アーネンエルベの兎   作:二ベル

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アーネンエルベ④

東メインストリート付近、高台屋上

 

 

 

パチパチ、パチパチ、パチパチ。

死闘の結末。

舞台の幕引き。

それを見届けて、一人の男神は微笑みながら拍手の音を流れる風に乗せる。

 

 

見事素敵最高(コングラチュレーションズ)、ベル・クラネル。俺はお前の偉業を確かに讃えよう。俺とてまさか、()()()()()と走り抜ける子供がいるとは流石に思わなかった」

 

 

既にこの下界には存在しない、【ゼウス・ファミリア】の傑物達。

既にこの下界から去って行った【ヘラ・ファミリア】の英傑達。

過去のオラリオにおいて最強と謳われた眷族達の物語は、確かにベルの背中に受け継がれていたらしい。今日この日、たった一人のちっぽけな少年の『物語』の一ページを目撃者達は忘れることはないだろう。彼等彼女等は、酒場できっと語り継ぐだろう。「確かに、あの場には最強(ゼウス)最凶(ヘラ)がいたのだ」と。

 

「これで・・・戻れなくなったな、少年」

 

一人の少年の『平穏』はこの日を境に豹変していくことだろう。

迷宮都市にいる限り、否応なく時代のうねりに巻き込まれていく。ここは、そういう場所なのだ。

 

 

エレボスの金の瞳に、血濡れになることもお構いなしにベルを抱きかかえて名を叫ぶアストレアの震える背中が映り込む。慈悲深く、優しいあの女神は可愛がっていた少年が弱っていく様を見て涙していることだろう。戦わせてしまったことに強く責任を感じていることだろう。

それほどまでに、ベルは瀕死の重傷だった。

体中から絶えず流れる血は、アストレアが押さえても止まらず。

眷族達が()()()()()()()()()()が運んできたバックパックの中にあった回復薬(ポーション)万能薬(エリクサー)を使っても、傷はすぐに開いて血溜まりを作ってしまう。

 

呪道具(それ)はお前達にくれてやろう。せめてもの餞別だ」

 

エレボスは黒髪を揺らし、メインストリートに背を向け姿を消していく。

これ以上、見るべきものはないとばかりに再び笑みを浮かべて。

 

 

「そう遠くないうちに・・・・また会おう、少年」

 

今度はどのような形で俺を驚かせてくれるのか、楽しみにしているよ。そう呟いたエレボスの言葉を聞く者は誰もいない。

 

 

×   ×   ×

闘技場(アンフィテアトルム)

 

茜色に染まっていく空。

怪物祭で一騒動起こっていたものの、他派閥との協力を得ることによって一件落着となった頃。群衆の主たるガネーシャは暗くなっていく空を眺めながら、後ろからやって来た団長のシャクティへと声をかけた。

 

「シャクティよ」

 

「・・・何だガネーシャ」

 

像の仮面の中で一体どのような表情をしているのか。

それはわからないが、シャクティは主神の口が動くのを待つ。恐らく考えていることは自分と同じなのだろう。友好、いや、同盟とも言っていいような関係の【アストレア・ファミリア】に身を置く一人の少年についてのことを、きっとガネーシャは思っているのだろう。シャクティとて妹のアーディから話を聞いた時には、にわかには信じられなかったのだから。あの如何にも『冒険者』に向いていなさそうな少年が、シルバーバックを倒したとか、その後に出てきたというミノタウロスと死闘したとか・・・もうワケワカメだ。

 

「俺も・・・・・・・・見たかった」

 

「・・・・・は?」

 

現在、件の少年は【ディアンケヒト・ファミリア】で治療中らしい。なんでも、ミノタウロスが装備していたという大剣は『呪道具(カースウェポン)』であり背後に呪術師(ヘクサー)調教師(テイマー)が絡んでいるのではないか、というのがシャクティの見解だ。オラリオ最高の治療師たるアミッドの手で呪術に侵された体は癒しをもたらされることだろうが解呪薬を作るのも一苦労だろう。何より、血塗れで意識を失っている瀕死の少年を抱きかかえていたという慈悲深く心優しい女神は、すっかりその衣装に血を吸わせてしまい『血濡れのアストレア』などと早々に広まりつつある。揶揄われるネタにはならないだろうが、あまり聞いて面白い話でもない。女神のことも、少年のことも【アストレア・ファミリア】の団員達にとっては、しばらく神経質になるかもしれないな、とシャクティはガネーシャもきっと同じような心配をしてくれているはずだ。これでも娯楽への優先度が低い神だからな。と思っていたところに、思わず聞き直したくなるような言葉が聞こえてしまった。

