アーネンエルベの兎   作:二ベル

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小休止⑥

退屈は神々をも殺す。

『恩恵』の復活を待つベルは、その期間外出を禁じられている。皆と朝食を終え、出かけていく女神や姉達を見送ると春姫は本拠内の清掃だったりを開始。ベルも一緒にやるが1人でやるよりも2人でやれば効率も結果上がり、すぐにすることがなくなってしまう。昼食時には姉の何人かは帰って来るが休憩を終えると出かけてしまい、春姫も買い物だったりと本拠を後にする。残るのはベル1人で、やることもなく惰眠を貪ってしまう。そんなベルの元へ他称『引篭もりのプロ』である女神ヘスティアがやってきた時には――。

 

「いいかいベル君、何もすることがないってことは何もしなくて良いってことなんだ。お昼過ぎまでベッドでゴロゴロしていたっていいし、お腹がすいたなぁって思ったら近くにあるものに手を伸ばしてもしゃもしゃしてもいい。本なんかを読んですごしたっていいし、床の木目を数えるのだって充実した1日になるってもんさ。ほんとうにそんなんでいいのかって? いいに決まっているよ! 明日から頑張ればいいんだから! それに君は、養ってくれる子達がたくさんいるし、身の回りのお世話をしてくれる綺麗な侍従(メイド)くんがいるじゃないか!」

 

などと何の役にも立たない助言(アドバイス)をしたところ、一緒にベルの様子を見に来ていたヘファイストスに脳天締め(アイアンクロー)を喰らわされた。「ぐえぇぇぇ」という断末魔など知ったことか、鍛冶神は真顔で炉の女神を引きずって帰った。

 

「アミッドさん、忙しいのかな……暇ができたら来てくれるって言ってたのに……アイズさん達、何してるのかなぁ……皆、忙しいのかなぁ……ふわぁ……」

 

することもなく、遊びに来てくれる人もおらず、ベルは欠伸を漏らして団欒室へ向かうと長椅子(ソファ)の上で寝転がり、ゆっくりと瞼を閉じた。まさかアミッドが『一角獣(ユニコーン)』の角を求めてアイズ達と迷宮に潜ってるなんて知りもしないし、アイズはアイズで接触禁止令が出されてしまいイラついている輝夜に「会いたい? ダメに決まっているだろ、前科持ちめ」とぐぅの音も出ないことを言われたためにベルの元にやってこないなんて知る由もない。

 

また、タケミカヅチやミアハと言った神々がベルの様子を見に来ることもあった。何せ『恩恵』が機能不全とも言うべきか、今のベルの状態は今まで聞いたことがないものだったからだ。ミアハはベルの健康状態に異常はないかアミッドが診ているだろうから心配ないと思いつつも触診し、一緒に来ていたナァザは「いい薬、あげるよ。いくらで買ってくれる?」と迫り、ミアハの触診ではだけたシャツから見えたベルの腹を見たカサンドラは頬を染めた。ダフネはそんなカサンドラを見て溜息をついた。

 

「することがない……か。たしかに今のお前は外に出るとフレイヤに堕とされるだろうな。仕方がないとはいえ……」

 

「そもそも女神の魅了が効かぬ者がいるというのがおかしいと思うところではあるが……大神(ヘラ)の血筋なら、そういったこともある……ということか?」

 

「ふむ……いっそ前向きに考えて、休息期間として肉体を休めろ。お前のことだ、無茶に無茶を重ねていたんじゃないのか? どうしても暇だというのなら、瞑想をしてみるのもいいだろう」

 

「…………ヘスティア様よりまともなこと言ってるぅ」

 

「「ん? 何か言ったか?」」

 

「いえ、何も」

 

 

 

