アーネンエルベの兎   作:二ベル

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もう一つの方の話が思いつかず、進まない。
最終的なものは決まっているのに、その道中が考え付かない。リリルカどうしよう。


シルバリオ・ゴスペル③

 

 

 

広大で、長大な、大広間。

 

「本当に、俺達でやるのか・・・!?」

 

「18階層に行くなら、アレを処理するしかないんだけど・・・たぶん、宿場街(リヴィラ)の冒険者達は【ロキ・ファミリア】に任せようって腹だろうから応援は来ないと思うよ!」

 

形状がでたらめだった中層の広間とは違い、整った直方体となっている。冒険者達の立つ円形の入り口から広間の奥まで二〇〇M(メドル)に届くか届かないか。壁も、天井も、ごつごつとした岩石の塊で形成される大広間は、その左側の壁面だけ、作りが異なっていた。

 

「腹括れ大男」

 

「嗚呼ッ! こんな時・・・『魔剣』があれば・・・! どうして誰も持っていないのか・・・ッ!!」

 

「おいベル、お前なんでこんな胡散臭いサポーターを雇いやがった!? あと『魔剣』はねぇ!」

 

「雇ったわけじゃないし・・・だって仲間に置いて行かれたって・・・・・可哀想だなあって。ちなみに『魔剣』は一振りあるよ、ほら」

 

「純粋か!? って待て待て待て!? それ俺がヘファイストス様に言われて鍛えたやつじゃねえか!? 何で持ってんだ!?」

 

「ヘファイストス様が持って行っとけって」

 

「よくここに来るまで俺に気付かれずにいられたなあ!?」

 

何者かの手によって磨き抜かれたのかと目を疑うほど、その表面は凹凸一つない。まるで大勢の石工達が手掛けたように継ぎ目が存在しない壁面は、広間の端から端まで伸びて視界一杯を打つ。美しくすらある、けれど何よりも不自然で異様なその壁からは巨大な亀裂が、上から下にかけて、雷のように走り、壁が罅割れる音は次第に喘ぎ、苦しみ、嘆くような重々しい声音へと姿を変え、大広間全体を震わした。雪崩れ込むかのような音の津波に、鼓膜が悲鳴を上げる。

 

「ほら、18階層行くなら倒すしかないよ! ヴェルフ君と桜花君は前衛をお願い。 サポーターのナントカさんは下がってて」

 

「ベルは魔法を」

 

増していく嘆きの叫喚。より大きく、より深くなる何条もの亀裂。鳴動する17階層。

『嘆きの大壁』は臨界が近付き、一層強い衝撃が内側から壁を殴りつけた――次の瞬間。

巨大な破砕音が、爆発した。

思わず息を止める、未熟な冒険者達。

後に続いていく、岩の塊が弾け飛んで崩れ落ち、地に横転していく轟音。背後で破れた巨大壁の破片が散乱していく。

そして、ズンッ、と。

巨大な何かが大地に降り立ったような、一際大きな、着地音。

 

「【アーネンエルベ】」

 

「おお・・・あれが『怪物祭』で見せたという『ブンシンノジュツ』というやつか」

 

響く轟音に混じって雷鳴が鳴り響き、雷を纏うベル。

それを離れた位置で見物しているのは、()()()()()()()。細身で黒と一部灰色の入ったボサボサの髪型に、瓶底眼鏡を付けている。

 

立ちこもる土煙の奥に、生まれ落ちた怪物はいた。

大き過ぎる輪郭。太い首、太い肩、太い腕、太い脚。人の体格に酷似したその形。薄闇の中で一瞬捉えた体皮は、灰褐色。後頭部に位置する場所からは、脂を塗ったように照り輝くごわごわとした黒い髪が、首もとを過ぎる位置まで大量に伸びている。

 

 

「階層主・・・迷宮の孤王(モンスターレックス)、『ゴライアス』。いくよ!」

 

「「応ッッ!」」

 

 

