アーネンエルベの兎   作:二ベル

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英雄賛歌㉙

ベルと月女神の影法師(ミセス・ムーンライト)が共に戦っている同刻。

 

 

「はぁぁぁ!」

 

炎の鎧を纏ったアリーゼの剣がレヴィスの禍々しい剣が衝突する。鋭い眼光のレヴィスは舌打ちを漏らし邪魔者でしかないアリーゼへと拳を叩き込む。

 

「させない!」

 

それを防ぐのはアイズ。

風を纏い、神速を以てアリーゼとレヴィスの間に割って入る。となれば突き出した拳がアリーゼに届くことはなく後ろに飛び退かざるを得ない。

 

「第一級が2人……いや」

 

アリーゼ、アイズの後方に控えている後衛魔導士と治療師の姿を瞳に映してレヴィスは鋭い瞳を細めた。

 

「ええい、邪魔な!」

 

これだから冒険者は。

勝てないとは思わない。アイズだけを標的にすれば戦闘の勝ち負けを捨てて連れ去ることもできるだろう。レヴィスはアリーゼ達【アストレア・ファミリア】の存在をエレボスから聞き及んでいる。少数精鋭という言葉こそ相応しい正義の戦乙女達だ。彼女達は18階層で壊滅……つまり、身動きがとれない状態になっていたはずだが、ここにいるということはもうずいぶんと時間が経ってしまっていたのだろう。

 

「遊び過ぎたか……!」

 

「【剣姫】、まだいける?」

 

「…………はい」

 

治癒されたとはいえ、アイズもアリーゼも消耗していた。アイズは今回の騒動の始まりに受けたダメージがまだ残っている。もしも事態が事態でなかったのなら、都市最高の治療師(アミッド・テアサナーレ)は絶対安静だと言葉強く伝えていただろう。それはアリーゼも同じだった。あの黒いミノタウロスにやられたダメージが癒えきってはいない。今、彼女達を支えているのは一重に根性だった。

 

「負けたくない、から」

 

「……そうね、負けるのは嫌よね!」

 

痛む体に鞭を打って、乱れる呼吸を無理矢理押さえつけて。アイズが言ってアリーゼが笑う。目の前にいる敵は強くて、目視ができない魔法はとても厄介で。なんとか互いを守り合って戦えているにすぎなくて、でも、冒険者としてはやっぱり何度も同じ相手に負けるのは悔しくて仕方がなくって。

 

「エレボスのお膳立ては既に終わっている……ここまで時間をかけたのは私の失態か。仕方ない……アリア、お前だけでも連れていくぞ!」

 

怪力を以てして石畳を爆散させて豪速でアイズへと接敵するレヴィス。左手が開かれアイズの小さな顔を掴もうと迫り来る。アリーゼが割って入ろうとするが、それをレヴィスの剣が阻む。アイズが両手で愛剣(デスペレート)で防御するが、レヴィスは剣が左手を裂き腕の肉に挟まろうが気にしない。まさに自己修復を前提にした特攻と言える。アイズの身体が仰け反るほどの力で押し、ミチミチとレヴィスの肉が音を立てて裂けては血を吹き、押されるアイズの身体もビリビリと悲鳴を上げ始める。

 

「なんて力してんのよ!?」

 

「う……ぅうぅ……!」

 

1人でアイズとアリーゼと鍔迫り合いを演じて見せる化物。援軍として駆けつけては見たもののレヴィスの方が格が上だった。地上だったからまだよかった。これが魔窟であったならば敗北の色が濃くなっていただろう。

 

「……たくない」

 

「?」

 

アイズの口が何かを言葉にする。

瞳は前髪に隠れて見えないが、押しのけようとする力が強まっているのを感じた。そして、白亜の巨塔(バベル)の辺りから青白い光の柱…いや、稲妻だろうか? それが見えた時、アイズ達の声もまた木霊した。

 

「負けて、たまるかぁぁー―――!」

「負けたく、ない!」

 

