靴音を鳴らし、冒険者達が迷宮を駆ける。
大樹の迷宮を越え、場所はすでに25階層。
「やっぱり、何か変じゃない?」
彼女達がいるのは階層の北に当たる迷宮部。
水流に沿って真南に向えば『
「冒険者が単独で下層に潜ってるのだっておかしいのに、ここに来るまで誰にも出会ってない」
「容疑者である【
「静かすぎると言えば、怪物共が姿を見せんのが気に入らん……嫌な感じがする。【絶†影】、反応はあるか?」
「………はい、反応だけならば」
「ということは何かにビビッて潜んでいるのか」
ノイン、マリュー、輝夜、命が順に口を開く。
自然と通ってきた道を振り返り、不気味なほどに静まりかえる迷宮を睨みつける。数時間前に階層主と戦っていた時はまだこれほどまでに静まりかってなどいなかった。宿場街で起きた殺人事件と関係しているのかはわからないが、それにしても妖精1人見つからないのは腑に落ちない。
「どうするアリーゼ?」
「ネーゼ……血の匂いは?」
「大樹の迷宮で嗅ぎ取れていた匂いはもうしない……というか、わからないな。『巨蒼の滝』の勢いなんかがそうさせるんだろうけど匂いが消えてる」
ネーゼが耳をピコピコと揺らして耳を済ませながら、アリーゼに問いかけアリーゼは思案する。ダンジョンは下へ行けば行くほどに広くなる。無理に捜索をするのは自分達も危険だ。怪物達が姿を潜ませていることも相まって異常事態の可能性を入れ、引き返し時かと口を開こうとした…その時。
「……血の匂いだ」
「皆、人影だ」
アリーゼが口を開くのを遮ってネーゼが、リューが口を開いた。
彼女の声に皆がリューが木剣の先を向ける方向へ顔を向ける。
「………あの人は」
「……冒険者か?」
地面から生える
「あの人は……」
「ベル様、お知り合いの方ですか?」
揃って乙女達が武器を構えるなり警戒する中、ベルが目を細めながら向かってくる妖精に心当たりがありそうな反応をする。ベルの背後で控えている春姫の問いを他所に、近づいてくる冒険者の姿が刻々と鮮明になる。高品質とわかる
「………ルヴィスさん?」
「ストーカーか」
「ストーカーしてた人よね」
「受付嬢をストーカーしてた人だっけ」
「神様にそそのかされた可哀想なストーカーさんね」
「………哀れな同胞です」
「ひ、酷い言われようでございます……」
ベルが名を呟いたのが聞こえたのだろう。
とある半妖精の受付嬢を夜な夜な追跡していた妖精の上級冒険者を思い出して、輝夜、アリーゼ、イスカ、リャーナ、リューが思い出したように口を開き、そして何も知らない春姫は顔をひきつらせた。しかしそれはそれとして、彼は1人だった。いくら実力のある冒険者であったとしても安全性を確保しているとは言いにくくむしろ不用心だ。そして矢筒があるにも関わらず、何故か弓は持っておらず纏っている防具も傷だらけ。ちり、と首筋がひりつき胸騒ぎがした。
「春姫、【絶†影】、下がれ。様子がおかしい」
「え?」
「はぇ?」
輝夜が振り向かず指示を出す。
2人の少女が戸惑う声を漏らすのとほぼ同時。
頼りない亡者を思わせるような足取り。
薄闇の中で不気味に揺れる
「ぁ………ぐっ……!?」
光の下に晒されたのは、血まみれの相貌だった。
「!!」
「マリュー!」
パーティの全員がその光景に瞠目する。
アリーゼが治療師の名を叫ぶ。
彼の右腕が消失していたのだ。
身体の陰に隠れていた二の腕、肘から先を失った右腕をぶら下げながら、ルヴィスは残っている左手をベル達へと伸ばす。
「たす……けっ……!」
言葉の破片と一緒にルヴィスの身体が地面に倒れ込む。
「おい、こいつか!? こいつが18階層から逃げてった容疑者か!?」
「【白巫女】じゃないから、違うわ!」
「逃げてった人がいるって話だったでしょ、何か関係があるのかも!?」
ライラが言葉を荒げる。
今、彼女達が捜索しているのは、宿場街で起こった事件の容疑者。その容疑者の種族も『妖精』であり逃げて行ったとされるもう1人の人物もまた『妖精』であった。声を荒げる正義の戦乙女達を他所に崩れ落ちた彼の代わりに現れたのは……背後の暗がりから歩み出てきたのは、大型の怪物だった。
「……なに、アレ」
『緑』。
その一言に尽きる。
人型を象る巨躯は2
「ひっ……!?」
ぐしゃっと不快な音を立てて握りつぶされるエルフの腕に、春姫から短い悲鳴が漏れる。水晶の床に落ちる血潮。打ち捨てられる腕の残骸。衝撃的な光景に誰もが言葉を失い、動きを止める中、ベルがざわっと毛が逆立つような錯覚を覚えた。不気味な巨人は無言で、倒れたルヴィスに血だらけの右手を伸ばす。
「させるかぁ!!」
「はぁぁぁ!」
「ふっ―――!!」
瞬間、3人の戦乙女が疾走した。
得体の知れない
『―――』
地面スレスレを走るリューが右から。
逆に輝夜が左から居合刀を抜き放ち迫る。
そして跳躍して上からネーゼが斬りかかる。
3方向から肉薄する女冒険者達に反応したモンスターは、左手に装備した水晶の槌矛を、凄まじい勢いで真横に薙ぎ払う。
(――速い!)
