アーネンエルベの兎   作:二ベル

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あと何話で片付くのか。



英雄賛歌㉚

 

「こ、今度は何が起きてるんだ!? ベル君が攻撃するたびにビカーッて光って……何も見えない!!」

 

「……わからないわ」

 

雷霆と化した少年は敵との距離を一瞬でかき消し、雷の双剣を閃かせていた。急迫とともに繰り出された雷斬の海に、ミノタウロスは戦斧とクロッゾの魔剣を咄嗟に盾として利用した。生まれるのは甚だしい稲光と雷鳴。そして尋常ではない『速度』。放電現象を絶えず撒き散らすベルはまさに雷の化身

 

「2つの魔法の同時行使がベル・クラネルを『雷霆』に変えた……」

 

先程までベルと共に戦っていたアルテミスはベルの【アーネンエルベ】によって形作られていたにすぎない。この下界に存在するのかはわからないが、もしあるのならば『分身魔法』に近いと言っていい。ともかく月の影法師(ミセス・ムーンライト)と2つの魔法を詠唱し、行使したことでベルは今の状態に至っている。ヘスティアもアフロディーテも顔の前で腕を覆って必死に目を凝らす。

 

 

「魔法の同時詠唱と同時行使なんて、下界にできる眷族はいない」

 

「ああ、それこそ口が2つでもないと無理だ」

 

「あるいは、肉体がもう1つなければ……ね」

 

眩い雷光に目を細める神々が言う。

超越存在たる頭脳をフルに回転させて、ベルが人智を越えたことの答えを紐解こうとしていく。そうしている真っ最中にもベルと猛牛の戦いは激しい雷鳴と共にベルが圧倒していった。

 

「始まりはミノタウロス……というより、将軍とベルの戦い」

 

「両者共に魔剣を利用したぶつかり合いだったね」

 

「でも邪竜(じゃまもの)のおかげでベルは瀕死に陥った。これで第一幕は終了」

 

「しかし俺が呼び出した邪竜は、アフロディーテの魅了、ヘスティアの浄化の炎と……ソーマの神酒(さけ)のおかげで、わずかな時間とはいえ混乱を起こし邪竜共々、どいつもこいつも動きがとまった」

 

「そして第二幕……月の影法師(アルテミス)とベルの再会」

 

これまでの流れを大まかに言う。

アストレアから始まり、ヘルメスが続き、エレボスと来てそしてアストレア。

 

「……アルテミスがいなくなるのに合わせて、ベルは雷霆と化した」

 

「条件はわかっているのかい、アストレア?」

 

「推測だけれど……『信仰』があの子を人の領域の外に追いやった」

 

儀式に歌はつきもので。

供物に酒はつきものだ。

広場は劇場だったが、美神によって拡大された円形劇場へ。

円形劇場は炉の女神によって神殿へと変わった。

どいつもこいつもが、期待や畏怖や願望に羨望を抱き拳をいつの間にか握り締めて、何をやらかすか分からない白兎の姿に釘付けになっていつしか声援を送ってしまう。

 

「この都市にベル・クラネルを知らない者はいない。その理由は、たった1人の英雄が遺る子を独りぼっちにしないために身体の限界を迎えるギリギリまで都市中を巡ったから」

 

ある時は豊穣の女神の下へ。

ある時は武器防具のあるテナントへ。

またある時は舌打ちしながら王族の下へ足を運んでしばき倒して、またまたある時は唾を吐きながら勇士達を打ちのめした。かつてほどの力のない派閥もあったが、諸々含めて幼かったベルを連れ歩いた。

 

「まぁ…涎を垂らした男神も女神ももれなくアルフィアに吹っ飛ばされたけれど」

 

「死ぬだろ、普通」

 

「ベル君、年上に受けいいからなぁ」

 

ともかく。

そうした1人の英雄(はは)の行動によってベルを知らない者はその後に都市へやってきた新参者くらいになった。

 

