アーネンエルベの兎   作:二ベル

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いつまでも前日譚みたいなのしてても進まないのでね。回想でちょいちょい出せたら。


白い兎は14歳①

 

 

 

世界には『穴』があった。

大陸の片隅にひっそりと口を開けた大穴。遥か昔、人類がその目で確認する以前から在り続けたその『穴』の起源は知る由もない。『穴』は無限の怪物を産む、魔窟だった。

 

 

「右頭から『紅の霧(ミスト)』くるよ!」

 

「『魔法』の威力落ちるから下がって! 魔剣は水面に向かって足場を作る! 水の中には潜らせないで! あと輝夜、早く頭を切り落として、どーぞッ!」

 

「「「輝夜さん早くしてくださいっ!」」」

 

「ふっざ、けっ、るぅ・・・・なぁッッ!!」

 

「リオンは魔法で『紅の霧(ミスト)』を吹っ飛ばして!」

 

「割に合わないんだが!?」

 

 

 大穴より溢れ出る異類異形のモンスターは地上にのさばり、森を山を谷を海を空を、この世界のありとあらゆる領域を席巻した。一時なす術なく蹂躙された人類は、地上の支配者であった尊厳を取り戻すため、同胞の復讐を遂げるため、種族の垣根を越えて協力し合い反撃に打って出る。後世にて『英雄』と称えられる者達の活躍より、モンスターと一進一退の攻防を繰り広げた人類は――やがてモンスターの根源である『穴』のもとへ到達する。

 

 

「――――らぁあああああッッ!!」

 

「【ルミノス・ウィンド】ッッ!!」

 

「アリーゼ、階層主(アンフィスバエナ)の右頭、落ちたぞ!」

 

「リオンの魔法で『紅の霧(ミスト)』も吹き飛んだわ! ついでとばかりに輝夜も!」

 

「がぼぼぼっ、ごぼっ、くそっ、エルフゥッ!!」

 

「イスカとリャーナは輝夜を釣り上げて! 着物が水吸って多分、重いから!」

 

「「了解」」

 

「重い・・・言うなぁ!」

 

『――ォオオオオオオオオオオオオオオオッッ!?』

 

「「「「「うるせぇ!!」」」」」

 

 

 『穴』の奥には、地上とは異なる別世界があった。数多の階層に分かれる『地下迷宮』。日の光がなくとも不可思議な光源に満たされ、目にしたことのない草花が隆盛し、ここでしか採取不可能な鉱物が存在した。貴重な資源といい、『魔石』が生じるモンスターといい、この地下迷宮――ダンジョンには、確かな『未知』が横たわっていたのである。そして、『穴』の上に『蓋』という名目で塔と要塞が築かれ始め、モンスターの地上進出を防ごうとする者達が有志を募るその一方で。人類の中から、『穴』の向こう側の世界、地底に広がる未開の地を切り開かんとする酔狂な探索者達が現れるようになった。それはいつしか、『未知』という誘惑に抗えなかった者達を――『冒険者』と呼ぶようになった。

 

 

「盾が息吹(ブレス)で溶けた! はやくトドメ刺して!」

 

燃え上がれ(アルガ)! 燃え上がれ(アルガ)! 燃え上がれ(アルガ)ッ!」

 

 

 そこから時は流れて『神々』が降臨し、『神時代』が幕を開けた。

曰く、『天界』にて悠久の時を過ごすことに退屈していた彼等は、様々な文化を育み、モンスターと凌ぎを削り合う下界の者達の姿に、娯楽を見出したのだという。神々の降臨を境に、世界の有りようは変わった。下界の者に無限の可能性をもたらす神々の『恩恵』によって、人類は急速に力をつけ、発展の道筋を辿るようになる。地底にモンスターの巣窟が存在する、かの地も例外ではなく。

 