モンスターによる薙ぎ払いは、リュー、輝夜の順で弾き返し真横の迷宮壁に炸裂。発生する雷のような轟音、震動、そして衝撃。絶叫を上げた水晶の壁面から天井と地面に至るまで亀裂が走り抜け通路全体を揺るがす。そして最後に跳躍して迫ったネーゼの双剣を右腕で防いだ。派閥の中でも足の速い3人の攻撃に対応してみせたことにベルは目を見開く。
「なっ!?」
3人の攻撃を防いだことに驚いたのはベルだけではなく直接攻撃した輝夜達と見ていた姉達も同じだった。こちらの予想をはるかに上回る迎撃速度と攻撃の威力に驚愕しながら、輝夜は弾かれて宙に浮かされたところから体勢を戻し一気に攻撃に移る。舞う剣客の斬閃は凄まじく敵の身体を覆う苔を剥いで散らす。
「ちっ……こいつ……強化種か……!」
『オオォ………ッ!』
胴体を狙った勢いあまる銀の斬閃は深い傷を生み出そうというところで、巨体を後ろに傾ける咄嗟の動きによって回避される。それだけではない。怪物が啼いたかと思えば巨体の表面から小さな隆起がいくつも発生した。腕、肩、首、胴体、脚、至る所から。後ろに傾いた状態から後方へ跳躍しながら怪物の右手が輝夜の胸元へ伸びる。怪物の異変から輝夜の頭に警鐘が鳴り響くと、輝夜は伸びる怪物の手が自身の乳房に触れそうになるのを理解すると舌を打ち、カランと音を鳴らして床に落ちた居合刀を左足で蹴り飛ばした。ほんの一瞬に行われた両者の行動はほぼ同じタイミング。蹴り飛ばした居合刀が矢のように飛んで怪物の右足を裂き、バランスを崩させる。ドッと輝夜の身体が右に吹き飛ばされる。
「輝夜さん!」
「な……っ!?」
「……けろっ……!」
ベルが飛びついて輝夜を助け出す。
驚く輝夜。
リューによって怪物から引き離されたルヴィスが横たわりながらなけなしの力で警告を発した。
「避けろっ、それを喰らうなぁぁぁぁ!!」
ちょうど輝夜が敵の射線上から消え失せたその時だった。
モンスターの全身から尖った弾丸が――何十発にも及ぶ『種子』が斉射されたのは。
「っっ!?」
まさかの飛び道具。
火炎でも吹雪でもなくまして雷撃でもない夥しい『種子』の弾雨は、直射ではなく上下左右バラバラに発射された。通路の壁を跳ね返りながら、あらゆる角度から襲い掛かって来る。
「くそ、跳弾だ! てめぇら、隠れろ!」
視界の中を縦横無尽に走る不規則な動きとあまりの弾丸の多さ、何より撃ち出されたその至近距離に輝夜はベルに飛びつかれていなければ真っ先に餌食になっていただろう結末を脳裏に浮かび上がらせると、弟分を庇おうと華奢な少年の身体を抱きゴロリと回転。覆いかぶさった。
「わぷっ!?」
「大人しくしていろ馬鹿者! 種付けされたいのか!?」
「何言ってるんですか!?」
「私は嫌だ!」
「何を言っているんですか!?」
「春姫、ローブを被って!」
「っっぁぁあああああ!?」
そしてパーティのもとに『種子』の弾丸が達する。
アスタが余裕なく激声を飛ばし、次いで
「【唸れ、昇れ、根源より。門を開き淘汰する、顎を持つ
リャーナの詠唱が激しい弾雨の中で静かに響いた。
――【
魔炎がアリーゼ、リューの間を飛び『種子』を焼き払いながら、『種子』の発射を終えた苔の巨人へ弾着。驚き、苦悶するモンスターは外殻を崩しながら大きく地を蹴って、壁に空いた横穴に姿を消した。
「はぁ!?」
「……逃げた!?」
「モンスターが『撤退』!?」
物陰から姿を出した戦乙女達が愕然とする。
輝夜と渡り合えていたほどだ、『強化種』なのだろうと予想はしても『撤退』するとは予想外。追撃したい思いを堪え、状況を確認するため互いに目を合わせる。
「春姫、命、怪我は!?」
「ぶ、無事です!」
「私も無事です!」
「マリュー、アスタを診てやってくれ! 背中をやられてる!」
「ごめんアリーゼ、私も……! 跳弾が当たったみたい」
