アーネンエルベの兎   作:二ベル

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苔:アスタ、リャーナ、輝夜、ルヴィス


超越界律⑧

「ベル様、『モス・ヒュージ』という怪物(モンスター)は……『下層』を生息域にしているのですか?」

 

「いや……『中層』のモンスターですよ、春姫さん」

 

『強化種』の討伐を目的に、ベル達はまずルヴィスがパーティと別れた地帯(エリア)に向うべく通路を進んでいた。

推測ではあるが、特徴から候補を絞り上げて件の怪物を『モス・ヒュージ』の『強化種』とした。歩を進めながらベルは冒険者としての知識の乏しい春姫へ教えている。

 

「本来は24階層に出現する希少種(レア・モンスター)。苔でできた身体で…まあ、植物の人形って感じなんですけど……さっき見たみたいな骨格もしていないし壁を破壊できるほどの怪力もないはずなんです」

 

「おいアリーゼ、あいつちゃんと勉強してたんだな」

 

「ちょっとライラ、今あの子、年上のお姉さん教え子に先生してんだからそっとしときなさいよ」

 

「でもちょっと感慨深いですね」

 

「知識面ではセルティが教えていましたか?」

 

「たまに、ですけどね」

 

ちょっとした授業をしている弟分と妹分の会話を耳に入れながら、ライラからアリーゼ、セルティ、リューと会話が続く。あのベルが…そんな感慨深さを何故か感じ取っていた。

 

「『モス・ヒュージ』は斬られると『魔石』を持たない分身体を生み出すっていう特徴があって仕留めた方はまんまと()()()()()なんて話もよくあるらしいです。好戦的というよりは擬態や待ち伏せ、逃走を駆使する知性の高いモンスターみたいなんですけど……」

 

「……詳しいな、【探索者(ボイジャー)】。私も、いいだろうか?」

 

「ルヴィスさん……身体の方はいいんですか?」

 

「よくはないが、同胞の救出を依頼しているのだ。情報を開示するのは私の役目だろう」

 

ルヴィスは話す。

元々、彼のパーティが『水の迷都(みやこ)』に来たのは冒険者依頼(クエスト)を受けたため。内容は行方不明者、あるいは遺体の捜索。ルヴィス達【モージ・ファミリア】以外にも【マグニ・ファミリア】の冒険者も同じ依頼を受けて道中いがみ合いながら依頼を進めていた。『下層』に辿り着いてから別行動をとったそんな時だった。

 

――『モス・ヒュージ』に襲撃されたのは。

 

「我々のパーティを襲撃した際、奴は真っ先にサポーター兼任の後衛を狙い、『魔石』が詰まった(ポーチ)を奪った。目の前で『魔石』を喰われ……『魔法』すら通用しなくなった奴の前から、我々は敗走するしかなかった……あのモンスターは不味い。()()を知った奴は、これまでの『強化種』とは比べ物にならないほどに強くなり……そして、放っておけば、未曽有の大惨事になりかねないだろう」

 

「今まで目撃情報が上がってないってことは、確実に仕留められないと判断した時は身を隠していたってことでしょうか?」

 

「その通りだ【探索者(ボイジャー)】。奴は狡猾なのだ」

 

野放しにはしておけない。

だからこうして出会った冒険者達が【アストレア・ファミリア】だったのはルヴィスにとっては『幸運』だった。彼女達もまた件の強化種を放置しておくなど傷付けられた仲間がいる以上、できない。

 

「実のところ、地上に行けばこの宿り木は取り除けるのかしら?」

 

「うーん……アミッドさんなら、たぶん……?」

 

「ですが、地上に戻るには1日はかかります。輝夜達はともかく、重症を負った同胞の体力がもつとは思えません」

 

「まあ倒すって方針なんだ、やるしかねえだろ……ところでお前、私達の他に冒険者は見てねえか?」

 

「冒険者……? いや、見ていないが……何か、あったのか?」

 

宿場街(うえ)で殺人だ。容疑者にエルフがあがってる。私らはその容疑者を探して降りてきたんだよ」

 

「みんな止まれ」

 

パーティの先頭で進んでいたネーゼは左手を上げ、足を止める。次いで全員が止まる。視線の先には十字路があった。

 

「見ろ、血だ。それも新しい」

 

ネーゼは鼻をヒクつかせて視線の先を睨んで呟く。

右手の道から床に引かれている太い赤い線……まるで重い何かを引きずったような跡がある。それは、人間の血だった。緊張が走り、アリーゼ達を顔を見合わせ頷き、武器を構えて道を進む。やがて、1つの『ルーム』に辿り着いた。水流が蜘蛛の巣のように走っていて岸辺へ渾然となっている。陸地の至る所に白の群晶(クラスター)がまるで巨氷のように生えていた。『巨蒼の滝(グレート・フォール)』が近いのか、迷宮に響く大瀑布の音がより大きくなって聞こえてくる。そんな中で、彼等の視線は広大な『ルーム』の中心に引き寄せられた。

 

「あれは……!」

 

中央地帯に鎮座する一際大きい水晶の柱、その根本。

エルフの冒険者達が床に仰向けに転がされている。男性1人に女性1人。『宿り木』を植え付けられており、その足は鈍器を振り下ろされたかのようにぐしゃぐしゃに粉砕されていた。

 

「うっ……!?」

 

春姫が口元に手を当てるのは当然の反応で、原形をとどめていない真っ赤な下半身は惨いの一言に尽きる。これでは立って歩くことなどできないだろう。

 

『……』

 

そして彼等のすぐ側の水晶の台座には苔の巨人(モス・ヒュージ)が腰かけていた。

 

「シャリオ、ラーナ……!」

 

「……仲間か?」

 

「ああ、だが、1人足りない……! アレク……!」

 

「治療するわ、リオンちゃんベル君手伝って……!」

 

「は、はいっ」

 

「わかりました、マリュー」

 

「【絶†影】、反応は?」

 

