アーネンエルベの兎   作:二ベル

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18階層
シルバリオ・ゴスペル①


 

 

 

迷宮都市オラリオ。

都市南西部に存在する一軒家。

それが【アストレア・ファミリア】の本拠、『星屑の庭』である。

かつてはLv.7の元【ヘラ・ファミリア】の幹部、【静寂】のアルフィアが所属し、今は彼女の息子が女神アストレアの庇護下にある。

 

 

「う―――ぉおおおおおおおあああああああああッッ!!」

 

「おらおらァ!」

 

「喰らえ喰らえっ!」

 

「えいっ、えいっ!」

 

 

そんなアルフィアの息子、ベル・クラネルは体が回復したのを機に洗礼を浴びていた。

下半身を地面に埋められ、木彫りの剣と盾を持ち八方から浴びせられる攻撃から身を守る。『星屑の庭』にて、そんなベルの必死の叫び声が木霊する。

 

「おいベル!? やっぱコレおかしいだろ!? お前がダンジョン行くって聞いたから誘いに来たのに・・・こんな、あんまりだろッ!? おいベル聞いてんのかッ!?」

 

「はい鍛冶師君、私語は謹んで。舌噛んで死ぬよ?」

 

「う、うぉおおおおおおおおおああああああああああああああッッ!!」

 

「ベ、ベルゥウウウウウッ!?」

 

「おらおら兎ぃ! もっと行くぞぉ!」

 

「あ、ちょっ、ライラさっ、激しッ、激しいッ!? 前々から言おうと思ってたけど・・・・鬼畜って言葉知ってます!?」

 

「知らねえ。少なくともアタシの辞書にそんな言葉はねえ。後で教えてくれよ、気が向いたら覚えておいてやる」

 

 

【アストレア・ファミリア】の姉達による洗礼は、【フレイヤ・ファミリア】よりはマシでしょ?基準で執り行われていた。曰く、アルフィアが密かに作っていたメニューではモンスターが登場してしまうため、ライラが改良したもので「まぁ殺し合いよりはいっか」と自分達もアルフィアに徹底的に苛め抜かれたことから感覚が麻痺している団員達が首を縦に振ったものである。

憐れなことに、ベルが回復しきったことからギルドにダンジョンに行く旨を伝えたという話を聞きつけ、長らくパーティを組んで欲しいという願望を叶えられる時が来たと朝早くから誘いに来たヴェルフは既に、満身創痍であり息も絶え絶えだった。まだツッコむだけの余裕があるのは、彼もまたベルと友人関係になった時から何度か受けたことがあるからだった。

 

「おいクロッゾ! 文句言うくらいだったら『魔剣』打ってこい! 『遠征』の時にセルティとリオンに使わせるからよ!」

 

「「ライラ、私達に何か恨みでもあるのか!?」」

 

「家名で俺を呼ぶんじゃn――――あだ、アダダダダッ!? 痛ッ、おいッ、レベル差ぁッッ!?」

 

「え、君、前にやった時より腕・・・・落ちてない!? ねぇ、何してたの君。それでベルの友達のつもり!? 喧嘩売ってる!? その赤髪、黒く塗りつぶすよ?」

 

「怖いこと言うんじゃねぇよ!? 俺はそもそも鍛冶師だぞ!?」

 

「「「それ、椿・コルブランド見て同じこと言えんの?」」」

 

「あれはあいつがおかしいだけだッッ!!」

 

椿・コルブランド。

Lv.5にして、【ヘファイストス・ファミリア】団長にして最上級鍛冶師(マスタースミス)である。

そして、「試し切りをしていたらLv.5になっていた」などというヤバイ奴である。

 

「だ、第一ベルのダチであるのに条件いるかぁ!?」

 

「引き抜かれたら嫌だし」

 

「悪い遊びを覚えたら嫌だし」

 

「『ふざけろっ』とか汚い言葉覚えてきたことあるし」

 

「引き抜かれたら嫌だし」

 

「引き抜かねえよ!?」

 

そんな理由で俺まで付き合わされてたのかよ! とヴェルフは今更ながらのことを心の中で叫びあげた。

 

「ゼェ、ゼェ・・・前から思ってたけどよ。このメニューは一体何なんだ!?」

 

「下半身を地面に埋められ、木彫りの剣と盾を持ち八方から攻撃を仕掛ける冒険者達から身を守って少しでも武器が皮膚を掠めれば、三日間女の子の恰好をしてもらいます。下着込みで」

 

「なんだソレはァ!? 百歩譲って八方からの攻撃はいいとして、なぜ下半身を地面に埋める!?」

 

「囁くんだよ・・・アタシのゴーストが。それくらいヤレって」

 

