アーネンエルベの兎   作:二ベル

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アストレア・ファミリアのビジュアル・・・嬉しいけど、どうなるか知ってるから辛い。あとなんかアニメのキャラデザが丸っぽく見える? 太く見える?のはなんでだろう。

輝夜さんの表情差分が良き。


シルバリオ・ゴスペル⑤

 

 

「ベル君、ベル君っ!」

 

 

宿場町(リヴィラ)をネーゼやヴェルフ、【タケミカヅチ・ファミリア】、さらには、立ち寄っていたアイズにティオナ、ティオネ、レフィーヤの四人組で探索しつつ絶賛行方不明となっていた残念なお姉さん三人を探していたところ、路地裏からひょこっと顔を出し手招きしながらベルを呼ぶアーディの姿が。

 

「なんだ、いたじゃない。良かったわね」

 

「あ、そうですベル。【疾風】と【大和竜胆】のお二人は私達の派閥の遠征に同行している状態なので、団長が18階層(ここ)からは別で帰るのか一緒に帰るのか聞いておいてくれって言われているんです。お願いしてもいいですか?」

 

「わかりましたレフィーヤさん。ネーゼさんちょっと行ってくるね!」

 

「オッケー、私達はここにいるから何かあったら教えて」

 

 

ベルを呼ぶアーディの元へ、ベルは駆け寄って行く。

どうして物陰に隠れるようなことをしているのか、とかヴェルフ達は疑問に思うが無事見つかったのだしまあ気にするほどでもないか。きっと、いい年こいてダンジョンの中で追いかけっこをして恥ずかしいんだろう・・・。

 

 

ベルはアーディのいるところまで行くと、「ちょっとそこでストップ!」と制止される。

疑問符を浮かべて首を傾げるベル。

頬をほのかに赤く染めるアーディ。

建物の陰に身を隠してはいるが、わずかに見えたアーディの姿はベルの知るそれとは少し違っていた。

 

いつもの『黒』と『青』を基調とした戦闘衣装(バトルクロス)

露出の少ないモノであるはずだというのに、わずかに見えたのはアーディの肩と二の腕。普段隠れているところが、隠れていないのだ。アーディは言いにくそうにしながら、苦笑を浮かべて口を開いた。

 

「実はその・・・」

 

「?」

 

「ベル君、替えの服とかって持ってない・・・よね?」

 

「え?」

 

「いや、その、別に君に裸を見られるとかは良いんだけどね? 流石に他の冒険者に見られるのは嫌だなぁって・・・」

 

「えっと・・・火精霊の護布(サラマンダー・ウール)なら今、着てるけど・・・」

 

「ごめん、それを借りてもいいかな!?」

 

「え、あ、うん・・・はい」

 

何なんだろう、こんなに恥ずかしそうにしているの珍しいなあ。

いつもなら服を捲り上げたり、襟を引っ張って胸元をチラつかせて誘惑してきたりして揶揄ってくるのに。そう思いつつも、上から着用していた火精霊の護布(サラマンダー・ウール)をアーディへと手渡した。アーディは腕を建物の陰から腕を伸ばして受け取った。その時、わずかに下着が見えた気がした。白の。

 

 

「アーディさん、輝夜さんとリューさんは?」

 

「二人は今、水浴び中だよ」

 

「えっと・・・?」

 

「ついてきてくれるかな?」

 

「え、うん」

 

火精霊の護布(サラマンダー・ウール)を羽織って体を隠したアーディはようやく姿を晒す。ぽりぽりと頬を掻いてから、申し訳なさそうにベルの腕に抱き着いて、水浴びしているだろう輝夜達のもとへと連れて行こうとする。その前にベルはネーゼに二人が水浴びしているらしいということと、輝夜の着物やタオルが入っているバッグを受け取り、アーディがアイズ達に二人は遠征隊とは別で帰る旨を伝えた。

 

 

「アーディさん、リューさんに追いかけられてから何があったの?」

 

「い、いやぁ・・・そのお・・・何ともお恥ずかしいことがあってだねえ・・・」

 

 

