アーネンエルベの兎   作:二ベル

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かかげ先生の描くダンまち・・・楽しみすぎる。


シルバリオ・ゴスペル④

朝。

 

 

ベルが最初に感じたのは、重さだった。

苦しいだとかいう不快な重さではないが、身動きは取れない。

次に感じたのは、柔らかくなめらかで温もりのある、感触。

更に、口の中で何かがチロチロと動くような感触。

まだ半分微睡みの中にあるうちに、とろけそうなくらい、柔らかく、甘い。味わうように何かが優しくベルの舌の表面をなぞってきていた。

 

 

「ん・・・ふふっ・・・」

 

 

その口の中の感触が、意識を急速に浮上させる。

ぼやけた視界が開けていく。

 

心の中で祖父が「今はまだ、目覚める時ではないぞい」と言っている気がしたが、もう手遅れだ。

 

頭が空っぽの時間を置き。

 

「あ、起きた?」

 

瞬きを二度三度と行った辺りで、しっかりと像を結んだ。

黒髪の美女と、鈍色の美女がベルのことを見下ろしている。

 

「あらあら、起きてしまわれましたか。残念残念、生娘(おぼこ)妖精様まで周りませんでしたねえ」

 

仰向けに寝ているのを認めながら、洞窟をそのまま利用した宿屋の天井を眺め続ける。

思考がはっきりとし出し、周囲を確認する余裕も生まれ始めた頃で――ベルは目を見開いた。

 

 

「ぷぁっ!? 何してるの、アーディさん!?」

 

「わっ、ちょっ、待って、もうちょっとだけ! すぐ終わるから!?」

 

「むむぅっ!?」

 

「アーディ、諦めろ。こいつが起きたのなら試合終了だ」

 

「まだ私、諦めてないよ!?」

 

ベルの頭の下には、輝夜の膝があった。

というか、膝枕だった。

仰向けなため自然と見上げる形となっていて、緋色の着物ではなく、襦袢姿の輝夜の豊満な乳房がベルの瞳に映ってはいるが、やはり暴力的だった。彼女は「うふふ」などと微笑んではいるが、チロリと唇を舐める仕草は捕食者のそれであり、ベルの頬を右手で撫でつつも肩に添えられた左手はしっかりとベルが飛び上がらないように力が込められている。

 

「というわけで今日の昼食代はアーディ持ちということで」

 

「そんなぁ・・・ていうかリオンはいつまで寝たふりをしているのかな?」

 

「ギクッ!?」

 

「ア、アーディさん降りてくださいぃぃ!?」

 

「ベル君、シッ! まだ他の子達が寝てるかもしれないでしょ?」

 

とは言うが。

仕切りの向こうでは、ヴェルフや桜花、チグサに命がそれぞれ耳朶を震わせる音やら息継ぎやら艶めかしいあれこれで朝っぱらから悶々とさせられていた。なんなら、「ゴクリ・・・」と生唾を飲み込みさえしていた。

 

 

「降りてくださいとは、どういうことだ・・・」

 

「馬鹿野郎、あの仕切りの向こうではベルが良い思いしているってことだろうが」

 

「すごいな、【アストレア・ファミリア】」

 

「朝の処理も疎かにしない。男として尊敬の念すら抱いてしまうな・・・正直羨ましいぞ、ベル」

 

「あの仕切りの向こうでは・・・ベル・クラネルと【象神の詩(ヴィヤーサ)】が・・・」

 

「言うな、ここは兄貴分らしく知らないフリをしてやるのが優しさってもんだ」

 

「ふむ・・・しかし、夜這いか」

 

「・・・・夜這いでいいのか?」

 

 

ごくり。

生唾を飲む、年頃の男達。

別室、少女組もまた似たようなもので。

 

 

「み、命ぉ・・・ベルさんはいったい何をしているの!?」

 

「ち、チグサ殿、逆です! ベル殿がされているのです! これは・・・そう! 夜這い!」

 

「もう朝だよお!?」

 

「自分もタケミカヅチ様にしてさしあげれば・・・ゴクリ。いえ、しかし、未だ未熟な自分では・・・・喜んでは、もらえない・・・ッ!!」

 

「どうして落ち込むの、命ぉぉおおおおッ!?」

 