 迷宮都市オラリオ。

かつて人類が大反攻作戦へと繰り出し、その前線基地として『穴』の上に建てられた要塞は盛衰を繰り返し、やがてそれは大陸屈指の大都市へと変貌した。富が、名声が、何より『未知』が依然として眠る、魅惑の地。欲に取りつかれた無法者達が、『未知』に焦がれる冒険者達が、そして娯楽を追い求める神々が集う、この世の中心。多くの者達の思惑と、そして物語がこの場所で交錯する。なお、現在に至るまでにどれだけの犠牲を支払ったのかは言うまでもない。

 

 

「【アストレア・ファミリア(わたしたち)】だけで階層主(アンフィスバエナ)の討伐、ご苦労様! いえい!」

 

「今回は・・・はぁ、無茶が、はぁ、あったのでは、ないか団長様・・・げほっ」

 

「はーい燃えてる子は並んでねー消火剤(アイテム)渡すからー。アリーゼちゃんも絶賛燃えてるわよー」

 

「【紅の正花(スカーレットハーネル)】の二つ名を持つ私に、爆炎なんて笑止ね! 清く正しい私に、(モンスター)の炎なんて効かないんだから! フフン!」

 

「アリーゼ、お前服燃えてんぞ!! 笑止じゃなくて焼死すんぞ!?」

 

「!?」

 

 

 祈りを捧げ、神に救済を願う古の時代は終わり今や人は神にちっぽけな一助を乞い、その一欠片の施しを手に、己が望みを叶える時代だ。そんな時代の中、ベル・クラネルは冒険者の道を選べずにただ平穏を過ごす日々を繰り返している。

 

 

 

×   ×   ×

地上、某所

 

 

「アミッド、久しぶりー・・・ってベルじゃん、何してるの? 今日はこっちでバイト?」

 

「いらっしゃいティオナさんと他三名。 ちなみにバイトじゃなくて定期健診の後にちょっとお手伝いしているだけですよ」

 

「他三名って雑じゃないですか、ベル? ――それで、アミッドさんは?」

 

「アミッドさんは今・・・奥で仮眠中ですよ」

 

「また徹夜?」

 

「ん-・・・というより、休日なのに新薬の調合して【ファミリア】の人達に「結局休んでないじゃないですか」って怒られて・・・というかどうしてか僕が怒られてアミッドさんを寝かしつけたというか」

 

「【アストレア・ファミリア】にお泊り?」

 

「えーっと、今回はアリーゼさん達は『遠征』じゃなくて階層主倒しに行っただけだから・・・泊ってないですよ?」

 

 

 清潔な白一色の石材で造られた建物には、光玉と薬草のエンブレムが飾られている。【ディアンケヒト・ファミリア】の治療院だ。ベルはアルフィアが存命だった頃から変わらず定期的に治療師の女性――アミッドに体を診てもらっている。ベル自身は健康そのものなのだから、必要ないんじゃないかと思ったがアミッドやアストレアは「貴方のお義母さんの遺言だから」と言って定期的に通わせられている。なんでもアルフィアは後天的にベルが自分と同じような病を患う可能性もあるのではないかと心配だったらしい。今日もそんな定期健診の終わった頃で、治療院の人達に「アミッド様がまたお休みの日に仕事を・・・!」「ワーカーホリックすぎて私達が休めません!」「どうかベルさん、アミッドさんを連れて帰ってください! もしくは無理やりにでも寝かせてください!」「アミッド様と・・・そういう関係ですよね!?」と言われてアミッドの部屋に彼女を連れて行き仮眠を取っている間にカウンターで応対を頼まれて現在は【ロキ・ファミリア】のティオナ達を出迎えていた。『そういう関係』とはどういう関係なのか、非常に気になる案件だけれど彼女達の目が怖いのでベルは聞くのをやめている。

 

 

「ベル、元気?」

 

「・・・・元気デスヨ?」

 

「ア、アイズさん・・・元気だしてください! 大丈夫です、アイズさんを避ける人類なんてこの世にいません! ベルもその内、「アイズしゃああああん!」って言うに違いありません! いやでもなんというかそれはそれでむかつくような」

 

「レフィーヤ、あんたはベルにどうして欲しいのよ・・・まぁいいわ、ベル、アミッドから私達が来ることは聞いてる?」

 

