アーネンエルベの兎   作:二ベル

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超越界律⑪

 ベル・クラネルという人間(ヒューマン)は不思議な少年だ。数々の冒険譚に英雄譚、神々ですら知っている者が少ない伝承を知っている変わり者でオラリオという都市内で彼を知らない者は『新参』と言われるくらいには顔が広い。他派閥との交流も主神同士が仲が良くなければまずないだろうというのに、彼にはそういった面がなく都市で最も力を持つ【フレイヤ・ファミリア】や【ロキ・ファミリア】を相手にしてもまるで親戚にそうするかのような接し方ができてしまう。そして彼が冒険者として活動を始めたのは今年のことだというのに、あっという間にLv.4にまでランクアップ。怪物祭での怪物との死闘や【イシュタル・ファミリア】との戦争遊戯、武装した怪物との戦い…冒険者ベル・クラネルの『冒険』を見た彼がまだ幼かった頃から知っている者達は、いつしか「何をやらかすかわからん変なやつ」と口々に言うまでになっていた。そんな彼の両親は【最強(ゼウス)】と【最凶(ヘラ)】にいたとされる。血縁にあたる育ての母はもうこの世にはいないが、その人物を知る者からしてみれば彼の性格は「本当にあの女の息子なのか?」と疑問に思うほどだ。

 

 

「……ベル殿、貴方はこの闘技場に何があるのか知っていたのですか?」

 

 

そんな不思議な少年(ヒューマン)は、予測もつかないことをやらかしてくれていた。目を見開き完全崩壊した闘技場を瞳に映す少女達。命は頬から汗を滴らせてベルへ問いかけるとベルは春姫におぶられながら頭を左右に振って答えた。

 

 

「『闘技場(コロシアム)』は……もともとあったものじゃない、そうです」

 

「?」

 

「実物を見るのは初めてだけど……『円形闘技場(アンフィテアトルム)』によく似てる」

 

「……怪物祭で使われていた施設、ですか」

 

「冒険者になってからダンジョンについてより詳しく勉強する必要ができて……それで、セルティさんが教えてくれたんです。深層には第一級冒険者のパーティでも近付かない場所があるって……あれは、モンスター達が無限に誕生して殺し合いを続ける…文字通り『死地(デッドスポット)』」

 

セルティとは【アストレア・ファミリア】の魔導士のことだ。

元居た郷ゆえか知識面では彼女に教わることが多かった。

 

 

――気になりますね。どうしてダンジョンは地上にある筈の物を迷宮に造り出したのか。どうやって地上の情報を迷宮に持ち込んだのか。

 

そんなことを言っていた記憶が脳裏に浮かぶ。

彼女は自身の出自と知識欲を恐れていたが、自分の知識が誰かの役に立つのならこんなに嬉しいことはありませんとベルが聞けばなんだって教えてくれたしアリーゼ達も冒険者としての知識を与える中でセルティに聞くのが一番だと推していた。姉達に囲まれて勉強をしていた記憶の1ページに笑みがこぼれた。

 

 

管理機関(ギルド)の記録だと、この『闘技場』は30年ほど前に突如として現れたそうです。侵入者である冒険者を嵌め殺すための迷宮の陥穽(ダンジョン・ギミック)なのか、モンスター達を殺し合わせるためだけの舞台なのか、ただ偶然にできただけなのか……未だに答えはでていないそうです。当然ですよね……()()()()()()()んだから」

 

「………」

 

「怪物祭で調教の見世物として使われていた闘技場……あそこの地下には待機場のような場所があったのを見たことがあります」

 

 

それはまだアルフィアがいたときの記憶だったか。

手を握られてあちこちを歩き回っている内に訪れた場所の1つ。

それが『闘技場』だった。

 

「元々存在しなかった『闘技場』。どうしてできたのか未だ答えは出ていない。第一級冒険者のパーティですら近付かない死地(デッド・スポット)……ということは……」

 

「……ここは、未開拓領域」

 