アリーゼの声に押されるようにアイズの声が珍しくも大きく響く。炎が、風が、2人の想いが共鳴する。どこかから光が飛んできて、2人の背中へと入り込んでいく。瞠目するレヴィスは次の瞬間、爆風によって吹っ飛ばされた。

 

「なっ!?」

 

第一級冒険者を相手にしても決して引けを取らないレヴィスを吹っ飛ばすほどの火力。何が起きたのかと目を見開く彼女の瞳には()()()()が唸り声を上げていた。石畳をドロリと溶かすほどの炎熱。周囲を焼いて削る旋風。控えていた後衛魔導士と治療師も何が起きたのかと驚愕と共にあまりの熱に顔を腕で覆ってしまう。

 

あの子(ベル)もどこかで戦ってる……」

 

目の前で唸る火災旋風が弱まって晴れていく。

その中から2人分の声が重なって聞こえた。

 

「【テンペスト】」

 

「!?」

 

「【炎華(ルドベキア)】」

 

魔法の詠唱が聞こえた瞬間。

ふっと熱風がレヴィスを通り過ぎていった直後、目を見開くレヴィスは己の右腕が()()()()()()()ことに気付いた。通り過ぎた熱風へと振り返れば、そこにアイズらしき人物がいた。

 

「何だ、何をした、アリア!?」

 

「………」

 

長い髪を揺らして振り返った彼女は、アイズなのかアリーゼなのかレヴィスには判断をつけるこはできなかった。金の髪は赤みが混じっていて、炎がドレスのような鎧のようなものを形成している。足元はどれほどの熱さをもっているのか瓦礫や石畳が赤く染まっていた。()()()を纏ったアイズは不思議そうに胸に手を当てて微笑を浮かべた後、治療師達へと顔を向けて言葉を放つ。

 

「身体、お願いします」

 

何を言っているのか、レヴィスにはわからなかったが仲間達はそれがわかったのか驚いたように倒れているアリーゼを回収した。

 

「その炎、その風……!?」

 

『未知』を目の当たりにするレヴィスは結論へと至る。2種の魔法が融合したのだと。2人の背へ入り込んだ光が起因しているのだと。それはすなわち、あの光の柱が何かしたのだと。

 

 

 

 

×   ×   ×

 

 

竜が啼いた。

計6対の翼を広げて、おぞましい女の声で大気を震わせた。それを目に蹄鉄の音色が都市のどこかで。

 

 

「………」

 

「………」

 

地を駆けるは1体の一角獣(ユニコーン)。その背に跨るは2人の小人族。2人の間に会話はなかった。今からやろうとしていることを2人は言葉にしなくてもわかっていて、多少なりとも緊張はしていて、だからこそ、というわけではないけれど言うべき言葉だとか、不思議と出てこなかった。

 

 

『ァ、ァアアアアアアアーーー!』

 

 

やがて竜が啼いて、光が散りばめられた。

降り注ぐ星々のようなそれらは、大地を穿ち、人々から悲鳴を強制した。始まりの村にラスボスが現れたという言葉がしっくりくるような状況で、それに抗う者達がいた。女神の徽章を刻んだ美神の眷族達が魔法を撃ち矢を放ち死することさえ恐れず雄叫びを上げて駆けていく。

 

「フレイヤ様の御前だ、怪我させるなぁー!」

 

「不細工、不細工、不細工、不細工ぅ! 故に死ねぇええええええええ!」

 

「なんたる気色の悪い歌声だ! 我らが女神の耳朶を震わせるなど許しがたい!」

 

なんて言いながら。

それだけではない、どこかから怪物達の咆哮が聞こえてきたのだ。

 

『アォオオオオオオオン!』

 

『ォオオオオオオオオ!』

 

アラクネ、フォモール、ヘルハウンド、ウォーシャドウetc...etc...。それはフィンの腕の中に収まる少女が瞠目するほどで、彼女は当然のように困惑した。

 