過労は人間を殺す。

このオラリオでは管理機関であれ派閥の団長であれ、能あるものは多忙に襲われる。ギルド長は愛飲する『胃薬』を増量し、半妖精(ハーフエルフ)の受付嬢は座学で冒険者を泣かせ、勇者は不在にしていた穴を埋めるように都市復興に必要な人材を捌いては不眠の書類仕事に従事し、憲兵の長は叫ぶ主神に頭を抱え、正義の戦乙女達は治安維持のために走り回り、改宗した金髪妖精は新人には着用義務があるなどと言われて『ブルマ』含む運動着の格好をさせられ、それを公衆に晒され羞恥でいつもの何倍もの疲労を味わい、満たす煤者達(アンドフニームニル)の筆頭である治療師の少女は死んだ魚のような目をしながら勇士達のために給食のおば…お姉さんへ成り果て、稀代の魔道具作製者(アイテムメイカー)は眼鏡の奥で曇った瞳で主神の無茶振りに付き合わされ、終わりの見えない借金地獄に犬人の少女は考案した巨大銭湯の図案を老神に持っていかれてはギリィと歯を軋ませ、肉と皮を失った愚者は迷宮内で聖女含むツヨツヨ女性冒険者達を見かけては異端児達と共に息を潜めた。

 

 

「寝顔が相変わらず可愛いねえ…」

 

「ア、アーディ様…ベル様が起きてしまいますっ」

 

「大丈夫、だいじょーぶ、ベル君、眠りが深いとそうそう起きないから」

 

「ううーん……は、春姫は夕飯の用意をしてまいりますね?」

 

「オッケー、ベル君のことは任せて!」

 

 

ここに、多忙に殺されるはずの憲兵の1人がいた。

団欒室の長椅子(ソファ)で眠っている少年の腰の上へ跨って頬をすりすりと撫でる。本来であれば姉と同様に多忙に追われているはずのアーディである。

 

「え、今ベル君1人で留守番してるの!? 行かなきゃ!」

 

そんな理由で彼女は仕事を抜け出し、ベルを摂取しに来たのだ。

ペタペタと少年の身体を触り、チロリと舌なめずり。

アーディは葛藤していた。

今のベルはどういうわけか、『恩恵』がないのと同じ状態なのだという。つまり、無力な少年なのだ。恩恵のある自分が襲ったところで、彼の抵抗など虚しいもの。まさにアーディ・ヴァルマの脳内にはベルをぐへへする光景(シーン)が上映されていた。

 

「………ふひっ」

 

そりゃあもう、変な笑い声も出る。

まして最近、ご無沙汰だったのだ。

このシチュエーションを逃すのは、とてもおしい。

何より、アリーゼ達が外にいるというのも熱い。

春姫と出くわして一緒にやって来はしたが、彼女が邪魔立てすることはないだろう。未だ少年の裸体を見ただけで気絶するくらいだし。

 

「筋肉もついてきて、冒険者らしい身体になってきたねえ……お姉さん、嬉しいよ……」

 

お前はセクハラ親父か?

と姉や友人達に言われかねないことを口にしながら、ぺたぺた、さわさわと彼の身体を触る。シャツがはだけてへそがチラリと見えていて、誘惑に誘われるようにシャツの中へ手を滑り込ませて腹筋やら胸やらを撫でて自分達女性とは違った感触を味わっては、ゴクリと唾を飲み込んだ。女としてどうなのか?と言われれば、まあ確かにね? わかるよ、私だって。とは思うアーディであるが、ご無沙汰なら仕方ないのだ。現在、接触禁止令を出されてしまっている輝夜は泣く子も泣かすくらいにはムラムラしてイライラしているくらいだ。適度に発散させたほうが平和的。ああはなりたくないな、とアーディは頭を振る。

 

「んん……?」

 

股座からなにか違和感を感じたアーディは腰を浮かせて覗き見る。するとその違和感の正体が分かり頬を染める。

 

「身体は正直だねぇ」

 

などと言って初体験のことを思い出してはもじもじと身体を揺すってしまう。

 

「うぅ……ん……」

 

と年下の男の子の感触にムフフとしていると、くすぐったかったのかベルが呻き声を漏らす。そして瞼が震えるとゆっくりと上がっていき、アーディとベルの目が合った。

 

「………」

 

「おはよ、ベル君っ」

 

「……………アーディ、さん?」

 

「ん、そだよ? 今日も可愛いねベル君、抱きしめてもいい?」

 