ベルが腕を伸ばし、『闘技場』を指差した。

命の魔法【フツノミタマ】によって床が抜けてしまっている。そこにいたはずの怪物達は魔法に巻き込まれて息絶えた姿で見え隠れしている。しかし流石は深層で生まれた怪物と言うべきなのか、もぞもぞと微かに生存しているのが見えた。

 

「命さん、もう1度……お願いします」

 

念には念をと。

ベルに言われるまま、命は再び【フツノミタマ】を行使。それにより瓦礫ごと怪物は潰され3人が歩きまわっても問題ないほどに更地ができあがった。そして通路があるのか出入口らしきものが1つだけ、見えた。

 

「……賭けだったんですけど、地下に()()()があるんじゃないかって思ったんです。()()()()、僕は賭けに勝ったみたいですね」

 

「「………!」」

 

「……あの通路の先に何があるのかは、わからないですけど………どっちみち方角もわからないし知る術もないんじゃあ、さっきみたいな危険地帯を歩くよりずっといい」

 

二度にわたる【フツノミタマ】によって3人が安全に歩ける環境が今、できあがっている。思い付きにも等しい提案で魔法を行使させられた命は、ぽかーんと口を開けている春姫を瞳に映し闘技場を再び見て、「本当に何をやらかすかわからない御仁だ」と苦笑を浮かべた。ベルは春姫から降りると足取りを悪くしながら瓦礫を足場に飛び降りていく。命は後に続くように春姫の手をとって降りて行った。圧砕された瓦礫と灰が足元に広がっているがモンスターの気配はない。そのおかげか、薄暗い1本道を進んでいるこの一時は、モンスターに警戒しなければいけなかった張り詰めた緊張感が僅かに緩和されていた。先頭を歩くベルは宿り木による侵食を受けているせいもあってふらついていて命と春姫はすぐに支えられる距離を保って歩く。一本道を歩いていくうちに通路の先が折れ曲がっておりその角の先で、薄っすらとした青い光が漏れているのが見えた。

 

「……ベル殿」

 

ダンジョンの中で光景の変化は警戒対象に値する。

かと言ってもう道を引き返す選択肢はない。

引き返したところで崩れた闘技場の瓦礫を昇るというのは無駄な体力の消費でしかない。緊張を帯びながら、少年の名を呟く。ベルは振り返らず、折れた道の先に出た。

そして。

 

 

「―――!!」

 

「これは……っ」

 

視界に飛び込んできた光景に、命と春姫は息を呑んだ。

これまでと変わらない一本道には、中央を走る『水』の流れがあった。

 

「……っ、は、っ」

 

浅い呼吸が漏れる。

目の前から始まる蒼の清流。

台座の様に盛り上がった岩場から水が湧き出て、直線となっている通路の先、視界の奥までずっと続いている。『白宮殿(ホワイトパレス)』は白濁色の岩石系の組成で構築されているため食料と水が入手困難とされている。どれくらいの時間口にしていなかったのか、思い出したかのように『水』を身体が欲し、自然と足が進む。念願の水分だ。干乾びた喉を潤す川辺に近付こうとする。

 

「……っ、っぁ、ひゅっ」

 

が、とうとうと言うべきかベルが崩れ落ちた。

傾く身体。

力を失った足。

咄嗟に彼の身体を支えようと手を伸ばすが少し遅く、ばしゃんっと水音を立ててベルは清流に倒れ込む。

 

「ベル様っ!?」

 

「ベル殿!」

 

悲鳴にも近い声。

着物が濡れることも気にせずベルを横抱きにするように抱き上げる。ベルは最後の力を失ったかのように両の目を瞑り、水深の浅い水流にベルの血液が流れて薄く赤らんだ色に染めていく。目元は前髪で隠れて見えないが震える手で避けてやれば相貌は青白く、疲労が消えていなかったのか目元には隈が薄っすらとできあがっていた。

 

「ち、治療……命ちゃん、治療……治療をっ」

 

