アーネンエルベの兎   作:二ベル

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FGO2部クリアしました・・・ありがとう。そしてありがとう。


超越界律⑫

 清流が走る一本道を延々と歩く。

ベル達がいる『未開拓領域』は怪物が生まれることはなく十分すぎるほどに身体を休めることができた。不足していた水分を満たし、汚れた身体は清められた。食べる物がない点から目を瞑れば贅沢と言っていいだろう。2人の少女は焚火で温まった衣装を身に着け、ベルも邪魔な蔦を切り落とし2人に手伝ってもらうことで鎧についた汚れを落とした。怪物の体液、自身の血、土埃などを落して気分もだいぶ回復した。宿り木が成長してしまうことから魔法による治癒は困難でベルに限って言えば言葉通り、気分的には回復したといった具合だ。

 

「やはりモンスターは現れませんでしたね……この『未開拓領域』は、安全地帯ということでしょうか」

 

「………恐らく」

 

地面、壁面は従来通りの白濁色の岩石。

中央を走る清流の光によって彩られ、通路そのものは蒼みを帯びているようにすら見える。川のおかげで通路は瑞々しく、涼しい。壁面と地面の境目には小さな百合を彷彿させる草花が咲いていた。いくつもの白の小輪がせせらぎを受けて揺れている。

 

管理機関(ギルド)にある迷宮図鑑にも載ってない花ですね」

 

((そんなことまで覚えているんだ……))

 

花の前で立ち止まり、ベルは花を摘んで口に含んだ。

舌の上で溶けるほのかな蜜の味。

気休めだろうが、この糖分は頬が疼くほどのご馳走だった。ベルは近くに咲いている花を2輪摘むと春姫と命にも差し出した。2人はベルを真似てパクっと口に含むと甘さを感じ取って「ん~~」っと歓喜の音を漏らした。そんな女の子らしい反応にベルの口元が僅かに笑みを浮かぶ。

 

 

「行き止まり…でしょうか?」

 

「のようですが……どうしますベル殿?」

 

それからまた延々と歩き続けて行き止まりに辿り着く。

そこには小さな泉があり、歪な円形を描く空間が終点を告げていた。中央にある清冽な泉は涌泉とは逆で、水が底に吸い込まれていた。まるでダンジョンの中を循環するかのように。周囲には洞窟もなければ上か下に伸びる階段らしいものものない。別に考えがあって歩いていたわけでもなし、行き止まりに突き当たることもあるだろうとベルは辺りを見渡した。春姫や命も同じ考えなのか口に出しても周囲に何かないか顔をあちらこちらへ向けていた。

 

「ベル殿」

 

「?」

 

「そこの岩……他の組成とは違いませんか?」

 

命が違和感に気付き、声を出す。

岩石というより石英(クオーツ)を彷彿させる純白の鉱石を命が指差して言う。ベルは命が指差す鉱石を見つめるとそれへと近づき、ナイフを抜き、刀身を突き立てた。罅が入るとあっさりと砕け、その奥に洞窟と上へと伸びる階段が現れた。ベルと命が視線を交わす。命が指の腹同士を合わせて、八咫黒鳥(スキル)を行使し怪物がいないか探知する。

 

「怪物はいません。ただ、自分が遭遇したことがない怪物までは探知できませんので……」

 

「僕も気配は感じないので……大丈夫だと思います」

 

鉱石が音を立てて修復されていく。

3人は視線を交わし、頷き、修復しきる前に洞窟をくぐった。決して広いわけでもない洞窟は鉱石が修復されたことでうっすらと光っていた清流の水の灯りを閉ざし、闇に包まれていた。春姫が着物の袖から汲んでおいた水が入った瓶を取り出す。容器の中では清流から汲み出した蒼水がうっすらと光を発していて、それを灯り代わりにした。伸びる階段を一段一段、上っていく。そうして踏みしめる段差が百を超える頃。この洞窟へ入る前と同じように鉱石で塞がれた天井を、ベルはひと思いに破壊した。

 

「ここは……」

 

階段を上った先は、37階層の広間(ルーム)だった。

通路口は1つしかない袋小路。

ベル達の身長と同じかそれ以上の岩石がごろごろと転がった岩場で、清流の道に続く鉱石はその中に隠れるように紛れていた。迷宮の奥からは怪物達の気配が漂っている。それが『過酷』の中に戻ってきたのだと告げているようで、嫌な汗が自然と頬を伝っていく。神経を研ぎ澄ませながら岩場の広間(ルーム)を出発。岐路のない一本道は、予想に反して遭遇(エンカウント)もなかった。少しして大きな通路に出る。