「ダメです。この広間にはモンスターが多すぎて……水流にもまだ多く潜んでいます……!」

 

治療するために魔法を詠唱するマリューとリュー。そして、治癒効果も持つ魔法の詠唱をベルも始めていると、血の匂いに引きつけられるように、広間を錯綜する水流のあちこちからモンスター達が姿を見せる。

 

「どうするアリーゼ」

 

「救出優先、私とネーゼで『強化種』の相手をする。その間に他のモンスターを処理しつつ治療ができる3人が怪我人を運び出して!」

 

「「「了解」」」

 

「――行くわ!」

 

同業者を助け出すため、仲間を助けるため一気に飛び出し電光石火を仕掛けた。広間(ルーム)南東に位置する通路口からアリーゼ達は中央地帯へ、ベル達は『スキル』で敵の有無を調べた命の指示で広間(ルーム)の南端へ。モンスターは『強化種』のもとへ集まっている。南の岸辺に敵の影はない。冒険者達に気付いたモンスター達が攻撃を試みようとするが、それを振り切るか弾き飛ばして相手にしない。見る見るうちに中央地帯へ近づいていく。

 

「………?」

 

(まだ、動かない?)

 

先頭を行くアリーゼが、横目にモス・ヒュージを瞳に入れていたベルが、眉をひそめた。他のモンスターと同様、『強化種』も急接近するアリーゼ達の存在は気づいているはず。にもかかわらず、ぴくりとも動かない。仲間達も怪訝な表情を隠さない。不気味なものを感じながら、それでも向かわざるを得ないでいると、

 

「……だめ、だぁ……」

 

周囲の水流の音に紛れて、地面に転がされた男性(エルフ)の声の欠片が耳朶を震わせた。必死に訴えるように、エルフの冒険者は痙攣している唇を動かす。

 

「……ちが、ぅんだぁ……来ちゃ、ダメだぁ……!」

 

その言葉を、聴覚がはっきりと聞き取った瞬間。

ぼろり、と。

台座に座している『強化種』の目元から、苔の一部が()()()()()()。剥落した苔の中が露出するのは、人の肌。衰弱しきって焦点を結んでいない人間の瞳。地面に倒れている冒険者と同じ、妖精(エルフ)。ルヴィスのもう1人の仲間だった。ぞっっ、と心臓が鷲掴みされるような悪寒が全員に奔った。

 

(あの怪物……っ!)

 

(ここまで知恵を働かせられるの!?)

 

悪寒が奔り、頭の中で警鐘が鳴り響く。

時の流れが緩慢となったような感覚の後、命が最初に反応し声を上げた。後方にいた大鞄(バックパック)を背負っていた春姫へ向けて。その声とほぼ同時か、猛烈な勢いで春姫へ近づく敵影が水流から姿を現す。

 

「――――――ひっ!?」

 

 

――我々のパーティを襲撃した際、奴は真っ先にサポーター兼任の後衛を狙い、『魔石』が詰まった(ポーチ)を奪った。

 

 

ルヴィスの言葉が一瞬脳裏を駆け巡る。

アリーゼが、ネーゼが、舌を弾いて振り返り春姫を守ろうと地を蹴った。

同じようにベルも地面を削りながら強引な進路転換を断行、振り返ったネーゼの手を握り投げてもらうことで【明星簒奪(スキル)】の効果で急加速。

 

『――』

 

「ふっっ!!」

 

モンスターがメイスを振り上げ、春姫をその餌食にしようとする。そこへ淡い光を纏ったベルが弾丸と化して宙を貫き、出鱈目な加速で彼我の距離を一瞬で埋め尽くし、【ヘスティア・ナイフ】を叩きつけた。

 

『!?』

 

水晶の武器と精製金属(ミスリル)が甲高い音を立てて火花を散らした。一番弱いだろう娘を辱めるはずだったモンスターは瞬きの間に現れた白髪の人間に阻まれ、瞠目する。握っていた得物が切断され、宙を飛び、どぼんと水の中に消えていった。そして……。

 

「【アストラル・ボルト】!」

 

ナイフを握っていない左手がモンスターの腹近くに振れ、そして零距離での砲撃。星炎が爆ぜる。怪物の喉から初めて悲鳴が迸った。

 

『ギャァアアアアアアアアアアアアアアア!?』

 

「はぁあああああああああああっ!」

 

モンスターの悲鳴が反響する。

『速攻魔法』の連打が炸裂し、苔の巨人(モス・ヒュージ)は蹈鞴を踏み、両腕を振り回して藻掻き苦しむ。生まれた距離をすぐさま殺し、【探求者の剣】を抜剣し相手の体躯を斬りつける。剣を振るいながら魔法も用いて斬撃に星炎を混ぜ合わせる。斬撃と魔法の混成技とでも言うべきベルの連撃に対し、苦悶する苔の巨人(モス・ヒュージ)は燃え盛る体を何度もよじって炎の斬撃の猛威から逃れようとする。

 

「春姫ちゃん、無事!?」

 

「は、はいぃ……マリュー様、春姫は元気ですぅ……」

 

尻餅をついた春姫の背に手を添えるマリュー。

春姫は無事だったとはいえ、一番最初に狙われたことといい、一瞬でベルが現れて守られたことといい、彼女の心臓はどったんばったん大騒ぎ。胸に手を当てて冷や汗を垂らしながらヘタな呼吸を繰り返す。視線の先では、遮二無二に体を振り回しながら後退していく怪物とそれを追い詰めていくベルの後ろ姿。さらにその先には、勢いよく流れていく水の急流が見えた。

 

「アリーゼさん、このまま僕が……!」

 

倒す、と言いかけた時。

ベルの足元から、勢いよく木鞭が射出された。

 

「!?」

 