「……………」

 

「おはようの接吻(キス)のほうがよかった?」

 

ぱちくりとまばたき。

優しい微笑みで挨拶するアーディ。

そしてアーディの手が自分のズボンのベルトを握っているのを確認して、何故かシャツが捲れているのも確認したベルは悲鳴を上げた。

 

「何してるんですかぁああああああ!? って、あぁっ、まさぐらないでぇ!?」

 

「君の御子息はもうとっくに起きてるのに、君は中々起きなかったね! お姉さん、このまま眠ってる君を美味しく頂こうか迷っちゃったよ?」

 

「そっとしておいてください! 繊細な子なんですぅ!?」

 

「ぶっふぅwwwww」

 

吹き出してしまったアーディ。

目尻から零れた涙を指で拭うと笑いすぎて痛んだ肌を抱えて、ベルの上から降りる。しかし傍から離れることは譲らないのか、ベルの頭の位置へいくと飛び起きてしまったベルをぐいっと倒れさせる。膝の上にベルの頭が乗り、ふぅーと息を吐いた。

 

「いやなの?」

 

「びっくり……するじゃないですか」

 

「いやだったの?」

 

「だ、だから、びっくりするって……」

 

「いや?」

 

「…………いやじゃ、ないです」

 

顔を逸らして答えてくれたベル。

彼の耳は赤くなっていて、ついついニヤァとした笑みをこぼしてしまうアーディ。ごめんごめんと平謝りをした後、膝枕しつつ彼の頭を撫でてやる。

 

「外出れないの?」

 

「はい」

 

「退屈じゃない?」

 

「退屈ですよ?」

 

「出ちゃ駄目なの?」

 

「ダメなんです」

 

「ふーん……お姉さんでよければ遊びに来てあげるよ?」

 

「変な事……しないですか?」

 

「君は変な事、しないの?」

 

「……………」

 

「………したくない?」

 

「…………えと」

 

「…………したいなぁ」

 

「~~~~~っ」

 

小さな声でぼそっと言うが、ベルの耳には届く程度にわざとらしく。

ベルの胸板の上で細指が円を描くようにくるくると動く。それがすこしくすぐったくて身じろぎをする。

 

「英雄になっちゃうかもしれない男の子と………いいこと、したいなぁ……チラッチラッ」

 

トクントクンと心臓の音が聞こえるくらいには、緊張して、羞恥に頬を染める。それはベルだけではなく仕掛けてきているアーディもだった。妙な空気になって、少しずつ、少しずつ互いの顔の距離が失われていき、唇同士が触れ合いそうになったその時――――。

 

 

「「「「御用改めの時間だ、コラァ!!」」」」

 

 

アーディのターンは終了を告げた。

大きな音を鳴らして扉は開かれ、正義の眷族(おねえさん)達がやってくる。彼女達の瞳に映るのは、長椅子(ソファ)の上でシャツをはだけさせてアーディに跨られているベルの姿。まさに可愛い弟分の操の危機である。さらに一緒にやってきたらしいシャクティのまるでゴミでも見るような眼差しがアーディを射抜く。

 

「ひっ………お、おねえちゃん!? なんで!?」

 

「お前が姿を消せばどこに行くかなど、わかりきっている」

 

「そ、そんな!?」

 

「アーディ、貴方が突然姿を消し、不穏に思わない者がいると思うのですか?」

 

「いや、お花を摘みに行ってるかもしれないじゃん!?」

 

「摘みに行くどころか()()()()()()()来ているではないか」

 

「やめなよ、そういうこと言うの」

 

「ベル君大丈夫? おっきさせられてない?」

 

「えと、あの、あの………!?」

 

「「「チェックする?」」」

 

「しないで!?」

 

リューに輝夜、シャクティに詰め寄られるアーディ。

リャーナとマリュー達に心配されつつも身体は正直に反応してしまっており、チェックされそうになって悲鳴をあげるベル。アーディは「いつまで跨っているつもりだ」とシャクティに捕まって降ろされズルズルと引きずられていく。群衆の主の派閥、その団長はとても(おこ)だった。

