アーネンエルベの兎   作:二ベル

129 / 138
モスヒュージとフィルヴィスは別に仲間とかじゃないです。


超越界律⑥

 

 

――こ、殺しだ! 同業者が殺られた!

 

 

誰かがそんなことを言っていた。

野営地から煙を見て立ち寄った【アストレア・ファミリア】と後輩冒険者達は、いつもとはどこか違う喧騒に揺れるリヴィラを瞳に映す。

 

「ボールス、何があったの?」

 

「おお、【アストレア・ファミリア】……やっぱりいやがったか!」

 

「やっぱりって……あの煙は狼煙だったの?」

 

「いや違ぇ…………というか、見りゃわかんだろ」

 

駆け付けたアリーゼ達の声にボールスは面倒なことは全部彼女達に丸投げしちまえるぜ、ひゃっほう!な顔をしたが、野営地から見えた煙のことを聞かれると顔をしかめて頭をガシガシと掻き、顎で煙が上がっていた場所を刺した。訝し気な顔をしてアリーゼ達はそこへ向かった。

 

「うっ……なんて臭いしてやがる。おい、輝夜、兎と狐とリオン2号機を近づけさせんなよ。刺激が強すぎる」

 

「安心しろライラ、もう遅い」

 

「は?」

 

「春姫なら既に、あっちで見事な大瀑布を作り出している」

 

「………嫁の貰い手がなくなっちまうぞ」

 

「その点についても安心しろライラ」

 

「あん?」

 

「嫁ぎ先なら身内にいる」

 

「あー………はいはい」

 

「てめぇら結構余裕あんな!?」

 

「「馬鹿が、7年前に嫌というほど見てるわ」」

 

「………おま、馬鹿、コメントしづれぇじゃねえかよ」

 

口端をヒクつかせるボールス。

輝夜とライラは、遺体の前で膝を折った。

遅れてリューとマリューがやってくる。

アリーゼ達は周囲に群がる野次馬達の処理に回っていた。

 

「リオン、ローリエとベルはどうした?」

 

「春姫と一緒に休ませています。こういった経験は彼女達はないでしょうし……ベルは顔色こそ変えましたが、問題なさそうです。アリーゼが念のためと2人と一緒にいさせています」

 

「んじゃまあ、何があったか整理するか」

 

「ですなあ……まずは何があったのか教えてほしいところ。知っている方はおられますか?」

 

 

×   ×   ×

 

「――妖精(エルフ)が下の階層へ逃げた?」

 

「あ、ああ……確証はねえよ? けど、同業者が()られたって騒ぎになる少し前だったかな……暇だし飲みに行くかって酒場に向ってるときにやけに慌てて走っていく女がいたんだ」

 

「その後に騒ぎが?」

 

「まあ、そんなところだ。ほら水、飲めるか?」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

猫人(キャットピープル)の男が、自分が見たことを話す。相槌を打つようにベルが言葉を返し、男は持ってきていた水筒を春姫へ差し出す。礼を言って春姫がそれに唇をつけると、春姫の所作が男を誘うように見えたのか喉を鳴らし、輝夜とは違う着物の着方故に見える鎖骨と谷間に下卑た視線を向けてしまう。

 

(水の代金なんざいらねえ……。やべえ、めっちゃ良い女だ……っ)

 

男の子だもん、しょうがないじゃんっ。

そんな反応をしてしまった猫人(キャットピープル)の男―ビリー―は次の瞬間、イスカにぶっ飛ばされていた。腰の入った良い拳であった。

 

「ごはぁっ!?」

 

「こんな状況で発情しないでもらえる!?」

 

「ず、ずびばぜぇぇん!?」

 

 

×   ×   ×

 

()られたのは4人か」

 

「おう、現場は4人とも別の場所だ」

 

「性別は」

 

「男女どっちも」

 

「やり口は」

 

「見ての通り、何をやったらそうなるんだかわからねえが……」

 

「千切ったみたいになってんな。斬ったっていう傷口じゃねえ」

 

輝夜とライラは、ボールスと話しながら現場検証を行っていた。目の前にある死体は地面から生える巨大な水晶に叩きつけられたのか『く』の字に折れていた。その威力を物語るかのように、水晶の破片があたりに散っている。

 

「普通、背を反ってもこうは折れねえ」

 

「ほぼ直角だろこれ」

 

「ふむ……叩きつけられた水晶も崩壊こそしていないが、砕けている。それに加えて、逃げ惑ったのか、抵抗したのか、地面は抉れ、木々もまた傷跡を残している」

 

「どうすりゃこうなるんだ? 地面が抉れるほどの魔法でも撃ちやがったのか?」

 