「だから……そうね、7歳の頃からあの子は多くの期待を向けられてはいたのよ。怪物祭だとか戦争遊戯だとかいろいろあったおかげで、アルフィアの子であるあの子への期待……いえ、信仰心は高まり続けた」

 

猛牛の猛り声と雷鳴が激しくぶつかるのが聞こえてくる。

ビカビカと眩しく視界を白く染め上げて、皆が目を凝らしてベルの冒険を目に焼き付ける。

 

 

「確かにベル君って派閥関係なく顔を知られてるんだよねえ……あれってアストレアの眷族だからじゃなかったのか」

 

「それもあるでしょうけど……」

 

「ていうか、下界の住人に信仰心って……なんか違わないかい? それって神々(ぼくたち)へ向けられるものだろう?」

 

「何を言っているのよ、ヘスティア」

 

 

ヘスティアとアフロディーテが語る。

都市外のアフロディーテはオラリオへ来る前にどこぞの男神からベルについては聞きだして知った。下界の住人が下界の住人へ信仰心を向けるのはおかしいですって? と言ったアフロディーテは確信をもって口にする。

 

「仮にも『英雄神話』というものがあるのだから、おかしくなんてないわ」

 

 

 

 

×   ×   ×

 

紫紺の輝きを塗りつぶす雷の軌跡が奔る。

怒涛の連続斬撃。

左右の手から霞む速度で放たれる連撃は一瞬で四十四もの斬撃を生む。防御に徹せざるを得なかった敵は感電の痛みに呻き、反撃へ転ずる隙を待つが――――。

 

 

「フーーーッッ!」

 

『グ、ゥゥゥ……ッ!?』

 

ない。

防戦一方を強制される。

痺れる身体が思うように動いてくれない。

ならば、と損傷(ダメージ)を受けることを前提に捨て身の攻撃。彼が持っていたクロッゾの魔剣を振り下ろす。

 

 

「それはもうお終い」

 

『!?』

 

スパンッ、と右足で魔剣が蹴り上げられた。

ベルの頭上に浮かぶ純白の輪から光が2本右足へ流れると、魔剣が強烈な飛沫を上げて弾け砕けた。轟音と共に撃ちあげられる強制的に射出された雷撃が()()()()()()()()()()()()()()

 

「余所見はダメ」

 

『ガッ!?』

 

撃ちあげられてしまった雷撃を目で追って空を見上げてしまっていたところへ、ナイフを握り締めたままの拳が頬を打つ。蹈鞴を踏むようにして後退、頭を振って前へ視線を向けるとすでに肉薄していたベルと目が合った。

 

「ほっ」

 

『ブモォッ!?』

 

「はっ」

 

『グゥッ!?』

 

「せいっ」

 

『ヅッ!?』

 

「はぁぁぁぁぁっ!」

 

『ゴォォッ!?』

 

顎に膝を叩き込み、宙でそのまま身体を回転させて首へ回し蹴り、地を蹴り急迫し胴体へ掌底、最後に二振りの刃で十字を描くように斬撃を見舞った。目にも止まらぬ速さという言葉が相応しいほどの速度、そして英雄譚に登場する『雷剣の騎士』のような身姿を見て、都市の(ボルテージ)は上がった。不敵に笑うベルの横顔に『英雄』の幻想を見て、老若男女問わず応援する。

 

「行けぇ!」

 

「勝てる!」

 

「やっちまえぇ!」

 

碌に攻撃ができていないミノタウロスなど、今のベルの敵ではないと思ったのだろう。だけど、相手は『猛牛(ミノタウロス)』。上級冒険者へ昇華を果たした冒険者であっても難敵とする怪物であり、英雄譚においては宿命の敵として描かれることのある化物だ。

 

『ウオオオオオオオオオオオオオオオオォォッッ!!』

 