総身七M(メドル)にも届こうかという、巨人。

次第に晴れていく煙の向こうで、人の頭ほどもある真っ赤な眼球が、動く。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

けたたましい咆哮を上げるゴライアスへと、アーディとネーゼを筆頭に冒険者達は駆け出していった。

 

 

×   ×   ×

少し前、地上

 

 

日が輝く。

東の空より現れる陽光が市壁を越え、オラリオの街並みを照らし出す。都市中央から伸びる白亜の巨塔が、冒険者の集う荘厳な万神殿が、広大な円形闘技場が、温かな朝の色に染められていく。

 

「おはよう、ベル君!」

 

開口一番、鈍色の髪を揺らして挨拶と共にベルへと抱き着くアーディ。

噴水のある場所を集合場所として、一人、また一人と集まりつつあった。

 

 

■ パーティメンバー ■

 

【アストレア・ファミリア】

・ネーゼ

・ベル

 

【ガネーシャ・ファミリア】

・アーディ

 

【ヘファイストス・ファミリア】

ヴェルフ

 

【タケミカヅチ・ファミリア】

・桜花

・命

・チグサ

 

■    ■    ■

 

目的地は18階層。

ベルとヴェルフは少しずつ到達階層を更新し、今日18階層を目指すのだ。

それはゴジョウノ・輝夜を師としている【タケミカヅチ・ファミリア】も同様である。

しかし、その一団の中に見慣れない人影が一つあった。

 

「ベル君、その人は?」

 

「えと・・・」

 

「いやぁ、申し訳ない! 仲間に置いていかれてしまってね。困っている所に丁度18階層に行くと小耳に挟んだものだからお願いしてみたんだ」

 

「無理にダンジョン行く必要ないんじゃないかって思うんだけどさ、冒険者依頼(クエスト)があるからっていうし」

 

「うーん・・・」

 

「・・・勝手なことしてごめんなさい。でも、困ってたから」

 

「うーん・・・」

 

アーディは胸に顔を埋めて、ほんの少し申し訳なさそうにこちらを見つめているベルへとデコピンをしてから男の身姿をじっと見つめる。

 

「どこの派閥か聞いても?」

 

「原初の神の一柱たるカオス様を主神とした、【カオス・ファミリア】さ!」

 

「あなたのお名前は?」

 

「ヴェルンシュタイン・オブ・ザ・ヴァイス・ノルデン!」

 

「ヴぇ、ヴぇるんしゅた・・・?」

 

「ヴェルンシュタイン・オブ・ザ・ヴァイス・ノルデンさんだよ、アーディさん」

 

「なんで言えるの・・・?」

 

アーディは朝っぱらから頭が痛むなぁ、と眉間を摘まみネーゼへと目を合わせた。

怪しい、どうあがいても怪しい。

聞いたこともない派閥だし、こんな長ったらしい名前ならどこかで聞いたことくらいはあったはずだがそういった覚えはない。

黒髪に前髪の一部が灰色で決して不潔というわけではないが、ボサボサの髪型。ぐるぐるとした瓶底眼鏡のせいで表情もイマイチわかりづらい。

 

「ネーゼ、アリーゼは? 輝夜とリオンは【ロキ・ファミリア】の遠征に付いて行ったのは知ってるけど。アリーゼ、来る予定だったでしょ?」

 

「あー・・・今日はその、()()()で調子悪そうだったからベルが休んでてって寝かせてた」

 

「あの日なら仕方ないかあ・・・どうする? 如何にも怪しいんだけど」

 

「私も怪しいと思う。それに、輝夜の舎弟達とベル達は18階層に行くの初めてだから何かあった時怖いんだよなあ」

 

「でもベル君がOKしちゃったしなあ・・・私達が目を光らせておけばいいだけの話なんだけど」

 

「とりあえずそれでいこう。アーディが前衛、私が後衛でOK?」

 

「OK!」

 

二人の保護者による打ち合わせが終わり、これから18階層へと向かう旨をネーゼから改めて後輩達に伝えられる。その間に、アーディは一度、サポーターの男の『恩恵』を確認する。

 

「いやあ、こんな可愛らしい美少女に俺の裸を魅せるなんて照れるなあ!」

 

「あんまりそういうこと言わないで欲しいなあ・・・」

 

「先ほどの愛の抱擁を見るに、彼がフィアンセなのかい? 今噂に熱い、ゼウスとヘラの末裔の彼!」

 

「フィ、フィアンセだなんてそんな・・・もうっ!」

 

ドゴォッ!!