「えっと・・・近々、『遠征』が終わって冒険者依頼(クエスト)の件でくるかもって」

 

「そうそれよ。でもアミッドが仮眠中じゃ・・・無理よね? いつから寝ているの?」

 

「・・・ちょうど一時間前からです。起こしてきますね」

 

「ごめんなさいね、よろしく頼むわ」

 

「気にしないでください、僕じゃ報酬の話とかできないですから」

 

 

 適当な雑談の後、ベルは奥の部屋で眠っているアミッドを起こしに行く。カウンターで待つ【ロキ・ファミリア】の女性陣とは昔からの顔馴染みだ。

 

 

×   ×   ×

人物紹介

 

 

アイズ・ヴァレンシュタイン:6歳の頃からそれなりに関わりはあった。が、アルフィア死去後に色々あって現在は苦手な対象。ベル曰く「全自動怪物爆砕機」

 

ティオナ・ヒリュテ:『闘国(テルスキュラ)』から来た女戦士(アマゾネス)姉妹の片割れ。ベルが9歳の頃にオラリオにやって来て【ロキ・ファミリア】に入団。当時自分達を倒した派閥に入ると言って冒険者達をぶっ飛ばしていた姉妹をアリーゼに「血の気の多い幼女がいるらしいから見に行きましょ!」と言ってフィンとガレスにぶっ飛ばされる光景を目にする。ベル曰く「胸部装甲は姉に吸い取られたらしい」

 

ティオネ・ヒリュテ:ティオナの姉で恐るべき胸部装甲を持っている。出会った頃の気性は荒かったが何故か自分をぶっ飛ばしたフィンにベタ惚れしていた。ベル曰く「やべぇ方のアマゾネス」

 

レフィーヤ・ウィリディス:ベルが11歳の頃に【ロキ・ファミリア】に入団。学区から来たという魔力馬鹿。アイズから逃げるベルを見て「なんて失礼な! アイズさんの素晴らしさを教育してあげます!」と言って丸一日追いかけまわされる。この一件でなぜか敏捷が上がってしまいアストレア困惑。ベル曰く「エルフの皮を被ったやべぇエルフ」

 

 

アミッド・テアサナーレ:アルフィア存命時から定期的に体を診てもらっている。アルフィアがアミッドに言った「あの子のことをよろしく頼む」という「今後も息子の体を診てやって欲しい」という意味合いの言葉が、一言二言足りなかったせいで【ディアンケヒト・ファミリア】の団員には盛大に「あの【静寂】のアルフィアが・・・!? アミッド様を許嫁に・・・!?」などと勝手に勘違いされて外堀を埋められようとしている。なお、本人達は周りの謎の気遣いが理解できない模様。ベル曰く「怒るとグーで治しかねない聖女様」アミッド曰く「ベルさんは大人しく診察を受けてくれるので優良な患者」団員達曰く「くそじれったいな・・・私ちょっとヤラシイ雰囲気にしてきます!」

 

 

×   ×   ×

【ディアンケヒト・ファミリア】治療院

 

 

「寝てるとこ悪いわねアミッド。それでこれが、冒険者依頼(クエスト)で注文された泉水。容量も満たしている筈よ、確認してちょうだい」

 

 

 カウンターへとやってきたアミッドの表情は無表情と言ってもいいような感じで、決して「眠たそう」とは悟られないでいる。起こしに来たベルの前で盛大に欠伸をしていたなどと知られれば、きっと顔を真っ赤にすることだろう。彼女の容姿は精緻な人形という言葉がふさわしく、150C(セルチ)に届かない小柄な体がその印象に拍車をかけていた。下げられた頭からさらりと零れる細い長髪は白銀の色で、大き目な双眸には儚げな長い睫毛がかかっている。服装は白を基調とした、どこか治療師を思わせる【ファミリア】の制服。そんなアミッドはティオネが泉水の詰まった瓶をカウンターに置くと手に取り、一通り確認してから頷いた。

 

「確かに・・・。依頼の遂行、ありがとうございました。【ファミリア】を代表してお礼申し上げます。つきましては、こちらが報酬になります。お受け取りください」

 