 

「今・・・何と言った?」

 

「・・・・・だ、だって、あのベルだぞぉ!?」

 

「・・・・・・・・・」

 

「アルフィアが天に還って泣き虫になってしまったあのベルが・・・ッ!! 男子三日会わざれば刮目して見よと言うがまさしくその通りだったな! アーディだってはしゃいでさっき出て行ったゾウ!」

 

「・・・・・」

 

シャクティは眩暈がした。

いや、確かに泣き虫だったけども。【アストレア・ファミリア】が遠征で留守にしている時、アーディが遠征に同行しないときはだいたい『星屑の庭』に泊りに行っていたり、【ガネーシャ・ファミリア】の本拠に連れ込んでいたりしたし。ベルがシャクティの年齢を聞いて「おばっ!?」と言った瞬間拳骨を喰らわせて大泣きさせてしまったこともあるが。はしゃぐほどか? いや確かに、アーディの姿がどこにもないなとはシャクティは思っていたのだ。まさかあいつ、見に行っていたのか? 仕事サボって? 嘘だろ? それでガネーシャに報告して? 心配になって治療院に行った? そりゃぁどこにもいないわけだ。きっと後で「ごめんお姉ちゃん! でもベル君がピンチだったの! テヘッ☆」とかされるに決まっている。そこまで考えたシャクティは痛む頭を右に左に振って深い溜息をついた。

 

「うぅぅうぅおおおおおおおおおおおおおお!! 止まるな、進め、ベルよぉおおおおおおおおお! アルフィアが天に還って悲しいのはわかる! 俺も悲しい! でも進め、進むのだぁああああああああああああああああああ!! というかお前戦えたのかぁあああああああああ!? ガネーシャ超見たかったぞぉおおおおおおおおおおおおお!! うぉおおおおおおおおおおおおお!!」

 

「・・・・・叫ぶのをやめてもらえないか? みんなが不安になる 」

 

「・・・・ごめん」

 

ガネーシャもやはり神か・・・と眉間を摘まむシャクティ。しゅんっと縮こまるガネーシャ。

こちとらいい迷惑で、しばらく風当たりがきつくなるというのに・・・何はしゃいでんだと口端がピクピク。そう、別にいいのだ。知己が頑張ってたというのを見たいと思うのは、シャクティとて理解できる。だが、今回の件ではいい迷惑でしかない。騒ぎを起こすだけ起こしておいて犯人がわからず仕舞い。ベルの件を除けば、一般人と冒険者で死傷者はいなかったのは何よりの幸い。しかし、『怪物祭』の主催は【ガネーシャ・ファミリア】であり、どんな理由があれ、モンスターの脱走を許したという事実はなかったことにはできない。東メインストリートで被害に巻き込まれた建物などは建築系の派閥が協力して建て直してくれるだろうが、賠償云々に関しては【ガネーシャ・ファミリア】持ちになる可能性があるだろう。ギルドの()()()の意向で企画された催しなのだし、知らん顔はしない筈だが、それでもやはり、いい迷惑なのだ。

 

 

――更にはミノタウロスだ・・・・

 

シャクティはもう一度、溜息をついてから口を開いた。

そんな溜息から何を察したのか、ガネーシャは振り返り真面目そうな雰囲気を纏う。

 

「ガネーシャ」

 

「シャクティ」

 

「聞きたいことがある」

「聞きたいことがある」

 

ほぼ同時。

まるで熟練の夫婦とも言えるような、言わなくても相手の言わんとしていることがわかるような雰囲気がそこにはあった。二人は見つめ合うようにして、言葉の応酬を繰り広げた。

 

「今回の催しで」

 

「調教に用いるモンスターにミノタウロスは」

 

「起用していなかったはずだ」

 

「だというのに」

 

「ガネーシャ、貴方が追加したのか?」

 

「シャクティ追加するなら予め伝えてくれ」

 

「私がそんなことをすると思っているのか?」

 

「ガネーシャがそんなことをすると思っているのか!?」

 

 

一人と一柱の言い合いを見守るように、一番星がキラッ☆と輝いていた。

 

 

 

 

×   ×   ×

夕暮れの空間

 

 

 

 

夢を見た。

金色に輝く一面の平原を、灰色の髪に漆黒のドレスを風に揺らす目も覚めるような美女に繋いでいる手を引っ張られる形で歩く小さい子供(じぶん)

そんな過去の背中を、思い出を噛み締めるように眺める、そんな夢。

 

「お義母さん、僕、ミノタウロスと戦ったんだ」

 

