とそんなことを口にしていた。
近くで見ていたアーディも春姫も、まるで英雄譚や御伽噺の1ページを目の当たりのようにしているかのように胸を高鳴らせ、瞳を揺らす。
「アルテミス……君は、ベル君と冒険がしたかったんだね」
「死にゆく最中、最後の抵抗とばかりに神威を
撃ち込まれたことで出来上がったのは
「あそこにいるのは、アルテミスであってアルテミスでない。……あえて言うなれば【
「アフロディーテ、君達は……わかってたのかい!?」
「まさか、女神の神威が下界の住人の身体に入り込んで、想いに応えて、スキルになるなんて完全に『
アフロディーテは都市に拠点を置く女神ではない。
故に、オラリオ側からもたらされた情報がなければ、動くことはなかった。でも、アルテミスが派閥共々この下界から消え去ったという話は耳に届いてはいた。ヘルメスを捕まえて話を聞きだして、ようやく動き出して今、この場にいるというようなもの。都市が魅了の侵略を受けたとき……ヘスティアとアテナ以外の処女神の力が魅了を解除したというのも、その時に聞き出した。いくらなんでもあり得ないでしょ、と思ったが、アルテミスの神威をその時、都市中の神々が感じていたというのだからありえないことが起こったと考えるしかなかった。
「だから確証なんてなかったのよ。だから、その時の状況を再現しつつ、それを超えた状況を生み出すしかなかった」
ヘルメスを捕まえて話を聞いて「じゃあまた魅了しちゃいましょ?」なんて思ってはいたが、そもそもの話、アストレアがこうしてアフロディーテが都市に足を運ぶように策略していたとなれば女神的にちょっとムカムカする。だから彼女の言うことなんて聞かず、勝手にやらせてもらった。きっと
「私が都市を魅了する……確かイシュタルの時はあの子兎が瀕死状態か気絶状態の時に起きたって聞いたから、それと同じ状況でないといけない」
「………」
「重要なのはタイミング」
「タイミング?」
「ただ魅了しても、『後出し』でエレボスに都市勢力にとっての『
瀕死状態or気絶状態であること。
冒険者達では到底処理できない『異常事態』が起こること。
すなわち、アルテミスにとっての『
「アルテミスが出てくる前にヘスティア……あんたに魅了を解除させるという保険も必要だったわけ」
「アルテミスが解除してしまえば、それで役割を終えてしまうからか」
「そういうこと。観測できたのがイシュタルの時の1度キリだったからほぼアストレアとヘルメスの推測から導き出した手順だったけど……ほんと、委員長属性のくせにアルテミスと変わらず無茶なことを考えるものよね、アストレアは」
「………」
「それで? あんたは少しは気が晴れた?」
そう言ってアフロディーテは雄牛と戦う
「今度は、ちゃんと力になれてよかったわね」
「………っ」
アルテミスの身に何かが起きていた時、ヘスティアは何もしてやれなかった。神々の中でも地味だと自称する彼女ではあるが、その時ばかりはそれが悔しくて仕方なく、声さえかけてもらえなかったのが何より悲しかった。でも今は違う。瞳に映る影法師が『ヘスティア』の名を持つ刃と共に戦ってくれている。それがわかると胸が震えて瞳から何かが零れた。
「最悪な結果で終ったことが貴方の罪だと言うのなら……アルテミス、その罪は自分自身の手で清算なさい!」
素敵な恋をしたんでしょう? そんな小さな呟きが風に流れて消えていく。
1人の少年に恋をして、ボロボロに傷付けて、だからこそ少年の力になりたくて。そんな彼女の想いと少年の忘れないという想いが刻まれた『恩恵』の中でスキルという形として芽吹いた。少年の力の一部として生きて、そして今、目の前にいる強敵に対して、助力してくれている。格好よくて、優しくて、気高い
「言ったら、ヘスティア?」
こういう時に、言うべき言葉というものを神々は知っている。
「言え」
「言ってしまえ」
「叫べ」
「思い切り叫んじまえば」
「きっと、滅茶苦茶に痛快や!」
ニヤニヤと下卑た笑いを漏らしながら、
「やっちまえ!! アルテミスー―――――!!」
「やっちゃえ! ベルー――――――!!」
高いところから見ていたヘスティアが叫ぶ。
アーディがいつもの『君』をつけるのも忘れて、叫んだ。民衆も、神々も遅れまいと叫んで、それに応えるように少年と影法師は加速した。
「はぁあああああああああああ!」
青い稲妻を奔らせ、駆け抜ける。
『――――フッ』
面白い。
そんな笑みを浮かべたことを誰が気付くだろうか。
影法師とベルは再び駆け出す。
雄牛へ接敵するとそのまま2人はすれ違い急
「【
バチッとベルの身体が雷鳴を鳴らしては傷が修復されていく。
まるですべてが満たされているからこそ、豊穣なのだと体現するかのように。
「【ウルフムーン】」
バチッと雷鳴を鳴らして魔力で形作られている
『ガッ!?』
離れては、近づき交差して、また離れる。
その時に超高速で刃を交え、断ちにくいミノタウロスの身体を傷付ける。
『ッ!』