 用意されたのは20もの万能薬(エリクサー)。【ディアンケヒト・ファミリア】が販売するものの中で最も高品質のそれらは単価50万ヴァリスはくだらない。報酬の品に対しティオネがほーと口を丸く開け、ベルはアミッドの邪魔にならないようにカウンターから出て適当に空いている椅子に腰を下ろしてアイズ達と会話をする。

 

「アミッド、実は深層で珍しいドロップアイテムが取れたの。ついでに鑑定してもらってもいいかしら? いい値を出してくれるなら、ここで換金するわ」

 

「わかりました。善処しましょう」

 

 そこから始まる彼女達の熾烈な戦いなど、ベルは知らん顔だ。まるでオークションのように買値が次々と変わる、熱く静かな商談だ。そこに一匹の白兎が介入する隙間などありはしないのだ。無暗に足を踏み入れたが最後、『惚れた男に良い仕事をした顔』をしたいアマゾネスに刈り取られかねない。ベルは知っている。恋に恋するアマゾネスはやばいのだ。

 

 

「それで、今回の【ロキ・ファミリア】の『遠征』はどこまで行ったんですか?」

 

「それが聞いてよベル! 50階層まで行ったのにさ新種に襲われて」

 

「武器や道具が使い物にならなくなったりして『遠征』は中止です」

 

「芋虫みたいなのがうじゃうじゃ出てきてさー、変な女体型っていうの?」

 

「いや僕に聞かれても」

 

「それをアイズが、ドカーンって倒してさぁー」

 

 

 彼女達の口から語られる話をベルは興味あり気に耳を立てる。ベルは冒険者ではないけれど、冒険の話自体は好きだった。彼女達の『遠征』での出来事などベルからしてみれば非日常すぎて聞いていて飽きないのだ。ティオナの下手な説明に時々レフィーヤが困ったように補足を入れてアイズは只、コクコクと頷いては視界の端で商談という名の戦いを繰り広げる友人を時々気にするように瞳を泳がせている。

 

 

「で、帰りに【アストレア・ファミリア】とすれ違って帰ってきたんですけど・・・【アストレア・ファミリア】って今日が『遠征』でしたっけ?」

 

「さっきも言いましたけど、階層主・・・えっと、『あんふぃす・ばえな』って言うんでしたっけ? あれの次産間隔(インターバル)が今日くらいじゃないかって前から準備してて・・・アリーゼさんが「私、そろそろ階位昇華(ランクアップ)してもいいと思うのよ!」って言ってましたし」

 

「【アストレア・ファミリア】だけで大丈夫なんですか?」

 

「さぁ・・・僕、アリーゼさん達がどれくらい強いのかって知らないですし。でもアリーゼさんが単騎で行こうとしてるのをみんなで止めてたから、大丈夫じゃないですか?」

 

「階層主を単騎でって・・・」

 

「「私の炎と階層主の炎! どっちが強いか白黒つける時が来たのよ!」って言ってました」

 

 脳裏に背面に炎を燃え盛らせドヤ顔を決める赤髪の女性が思い浮かぶレフィーヤは「【アストレア・ファミリア】も大概やばいんでしょうか?」と疑問と共に首を横に振った。そもそもベルを除けば団員は十一人いるのだ、弱いはずがない。

 

「まぁきっと今頃・・・輝夜さんが水浸しになってたりアリーゼさんが炎上してたり、リューさんが巻き添えを食らいかけた輝夜さんにボコられてたりしてるんじゃないですか?」

 

「仲・・・良いんですよね?」

 

「いいですよ? いつもニコニコ、24時間、365日、三食おやつに昼寝付きのアットホームな【ファミリア】ですよ?」

 

「「何そのブラック臭・・・」」

 

「それで、【ロキ・ファミリア】はその後どうしたんですか?」

 

「ああえっと、その後は・・・その、18階層を出たところでミノタウロスの怪物の宴(モンスターパーティ)―――えっと沢山出現しちゃって、一斉に逃げちゃって・・・やばかったです」