 

「……命さん、わかりますか?」

 

「………はい、おそらく」

 

視界に飛び込んできたのは巨大な壁。

継ぎ目のない巨璧は間違いなく『白宮殿(ホワイトパレス)』に5枚存在する大円璧の1つ。横道から大通路に出たベル達のもとから約100M(メドル)ほど先にある。記憶の欠片を組み合わせるように辺りを何度も窺っていた命が目を大きく見開いて断定する。

 

「お2人とも……間違いありません。正規ルートです」

 

「!」

 

「大円璧の色は灰色……つまりあの壁は『第四円璧』。アレを越えれば残すは第五円璧のみ。……第五円璧をくぐってしまえば、36階層の連絡路まで迷路はありません」

 

【アストレア・ファミリア】に度々連れられていた命は己の記憶を引き出して言葉を紡ぐ。どこまでも続く暗闇に一筋の光が差したようで、春姫の表情が喜色に染まる。周囲に怪物の影もなく、進むのなら今が絶好の機会。天井が見えない遥か頭上の闇に見下ろされながら、一直線に大円璧を目指す。

 

(ここさえ抜けられれば……)

 

痛苦に苛まれ続けているベルが時折バランスを崩しながら先頭を進む。

 

(ベル殿の体力的にも春姫殿の精神的にも負担はぐっと減らすことができる……!)

 

命が周囲に注意を配りながら、地面を蹴る足に力を込める。

 

(帰れる……? 帰れる……! 地上に戻れば、ベル様をアミッド様に助けていただける……!)

 

脳裏に浮かぶ未来に向かって前進する。

周囲の薄闇に紛れるように、付近に潜んでいるモンスターの気配が遠ざかっていく。ベルも命も警戒を怠らず、油断もしていなかった。だが、3人は『深層』を彷徨うという極限状態から忘れていることがあった。思考の外にやってしまったことがあった。何より気付くべきだった。何故、怪物達と遭遇しないのかを。

 

「第四円璧……これで……!」

 

巨璧のもとに辿り着いたベル達は四角形にくり抜かれた穴をくぐる。完全な闇に包まれる中、前方にうっすらと見える燐光のもとへ一挙に進んだ。そして第四円璧の先へ足を踏み入れる。『下層』の連絡路まで残すこと1つとなる迷宮部に。

 

「―――――っ、くそっ!」

 

命と春姫の手を取り、くぐった穴へベルは放り投げる。

短い少女の悲鳴。

からっ、と音を立てて頭上から降ってくる石の破片。

自身の頭に突き刺さる静かな眼差し。

真紅に染まり、殺意に濡れた、その【未知】の眼光。

大円璧を潜り抜けた直後だった。

それを知覚したのは。

 

『――――――』

 

『怪物』はいた。

ベル達の遥か頭上に。

屹立する大円璧に『爪』を突き刺し、壁面にとりついていた。

とっくに諦めていたのだと、どこかで思って、忘却していた存在がそこにいた。

 

名前――不明。

弱点――不明。

正体――不明。

 

 

ただただ恐ろしく早く、恐ろしく強い怪物。

それはベルが命と春姫を穴へ放り投げて退避させるのとほぼ同時。ベルを視認すると咆哮をあげて壁面を爆砕させ、流星もかくやといった威力と衝撃をもって、突っ込んできた。

 

『―――オオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

「――!」

 

ベルは全力で跳んだ。

一瞬前までいた地面が粉砕された。

岩盤が砕け、無数の石片が飛び、凶暴の砂塵が発生。ベルは激しく転がり、ようやく勢いが止まる頃、苦虫を嚙み潰したような表情でベルは顔を上げた。そして、言葉を失った。

 

「―――――」

 

そいつの身体は元々は『鎧を纏った恐竜の化石』と形容するような全貌だった。それが今は、苔と蔦を纏い、所々になかったはずの部品(パーツ)が取り付けられているようだった。ベルは深紅の瞳を忙しなく動かし、それらを確認した。

 

(蜥蜴人の鱗に骨の死羊(スカルシープ)の頭蓋骨……大型級の肉に人骨……じゃなくて骨の戦士(スパルトイ)……分かりづらいけど、黒曜石の兵士(オブシディアン・ソルジャー)の体石で『魔法』対策をした……? 意味が分からない……っ! 魔法をはね返すんじゃなかったのか……!?)

 

複数の怪物を無理矢理まぜこぜにしたいわば、『合成獣(キメラ)』。それが今目の前にいる怪物に相応しい言葉だった。何故こんなことをしたのか、ベルには到底理解できない。そもそも、この怪物が何なのかすら分からない『未知』の存在だったから余計だ。

 

(咄嗟に2人を通ってきた洞窟に投げて正解だった……2人を守りながら戦うなんて、絶対に無理!)