「それでこいつは何度もギリギリ回避をしてみせた……は無理があるだろ」

 

「遊ばれていた、が一番可能性が高い」

 

「だが、なあ……」

 

ボールスは頭痛を堪えるように頭を掻いて、振り返る。

男が死ぬまで辿った道は言ったように地面が抉れ、木々は折れるなどの傷跡があり、人間の……冒険者の仕業なのかと疑ってしまいたくなる。

 

「それから、こいつの右足……足首の辺りからねえぞ。どこいった?」

 

「今、探させてんだよ。一応な」

 

 

×   ×   ×

 

「あー……そういや単独(ソロ)で大樹の迷宮の方へ向かっていく奴を見たな。声をかけなかったのかって? んなのかけねえよ、後ろ姿だったし、だいぶ距離もあった。あと単独で潜ろうとするなんざ、余程の腕に自信のある冒険者か自殺志願者くらいだろ。面倒事に巻き込まれるなんて御免だぜ。……まあ、急ぎの依頼でもあったんじゃねえかって特に気にかけなかったってのもある。性別は……女だったな」

 

ベル達は現場から少し離れて、アリーゼを中心に情報収集を行っていた。ローリエは耳に入る情報や都市外で活動していたことを生かして遺体が発見された場所を観察しては気になったことをメモしている。

 

「春姫さん、気分はどうですか?」

 

「……はい、だいぶ良くなりました。ダンジョンではこのようなことがあるのですか?」

 

「怪物と戦って……ってのなら、あり得ない話じゃないわ。私達も少し前に死にかけたし」

 

ベルに手を引かれながら歩いていた春姫は狐の耳をペタンと折り、力ない声を発する。問いかけにアリーゼは振り返ることなく、黒いミノタウロスのことを思い出しながら解答し溜息をついた。そうだった、死にかけたんだ私。そんで、私達を倒した怪物とベルが戦ったんだ……わけわかんない。そんな感じだ。

 

「ごめんなさい、話を聞かせてもらえる?」

 

「げ、【アストレア・ファミリア】……」

 

「なに、げって」

 

「い、いやぁ~……言っとくけど、悪さなんてしてないわよ?」

 

「聞いてないんだけど」

 

「と、とにかく、私じゃないから!」

 

「はいはい、それで同業者が殺されたっていうのは知ってるわよね?」

 

「もちろん、まったく勘弁してほしいわよ」

 

声をかけたのは女性ものの道具類を販売しているアマゾネスの店主だ。彼女は正義の派閥に声をかけられたことにやましいところがあるのか肩を揺らした。だが、彼女もまたリヴィラの『ならず者』だ。やましいところが一切ないわけではないのだろう。アリーゼは気にもしなかった。彼女が地上では安価に買える香水をウン十万も高く販売しているのが瞳に映ったがいつものように笑みを浮かべて「質問にだけ答えなさい」と圧をかける。

 

「……街中じゃあ変わったことなんてなかったわ。そ、いつも通り。喧嘩とかはあったかもしれないけど、それもいつものことでしょ? 同業者同士のいざこざなんて珍しくもないし。ただ……いつぐらいからかしら、街の外から木が倒れるときの音が聞こえてね。でも怪物の仕業だろうって思ったのよ……他の奴にも聞いてみなさいな、似たようなこと言う筈だから」

 

「18階層は安全階層(セーフティポイント)と言われても怪物達は餌を求めてやって来るから、暴れたりしてもおかしいことじゃないか……」

 

「ええ、リヴィラだって何度も壊滅しているわけだし」

 

「じゃあ、食料調達してた連中が怪物に出くわして襲われたってことか……?」

 

「だとしたら、同業者が殺されたーなんてわざわざ言うのかしら。厄介な怪物が出たーとか、そんなことを言うんじゃない?」

 

女店主が思い出すようにしながら言葉を紡ぐ。

怪物の仕業と疑うネーゼをアリーゼは否定。

そこでメモを取っていたローリエが「そういえば…」と口を開いた。

 

「その、第一発見者と言えばいいのか? その冒険者はどこへ行ったんだ?」

 

「む……見てない?」

 

「見てない見てない、だって私は野次馬しに行ってないし」

 

「そう……わかった、話を聞かせてくれてありがとう」

 

「で、一応協力はしたわけだし……買わない?」

 

「わぁ、柑橘系の香水が550万ヴァリス!」

 

「なんと今ならこちらの甘い香りのする香水もついてくる!」

 

「まあお買い得! いらないわ!」

 

「くぅ……!!」

 

「あんまり香水キツイと男に嫌われるわよー」

 