腕に抱き着くアーディに連れられるまま歩みを進めるベルが問いかけるも、彼女はとても言いづらそうに濁す。既に森のかなり奥へ進んでいて、人の気配はすっかり途絶えている。

 

 

「・・・・この辺かな」

 

とある木の前で足を止めるアーディ。

幹が太く、丈夫そうな大樹。

そこから少し奥の方から、せせらぎとは違う、水をすくっては落とすような自然なものではまずない音が二人の耳が拾った。何故かアーディは口元に人差し指をくっつけて「静かに」とジェスチャー。こくりと頷いて身を屈めて、草木に身を隠すようにして前進。

地面に倒れて折り重なっている大木の群れを上っては、穴のような隙間をくぐる。纏わりついている緑の苔にずるっと足を取られてアーディに支えられることで踏みとどまり、ひやっとしながら水の音源へ近づいていく。ギャァ、ギャァ、と鳥のようなモンスターの鳴き声がどこからか聞こえてくる。

誘導されて道ならぬ道を進むんでいくと、やがて森が開け、泉が現れた。

そしてベルは、泉の中心にいるものを捉え、発する言葉をどこかに置き忘れてしまう。

 

 

「――――」

 

妖精が、いた。

お姫様が、いた。

どちらも一糸纏わない姿で、雪のような白い素肌、瑞々しい傷という傷なんて見当たらない素肌――ほっそりとした背中、男受けの良さそうな体で水浴をしている。両手で水をすくっては、零さないようにゆっくりと、自分の髪へ塗り込むようにして洗っていた。濡れそぼった肌がやけに艶めかしく、ベルは本拠ではなく野外での水浴びという初めて見る彼女達のその姿と光景に思わず、「ごくり」と喉を鳴らす。

 

「・・・・アーディ、さん?」

 

水浴びしているから着替えを持ってきてほしい。そういう意味で自分を連れてきたのなら、わざわざ隠れる必要はあるのか? 声をかければ彼女達は姿が見えずとも「来て良い」「来てはいけない」と教えてくれるはずなのに。そんな思いを込めて、隣で身を屈めているアーディに顔を向けると、彼女はサムズアップして言った。まるで教育するように。

 

「覗きは男の浪漫だぜ、ベル君」

 

「・・・・・」

 

一瞬。

ほんの一瞬、旅行帽を被った優男風の男神を見た気がした。

 

 

 

×   ×   ×

 

水をすくっては髪を洗うリューは、ジロリと輝夜の方を見た。

 

 

大きい・・・。

 

 

異性を喜ばせるに特化したような体。

母性の塊(物理)と言ってもいいような体。

着物の中で大人しくしている豊かに実った乳房。

その先端から、水滴が落ちた。もったいぶるように、ぴちょん、と。

 

「・・・・くっ」

 

「人の体を見て勝手に敗北感に打ちひしがれるな、気色悪い」

 

胸を張って堂々とする輝夜の姿が、リューは恨めしいと思ってしまった。

乳房が大きいと足元が見えにくいと聞いたことがあるが、リューは自分の乳房を見て「ふっ・・・」と鼻で笑い、そしてまた落ち込んだ。

 

 

私はなんて貧相な体を・・・。だからベルに避けられてしまうのか。

 

 

リューが避けられてしまう理由の一つは、単にとある【剣姫】と同じように金髪だからというだけなのだが、過去のトラウマやらで思わず避けてしまっているだけなのだが、リューにとってはショック足り得た。無視されるわけではないし、風呂上り、暇そうにしているベルにタオルを渡してお願いすると髪を拭いてくれるから嫌われているわけではないのはわかるが、仲間達と比べると距離があると感じてしまうこともあるのだ。

 

 

あの子は金髪妖精(わたし)が好みだと皆が言っていたのに・・・。

 

 

「輝夜、あからさまに体を見せつけるのをやめろ」

 

「あらあら、どうされましたエルフ様? まさか、種族柄育ちにくいと思っていたら王族は意外と良いモノを持っていたり、最近の妖精は豊満な体をしていると自分に劣等感を感じているので?」

 