必死になって、夢中になって、ミノタウロスと死闘を繰り広げた。

小さい子供(じぶん)と歩いていく義母の背中に、申し訳なく報告をする。

彼女は決して振り返ってはくれないけれど、どうしても言いたくなった。

 

 

「頑張ったんだよ。すごく・・・・頑張ったんだ」

 

『人生を楽しめ。それが格好良く生きるということだ』って貴方は言っていたけれど。

僕は貴方のようになりたかったんです。

貴方の背中を追いかけていたかったんです。

貴方のような強い英雄になりたくて、ゼウスとヘラが遺した者として、英雄にならなきゃいけないって思ってたんです。

でも貴方はそんなの望んでいなくて、『平穏』に生きて欲しいって望んでいて。

なら、そうすれば、貴方の望み通りに生きていれば、貴方は僕のことを好きでいてくれますか。

 

「お義母さん達と戦ってたらこうなのかなって思ったけど、必死だったから、よく見てないんだ。でも・・・・すっごく、頑張ったよ。見せてあげたかった」

 

遠ざかっていく背中に、置いていかれないように歩いて、苦しくなる胸をぎゅっと掴んで震えるように言葉を吐く。

 

「・・・・どうしたらいいのかわからないんです」

 

貴方達ができなかった黒龍討伐をしなければいけないと思い込んで、貴方が寝込んでしまったその日に小さな体に鞭打って出て行って。だけど小さい体じゃ迷宮都市から出る前に体力の限界がきて、心細くなっちゃって。黒龍の元にさえ行けなくて。

 

「僕が貴方達の代わりに黒龍を倒せば」

 

貴方は、僕のことを誇りに思ってくれますか。

貴方達は、喜んでくれますか?

 

「アストレア様達がいてくれる。だけど、お義母さんがいなくなってしまってから、どうすればいいのか決められないんです」

 

『冒険者』になればいいのか。

『村人A』になればいいのか。

何をどうすれば、『人生を楽しむ』に繋がるのかわからないんです。

『格好よく生きる』とはいったい何なのか、わからないんです。

 

「ぼく、僕は・・・どうしたらいい?」

 

答えなんて返ってくるわけがないのに、縋ってしまう。せめて初めての功績に対して、褒めて欲しいと願ってしまう。

こんなんじゃ、愛想を尽かされることくらいわかっているだろうに、心細くて、どうしても求めてしまう。それくらいに彼女は絶対的で、僕の中では存在が大きかったらしい。遠ざかっていく背中は、越えることさえ叶わない憧憬の存在は、潤む視界の中でピタリと立ち止まり、完全に振り返ることはないけれど、ゆっくりと腕を伸ばして僕の後ろに指を差し示す。

 

 

『頑張ったな』

 

彼女の唇が、そんなことを言ったように動いた気がした。

僕の悩みには何一つ答えてはくれないのに、それでも、幻聴だったとしても、嬉しかった。

こみ上げてくるものを必死に抑え込んで、頬を伝うモノを無視して笑みを浮かべる。

 

「・・・っ。うん、うんっ・・・僕、頑張ったんだよ」

 

そう言って、彼女が指さす場所に振り返る。

そこには一柱の女神が、胡桃色の髪と長いスカートを風に揺らしながら、まるで僕のことを待つように佇んで微笑んでいた。自然と、義母に背中を向けて女神の元へと足を運び出すと、背後からまた何か聞こえた気がした。

 

 

『忘れるな、私達はお前と共にあることを』

 

 

 

×   ×   ×

治療院

 

 

「何の夢を見ているの、ベル・・・・」

 

頬を伝う涙滴に、アストレアは短く尋ねた。

ミノタウロスとの決着の後、ベルは直ちに【ディアンケヒト・ファミリア】へと搬送された。いくら回復魔法をかけようが、回復薬(ポーション)類の道具(アイテム)を使っても傷口はすぐに開いて出血が止まらず、これは【戦場の聖女(アミッド)】にしか治せないと判断されたからだ。搬送された先で、聖女の怒声やら悲鳴やらで治療院は騒然としたが、それは無理からぬことだろう。何せ見知った顔の、なんなら相手が6歳の頃から付き合いのある少年が全身呪詛(カース)塗れの出血多量で運ばれてくるのだから。

 

アミッドは激怒した。

必ず邪知暴虐の呪術師(ヘクサー)を除かねばならぬと決意した。

以下略。

 

治療が終わったのは、その日の晩遅い時間帯である。

急ピッチで解呪薬を作ってくれたアミッドは、やることはやったと疲れ果てて休息を取っている。

 