ブーツに巻き付く木の根。

締めあげられる膝。

足を捕らえた木根は苔の巨人(モス・ヒュージ)脹脛(ふくらはぎ)、ベルから見て陰となる死角の位置から地中に潜行していた。モンスターの全身を覆う木の骨格が伸縮して撃ち出された、間接武器である。知恵を持つ『強化種』は隠し持っていた手札を切り、『駆け引き』において冒険者(ベル)の上をいったのだ。

 

『オオオオオオオオオオオッ!』

 

「私達がいるの……忘れてるでしょ!」

 

「シッッ!」

 

「撃ちます!」

 

宙に浮きながら足を絡めとられたベルはそのままに、アリーゼが木根を切断、ネーゼが苔の巨人(モス・ヒュージ)へ飛び蹴り、ネーゼが飛び退いたところをセルティが雷撃をぶち込む。

 

『~~~~~~~ッ!?』

 

衝撃に広間(ルーム)が震え、水飛沫を上げて怪物が水流へ飲み込まれる。嵌めてやったと怪物は確信していた。しかし、それを上回ってきたのはあの女冒険者達。忌々しく怪物は眼を細め、歯ぎしりする。体から蔦や根を伸ばして水中にある水晶へ巻き付けて流されるのを防ぐ。弱った人間を用いた餌、それに引き寄せられた人間達。何らミスなど犯してはいないはずだった。単に相手の方が上手だった。だからこそ、苔の巨人(モス・ヒュージ)は悔しかった。次はもっと慎重にやろう。1匹ずつ狩ろう。たしか、別の場所に別の人間達がいたはずだ。わずかな時間で思案して、別の支流へ姿を消そうとした――――その時だ。目の前にぷかぁ~と漂う人間に気付いたのは。

 

「…………」

 

『…………』

 

揺蕩う白髪に帯びる瞳の色は深紅(ルベライト)

天地逆転したままにいつの間にかいた人間に、苔の巨人(モス・ヒュージ)はぽかーんと固まった。ぱちくりとまばたきを繰り返すと、人間はやんわりと微笑んだかと思えば右手を突き出して、砲声した。

 

「【アストラルボルト】っ!」

 

『ゴボッボボボボボボッ!?』

 

水中が星空のような藍色に染め上げられる。

飛び込んできた肉を喰ってやろうと近付いてきていた大水蛇(アクア・サーペント)といった水棲モンスター達が魔法に巻き込まれて絶命する。

 

(階層の水流は全て巨蒼の滝(グレート・フォール)に繋がってる。このまま魔法で押し流す……!)

 

ベルは視界の奥に見えた水流の切れ目。

まるで終点を告げるように水の流れは下方へと落ちていく。

つまり、滝だ。

いくら『強化種』といえど、巨蒼の滝(グレート・フォール)に落とされれば生きてはいられないはずだと考えたベルは星炎を放ちながらナイフで苔の巨人(モス・ヒュージ)が伸ばした木根を切り裂く。巨体は水流に流され、抵抗しようにも星炎で邪魔をされる。

 

『アッガアアアアアアアアアアア!?』

 

滝口を目の前に置いた水流はもはや激流だ。

速すぎる流れは加速を止めず直下に叩きつけて全てを木端微塵にする瀑布の口が、あらゆるものを吸いこんでいく。ベルはナイフを仕舞うとそのまま器用に敵の外殻を構成する蔦を掴んで取りつく。苔の巨人(モス・ヒュージ)は自爆じみた人間の攻撃と迫る滝口に焦りを見せて暴れ藻掻く。

 

――やがて。

 

 

「ぷはっ!!」

 

『ブルァッ!?』

 

両者ともに水面に顔を出す。

待ち望んでいた空気を吸い込み、終着点に身を委ねる。

間近に迫った滝口が2人の体を一思いに吸い寄せる。

怪物が手を伸ばし、木根を伸ばそうとも何も掴めず、恐ろしい浮遊感が一瞬、身を包んだ。

 

「じゃあね」

 

『!?』

 

とり付いていた人間の手が離れる。

怪物が下、人間が上の形から、とんっと軽く蹴るようにして人間が怪物の体から離脱する。重力を無視して、()()()()()()()()ふわりと浮いている人間に怪物は瞠目したが、それも一瞬。次には降り注ぐ暴水と膨大な水の破片を叩きつけられ、絶叫を飛瀑の雄叫びにかき消されながら『巨蒼の滝(グレート・フォール)』に巻き込まれ落下していった。

 

 

『――ァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

 

 

×   ×   ×

 

 

「よかったのかアリーゼ、あいつ水の中に飛び込んでったぞ」

 

苔の巨人(モス・ヒュージ)とベルが水の中に消えてから少し、女冒険者達は怪我人を連れて広間(ルーム)を後にしていた。あの場所に留まったままではやがて血の匂いに誘われて怪物達が押し寄せる危険性があったからだ。

 

「本当はダメだけど、あの子がやるって言ってたし……大丈夫だろうなって思えたし」

 

「でも水の中に飛び込むのは危険すぎるので後で注意した方がいいんじゃないですか?」

 

「んー……セルティの言うこともそうね。後で注意はしときましょっか」

 

巨蒼の滝(グレート・フォール)に落とされる可能性はないの?」

 

「【ビューティフルジャーニー】を解放した状態でいたからそこは問題ないわ。だって、飛べるしあの子」

 

「「「「あー………」」」」

 

ランクアップを果たし階層主戦もやってのけたベルだ。

十二分に実力はついていると踏んだアリーゼは実力を見るいい機会だろうとも思っていた。何より、「僕が倒す」と言いかけていたのだ。やらせてあげたい。

 

「それと、【モージ・ファミリア(かれら)】の他にも【マグニ・ファミリア】がいるって話だったでしょ? 怪我してるかもだから助けちゃいたいわ」

 

「ドワーフ達か……輝夜、身体の具合は?」

 

「………他よりマシだ。まだもつ」

 

「おーけー……第一級の体力を基準にするわけにもいかねえが、妖精共の体力を考えるならとっとと安全な所に移動してえな」

 