「う、うるさい・・・! あとリヴェリア様は関係ない! 失礼なことを言うな!」

 

 

リューの目の前で髪を、体を洗う輝夜。

その体つきは同性であるリューが見ても「男受けのする体」なのだとハッキリとわかる。いくつもの視線を向けられることも多いことだろうことは口にするまでもない。と自分もそこそこ男性冒険者達に、主に下半身に熱い視線を向けられていることを忘れてしまっているリューは輝夜の体を何度も見て、悔しそうに目元を歪めた。

 

 

「そう落ち込まないでくださいませ、貴方様にも需要はありますので」

 

「何故、自分の胸を持ち上げて揺らす? 私に対する当てつけか? だ、第一、大きければ良いというモノではない。なにより、戦闘の邪魔になってしまう」

 

「大は小を兼ねると言うでしょう? 貴方様のように小さな乳房で、いったい何が挟めると?」

 

「は、挟む・・・? なぜ、挟む必要が? いえ、何を挟むと?」

 

「ナニを」

 

「何?」

 

「ナニ」

 

「・・・・輝夜、貴方は自分の胸を何だと思っている?」

 

「ベルを発情させるための武器」

 

「正直か!」

 

「貴様のような面倒くさいエルフは一生生娘だ。安心しろ、感想くらいは聞かせてやるし、なんならお前が眠っている部屋で交わって大声で喘いでやってもいい。ああ、それとも見学がいいか?」

 

「や、やめろぉ!? これ以上あの子を歪めるようなことをするなぁ!!」

 

そうだ。

ゴジョウノ・輝夜という女は、見てくれはともかく、化けの皮が剥がれたらというか、とにかく品がないのだ。本拠の中では暑いからという理由だけで下着姿になって歩き回るし、ベルがいてもお構いなしだし、ソファで寛いでいるところを押し倒しているところを見たことだってある。なんなら眠っているベルをひん剥いて起きる前に女ものの服を着せて遊んでいたことさえある。まぁそれは輝夜だけに限った話ではないし、女装姿のベルを見たアルフィアは「妹に本当に、ほんっとうに、似ている・・・また頼む」とか言ってお小遣いくれたけれど。悪影響を及ぼしかねないことばかりするのだ。

 

目の前で自分の乳房を持ち上げて、勝ち誇ったような顔をする輝夜に「くっ」と歯噛みすることしかできないリューは実に無力だった。

 

「あ、あの子が女装趣味に目覚めたらどうする・・・!」

 

「勃つモノが勃つなら、なんの問題もないだろう?」

 

「わ、私達の派閥の印象まで悪くなってしまう!」

 

「既に巷では【アストレア・ファミリア】はいつからイロモノ枠になったんだ、と言われているぞ?」

 

「もう既に手遅れ・・・!?」

 

「ましてやアストレア様が直々に服を買いに行った際に女物を見繕っている時さえあるのだ、ベルの気持ちを尊重はするが「本拠の中だけだから」「アルフィアが喜ぶから」「アストレア様が喜ぶから」「接吻してあげるから」などと色々言ってやれば、ちょっとモジモジしてから「いいよ」と言うに決まっている。あいつは頼まれたら断れない質だ」

 

「嗚呼・・・!」

 

小さい頃から何かと可愛がられているベル。

姉達に囲まれ、女神に愛でられて来た。

彼女達に訓練されてきたベルが、その手のお願いに断る手段が既にないことくらい明白だった。

 

 

 

×   ×   ×

 

「きっと君のお姉さん達・・・特に輝夜あたりは、覗くくらいなら一緒に入れとか言うよね。でもやっぱ、覗いとくものだよ。他の派閥の子ならボッコボコにされかねないけど、君なら許されるよね」

 

「・・・・」

 

妖精の水浴び。

黒髪のお姫様の水浴び。

二人の髪は長く、腰ほどまである。

それが水面に触れて揺れている。

森の中をさまよった先で偶然に巡り会う、泉の美しい乙女。

御伽噺の中に迷い込んだのかと思うような、光景がそこにはある。

 

「ちょっとだけ見ていようよ、ベル君」

 