「狂ってるんじゃないのか、お前のゴーストはぁッッ!?」

 

「ヴェルフうるさいっ! やる気がないなら帰って!」

 

「体育会系みたいなこと言うなよッ!?」

 

お前のせいで付き合わされてるんだよッ! と叫びたい気持ちをグッと抑えた。何せヴェルフよりもベルの方が何年もこんな狂ったようなことをしているのだ。ミノタウロスを倒せたのも、もしかしたらこの狂った洗礼のおかげかもしれないからだ。

 

 

「よし、お前ら兎と鍛冶師を掘り返(しゅうかく)してやれ」

 

「収穫言うなぁ!?」

 

「はいはい今掘り返すから大人しくしててねー」

 

地面からようやく解放された下半身は土塗れ。パンパンと叩いて掃い、冷たい水を貰い二人してぐびぐび音を鳴らして飲み下す。ふぅ・・・と汗を拭って吹く風に肌を撫でられる二人の顔つきはまるで一仕事終えた感すらあった。

 

「ほらほらちゃんと水分補給してねー」

 

「輝夜がおにぎり作ってくれたけど食べる?」

 

「たべりゅ」

 

「ちゃんと水分取らせて食べる物食べさせないと、最近うるさいらしいからねぇ・・・『恩恵』持ちだろうが虐待だ!って叫びあがってくる人達とかいるから・・・はい、鍛冶師君も」

 

「ああ、どうも」

 

「あ・・・一個だけ『ワザビ』っていうの入っているらしいよ。よくわからないけど・・・・『あたり』らしいよ」

 

「むぐむ・・・ぐ・・・・ングハァッ!?」

 

「ヴェ、ヴェルフゥウウウウウウウウウッ!?」

 

今はどこかへ出かけている極東の姫君。

彼女が作ってくれた『おにぎり』の一つによって、ヴェルフ・クロッゾが大地に沈んだ。

ベルは彼の口から吐き出された白米の中に混じっていた緑色の謎の物体に恐怖したと同時に、きっと輝夜さんのことだから「リオンが食べてくれたら面白いだろうな」くらいに思ってやったに違いないと察し憐れな兄貴分に両手を合わせ、【アストレア・ファミリア】一同は合掌した。

 

数分後。

 

「ぐほぁっ!?」

 

「「「あ、生き返った」」」

 

「殺すなァッ!? 光の向こうでシャワー浴びてるヘファイストス様が見えたわ!」

 

「それきっと椿さんの間違いだよヴェルフ」

 

「ふ、ふざっけんなベルッ! 褐色で塗り替えるんじゃねぇ!!」

 

生き返ったヴェルフは口の中を洗い流すべく、何度も水を飲み干した。

後で【大和竜胆】には文句を言ってやる! と強く決意しながら、ぐびぐび、ぐびぐびと水を飲み干した。

 

「よく・・・ベルは・・・こんなの長年できたな」

 

「いや何度か逃げてるぜ」

 

「逃げたことあんのかよ!?」

 

「それがよ、全裸で女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)を追い回されて、三つ編みだらけにされた髪の一束でも解けたら即失格、というメニューも考えたんだが・・・」

 

「さすがにベル君が可哀想って・・・アストレア様の抗議を受けて廃止。まぁ私達もそれを聞いた時、さすがにダメだよって思ったけどね? そのメニュー内容を見たベル君が泣きながら本拠を飛び出した時は探すのに苦労したよ・・・」

 

当時のアストレアは「ベルが搾りカスになるどころの話じゃないわ・・・・・・絨毯みたいになっちゃうからダメよ」と凍り付いた微笑みでライラを止めたのだという。ライラもその時冷静になり、「つい、楽しくなってました」と謝罪している。している・・・のだが、メニューの内容を見てしまったベルは「みんな僕が嫌いだから虐めるんだ!」と泣きじゃくり本拠を飛び出したのだ。

 

都市内を走り回るバニーガール姿の『ミニ・アルフィア』を偶然にも目にしたリヴェリア・リヨス・アールヴは何か良くない物でも食べたのではないか? もしや、またアイズがやらかしたか!? とストレスから幻覚を見たと錯覚。強めのお薬を貰いに行った。【アストレア・ファミリア】総出で見つけ出した時には、ベルは女神デメテルに捕獲されており、「やーん、かーわーいーいー」と抱きしめられ、その豊満すぎる乳房によって意識を刈り取られていたのだという。

 

 

「・・・・そういえば、ヴェルフは何しに来たの?」

 

「・・・・・・ベル、一発殴っていいか?」

 

