アーネンエルベの兎   作:二ベル

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アストレア様の次に【アストレア・ファミリア】で胸が大きいのは輝夜さんだと思っていたら、マリューさんだった・・・。そしてヒーラーのお姉さん・・・ごくり。アストレア・ファミリアのR18が欲しい


シルバリオ・ゴスペル⑥

 

 

階層全体が揺らめく。

 

「な、なに、地震!?」

 

多くの冒険者達が足元を見下ろしながら狼狽える。

その間にも揺れは大きくなり、周囲の木々を左右に振りざぁっざぁっと葉々を斉唱させる。

 

「これは・・・()()()()()

 

「昔にも似たようなことがあった気がするが・・・まさかな」

 

リューと輝夜が異常事態(イレギュラー)が起きる前触れであると、足元を睨みつけながら呟く。

そこから階層の揺れは続いたまま、次の瞬間――ふっ、と。

頭上からそそぐ光に影が混ざり、周囲が薄暗くなった。

 

「・・・・・・ねえ二人とも、あれ、何?」

 

空を見上げたアーディが、唖然と呟いた。

天井一面に生え渡り、18階層を照らす数多の水晶。その内の太陽の役割を果たす、中央部の白水晶の中で。巨大な何かが蠢いていた。

 

「輝夜さん、ダンジョンではこういうことも起こるの?」

 

「ノーとは言えないのが痛いところだな。むしろ、ダンジョンの中では何が起こるかわからん」

 

「輝夜、ネーゼ達と合流しましょう」

 

「そうだね! リオンったらベル君のシャツしか着てない状態で下半身がチラ見えしちゃうけど、もう仕方ないよね! 緊急事態だもんね!」

 

「訂正します、宿場町(リヴィラ)に向かいましょう」

 

「「却下」」

 

「なっ!?」

 

「緊急事態なんだぞ、異常事態なんだぞ。貴様の下半身の風通しの良さよりも人命が優先だ阿保」

 

「緊急事態なんだよ、異常事態なんだよ!? リオンの股チラ(幸せパンチ)よりもこの異常事態を何とかするのが先だよ!」

 

まるで万華鏡を覗いているかのように、巨大な影が水晶内を反射し黒い鏡像――薄気味悪い模様を彩る。あの水晶の奥にいる何かが階層を照らす光を犯し、周囲へ影を落としているのだ。アーディ達が言い合っているのを他所に天井を仰ぐベルが固まっていると、そこへ一際大きな震動が起こる。18階層全体を震わす威力に、誰もが周囲にある幹へ手を伸ばし、或いは「キャー」などと言ってベルに抱き着いて転倒するのを堪えた。

 

「こ、こんな格好で戦えと!? 下着すらないのに!?」

 

「例えノーパンであろうとも!」

 

「例えノーブラであろうとも!」 

 

「そこが例えベッドの上でなかったとしても!」

 

「「戦わなくてはならないのなら、戦わなくては何も守れないっ!」」

 

「何ですか、いつ打ち合わせしたんですか、何故二人とも口を揃えて言うんですか!? というか二人とも、どさくさに紛れてベルを押し倒したまま言わないで欲しい! 早くそこを退きなさい! ベ、ベル! 貴方も何とか言ってください!」

 

そして――バキリッ、と。

走った。

未だ巨大な何かが蠢く白水晶に、深く歪な線が。

 

「ごめんなさいリューさん・・・僕がブルマのスペアを持ってこなかったばかりに・・・」

 

生じた亀裂から水晶の破片が煌めきながら、儚く落下していく。

 

「そんな反省はいらない、いらないんです! そもそもは私達が勝手に罠に嵌っただけのことなのだから! だから泣きそうな顔をしないでください、貴方は決して悪くない!」

 

「三人は一体全体どうしてダンジョンの中でほぼ裸になるみたいなことになってたんですか?」

 

「リオンに追いかけられて」

 

地中の門番(トラップモンスター)の穴に落ちて」

 

「都合よく服だけを溶かす溶解液に浸けられた」

 

「「そして倒した!! 何が溶解液だ、アルフィアに日々虐められて来た私達の敵ではない! ざまぁみろ、女の敵め!!」」

 

「・・・・・・」

 

「え、なんでベル君ドン引きしてるの・・・?」

 

「アーディさん、ちゃんと隠して・・・見えてるから」

 