そんな悪魔の囁きがベルの耳朶を震わせる。

 

「ゆけい、ベルよぉ」

 

そんな大神の囁きが心の中で響き渡る。

 

ちゃぷ、ちゃぷ、と音を鳴らし水面に波紋を生む彼女達。

妖精は長く尖った耳を持ち、肉付きの薄い細身の体をしていた。

人間は美しい黒髪を持ち、肉付きの良い煽情的な体をしていた。

彼女達は何か会話をしているようだが、ベルには聞こえなかった。別に今更、彼女達の裸を見たことがないというわけではない。それでも、覗き(イケナイコト)をしているこの状況に、野外で裸になっている彼女達に、どうしても生唾を飲み込まずにはいられなかった。ベルの横にくっつくようにしているアーディは耳元で囁く。

 

「輝夜お姉ちゃん、またおっぱい大きくなった?」

 

「・・・ごくり」

 

「リューお姉ちゃん、やっぱ綺麗だなぁ」

 

「ごくり・・・って僕もう『お姉ちゃん』呼びしませんからぁ!? あと僕の心の中を見抜いたみたいなこと言わないでぇ!?」

 

「シッ! 静かに!」

 

イケないことをしている。

アストレアも言っていた、『覗き』はいけないことだと。

心の中のアルフィアも言っている。中指を立てて言っている。

 

地獄に堕ちろ(ゴー・トゥー・ヘル)

 

と。

無意識に、ベルの体は震え、思わずアーディにしがみついた。

すると、アーディはバランスを崩して、「きゃんっ!?」と変な悲鳴を上げてベルに押し倒されたような構図となって、倒れ込んだ。

 

「ベ、ベル君・・・? ま、まさか、我慢できなくなっちゃった・・・? でも、その・・・流石に初めてが外ってのは・・・・心の準備が・・・」

 

「・・・・アーディさん」

 

「な、何かな? お姉さんにできる事なら、うん。私、頑張るよ」

 

「どうして・・・」

 

アーディの上でベルが喉を震わせる。

覆いかぶさったような形で、目と目が合う。

覗きなんてさせておいて、怖気づくアーディは何度も「ごくり」と喉を鳴らして、ベルの熱い視線、思わず見てしまった唇に、ぎゅっと瞼を閉じてその時を待つ。

 

「もう君も14歳だよ・・・私達、もう七年近い付き合いだよ? そろそろお姉さん達に手を出したっていいんじゃないかな?って思って。 だから、いいキッカケになればって・・・」

 

草木の向こう側では水浴びしている美女二人。

土の上で仰向けに倒れている美女に、覆いかぶさっている少年。

もしここに、他の冒険者が来れば「え、何事」と言われること間違いないだろう。

 

「アーディさん・・・」

 

「泣かないでベル君、男でしょう?」

 

「だって・・・アーディさん・・・」

 

影のせいでよくわからないが、顔が赤くなっているようなベルの瞳は潤んで見えた。

彼の頬を撫でるアーディ。

そして、ベルは意を決したかのように声を上げた。

 

「服がッッ!」

 

仰向けになっていたアーディは火精霊の護符(サラマンダーウール)に包まれていたが、それは倒れてしまった際にめくれてしまっている。今、ベルの瞳に映っていたのは、その中身であり、どういうわけかボロボロになってしまっている戦闘衣装(バトルクロス)だ。暴漢にでも襲われたんじゃないかと思うほどにボロボロで、下着まで辛うじて彼女の見えてはいけない部分を隠しきる役目を果たしているだけで引っ張れば簡単に破れてしまうほどにはボロボロだった。

 

 

「一体何があったんですk――――」

 

 

言い終わる前に、二人の覗きタイムは終了がもたらされた。

 

「「―――何者(だれ)だ!」」

 

瞬間、二人の上を光が走った。

鋭い一声とともに白刃が投擲され、木に小太刀が突き刺さり、その内一本がそのまま通り過ぎていく。ドグシャッ、と耳の側で悲鳴を上げた幹に、ひゅっ、と二人の喉が凍る。そして通り過ぎていったもう一本の小太刀の方だろうか・・・。「あびゃー!?」となんとも情けない悲鳴がベルの耳に届いた気がした。