「きっと「コラ、命、風邪を引いたらどうする!?」などと言ってパサリと優しく上着を羽織らせるだけに終わるのです! あの天然ジゴロは!!」

 

「しっかりして、命ぉ!!」

 

 

ベル達のいる部屋に聞こえない程度の声量で、何かわちゃわちゃとしていた。

思いっきり聞かれていることなど知る由もないベルと、そんなこと知ったことじゃないとする姉貴分達。朝から、宿屋の中で混沌としていた。

 

「あ、あのアーディさん、僕もう起きたから降りてください。というか、何してたの!?」

 

「ベル君が」

 

「起きるまでに」

 

「何回」

 

「接吻」

 

「できるか」

 

「ゲーム」

 

「じゃじゃーん!」

 

「僕を玩具にしないでッ!?」

 

腰の上に乗っているアーディがベルのお腹を摩りながら、膝枕をする輝夜は頭を撫でながら言う。ネーゼは眠りが深いのか隅っこのほうで体を丸くし、尻尾を内側に入れるようにして眠っていて、リューは寝たふりが通用しないとわかってすました顔をしながら体を起こした。耳は真っ赤だが。

 

「・・・そんなに嫌だった?」

 

「え、あの」

 

「御伽噺にだって、あるよ? 『接吻で起こしてもらうのサイコー』って」

 

「そ、それは毒林檎を食べた女の子の話であって僕は関係ないんじゃ・・・」

 

「嫌・・・だった?」

 

「ぐすっ・・・喜んでもらえると思って・・・私達は朝早くからしていたというのに・・・ぐすっ」

 

「え、えぇっ? いや、でも、その・・・せめて場所を考えて欲しいというか」

 

「「なら本拠でなら、いいんだ」」

 

「っ!?」

 

「男の子は・・・ぐすっ・・・朝になると、体の一部が石化の呪いを受けたみたいになるっていうから・・・ぐすっ、解呪してあげようと思ったのに・・・ひっく。昔は自分から膝枕してもらいに来てたのに・・・ぐすっ、これが・・・反抗期・・・?」

 

「せ、石化・・・!?」

 

「ベル、いつの間に呪詛(カース)を・・・!? 診せなさい、手遅れにならないうちに。私の魔法では解呪はできませんが・・・進行を遅らせられるかもしれない」

 

「え、ちょ、リューさん!?」

 

「ぐすっ、ぶふっ・・・・リオン、アーディの後ろ・・・そう、ベルの太ももの辺りで四つん這いに・・・ぷぷっ・・・なれ。そして、そのままアーディの股の下辺りにあるベルの下半身を見てやってやれ。そこに答えはあr・・・ぶふぉwwwぐすっwww」

 

「アーディの下・・・? つまり、アーディがちょうど座っている辺りにある、と・・・? 輝夜? 何故、笑う? ベルの体にもしものことがあったらどうする? 空の上にいるだろうアルフィアに殺されかねないようなことを言うな」

 

「ババアが怖くて白兎(ベル)が喰えるか」

 

シーツの擦れる音が静かに響く。

そして暗いのか、顔を近づける金髪の残念すぎる妖精。

ドキンドキン暴れまわるベルの心臓。

流れる一筋の焦りの汗。

もしも、誰かが仕切りを勢いよく開けたならそこに広がるのは、膝枕をしている女、男の上に跨る女、男の下半身に顔を近づける女という「いくら払えばいいんだ、クソが」と言いたくなるようなそんな光景だろう。

 

「アーディ、あまり動かないで欲しい。見づらい」

 

「ご、ごめんリオン」

 

「どこですか?」

 

「ここ・・・ほら」

 

「ア、アーディさん、やめっ!?」

 

アーディに手を取られ、導かれる。

リューの細指がサワサワと誘導され、撫で、そして次の瞬間、リューは顔が真っ赤に染まっていった。

そして揶揄われていたのだと瞬時に理解する。

 

「アーディ、輝夜ぁああああああ!!」

 

「キャー、リオンが怒ったぁああああ! ベル君のベル君をナデナデしてリオンが怒ったあぁあああ!」

 

「あらあらこのエルフ様は・・・どこまで純粋(ピュア)なのでしょう!! そうです今度、私達の兎様に夜這いさせてみましょうか」

 

「か、輝夜・・・貴方という人はっ!!」

 

 