「【マグニ・ファミリア】を見つけ、ベルのもとへ合流しますか?」

 

「ねえ、ドワーフ達がどの階層にいるかわかる?」

 

「いや……しかし、奴等と別れた後に私達が襲われたのを考えると別の階層にいるとは考えにくい。奴等もまた、襲われた可能性があるのだからな」

 

「それなら下を目指しつつって感じね」

 

別派閥の冒険者達を見つけベルと合流するという目的を決め、アリーゼ達は足を進める。広間(ルーム)を出て、広い通路へ進み下の階層を目指す。ルヴィスとルヴィスの仲間達の怪我をマリューが治療こそしたが、『宿り木』に犯されていることから完璧に治せたとはいえない。連れ歩く怪我人が増えることはアリーゼ達にとってリスクになり得るが、どちらにせよどこかに置いていくこともできないし苔の巨人(モス・ヒュージ)を討伐しなければ解決しないことは変わりなかった。今更救出する人数が増えようが大したことではなかった。

 

「アリーゼ、足音だ」

 

「ん……怪物?」

 

「いや、この音は……同業者だ」

 

話をしているうちに、下の階層に近い通路まで来てネーゼが手を上げ停止を促す。暗がりから姿を見せたのは、ルヴィスや輝夜達のように宿り木に犯されているドワーフの冒険者達だった。そう、【マグニ・ファミリア】の団員達である。

 

「ドルムル……?」

 

「ルヴィス、ルヴィスか!? お前、生きとったんか!?」

 

「貴様、動けるのか? この『宿り木』を喰らって……?」

 

「ふん、オラはドワーフじゃ! ひょろひょろなエルフとは鍛え方が違うんじゃ!」

 

まるで勝手知ったる相手のような会話をする2人は、主神の悪戯(おふざけ)によってとあるギルド職員のストーカーをしていたという前科をついてしまった憐れな眷族達だ。

 

「ふっ……そうだな、足手纏いになっている妖精(われわれ)より、貴様等ドワーフの方がよっぽどマシだ……」

 

「お、おい……お前がそんなんで、どうするんじゃ……」

 

いつものように張り合いのないルヴィスの姿に調子を失うドルムル。元気そうな会話をしてみせるドワーフではあるが、それは強がりなのか目の下を隈の様に黒くする彼とその仲間達は鎧を破損させ全員が例外なく『宿り木』に寄生されていた。

 

「行方不明者を捜索していた……だったか? おいドワーフ、そっちは見つけたのか?」

 

ライラが問う。

小人族(パルゥム)がボロボロのドワーフ達を鋭い眼差しで、彼等の背後に何もないことからだいたいのことは察しているかのように、あえて解答を求めていた。ドルムルは沈痛そうに頷いた。

 

「見つけただ。死体、でな。……ここより下、『下層』の安全階層(セーフティポイント)で人目につかないようなところに隠されておった。雑に喰われて干乾びた死体には『蔦』が巻き付いて、『花』まで咲かせておった……」

 

安全階層(セーフティポイント)……」

 

「あの『強化種』、安全階層(セーフティポイント)に待ち伏せをして、冒険者を殺したんじゃ」

 

それはつまり、モンスターが産まれない安全階層(セーフティポイント)。冒険者の気が緩むことをあの『強化種』は知った上で奇襲したということ。獲物が隙を見せる、その時を狙って。

 

「つくづく要らん知識をつけてしまったようだな……あの化物は」

 

「【大和竜胆】……お前、大丈夫なのか?」

 

「これでも第一級冒険者だ、貴様等よりマシだ」

 

「「第一級冒険者すげぇ」」

 

とはいえ輝夜も体力を消耗しつつあるのか、玉のような汗を浮かべていた。口数も少なく大人しいアスタやリャーナも似たような様子で、無駄な体力を消耗しないようにしている。

 

「アリーゼ、どうしますか?」

 

「………これ以上、合流しなきゃいけない冒険者はいない」

 

「ええ、それにこれ以上怪我人を抱えての行軍は無理。私達がダンジョンに飲まれちゃうわ」

 

リューが問い、思案するアリーゼに続けてマリューが続ける。アリーゼは瞼を閉じ、耳を済ませ、瀑布の音を聞いて―――。

 

「そうじゃ、【アストレア・ファミリア】……」

 

ドルムルが口を挟んできた。

何? と弟分を心配する姉達は胡乱気な眼差しを一瞬向けてドワーフを怯ませてしまったが、それをベルの姿がないことにドワーフも気づいていたのか申し訳なさそうにすると懐から拳ほどの大きさの石を取り出して見せつけた。

 

 

「道中、こんなもんを見つけたんじゃが……これが何か、知っとるだか?」

 

ドルムルの手のひらの上には、真っ赤な紅玉。

それを知らない者はこの場にはいなかった。

深層域のモンスター『フレイムロック』から獲得できる『ドロップアイテム』であり、鍛冶師達が使うこのある代物。

 

「火炎石……」

 

「知らない訳ないだろ…?」

 

「だ、だよな!? あってるよな!?」

 

「…………どこで、拾ったの?」

 

ノインが、ネーゼが言い、ドルムルが己の眼に間違いはなかったかのように言い、アリーゼが何か嫌な予感でも過ったか間を開けて問う。その問いかけにドルムルはしっかりと答えた。

 

「お前達に会うちょっと前だ……石に躓いて転んじまってな? んで、立ち上がった時に躓いたもんが『火炎石』だったもんだから……この辺りの階層に落ちている代物なはずねえし、冒険者が持ってたのかと思ったんだべ」

 

道具(アイテム)を用いる手先の器用な冒険者は決していないわけではない。ライラしかり、【万能者(ペルセウス)】ことアスフィしかり。だが素材そのままというのは考えにくかった。

 

「…………」

 

アリーゼはドルムルから火炎石を取り上げると、思考を巡らせ、そして再び瀑布の音に耳朶を震わせながら18階層から降りる前のことを思い出した。

 

 

――こ、殺しだ! 同業者が殺られた!