 

「急に語彙力が死にましたねレフィーヤさん」

 

「あの逃げ出していくミノタウロスとそれを追うベートさん達を見た瞬間、私の脳裏には放牧されている家畜を追い回すアレな光景が浮かんでいましたよ」

 

「解決したんですか?」

 

「え、ええ、まぁ、解決しましたよ? 別にもう少しで死にそうな駆け出し冒険者が間一髪、金髪金眼の女剣士に助けられて変な奇声を上げて逃げてしまうような、そんなことは起きませんでしたよ?」

 

「・・・具体的すぎませんか?」

 

 

 やけに具体的なことを言うレフィーヤに半目で返すベル。そんな出来事は決して起きてはいないし、ましてそんなことで恋に落ちるなんてナイナイ。ベルはふと、少女達の会話ではなくアミッドの方に視線を向けると「・・・850」「1350!」と未だに商談(たたかい)は続いていて、アミッドが主神と相談するのでお待ちくださいと言えば、じゃあここでの換金はやめる。時間もないし勿体ないけど、他で引き取ってもらうわとティオネがにこやかに微笑む。アミッドはぴたりと動きを止めて、視線だけでベルに「助けてくれませんか?」と訴えてきたがベルはぷいっと視線を切った。ベルに商談の才はない。ライラに『値切りの極意』は教えてもらったが、今行われているそれとはまた別だろう。アミッドには悪いが、ベルが出てたところで、怖い蛇に睨まれた兎が出来上がるだけなのだ。

 

 

「女の人って怖いですね」

 

「貴方それ自分の【ファミリア】にも言えるんですか?」

 

「やだなレフィーヤさん、僕が何年・・・女所帯で暮らしてきたと思ってるんですか?」

 

「滲み出てるねぇ・・・お姉さん達の玩具にされている苦労というか」

 

「ふふ・・・この間なんてアリーゼさんに真っ黒なドレスを着せられてお義母さんみたいな恰好をさせられましたよ。わかりますかレフィーヤさん、相手が女の子だろうが年上かつレベル差で無理矢理服を脱がされて着替えさせられる僕の気持ちが」

 

 光を失った深紅(ルベライト)に見つめられた少女達の脳内には押し倒され、無理矢理あんなことやこんなことをされ、服がビリビリになって涙を浮かべるか弱い白兎が思い浮かんだ。これには思わず、「ごくり」と生唾を飲む音が三つ重なった。「え、お義母さんドレス着てたんですか?」とか聞きたいところだが、闇が深いベルの瞳の奥に「聞くな」と言う圧力を感じたレフィーヤは黙った。

 

「僕が、もうやめてっ、許してっ・・・って言ったらアリーゼさんが「姉の言うことは絶対なの知らないの? 6歳の頃から教えてるでしょ? 末っ子は姉の言うことには服従する、それはこの世の摂理なのよ?」って言いくるめてくるんです。嘘だって言ったらその昔リューさんの戦闘衣装(バトルクロス)がホットパンツからブルマに変わったのもソレが原因とかで・・・」

 

「「【アストレア・ファミリア】、闇が深くないですか?」」

 

 なお、その一件で帰宅したアストレアが女装させられたベルを見て言った言葉は「わぉ」である。

 

「1200・・・・それで買い取らせてもらいます」

 

「ありがとう、アミッド。持つべきものは友人ね」

 

 そこでようやく商談は成立したらしい台詞が聞こえてきた。アミッドは他の団員を呼び、買い取り額分の金を用意させた。大量のヴァリス金貨が麻袋の中でじゃらじゃらと音を鳴らす。もう用事は終わりだねーとティオナは椅子から立ち上がり、アイズ達もそれに続く。受け取ったヴァリス金貨を大事そうに抱えて彼女達は個人的な買い物をした後、そのまま治療院を後にした。ベルはカウンター越しに無言で見つめてくる――いや、睨みつけてくるアミッドに小首を傾げて親指を立ててサムズアップ。

 

 

「おつかれさまです?」

 

「・・・・はぁ」

 