「何故、逃げていない……!?」

 

逃げるチャンスならあったはずだ。

なのに、彼等はあの邪竜を敵として認め、駆けていたのだ。

 

 

「フェルズ!? どうして皆、揃ってないんだ!?」

 

迷宮へと戻ることに成功したリドがフェルズに詰め寄る。グロスも同様に詰め寄ろうとしたが損耗が激しいのか碌に動けやしない。都市の高い場所に設置した水晶(オクルス)から送られてくる光景を目にしてどういうことだと怪物達は叫んでいた。フェルズは静かに返答した。

 

「彼等は選んだんだ」

 

「選んだ!?」

 

「レイが……」

 

フェルズの魔法で蘇生したレイを見たフェルズが止まった言葉を再開。

 

「状況に流されるままの自分達はこのままでいいのか、と。神イケロスが焚きつけたというのも勿論あるだろうが……」

 

フレイヤが契約を履行してくれたとはいえ、同じ場所に異端児達がいたわけではない。散り散りになっていた者達は迷宮に戻るタイミングを逃した者がいたのだ。そんな彼等の元に男神イケロスは笑みを浮かべて言ったのだ。

 

「いいのかよお前等、このまま神々(おれたち)にいいように玩具にされたままでよぉ。人類と仲良しこよしになりたいんだろぉ? なのにこのまま帰っちまうのかぁ? 結局よぉ、お前等、何がしたかったんだ? ぎゃあぎゃあ喚いて隠れて……もう少し、マシな夢くらい見せてみろよ」

 

コケにされたように歯噛みして軋み音を鳴らす異端児達を前にイケロスは動じず、ケラケラと笑う。

 

「お前達にも『神話』がありゃぁ……ちっとは変わったのかもしれねえなあ」

 

彼の言葉に押されたなんて、認めることはしない。

だけど、このまま隠れていたって何も変わらないから。あの邪竜がいたら地上への憧れもクソもないから。アレはいちゃいけないのだと本能が叫んでいるから。冒険者達はきっと強くて自分達は生きて帰れる保証はきっとないから。

 

「じゃあ、迷宮の入口を目指して特攻してしまおうじゃないか……同胞(なかま)達」

 

アラクネの女が兜をかぶってそんなことを言って、異端児達はやれやれと応じた。そうするしかないから。状況に流されるというのならそれでいい、認めよう。どうあれ自分達はいいように遊ばれてきた日陰者。怪物が怪物に殺されたところで人間達は「ざまぁみろ」と笑うだけ。でも、うん、もし仮にだけれど。

 

「私達が人間を助けたら……アイツらはどんな顔をするんでしょう?」

 

そんなことを異端児の誰かが言った。

ひょっとしたら、少しはスカッとするかもしれないなと仲間達がクスクスと笑った。自分達のために怒ってくれた妖精がいて、帰る場所を見失った少女と共に行動をして、そして歌人鳥が恋をした人間の存在を知って、人類が敵であっても全員が悪ではないのだと知った彼等彼女等は天高くその存在を示す不気味な邪竜を目にして覚悟を決めた。

 

「生きていたら、また」

 

「今回の話をしましょう」

 

「フッフフフ、いいですね」

 

「レイに会えたら恋バナというものをしたいですね」

 

そうして今、美神の眷族に負けず劣らず決死の覚悟で特攻を決めていた。フィン達よりも早く前へ、ダンジョンを目指して。けれど、邪竜を殺すことだけは絶対だと考えて。

 

「………っ」

 

少女は悟る。

彼等はきっと、全員が生きては帰れないのだろうと。目を細める一角獣(ユニコーン)の背に乗せた小さな拳を握り締めて瞳を潤ませ唇を噛む。すぐに目の前の景色は鮮烈なものへと変わった。

 

降り注ぐ光の雨が3対のゴブリンを光の向こうへと消し去った。

被弾し倒壊する建物の下に2人の幼子を見つけた竜の娘が翼を広げて押しのけるようにして庇った。

そんな新参の娘を守ってアラクネが落ちてきた建物によって潰されて息絶えた。

 