 

「仕事に戻るぞアーディ」

 

「ま、待ってお姉ちゃん! お姉ちゃんも、ほら、そろそろ、甥っ子とか、欲しくない!?」

 

「別に急ぎ求めているものではないな」

 

「えと、ええっと……お姉ちゃん、私でよければ相談、のるよ?」

 

「……………」

 

アーディを掴むシャクティは、首根っこを掴んでいたのを頭へ移動。ミシミシミシ……!!と音が聞こえるほどの力が籠められ、アーディが絶叫。

 

「ふぎゃあああああ!? お姉ちゃん、割れる、割れちゃう!?」

 

「いくぞ」

 

「あぁああああああああああああああああああああああああ!?」

 

こうして、抜け駆けして白兎を美味しく頂こうとした娘は連行されていった。残された正義の眷族達はまるで「悪は去った」みたいな顔をして肩を竦めたのである。

 

 

 

×   ×   ×

そうして、気がつけば1ヵ月が経ちベルの『恩恵』は復活した。

まるで満足に休息を得たように。

 

「じゃあ、ランクアップ……させるわね?」

 

「はいっ」

 

 

―ベル・クラネル―

【アストレア・ファミリア】

Lv.4

ステイタス

力: I 0

耐久: I 0

器用: I 0

敏捷: I 0

魔力: I 0

幸運: G

治療: H

魔防: I

 

■スキル

雷冠血統(ユピテル・クレス)

・早熟する。

・効果は持続する。

・追慕の丈に応じ効果は向上する。

 

灰鐘福音(シルバリオ・ゴスペル)

・戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

・戦闘時、発展アビリティ『精癒』の一時発現。

・戦闘時、修得発展アビリティの全強化。

 

月華星影(ミセス・ムーンライト)

破邪の加護(アルテミス・ディパル)

・夜間発動。

一定周期変動(ナイト・コール)

 

明星簒奪(スイングバイ)

任意発動(アクティブトリガー)

・一定範囲内に存在する全眷族からの能力(ステイタス)加算。

・簒奪した運動エネルギーによる加減速に超域補正。

・対象の運動エネルギーによる回避行動に高補正。

・対象の運動エネルギーによる高速攻撃に高補正。

・加算値は階位(レベル)反映。

 

英雄賛歌(アメイジング・グレイス)

・能動的行動に対するチャージ実行権。

 

■魔法

【アーネンエルベ】

・雷属性

自律(オート)による魔法行使者の守護。

他律(コマンド)による支援。

 

 

【ビューティフルジャーニー】

・自動治癒。

・光翼展開。

・魔法捕食。

・魔法無効化。

 

【アストラル・ボルト】

・速攻魔法

 

 

「発展アビリティは耐異常か魔防かで迷ったのだけれど……貴方は魔法を食べちゃったりするし、魔防にさせてもらったわ。耐異常は……ありと言えばありなのだけれど【月華星影(ミセス・ムーンライト)】がそれの役割を務めている感じがあるし……大丈夫だと思うわ」

 

「わかりました」

 

「何か気になることはある?」

 

「ん-……この新しいスキルの………」

 

「【英雄賛歌(アメイジング・グレイス)】ね? 効果のほどは使ってみないことにはわからないけれど、チャージと言うのだし……威力を倍加させるんじゃないかしら?」

 

要検証ね、とアストレアは言ってステイタスの更新に使っていた針を片付ける。ステイタスの写しを眺めていたベルは上裸の状態からシャツを着直して、ぐっと身体を伸ばした。

 

「もう外に出ても大丈夫ですか?」

 

「そうね、構わないわ。運動がてら管理機関(ギルド)にランクアップの報告へ行ってらっしゃい。アリーゼにもステイタスの用紙は渡しておいてね?」

 

「はいっ」

 

部屋を出て、アリーゼの部屋へ行く。

ノックをしてから扉をあけて中を覗き見ると、アリーゼは執務机でペンを走らせていた。いつもの快活に笑う彼女とはどこか雰囲気が違っていて「これがギャップか……」と心の中で呟いてしまう。