「じゃあ、僕もそろそろ帰りますね」

 

「ええ・・・・ああ、ベルさん」

 

「?」

 

 立ち去ろうとするベルを引き留めるアミッドに振り返るベル。

 

「商談中、ベルさん達の会話は聞いていましたが・・・興味があるなら、なればよいのでは? 『冒険者』に」

 

「・・・・」

 

「今のように宙ぶらりんとして、あちこちでバイトをするより良いと思いますが」

 

「ん-・・・でも、お義母さんは平穏に生きて欲しいって言ってたし」

 

「アルフィアさんは貴方の意志を尊重してくれると思いますが。『英雄』にも、ならなくてはならないのでしょう?」

 

「うーん・・・でも・・・うーん・・・」

 

「・・・まぁ貴方の人生ですので、私は強要できる立場ではありませんが。いつでも相談にはのりますので」

 

「はーい」

 

「では、また」

 

「ではでは」

 

 

 ベルは結局のところ、『冒険者』にはなっていない。例年の誕生日にアストレアに「どうしたい?」と聞かれるが、その問いかけを14歳になるまでずっと「このままでいい」と言ったようなことを解答している。それはアルフィアがベルに平穏を望んでいたからこそ、ベルはもういない義母の唯一の望みを守ろうとしているのだ。無論、『英雄』にならないといけないと言った義務感のようなものもないわけではないが、結果としてベルは現在、知り合いの仕事を手伝うといった日々を過ごしている。

 

 

×   ×   ×

 

 

「『冒険者』・・・かぁ」

 

 

 今頃、姉達は強力な怪物と戦っているんだろうか、もしくは討伐を終わらせて地上を目指しているのだろうかと茜色に染まりつつある空を見上げて思う。結局、自分はどうしたいのだろうか・・・と。『英雄』になるのは、もう存在しない二つの派閥の末裔だから自分には成し遂げなくてはならない責務があるとか、血の繋がった家族が海に巣くっていた怪物を倒したのだから、自分もそれに続くのは当然なはずとか、アルフィア達にはできなかった悲願を達成させなくてはいけないのではないかと、それこそが自分の産まれた意味なのではないかと思えてならない。だからこそ、英雄にならなければいけないと思ってしまう。それをアストレアも含めて周りは心配していたし、アルフィアは気にしなくていいと言ってくれていたし、何より平穏に生きることを望んでいたからベルはその望みを守り続けている。けれど時々思うのだ、このままでいいのだろうか――と。

 

 

「おーい、そこの君、その男を捕まえてくれぇッ! 盗人だぁ!」

 

 物憂げに考え事をしていると、ストリートのど真ん中を人をかき分けて走る中年の男性がベルがいる方へ向かって走ってくる。姿は見えないが、その男を捕まえてくれと若い声がベルの耳朶を叩いた。

 

「ど、どけぇっ!?」

 

「俺の444ヴァリスがぁぁぁぁぁぁぁ! そこの少年、取り返してくれぇぇぇぇ! 今朝小指を箪笥の角にぶつけて、とてもじゃないが走れそうにないんだぁぁぁぁぁぁ!」

 

 泣きわめく男の声と金を盗んだらしい男にストリートは騒めき危険を感じたか道を開けるように離れ、男の進路上にいるのはベルのみとなった。キョトンとした顔のベルはしかし、銀色の刃が見えたことで目つきを変える。

 

「ガキィ、怪我したくなかったr――――!」

 

 言い終わる前に、男の視界は前ではなく真上へと変わり、次には背中に衝撃が走り肺から空気が漏れた。次いで男の顔の横にナイフが突き刺さり、ツーと血が滴る。何が起きたのか理解できない男は震える体でベルの方を見てみれば、ベルの右足は打ち上げたように斜め上に向けられていた。そこでようやく男はベルに蹴り飛ばされたのだと理解した。

 

「く、くそ・・・『恩恵』持ちかよ! 邪魔すんじゃねぇ!」

 