全身を焼かれてもなお、雷の進撃を押し返す。

防御を捨てて損傷を顧みず、防御無視(ノーガード)究極戦(ブル・ファイト)を要求した。

 

「ぁあああああああああああああ!」

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

戦斧の一撃に反し、纏う雷撃で往なし、ベルも連撃で応えて見せる。

いつしか両者ともに笑みを浮かべて、死力を尽くし相手の雷を削り、肉を削ぐ。戦斧が、ナイフが、短剣が、拳が、突破と破壊の唸りを上げる。ベルが猛り、ミノタウロスは更に猛った。雷電にすぐさま焼かれる血を互いに飛ばし合いながら、衝突を重ね続ける。

 

――楽しい。

 

静まっていた水面が波打つように心が揺れる。

 

――楽しいっ。

 

心のどこかでずっと待っていた()()()に胸をときめかせる。

 

――楽しい!

 

だから、笑おう。

今まで出会うことのなかった存在との邂逅を喜ぶように。

 

 

『La~~~~~~~~~~~~♪』

 

 

邪竜の声が聞こえた。

ああ、邪魔だ。

あれは邪魔だ。

でも遠いな、流石に。

目の前にいるこの怪物(ひと)を置いていくなんて、出来っこない。でも、うん、あそこは誰かがいるだろうし……だけど、そうだな、せめて、そう、せめて、斬撃(いかずち)が届けばな。なんて思って、ちょうどその間にミノタウロスがいて。

 

「……それ、借りるね」

 

バチッと稲光。

観戦していた冒険者から大剣を拝借。

磁石に引き寄せられるようにしてベルの手へ収まった大剣の柄を握り締め、ミノタウロスの攻撃を防御したまま後退し弓なりに全身をしならせて全力で振り下ろしながら、即席の必殺を口にする。

 

「――【蛮雷(ゼオ)】」

 

『――――――』

 

視界を白く染め上げる鮮やかな雷。

荒々しく、乱暴に、石畳を破壊し、邪竜へ向かって突き進む。

間にいたミノタウロスの左腕さえも切り落として、一角獣(ユニコーン)に跨る小人族が放った光から先手を奪うようにして邪竜へ着弾。

 

『ギイイイイイイイヤァアアアアアアアアア!?』

 

女体を巻き込んで竜の右目を潰した。

遅れて雷鳴が響く。

衝撃が身体を揺らす。

神々が目を見開き、ベルの為した必殺に、邪魔立てしてくれた敵の1人を屠った猛者もまたそれを見上げて口にした。

 

「おいおいおい!?」

 

「今のは……」

 

「偶然だよな!?」

 

「…………近づいてくるか」

 

倒れ伏す敵に背を向けて猛者は今は亡き武人達の姿を思い描く。厳めしい表情から少しだけ笑みを浮かばせた後、彼は大剣を投げた。

 

「執れ」

 

少年にその声が届くことはない。

けれど確実に自分達のいる頂きに近付いてきている少年に猛者でさえ期待のようなものを抱かずにはいられなかった。そして、少年の歓喜に己の主神と同じように言葉を贈った。

 

「喜べ、貴様はようやく好敵手に出会えた」

 

「フン……1人で何を言っている、オッタル」

 

「ヘディン……トドメはさしたのか?」

 

「刺すまでもない」

 

「う……っ、ぁ……」

 

ボロクズ同然と化したそれにヘディンは冷たい眼差しを突き刺す。オッタルもまた見下ろすが、さして興味もないのか無感情。それは雷撃にでも撃たれたか肉の焼ける香りを漂わせ煙を上げていた。濡れ羽の黒髪はみすぼらしく、瑞々しい肌も焦げて皮膚が爛れていた。彼女は、ベルとミノタウロスの戦いに邪魔立てした不届き者で姿を消すまでもなく猛者たちによって処されていた。

 

「復讐か?」

 

「……っ」

 

「力任せに振るったその力……果たして、如何ほどの味だ?」

 