「あ、あぁ……!」

 

邪竜から放たれた闇の魔法が勇士(エインヘリヤル)達を飲み込んでその命を喰いつくした。フォモールが炎に飲まれかけたエルフの代わりに焼き尽くされた。接敵したウォーシャドウが腕を振るわれただけで圧殺された。噛みついた4匹のヘルハウンドが邪竜の体内を巡る魔力によって爆散した。邪竜に組み込まれたような女体へと刃を突き立てた冒険者が氷の槍によって腰から上を失った。爪が、牙が、歌が、何もかもが命を奪う致命の数々(オンパレード)

 

「………っ」

 

フィンの目にもそれは見えた。

フレイヤの眷族達だけじゃない、他派閥の冒険者達も、そして自分の仲間達も命を賭して挑むその姿を。無謀だと誰もが言うだろう。けれど、彼等は恐怖に壊されるのではなく、勇気を以てして『冒険』へと挑んでいた。英雄になれるとは思ってもいないはずだ。ただただあの邪竜の存在を許してなるかと、怪物も人間も関係なく、戦っては散っていく。

 

「名を」

 

「!?」

 

「君の、名前を聞かせてくれないかい?」

 

フィンが少女を呼ぶ。

穏やかに、けれど力強さをもった声だ。

少女は涙を散らしながら振り返って、そしてその力強い瞳に目を見開いた。

 

「共に『冒険』をしよう。僕と、アレを討つ……そうだろう?」

 

色々あったからね、君の真名を聞く時間がとれなかったんだ。少女が落ちないように支えつつもフィンは言う。少女は目元を腕でぐしぐしと拭うと、深呼吸を1つ挟んで答えて見せた。

 

「私は……アーデ! リリルカ・アーデ! だらしなくて酒臭いソーマ様の……眷族です!」

 

地上に訪れたことでようやく帰ることができて、自分が人間であると思い出せた。自分の主神は格好いい男神でもなければ美しい女神でもない。ボサボサの髪にお洒落とは言い難い衣装で、それでいて酒臭い。でも、心がこの(ひと)なのだと認めていた。だから彼女はもう大丈夫。見失っていた帰る場所はもうわかった。自分が誰であるのかも理解した。だから今は、人間として、神の眷族として共に迷宮を歩いた彼等へと別れを告げるために駆け抜ける。

 

「良い声だ、リリルカ・アーデ」

 

力強く答えてくれた少女にフィンは笑みを1つ。

そして、力強い顔つきへと切り替えて歌う。

倒すべきは先にいる、邪竜である。

他のことは有象無象に過ぎず仲間(ラウル)達に任せていい。

だから、使う。

 

「【魔槍よ―――】」

 

フィンの詠唱に肩を揺らし、リリルカが右腕を後方へ人差し指でフィンを指しながら遅れて歌う。

 

「【聖槍よ】!」

 

フィンに張り合うかのように力強く、少女は()()()()()()()()を抜き放つ。目を見開いていたフィンは、こちらを振り返らずに続きを歌おうとしているのを感じて、何がおかしいのかわからないけれど、笑みを零して、続きを紡いだ。

 

「【血を捧げし我が(ひたい)を穿て】」

 

「【忘れ去られし其の(こころ)を放て】」

 

魔力が奔る。

蹄鉄が鳴り響く。

2人は、完成した魔法の名を呼んだ。

 

「【ヘル・フィネガス】!」

 

「【カエルム・ボウァル】!」

 

それは魔槍。

戦意高揚の『魔法』。

その効果は限界を超えた全能力の大幅の引き上げ。

燃え滾る好戦欲と引き換えに、まともな判断力を失った『凶戦士』となる。

それは聖槍。

決して、限界を超えた力を引き出すということはない。

理性を手放し、暴れ狂う戦士と化すわけでもない。

その効果は、魔法を行使することで生じるデメリット効果の『排除』。

 