地を奔る雷とばかりにジグザグの軌跡を描いて何度も、何度も、何度だって。素早く眼球を動かし、巨躯にしては素早い動きを持って雄牛も負けじと2人の連撃を防ぎ、往なし始める。太い腕で払い、足で蹴り上げ、角を以てして刃を絡めて。けれど手数ではやはり雄牛に軍配は上がらない。狼が、熊が、鹿が、女神に呼応するかのように魔力で形作られては生まれ2人の邪魔にはならないように、けれど2人の力にはなれるように、嚙みついては爆発し、組み付いては炸裂し、雄牛が振るう戦斧をその身を捨て駒にして防御する。その早すぎる戦闘は最早、恩恵を持たない常人には瞳に焼くことさえ許されない。
『ォオオオッ!』
後へ跳躍し距離を取ると雄牛は「来い」とばかりに格闘の構えを取る。彼は決して今の状況を非難しない。ずるいとか卑怯だとか、1対1でやらせろだとかそんなことを思うような愚か者ではなかった。むしろこの状況を楽しんですらいた。だから笑って、襲い来る電光をその瞳に焼き付けるのだ。あの夢の住人との再戦を夢見たが故に。戦斧での戦闘では間合いが悪いと考えたか、雄牛は徒手空拳で応じる。それを2人は果敢に攻めていく。ベルの攻撃が防がれれば
『ムゥン!』
小癪。
右手でベルの細い脚を掴めばそのまま後方へ投げ飛ばし、
『ゴァッ!?』
雄牛の背に突き刺さっていたのはバチバチと音を立てる『ヘスティア・ナイフ』。振り返れば宙には蹴りの動作を終えただろうベルが瞳に映る。蹴り飛ばしたナイフが雷電によって熱を帯び突き刺さりそのまま感電によるダメージを与えたのだ。さらにベルが身体を回転させて第二射を蹴り放つ。超高速で空気の壁をぶち破りながら飛んでくるナイフを雄牛は雄叫びを上げて腕を振るい、弾く。けれど即座に
『ガァアアアアアアッ!』
「ふっ!」
おのれ、と揺らいだ頭に血を上らせたが直後、すぐ雄牛が吹っ飛ばされ地面を転がった。雷によって威力が底上げされたベルの蹴りが頭部に炸裂しわずかではあるが雄牛を初めて地に倒れさせた。初めに蹴り飛ばしたナイフから始まったベルが生み出した『隙』による
「同格か、アレ?」
「【
「3」
「「「はははは、寝言は寝て言えよ?」」」
「ていうか何であの女神様まで『
常に挟み撃ちを意識して、相手の反撃を許さないほどの速度で、何度も何度も…それこそ引き離された2人が再会を果たすように、鋭い斬撃の音色を奏でてそしてベルと
「【アストラル・ボルト】!」
「【月光砲】!」
『ガ、ァアアアアアアアアアアッ!?』
星炎が、月光が雄牛の胸と背へ炸裂する。
痛打となったか、雄牛も溜まらず絶叫を上げた。
「「「「おおおおおおおおおおおっ!?」」」」
驚愕を口にせずにはいられなくて、けれど答えなんて出せない。神様達は教えてもくれない。なんなら男神達は「がんばえー、あるてみすたまー!」とか言ってるし女神達は「キャーベル~抱いて~!」とか言ってるし。使い物にならない。だから答えは出せなくて、けれど目の前の光景に自然と拳には力が入ってしまって、汗を垂らしてしまって、恐怖よりも笑みを浮かべてしまう。もっとこの景色を見せてくれと本能が囁くかのように。雄牛と2人はそんなことなんて気にもせず、見もせず、ぶつかり合う。
『ァ・・・・ァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
けれど。
そんな戦いを邪魔立てする者がいるとすれば、たった1体の邪竜だ。魅了と解除による困惑という名の硬直を終えた女体を埋めた邪竜は生理的嫌悪さえ感じさせる叫喚を上げ、空気を震えさせた。雄牛も2人もそれに気づいて瞳を一瞬、そちらへ向けるとすぐに戦いを再開させた。
「【雨の音、風の音、波の音、月の涙、雷の大笑、
ただし、さらに周囲を驚かす行為を行いながら。
「【我等に残されし、栄華の残滓。 暴君と雷霆の末路に産まれし
ベルが歌う。
それはベル・クラネルに発現した2種の魔法であり、同時使用……すなわち、
「【星に刻もう。私は忘れない。貴方達がいたことを】」
「【示せ、晒せ、轟かせ、我等の輝きを見せつけろ】」
目の前にいる
「【誰よりも遠く、夢よりも速く。行こう、冒険はどこまでだって続いていく】」
「【お前こそ、我等が唯一の希望なり】」
2人の声が、次第に重なっていく。
雄牛も本能が告げているのか詠唱を防ごうとするが、敵わない。
「【傷を癒し、飢えを凌げ、この身を戒めるものは何もない】」
「【愛せ、出逢え、見つけ、尽くせ、拭え、我等が悲願を成し遂げろ】」
雄牛が石畳の上へ眠る『クロッゾの魔剣』を瞳に映し、それを拾い上げた。咆哮を上げ、振りかぶり、地へ叩きつけて砲撃する。
「【陸を越え、海を渡り、至れ前人未踏の領域へ】」
「【喪いし理想を背負い、駆け抜けろ、雷霆の欠片、暴君の血筋、その身を以て我等が全てを証明しろ】」
迫り来る雷撃。
『クロッゾの魔剣』はエルフをして「
「【天空を駆けるがごとく、この大地に星の足跡を綴る】」
詠唱を続けるベルの前に
「【
雷撃が直撃する。
「【
「【忘れるな】」
振り返る彼女が、優しく微笑んだ。
胸から下がなくなり、なおも崩壊していく。ベルは一瞬、瞼を閉じてすぐに寂し気な笑みを浮かべながらも力強く最後の一節を唱えた。
「【
「【我等はお前と共にあることを】」
とうとう完全に消えゆく
「【ビューティフルジャーニー】!」
「【アーネンエルベ】」
「光翼、展開!」
柔らかな光を放ち、計12枚の光翼が出現する。
最後まで戦えなくてごめん、でも、格好良かっただろう?