ヘディンに見下ろされながら、彼女はそのまま姿を喪失していった。

女神の命ゆえに邪魔が入らぬようしていた勇士達であったが、邪竜といい、結局のところ許してしまっていた。

 

「フレイヤ様の主命を守れぬ無様……と吐き捨てるか?」

 

「馬鹿め、都市の真下から竜が現れるなど、どのように予期しろと? 何より貴様、あえて見逃したように思えたが?」

 

邪竜は予想外にしても、彼女に関しては防ごうと思えば防げたはずだ。

それはオッタルに言うヘディンも同じだ。

だが、見逃した。

 

「あれは追いつめられれば追い詰められるほど、力を引き出してくる……そう、感じた」

 

怪物祭の時といい、戦争遊戯の時といい。

アレは()()()()()()()()

野生の勘とでもいうべきか、オッタルはそんなことを言って歩み始めた。戦いの見える場所にでも行くのだろう。ヘディンはそんな猛者の背を一瞥すると眼鏡の位置を直し、近くにいた団員に治療師(ヘイズ)を呼んでおけと指示を出して戦場の見える高台へと飛んだ。

 

 

×   ×   ×

 

駆ける。

駆ける、駆ける。

蹄鉄の音を響かせ、2人の小人族が一角獣(ユニコーン)に跨って邪竜へと向かう。邪竜へ真っ直ぐと風に肌を撫でられながら、怪物の膂力で驀進していく。

 

「……良い気分だ」

 

完成した魔法を待機状態にして、呟く。

前にいる少女は返答しない。

風を切る音のせいで聞こえないのだろう。

構わない。

この心地いい気持ちは確かで、つい、口にしてしまっただけなのだから。

眼力強く、邪竜を睨みつけていると、ぽうっと身体が温かくなった。その瞬間、フィンはどこかから飛んできた光が前にいる少女の背中から入り込んでいくのが見えた。もしかしたら自分にも同じことが起きたのかもしれない。毒性はない、むしろ、力が、勇気が湧いてくる。

 

「道は作ってやったぞ」

 

王族妖精の声が聞こえた気がした。

その声正しく、フィン達の前に分厚い氷の道が出来上がっていた。邪竜へと続く坂道だ。跳躍の必要もなく。

 

「ふぅー………僕は良い仲間に恵まれた」

 

一度は逃げ出したはずなのに、叱咤して立ち上がらせてくれる仲間がいた。自分の背を見て、追いかけてくれていた後輩達が今もなお自分が立ち上がるのを待ってくれていた。ならば、応えよう。【勇者】を名乗るフィン・ディムナはその期待に応えよう。それが彼にできる返礼であるならば。

 

仲間(とも)よ、同胞達よ!」

 

高らかに宣言を。

氷の道を粉砕しながら、一角獣は邪竜へと近づいていく。

邪竜からは歌声が聞こえた。

不気味で破壊的な歌声だ。

魔力がうねりを上げていた。

恐ろしい存在を前に少女の肩が震えた気がしたから、フィンは彼女が落ちてしまわないようにしっかりと捕まえる。

 

「ご照覧あれ! 新たなる決意と共に放つ冒険者(フィン)の一槍を!」

 

槍の聖女(フィアナ)を追うのはもうやめよう。

彼女を超えて、人工の英雄ではなく本物の英雄になろう。

共に駆け、声援を駆けてくれる仲間達がいるのならば。

少女(リリルカ)の魔法を受けているにも関わらず、僅かに瞳が赤く明滅し、そしてフィンの決意に応えるように彼等を見守る者達には2人の背へ入り込んでいった光が騎士の姿へと変えていくのを見た。

 

「………フィアナ?」

 

誰かが、思わず呟いた。

両者ともに兜をつけ、白を基調とした衣装を身にまとった、どこか神聖ささえ感じさせる『騎士』がそこにいた。氷の道を駆け抜け、そして、発動を押さえていた魔法を今、解き放つ。