春姫の精神は限界だった。

過去、【イシュタル・ファミリア】に所属していた頃は檻に入れられた状態で連れられたことはあったがこうして自分の足で探索することもなければ、遭難するなんてこともなかった。まして今抱いている少年は春姫にとっては英雄のような存在。それがどうだ。今にも死にそうで呼吸をしているのかも怪しい。彼が、英雄が春姫の目の前からいなくなれば自分は果たしてどうなってしまうのか……恐ろしくてたまらない。

 

「……っ」

 

「命ちゃんっ!」

 

「っ! しかし、自分には治癒魔法は……っ」

 

回復薬(ポーション)!」

 

「!!」

 

涙があふれていた。

彼が纏う鎧の隙間から、憎らしい宿り木が蔦を伸ばし永遠と彼を傷付け続ける。春姫は、あまりに無力だった。だって戦えるのも癒すのも全てベルができてしまうから。呆然と立ち尽くしていた命に春姫の声が飛び、衣装をまさぐり回復薬(ポーション)を取り出した。腐敗が進んでいる回復薬(ポーション)だ。栓を抜けば鼻を突く匂いがむわっと湧き出た。

 

「………っ」

 

躊躇いがないわけがなかった。

腐敗した回復薬に効果があるのかという疑問。

そもそも腐っている物を口に流し込むという行為。

癒えたところで宿り木が邪魔をして彼を苦しめるだけなのではという懸念。頭をよぎることはいくつもある。だが結局は、彼がいなければ自分達は生存すらできないだろうということ。負担を全て引き受けていたベルと足手纏いの自分達。3人はもう、限界だった。

 

 

×   ×   ×

 

 

蒼い炎が揺らめいていた。

巨大な竜の亡骸が次には爆散し灰の雪を降らせた。

 

 

「まさか、()()たった2人で階層主を倒しちゃうなんて……呆れましたー」

 

薄紅色の髪を結わえた治療師の少女―ヘイズ―は長杖(ロッド)を担いで溜息交じりにそう言った。ジトリとした眼差しでアリーゼとリューは治療してくれた少女を見やるが別に彼女達はヘイズに「うるさい」とかそう言った感情をこめているわけではない。余裕がないだけだ。

 

「……」

 

「何、【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】?」

 

疲労を色濃く映すアリーゼが、ヘグニに差し伸べられた手と彼の顔を見上げて言うがヘグニは小言でブツブツ。再びヘイズが溜息をついた。

 

「ここにヘディン様がいれば……はぁ……」

 

これはヘイズの知らぬことだが、ヘグニからしてアリーゼという女性は自分とは違って明るく前向きで自分にはない輝きを持っていると尊敬すらしている人物である。推しと言ってもいい。そんな女性に手を差し伸べる。状況としては不謹慎だが、内心「ふぉおおおおおおおっ!!」という感じだ。

 

「はぁ……ありがと、【黒妖の魔剣(ダインスレイヴ)】」

 

何を言っているのか考えているのかわからない黒妖精に溜息をついて彼の手を借りた。妖精という種族が手を差し伸べるという行為自体が驚くべきことで、アリーゼはそれも込みで感謝を伝え立ち上がる。

 

「最後の一撃は貴方にとられちゃったけど……援軍、ありがとう」

 

「アリーゼ」

 

「リオン、行きましょ」

 

回復は済んだ。

休憩も済ませる。

身体は動く。

なら、行こう。

ヘグニとヘイズに背を向けて立ち去ろうとする2人にヘイズは慌てて声をかけた。

 

「ちょっとちょっと、いくら治療が終わったからって2人とも疲労困憊でしょう!? いいですか、貴方達は人間です。筋肉(だんちょう)とは違うんですよ!?」

 

「……ベル達を探しに行かないと」

 

「アリーゼを1人で行かせるわけにはいかない…治療に助太刀、感謝します」

 

背を向けて崩壊した階層を進んで行こうとする2人。

唖然と目を見開いて静かにその背を見つめる黒妖精(ダークエルフ)に口端をぴくぴくと震えさせる治療師(ヒーラー)の少女。次には少女が叫ぶ。

 