 

「あら、ベルじゃない。どうしたの?」

 

視線に気づいて、アリーゼは部屋にひょこっと顔を入れているベルに微笑を向ける。ベルの遠慮気味にというかひょこっと顔を覗き入れてくる仕草が可愛らしくて、昔と変わらなくて、そういう部分がアリーゼは好きだ。アリーゼの微笑に少しだけドキっと胸を弾ませて、ベルは部屋へ入る。そのまま真っ直ぐアリーゼの元まで行くとステイタスの更新用紙を手渡した。

 

「………本当に、どうかしてるわね」

 

「…ごめんなさい?」

 

「謝ることじゃないわ。でも、神会(デナトゥス)が終わった後でよかったわね。今回は【勇者】のランクアップで話題が持ち切りになってベルのことはさらっと終わったらしいけど、それでも暇を持てあました神々だから……突っつかれはしたらしいわよ? Lv.2からLv.3へのランクアップが早いって」

 

それでもアストレアが不正をするはずがないという神格(じんかく)者としての評価から、「はやくね?」程度で終ったらしいとアリーゼは語る。もし『恩恵』の機能不全とも言うべき症状がなければベルは既にランクアップを果たし、神会でのネタに上げられ、アストレアは疲労困憊に陥るまで追い込まれていたかもしれない。まあそうなったときは、労働に精神をすり減らしたOLのようになったアストレアが「おかえりなさい、女神様!」と迎えてくれたベルをぬいぐるみに顔を埋めるように抱き着かれて白兎(ベル)吸いするだけだが。

 

「新しいスキルは検証ね。オーケー、報告ありがと。この後はどうするの?」

 

「外に出ても良いってお許しが出たから、管理機関(ギルド)に行ってこようかなって」

 

「まー…運動不足だろうし、自分の足で行くのもいいわね。…あ、でも、ダンジョンに行くのはダメよ?」

 

「わかってますよ?」

 

「そう? まあ、信用してるけど……いってらっしゃい」

 

「いってきます!」

 

 

×   ×   ×

 

 

さてさて。

管理機関(ギルド)へ向かうことにしたベル。

しかし、彼は少しだけ気になっていることがあった。

 

「………おかしい」

 

思えば今回の騒動、ベルは迷宮に入ってからというものアリーゼ達から離れ単独行動をとってしまっていた。結果的になんやかんやとベルは黒いミノタウロスと戦うまでに至ったわけだが、アリーゼ達からすれば心配しないわけがない案件である。ましてアリーゼ達は18階層で一度、行動不能にまで陥っていたのだから余計にだ。治療院で目覚めてからというもの、思い返せば誰にもそういった勝手な行動をとったことについて怒られていないことにベルは気がついたのだ。

 

「いくらランクアップしたって言っても……怒られてもおかしくないはずなのに」

 

アストレアも怒らなかった。

アリーゼ達も怒らなかった。

アミッドだって……怒らなかった。というか治療院で目覚めた直近の記憶が曖昧だ。でも怒られてはいない。きっとだ。

 

「怒ってもらえてるうちは、まだいいよなぁ……」

 

「だな、最初の頃は何で怒られてんのかわからねえこともあったけどよ、後々になって理解すると……あんとき怒られてなきゃ、死んでたってありがたみを感じたぜ」

 

ベルが足を止めて考えていると、道を行く冒険者達の会話が聞こえた。ベルよりもずっと年上の2人組で人生の酸いも甘いも経験していそうだった。

 

「怒られることもなくなったら、終わりだよなあ……」

 

「ああ、目をかけてもらえなくなったら終わりだ。切り捨てられたようなもんだからな」

 

「たまにいるんだよな、何回注意しても変わらねえ奴ってのがよ」

 

「団員達に見放されても主神は孤立しちまう奴が面白いってんで放置してんだよ」

 

「「悪趣味だよなあ……」」

 

人混みに消えて去っていく2人組。

だが彼等の会話はまさに今のベルのことだとベル自身はそう感じ取った。アリーゼも、輝夜も、誰も怒らない。

 