「あ・・・やん♡ ベル君の助平」

 

「僕悪くないよね、むしろ僕の防御力下がってるよ!? だって火精霊の護符(サラマンダーウール)はアーディさん、シャツはリューさんに貸してるんだから! 僕インナーだけなんだよ!?」

 

「などと馬鹿(コント)をやっている場合ではない、行くぞお前達!」

 

「ネーゼ達と合流だね!」

 

「まずは宿場町(リヴィラ)で装備を!」

 

意見の一致しない美女達は頭上の異音に負けず劣らずの言い合いをはじめながら、妖精はシャツをこれでもかと引っ張りながら下半身を隠し、大和撫子は着物が擦れるのか体を抱くようにしながら走り、鈍色の髪の美女は火精霊の護符(サラマンダーウール)が捲れないように押さえながら森の中を走って行く。

 

 

×   ×   ×

18階層 東端付近

 

黒い何かは水晶の内部をかきわけるように、その身を徐々に大きくしていく。

 

「あー・・・くそ、恥ずかしい・・・しかし、これっぽっちの神威で・・・冗談だろう? この小太刀の持ち主は・・・ひょっとしてアストレアの眷族か? まさか、バレた? いやいや、まさかな。しかし危ない所だった。下手をしたら脳天直撃(ヘッドショット)だぞ」

 

エレボスは膝を抱えて土を弄っていた。

土をガリガリと削っているのは、先程、突如として跳んできた白刃だ。

闇派閥の信者達は、そんな、エレボス曰く『しょんべんチビッたレベルの神威』で異常事態が起きてしまったといじけているエレボスの小さな背中を、なんともいえない顔をして見つめていた。

 

非常に気まずい空気が漂う。

信者達の視線を浴びながら、天井へ視線を向ける。

眼下のものを上から押し潰すような巨大な亀裂音が放たれ、エレボスは哀愁を漂わせて瞼を細めた。

 

「・・・・ダンジョンは()()()()()。こんな地下(こんなところ)に閉じ込めている、神々(オレたち)をな」

 

信者達が何が起きているのか聞く前に、それを察したかエレボスは語る。

水晶の破砕音に連なるように、階層内にいるモンスターの遠吠えもまた、四方から重なり合いながら木霊してくる。

 

「はぁー・・・こうなっては仕方ない狙われる前に逃げおおせるか。お前達、覗きはまた今度だ。住処(クノッソス)に帰るぞ、俺を無事に送り届けろ」

 

「は?・・・ハッ、畏まりました!」

 

止まらない亀裂。

降りしきる水晶の雨。

開花した菊の花を彷彿させるクリスタルの中央から、それは音を立てて顔を出す。

エレボスはその光景を見て、予定とは少し違ってしまったことに困り果てたように、眉を下げて笑った。

 

「『神獣の触手(デルピュネ)』ほどではないだろうが・・・気張れよ、少年」

 

これから起こることを観戦できないことを残念に思いながら、エレボスは姿を消していった。

 

 

×   ×   ×

18階層 宿場町(リヴィラ)

 

水晶を突き破ったそのモンスターは、まず頭部から姿を晒した。

まるで18階層の天井から生首が生えたように現れ、ぎょろり、とその巨大な眼球を動かし、天地逆転している眼下を睥睨する。すぐに肩と腕も出現させたモンスターは、上半身を半ばまで剝き出しにしたところで、その口を開いた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

階層全土をわななかせる凄烈な産声を上げ、巨人のモンスター『ゴライアス』は、17階層という定められた領域を飛び越え、この安全階層(セーフティポイント)に産まれ落ちた。ゴライアスは水晶を割りながら腰まで姿を現すと、後は重力に従うように天井から落下した。

まるで黒い隕石。

輝く細かな水晶の破片、あるいは人を容易に呑み込むほどの大塊を周囲に引き連れて、地面に向かって墜落する。巨人は空中で一回転し、次いで爆音とともに、直下にあった中央樹をその二本の大足で踏み潰した。全ての者の耳を聾する巨大樹の悲鳴。根もとの樹洞は完璧に押し潰され、むしろ樹そのものが半分まで地中に埋まり、太い幹もひしゃげる。更にその後を追って、結晶の雨が潰れ果てた中央樹付近の大草原に突き刺さっていく。

 

「一体、何が起きているんだ・・・!?」

 