 

空色の瞳を吊り上げる妖精、リューと緋色の瞳を吊り上げる人間、輝夜は。

片腕で乳房を隠し、小太刀を放った手を伸ばしたままの体勢でベル達のいるほうを睨みつけ・・・覗きをしていた人物がアーディとベルだとわかると、「なんだお前か」と吐息を吐いた。

 

 

「どうしてアーディは押し倒されているのですか?」

 

「まさか、ここで? 私達が水浴びしているというのに? おっぱじめようと?」

 

見ていた人物が誰かわかると輝夜はすぐに隠すのをやめた。むしろ、美しい顔を歪めた。怒りで。私達よりも他派閥の女がいいのか、とでもいうような顔で。未だ体を隠したままのリューもそれは同じでアーディは友人ではあるし、ベルを痛く気に入っていることも知っているし何なら「ベル君ちょうだい!」とか過去に何度も言っているのを知っているから別にどうこう言うつもりはないし言っても無駄だが・・・面白くはない。

 

 

「「初体験は【アストレア・ファミリア(わたしたち)】よりも、他派閥(アーディ)がいい、ということですか? あん?」」

 

「ち、違う! 違うんです二人とも!?」

 

「やーん! ベル君に種付けされちゃうううううう!! お腹パンパンにされちゃうううううう!! ガネーシャ様、お姉ちゃん、ごめん! 私、ベル君に染められちゃうね! わーい!!」

 

「アーディさぁん!?」

 

「ベル! 貴方を強姦魔になるよう育てた覚えはない! そんなに胸がいいのか!」

 

「ち、違う! リューさんの掌に丁度収まるサイズも僕は好きです!」

 

「そうだ! 好いている女を襲えずして何が男か! 同意がないなら去勢ものだが、同意があるのなら襲うくらいしてみせろ! それでも男か!?」

 

「言ってることが滅茶苦茶だよ、輝夜さぁん!?」

 

「思ったことは口にしなさいとアリーゼやマリュー達が教えていたが、そういうことではなぁい!! ・・・・ありがとうございます」

 

「何故、小さい声で言うのだこの馬鹿エルフは!! おいベル、見ろ! こいつの乳を!」

 

怒れる輝夜はリューを羽交い絞めにした。

隠していた腕は取っ払われ、ベルの瞳に、リューの控えめな果実が姿を現す。

18階層に、生娘妖精の悲鳴が響き渡った。

 

 

×   ×   ×

18階層 森の中

 

 

エレボス率いる白装束もとい闇派閥の信者達は森の中を進んでいた。

宿場町に向かい、【最強(ゼウス)】と【最凶(ヘラ)】の末裔であるベル・クラネルに接触をするためだ。住処(アジト)を出たあたりで【アストレア・ファミリア(やべー女たち)】が奇声を上げて走り出し、悲鳴を上げて落ちていったが、まあ彼女達のことだから当然生還することだろう。だから、エレボスは気にしないことにした。既にあれから数十分は経過しているし、何やらものすごい爆音が聞こえたし、今頃ドロドロの体を洗うべく水場を探していることだろう。

 

「いやしかし、ダンジョンは広いな。若干道に迷ってしまっている・・・」

 

「エレボス様、宿場町はあちらです」

 

「ああ、わかっている」

 

「何故、違う場所へ行こうとされるので?」

 

「そんなこと・・・決まってんだろう?」

 

訝し気にエレボスのことを見る信者達に、エレボスは天井から照らす巨大な水晶を見上げながら言う。少し歩けば、あちらこちらに泉がある。なら、男してやるべきことがある・・・と。

 

「やるべき事・・・?」

 

「それは一体・・・?」

 

「ハッ!? もしやエレボス様・・・!」

 

首を傾げる信者。

察した信者。

闇落ちしてこの方、冒険者共をヒャッハーして下界をヒャッハーさせることしか考えてこなかった信者達。それ以外のことを考える余裕などなかった。だが、だがしかし、暗黒期の大抗争で秩序と正義を司る女神から逃げおおせた生きぎたない悪神エレボスは余裕の笑みを以て彼等を見据える。