 

――妖精(エルフ)が下の階層へ逃げた?

 

――あ、ああ……確証はねえよ? けど、同業者が()られたって騒ぎになる少し前だったかな……暇だし飲みに行くかって酒場に向ってるときにやけに慌てて走っていく女がいたんだ。

 

 

交わされた会話の数々が派閥の団長の脳内でパチリパチリとパズルのようにハマっていく。殺人事件、下の階層へ逃げた妖精、慌てて走っていく女。

 

――犯人は……【死妖精(バンシー)】だ!

 

「アンタ達、【白巫女(マイナデス)】を見たりした!?」

 

アリーゼは声を張り上げていた。

嫌な予感。

ただそれだけだ。

事件が起きた経緯も何も、わかりきってなどいない。

ただ、今、手のひらにある『火炎石』が心臓を鷲掴みにして離さない。微かに手のひらが震えてすらいた。

 

「い、いや!? 【白巫女(マイナデス)】っていやぁ……【ディオニュソス・ファミリア】だろ!? ついこの間、主神が送還されてなくなったんじゃないのか!?」

 

「いやドルムル、それは違う。送還されたが、眷族が全滅したわけではない」

 

そう全滅したわけではない。

探索系派閥から生産系派閥へ移籍した者もいれば、元より冒険者としての才覚がなかった落伍者であるからか冒険者業からそのまま引退し神の眷族とならず都市から出て行った者だっている。

 

「【白巫女(マイナデス)】だけなの……生死不明なのは」

 

アリーゼが火炎石を握り締めながら周囲に目を走らせる。

それは仲間達も同じだった。

アリーゼと同じように()()()()()()()()『ドロップアイテム』が本来落ちている筈のない場所に落ちていることに冷や汗を流して「いやまさかそんな…」とばかりにしている。そして、そんな彼女達の耳朶にドォンと轟音が届く。

 

「ベルと合流する! あの子を1人にさせられない!」

 

「怪我人共、悪いが付き合え! どっちにせよあの化物を倒さなきゃ『寄り木(それ)』は治せねぇ……!」

 

まだ理解しきれていないエルフとドワーフの冒険者達は「お、おぉ…」としか零せず、ついていかざるを得なかった。どこか焦燥にかられる正義の戦乙女達の様子は彼等から見て異常であった。

 

 

×   ×   ×

 

瀑布の音。

肌を濡らす飛沫。

さざ波のように足元を濡らす清流。

ベルは肌に張り付く白髪を頭をブンブンと振って水を飛ばして視界を確保するように雑に整えた。そしてあの『強化種』が決してあの程度で死んだりはしないだろうと踏んで、警戒を解かず、右斜め頭上より急接近する弾丸を咄嗟に剣を盾代わりにすることで防御した。

 

「っっ!」

 

その弾丸は決して植物の…あの強化種の武器ではない。

(つばめ)型の怪物『緋燕(イグアス)』。

冒険者達の間では『不可視のモンスター』とも言われ『閃光』という異名まで冠する下層最速のモンスターである。

 

「【我等に残されし、栄華の残滓。 暴君と雷霆の末路に産まれし落とし(愛し)子よ】」

 

連射される弾丸よろしく襲い掛かってくる燕達を、『ヘスティア・ナイフ』へと切り替えて切り裂いて迎撃。攻撃に失敗した燕達は岩や地面にぶち当たるかベルに切り裂かれた死滅するかの末路を辿る。ベルはまだまだ襲ってくる燕達とやがて浮上してくるだろう『強化種』を倒すには【アーネンエルベ】が最適であると判断し、詠唱も並行して行う。

 

ナイフを振るい、詠唱を紡ぎ、駆ける白髪の少年の姿を水中に潜む人魚の少女だけが見惚れたように観戦していた。そんなことは知らず、ベルは怪物達の視線を一身に浴びながらバシャッと水音を立てて水中から脱した植物型の敵『モス・ヒュージ』と目が合うと完成した魔法を解き放った。

 

「【アーネンエルベ】!」

 

ゴロゴロと音を鳴らして。

ピシャッと稲光を起こして。

ドォンっと落雷。

びっくらこいて人魚が深く深く潜って避難し、空中にいた飛行を可能とする怪物がもれなく感電して墜落するか撃ち抜かれて爆散。

 

『ォォオオオオオ……ッ』

 

ナイフから剣へ換装したベルは剣に雷を纏うようにすると、怒りを爆発させるように瞳を赤く発光させた怪物へと駆けだしていた。

 

「はぁあああああああああああああ!」

 

『ォオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

怒りがそうさせたのか、或いは水中の中で器用に魔石でも摂取したのか、今や敵の姿は以前のものとは変わっていた。その最たるはヤツメウナギのような口だ。別段ベルは、姿に驚きこそすれ『水精霊の護符(ウンディーネ・クロス)』をその体に潜り込ませている怪物なら水中での活動も不可能ではないと独り言ちる。姉の身体を脅かす怪物を一刻も早く処断するべく意識を加速させた。地を走る雷光はジグザグを描くような軌道で、まさに目にも止まらぬ速さだった。

 

『グォォォッ!』

 

「【アストラルボルト】!」

 

 

敵が発射させる弾丸の雨を星炎で焼き落す。

雷兵を出現させて敵の動きを阻害して剣で蔦の外殻を剥がし、伸ばしてきた口を切り裂き、腕を斬り飛ばす。しかし、敵は強化種。即座に自己修復を起こして元通り。お互いに後ろへ飛び、距離を取る。怪物は速すぎる白髪の人間を倒せず動揺と苛立ちに気炎を吐き、少年は息を吐いて剣を両手でしっかりと握りしめ、左足を前、右足を後ろで踏ん張りを利かせて雷を剣へと電動させた。

 

(決め手に欠ける……なら、最も強い一撃をぶち込む!)