照れから出た平手打ちが、男の背中を赤く染め上げた。

「ひぎぃっ!?」と悲鳴を上げた男の背中には、がっつり掌の形が。

 

「『恩恵』は確かに刻まれてる・・・ベル君が受けちゃったから仕方ないですけど、仲間内との問題であまり他派閥の子を巻き込むのはやめてよね。何かあってからじゃ遅いんだから」

 

「はいはい、気を付けます」

 

「あと怪しい動きしたら即拘束するから」

 

「はーい! バリバリ働きまぁっす!」

 

 

結果から言えば、男はサポーターとしての仕事をしっかりとこなしていた。

胡散臭いことこの上ないが、彼の派閥のことに関して調べるのは地上に戻ってからだとアーディもネーゼも己の胸の内に仕舞い込んだ。

 

 

×   ×   ×

ダンジョン17階層、『嘆きの大壁』

 

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

ひた走る。ひた走る。ひた走る。

猛然と迫りくる巨大な圧力と殺気。

モンスターがその巨碗を頭上へと振り上げるだけで大きく風が動く。

全てを粉砕する一撃が来る。

ギルドの推定ではLv.4とされている巨人の一撃。

 

それを躱し、大剣で、矢で、刀で斬りつける中、雷を纏うベルがLv.2とは思えない速度でゴライアスへと接近していく。神聖文字(ヒエログリフ)の刻まれた鏡のように美しい直剣を握り締め、ベルは正面で拳を再び振り下ろそうとするゴライアスを確認して言の葉を紡ぐ。

 

「『ぶん投げて(スイング・バイ)』」

 

トンっと地面を蹴り、軽く跳躍。

近付く巨大な拳。

ベルが纏う雷が弾け、人の姿を形作る。

青白い雷が人の姿をしているような存在がベルの襟首を掴んで回転し、投げ飛ばす。

 

 

 

「ほう・・・さらに速度が上がった。Lv.2上位・・・いや、3でも追いつけるか怪しいぞ。しかし、その速度を制御しきれていない」

 

 

振り下ろされた大鉄槌を交差してゴライアスへと一撃見舞うベルを比較的安全な場所でサポーターの男は眼鏡をずらして感心するように観戦する。

 

「全身を覆っていることから付与魔法なんだろうが・・・『分身』が出てくるのは面白い。たった一人で『多対多』を可能にできるんじゃないか?」

 

速過ぎるベルは、まさしく天から降り落ちる雷のよう。

巨人の皮膚を焦がし、肉を裂き、そのままベル自身がゴライアスを通り過ぎて壁へぶつかる。それを大急ぎで回収するのは、先達のネーゼであり攻撃を大盾で凌ぐのは桜花だ。

 

「あの母親にしてこの子有り・・・嗚呼、実に素晴らしい」

 

激しい戦闘音が鳴り響く中、その男、その神、エレボスの声は誰の耳にも届かない。

やがてゴライアスの咆哮と戦闘音を聞きつけた見目麗しい黒髪の美姫が、金髪を揺らす妖精が、人形の如き少女が姿を現して参戦していく中。彼はそっと姿を消していく。

 

「・・・・そう遠くない内に、また会おうじゃないか」

 

 

×   ×   ×

 

ベル・クラネル

所属【アストレア・ファミリア】

 