「おいおいおい、【ロキ・ファミリア】はさっき出て行ったばかりだぞ!?」

 

桜花が驚愕を浮かべ、ヴェルフが頬に汗を垂らして天井を見上げる。

それは他の冒険者達も同様に、唖然、驚愕、茫然。

何が起きているのかはわからない、しかしあれが()()()というのだけはわかる。そんな顔をしている。

 

「ネーゼ殿、ベル殿達は!?」

 

「・・・戻ってない。脱出しようにも、上に繋がっている道は崩落で潰されてる。下に行くのも、無理」

 

「ということは・・・?」

 

「アレを倒さないと・・・どうしようもない」

 

 

青空は既に消えていた。

ゴライアスが突き破ってきたことで光を恵んでいた筈の白水晶は完全粉砕され、階層からは明るさが消え失せている。罅割れた青水晶だけが天井に残された18階層は、一転して、まるで月夜の晩のような蒼然とした薄暗さに包まれた。やがて、異常事態(イレギュラー)の塊、階層中心地に君臨した『迷宮の孤王(モンスターレックス)』はゆっくりと顔を上げ、潰れた大樹から飛び降りる。

 

「なんじゃあ、ありゃあ・・・・」

 

西部の湖沼、島の上に位置する『リヴィラの街』からも、その光景ははっきりと確認できた。南端の方角へ振り返り退路が断たれていることを認めるネーゼ達は、すぐ近く、換金所から出てきた眼帯の店主の姿を見た。彼も、いや、彼等冒険者達もまたこの異常事態を呆然と眺めている。安全階層に階層主が産まれ落ちたという特級の異常事態に、保身の術に長けている筈の(リヴィラ)の冒険者達は、一向に行動を起こせずにいた。

 

本来の体皮を薄い灰褐色を忘れ、全身を黒く染め上げた黒いゴライアスは、鮮血の色をした目玉をぎょろり、と動かし近くを逃げ惑う冒険者達に照準した。冒険者達の悲鳴が木霊する。

 

「ボールス・エルダー・・・・」

 

「あん? おめぇ・・・【アストレア・ファミリア】か!? へへ、助かったz――」

 

「悪い話と悪い話、どっちから聞く?」

 

ボールスが言い終わる前に、ジトリとした目つきをしたネーゼが口を開いた。

彼等リヴィラの住人が何を考えているのかは予想をつけていたのだろう。「【アストレア・ファミリア】がいる! ラッキー! よし、あいつらに倒してもらおう!」などと言おうとしたのだろう。きっと。それを遮ったのだ。

 

「・・・・・そうだな、悩むところだが、悪い話から聞かせろ」

 

「まず、今回【アストレア・ファミリア(わたしたち)】は団員が全員ここにはいない。いるのは、リオン、輝夜と・・・新人(ルーキー)だけどベル」

 

「ベル・・・ベル・クラネルか。確か【静寂】のガキだったか。んで、そいつらは今、どこにいやがるんだ?」

 

「さあ? まだ戻ってきていないからわからない。あと、【ガネーシャ・ファミリア】のアーディも輝夜達と一緒にいる」

 

「・・・・・・お前の後ろにいる奴らは?」

 

「この子達は駆け出し」

 

「チッ、使えねえ」

 

「おいアイツ今、わざと聞こえるように舌打ちしやがったぞ」

 

「落ち着け鍛冶師。駆け出しの俺達が戦力で数えられなかったとしてもそれは仕方のないことだ。実際、俺達だけでは行動一つ起こせない」

 

 

パーティを率いる代表としてネーゼがリヴィラの頭目であるボールスと会話をする。【アストレア・ファミリア】が全員いないと聞こえた時点で肩を落とし、ネーゼの後ろにいる年若い冒険者達が駆け出しだと知ると更に悪態をついてヴェルフをキレさせる。それを宥めたのは、桜花だ。

 

「で、もう一つの悪い話はなんだ」

 

「退路が断たれた。南の洞窟は崩れて、私達は事実上この階層から脱出することができない。つまり、あれをどうにしかして討伐するしかない」

 

「と、討伐ぅ!? 馬鹿いってんじゃねえぞ!? じ、時間を稼いで洞窟をさっさと掘り返しゃあ、トンズラすることだってできるはずだろうが!?」

 