 

連撃(ラッシュ)がダメなら、それ以上の一撃を叩き込んでやればいい。そんな結論を実行しようというベルは、とある『騎士』の偉業を伝説を思い浮かべ、柄を握る手に力を込めた。

 

 

「ベル!」

 

 

そんなベルの耳朶を震わせたのは、姉達の声。

少し上、通路からベルを見下ろしている姉達の姿が見えた。ベルが無事なことを知れたからか、どこか安堵したように息を吐いているようだった。ベルが離脱する時はいなかったドワーフの冒険者達の姿も見えて、ベルは少しだけ目を丸くするとすぐに意識を切り替える。彼等にも蔦が寄生しているのが見えたからだ。

 

「………行くよ」

 

鏡のような剣身が、雷光を帯びて瞳からその姿を消す。

眩し過ぎて、見えないのだ。

剣に留まり切らない雷電がそのまま剣のリーチを拡張する。

怪物の眼が眩む。

冒険者達がベルの放とうとする『名もなき必殺』に目を見開く。

放たれるだろう一撃は、雷撃というよりは雷斬。

ベルが腰の位置から頭上へと剣を掲げて振り下ろそうとした、その時だった。

 

 

「………ぇ?」

 

べちゃっ、と。

そんな音でも鳴ったような気がした。

怪物とベルの間に、女体が転がっていた。

いや、落ちてきた。

それは死体。

それは妖精。

それは女性。

 

「……………」

 

怪物でさえも突然のことに戸惑った固まっていた。

何が起きた?

わからない。

なぜ?

わからない。

どうして?

分かるわけがない。

 

「………アウラ、さん?」

 

うつ伏せに倒れる女性の名は、アウラ・モーリエル。

元【ディオニュソス・ファミリア】。

身に着けていた戦闘衣装(バトルクロス)は暴漢にでも襲われたのかと思うほどボロボロで、瑞々しい肌を晒していて、半裸に近い状態。ぴくりとも動かない彼女は、水に濡れた地面と熱い接吻を交わしたままやがて清らかな水に赤を添えた。必殺を放とうとして固まるベル。飛沫の様に雷電が今にも暴れ出しそうにスパークする。そんなベルに、姉達の悲鳴にも似た声が轟いた。

 

「ベル、逃げて!」

 

「逃げなさい!」

 

「戦闘を放棄して逃げろ!」

 

潜り抜けてきた修羅場はベルの比じゃない。

だからこそ、働いた勘が弟を逃がせと警鐘を鳴らしていた。

飛び降りればすぐにベルの元まで行けるだろう、だが、その時間すら惜しい。ベルの全速力で逃げて欲しい。そう告げるような姉の声色にベルも悪寒を感じていた。

 

(どうして……なんで、アウラさんがこんなところに……?」

 

それに頭上から何故?

そんな疑問が浮かんで、見上げた。

そして、そこにベルを見下ろす黒い人影が1つ。

遥か、遥か、頭上。

多層構造の階層の一番天辺にして天井。

木の根に立つようにして、()()はそこにいた。

そんなところで何をしているのだ、と聞くまでもなく。

黒い濡れ羽の髪を濡らす妖精の少女は……【死妖精(バンシー)】は、その忌み名に相応しく『死』を届けにきた。

 

 

――狂ったフリをするのも楽だぞ? 何しても全部『自分は狂ってるから』で済ませられるから。

 

――主を守れないお前は……無能じゃないか?

 

――俺が、ベル・クラネルを見初めてしまったがためにこんなことになってしまったよ。

 

 

短文詠唱が紡がれる。

魔法円(マジックサークル)が展開される。

放たれるは、白雷。

 

「死ね、ベル・クラネルぅうううううううううううううううううううう!!」

 

少女はとても正気とは思えない眼をして、神に見初められた少年を、主神を失うことになった元凶へ抹殺の一撃を浴びせた。

 

「っ……っ、ぁあああああああああああああああああああ!!」

 

避けられない。

避ければ、倒れている遺体(アウラ)が雷光の中に消えてしまう。

ダメだ、それはダメだ。

美しい妖精にそんな末路、ダメだ。

だけど、抱えて逃げるだけの猶予なんてなかった。

なら、迎え撃つしかなかった。

 

雷撃と雷斬がぶつかり合い、凄まじいスパークが発生。

階層の壁をも傷付け、耳をつんざく音に冒険者達が悲鳴を上げて、怪物達が巻き添えを喰らって爆散。そして、飛び散るスパークがゴロゴロと転がっていた火炎石に振れ、発光、爆発。

 

「な……っ!?」

 

「くそ、あいつ……はなから(あいつ)が目当てだったのかよ!」

 

「殺人事件は私達を再び下層へ連れ込むための餌!」

 

「【アストレア・ファミリア(わたしたち)】なら、事件を放っておかないと踏んでの行動!」

 

「強化種に釘付けになっている今が好機と仕掛けに来たか……同胞!」

 

強化種は偶然。

ルヴィスやドルムル達も偶然。

しかし彼女はそれを利用した。

闇派閥の生き残り、あるいはかつては同じ主神の眷族であった者を殺して事件に仕立て上げ、同胞(アウラ)を追い回し、動きを完全停止させるための道具に作り替えた。事実、強化種相手に奔走する【アストレア・ファミリア】は怪我人を抱えている状態。殺人事件の真相解明など思考の外にすらあった。相対していたのは強化種。落ちてきた妖精の遺体にベルは釘付けにされてしまった。どこぞの【勇者】のように盤面を複数俯瞰して見れるわけでもないベルには、処理しきれないのは当然だった。

 

 

「階層ごと潰れて死ねぇええええええええええええええ!」

 

 

そして、爆発は止まらない。

どこに配置していたのか、火炎石が次々と連鎖爆発を起こす。

一番上の25階層から順に花火でも打ちあがるかのように、ドドドドドッと。

 