 

 

この神・・・まさか。

 

そんなことを、信者達は心の中で思った。

エレボスは言う。

 

「水場があるってことはよ・・・・それはつまり、覗けってことだろう?」

 

「ゴクリ・・・まさかエレボス様、あられもない冒険者(女)を」

 

「一糸纏わない姿でいる冒険者(女)を・・・身を守れないという無様を晒す彼女達を・・・」

 

「裸体の冒険者達を・・・殺すと!?」

 

「「「なんて恐ろしい・・・!!」」」

 

男として、覗きは責務である。

覗きをすることで女は恥じらい、そしてより一層彼女達の美貌には磨きがかかるのだ。であるならば、男としては見目麗しい美女美少女の水浴を覗かねばならない。覗かぬは男の恥。抜かねば無作法・・・というやつだ。しかし、何を思ったか信者達は、水浴びしている無防備な彼女達をスプラッタに殺すことしか考えていなかった。というかそれをエレボスが企んでいると思い込んでいた。

 

 

「は? んな失礼な事するわけがないだろう。裸の女神がいたのなら、覗く。股を開いたら犯す。これが常識だ。言っておくが変身シーンや無防備な姿を晒す状態の者達を殺すことはルール違反だ。恥を知れ」

 

これから覗きをします! そんな宣言をしたエレボスこそ恥を知れと常識人なら言うだろう。だが、ここにはそんな常識人はいない。全員が頭のネジが外れてしまった者達なのだから。信者達はエレボスによって意味の分からない神々の中でのルールを懇切丁寧に説明された。

 

「愛する者を失って、不能になってしまったお前達のためにも・・・立ち上がる力をくれてやろうという俺なりの施しだ」

 

「エレボス様・・・なんて慈悲深い・・・」

 

「確かに・・・妻を、恋人を失って、勃たなくなってしまった者達は多い・・・!」

 

「しかし、それでは天にて待つ彼女達を裏切ってしまうのでは!?」

 

「馬鹿野郎・・・」

 

涙を拭うように目元を摘まむエレボス。

ごくりと生唾を飲み込む信者達。

 

「そんなもの・・・天で待つお前達の愛する者が許してくれるに決まっている。なぜなら・・・死んだ口じゃ何も言えないからな、ハハッ!」

 

 

さあいざ行かん! 乙女の花園!

今こそ、ヴィーナスの誕生を拝みに行くぞ!

そう言って行進を始めたエレボス達。

 

しかし、その進行はエレボスの鼻を掠めた光によって終わることとなる。

遥か遠くから、白刃が飛んできたのだ。

鼻を掠め、木に突き刺さった小太刀は、そのまま幹に悲鳴を上げさせ、信者達も凍り付き、そしてエレボスは嫌な汗を流しつつ。

 

 

「あびゃーっ!?」

 

 

と情けない悲鳴を上げた。

そして、それが更なる悲劇を生むように。

小便をチビってしまったように、エレボスの神威が数分後ダンジョンを揺らした。

 

 

あ、やべ。

 

 

そんなエレボスの心の声を、誰が聞くこともなかった。

 

 

×   ×   ×

18階層 森の中の泉

 

 

「ひっく・・・ぐすっ・・・僕、三人のこと、心配してたのに・・・! 知らないところで、イベント消化してるし・・・!」

 

「ご、ごめんってばベル君、許して? ね?」

 

「悪かった悪かった、後で『水晶飴』を買ってやるから機嫌を直せ。というか、妖精の乳房(いいもの)が見れたんだからむしろ元気になれ」

 

「み、見られた・・・は、はは・・・今まで気を遣って見られないようにしてきたというのに・・・」

 

「いやいやリオン・・・むしろ、7年近く一緒に暮らしてきて見られたことがないことが驚きなんだけど? せめてお風呂入ろうとしたらバッタリってことはあったでしょ?」

 

「・・・・アリーゼに引きずられて入れられたことはある。しかし、うまく隠していたから・・・・」

 