お姉さん達は、目が覚めるようなその叫び声と共に外へ駆け出して行った。

アーディと輝夜は悪戯が成功した悪ガキのような笑みを浮かべリューに追いかけられながら森の中へ。ベルの「輝夜さん、襦袢で外に出ないでぇえええっ!?」という声が届くことはなかった。

 

「「やーい、むっつりエルフー」」

 

「ンァアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

静まり返った洞窟。

開け放たれた仕切り。

目と目が合う、男女。

漂うのは、気まずい雰囲気。

 

「あー・・・なんだ、その」

 

「・・・・何も言わないで、ヴェルフ」

 

「お前も、その・・・苦労しているんだな、ベル・クラネル」

 

「桜花さん、言わないで」

 

「女所帯で暮らす(おのこ)は・・・このような苦労を」

 

「だからもう何も言わないでって命さん」

 

「・・・・あの、朝ごはん食べに行きませんか、クラネルさん」

 

「そうですね・・・チブサさん」

 

「チグサです」

 

ベル達は、何もなかったことにして・・・というか。

もうドッと疲れたので触れない方向で身支度を整えて空腹を満たしに行くことにした。唯一残ってくれていた寝坊助狼人お姉さんがいることだし、宿場街の案内をお願いすることを前提に。

 

「ネーゼさん、起きてくださーい」

 

ベルに体を揺さぶられ起床したネーゼは、何故か疲れた顔をする後輩達を見て、部屋を見て、仲間が三人消えていることに気付いて。

 

「・・・・ご飯、行こっか」

 

何を察したか、触れないことにした。

 

 

×   ×   ×

18階層 東端

 

 

ふんふんふーん♪

鼻歌交じりに森の中を歩く黒髪に前髪の一部が灰がかった美青年と護衛の白装束が数人、森の中を歩いていた。

 

「お前等よお・・・俺は今から宿場町(リヴィラ)に行くんだぞ? 白装束(その恰好)で出歩いたら馬鹿みたいじゃねえか。「僕達、闇派閥でぇーす」って言ってるようなもんじゃねえか。レヴィスがいりゃあ、あいつに護衛を頼んだのに」

 

「エレボス様、しかし護衛もなしに出歩かれては困ります。御身に何かあっては・・・」

 

「ばぁーか。だから恰好を何とかしろって言ってるんだよ。身元バラすような恰好をするな」

 

「申し訳ございません・・・」

 

「あと俺の偽名は『ヴェルンシュタイン・オブ・ザ・ヴァイス・ノルデン』だ。イカした名だろう? 覚えておけ」

 

「ヴェ、ヴェルン・・・?」

 

「エレボス様、長すぎて言えません」

 

「おいおい人様の名前にケチつけるのか? 酷い奴だな、それでも闇派閥か? 闇派閥の仲間はみんな、お互いの名前をフルネームで言えるようにするのが心情のはずだろう?」

 

「し、しかし!!」

 

「しかしもヘチマもねえんだよ。次の中間テストに出すからな・・・間違えたら・・・そうだな、ヴァレッタに夜這いをしかけさせるぞ」

 

「!?」

 

数人の護衛達は、目を見開き、歯をガチガチ鳴らし、震えた。

冗談じゃない。

いくら何でも横暴だ。

神か。

いや、これが理不尽(かみ)か。

酷すぎる。

そんな思いを口にすることも許されず、ブツブツブツブツと念仏を唱え始めた。タナトスの知らないところで、今日もまた闇派閥信者の胃が潰されている瞬間であった。

 

「しかし、良い所だな、ダンジョンは」

 

神々がダンジョンに入ることは禁じられている。

そんなことなどお構いなしに、神威を抑えてはいるものの18階層の景色に瞳を輝かせ、観光客気分で森の中を歩くエレボス。

 

視界一杯に広がるのは、神秘的で幻想的な光景。

それは神と言えども驚嘆せずにはいられないほどに。

透明な蒼い輝きを宿す、美しいクリスタル。

足元に生える小さなものもあれば、まるで巨人の短剣のような、人間を丸々吞み込むほどの大きいものまである。形状も様々な青水晶が、森の至る所に点在していた。

静寂を帯びた森の中で、多くの水晶の塊が細い日差しを乱反射させ、森全体を淡い藍色に染めている。地面を割る大木の根にも、苔と一緒に青の欠片がこびりついていた。

 