部屋に一柱、一日でも早く目覚めてくれるようにと眠れる白兎(ベル)の手を握っていると、ぎゅっと弱々しく握り返してきて、思わず顔を見てみれば涙が伝って、口元は少し嬉しそうに歪めているではないか。目覚めてこそいないが、彼にとって幸せな夢であることを願いながら、閉じられた瞼からこぼれた一筋の涙を、アストレアはそっと指ですくう。

 

 

「やっぱり・・・不幸体質なのかしら・・・・ミノタウロスがいきなり襲い掛かってくるなんて、流石に思わないもの」

 

 

ベルをいきなり戦わせてしまったことに罪悪感が胸をチクリ。

でも、シルバーバックだけなら問題ないと、あの状況ではベルに討伐させるのが一番だと思ったのは確かだ。とはいえ、まさかミノタウロスまでやって来るとは流石に思わないだろう。ダンジョンなら可能性はあるが、騒動が起きたのは地上なのだ。今頃はガネーシャが絶叫しながら事後処理をしているのだろうと、「ガネーシャもいい迷惑よねぇ」とベルの頭を優しく撫でる。

 

 

「頑張ったわね・・・・ベル」

 

 

部屋には眠れるベルと自分しかいないにも関わらず、辺りを静かに見回した後、アストレアはベルの前髪を優しくかき上げ、その額へと唇を落す。頬を淡く染める女神は、いつもとは違う顔をしていた少年の『冒険』を思い出して、瞳を細めた。

 

 

「・・・・あら? 熱が上がって来てるわ・・・も、もしかして嫌だったのかしら・・・」

 

自分の唇に指を当てて、勝手にしょんぼりしながら女神は立ち上がり、治療師の少女を呼びに部屋を出て行った。

 

 

 

×   ×   ×

『星屑の庭』

 

 

【アストレア・ファミリア】の本拠、その一軒家の中。

広間にある複数の長椅子(ソファ)に腰掛ける、様々な種族の女性達。

「アストレアの眷族でしょ? もっと淑女しようよぉ」と言われるくらいには実力行使にでる場合もあれば、口の悪い者もいる。【アルテミス・ファミリア】と比べられることもしばしば。決してこの派閥は男子禁制というわけではないが、入団を希望するような心の強い者はいないだろう。唯一の男性団員であるベルでさえ、アルフィアと一緒だったから主神のアストレアの庇護を授かれただけであり、もし一人だったのなら、門を叩く勇気などなかっただろう。「あのお姉さん達とお話しできたらなぁ」と心の中で呟く程度に終わっただろう。

 

そんな女傑達で構成されている【アストレア・ファミリア】の冒険者達は、沈痛な、或いはお通夜のような表情をしていて空気までドンヨリと重くなっていた。

理由は簡単。

6歳の頃にやってきたアルフィアの愛息子であり弟分であり、『他派閥間の恋愛はタブー』とされる故に「じゃあベルを全員で囲っちゃいましょ!」とアルフィアがまだ生きていた頃からドン引きするレベルで可愛がっていた白髪に深紅(ルベライト)の瞳の少年が、ベルが、絶賛死にかけで治療院に入院中だからだ。

 

「ベル君がミノタウロスと戦ったって?」

 

「その前にシルバーバックを倒したらしい」

 

「ガネーシャ様、今年は随分攻めましたね・・・まさかミノタウロスとは。サプライズでしょうか」

 

「なんのだよバカリオン」

 

「バッ!?」

 

「ミノタウロスが呪道具(カースウェポン)を使ってたってホント?」

 

「ああ、本当だぜ? ぶっ倒れた兎に回復薬(ポーション)やら万能薬(エリクサー)やら使いまくったけど、塞いだそばから傷口が開いて、あっという間にトマト野郎になっちまった」

 

「アストレア様もお構いなしにベルを抱くものだから、すっかり血濡れだ」

 

「「「「ガネーシャ様、攻めたなぁ」」」」

 

 

無論、今回の騒動の全てが【ガネーシャ・ファミリア】にないことは彼女達は理解している。というか、「いい迷惑だよね。ガネーシャ様、可哀想」とさえ思っている。冗談でも言ってなきゃやってられないのだ。

 

きっと今頃。

 

『いかん、雨が降ってきたな』

 

『雨なんて降って・・・』

 

『いや、雨だよ』

 

なんてやりとりをしているに違いない、と彼女達は瞼の裏に映った群衆の主とその眷族達を同情した。

 

 

「にしても・・・・」

 

「どうしました、ライラ」

 

「いや・・・・アストレア様が兎が実は『魔法』を持ってたってのを隠してたことがなぁ」

 

「いつ発現したのかはわからないけど・・・きっと悪気があって隠してたわけではないでしょう?」

 