 

 

「あの子にとって、(それ)が【勇者】が放ったものでなかったとしても……何者かもわからなくなってしまっていた自分を『人間』へと引き戻してくれた、『聖槍』に見えたのだろう」

 

 

羊皮紙を持つソーマが、少女がいるだろう方角へと目を細めて呟く。

暗黒期が終わりを迎え、ほぼ同時に行方不明となった少女は7年近くを迷宮で過ごしてきたことになる。口癖のように唱え、行使した魔法によって何度も姿を変えてきた幼き日の彼女が自分が何者であるのかなど正しく認識できるはずもなかった。自分の身体を貫き、血を強い、力を失い魔法が解けていくその瞬間、ようやく彼女は血だまりに映る自分の素顔を見て本当の自分を取り戻すに至る。勇者の名が汚されたあの時、1人の少女は紛れもなく救われたのだ。

 

「見ない間に大きくなった……俺の眷族(むすめ)よ」

 

こうして7年近くの歳月を経て、1人の少女は器を昇華させた。

少女より放たれた黄金色の螺旋はフィンの胸を貫き、けれど傷付けず、赤に変わった瞳を碧へと戻す。

 

「!」

 

目を見開くフィンはすぐに自分の状態を理解する。

【ヘル・フィネガス】が解除されたわけではない。

全能力の上昇はそのままに、判断力を失うというデメリットだけが消されていた。

 

 

「行け、フィン」

 

そして、1つ、男神の声。

風を切って進む騎乗しているフィンの耳朶を震わせる老神の声がした。声の方へ顔を向ければ鍛冶の神(ゴブニュ)がそこにいた。すぐに彼のもとを通り過ぎてしまったけれど、彼の声が背中を押してくれたような、今一度、お前の『勇気』を取り戻せと言ってくれているようなそんな気がした。だからフィンはそれに応えようと、もう1度、歌った。

 

「【(あらた)なる契りを此処に―――」

 

 

蹄鉄の音が鳴り響く。

風を切り裂く音がした。

炎の風が、猛威を振るった。

敵の悉くは地に倒れ、血の泉へ沈んだ。

捕えた者は自ら命を絶った。

女戦士の姉妹は同族を虐殺していった暗殺者達を殴殺した。

猫の耳と尻尾を揺らす少女は、今にも倒れそうなくらい疲弊している青年を支えた。青年は吼える邪竜を一瞥してすぐ走った。アレを討つのが誰なのか、知っている。彼じゃなきゃダメだ。少年(かれ)には譲れない。人造迷宮から帰還したリヴェリアを見つけ、ラウルは言う。

 

「リヴェリアさん、道をっ!」

 

「道、だと?」

 

「アレは団長が……! だから、道を作ってください!」

 

「……いいだろう」

 

そうして名を汚された勇者(だれか)のために仲間達が動いて、動いて、動く。都市の双璧と言われる派閥の1つ、【ロキ・ファミリア】の団結力は何一つとして輝きを失いはしない。そんなことを思考から外してしまっていた女郎蜘蛛(ヴァレッタ)は、1匹の狼によってその命を終える。

 

「は、はっ、ひひ……!」

 

狂ったように、或いは、壊れたように笑うヴァレッタ。

身体中がズタボロで血を流す身体は赤黒い。

囮にする部下もおらず、瓦礫から瓦礫、物陰から物陰へと第一級の底力とも言うべきか、ゴキブリ並みの生命力と言うべきか、しぶとく生き延び、人造迷宮へと悪の巣窟へと逃げおおせようとしていた。

 

「逃がすと思うのか?」

 

それを阻む声が1つ。

 

「あぁ!?」

 

「逃がすわけがないだろう」

 

「フィ、フィン!? な、なんで!?」

 

「おいおい、驚くようなことじゃないだろう?」

 

()()の仲じゃないか」

 

「あ、あの竜を放って私を……!?」

 