「耳を澄ませば聞こえてくるのはせせらぎの音・・・こんな場所は下界をひっくり返してもダンジョンだけだろうよ」

 

瞼を閉じ、森の中を流れる川の流れに耳を澄ませるエレボスを習うように護衛達も同じようにする。すると。

 

 

 

 

「待てえええええええええええええええええッ!!」

 

「ちょ、リオン、いい加減落ち着いてよ!! 年下の男の子のアレをナデナデしたからってそこまで動揺する!?」

 

「あいつの脱ぎたてのシャツを「クラネルさん、リャーナが洗濯するというので持って行きますね」と扉越しに言っておいて、「スンスン・・・これがあの子の匂い・・・ごくり」とか言って内股になってモジモジしているムッツリエルフが、あいつのナニに触れたからって動揺しすぎだ!!」

 

「な、何故そのことを知っている!?」

 

 

何か、聞こえてきた。

この森の静けさに、まったくもって似合わない騒ぎ声だ。

エレボスの危機察知能力(センサー)が、ビビッと働き彼等はそそくさと姿を隠した。

 

「エ、エレボス様!?」

 

「ばっか、ありゃあ【アストレア・ファミリア】だ! 見つかったら数年前の大抗争で俺が逃げたせいでアストレアに恥をかかせたと殺されかねん! とりあえず隠れてやりすごすぞ!」

 

「し、しかし!!」

 

「馬鹿野郎! 命を大切にしろ!! ここで死んだら、お前達の悲願はどうなる!」

 

「っ!」

 

「諦めたら・・・試合終了なんだぞ・・・!」

 

「くっ・・・!」

 

「会いたい奴がいるんだろう!? なら、こんな道半ばで倒れるなんて馬鹿みたいじゃねえか! 見返してやろうぜ、俺達だって主役を張れるんだって!!」

 

「エ、エレボス様・・・!!」

 

「とにかく・・・この辺には確か落とし穴があったはずだ。 あわよくばドロドロになって恥ずかしい思いをしてもらおうじゃないか。それまであいつらに気付かれないように離れて、やり過ごす! いいな!」

 

「ハハァッ!」

 

割と抗争終盤でゼウスとヘラの末裔というか、ベルの存在を聞いちゃったエレボスはしれっと逃亡しアストレアに「え、アストレアたまエレボスを逃がしちゃったの? まじで?」などと恥をかかせたことを気にしていた。もしも今度会うことがあれば抱擁してやろうと思うくらいには。信者達を説得し、必死になって音を消し、気配を殺し、彼等は何故か怒り狂っているエルフに追いかけまわされる美女二人が落とし穴に面白いくらいストンっと落ちていくのを確認するまで隠れてやり過ごした。

 

 

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に(ちりば)む無限の星々】」

 

「待ってリオン、落ちついてよ!? ごめんってばぁ!!」

 

「馬鹿リオン、それをやったらお前のトラウマにしかならんぞ! いいからやめろ! あいつの裸くらいもう見慣れているだろうに!!」

 

「そうだよ、一緒に入ったことくらいあるでしょ!?」

 

「アルフィアが生きていた頃からの付き合いなんだぞ!? 今更過ぎるだろう!? お前が雄の匂い(スメル)で発情しようが別に罪ではないだろう!? 大切なオカズだったのだろう!? 何を恥じらう!? 私はあいつが幼い頃から、官能小説を読み聞かせていたんだぞ!!」

 

「ちょっと待って、輝夜、待ってぇええええええええ!?」

 

「愚かな我が声n――――っ!? か、輝夜貴様ぁあああああッ、なんて教育をしているうううう!?」

 

 

土煙を上げ、森の中を走る美女三人。

モンスターは怯えて姿を消し、水晶は破壊され、森林までもが巻き込まれて破壊された。

ついうっかり詠唱しちゃったばかりに魔力が迸り、それに闇派閥とエレボスがチビった。そして。

 

 

「「「キャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」」」

 

 

三人は宙で止まり、そして落ちた。

それはもう、面白いくらいに。

ストン、と。

 

 

×   ×   ×

18階層 宿場町(リヴィラ)

 

 

朝食兼昼食をとったベル達一行は、ネーゼを先頭に『街』の中を散策していた。

湖に浮かぶ『島』の最上部。その断崖の上に地面から生える白水晶と青水晶に彩られた美しい集落系の『街』が存在する。

湖面の上には大木が島に橋渡しをしていて、『街』の外から訪れた者達はここを通る。

 