「ええ、アストレア様も恐らく考えがあってのこと」

 

「まぁ・・・ベル君って私達みたいにダンジョンに行ったりしてるわけじゃないし、うっかり教えたりして好奇心で本拠の中で詠唱しちゃってたりする可能性があったわけで・・・・」

 

「下手したら本拠に雷が落ちてアストレア様が送還される・・・って可能性は十分ありえたね」

 

 

彼女達は未だ戻ってこない主神と団長を待ち続け、ベルの治療がどうなったのかもわからないため、食事するという気にもならず会話こそすれ空気だけは重い。『魔法』の件も気にはなるが、おおよそ今、仲間達の口から出たことこそが理由だろうというのは付き合いの長さから察することができた。なお、後日『魔法』のことを問いただしたところ、その通りであり眷族達の口からうっかり漏れるということも回避したかったために隠すしかなかったと謝罪されることになる。

 

と、そこに。

ガチャリ、と玄関の開く音がして全員がそちらへと目線を向ける。

 

 

「うっわ、暗っ!? っていうか、怖っ!? 何、皆どうしたのよ!?」

 

団長のアリーゼが帰ってきたのだ。

彼女は玄関から見た仲間達を見て、怯えるように一歩後退していた。

無理もない。

何せ、既に夜であり。

()()()()()()()()()()のだから。

色とりどりの女傑達の瞳が、アリーゼが開けた玄関から差し込んだ光によって一斉にアリーゼの方を向く。怯えるなと言う方が無理があるだろう。

 

「もー皆、夜なんだからちゃんと灯りをつけなさいよ。アストレア様がいたら腰抜かすわよ? ベルがいたら漏らしてるわよ?」

 

仲間達に小言を零しながら室内の灯りを付ける。

仲間達はいつも通りのアリーゼの雰囲気を訝しむように、彼女の一挙手一投足から目を離さない。

 

「いい、皆。こういう時こそ、いつも通りにするの! じゃなきゃアルフィアにゴミを見る目を向けられるわ! ちゃんとお風呂に入って、ちゃんとご飯を食べる。あの子が帰ってきたときに私達がやつれていたりしたら、それこそあの子は責任を感じてしまうでしょう?」

 

「・・・・・・その通りでございますね」

 

「アリーゼ、治療院にいたのでしょう? ぜひ、聞かせて欲しい」

 

「戻ってきたってことは、ベル君はもう大丈夫ってことだよね?」

 

アリーゼは台所に設置している冷蔵庫に入っている水で喉を潤すと、仲間達へと対面するように長椅子(ソファ)に腰を下ろし、両膝の上で肘をついて顔の前で両手を組み、沈黙する。

カチコチ、カチコチと振り子時計の振り子が右に左に動く音が耳朶を叩く。短いような長いような沈黙に『正義』の女神の眷族達は「ま、まさか・・・」と最悪を思い浮かべてしまう。

 

――どうしよう、アルフィアに殺される。

 

――『ベルより先に死んだら殺す。ベルを先に死なせても殺す。来世をハエになるように神々に言っておいてやる』とか昔言ってたもんね。

 

――い、いやだ・・・・ハエは嫌・・・! せめて可愛らしい猫とか犬にしてッ!

 

脳裏に思い浮かぶ、息子溺愛義母(モンスターペアレント)の姿にゾッと鳥肌が走る。

縋るようにアリーゼを見つめ、「早く」と輝夜が急かすことでようやく彼女は口を開いた。

 

 

「実は・・・・」

 

「「「ごくり」」」

 

 

アリーゼも、ごくりっと喉を鳴らし、沈痛そうな表情を浮かべて、今にも泣きそうになりながら重々しく口を動かす。

 

「・・・・・出禁になったわ」

 

「「「「は?」」」」

 

「摘まみ出されたわ」

 

「「「「は?」」」」

 

「うるさい、邪魔って言われて・・・・ベルに「死なないでベル、今貴方が倒れたら誰がリオンのおっぱいを育てるの!?」って声をかけてただけなのに・・・・」

 

団長が何やら、醜態を晒したらしいことを察した彼女達は一斉にその顔を凍り付かせた。

アリーゼが閉じていた瞼を開いた時には、鼻と鼻がくっつくんじゃないかというほどの距離で顔を近づけて見つめてきている恐ろしい『正義』の女傑達がそこにはいた。アリーゼは見た。彼女達の瞳が、まるで神々の言う『深淵』を覗いたかのように光の一切灯っていない瞳になっていることに。

 

 

「・・・・ひえっ」

 

 

乾いた悲鳴が、喉から零れ落ちた。


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