 男はナイフを握って再び立ち上がり、ベルへと斬りかかった。周囲からは悲鳴と被害者の男の喚き声が鳴り響く。男は右手で握ったナイフを左から右へと振りぬき、それをベルが腕に手を添えて往なし背後へと回る。

 

「な・・・く、くそっ」

 

「護身くらいは習ってるからね・・・・僕で対処できるってことはLv.1中位か少し下くらいかな」

 

 目を血走らせた男は何度もナイフを振り回すも、その悉くをベルは素手で打ち払い往なし回避する。攻撃がまったく当たらず息を上げ始めた男は破れかぶれ、突進とともにナイフによる突きを繰り出した。徒手空拳で対するベルは男の懐へと潜り込み、掌底打ちを顎に叩き込んだ。バキッと鈍い音が鳴り、男は宙に浮きそのまま仰向けになったまま地面へと倒れピクリとも動かなくなった。その光景に周囲は歓声を上げ、その中から被害者らしい男が頭を掻きながらベルの元へと駆け寄ってきた。

 

「いやぁ、急に後ろからタックルされてさぁ~。びっくりしちゃったよ」

 

「え、神・・・様?」

 

目の前に現れた被害者男性は、男神だった。黒髪に前髪の一部が灰がかっていて糸目なその面持ちは善良そうな神に見える。財布の中身があまりにも寂しすぎる気がしないでもないが、『派閥』によっては事情は様々。ベルは特にその点は触れないように財布を差し出し、男神はそれを受け取った。

 

「財布を取り戻してくれて、ありがとね可愛らしい兎さん。 いやぁでも短い攻防だったけど良いものを見れたよ・・・君が【アストレア・ファミリア】の白兎君なんだねぇ」

 

「はぁ・・・」

 

「ああ、そうだ、名前を聞いておいても?」

 

「・・・ベル・クラネルです」

 

「ベル・クラネル、ベル・クラネル・・・よし、覚えた。この恩はいずれ君が天に還るまでには返そう。神に誓ってね」

 

「縁起でもない事言わないでくださいよ」

 

「はは、それもそうだ! ハハハハハッ!」

 

 男神はベルの名を聞くだけ聞いて、やがて群衆の中へと姿を消した。そういえばあの神様の名前はなんだろう・・・見たことない神様だったけど、と自分が倒した男に回復薬(ポーション)をかけてやりながらそんなことを思っていると騒ぎを聞きつけたのか、都市の憲兵たる【ガネーシャ・ファミリア】の冒険者が到着した。

 

「あ、あれ!? ベル君!? 何してるの?」

 

「あ・・・アーディさん。こんにちは」

 

「はい、こんにちは。品行方正で人懐こくてシャクティお姉ちゃんの妹で最近Lv.4になった可愛いベル君が好きなアーディ・ヴァルマだよ! じゃじゃーん!・・・今日も可愛いし良い匂いだね、抱きしめてもいい? って違う、違うよ!? 何があったの? その男の人は?」

 

「えっと・・・カクカクシカジカ」

 

「ふむふむ・・・コレコレウマウマっと。殺してはいないよね?」

 

「間違っても僕がそんなことするわけないじゃないですかぁ!」

 

「あはは、ごめんごめん・・・治療はしてくれたんだね。さすが【ディアンケヒト・ファミリア】製の回復薬(ポーション)。事情を聞くにしてもとりあえずこっちで身柄は預かるけどいいよね?」

 

「はい、僕じゃどうしようもないですから」

 

「・・・・どうして敬語なの? お姉ちゃんとの間に敬語はナシだって約束したよね?」

 

「・・・・つい」

 

「まあいいけど・・・アリーゼ達は帰ってきた?」

 

「まだ」

 

「オーケー、じゃあ後は・・・被害者の男神様は? どこ?」

 

「それがさっさと消えちゃって」

 

「名前は?」

 

「・・・・・・444ヴァリスの男神様」

 

「おいコラ、ベル君や」

 

「・・・ごめんなさい」

 

「ダメだよー、片側だけの事情聴いても仕方ないんだから・・・スンスン、というかこの人、お酒臭いね。酔っ払い?」

 

 