「あーーーーもうっ、私もヘグニ様も彼を救出するためにフレイヤ様に命を受けてここまで来たんですから、一緒に行きますよぉ!!」

 

後を追いかけるヘイズ。

ヘイズの声に肩をびくっと揺らしたヘグニが後に続く。

結論から言えば、4人の冒険者がベル達と再会することはない。

 

 

×   ×   ×

 

星空が揺らめいていた。

耳朶を震わせるのは清流のせせらぎで、冷えていた身体を温めるのは星空……星炎の熱だ。ベルが目を覚ます前に水分を補給してある程度回復した(みこと)が通ってきた通路を戻り、瓦礫の中から燃やすのに適した材料―油分を含んだ『バーバリアンの体毛』―をかき集め、ベルが目覚めたところで【アストラルボルト】を撃ち込んでもらい焚火にした。ほの暗いこの空間では、ベルの星炎(アストラルボルト)は見惚れてしまうくらいには幻想的だった。

 

「ベル様、寒くはございませんか?」

 

「…………はい」

 

水の恵みは、ベル達にとって九死に一生を得るものだった。

過酷な環境は3人から脱水症状を引き起こしかけるのには十分で、特に負担を一身に引き受けていたベルは『宿り木』に侵食されていたこともあってか2人よりも症状が重たかった。意識のない彼の口に春姫が水を掬って少しずつ飲ませた。更に、この場所に辿り着いて約1時間。モンスターと戦うこともなく存分に休めることができていた。これまでの時間制限付きの休憩と比べれば破格である。

 

「お体、痛くはございませんか?」

 

「……………少し、だるいです」

 

会話は自然と少なくて。

(みこと)は春姫とベルを横目に見守るだけ。

視線が合うことはなく、自分達の前方を横切る川の流れだけを見つめていた。いや、ベルの方を見ないようにしていた。

簡単な話。

3人は、服を脱いでいた。

清流の中に倒れてしまったベルを助けるためとはいえ、その結果2人もずぶ濡れになってしまい体温の低下による体力の損失を防ぐための処置だった。水を吸って重くなった極東の衣装は焚火に近からず遠からずな位置で広げ、彼女達が身に着けているものは今やショーツのみ。巻き付けていたサラシも今や使い物にならず少しでも乾くように外している。春姫どころか以外にも大きなものを持っていた命は膝を春姫の隣で膝を抱えるようにしていた。

 

「ベル殿、申し訳ありません」

 

「?」

 

「蔦や乾いた血のせいで鎧を完全に剥がすことができませんでした」

 

「…………あー…仕方ないですよこれは」

 

そんなことか、とベルは鈍い反応。

ほぼ裸の少女2人に対してベルは露出が少ない。特に蔦の侵食が酷い。

腰、右足の腿、左肩に撃ち込まれた『宿り木』はベルから養分を容赦なく得て成長。伸びた蔦が複雑に絡み合い未だ無事なのは左脚と右上半身、首から上と言っていいほどだ。更に特殊な素材によって造られている鎧とはいえ、衝撃は内部に通るのだろう。ベルの肉体は損傷を繰り返し血液がべっとりと固まりかけていた。そのせいでナイフを使ったとはいえ鎧を完全に引き剥がすことができなかった。ベルは仰向けの状態で座る春姫に身を委ねるようにして寝かされていて、しっかりと肉の詰まった大きな乳房が枕代わりに頭を乗せている。冷たくなっていたベルの身体を少しでも温めようと春姫が自らベルを抱いたのだ。こんな状況だからか、春姫がベルの露出された肌を見て気を失うことはなかった。

 

「ベル様」

 

「はい」

 

「お水は…もういりませんか?」

 

「……少し、だけ」

 

「はい」

 

春姫はずっとこうだ。

時々ベルの名を呼んで、世話をする。

目元は涙を流した痕を残し、目は少し充血している。

好いている男が目の前でボロボロになって、倒れたのだから無理もないと(みこと)は何かを言うことはない。ベルのことを後ろから抱き、少し身体を動かしては水を掬い取って彼の口に流し込む。それをゆっくりと嚥下したのを確認すれば微笑んでベルのことを撫でる。やがてベルが再び瞼を落していくのを見ると硬い岩より柔い乳房を押し付けるようにぎゅっと抱きしめる力を強めた。