「笑えない冗談だよ。ここからでもわかるくらい盛大に崩落している洞窟を、再開通させるまでどれくらいの時間がかかるんだ? 半日、それとも丸一日? あんたの言う時間を稼ぐ奴等が階層主に蹴散らされる方が早い」

 

「・・・・オ、オレ等が全員出しゃばらなくても、ゴライアスの一匹くらい、精鋭を連れて行けば・・・」

 

「ついさっき言ったけど、【アストレア・ファミリア(わたしたち)】は全団員がここにいるわけじゃない。タイミング的に【ロキ・ファミリア】とすれ違う形で階層主が産まれたから、ひょっとしたら援軍も・・・なんて考えてしまうけど、それは洞窟を開通させない限り難しい」

 

協力な魔導士が岩石を魔法でぶち抜いてくれれば、ワンチャンあるかもしれないけれど・・・。最後は濁すように言うネーゼは、どちらにせよあの階層主を討伐しない限り、脱出は不可能だし救援を期待するのもやめた方がいいと付け足して口を閉じた。

 

「・・・・ちくしょうめ」

 

ネーゼの説明に、観念したようにボールスは項垂れた。

間を置かずその凶暴な人相を振り上げ、腕の動きとともに大声を張る。

 

「話は聞いてたな、てめえ等ぁ!? あの化物と一戦やるぞぉ! 今から逃げ出しやがった奴は二度とこの街の立ち入りは許さねえ!」

 

号令が下され、他の者も腹をくくったようだ。

街に宿泊していた冒険者達も走り出し、武器を持って続々と大草原へと向かっていく。

にわかに準備で忙しくなる周囲を見渡した後、ネーゼはヴェルフや桜花、命に千草に振り返った。

 

「ごめん、せっかく18階層まで来れたのに危険な目に遭わせることになって」

 

「気になさらないでください、これも良い経験です!」

 

「ま、ダンジョンは何が起こるかわからないからな・・・」

 

「戦わなくてはならないのなら、戦うしかない」

 

18階層に足を初めて踏み入れた後輩達に危険な目に遭わせてしまう。

それが自分のせいでないにしても、謝罪する狼人の先達に気にしないで欲しいと笑ってみせる桜花達。彼等に「ありがとう」とだけ言って、ネーゼはゴライアスを見据える。

 

「ベル殿達は無事でしょうか」

 

「・・・・わからない。でも、輝夜達がいるなら、無事だと思うし・・・多分、階層主(アレ)と戦うと思う。何より、あるもの全部出し切らないと、倒せない」

 

「あるもの全部・・・?」

 

「そう、あるもの全部。あれはただの階層主とは違うと思う。 だから、君が毛嫌いしている『魔剣』だって使わなきゃ勝てるかわからない」

 

「・・・・っ」

 

背に背負う魔剣。

それは飾りか、と厳しい目つきになって言うネーゼに返す言葉がないヴェルフは拳を握り締める。ベルならどうだろう、あいつには【ゼウス】と【ヘラ】の血が神血でないにしても、流れている。それを忌避したことはないんだろうか。俺と同じように血を呪いだと思ったことはないんだろうか。そんなことをふと疑問に思って歯を食い縛り両頬を叩いた。

 

「・・・悪い、何とかする」

 

――多分、あいつはそんなこと、考えたこともねえだろうな。じゃなきゃ、俺に魔剣を鍛てなんて茶化して言ってこねえ。

 

「・・・そう。じゃあ、皆、行こう!」

 

全員が、巨人を見据えた後、駆け出した。

向かうのは、悲鳴と爆音が起こる階層中心地帯。

雄叫びと共に巨人が猛る戦場へと、冒険者達は身を投じるのだった。

 

 

×   ×   ×

18階層 大草原 

 

 

戦場である大草原では地獄絵図が広がっていた。

ゴライアスの標的となった冒険者達は悲鳴を上げ、逃げ遅れた者からその太腕に殴り飛ばされ宙を舞う。直撃を避けたところで結果は同じで、人の体が紙屑のように吹き飛んでいった。

 

「ち、ちくしょう! なんだってゴライアスが産まれるんだぁっ!?」

 

「モルド、やべぇ、逃げきれねえ・・・っ!」

 

「は、はひゃああああああああああああっ!?」

 

絶叫が次々に打ち上がるが、我先にと逃走する彼等に他者を顧みる余裕はない。全ての者が巨人に背中を向けて、一心不乱に距離を取ろうとする。敗兵達の潰走(ついそう)もかくやという(てい)で彼等はばらばらに遁走していった。