追ってきたフィンを見つけて、怯えたような声を零してヴァレッタは右に左にと逃げる。けれどその先々で――。

 

 

「どこへ行くの?」

 

「なっ!?」

 

またフィンが。

 

「に、逃がすわけ、ないだろ!?」

 

「さ、先回り!? ありえねぇ!?」

 

またまたフィンが。

 

「ほらほら、どうしたどうした、情けねえ声出してんじゃねえぞ!」

 

「くっ……!?」

 

またまたまたフィンが。

どこへ行っても先回りしたように、あるいは後から追ってくるように姿を見せる。何かがおかしい、あり得ない、そう思ったところでもう手遅れ。迷い込むのは袋小路。前に進める道はなく、進んできた道だけが唯一の退路。足を止め、振り返ったところでヴァレッタが見たのは、無数のフィン達。

 

 

「て、てめぇ……フィンじゃねえな!?」

 

いや、小人族(パルゥム)達だ。

建物の屋上、窓際、物陰、小さな体を利用して身を隠していたのか姿を見せてくる。そして手荷物何かを捨てたかと思えば本来の姿を露わにした。

 

「――――――」

 

言葉を失う彼女を、小人族(パルゥム)達は笑いはしない。

同情も憐みもしない。

1人の小人族(パルゥム)の少女が杖を構えながら言う。

 

「ここは貴方を倒すための『森』。私達の目は決して貴方を逃がさない」

 

神ヘルメスの眷族の1人だ。

 

「【勇者】の仇だとか、そんなことはこれっぽっちも考えていない。本当さ」

 

「だがしかし、我々にも思うところはある」

 

「フレイヤ様からのお許しは既に得ている」

 

「思うがままにせよ……すなわち」

 

「「「「お前の抹殺だ、クソ女」」」」

 

女神フレイヤの眷族の4人だ。

 

魔法具(マジックアイテム)ってのは便利だよなあ……ってのはいいとして、同胞を辱めてくれてたんだ、そりゃあ小人族(わたし)達だってキレるってもんだぜ。せめて勇者様の目に映らないところでくたばってくれ。その方がテメェも悔しいだろ?」

 

女神アストレアの眷族の1人だ。

歯をギリギリと軋ませるヴァレッタは自分を包囲する小人族達に怒りの炎を見せるが負傷した彼女よりも4兄弟の方が圧倒的に早かった。

 

「遅い」

 

「ぎっ!?」

 

大剣の一振りが背を撫でた。

血が噴き出た。

 

「鈍い」

 

「ぎゃっ!?」

 

大槌の薙ぎが右腕をへし折った。

あらぬ方向を向いていた。

 

「汚い」

 

「ひぁっ!?」

 

槍の乱打が四肢の肉を削いだ。

生娘のような悲鳴が鳴った。

 

「そうら、踊れ踊れ」

 

「が、ぁぁっ!?」

 

大斧の振り上げが彼女の腹から胸にかけて切り裂いた。

血飛沫を上げながら地から足を放し、わずかな浮遊体験をした後に地を転がった。

 

「ひゅ、ひゅー……ひゅー……っ、く、ぅ……じ、にだぐ…ねぇよぉ……!」

 

「そう言った人達を殺してきたのが貴方達でしょう!?」

 

「逃がしたらテメェ、また同じことを繰り返すじゃねえか」

 

魔法と矢の雨が、ヴァレッタを地に縫い付けんばかりに降り注ぐ。落ちてきた爆弾が次々に爆発し炎上、彼女を追いつめていく。

 

 

「が、ぎ、ぃいいいいいいいいっ!? くそったれがぁああああああああ!?」

 

その身を焼かれながら、血が流れていない場所などないほどに傷つきながらヴァレッタは逃げおおせる。来た道へ戻るようにして、包囲を抜ける。小人達は追ってこない。けれど爆弾と魔法と矢の雨は追い詰めることをやめないとばかりに振り続ける。

 