Lv.2

力:F 345

耐久:G 291

器用:F 366

敏捷:E 489

魔力:G 270

幸運:I

 

■スキル

雷冠血統(ユピテル・クレス)

・早熟する。

・効果は持続する。

・追慕の丈に応じ効果は向上する。

 

灰鐘福音(シルバリオ・ゴスペル)

戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

戦闘時、発展アビリティ『精癒』の一時発現。

戦闘時、修得発展アビリティの全強化。

 

■魔法

【アーネンエルベ】

 【我等に残されし、栄華の残滓。 暴君と雷霆の末路に産まれし落とし(愛し)子よ。】

 【示せ、晒せ、轟かせ、我等の輝きを見せつけろ。】

 【お前こそ、我等が唯一の希望なり】

 【愛せ、出逢え、見つけ、尽くせ、拭え、我等が悲願を成し遂げろ。】

 【喪いし理想を背負い、駆け抜けろ、雷霆の欠片、暴君の血筋、その身を以て我等が全てを証明しろ】

 【忘れるな、我等はお前と共にあることを】

 

・雷属性

自律(オート)による魔法行使者の守護。

他律(コマンド)による支援。

 

二つ名

探索者(ボイジャー)

※命名した神はアストレア

 

装備

・探求者の剣(直剣、ヘファイストス製)

・兎鎧

・サラマンダーウール  

 

 

×   ×   ×

ゴライアスを討伐後、振り返るとサポーターの青年が姿を消してしまっていたことにベルが責任を感じて落ち込んでいる頃。

 

 

「よお、やってるか?」

 

カランコロン、と耳障りの良い音と共に扉が開かれる。

薄暗く、どこか埃っぽく、通ってきた場所は金属によっておおわれている。

そのどことも知らぬ場所にある一室は、まさしくバーと言ってもいい内装をしていた。

 

「やってるっていうかさぁ・・・ほぼほぼここにいるっていうかさぁ」

 

頭から真っ黒かつボロボロの外套を纏い、不気味さを醸し出すロングヘア―の神物はげんなりしたような顔でエレボスに手を振る。

 

【Bar-タナトス―】

 

迷える子羊達の進路相談に乗ってあげる優しい場所である。

絶賛信者募集中である。

彼は言う、下界の住人は多すぎるから子供達はちょっと死んでもいいと。

司る『死』という事物をそのまま人の形にしたかのように彼は優しく、愛する者と別れた彼等彼女等に諭してあげるのだ。

 

「うっ、うっ・・・ダナドズじゃまあああああ、リキューがああああああ!」

 

「わかる、わかるよ? 辛いよね、俺だってつらいさ。確率詐欺してるんじゃないかって勢いで憤ることもある。でも、いいじゃない。皆死んだら何も残らないんだから」

 

「ぉおおおおおんおおおおおんっ!!」

 

「よく考えてごらん? 当たっても、手に入っても・・・あんなに欲しいなあって思っていたのに、実際は使わないなんてこと、よくあるだろう? 碌に育成しないなんてザラだよ」

 

「ひっぐ、うっぐ・・・」

 

「許す、赦す。お前の嘆きを私は許そう・・・お前がどこの誰で煩悩を発散させようが、すべては些事。下界を離れ天に還った時には全てが漂白される。『死』を司る神である私、タナトスがお前の全てを許そう・・・さあ、火炎石(これ)を持って持ち場に戻りなさい」

 

「あ、あああ、ありがとうございますタナトス様あああああ! 私、精一杯頑張りますうううう! このキンッキンに冷やされた火炎石で冒険者達を解き放って見せますううううう!」

 

 

涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔をした信者は顔を拭い、立ち去っていく。

その後ろ姿が消え、閉じられた扉へと優しく手を振ったタナトスは、スンっと表情を落してカウンター席に座ってニヤニヤしているエレボスに向き直った。

 

「ちいママ、酒」

 

「誰がちいママだよ」

 

背後の棚からそそくさと酒を取り出し、グラスへと注ぎ、エレボスの前に置く。

 