「よ、余計なお世話だ!!」

 

アリーゼ達は女店主との会話を切ると、移動することにした。

リヴィラの街を歩くこと少し、ガヤガヤと喧騒が聞こえてくる。

どこか怒声混じりの声だ。

そこはなんてことはない広場で、聞こえてくるのは男の声だった。

 

「だから、俺は見たんだ! あ、あの女が……同業者を殺すのを!」

 

声の主は狼人(ウェアウルフ)

30代から40代で渋い顔つきをしている。

 

「信じてくれ! 犯人は――――」

 

 

×   ×   ×

 

 

「は、は……ぁっ、ふ、ぅ……けほっ……!」

 

少女は当てもなく逃げ惑っていた。

大樹の迷宮を抜け、水の迷都に辿り着き、魔導士である彼女が単独で下層にいるなんてことを聞いた者、知った者はきっと「自殺行為だ」と口にしたことだろう。

 

「―――――――ッ!!」

 

「ひっ……!?」

 

最早人の(もの)とは思えない叫喚が尖った耳に届き、怯えの声を零す。

走り続けて、何度も転倒したのかブーツはいつの間にか片方を失っていて、赤と黒を基調とした戦闘衣(バトルクロス)は暴漢にでも襲われたかのように所々が破れてしまっていた。白い長髪もまた土や埃で汚れてしまっている。

 

 

(どうして、こんなことに……!?)

 

 

ただただ、瞳から雫を零して言葉にできない言葉を繰り返す。

新たな主神、新たな派閥。

そこに身を置き、悲しみに打ちひしがれながらも前へ進もうとしていた。迎え入れてくれた女神は優しく、慈悲深く、少女の主神を失った心の傷を気遣ってくれた。だからこそ、彼女もまたそれに報いようとしていた。Lv.2とはいえダンジョンに潜ったこともある。迷宮でしか採取できない食物を採り、女神に捧げよう。少しでも派閥の足しになれば……と許しを得たうえで迷宮へ潜った。

 

 

(私は、貴方のことも案じていたというのに……! いったい何が、貴方を変えたというのです!?)

 

 

探せど探せど見つからなかった同期にして同胞。

ひょっとしたらあの時の騒動で、送還されてしまった主神の恩恵を失ったことで怪物の爪牙に辱められ天へ還ったのではないかと思いつつも、どこかで無事にいてくれたらと心のどこかでは思っていた。その同胞が、10階層に差し掛かろうかというところで姿を見せたのだ。

 

 

――久しいな、元気にしていたか。

 

 

最初はそんな感じ。

どこか憔悴したような声色ではあったが、迷宮に潜っているということは新たな主神を得て彼女なりに前へ進んでいるのだろうと思っていた。一緒に潜らないかと声をかけられて、生きていたことを確認できたのもあって彼女は嬉しさも相まって「是非」と頷いた。18階層まで行って、どこかでお茶でもしながら近況を話し合おう。仲間達はそれぞれ引退だったり改宗だったりしたことを伝えよう。もし、許されるのであれば……昔の様に笑い合えたら、とそう思っていた。

 

 

――ああ、こいつらか? 気にするな、使えない闇派閥(イヴィルス)有象無象(ゴミ)だ。

 

 

お手洗いに行ってくると聞いて、あまりにも遅いから様子を見に行った。魔力を感じたから、そちらへ向かった。そこには抉れた地面とへし折れた木々や粉砕された水晶があり、そして、胸を少女の細腕に貫かれたままの人間だったものがあった。何が起きているのか、理解ができなかった。そして唖然としていた少女へ同胞は表情を変えることもなく言葉を発するものだから、ゾッとして思わず後退りしてしまった。

 

 

――安心しろ、アウラ。すぐにお前達も……ディオニュソス様の下へ送ってやる。

 

 

本当に彼女は私の知る同胞か?

何かがおかしい、と思うには遅すぎて。

地上に逃げなくては、と思うには手遅れで。

 

 

――狂乱の宴(オルギア)の礎となってくれ。

 

――主さえ守れない出来損ない(フィルヴィス)に手を貸してくれ。

 

 

背後に瓜二つの同胞が現れて、背筋を凍らせた。

魔力が溢れて、おぞましくて、恐ろしくて、何度も後退りして、左右で佇む彼女達は無表情から口元だけ笑みを浮かべて気づけば走り出していた。

 

 

――あの神も言っていた。全部、全部……あいつのせいだ。報復しなくては……アウラ、お前も悔しいだろう!?