 

「【ティル・ナ・ノーグ】!」

 

放たれる光の奔流ともいえる魔法。

Lv.および潜在値を含む全アビリティ数値を魔法能力に加算させ、投槍による攻撃を放つ投槍魔法だ。

 

『ヒッ……!?』

 

迫り来る『騎士』の御業に命の危機を感じ取った邪竜は悲鳴を短く、それを防ごうとして―――。

 

『ギ、ィイイイイイイイヤァァアアアアアアアアア!?』

 

女体を巻き込んで竜の右目を潰した。

遅れて雷鳴が響く。

衝撃が身体を揺らした。

飛ぶ斬撃という理解しがたい現象にフィンを獲物を先にやられたような悔しさと共に「本当に君ってやつは…」と眩しいものをみるような目をして、己が放った魔法が邪竜が滅ぼすのを瞳に焼き付けた。

 

 

「……感謝しよう、神エレボス」

 

どこにいるのかは分からがないが、せめてもの意趣返し。培ってきた名声も何もかもに泥を塗ってくれた悪神(くそやろう)にあえて感謝の言葉を贈ってやる。

 

「貴方のおかげで、僕は今まで以上に英雄の道を駆けることができる」

 

どこかで見ているんだろう?

せいぜい悔しがって舌打ちでもしてくれ。

ベルの力もあったろうが、ここにフィン・ディムナの邪竜退治は成されたのだから。灰と化して崩れていく邪竜の風穴を通り抜けて、一角獣は地面に着地。そのまま勢いを殺しきれず倒れ、少女共々無様に転がり落ちる。

 

「ぐっ」

 

「ぐぇっ」

 

『ブヒュッ』

 

恰好が付かないったらないが、気分はいいので見逃してほしい。

放ったフィンの魔法はそのまま夜空を飛んで行き、流れ星のように消えていった。どっと疲労が込み上げて起き上がる力も碌に出なくて、フィンは少女の呼吸を確かめるとゆっくりと瞼を閉じた。

 

 

×   ×   ×

 

斬撃を放ったままの体勢が前のめりに崩れていく。

雷光と共に、仮初の全能感は消え失せた。

 

「………っ!?」

 

どっと汗が流れる。

激痛が駆け巡る。

膝をつき、両手をついて息切れを起こす。

 

『フーッ、フーーー……ッッ』

 

顔を上げて敵を見てみれば、無数に傷跡を刻まれ、邪竜への一撃に巻き込まれて片腕を失い、血を滴らせて荒い息を繰り返していた。痛みを堪えるように歯を食いしばり、ベルと目が合い、笑みに口を歪めて、2人の間に大剣が落ち、跳ねて、ガランッと音を立てて倒れた。

 

『ヴォオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

血まみれの威容、漆黒の体皮。

瞳が映す強敵は力を振り絞り、猛って、急迫してくる。

 

「……っ!」

 

身体がきつい。

避けられない。

負ける、と迫り来る怪物の暴力から逃げようと藻掻くも生まれた小鹿のように碌に立てない。石畳を爆砕する斧刃、そこから生じる衝撃波とありえない暴風。まだそんな力が残っていたのか、と誰もが息を飲む。避けられないベルは壊されると誰もが顔を青くさせた。

 

「―――させるか!」

 

『ッッ!?』

 

そこへ、1人の女性の声。

金の長髪を揺らし、深緑の外套をはためかせ、ベルを庇うように猛牛の前に立ちはだかるはエルフの戦士。ベルを破壊するはずの暴力は瞬時に急停止、後方へ飛んで距離を開けた。

 

「ベル、よくやった」

 

「……輝夜、さん?」

 

遅れてもう1人。

膝を折り、ベルの背に手を添える極東美人(ヒューマン)。どの時点から見ていたのか、ベルにはわからないがそれでも弟分の奮闘へ称賛の声を与えてくれた。

 