「くれるんじゃねえか」

 

「なんでさあ俺がこんなことしてんのか聞きたいんだけど」

 

「ひひっ、そりゃあタナトス・・・お前がここの責任者だからだろ?」

 

「「・・・・いたんだ、イケロス」」

 

「おいおい酷いこと言うなよ、こんな埃くせえところ貸してやってるのどこの誰だと思ってんだよ」

 

「少なくともお前ではないな、イケロス」

 

「少なくとも貴方じゃないから、イケロス」

 

「俺の眷族の所有だろう? ってことは俺のでもあるわけよ」

 

「バルカちゃんは俺の眷族だけどね」

 

 

『人造迷宮―クノッソス』。

その一区画に作られたその場所は、いわば、暇すぎて死にそうになったので作り出された場所であった。『養殖場(プラント)』作るなら娯楽施設も作ったっていいじゃない。そんな理由で作られた場所だった。店主をさせられているタナトスに、いつからいたのか分からないイケロス。そして瓶底眼鏡を置いて髪型を整えるエレボスによって店は貸切られている。

 

「聞いてくれよ、タナちゃん」

 

「なになに、エレちゃん」

 

「【最強(ゼウス)】と【最凶(ヘラ)】の混成(ハイブリット)と友達になってきたんだよ」

 

「一方的な奴だとただの片思いじゃない?」

 

「あー・・・・大丈夫だろ、あの少年は人を見る目はあるからな。ほら、俺みたいなクソイケメンお兄さんに悪い奴はいないだろう?」

 

「鏡、いる?」

 

「へへ、たぶんお前のせいで今、滅茶苦茶疑われてるだろうけどな」

 

「なんでだよ、世界に記録を残した声してそうなんだから誰だって信用してしまうだろう?」

 

「メタなこと言うと嫌われるよ」

 

「言うな言うな、まあとにかくあの二派閥の残り滓がこのオラリオにいるんだ。放っておくのは惜しい」

 

「ここに招き入れる?」

 

「おい馬鹿、ここは子供には刺激が強すぎるんだよ。というか俺が手を出すからお前等は手を出すなよマジで」

 

「「ええ~~、気になるう」」

 

「顎の前に両手を持ってきて可愛い子ぶるな、気持ち悪い。歳いくつだよ」

 

「「歳の話とか神々(おれたち)に言うなよ」」

 

ゲラゲラ、ゲラゲラ、ゲラゲラ。

男神達はしょうもない話は酒と共に進んで行く。

 

「ああ・・・そうだ、明日くらいに18階層で神威ぶち込もうと思うんだけど、いいよな?」

 

「別にいいんじゃなあい?」

 

「何するつもりだよ、エレボス」

 

「何、英雄になるためのステップアップだ」

 

 

×   ×   ×

18階層 『ヴィリーの宿屋』

 

洞窟をそのまま宿として利用している宿屋で、ベルは項垂れていた。

ゴライアスとの戦闘で壁に激突したダメージは既に回復薬で治療していたが、戦闘終了と共に振り返った際にサポーターの男が荷物を置いて消えていることに「ひょっとして階層主に夢中になりすぎてモンスターに襲われたのでは」と18階層まで一緒に行くと約束した手前、責任を感じているのだ。

 

 

「ベル、いつまでも落ち込むな」

 

「・・・・むむぅ(でもぉ)

 

「くすぐったいから喋るなら顔を埋めるのをやめろ」

 

ベッドに腰かけている輝夜の膝にうつ伏せになってもごもごと喋るベルに身を捩る輝夜。隣ではリューがアーディに抱き着かれながら、事の経緯を聞かされていた。

 

「なんでしょう・・・聞くからに怪しい。名前・・・なんでしたっけ」

 