 

 

そんな声が聞こえた気がする。

振り返るのさえ恐ろしくて、少女は長杖を抱きしめるようにして走っていた。きっと今、こうしてこんな階層まで降りてしまったのは、時折飛んでくる砲撃に誘導されたせいだろうと最早考えても仕方のないことを思って、そしてまた涙を零した。

 

 

『―――――フッ』

 

「…………え?」

 

逃げて逃げて逃げて、片方ブーツがないせいでバランスを崩して転げかけて、ちょうど十字路に差し掛かった所で、棍棒のような天然武器(ネイチャーウェポン)を持った巨大な影が横合いから姿を見せた。飛来した何かに少女の身体が辱められるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

「ど……して……フィル、ヴィ……」

 

 

×   ×   ×

 

 

「犯人は―――【死妖精(バンシー)】だ!」

 

「【死妖精(バンシー)】……フィルヴィスさん?」

 

「【死妖精(バンシー)】がやりやがったんだ! あの黒髪に赤い瞳……間違いねえよ!」

 

 

狼人の男の声に、ベルはその名を口にしていた。

フィルヴィス・シャリアに与えられた【二つ名】とはまた違った名。彼女が参加したパーティは彼女以外全滅したということからついたあだ名だ。そして、彼女の名と共にふと思い出したのは迷宮に潜る数日前のこと。

 

 

 

――ベル、フィルヴィスさん。フィルヴィス・シャリアさんを見ませんでしたか?

 

 

山吹色の長髪の妖精。

レフィーヤが騒動が終わってから友人の姿がどこにもないと神々や冒険者に対して顔の広いベルを頼ってそんなことを聞いてきたことがあった。

 

 

――いないんです。神様が送還されて、ひょっとしたらと思うんですけど……でも、遺体すら見つからないんです。

 

 

友人の安否に表情を曇らせるレフィーヤの顔がチラつく。

何か、胸がざわついて、嫌な予感がした。

顔つきを厳しくさせたアリーゼが男の下へ向かって胸倉を掴み、声を荒げた。

 

「【白巫女(マイナデス)】はどこ!? どこで見たの!?」

 

「ひっ!? ス、【紅の正花(スカーレットハーネル)】!?」

 

「彼女は【死妖精(バンシー)】なんて二つ名じゃないわ!」

 

「いいや、あれは【死妖精(バンシー)】だ! あいつ……仲間と一緒に、俺の仲間を………ッ!」

 

「………っ!」

 

「おいおい何事だぁ!?」

 

「団長、何をしている!?」

 

「輝夜、戻ったの!?」

 

「ええ、もう調べることはないからな! 喧嘩なら後にしろ」

 

ボールスと輝夜が2人の間に割って入るようにして離れさせる。

アリーゼは胸に手を当てて深呼吸を繰り返し、そして狼人の男もボールスに宥められた。男はボールスにこの広場でしていたことを全て話す。同業者が殺されるところを見たこと、そしてそれを行ったのがフィルヴィス・シャリアという妖精(エルフ)であること。下層へ向かっていったこと……全て。

 

 

「犯人は妖精(エルフ)だぁ?」

 

「………にわかには信じられんが」

 

「輝夜、ライラ、アンタ達はどう思ったの?」

 

「人間離れした力で殺しているのは確かだ。遺体の足首がちぎれ取れていたし……叩きつけたように肉体が折れてもいた。あれを妖精がしたとは想像できん」

 

「化物だよ、とんでもねえ化物」

 

「なあボールス、こっちからやっちまうべきだ! 街の同胞が訳も分からず殺されたんだ! たとえ『ならず者達の街(ローグタウン)』でも義理を立てる理由はあるだろう!?」

 

同じ街の住人の顔馴染を殺された怒りからか、第一発見者の狼人(ウェアウルフ)が顔を真っ赤にしてまくし立てる。その熱が周囲に伝播していく中、太い腕を組んでいるボールスは難しい声を出していた。

 

「……てめぇの言い分はもっともだが、俺様は自分の命が一番大事だ。それこそ他の冒険者なんざ知ったことじゃねぇ。しかもバンシー……コホンゲホン、【白巫女(マイナデス)】だろ? 曰く付きの奴を相手にすんのは避けてえし………」

 

チラチラ、とボールスの瞳がアリーゼ達へ向けられる。

正義の派閥の女冒険者達は非情に嫌な予感がした。

ニヤリ、と笑みが浮かんでその嫌な予感が現実のものとなった。

 

 

「こーんなところに【アストレア・ファミリア】がいるんだ! 正義の味方さんは、この事件、無視するわけにはいかないよなぁ!?」

 

「「「「こいつ………!!」」」」

 

 

こうして【アストレア・ファミリア】は再び下層へ行くこととなった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。