「…………ひょっとして僕、見放された?」

 

否である。

むしろ溺愛されているくらいである。

しかし、彼女達が誰一人として怒らなかったのは理由があった。

 

 

(今回のこと、団長であるアリーゼや副団長の輝夜がきっとベルにお説教をするだろうし……私までお説教してしまうとベルは拠り所を失ってしまうかもしれない……1人くらいは許してあげて頑張ったことを褒めてあげないと……そうね、お説教のことはアリーゼ達に任せましょう)

 

とアストレアはアリーゼ達が怒ってくれるだろうと判断。

 

 

(今回のこと、怒らなきゃいけないことはあるけれど……それは主神のアストレア様がするはず。私達までガミガミと怒っちゃったら、ベルがいたたまれない……頑張ったこともあるわけだし、そこを褒めてバランスを取ってあげないと……うん、アストレア様に任せましょ!)

 

とアリーゼはアストレアが怒ってくれるだろうと思い込んだ。

 

 

(また無茶をして……命がいくらあっても足りません。これはかかりつけ医としてお小言の一つや二つ……と言いたいところですが、今回のことはベルさんにとっても重要な出来事だったはず。詳細を知らない私が説教をするよりもアストレア様やアリーゼさん達に任せておくべきでしょう……私は、無事に目覚めてくれたことを祝い、彼の傷を癒すことに専念しましょう)

 

とアミッドは遠慮した。

そう、誰もが「あの人がやってくれるから任せておこう」と思い込んだのである。結果、誰もベルを怒らないという事態に陥っていた。なお、彼女達は全員が全員、「ベルにお説教してくれたのね」と思い込んでいる。

 

 

「お、怒られたい……怒られなきゃ……捨てられる……?」

 

彼女達の気遣いだとか思惑なんて何も知らないベルは冒険者達の会話から勘違い。街中で何か特殊な性癖にでも目覚めたかのような言動をしてしまい周囲から白い目を向けられた。アリーゼ達が嫌っているわけがないのに嫌な考えをしながら道を進む。途中、リヴェリアとばったり出くわし、怒ってくださいと頭を下げたら彼女にひどく心配され身体をペタペタと触診。王族(ハイエルフ)に街中で抱擁され頭を撫でられる光景が多数の住人達に目撃された。

 

「どこか打ち所が悪かったのか……すまない、私の専門ではないからな。しかし、外出禁止とは聞いていたが、まさかこうなってしまうほどに精神を疲弊させてしまっていたとは……こうなるほどの折檻や叱責を彼女達が……? いやまさかそんな……」

 

と心配された。

さらにさらに、買出し中だったのか【フレイヤ・ファミリア】のヘルンとヘイズとも遭遇。彼女達にもお願いしてみたが、ヘイズは困惑。ヘルンはゴミを見るような目を向けてきた。

 

「ベル……しばらく見ないと思ったら、いったいどこの娼館に入り浸っていたんですか? 言ってくれれば、いくらでもヘルンが純潔を捧げたのに」

 

「えっ」

 

「しばらく姿を見せず、我等が女神を放置しておいて……最初に言うことがそれ? 貴方……手の施しようがないほどの変態ね。来世はナマコにでも生まれ変わったら? 浜辺で突いてあげるわ」

 

「ちがっ、そういう心にくるようなのじゃなくて……」

 

「ベルダメですよー、ヘルンみたいな子はむしろ怒るより怒られたい派。調教されたい派なんですからー」

 

「………輝夜さんみたいな感じなのかな」

 

「ヘイズ! 変なことを言わないで! ベル、今、何と言いましたか?」

 

「ううん、何も言ってないです」

 

「まあ元気なのはわかりましたからー、ベル、フレイヤ様が会いたがっていますから顔くらい見せてあげてくださいねー。そしたらヘルンの下着、プレゼントしちゃいますからー」

 

「ヘイズぅ!!」

 

そんなこんながあって、ようやく管理機関(ギルド)へ到着。

 