「ヴェルンシュタイン・オブ・ザ・ヴァイス・ノルデンさんだよ、リューさん。襲われちゃったのかなあヴェルンシュタイン・オブ・ザ・ヴァイス・ノルデンさん。ごめんなさい、ヴェルンシュタイン・オブ・ザ・ヴァイス・ノルデンさん。優しいお兄さんって感じで世界に何かしらの記録を残してそうな声をしていたヴェルンシュタイン・オブ・ザ・ヴァイス・ノルデンさん・・・・あなたのことは忘れない」

 

「ごめんなさい・・・とても一度聞いただけで覚えられるとは思えない」

 

「・・・・ダンジョンに潜ってたから冒険者だとは思うんだよねえ『恩恵』も確認したし」

 

「数年前、リオンも似たような人物に絡まれたと聞いたことがあるが?」

 

「うーん・・・似てたような、似てないような? でも消えたサポーターの人は眼鏡付けてたし・・・いやでもあの眼鏡、ギャグじゃないのってくらい怪しかったしなあ・・・なんでぐるぐるした瓶底眼鏡なの?」

 

「まあわざわざ荷物を置いて消えたのだ、大方、戦闘に夢中になっている間にそそくさと18階層に行ったのだろう。一々気にするな、ベル」

 

「・・・・ぁい」

 

宿は貸切られていて、それぞれの部屋に行動を共にしていた面子にリューと輝夜が加わり9名だけが洞窟内で寛いでいた。

 

「にしても、ここの店主・・・随分、景気よく貸切らせてくれたね? 二人はてっきり【ロキ・ファミリア】のキャンプ地で休むと思ってたけど」

 

「いえ、そのつもりでしたが・・・まさか今日ベルが18階層に来るとは思っていなかったからな」

 

「それとアーディ、貴方は一つ忘れていることがある?」

 

「ん?」

 

「この宿屋では以前、貴方の派閥の冒険者が殺害されるという事件が起きている。格安なのは客足がさっぱり来ないからだ」

 

「あー・・・・まあ命を賭ける冒険者だから縁起が悪いのは避けたいよねえ」

 

 

悲しい事件だったらしい。

豊満な体をした美女と一緒にやってきた男が、ヤられたらしいのだ。

部屋中が赤く染まり、いろんなものが散らばっていたらしい。

悲しい・・・事件だったらしいのだ。

 

 

「ガネーシャ様は腹上死って言ってたけど・・・どうだったんだろう。私、その現場知らないんだけど」

 

「あとで【勇者】にでも聞いてみてください。恐らく違うと思いますが」

 

わしゃわしゃ、わしゃわしゃ。

アーディが、輝夜が、リューがベルの髪を撫でまわす。

くすぐったそうにするベルが手の届くところにあったネーゼの尻尾をむぎゅっと掴んで撫でまわし、びっくりしたネーゼが一度、背筋をピンっと正した。仕切りの向こうでは、少女達の「どうしよう命・・・人が死んだ宿だよぉ」とか「だ、だだだ、大丈夫です千草殿! ここには自分達よりも強い先輩方がいるのですから!」とかいう声が聞こえてきたり、男達の「腹上死か・・・・」とか「腹上死・・・・種は、残せたのか?」とか「出し過ぎて爆発したのか?」「おいおい大男。それだと股間が魔力暴発したみたいじゃねえか、冗談じゃねえぞ」とかしょうもない会話をしていた。

 

「あの子達の料金は・・・・【アストレア・ファミリア】持ちでいいの?」

 

「大した額じゃありませんでしたし、鍛冶師の彼にはベルが世話になっている・・・野宿しろとはとても言えない」

 

「ベル、夕食の前にシャワー浴びに行くぞ」

 

「・・・・行ってらっしゃい?」

 

「たまにはつきあえ」

 

「えー」

 

「・・・・私達の冒険の話を聞かせてやるぞ」

 

「行く!」

 

「「チョロいなあ・・・ベル」」




タケミカヅチ・ファミリアとベル君達は正史通りの18階層到達ではなく何度も中層を行ったり来たりしてからの18階層行きです。

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