「あの、ネーゼ殿・・・特に言われなかったのですが食事代は出さなくてよかったのでしょうか?」

 

「ああ、いいよ気にしないで。というか、駆けだしじゃ大赤字だと思うし」

 

「・・・というと?」

 

宿代から食事代は、【アストレア・ファミリア】に後から請求される。

リヴィラの街では、買物は全て物々交換、もしくは証書で行われる。迷宮探索の際、荷物がかさばる金貨を持ち運ぶことはまずありえないため、相手の名に加え、【ファミリア】のエンブレムから印影を取っておくのだ。そして後日、迷宮から帰還した店の者が証文を以て所属派閥へ料金請求に向かう。

 

「宿はまあ・・・曰く付き物件になってしまって店主が泊ってくれるなら格安にするって言ってくれたけど、本来は泊まらない。【ロキ・ファミリア】の人だって探せばこの街の中にいるだろうけど宿泊はしないで森の中で野営をしているよ。いるとしたら補給のためだろうね」

 

「どうして野営をするんだ? 【ロキ・ファミリア】はオラリオでも一、二を争う巨大派閥だろう?」

 

「ぼったくられるから」

 

命に続いて、桜花の疑問に短く、それだけ言うとまずネーゼは『街』の入り口にある木の柱で造られたアーチ門の前で足を止めた。ゆっくりと上部に指さし、それに続くようにベル達後輩が見上げるとそこには共通語(コイネー)で『ようこそ同業者、リヴィラの街へ!』と書かれている。

 

「こうは書いているけど、この街で店を運営しているのは『冒険者』。そして彼等の合言葉(モットー)は『安く仕入れて高く売る』・・・歓迎してますって空気を出して相手の気分を良くして、懐を暖めようってこと」

 

じゃあ次行くよ。

そう言って再び歩き出す。

 

リヴィラの街は、商店のほとんどが即席の小屋で設けられている。

武器屋や道具屋、手狭な宿屋に数少ない酒場など、全てが冒険者を客にして成り立っている。街中を行く者は、冒険者と、後は少数のサポーターしかいない。上級冒険者である彼等の武装はどれも重厚かつ一級品とも呼べるもので、緊急時に備え即刻戦闘に臨めるよう誰もが完全装備している者がそこら中に出歩いている。

 

「地上の『冒険者通り』と比べると異様に物々しいな」

 

「ここはダンジョンだから。 元々、この街はギルドが迷宮に拠点を設けようとして頓挫した計画を、冒険者達が勝手に引き継いで造り上げられたんだけど・・・・何度もモンスターに襲われて壊滅しかけてる。その度に、修復して。また壊れて・・・それを繰り返しているんだよ。確か今で三百三十四代目だったかな? ちなみに、この街の名前『リヴィラの街』の由来は初めて街を築いた女性冒険者『リヴィラ・サンティリーニ』を称えてつけられたんだってさ」

 

 

街中を歩きながら、ちょっとしたお勉強。

壊滅しては造られて、そしてそれは三百を越えているという話にベル以外が顔を引き攣らせる。

 

「さて、話が脱線したけど・・・ぼったくられるからっていう意味はこの辺りの商品を見ればわかるよ」

 

立ち止まったネーゼの視線の先にある商店。

それぞれの店頭が示す武器や道具の価格は、地上で売買される同種の品と比較しても、桁が一つ二つ異なっている。ダンジョンという閉鎖された地下迷宮では水や食料を始めとした物資の補給が困難である。そこでリヴィラの人間は、手持品(ストック)以上の道具を所持できない冒険者の足元を見て商売をしているのだ。

 

「地上で三十ヴァリスで買える『じゃが丸君』も、ここでなら三百か三千ヴァリスで売られててもおかしくないんじゃないかなあ・・・・」

 

「ネーゼさん、そんなにふっかけたら商売にならないんじゃ?」

 

「・・・今この場に、大怪我した人がいたとして」

 

「うん」

 

「ベルは回復薬を持っていないとして」

 

「うん」

 

「すぐ目の前に、回復薬が売っているとする。でも、価格は通常よりも遥かに高い。今日頑張ってダンジョン探索して稼いだお金が水の泡になるくらい、高い。でも、回復薬がないと大怪我した人は死んでしまう。どうする?」