 

『ハァァァッ……!』

 

白い靄となって吐き出される怪物の呼気は蒸気と見紛うほどだった。あたかも体内で発生している膨大な熱を抑えきれないかのように。どろり、と音を立てて部品(パーツ)の一部が溶け出す。無理矢理取り付けた怪物の肉体が拒絶反応を起こしているのか巨体のあちこちでモンスター達の組成が反発を起こしている。

 

「…………っ」

 

嫌な汗が止まらない。

剣を握る右手が……いや、全身が震えていた。

『未知』に対する『恐怖』がベルを取り込み本能が悲鳴をあげる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

自分に強烈な攻撃を見舞ってくれた白い獲物―ベルを追いかけ深層まで来るだけでなく、怪物を取り込み、待ち構えていた。開戦の号砲よろしく吠え声をあげた怪物は逆関節の脚を曲げ、ベル目がけて一気に跳躍した。

 

「くっっ!?」

 

弾丸のごとく宙を貫いてくる怪物に対し、ベルは2人がいる洞窟から少しでも距離を取るべく左へ跳躍。爆砕した地面がもうもうと煙をあげ互いの姿を一度見失わせる。煙の中に消えた怪物の巨影(シルエット)を標に背後へ周ろうとベルは弧を描くように地面を蹴り、駆けた。

 

(僕を狙ってるなら、これで完全に2人のことは意識から外れたはず……!)

 

そもそも2人の少女のことなど眼中にあるのかすら分からないが、狙われているのは自分だということくらいはわかるベルは背後に周り込み詠唱を始める。

 

「我等に残されし、栄華の残滓。 暴君と雷霆の末路に産ま…れ……し………っ!?」

 

思わず、詠唱をやめてしまうベル。

無理もない。

煙の中から蠢いた影が、煙を突き破ったかと思えば肉塊のような太い触手がまるで第三の腕のように伸び、その先端にある『骨の死羊(スカルシープ)の頭蓋骨』がぼこぼこと隆起。まるでベルの【アストラルボルト】を真似るかのように突き出したそこから尖った白い骨を()()()()()。『深層』に落ちる前の短い戦闘では決して行わなかった行動であり、追加された『武装』であり、殺意マシマシの所業は魔法の詠唱を止める理由としては十分。

 

「―――」

 

何度目ともわからない瞠目をさせられ、迫りくる死の棘を間一髪回避。激しい音を立てて地面に突き刺さる射出された都合4本の白槍。鎧の右肩部分を火花を散らして掠めたベルは、動揺を隠せず、『未知』に『未知』を追加してくれたクソッたれな怪物に戦慄の眼差しを注ぎながらもスキル―【明星簒奪(スイングバイ)】―によって肩を掠めた白槍の威力を自分の速度として加算、加速。真正面から突っ込んだ。

 

『――――――ッッ!!』

 

「ぁあああああああああっ!」

 

怪物の激しい攻勢が始まる。

鳴り響く轟音の連続、第三の腕のような触手から『杭突(パイル)』が射出。その数は20。大小さまざまな骨の杭が、それぞれの軌道を描いて獲物目がけて驀進する。それらを剣で往なしつつ【明星簒奪(スキル)】で更に加速するベルは硬い鎧とマフラーで頭意外の急所を守られているのを良いことに突貫を続ける。射出された『杭突(パイル)』が何度も地面を爆砕し、石片の雨を降らし、煙が上がる。急加速する獲物があっという間に迫りつつある状況で怪物はぐっと膝を畳むと、すかさず宙へと跳躍。

 

『!?』

 

「【アストラルボルト】!」

 

丁度ベルの真上に跳んだ形となった怪物へ星炎が撃ちあがる。黒曜石の兵士(オブシディアン・ソルジャー)の体石が魔法の威力を殺し、『魔力反射(マジックリフレクション)』の効果を持つ装甲が星炎をベルへはね返す。

 

(威力が弱まって……反射しきれてない……!?)

 

全身を覆う苔や蔦、無理くり取り込んだ怪物達の肉体が装甲の上にあるせいか、機能不全を起こし反射しきれず怪物の外殻が炎上。驚愕する怪物へベルは首に巻いていたマフラーを左手に握り鞭のように伸ばす。

 

「―――しっ!」

(大抵の怪物は胸のあたりに魔石があるはず……!)