 

 

 

「ベル殿、お聞きしてもいいでしょうか?」

 

ベルが眠ってから更に1時間。

ゆっくりと意識を浮上させたベルに気付くと沈黙に耐えかねた(みこと)が口を開いた。

 

「今の状況とはまったく関係ないのですが……その、ベル殿のご家族のこと……以前より気になっていまして」

 

「………」

 

「ベル殿はオラリオにはご家族と来られた……そしてそのご家族は【ゼウス】と【ヘラ】という偉大な派閥に所属していたと聞きました」

 

「………」

 

「ベル殿のご両親は………どのような御仁だったのですか?」

 

「……………ぷっ、ふふ、く、はは……痛っ、はは…」

 

「ベル様?」

 

「ベル殿?」

 

(みこと)はどこでどんな風に話を聞いたのか。

勘違いをしている。

それがおかしくってベルは思わず笑ってしまった。

ベルは両親の顔は知らないし、父親についてもその人物はザルドからは「醜聞しかない」なんて言っていたのを覚えているしアルフィアからは「1人で部屋から出れないような娘を孕ませたクソ」と怒りを滲ませたようなことしか聞いていない。実母についてもそれなりには聞いているが、どっちにせよベルは知らない。ベルにとって母親とはやはりアルフィアしかいなくて、けれど父親は? と聞かれれば、ザルドの名が出ることはまずないだろう。そんな……そう、例えば、ザルド()()()()()なんて呼ぼうものならアルフィアが逆鱗を触れられた竜の如く怒るのはわかりきったことだからだ。

 

「すごく、強い人達でしたよ……僕の、大好きな『英雄』です」

 

2人の話をしている時は、ベルの表情は和らいでいて夢物語に焦がれる子供のようだった。オッタルやフィン達を当然のように吹っ飛ばす話やオラリオに来る前の生活の話。【アストレア・ファミリア】に加わってからアリーゼ達にアルフィアを取られたようでヤキモチをやいてしまった話や皆で一緒にメレンに遊びに行った話。春姫に身を預けながら頬を綻ばせ、瞳を細めては揺らめく星炎のように輝かせる。冒険者でない少年の顔をするベルの横顔につい(みこと)達も頬を綻ばせてしまう。普段は聞くことがなかった『英雄』の話に今だけは深層の過酷を忘れることができた。

 

「お養母さんは…えっと、目が覚めるような美人って言うんでしょうか……すごく綺麗な人で…でも、あんまり笑わない人っていうか……()()()()な人で……大好きだったから、救われて欲しかったし報われて欲しかった…そう思って、あの人達ができなかったことをやり遂げたら、見られると思ったんです。お養母さん達の、幸せそうな、心からの笑顔を……」

 

ベルが英雄になるよりもずっとずっと前に彼女達の命は燃え尽きてしまった。もうあの2人の背中はどれだけ手を伸ばそうとも届くことはない。誰よりも『英雄』を安心させてやりたかったベルの願いは叶うことはなかった。少しばかり悲しそうに揺らめく焚火に手をかざすベル。再び生まれる沈黙。そして、少し間が空いて言葉が紡がれる。

 

 

「もし、叶うのなら……2人と『冒険』がしたかったなあ」

 

流れる清流。

揺らめく焚火。

3人の息遣いに、少年の語り。

聞こえたのはそれだけで、叶わなかった夢が寂し気に虚空へ消えていく。ベルが胸元で何かが熱を帯びたのを感じて、身動ぎをし、胸元で組まれた春姫の腕に手を添えて再び寝息を立てはじめる。モンスターの気配もないこの空間に、命も春姫もウトウトしはじめて、抵抗もむなしく寝息を立てはじめた。

 

3人がこの場を後にしたのは更に数時間後のことだった。

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