 

「・・・・・買う」

 

「まあそういうこと。大金をはたいて命綱の道具(アイテム)を確保するか、出費を惜しんで死を選ぶか。リヴィラの人間が突き付けるのはその二者択一」

 

「・・・あ、だから『遠征』をしているアイズさん達がここの宿をとらないのは」

 

「【ロキ・ファミリア】ほどの大人数が泊ったら、とんでもない額を請求されるからってことか。『遠征』で手に入った素材を換金したりして得た収入も宿代でゼロになりかねない・・・と」

 

地上の価値観をもって買物をすると、痛い目に遭う。

それこそ、18階層に初めて来たベルや、ヴェルフ、桜花達は良いカモだろう。

唖然とする命と千草の目の前では、買取所で怒鳴り散らす冒険者と店主のやりとりが行われていた。大型級のモンスターのものと思われる巨大な牙が取引されていて、品を運んできた売り手は店の買い手に「不服なら他所に行け」とばかりにふんぞり返られ、結局売り手の冒険者はその店で買い取りを済ませると顔を真っ赤にして店を後にした。

 

「あ、あのお・・・今のは?」

 

「地上の半額以下の金額で魔石やドロップアイテムを買い取って、それをギルドに持ち帰った時にもとの値段で換金するって商売(システム)。売る側が怒っても許されると思うんだけど、まだダンジョン探索するなら、所持しきれない物は邪魔なだけだから、ここらで一旦売り払ってしまうしかないんだよ」

 

「・・・・・・やりたい放題だな」

 

「この街を経営するのは、他ならない冒険者達だから・・・細かい規則や領主なんて存在しなくて、各々が好き勝手に商売をしている。さっき皆で昼食を取った時、私が【ファミリア】の証文で・・・まあ、【アストレア・ファミリア】が奢ったってのは、駆け出しで、輝夜が可愛がっている?弟分、妹分が地上に帰った後、ひもじい思いをさせないため・・・ってのもあるから、気にしないで」

 

「ん? なんで今、疑問形だったんだ? 同郷のよしみで可愛がられているんだろう?」

 

「あ、いや、まぁ・・・」

 

「手ほどきはしていただいていますが・・・」

 

「・・・・輝夜さん、容赦ないから」

 

「・・・・おいベル、何か知ってるか?」

 

ヴェルフの問いに、【タケミカヅチ・ファミリア】の三人は、サッと顔を反らす。

それに首を傾げて、次に聞いてみたベルの口からは驚きの言葉が出る。

 

「・・・・昔、桜花さんが輝夜さんを怒らせて、丸一日、『褌』姿に『ツインテール』をさせられてたことが」

 

「ベル・クラネル、その話はやめてくれ!!」

 

「おいベルどういうことだ!? 褌!? ツインテール!? この顔で!? ツインテール!? この髪で!? どうやって!?」

 

「・・・・思いっきり髪の毛引っ張ってた・・・ツインテールって言っていいのかわからないけど、とにかくそうなってた。引っ張られ過ぎて桜花さんの目が糸目になってた」

 

「マジか・・・何やらかしたんだ、大男」

 

「・・・・・わからん、女心は複雑というが、ほんとうにわからん。急に舌打ちしたかと思えば、背負い投げで風呂場に投げ込まれたしな」

 

「あ、そうそう輝夜さんが「お前・・・この、ニブチンが・・・主神が主神なら、眷族も眷族か!? 何故、すぐ近くに、好意を・・・千草に謝れ!!」とか言ってたような」

 

「わぁあああああああああああクラネルさん、やめてえええええええええええ!!」

 

当時のことを思いだしながらぽつりぽつり喋るベルに、顔を真っ赤にした千草が悲鳴を上げた。

千草は千草で当時、「あの輝夜さん・・・クラネルさんとは将来夫婦になるって言ってましたけど・・・どんなことを・・・?」などと聞いた結果、自分が桜花を好いていることを知られてしまうわ、「いっそ盛って既成事実を作ればいいだろうに」などと言われるわ、挙句の果てにはそれとなく桜花が千草をどう思っているのか聞いた輝夜が「妹? 後輩? はぁ?」とイライラした結果、千草が風呂に入っているのにも関わらず背負い投げでぶち込んだのだ。