 

右前脚に絡みつけると、伸縮を利用して休息接近。

怪物へ肉薄し、胸部へ剣を突き立てた。

激しい火花が散り、硬い甲殻を貫く。

 

『ギィイイイイイイイイイイイイイイイッ!?』

 

「―――――――ぇ?」

 

身体に突き刺さった剣に悲鳴を上げる怪物。

ある筈の物がないことに声を零すベル。

次には突き立てた胸部近くから『宿り木』の弾丸が撃ち出されベルを強制的に引き剥がす。

 

「がっっ!?」

 

背中から地面に叩きつけられるベル。

壁へ取りつく怪物。

硬い鎧のおかげで種子を植えられることはなかったが、それでも衝撃だけは鎧を通ってベルの身体を脅かした。怪物は忌々しい人間をねめつけ真紅の瞳を発光。唸りを上げた。

 

「嘘だ……ありえない……」

 

剣を地面に突き立て、悲鳴を上げる身体に鞭を打つように立ち上がろうとするベルは瞳を震わせる。先ほどの肉薄で剣を突き刺した時に判明した『未知』。ベルの持つ『常識』が『非常識』で返される。

 

「魔石が……ない……」

 

『未知』が『既知』に変わった。

その怪物には怪物にとって心臓も同然の魔石が存在しなかった。有り得ないことではない。魔石を持たない怪物は存在する。だがしかしそれは、()()の話。

 

「なのに、あの強さ……?」

 

魔石のない怪物……つまり、地上の怪物はダンジョンの怪物と比べれば格段に弱い。それでも地上に住む人間にとって脅威でしかないのは同じだが、古代、地上へ進出した怪物達は地上において『繁殖』という方法を取ることで個体を増やした。自身の魔石を生まれてくる子へ分け与えるという行いが繰り返されることによって魔石がないも同然と言っていいほどに小さくなり、その分、弱体していったのだ。だから地上の怪物は弱いというのは常識なのだ。――しかし。目の前にいる怪物においてその常識は当てはまらない。魔石を持たないにも関わらずその強さは階層主に匹敵するか否か。その現実に、とっくに限界だったベルの心に罅が入る。

 

「弱点がない……? 魔石を破壊して倒すことができない……!? なんで……!? なんで!?」

 

2人の女の子を守らないとならない…そういった精神が瓦解していく。常識が木端微塵に粉砕される。おぞましい怪物という名の武装がベルを襲う。足並みはおぼつかず、頭は回らない。チラつく2人の姉の敗北が色を濃くして瞼の裏に浮上してくる。浅くなる呼吸、散る涙と血。処女雪のような白髪が踏みにじられたように汚れていく。知識も、経験も、この怪物には何の役にも立たなかった。

 

すなわち、この戦いに勝利の道筋などなく。

訪れるのは敗北の結末である。

 

「ごめん、なさい……神様……無理だ、これ、無理です……!」

 

戦闘の時間など些事だ。

精神の問題だ。

敵に対する情報も碌になく深層を2人の少女を守りながら彷徨い、肉体は『宿り木』に蝕まれるせいで回復魔法も碌に使えない。追い詰められて当然だった。限界を迎えて当然だった。逃げ出してしまいたいのに2人の少女がいるせいで逃げることもできない。倒さなくてはいけないのに倒す手法がわからない。弱っていく自分に対して相手は強化して襲ってきた。『未知』を『既知』にする。それは冒険者にとって大切なことだと聞いたのにそれが凶器となって食らいついてくるだなんて思いもしなかった。

 

 

『ハァ――――――ッ!』

 

 

容赦なく襲い来る怪物の吐息が甘く囁く死神の吐息のよう。

防戦一方に嬲られるベルはもう、反撃などできなかった。

 

 

 

 

 

「く………ベル、殿……っ」

 

激しい戦闘音が聞こえた。

耳を塞ぎたくなる悲鳴のような咆哮が聞こえた。

目を覚ました命は、自分達がいるのは通ってきたはずの洞窟であることに気が付いた。どうやら投げ込まれた時に頭を打ったか気を失っていたらしい。それは隣にいた春姫も同じようで頭を抑えては周囲を見渡して状況を理解しようとしていた。

 

『―――――ッ!!』

 

「――――っ!」

 

怪物と少年の戦闘音が聞こえた。

戦闘音と言っていいのか疑いたくなるほどの轟音に鈍い金属音。時折魔法を行使しているのか熱が洞窟を駆け抜けていく。命と春姫は立ち上がり、音のする方へと近づいていく。

 

「――――ぇ」

 

「――――いや」

 