「ベル……もう貴方の身体は限界だ。碌に立ち上がれないその状態が物語っている。あとは任せなさい」

 

「リュー、さん……」

 

ベルの身体が碌に立ち上がれないほどに限界を迎えていることを正しく見抜いて、エルフの戦士―リューは剣を目の前の猛牛へ向けて言う。輝夜は懐から回復薬(ポーション)を取り出すと頭からベルへ振りかけた。

 

「気休めにしかならんが、回復した体力で退避しろ」

 

「……………」

 

苦しかったはずの身体が癒える。

輝夜の顔を見れば、「十分だ」と言いたげな眼差しをしていた。未熟だと責めるようなこともしない。心からベルを称賛しているのがベル自身にもわかった。

 

「…………いや、だ」

 

「何?」

 

だけど、ベルを湛えてくれる姉達に対して出た言葉は『拒否』。輝夜の肩を掴んで、立ち上がり、一歩一歩確実に進んでリューの手を握り引き寄せた。入れ替わるように、さらに前へ。

 

「ベルっ!?」

 

「これは、僕の……!」

 

譲れない。

ここで、こんな終わり方はしたくない。

納得できない。

満足、できてない。

 

「もう……」

 

ここで交代したら、彼女達と肩を並べるなんてできない気がした。背を追って、追って、追いつくのがいつになるのかわかりゃしない。なにより、ベルにだって男としての意地がある。いつまでも弟分のままで、いたくない。

 

「もう、貴方達に守られ続けるわけにはいかないから……!」

 

アルフィアよりも長生きしてほしいという彼女達の気持ちがわからないわけじゃないけど、意地が勝って口にする。リューの手を離してふらつく足で目を見開く姉達を置いて、前へ。ナイフを握り締めて、夜空を見上げて大きく息を吸い、吐く。そして女神の言葉を思い出す。

 

 

《きつくなったら、ぐるっと周りを見てみなさい。誤魔化しや自己暗示の類になるでしょうけれど…力にはなるはずだから》

 

周囲をぐるり、と見回す。

神々がいて、都市民がいて、鍛冶師の青年だとか象神の眷族だとか知った顔がいろんな表情を浮かべて見つめていた。

 

「ベル」

 

「ベル君っ」

 

小さいけれど、たしかに聞こえる声。

確かに気休めで、誤魔化しだけれど身体から力が湧いてくるような気がした。そして、荒い呼吸を繰り返す強敵を見て、笑みを浮かべる。

 

「――――楽しい!」

 

どこかで見ている女神が祝福する。

おめでとう、と。

 

「貴方はようやく出会えたのね……一生に一度出会えるかどうかもわからない存在に」

 

旅人の神も正義の女神も悪神も星が瞬く夜空の下で怪物を前に「楽しい」などとぬかす少年に思わず、顔を綻ばせて祝福する。

 

「今まであの子にはそういった相手はいなかった」

 

「強さの物差しがアルフィアとザルド基準なんだ、仕方ない」

 

「……歓喜するがいい、少年」

 

小さな背中がいつの間にか大きくなっていたような気がした。

そんな背を輝夜とリューが黙って見つめていた。

 

「そうか、出会えたか……ならば私達が助けようとしたのは余計だったな」

 

「………無意識に出会いを求めていたのですね、彼は」

 

冷たい夜風が肌を撫でる。

ビリビリと闘志が震える。

 

「はぁぁああああああああっ!」

 

『ヴオオオオオオオオオオッッ!』

 

猛り、駆け出す。

終幕(ファイナルラウンド)

冒険者(ベル・クラネル)怪物(ミノタウロス)

 

「目の前にいる相手こそ貴方にとっての『好敵手』。さあベル、もっと輝いて、私を喜ばせて頂戴」

 

両者共に笑みを浮かべて、此度の騒動における最後の激突を開始した。

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