「くそ、くそくそくそくそくそ、どうして私が……こんな目にあわなきゃならねえんだ!?」

 

肉を削がれ、身体を斬り裂かれ、身体のあちこちは火に包まれ、それでも長年の執念がそうさせるかのように彼女を生存させる。けれど、それで終わり。

 

「チッ………」

 

「――――――ぁ」

 

眼前に立つは鋭い眼光を宿した狼人(ウェアウルフ)

牙を剥く彼の足は煌々と燃えていた。

 

「あ、ぁぁぁああ……!?」

 

ズカズカと迫る狩人。

一歩、二歩と後退するヴァレッタ。

けれど後ろは未だ爆炎の音。

逃げ場はもうない。

輝く月が狼人(ウェアウルフ)に獣化を許す。

すなわち、絶狩。

 

「待て、待て待て待て待て……!?」

 

「くたばり……やがれぇえええええええ!」

 

それで終わり。

因縁の勇者に看取られるでも仕留められるでもなく、彼女の命はここで終った。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

「そりゃぁ、怒るだろ」

 

エレボスのアストレアの言葉を肯定する。

邪竜が現れ、稲妻のような青白い光の柱を横目にエレボスは冷たい眼差しをアストレアとヘルメスへと向ける。

 

「下界の住人への改造なんてもってのほかだ。それは神々(おまえたち)だって知っていることだろう? アルテミスの時だけは許されるのか?」

 

「結果的なものだ、エレボス」

 

「論外。そんな理由がまかり通って良いはずがないだろう? それなら他の神々だって同じ言い訳をする」

 

青白い光の柱から計4つの光が飛び散って、どこかへ行った。

そして炎の竜巻と黄金色の輝きが生まれた。

『未知』の何かが起きていると神の勘が告げているがエレボスはベルの方を向いて言葉をつづけた。

 

「アストレア、俺はお前が何より怒りを見せないのが気に入らない」

 

悲しみはあるだろう。

神でありながら無力感を恨むこともあるだろう。

だが、アストレアからベルの身にあったことに対する怒りを感じたことはなかった。

 

「自分の眷族()だろう?」

 

「ええ、私の眷族()よ。あの子の身に起きたことを聞けば、一緒についていってあげればよかったと思いもするし悲しみ、あの子の家出に目を瞑りもする。けど、怒るべき対象はどこにもいない」

 

「………ヘルメスにもか?」

 

「思うところがないわけではないわ。けれど、あの時アポロンもヘルメスもできることをしたにすぎない。たらればを語ればキリなんてないし、そうせざるを得なかったからそうしたんでしょう? アポロンに怒ればベルを元に戻してくれる? 連れて行ったヘルメスを怒ればベルは傷つかずに済んだ? アルテミスに選ばれさえしなければ、ベルは願望から目を背けずに済んだ? 答えなんてないわ。それにあの子のために怒ってくれる子がいて、そして貴方も怒ってくれている……私まで怒ってしまったら、それこそベルを困らせてしまう」

 

輝夜達はちゃんと怒ってくれた。

エレボスも怒ってくれている。

ヘルメスやアポロンは申し訳なさを感じているだろう。

だからアポロンは自らオラリオを去り、アルテミスの代わりをしている。アストレアまで怒る相手もいないのに怒ってしまえば、きっとベルは戸惑うだろう。いつも心優しく微笑む女神が怒っているところなんて見たがらないだろう。

 

「だから私はあの子が倒れそうになれば支えてあげるし、背を押す。心細くしているのなら、目一杯抱きしめる……それが私にできることで、あの子が求めていること」

 

アストレアは青白い光の柱に目を細めて、エルソスに地に訪れた時のことを思い出しながら続ける。

 

「あの子は強くなりたいと言った」

 

「!」

 

「何もせず後悔しないように」

 

「っ!」

 

「誰かがいたことを忘れないと、あの子は確かに言った」

 