 ドスドスと横腹を突かれるベルは「ごめんなさい」を連呼。男は一緒に来ていた【ガネーシャ・ファミリア】の団員が運んでいき、アーディに小言を言われながらベルはそのまま『星屑の庭』へと連れ帰られた。

 

「そういえばベル君、近いうち『怪物祭(モンスターフィリア)』あるけど・・・やっぱり例年通りアストレア様と?」

 

「・・・えへへー」

 

「私も君とデートしたいんですけど?」

 

「でも、【ガネーシャ・ファミリア】も【アストレア・ファミリア】も警備で無理でしょ?」

 

「ぐふっ!? 痛い所を・・・そこは、そのぉ・・・うまくサボるんだよ・・・」

 

「シャクティさんにまた怒られるよ?」

 

「・・・・助けてくださいベル君」

 

 

 『星屑の庭』その玄関のドアノブに手をかけたベルは玄関扉を開け、ベルはにこやかな微笑みを浮かべて中に足を踏み入れアーディに振り返り言う「あの人怖いから無理です」と。そんなぁと嘆くアーディを無視して扉を閉めて帰ってきたベルに気が付いて出迎えに来た胡桃色の髪を揺らす女神に言った。

 

「ただいま、アストレア様! 今度『怪物祭(モンスターフィリア)』があるらしいです! 『でぇと』してください!」

 

「おかえりなさいベル。ええ、せっかくベルが誘ってくれたのだし・・・そうね今のところ予定はないから・・・逢瀬(デート)、しましょうか」

 

 

×   ×   ×

迷宮都市、どこか。

 

 

「ふむ・・・じゃが丸君の味・・・またクオリティを上げたな? さすがはヘスティアだ。伊達にマスコットをしてはいないな」

 

 薄暗い場所で、髪を整えるように頭を振る男神はゆっくりと瞼を開ける。444ヴァリスという寂しい財布事情から30ヴァリスを捻出して購入したオラリオのソウルフード、『じゃが丸君』を齧って笑みを浮かべる。

 

「ふむ・・・あれがアルフィアの息子・・・正確には義理だが、まぁいい。 なるほど、優しい子に育ったじゃないか、よかったなぁアルフィア。よかったなぁザルド。迷いながら平穏を味わっているようだぞ?」

 

 其は原初の幽冥にして、地下世界の神――エレボス。

 

「7年前の抗争時、アストレアの眷族()達が神獣の触手(デルピュネ)と戦っている最中、しれっと逃げおおせてみたが・・・それは正解だったな」

 

 結果として、その神が行方知れずとなったことでアストレアは大いに責任を感じて落ち込んでいた時期があったが、この男神には知ったことではない。探しても見つからなかったアルフィア達が当時、そもそもオラリオにいたと言うのだから彼としてはそれが意外だった。その理由もまた、彼を驚かすと同時に二人の『英雄』が汚名を被らずにすんだことに内心喜んでもいた。ただ一人の義息子のためにオラリオにやってきて残り僅かな時間をそんな義息子のために使う。

 

「なんともまぁ・・・微笑ましいことじゃないか。それに・・・そんなことを聞かされれば、俺だって【ゼウス】と【ヘラ】の遺産がどのような(ルート)を辿るのか、見てみたくもなる・・・・格好は悪いが、逃げてよかったよ。」

 

 むしゃむしゃとじゃが丸君を頬張り、包み紙を丸めて放り投げる。ゴミ箱に綺麗に収まり、一人「ナイスシュート」と零す。

 

「悪いなぁたった一人の我が眷族よ・・・お前は俺より先に天に還るという(ルート)を辿ってしまったが、何、少し待っていろ。俺も見たいものが見れたらそちらに行くさ」

 

 唯一の眷族は既にこの世にはいない。エレボスがしれっと逃げた時にはすでに恩恵を感じなかったのだ。恐らくは、少女達が戦っている最中にでも力尽きてしまったのだろう。こうしてエレボスが下界に留まっているのは、ただ単に『娯楽』のためだ。

 

「近いうちに、また会おう・・・ベルよ」

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