 

『・・・・・ォォ』

 

方々に散らばる冒険者達に顔を歪めるゴライアス。

巨人のモンスターの体格は豚頭人体(オーク)のそれに近い。足は短く、たくましい上半身の規模が総身の六割ほどを占める。常に前屈みになっている背には長い頭髪がかかっていた。散り散りとなっていく無数の小さな影に、ゴライアスは追いかけるのを止めた。血のように赤いその眼球を凶悪にぎらつかせ、背を軽く反る。

 

そして次の行動で、巨人のモンスターは口内を爆発させた。

 

『―――――――アァッ!!』

 

大音声とともに放たれたのは、衝撃波だった。

最も遠く離れていた一人の冒険者のもとに着弾し、草原が爆ぜ、彼は声も上げられないまま吹き飛んでいく。糸の切れた人形のように地をごろごろと転げまわって行くその姿に、逃げ惑う冒険者は荒肝を拉がれた。

 

咆哮(ハウル)

『恐怖』を喚起し束縛する通常の威嚇ではなく、魔力を込め純粋な衝撃として放出される巨人の飛び道具。その効果範囲は魔犬(ヘルハウンド)の比ではなく、威力そのものも馬鹿馬鹿しいほどだ。距離を稼ごうが狙い撃ちされる悪夢の展開に、冒険者達は例外なく青ざめた。

 

『オオオオオオオオオオオオオッ!』

 

立て続けに、ゴライアスは天を仰いで雄叫びを上げる。

階層の隅々にまで届く階層主の叫び声が呼んだのは、モンスター達。

森から、草原から、湿地帯から。

18階層に棲息している大量のモンスターが、ゴライアスのもとに召喚される。集まってくる様々な種類の怪物の群れに、冒険者達はとうとう凍り付く。モンスターの波は哮り声を上げながら、四方から襲い掛かってきた。

 

「ひ、ひぃいいいいいいいいいいっ!?」

 

武器を抜き応戦せざるをえない冒険者達へ、ゴライアスは冷酷に進行を再開させる。『咆哮(ハウル)』を撒き散らしながら呼び出した尖兵(モンスター)ごと獲物を弾き飛ばし、そして冒険者の一人に肉薄した。自身を優に呑み込む巨大な影。赤い両眼に見下ろされ、立ち竦む獣人の冒険者。背に溜められた巨拳――もらえば冒険者だろうがモンスターだろうが即死させる大鉄槌を、ゴライアスは吼声とともに振り下ろす。

 

「――【アーネンエルベ】!」

 

しかしそこへ、陣風のごとく疾走してきた冒険者達がいた。

金髪のエルフに、黒髪の大和撫子の二人がゴライアスの死角、真横から突撃し、速度を上乗せした渾身の一撃で振り抜いた木刀を、刀をほぼ同じタイミングで敵の左膝へ叩き込む。鼓膜を滑り抜ける快音が響き渡り、支柱である足を強打されたゴライアスの攻撃は、獣人の冒険者から大きく逸れ、地面を粉砕した余波で冒険者が吹き飛ぶ。

 

さらに、別の場所でゴライアスの膝と同じ高さから雷が地に落ちると、その落下地点にいた冒険者達へと襲い掛かっていたモンスター達が爆砕した。続いて雷が人の形をしたような存在が次々と劣勢に立たされている冒険者へと急接近し、モンスター達をその体ごと自爆という形で雷で撃ち抜いていった。それはベルの魔法によるものだ。

 

「ベル君、無茶したら怒るからね!」

 

「は、はい!」

 

ベルが詠唱している間、庇ってくれていたアーディは言うと輝夜達のいる場所へと駆け出して行った。

その後ろ姿をぽかん、とした顔で数秒呆けていたのは他ならない冒険者達である。

 

「あ、あいつが【静寂】のガキか・・・!?」

 

「一瞬でモンスター共がぶっ殺されやがった」

 

「本当にLv.2か!?」

 

そんな動揺を孕んだ言葉に、返って来るものはない。

モンスターの吼声を聞いてすぐさま、ベルが戦闘を再開させたからだ。

 

 

 

×   ×   ×

18階層 大草原

 

 

「おおおおおおおおお!」

 

「ハァアアアアアア!」

 