「おおおおっ!?」

 

「な、なにが起きている!?」

 

ドワーフとエルフ達が絶叫する。

アリーゼ達も嫌な汗を流して、心の傷(トラウマ)に肩を震わせる。

そして――。

 

 

「えっ……?」

 

ばこっと。

衝撃に耐えきれず、通路の一部が崩壊。

そこは丁度、春姫がいた場所だった。

手を付いていた壁面ごとはがれ、体勢を整えるだけの猶予も貰えず時が止まったように間抜けな声を漏らして、背中から落下していく。

 

「春姫殿ぉおおおおおおおおおお!」

 

誰よりも早く飛び出したのは、命だった。

地を蹴り、飛び、春姫のもとまで勢いよく追いつくと、彼女を抱き寄せ庇う。1階層と少しの高度から落下し、ゴロゴロと転がって止まる。顔を上げた命は春姫が無事であることを声を大にして伝えると彼女と一緒に起き上がろうとして、強烈な振動に膝をつく。そんな春姫達の下へベルが駆け寄る。強化種の姿はいつの間にか見えなくなっていた。そして、爆発がようやく収まったかと思い2人の手を取り立ち上がらせようとする。

 

「ベル殿!」

 

「ベル様、後ろに!」

 

「ぁあああああああああああっ!」

 

「っ!?」

 

背後に降り立っていた妖精の少女がベルへ短剣を振りかざした。

咄嗟に剣を構え防御。

甲高い金属音が鳴り、火花が散る。

鍔迫り合いとなって睨み合う。

 

「なんで!?」

 

「死ね!」

 

「どうして!?」

 

「死ねぇえええええええ!」

 

「フィルヴィス・シャリアさん!」

 

「ぁああああああああああああああ!」

 

正気など捨て去っている。

そう思えるような状態。

眼は血走り、強く歯噛みし、憎き敵を殺さんとする妖精にベルは困惑しかなかった。彼女との交流は正直に言えばほとんどない。幼い頃にオラリオに来て、そして、知っている程度だ。大変なことがあったとか、山吹色の少女が友人ができたんですと言っていたとかそんな程度。でも、輝夜にも負けず劣らず……いや輝夜の方が綺麗だと言うだろうがそれでも綺麗な黒髪だとベルは思っていた。そんな女性冒険者が、どうしてだか自分を殺そうと階層を巻き込んでまで襲ってきた。どうしたらいいのかわからない状況に、ベルは防戦一方を強いられた。

 

「お前が、お前のせいで!」

 

姉達の声が遠い。

迷宮が哭いた。

力を振り絞り、フィルヴィスを跳ね除けたベルは星炎を連射し牽制。それをフィルヴィスは難なく躱し、往なす。そして開けた彼我の距離を殺すように少女が再び地を駆けた時。

 

 

『―――――――――ハァ』

 

 

まるでどこかから空気が漏れたような、溜息のような、そんな音。

そして、ベルの瞳に映ったのは、フィルヴィス・シャリアという少女が、下半身、上半身、頭部と3つのパーツに斬断されていたという事実。横から何かが駆け抜けて、そしてさっきまで生きていた少女が部品として転がっていた。

 

「ひっ……!?」

 

春姫の悲鳴。

 

「ベル……逃げて……」

 

アリーゼの泣きそうな声。

 

「ダメだ、逃げろ……頼む……」

 

輝夜の震えた声。

 

「……アルフィア……」

 

リューの声にならない声。

今まで見たことがないような恐怖に囚われた姉達の顔色に声音にベルは眼を見開いた。何より彼女達が縫い付けられたように動かない。そして、フィルヴィスを解体した何かがいるだろう方向へ顔を向けて、それを見た。

 

 

『――――――――』

 

 

二腕二足。

腕はその巨躯に似合わないほど、不気味なほど細長い。

同じく細長い脚の構造は逆関節となっていた。驚くべきことに肉はないに等しく、骨ばった体を覆うのは一見装甲(よろい)にも見える『殻』で、不可思議な紫紺の輝きを薄っすらと纏っている。腰から伸びるのは4M(メドル)はある硬質な尾だ。複雑な突起が備わる頭部も獣の骸骨そのもので、2つ空いた眼窩に宿るのは血の如き真紅の光だった。ベルのものよりも色濃く、毒々しい。

 

『鎧を纏った恐竜の化石』。

形容するなら、そのような全貌。

明らかに異様な姿に全身が怖気る。

時間にすれば、1秒か2秒か。

でもベルや春姫達はそれをとても長く感じられた。

怪物の姿がぶれる。

 

 

「………っっっっづぁ!?」

 

咄嗟に剣を構えたベルを腕がへし折れそうなほど強烈な衝撃が走る。吹っ飛ばされ、転がって、地を蹴って体勢を整える……ことはできなかった。

 

「ぎっ!?」

 

鞭のように尾が薙がれてベルを再び吹っ飛ばす。

 

「こん……のぉ……【アストラル】」

 

「ダメぇえええええ!」

 

「【ボルト】ォオオオオオオオオ!」

 

星炎が怪物にぶち当たる。

そして、星炎はベルを飲んで爆発した。

 

「が、あぁあああああああああっ!?」

 

魔法反射(マジックリフレクション)

怪物のもつ装甲に搭載された機能だった。

煙を吐く胸。

誰かの悲鳴は止まらない。

どうすればこの場をどうにかできるのか、わからない。

荒ぶる呼吸を繰り返して、姉に救済を求めるように視線を向けて、そして目を見開く。

 

「―――――――」

 

そこに、さっきまで悲鳴をあげていた姉達の姿はなかった。

怪我をしているドワーフとエルフの冒険者達の姿も。

頭に浮かぶのは、「置いていかれた」という絶望。

罅割れそうになる心を、しかし、すぐ近くにいる少女達の存在を思い出したベル・クラネルが許さない。

 

「くそっ!」

 

吐き捨てて、守らなきゃいけない女の子のもとに駆け付けて、雷兵を呼ぶ。

潰された。

薙がれた。

喰われた。

切り裂かれた。

【アーネンエルベ】によって呼び出せる雷兵達が悉く壊される。怪物がどうしてだかベルにばかり襲い来るが、防具のおかげでベルの命は潰えなかった。

 

「倒す……倒すしか、ない……!?」

 

魔法を回復の【ビューティフルジャーニー】へ切り替えたい。

でも早すぎる敵に並行詠唱を行う余裕があるとは思えない。

階位昇華(レベルブースト)を頼む?