爽やかな笑顔をベルに向けて。

「ダンジョン行こうぜ!」と誘いに来たのに、「まぁまぁ長話もなんだから」と言われて地面に埋められて狂った洗礼に付き合わされたことも含めて、一発ガツンとキツイのやっとかねぇと・・・と拳に力を込めてヴェルフは言う。ベルはキョトン、とした顔をしてから立ち上がりヴェルフを見下ろしてニコッと笑った。

 

「・・・闘う(やる)?」

 

「・・・・やってやろうじゃねえか」

 

女傑達が見守る中、ベルとヴェルフは木剣を構え見つめ合う。

ライラが右手を上げ、「一本勝負な・・・・はじめ!」と合図し、二人は模擬戦を開始した。

 

 

「「―――勝負だ!」」

 

 

 

×   ×   ×

ダンジョン3層

 

 

 

 

「畜生・・・・負けた」

 

「フフッ・・・勝った」

 

 

悔しそうに落ち込むヴェルフと勝利の笑みを浮かべるベルは、ダンジョンの中を歩いていた。

ベルの初めてのダンジョン探索。

ステイタスだけを見れば、一気に先の階層へ行くこともできたが、ベル以外の【アストレア・ファミリア】の眷族達による話し合いの結果。スキップするのではなく、確実にダンジョンというものを学ばせることが大切だということになり上層から順に攻略を開始していた。

 

 

「にしても・・・『掃除当番(スイーパー)』作業か・・・」

 

「輝夜さん、実際どういうことをすればいいの?」

 

「正規ルート以外のモンスターの間引きだ。そもそも『掃除当番(スイーパー)』作業はLv.3かLv.4の第二級冒険者が行うものだが・・・まあ、12階層までならお前達に任せても問題ないだろう。あくまで、第二級冒険者(わたしたち)の同伴が前提だが・・・お前の育成のついでだ。数日かけて行う予定だ」

 

「魔法を使うんだよね?」

 

「ああ。だが、モンスターの特性も覚えさせろと団長に言われているから、魔法無しで何度か戦闘させてからだ。それと7階層あたりまでは魔法はいらん」

 

「そっか・・・。ところで、輝夜さん」

 

「ん?」

 

「ヴェルフが言いたいことがあるんだって」

 

「あらあら、何でございましょう?」

 

「『おにぎり』・・・旨かったぞ。『わざび』・・・ありがとうな!」

 

「ぷっwwwwお前がwww食べたのかwwwwリオンじゃなくてwwww」

 

「くそっ、笑うんじゃねぇっ!」

 

『わさび』入りのおにぎりを食べたヴェルフを見たリューは、「私じゃなくて良かった」と心底安心したことだろう。もし彼女が食べていれば、とある街娘の手料理を食べて寝込んでしまうくらいにはダメージを負っていたかもしれないからだ。派閥にベルが加入したことで末っ子を脱したリューではあるが、それでもなお玩具にされてしまうのだった。

 

「正規ルートではない場所。故に、モンスターの数は多いぞ・・・雑魚だからと侮っていては痛い目を見ることになる。・・・・ほら、行ってこい」

 

「はい!」

 

通路の奥に見えたモンスターの姿。

それを視認すると輝夜はベルの背を押し、戦闘開始を促した。

右手に直剣、左手に円形盾を持ったベルは六体のコボルトの群れへと突っ込んでいく。

 

 

「で、ベルに負けたようですねえ」

 

「・・・・」

 

「別に? 何も恥ずかしいことではございません。何せ、私たちの兎様は八歳の頃から私達を相手にしていたのですから・・・ええ、対人であれば同レベルの相手に勝てて当然だと思いますので」

 

「・・・・」

 

「精神攻撃は基本」

 

「やめろ」

 

「まあ昔あいつも、乳のない女のことをなんて言うか知っているか? とライラに聞かれて「お前の前面フィアナゴーズウェイ?」と言ったらぶっ飛ばされたわけでございますが・・・ええ、確かに精神攻撃は基本でございます」

 

「やめろって」

 

「さてさて、私が本拠に戻った時には芝生の上で大の字になっていた貴方様がいたわけでございますが・・・一体何を言われたのやら。是非、お聞かせくださいませ?」

 

クスクスと悪戯に笑う輝夜にヴェルフは嫌そうな顔を隠さない。

なお、大きな乳房のことを「アルヴ山脈」と言ったらエルフ二人が何故かベルに恐ろしいほどの微笑みを向けたことがあるわけだが・・・そのどれもこれもが、旅行帽を被ったとある男神から「ベル君、最近こういう言葉が裏で流行っているんだが・・・・知ってるかい?」などと教えられたとか教えられなかったとか。

 

「う、うぉおおおおおおおああああああッッ!」

 