 

「ぶわぁああああああああかめ!! 一緒に風呂にでも入れば嫌でも関係は進展するわ! とか言ってたような」

 

「も、もうやめてくださいクラネルさん死んでしまいますぅう」

 

「女の子の恰好くらい、ベルもしょっちゅうだから・・・元気だしなって」

 

「・・・それは励ましになっているのか?」

 

 

×   ×   ×

18階層 東端

 

体を襲う浮遊感。

足場が消え、落下。

叫喚を重ねて三人の女冒険者は穴の底へ。

 

 

「まさかこんなところに落とし穴があったとは・・・」

 

「チッ、落とし穴どころの話か? 見ろリオン、私達三人、溶けかけているぞ」

 

「・・・・・」

 

ともに落ちたのは草と泥と葉。急落下を続けながら咄嗟に頭上を振り仰いだリューの視界、開口していた蓋が、音を立てて勢いよく閉じた。森の光景と地下の夜空が完璧に遮断された彼女達は、次に穴底の薄い紫がかった液体につかっていた。脛ほどある液体溜まりは、たちまちジュウッという音とともに煙を立ち上がらせ、高熱の油に浸されたような感触に見舞われ、戦闘衣(バトル・クロス)の上から足の肌を焼いていく。否、溶かされていく。三人はほんのわずか、その体を焼くような感触に表情を歪ませた後、周囲に視線を巡らせた。

 

「深さは一〇M、直径は七Mといったところか?」

 

「穴全体は・・・何でしょうか、肉のような色ですね」

 

「モンスターに飲まれたって可能性は?」

 

「だとしたら死後、私はリオンの枕元に化けてやる」

 

「ふふっ、輝夜・・・可笑しなことを言う。この状況で貴方が死ぬということは、私も死ぬ可能性があるということだ。化けても私も天に還っているかもしれない」

 

「ちょっとそういうのやめてよ、輝夜、登れそう?」

 

「凹凸がない・・・難しいだろうな。何より、私の方が重症だ。見ろ、私は戦闘衣(バトル・クロス)ですらない・・・・襦袢(したぎ)だ」

 

「どうしよっか・・・このままだと輝夜、例え脱出できても全裸で地上に帰ることになっちゃうよ?」

 

「・・・・・・ベルに隠してもらうとしよう」

 

「「無茶を言わないで欲しい」」

 

会話の中に僅かばかりの余裕を滲ませてはいるが、縦穴全体にこもった生温かい熱気と異臭が、三人に汗を誘発させた。さらに穴底を満たす溶解液の中には、無数の骸骨が転がっていた。考えるまでもなく、この溶解液によって溶かされた者の末路である。既に皮と肉、臓器を失い、後は骨を残すのみ。側に転がっているのは胸当てをはじめとした防具。よく見れば、周囲には剣や杖など様々な武器が突き立つか、あるいは溶解液の底に沈んでいた。

 

「行方知れずとなる冒険者の捜索願も出ることはありますが・・・恐らく、その中にはここで命尽きた者達もいるのでしょう」

 

「私達のように、どこかのエルフに追いかけまわされてしまったというわけではないのがせめてもの救いか?」

 

「・・・・・輝夜、そこに良い胸当てがある。とりあえずそれで身を守ってみては?」

 

「あらあらこのエルフ様は何をおっしゃいますのやら・・・・溶解液で私の乳房が溶けたら、可愛い可愛い兎様を満足させてあげられなくなってしまうではありませんか」

 

「・・・・溶けてしまえばいいのに」

 

「自分で言っておいて乳房の大きさで敗北したような顔をするなリオン」

 

「二人ともいつまで喧嘩してるの? まったく・・・。ドロップアイテムも浮いてるってことは、モンスターも巻き込まれた可能性もあるよね。未確認のダンジョンギミックかな?」

 

「いえ、恐らくそれは」

 

「ないだろう・・・アーディ、上だ」

 

「えっ?」

 

一通りの状況確認を済ませた彼女達は、頭上に目を向けた。

そこには張り付いていた肉壁からゆっくりと身を引き剥がし、上体を持ち上げる巨大な影があった。今は閉ざされた蓋の根もと。人型の上半身を象る怪物が、上下逆様の体勢で、アーディ達を見下ろす。

 

「極彩色のモンスター・・・」

 