だから私は私自ら、誘導するようなことはしない。

あの子の決意に糸を引いたりしないのだと力強くアストレアは目を見開くエレボスへと言う。

 

「あの子は私達が何をしてやる必要なんてなく、自分の意志で歩いて行ける。私はそう、信じているわ」

 

あまり無理はしないでほしいけれど、と言って口を閉じた。アストレアの言葉が終わるのに続いてドンっと腹の底から揺れるような振動が響いた。

 

「あれは……?」

 

稲妻のような青白い柱が硝子のように罅割れて砕けた。

そこにいたベルの姿が見えて、けれど、エレボスを始め神々は自身の目を疑った。

 

「おいおいおい、何をしたんだベル君は……!?」

 

青白く、けれどアルテミスの黄金色の神威が稲妻のように全身を縁取っている。展開したはずの光翼はどこへ行ったのか背にはなく代わりとばかりに頭上に純白の輪が1つあった。

 

「ベルの恩恵が……()()()

 

「「!?」」

 

これは1つの『未知』にして、此度最大級の『異常事態(イレギュラー)』。

超越存在には程遠く、けれど人智は越えた存在。

驚愕に顔を染める神々は開いた口をそのままに、その存在をあえて『疑似精霊』と称した。

 

「アストレア……ベル君の【ビューティフルジャーニー】ってどういう魔法なんだい?」

 

震える声でヘルメスが問う。

アストレアは頭を振って、わからないと答える。

 

「ただあえて言うなら……まだ見ぬ未来へ至るための力……」

 

「とするなら、あれは1つの到達点か? エレボス、お前の望んだものか?」

 

「…………違う。違うが、悪くない」

 

 

×   ×   ×

アイズ、フィン達の背へ光が入り込むのとほぼ同時。

青白い光の柱が砕けて、ベルはその姿を現した。

変身などというには姿かたちは変わっておらず、あえて言うなら神威と魔法の光が身体を覆い縁取っていること、光翼はどこかへいったのか、代わりに純白の輪が1つ。ゆっくりと開かれた瞼、深紅の瞳もまた輪郭を同じように青白く淡く輝いている。

 

 

「…………」

 

両手を閉じたり開いたりしながら、ベルは自分に何が起きたのか理解しようとした。けれどできなくて、頭がすっきりしていて、身体が軽い。ただわかるのは、運命の女神(アルテミス)が傍にいてくれているような気がするということ、負けないで、勝ってと背中を押されたような気がしたということだった。それは、その想いは、ベルだって同じだった。

 

 

共鳴する意志によって、器は喚起した。

背中に刻まれた恩恵は熱を帯びて弾け飛び、神の眷族から脱却を成し、性能限界を超えた領域へと進化する。

 

『……………ジュ、ピ……ター?』

 

邪竜に生えた女体の口から聞こえた名が誰の耳に届くだろうか。

ベルの耳にだって届くことはなく、「負けない」という想いに押し出されるように、少年は、一条の『雷霆』となった。

 

 

第二宇宙速度、混戦(クロスオーバー)

未知との遭遇。

共鳴する意志。

拡散する力。

すなわち、疑似精霊化。

 

視界前方にいた猛牛との距離を()()()()()()()、雷の双剣を閃かせる。

 

『ッッ!?』

 

「ふぅッッ!!」

 

急迫とともに繰り出された雷斬の鯨波に、猛牛は戦斧と魔剣を盾として利用した。生まれるのは甚だしい稲光と雷鳴。そして尋常ではない『速度』。放電現象(スパーク)を絶えず撒き散らすベルはまさに雷の化身となって強敵を襲った。神々は興奮に頬を染め、目の前で起きた『未知』にして『異常事態(イレギュラー)』に涎を垂らし、後の神会(デナトゥス)にてランクアップしていなかったベルへの当てつけか、この時のベルへ以下の名をつけることとした。

 

男神(ゼウス)女神(ヘラ)、その両眷族の間より生まれた彼へ与えられたその名は、『雷霆(アルケイデス)』。

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