「その隠していた努力がすごいよ」

 

 

リューと輝夜は水浴をやめ、岸に上がっていた。

とはいえ、溶解液のせいで戦闘衣装(バトルクロス)は使い物にならなくなっており、リューは体をベルが持ってきていたバッグの中に入っていたタオルで包み隠し、輝夜は体を隠すのではなくベルに髪を拭いてもらっていた。

 

「輝夜、隠さなくていいの?」

 

「私達に隠し事はなしだ」

 

「いや、それ、意味合い違くない? 物理的な話じゃなくて精神的な隠し事でしょ?」

 

「見られて恥ずかしい体はしていない」

 

「むしろ見て、みたいなポーズとらないでくれる? 負けた気分になるから」

 

「ぐすっ・・・輝夜さん、着物・・・バッグの中に入ってるから」

 

「ああ、ありがとう。体もついでに拭いてくれると嬉しいんだが?」

 

「いや、でも・・・」

 

「今更躊躇うな、一思いにやってくれ」

 

「一思いに殺してくれみたいな言い方をするな輝夜」

 

「あとリオンも拭いてやれ、特に乳首を徹底的に、な。立てなくなるまで拭いてやるのが好ましい」

 

「か、輝夜!?」

 

わしゃわしゃ、わしゃわしゃ、わしゃわしゃ。

美しい黒髪が、タオルによって水分を拭き取られていく。

体が揺れるせいで、豊かに実った果実もまた揺れ、それを隠そうともしない輝夜にアーディとリューは何とも言えない気分になった。女として負けたような、だけど恥じらいがなさすぎるせいで私達の方が勝ってるような。そんな、なんとも言えない気分。ベルは輝夜の要望に拒否したところで無駄だと理解しているのか、ちょっとだけ躊躇ってから顔を拭き、首、腕・・・と順番に拭いていった。それが終わってバッグから彼女の着物を取り出して、着せていく。

 

「着物の着せ方・・・教えたの、輝夜?」

 

「いや、多分見て覚えたんだろう」

 

「こう・・・であってる、輝夜さん?」

 

「ああ、大丈夫だ、あとは自分でやる」

 

「ん」

 

ぽんぽん、と頭を撫でられて少し嬉しそうにするベル。

次にリューの方を見た。

 

「リューさんの着替えって・・・あったっけ?」

 

「え」

 

「え」

 

「え」

 

荷物がないわけではない。しかし、今この場にはない。

せいぜいが武器だけだ。

バッグの中には、輝夜の着物とタオルしかなかった。

タオルはベルとネーゼが使う用に用意していたもので、輝夜の着物は宿屋で脱いだままだったから持ってきたまでだ。リューの着替えのことは・・・そもそも、戦闘衣装(バトルクロス)が溶けてほぼ全裸で森を徘徊していたなんてベルが知るはずがないから仕方がない。アーディが辛うじて無事ではあったが、彼女も何とか隠せるところが隠せているだけで、火精霊の護符(サラマンダーウール)がなければ宿場町の荒くれ者達に「ぐへへ」されていたかもしれない。

 

「どうしよう・・・」

 

「とりあえず、ベル、お前の上着でも着せておけばどうだ? 下にインナーは着ているだろう?」

 

「まぁ・・・裸よりはいっか。でも・・・リューさんはそれでいい?」

 

「え、ええ・・・裸でダンジョンを歩かされるより断然良い、助かります」

 

「・・・・良かったねリオン。彼シャツってやつだよ」

 

「ぶふっ!? アーディ、い、言わなくていい!」

 

「しかし下着もないのは困るな・・・ベル、パンツを貸してくれ」

 

「僕にノーパンでいろと!?」

 

「男のノーパンと女のノーパンは違うだろう?」

 

「いーやーでーすー!」

 

「・・・チッ。仕方ない、命にサラシでも借りるか」

 

 

隠せる部分はとりあえず隠す。

宿場町で衣類を買えるなら、買う。ぼったくられるだろうけれど、今回はもう仕方がない。そう行動方針を決めた時。

 

 

ドンッ、とダンジョンが揺れた。


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