斧と刀、それぞれの得物で同じ左膝を攻撃した桜花と命。

二人は輝夜達の姿を見て恐れを激しい表情の奥に封じ込め、後に続いていた。

しかし次には瞠目する。

手首を撃ち抜く硬質な手応え。桜花の戦斧は刃が欠け、命の刀にいたっては刀身が折れた。強固な金属鎧をも上回る階層主の体皮に、かすり傷しか残せない。

 

「何を呆けている馬鹿者、さっさと離脱しろ!」

 

輝夜の鋭い呼びかけが驚愕が抜けきらない二人の耳を射抜く。

はっと体を揺らす桜花と命が振り向くと、己の左手から右手に抜けていく桜花達をゴライアスの視線は追尾し、目端を裂いた怒りの形相で睨みつけていた。巨人はぐっと腰をひねり、その極腕を大薙ぎに振るう。

 

「ぐ、おおおおおおっ!?」

 

「~~~~~~~~っ!?」

 

巻くように放たれた右腕の攻撃(スイング)

ゴライアスの周囲を半回転した拳の旋風に、間一髪逃れることに成功した桜花達は、それでもめくり上がる地盤とともに弾き飛ばされた。追い打ちとばかりに、草原へ転がった桜花と命にゴライアスは開いた口を照準ささえる。

 

「【燃えつきろ、外法の業】――【ウィル・オ・ウィスプ】!」

 

瞬間、『咆哮(ハウル)』を放とうとしたモンスターを大爆発が襲った。

くぐもったような叫び声が爆ぜる顔面の周囲、陽炎の残滓が火の粉と共に霧散していく。黒煙を吐くゴライアスへ腕を突き出しているのは、対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)を発動させたヴェルフだ。

魔力の塊が装填された『咆哮(ハウル)』の強制中断。

大草原の一角から、彼は緊迫した眼差しで立ち込める煙の奥を見つめていると・・・ギロリ、と。

血走った瞳で既に砲撃体勢に移行しているゴライアスが、ヴェルフの見開かれた目の中に飛び込んだ。焼かれた顔と口内を全く意に介さず、巨人の『咆哮(ハウル)』が繰り出される。

 

「ふっ!!」

 

『グッ!?』

 

ヴェルフへの『咆哮(ハウル)』は外された。「うおおっ!?」と叫ぶ彼を救ったのはリューである。

七Mにも及ぶ体躯の背中を瞬く間に蹴上がり、巨人の後頭部を強襲、『咆哮(ハウル)』の射撃角度をずらしたのだ。彼女は木刀を振り切った反動を利用してゴライアスの頬を蹴りつけ、すぐに地上へと退避する。

 

「リオン!」

 

「アーディ!? ベルと・・・他の冒険者達は?」

 

「ベル君が魔法使ったから大丈夫! んでもって他のモンスター達と戦ってる! あとリオン、これ」

 

合流を果たしたアーディ。

アーディがリューへと、腰布(パレオ)を差し出した。道中、戦っている女戦士(アマゾネス)に譲ってもらったものだ。

 

「・・・た、助かります」

 

「お腹冷やすの、良くないからね」

 

「・・・・」

 

キュッとシャツを引っ張るリュー。

それをギョッとした目をした桜花とヴェルフへと命、ネーゼがそれぞれ「見るな!」とばかりに殴打し二人は「うぐぅっ!?」と苦悶の声を上げた。ササッと手早く腰布を巻いたリューは、澄ました顔をしてゴライアスを見据える。しかし金髪からはみ出るようにして生えている尖った耳は赤かった。

 

「どう、リオン? あれ倒せそう?」

 

「倒せる倒せないではなく、倒すしかないでしょう。 しかし固い・・・それに、動作が速い。やはり通常の階層主(ゴライアス)とは違う」

 

「過去に戦った黒いモンスターと同様の存在だとすれば、あいつは『自己再生』を持っていると考えた方が良い。その証拠に斬っても斬っても、すぐに修復されている」

 

アーディの問いにリューが答え、輝夜が付け加える。

17階層に出現する標準のゴライアスはLv.4相当。過去に【アストレア・ファミリア】だけで何度も撃破した経験のある二人にとって、現在相対している個体は訳が違った。彼女達の手さえも痺れさせる防御力に、本来持ち得ない飛び道具の『咆哮(ハウル)』、何より超大型級のモンスターに似合わぬ反応と初動の速さ。