盾の持ち手を掴んだまま膝をつくアスタは、左の肩甲骨あたりを。そしてリャーナが右腕を掴んで座り込む。傷口から血を流し玉のような汗を流す。2人とも跳弾を喰らったらしい。アスタの下にマリューが駆け、そこへリャーナをノインが肩を貸す形で運ぶ。他に犠牲はないかアリーゼが視線を巡らせていると、ベルの声が聞こえた。
「輝夜さん、輝夜さん!」
「ベル……輝夜、どうしたの?」
輝夜に覆いかぶさられたまま、ベルが彼女の名を繰り返し呼んでいた。アリーゼは嫌な予感がして、2人の下へ歩み寄る。輝夜はピクリともしない。代わりに滴る赤が、広がっていく。
「っ゛っ゛……!?」
「リオン、来て!」
輝夜の声が聞こえた。
よかった生きている。
一番モンスターと距離が近かったのは注意を引き付けてくれていた輝夜だ。咄嗟にベルが助けたとはいえ、その後にベルを守ったのは輝夜。跳弾の餌食となったのだろう。紅の着物を更に濃い赤が広がって染みを作りだし、そして『蔦』が生えて伸び出した。右肩から首や腕、胸にかけて戦闘衣装の裾からもぐりこんでその柔肌を犯すように『蔦』が傷口から伸びていた。背後からも苦しそうな声が聞こえ振り返ればアスタとリャーナも同じ症状に陥っていた。
「ベル、無事か? 無、事だな……なら良い」
「輝夜さん……!」
汗を滴らせる輝夜がベルが植物に犯されていないのがわかると、力なく笑みを浮かべた。傷口から植物が生えているのが見えたアリーゼは『種子』が原因だと瞠目。そして寝かせていたルヴィスに視線を飛ばすと、薄暗くて分からなかったエルフの半身には、仲間達と同じように幾本の蔦が絡み合い、巻き付いていた。
× × ×
治療師の魔法の輝きが消え失せる。
床に寝かせられた負傷者達に治癒魔法が放たれ、血に濡れた傷口を全て塞ぐ。しかし、4人を苛む『蔦』が消えることはない。それどころか、治癒魔法の光を浴びてより成長――活性化して、葉の部分を茂らせていく。
「う、ぐぅぅ……」
身体が楽になるどころか苦しませてしまう。
解毒薬の類も試したが効果はなく、傷口から生えている『蔦』が排除することができない。無理矢理『蔦』を引きちぎろうとすれば声を上げて苦しみ、剣で切断しても新たに生え伸びるだけ。手を尽くしたマリューは首を横に振った。
「体内に入り込んだ『種子』が根を張って、アスタちゃん達の体力を養分に成長してる……これじゃあ、回復薬や回復魔法は逆効果。回復した側から体力を吸われちゃう」
「マリューでも治せない?」
「これはもう寄生って言っても良いと思うわ」
「『宿り木』……ですか」
「治療が可能だとしたらそれこそ、【
「ここから地上に行くとして、彼女達がもつかどうか……」
「他に方法は?」
「元凶……あの怪物を仕留めさえすれば……」
アリーゼ達は寝かされている4人を見つめる。
仲間達に手を握られ、笑みを浮かべて見せるアスタとリャーナ。姉が傷つき血を流していることに少なくない動揺を浮かべているベルにそんなベルの頬に手を当てている輝夜。
「ベルにとっては助けたはずの輝夜が……ってわけだから、まあ、動揺するわよね」
「いままであの子の前でここまで追い詰められたことはなかったはず」
「まだ14歳だもの。私達の時とは状況も違うわ」
「【絶†影】、さっきの怪物の反応はもう探知できるんか?」
「ライラ殿………ええ、できます。ですが、今この辺りにはいません」
「オーケーだ。悪いがお前は私達に付き合ってもらうぜ」
「どうするおつもりで?」
ライラがアリーゼに顔を向けると、アリーゼは頷いた。
答えなど、決まっていた。
「地上には戻らねえ。
「そうね、負傷者を運んでいるところを背後から一網打尽なんて冗談じゃないし」
「仲間達を辱められた……このまま逃げ帰ることなどできるはずがない」
表情こそ変わってはいないが、命は彼女達の背後に怒りの炎が燃え上がっているのが見えた気がした。
「アリーゼ……さっきの『強化種』」
「リャーナ、無理しないでいいのよ」