狼人(ローズ)さんがいいかな……いや妖精(ソフィ)さんでも……只人(ミィシャ)さんは論外……犬人(レーメル)班長は……どうかな)

 

まるで娼館にやってきた男が嬢を選ぶ時のような感じである。なお、レーメルは男性である。手の空いている職員はいるかと見渡すと、書類をまとめている者や休憩に出て行こうとしている者がいて、カウンタ―にいる職員で手が空いていそうなのは人気受付嬢エイナだけであった。

 

「エ、エイナさんっ」

 

「ん? あ、ベル君! 久しぶり……かな?」

 

ベルの声に反応したエイナが、微笑を浮かべて手を振ってくる。ここしばらくベルの姿が見えなかったために久しぶりという感覚は間違いではなかった。アドバイザー制度こそ利用してはいないが、なんだかんだで会話することのある2人である。ほんのり顔が赤らんでいるベルにエイナは熱でもあるのかな? と思っているとベルはステイタスの写しを肩掛けカバンから取り出して口を開いた。

 

「エイナさん………僕を、僕を……罵ってください、お願いします!」

 

「――――――――――ん?」

 

エイナは笑みを浮かべたまま、固まった。

ローズは書類を裁いていた手を止め、ソフィは昼食へ行こうとしていた足を止め、エイナの隣にいたミィシャは目を見開いてベルに顔を向け、レーメルは眼鏡がずり落ちたのを眉間に皺を寄せながら正した。

 

「ベ、ベル君? ごめん、聞き間違いかもしれないから……もう1回、言ってもらえる?」

 

ああなんだ、聞き間違いか。

そうだよな、あの少年(ヒューマン)がそんな、被虐性愛者なわけナイナイ。俺達私達はきっと疲れているんだ、そうに決まっている。とエイナとミィシャを除いてベルのことを幼少の頃から知っている職員達は無理矢理納得させる。するとベルは、元気よく返事をすると唇を動かした。

 

「エイナさん、僕を怒ってください! なるべく、きつめに!!」

 

「「「「チュール!!」」」」

 

「エ、エイナぁ!?」

 

聞き間違いじゃなかった。

なんか「きつめに」とかオプションつけてきやがった。

なんだこの白兎。

14歳でそんな……目覚めて……えぇっ!?

ピシッとエイナの眼鏡に罅が入ったような音がした。

衝撃的発言なのだから仕方ないし、なんなら何か疑いの目がエイナ自身に向けられているのだ無理はない。

 

「チュール、貴様……【アストレア・ファミリア】の団員に手を出したのか!?」

 

「違うんです班長!?」

 

「あんた……アドバイザー制度は利用してないって聞いてたけど、ソッチのアドバイザーになってたの!?」

 

「ソッチってどっちですか、ローズ先輩!?」

 

半分(ハーフ)とはいえ、貴方は妖精(エルフ)……信じられない。見損なった」

 

「ソフィさん、私、何もしてないんです!?」

 

「エイナ、ダメだよぉ……! 【アストレア・ファミリア】の人達がどれだけベル君を囲ってるか知ってるでしょ!? しかも何っ!? どんなプレイをしてたの!?」

 

「だから違うってばミィシャぁ!!」

 

「エイナさん、はやく、手遅れになる前に!!」

 

「「「「チュール!!」」」」

 

「エイナぁ~~~~~~!?」

 

「~~~~~~~~~~ベル君っ!!」

 

「がんばって、エイナさん! エイナさんなら、できる!」

 

「き・み・はぁぁぁぁぁ、いったい何を考えているのかなぁあああああああああ!?」

 

怒髪天のエイナの声が響き渡る。

ベルは癒されるような感覚をおぼえた。

そうそう、そういうのだよ、やればできるじゃん! そういった具合で安心まで覚えてしまうほどである。ランクアップの報告を受け付けたエイナは、それはもう疲れたOLの顔をしていたという。ちなみに後日、ギルドへ立ち寄ったリューがエイナからこの話を聞いた時、リューは「貴方は疲れている。しっかりと休みなさい、ベルがそんな阿呆なことを言う筈がない」と信じなかったという。

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