「怪物祭に出現したというモンスターとは別種でしょうか?」

 

「さあ・・・どうだろうな。『魔石』を確認しないかぎり何とも言えないが、私達の知らない『新種』であることには違いない」

 

両腕部分は長く太い二本の触腕が垂れ下がりながら揺らめき、腰から先の長い下半身は肉壁と完璧に一体化し、今は蛇のように蠢いている。頭部には巨大な目玉と中空の冠のような器官。一つしかない単眼は首と直接繋がっており、その周囲を獅子の鬣のように冠が覆っている。

 

「蓋と繋がっているってことは・・・・この穴そのものがモンスターってことだよね」

 

「何も知らない冒険者達がこいつの犠牲になった、ということでしょう」

 

『―――』

 

ぎょろぎょろと蠢く巨大な単眼が、武器を構える女冒険者達を捉える。

次の瞬間、モンスターは彼女達目がけてその触腕を振り下ろした。

 

「「「遅い!!」」」

 

三人が同時に地を蹴る。

放たれた巨大な鞭が、溶解液ごと穴底の中央に炸裂する。

凄まじい衝撃とともに、穴に溜まっていた溶解液が周囲へ飛び散った。

 

 

 

×   ×   ×

18階層 宿場町(リヴィラ)

 

 

「アーディさんに輝夜さん達・・・どこまで行ったんだろう」

 

「輝夜の着物があったってことは・・・裸で出て行った?」

 

「うーん・・・襦袢って下着だって聞いたから・・・似たようなものだと思う」

 

一通りの案内の終わった一行は、未だ姿の見えない三人の女冒険者の行方を捜していた。

仮にもLv.4なのだから、そうそう何か問題が発生するとは思えないがダンジョンは下へ行けば行くほど広くなっていくため下手に捜しに行くわけにもいかなかった。

 

「迷子になってるって可能性はないのか?」

 

「いや、高い場所にでも上ればある程度方角を割り出せるだろうから・・・流石にそれはないと思う」

 

「うーん・・・・あ、アイズさんだ」

 

「ん? 【剣姫】?」

 

 

街の中でアーディ達の姿がないかと視線を巡らせながら歩いていると、ベルがネーゼの手をくいくいと引っ張りながらアイズ達のいる方を示した。それは向こうも同じようで、アイズやレフィーヤといったいつもの仲良し組がこちらに気が付いて手を振ってくる。

 

 

「ベル、こんなところで何しているの?」

 

「・・・」

 

「え、何でアイズさんに気が付いて手を振っておいて、お姉さんの背後に隠れるんですか!? アイズさんのこと怖がり過ぎでしょ!?」

 

「ベ、ベル・・・私、君のこと虐めたりしない、よ?」

 

「ご、ごめんなさい・・・つい、条件反射というか・・・は、ははは」

 

 

悲し気にショゲるアイズを慰めるのは、アマゾネスの姉妹。

過去になにかしらやらかしているらしいアイズの話は何度か聞いている手前、詳しくはなくとも、ベルに対して「失礼だ」などと怒鳴ることはできなかった。というか、ベルに盾にされている狼人のお姉さんが、微妙に困った顔をしながら、微妙に嬉しそうにしているから余計に何も言えなかった。よく見れば、尻尾をベルの腰にくるりと巻き付けているくらいだ。自分達の方が冒険者として強くても、彼女はベルを全力で守る気がした。

 

「何か・・・あったの?」

 

「えと、アーディさんと輝夜さんとリューさんが行方不明で」

 

「そっちの野営地には来てない?」

 

「え? 私達もさっきリヴィラに来たからなんとも言えないけど・・・いなかったよね?」

 

「ええ、団長達にここに来ることを伝えたけど、見かけなかったし聞かなかったわ」

 

「大丈夫かなぁ」

 

「何ですベル。貴方よりも遥かに強いお姉さん達のことが心配なんですか?」

 

「強くても三人とも、女の子ですよレフィーヤさん」

 

 

まさか。

まさか、自分達の知らないところで、変なイベントを裸同然の恰好で処理しているだなんて誰が思うだろうか。ベルが彼女達と再会を果たしたのは、1時間とちょっとを過ぎた頃である。




アーディや輝夜達はLv.4(アリーゼがLv.5だったかな)。
どこかに書いてたかなあ

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