詠唱に気付いて春姫がターゲットになったらどうする!?

ダメだ。

ダメだダメだダメだ!

 

「ぁあああああああ、あああああああああああああ!」

 

鳴り響いたのは、甲高い剣戟の音。

剣と破爪がぶつかり合う音色にして不協和音。

焦燥する精神が、未熟者から力を奪っていく。

拮抗する猶予などなかった。

ダンジョンは容赦しなかった。

ドドドッと背後から腰に右足の腿に左肩に何かが撃ち込まれる痛みが走った。瞳だけを向けて何が起きたのか確認しようとして、怪物の攻撃に吹っ飛ばされた。

 

「ぶっっ!?」

 

完全な不意打ちにして二重攻撃(はさみうち)

肌を伝う不快な感触に正体などすぐわかった。

強化種(あいつ)』の狡猾さを忘れていた。

そそくさと逃げておいて、『強化種(あいつ)』は水中から顔を出し、ベルに『宿り木』の弾丸をぶち当てていた。自分のことなどすっかり忘れていたベルなんて格好の的だったのだろう。

 

「う、ぐぅぅぅぅぅ……!」

 

力が抜ける。

血が流れる。

吐き気を催す。

それでも立とうとして、立てなくて、真紅の瞳に見つめられる。

 

 

――詰みだ。

 

そう言っているようだった。

ベルを完全破壊するべくせまる化物に、少年と少女達の時が凍り付いた。その時だ。

 

「【アガリス・アルヴェシンス】!」

 

「はぁああああああああああああ!」

 

炎の付与魔法を纏ったアリーゼと金髪を揺らすリューの背がベル達の前に。2人とも手や足を小さく震わせながら、振り向かずに声を張り上げる。

 

「ごめん……ごめん、無理だった。ベル達を置いて帰るなんて無理……ごめん、私、団長なのに、【ファミリア】を守らなきゃいけないのに……!」

 

「アリーゼ、貴方が謝ることではない。ベル達を生かしたい、それでいい……それがいい」

 

まるで何かを決意したかのような2人の姉に、瞳を潤ませるベルが手を伸ばそうとして届かない。

 

「【絶†影】、春姫とベルをお願い。どうにかして逃げて、ライラ達と合流して」

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】ならばきっと治せる。頼みます」

 

「待って……待ってください、2人とも!?」

 

炎の鎧を纏うヒューマンと覆面のエルフを静かに見据える化物。

動揺して当然の命など知ったことかと突き放す。

3人を逃がす程度の時間は稼いで見せる。

意地を張る姉達にベルは眦を裂いて、雷電を走らせる。

 

「逃げて」

 

「いやだ」

 

「逃げなさい」

 

「絶対、いやだ」

 

「「逃げろ!」」

 

「嫌だ!」

 

姉弟喧嘩よろしく声を張り上げる3人へ、容赦なく化物が動く。

逆関節から跳躍を行い真上から圧殺。

それを地を爆砕して回避したアリーゼとリューは、すぐにベル達から遠ざけようとして失敗する。

 

「がぁっ!?」

 

「ぶっ!?」

 

尾の薙ぎを木剣で受け止めて吹っ飛ばされ岸壁に叩きつけられたのはリュー。超加速を以てして縦横無尽に駆けて襲い来るアリーゼを破壊された破爪の一部に二の腕を裂かれて駒の様に回転しながら吹っ飛ぶ。最後に残ったのはベル。

 

「ぁああああああああああああああああああああああ!」

 

『―――ァアアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

大切なものを傷付ける化物を許さないと不発に終わった雷斬を叩きつけた。正義の女神が放つ『裁きの剣』或いは大神の『雷霆』を彷彿とさせるかのような雷の大斬撃は『未知』の化物を驚倒の色を与えた。巨躯を吹き飛ばし、地面にも斬撃の亀裂を残し、瓦礫に埋もれる化物は沈黙。

 

「はぁ、はぁ………やっ、た?」

 

わけなかった。

真紅の瞳が発光。

まるで再起動したかのように巨躯が起き上がる。

アリーゼとリューがベルの必殺に驚きながらも立ち上がり、口元を血化粧に彩られながら叫び声で恐怖を塗りつぶし駆け出す。

 

『―――――――――ハァ』

 

眼中にない。

そう言わんばかりに、アリーゼ達は宙を舞った。

暴走馬車にでも跳ね上げられたかのように、呆気なく。

女の子の体が僅かな浮遊を経て冷たい地面に叩きつけられ、動かなくなった。化物は、自分に強烈な一撃を放った()()()()()を纏っている少年にしか意識を向けていなかった。

 

 

絶望はまだ、蓋を開けたばかり。

アリーゼ達の下へ向かうことを、絶望は許さなかった。

 

「堕とせ、食人花(ヴィオラス)

 

 

転がっていたフィルヴィスの頭部が、唇が、そう言った。

直後、春姫達の真上から5体の極彩色の花が降ってきた。

口を大きく開き、呑み込まんと。

 

「春姫さん、命さん!」

 

地を蹴り、手を伸ばし、2人の下へ飛ぶ。

それしかできなかった。

そして、それで終わりだった。

バクッ、と。

3人仲良く食人花の口内に飲まれ、怪物の勢いそのままに岩盤をぶち破り、消えていった。あとを追うのは姉達ではない。化物だった。

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