「ありがとう……でも、聞いて。あの植物のモンスター……私の炎を喰らっても、大したダメージを負っていないように感じた」
「炎が効かない……? 植物系でそんな種いたかしら……」
「植物っていうなら、『中層』域じゃねえか?」
「苔……『モス・ヒュージ』あたりか?」
「たぶん、ネーゼが正解だと思うけど……でも、それで炎が効かないのは……」
「団長、私も意見がある」
「………アンタ割と余裕あったりする? なんでベルに膝枕してもらってんのよ」
「負傷者だ、労われ……ごほっ、げほっ」
「輝夜さぁん」
「マリュー、その槌矛で麻酔入れてあげて」
「永眠になっちゃうわよ……あと輝夜ちゃんベル君わりとデリケートだから刺激しないで」
「おい大変だマリュー、輝夜の胸が腫れてやがる! こんなに……なっちまってよぉ……!」
「おい待て、掴む……なぁ……!?」
「ライラちゃんそれ自前よ~」
ぐったりしつつもアリーゼ達に自分の所感を伝えるリャーナ。そこから今までの経験から心当たりのある怪物を思い浮かべて、強化種の謎を紐解こうとしてみる。炎が効かないところに首を捻っていると、そこに輝夜が声を上げる。そちらに目を向けてみれば、ぐったりしているところが逆に儚さを演出していて男なら守ってあげたくなってしまう女に見えた輝夜がベルの膝を枕にしていた。普通に彼女達はイラァっとした。
――私が死んだら、ほにゃほにゃを流行らせてくれ。
――そんなこと僕にはできないよぉ!
とかやってしまいそうな雰囲気があった。
玉のような汗を流してしっとりとしている肌、治療のために着崩したことで隠れていたすらりとした脚や鎖骨に深い谷間が見えて煽情的。同性であってもつい喉を鳴らしてしまうほど。ここに宿場街の男達がいれば、獣のような雄叫びをあげていたことだろう。別にベルに対して怒る気持ちはない。そりゃ輝夜を守ろうと飛び出したことについては一言言ってやりたくもあるが、アルフィアを亡くした時にも相当落ち込んでいたベルを思えば怒るに怒れない。こうして膝枕をしたり頬に添えられた輝夜の手に頬ずりしてしまうのも仕方のないことなのだろう。輝夜、そこ変わりなさい? そう思ってしまう。
「で、何?」
「遺言なら聞きますよ」
「まて、あの怪物の話だ……あいつ、外殻を剥がした時……」
それはモンスターが『種子』の弾丸を放つ寸前のことなのだろう。輝夜は連撃の最中、見えたものを思い出してそれを口にする。彼女の瞳に映った
「『
「それが炎が効かなかった理由……なるほど」
「輝夜、でかしました。後は任せなさい」
「流石副団長ね! しっかりと敵の情報は掴んでくる! 大丈夫よ別に私、ベルに甘えるために種付けされたとかそんなことこれっぽっちも思っていないから! ばちこーん!」
「ぐは……っ!?」
「ベルに抱き着いてなんか言ってたの聞こえてたわよ!」
頬を染めてしまった輝夜にケッと唾を吐きそうな顔を浮かべたアリーゼ達はすぐに表情を取り繕いベルに優しく微笑んだ。イケないイケない、可愛い弟の前で怖い顔などできない。1人の雄を巡って争う醜い女などと思われては堪ったものではない。大丈夫、貴方の大好きなお姉ちゃんはいつだって優しいお姉ちゃんなのよ! というやつだ。
「…………はぁ、それでどうするの? 作戦は?」
「ごめんなさいマリュー、そうね、話を進めましょう」
「【絶†影】は中衛で索敵。アリーゼとネーゼ、兎が前衛、セルティとリオンが後衛ってことでどうだ?」
「それでいきましょ」
「他は負傷者を運ぶ形で中衛位置に……これなら守りもできる。私も異論ありません」
「なら決まりだ。兎、おめーはいつでも魔法を使えるようにしとけ。炎が効かねえんなら、相性を考えれば雷を使えるおめーが相手する方がいい」
「僕が……はい、僕が輝夜さん達の仇を取ります!」
「ええ、その意気です」
「「「待って、私達まだ死んでない!」」」