 

「「敵の潜在能力(ポテンシャル)はLv.5に届く」」

 

二人はそう判断する。伴って彼女達は、この状況下でただ一人、撃破の糸口を探し出そうとした。

 

「逃亡は無意味、この巨人に背を見せた者から、戦意に少しでもほころびが生じた瞬間から取って食われる」

 

Lv.4の二人は攪乱を主体にしつつ、敵の脚を幾度となく狙った。

二人の攻撃はゴライアスが唯一『痛撃』と見なす威力を備えていた。更に彼女達を筆頭とすることなく周囲を動き回る小さな影達。目障りだと激昂するように、ゴライアスは両腕を振るい怒声を上げた。

 

『ゥゥ―――オオオオオオオオオオオァアアアアアアアアアッ!!』

 

 

「他の冒険者達も周囲のモンスターを殲滅する者、戦っている者達の元へ急行する者、階層主へと直進する者もいるが・・・火力が足りん。ネーゼ、頭目(ボールス)はどうした!?」

 

「戦うしかないって腹括ってくれた。多分、魔導士を固めてぶつけてくると思う」

 

「こういう時ばかりは頼もしい限りだな。ならば・・・リオン、私と貴様で、敵の意識を分散させるぞ」

 

「わかりました、やりましょう」

 

「アーディ、悪いが武器の補充とボールスの元へ行って魔法を外したら許さんと言っておいてくれ・・・桜花、命、千草、お前もついていけ。獲物を失ったお前達はただのお荷物だ」

 

「「お、お荷物っ!?」」

 

「輝夜、私はベルを呼んでくるよ。あの子の魔法があった方がいいでしょ?」

 

「わかった・・・あいつが無茶しない程度に連れて来てくれ、ネーゼ」

 

指示を出した輝夜はリューと共にゴライアスの周囲を動き回る。

巨人の攻撃の矛先は、速度自慢の彼女達に暫時固定された。

 

 

×   ×   ×

輝夜達とゴライアスが交戦している地帯から、約一〇〇M南東。

 

モンスターの群れに襲われる冒険者達は敵味方入り乱れての戦闘を繰り広げていた。

モンスターの啼き声と冒険者達の悲鳴が交錯する中、大甲虫(マッドビートル)熊獣(バグベアー)狙撃蜻蛉(ガン・リベルラ)猛牛(ミノタウロス)・・・あらゆる種類の中層のモンスターが周囲から途切れることなく押し寄せ、ベルはそれらと相対していた。

 

『ガアアアアアアア!!』

 

「ふっ・・・はぁっ!」

 

振るわれた爪を、分身が盾で弾きベルの持つ直剣が胸を魔石ごと貫く。次いで背後から噛みつこうとしてきたモンスターの顎を女戦士(アマゾネス)を彷彿とさせる姿の分身が蹴り上げ、ベルが回転を利用して斬り捨てた。前後左右、四方を問わず飛び掛かってくるモンスター達に、ベルは単独でありながら集団での戦いを行っていた。

 

目と鼻の先で大型のモンスターの胸が貫かれ、命を落とす寸前であった冒険者達の恐怖によって老婆のように歪んだ顔は、ベルによって安堵と唖然に塗り替えられる。

 

彼等がベルの名を聞く間もなく、すかさず別のモンスターが迫りくる。

バグベアーが放つ横殴りの爪を咄嗟に身を屈んで回避し、剣を斬り上げ、撃破した。それを呆けた顔で見ていた冒険者の襟首を、何者かが、がしっ、と掴んで雑に運ぶ。

 

「『脱出(おかあさん)』」

 

「いっ、ででででででででぇっ!? だ、誰だっ、尻がぁ!? ――――ひぃっ!?」

 

視界が揺れた瞬間、冒険者は倒れた姿勢のまま引きずられていく。

ドレスを揺らす美しい女性――アルフィアを彷彿とさせる分身が彼の体を容赦なく運搬していたのだ。草原のあちこちに生えている水晶によって、彼の口から悲鳴があがる。たちまち乱戦地帯から抜け出しモンスターのいない草原で、分身は彼を投げ捨てる形で開放し姿を霧散させた。自分を運んでいたのが誰なのか確認しようとした彼は、幽霊を見たように悲鳴を上げた。霧散し、消えていく彼女の表情はわからないが、どうしてだか「こんなことに使われた」とばかりに不満たらたらな雰囲気を纏っていたと後に彼は語る。