ヴェルフは前方でコボルトと戦うベルの姿を見る。隣から寒気がするほどの『本日の揶揄いネタ』を手に入れたことに心底嬉しそうな微笑みを浮かべて見つめてくる輝夜の圧を感じ、ヴェルフの全身に嫌な汗が流れた。

 

『グッ!?』

 

「せやっ!」

 

『ダキュッ!?』

 

「らぁっ!」

 

『ブヘァッ!?』

 

 

「き、器用だなベルの奴・・・」

 

「^^」

 

「盾で受けて、ちゃんと斬り返す。それでいて盾を投げて視界を塞いで急所を一刺し・・・背後から襲い掛かろうとした奴に予備の短剣で斬り返してる・・・モンスターと戦ってるところなんて初めて見るが、やるもんだな」

 

「^^」

 

「これはもう・・・11階層まで行ってもいいんじゃないか? なぁ、【大和竜胆】?」

 

「おいベル、こいつに何をして勝ったか教えろ。教えてくれた今夜、風呂で好きなだけ乳を触らせてやる」

 

「おいっ!?」

 

「えっ!? えっと・・・」

 

 

▲   ▽   ▲

 

「うぉおおおおおおおおおおおっ!」

 

「はぁあああああああああああっ!」

 

カツンカツン、と木製の剣がぶつかり合う気持ちのいい音が響く。

立ち位置を何度も入れ替え、何度もぶつかり合う。

体格ではヴェルフに有利だが、足はベルの方が上だった。

何度も模擬戦を行ったことのある二人は、故に、互いの攻撃ならぬ口撃を繰り広げるに至る。

 

「バニーガールの恰好をしたアストレア様!」

 

「っ!?」

 

「が、膝枕しながら頭を耳掃除をしてくれる!」

 

「あ、それ退院したときにしてもらったよ!」

 

「くそっ、ふざけんなお前っ!!」

 

 

治療院から退院した後。

女神アストレアはアリーゼ達に「ベルが喜びますよ」と悪魔の囁きのようなことをして、バニーガールの恰好をさせたり、メイドの恰好をさせたりしていた。アストレアは恥ずかしそうにしながらも、満更でもないような顔で、まだ体の痛むベルの世話をしていたのだった。『正義』の女神の眷族全員が心を一つに「恥じらうアストレア様まじ可愛い」と言わしめるほどの光景があったのだ。

 

「ヘファイストス様が!」

 

「っ!?」

 

鍔迫り合い。

ヴェルフが上から押しつぶすように力を込め、ベルがそれに抗いながら口撃をぶち上げた。

 

「水着を着てる!」

 

「そ、そらくらいどうしたぁ!?」

 

「その上からッ!」

 

「!?」

 

「エプロンを付けて、朝、起こしに来てくれる!」

 

「な・・・そ、そんなマニアックなシチュエーションがあっていいのか、ベルッ!?」

 

気が付けば、ヴェルフが地に膝を付き、仰け反り、ベルが上から押しつぶす形で剣に力を込めていた。

 

▲   ▽   ▲

 

「で、力が緩んだところをデュクシデュクシっと叩き込んで勝ったよ」

 

「あらあら・・・(おのこ)であれば、女神にそのようなシチュエーションを望んでしまうのも致しかたのないこと・・・それで、叶ったのですかあ?」

 

「叶うわけ・・・ないだろッ!?」

 

 

剣を鞘に納めて戻ってきたベルへと輝夜がタオルを渡し、汗を拭わせる。ミノタウロスと戦ったからか、やはりコボルトやゴブリンといった初心者が相手するモンスターでは物足りなさを輝夜はベルの様子から感じ取り、どうしたものかと唇に指を当てながら考える。

 

「・・・輝夜さん、どうかした?」

 

「ん・・・いや、なんでもない。『掃除当番(スイーパー)』作業をすることに変わりはないし・・・手早く済ませて、次の階層に行くか」

 

「そもそも、なんでそんな面倒なことをするんだ?」

 

「はいベル、何故だ?」

 

「え・・・えっと・・・確か、『冒険者』が使っている道が正規ルートだよね」

 

「そうだ」

 

「『正規ルート』って言うからには、正規じゃないルートもあるわけで・・・ダンジョンである以上、モンスターはそこでも生まれる。冒険者が通る正規ルートならモンスターは討伐されるから数は少ないけど」

 

「ああ、成る程。『冒険者』が通らない場所ではモンスターの数が多いのか」

 

「そう、討伐されないと溢れる・・・から、安全な冒険をするためにも定期的に間引きが必要・・・らしいよ」

 

「では三人でとっとと済ませて下の階層に進むと致しましょう」


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