そして見た。

敗戦という言葉が似合うほどに嬲られる少年を。

壊されていく英雄を。

彼は自分達を守るために洞窟に投げ込み、そして犠牲になっていた。

言葉が出ない。

どんな時だって、何かやらかして勝ちの目を出して来た彼が。

春姫を救ってくれた英雄が、涙を零し、血と土埃に塗れて怪物に辱められていく。命と春姫は思い知る。自分はお荷物でしかなかったことを。守られるだけの娼婦だったことを。あそこで戦っている彼は『英雄』などではなく年下の『男の子』だったということを。

 

『ァアアアアアアアアアアアアアッ!!』

 

破爪がベルへ迫る。

剣を盾代わりに構え防御を取る。

破爪と剣がぶつかり、火花を散らし、ベルの胸元、鎧の中で首からかけていた『銀の鍵(アクセサリィ)』が強烈な熱を発する。そして―――。

 

「―――――――――ぁ」

 

バキンッ……と。

神聖文字(ヒエログリフ)の刻まれた特殊な剣が、半ばから真っ二つに折れた。カランッと分断された剣が地面に落ちる。破爪がベルの腹…鎧と鎧の間へ入り込む。純潔を失った生娘のように小さな声を零す少年。その戦いの結末が、時間がゆっくりと緩慢になったように瞳に焼き付く。2人の少女は思わず彼のもとへ駆け出す。何もかも遅い。何もかも手遅れ。何もかも手詰まり。

 

 

そして。

そして――。

そして―――。

 

 

 

 

 

「あ~~~~~れ~~~~~~~っ!!」

 

 

ざわざわとした喧騒。

バタバタとした慌ただしい足音。

情けない男の声。

 

「あれって男神様? 神から財布をブン取るなんて世も末ね!」

 

「そんなこと言っている場合ではない!」

 

声が近付いてくる。

駆け足。

逃げ足。

男の荒い呼吸。

女の落ち着いた呼吸。

 

「くそぉ……! よりにもよって………って、邪魔だガキぃ!?」

 

「がっっ!?」

 

どんっと誰かとぶつかって転倒。

長く暗い場所にいたせいか視界がチカチカとしてよく見えない。だが、走ってきた誰かとぶつかって倒れたのは確かだった。

 

「――――殿ぉ……ぇ……?」

 

「―――様っ………!?」

 

倒れたすぐ後ろから聞きなれた少女達の声が2つ。

しかし、彼女達は困惑しているようだった。

瞼を何度も擦って、薄目ながらゆっくりと開いていくとそこは……。

 

「……地上(オラリオ)? ………熱っ」

 

何が起きたのか分からない。

火傷するほどの熱さを感じて胸をまさぐろうとするが身体が上手く動かない。

 

「くそ、いきなり出てきやがって……何なんだおめぇ……ってなんだお前!?」

 

「はい捕まえたぁーーー!」

 

「ぐぇっ!? しまった……!」

 

「ダメだよ、悪いことしちゃ。お金は働いて、自分の手でもらわないと」

 

「…………アーディ……さん……」

 

「ん? 君、は……見慣れない人だね。冒険者かな? でも……うーん……一方的に知ってるってことは、応援者(ファン)ってやつなのかな?」

 

「アーディ!」

 

「逃げただけじゃなくて人にぶつかって転倒させたの? ちょっと……逃げるなら人の迷惑にならないように逃げなさい!」

 

「アリーゼ、貴方は何を言っている……?」

 

理解できないことが目の前で起きている。

3人とも、困惑したまま固まっていた。

目の前にはアリーゼもリューもアーディもいる。

そしてダンジョンにいたはずが、地上にいる。

何が起きたのか、まったくもって理解不能。

 

「は、はは……」

 

尻餅をついたように座った姿勢のベルは乾いたような笑い声を零し、そして…前へ倒れた。ガシャンっと地面に倒れたことで鎧が音を立てる。半ばから折れた剣が手から離れ落ちる。少女の悲鳴がいよいよもって鳴り響いた。鎧の中に溜まっていた血液がドロリ、と石畳に広がり汚していった。

 

「ちょっ、どうしたの!? 大丈夫!? おじさん、どこ刺したの!?」

 

「さ、刺してねぇよ! 俺は無実だぁ!?」

 

「リオン、治療を! 応急処置でもいい! 彼を治療施設に運ぶわ!」

 

「わ、わかりました!」

 

「君、しっかりして、君……!」

 

肉体も精神も限界を迎えたベルは意識を落す。

春姫が抱き縋るように泣き喚き、命が膝から崩れ落ちるようにへたり込む。それを遠巻きで、1柱の男神が瞳に映していた。

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