 

 

×   ×   ×

ゴライアスから距離を置いた小高い丘

 

潰れた中央樹と洞窟を結んだ真南の地点で、(リヴィラ)冒険者(じゅうにん)達が即席の拠点を設けている。

 

「てわけで、輝夜とリオンが囮をするから大きいのを当てて欲しいんだ!」

 

「よおおしっ、てめー等、そういうことだ! 心置きなく詠唱を始めろぉ!」

 

アーディから指示を聞くと、ボールスの号令によってエルフをはじめとした魔導士達が数ヵ所に塊、『魔法』の詠唱を開始する。限られた者の足もとに咲き誇る多種多様の魔法円(マジックサークル)。魔法の威力や効果範囲を増加させる強化装置であり、発展アビリティ『魔導』を習得した者のみに与えられる、いわば上位魔導士の証だ。長文詠唱による強力な砲撃の準備が着々と進められていく。美しい呪文を紡ぐ間無防備になるそんな彼等を庇うのは、大盾を持ったドワーフ達だ。

 

「武器はいくらでもあるからなぁ、畜生! 獲物が潰れたらさっさと交換に来い!」

 

「よし、千草ちゃん貰って行こう! 君達も使えるのがあったら持って行っていいよ」

 

「は、はいっ!?」

 

剣や槍をはじめとした武器を片っ端から地面に突き刺し、盾を並べ、予備の装備品を提供していく。筋骨隆々のドワーフや獣人達が大剣や大盾を遠慮なく持ち去って行くのを見たアーディが、千草へと言うと輝夜達の元へと運べるだけの武器、或いは戦闘中に武器が使い物にならなくなるのを前提に予備を手に取って行く。桜花と命は自分達が使っている得物と似通った、使いやすいものを手にしていく。ふと、巨人のいる方角を見ると【ファミリア】の垣根を越えて総勢百名に達する冒険者達が、巨人のモンスターを包囲しつつあるのがわかり、千草は思わず「すごい」と零す。

 

「れ、連携なんて取れるんですか!?」

 

「馬鹿言ってんじゃねえ、仲間でもない奴等と連携なんざ不可能だ」

 

移動を続ける冒険者達がゴライアスを取り巻いていく。勝手知ったる仲間でもない彼等は緻密な連携はもとより捨て、互いの邪魔にならない間合いを確保した上で各々の行動に走っているのだ。

 

「前衛も仕掛けろ! 何だったら一発かまして、名を上げてきやがれ!」

 

不穏な空気に気付いたゴライアスが『咆哮(ハウル)』を撃つが、前衛壁役として機能するドワーフ達の盾が受け止める。後衛である魔導士達に余波さえ微塵も届かせない。『咆哮(ハウル)』の威力は巨人の直接攻撃に比べればまだ低い。振り回される手足に捕まらなければ、盾を構えた彼等なら十二分に防御することができる。Lv.3の者もまざる大勢の前衛壁役は、ゴライアスの巨碗だけは防ぎ切れないと判断し、最前線の攻撃は輝夜とリューに一任し、魔導士達の防衛に徹した。

魔導士達と前衛壁役を脇目に、命知らずの前衛攻役(アタッカー)も動き出す。発破をかける声に上等だと息巻き、四、五人の小隊を組んで果敢に突っ込んだ。輝夜とリューがゴライアスの注意を奪った瞬間を突き、二本の大脚へ打ち込まれる大剣、破壊槌、斧。下半身を揺らす複数の衝撃に巨人は両眼を吊り上げる。モンスターの怒りの声が上がるのを脇に、都合六つ結成された小隊は断続的に斬りかかっていった。




や・や・こ・し・い

エレボス→ごめん、帰るわ
輝夜、リュー→ネーゼ達と合流→ゴライアス
ネーゼ→ベルを呼びに
ベル→アーディに守られて魔法行使+アーディ、輝夜、リュー離脱後、冒険者達とモンスターの討伐。一人で集団戦闘するベルに冒険者達ぽかーん。
アーディ→桜花達を連れて輝夜達から離脱→ボールスの元へ→武器の補充

ロキ・ファミリア→18階層を出た後にすれ違うようなタイミングで地震発生(黒ゴライアス)→18階層に続く穴が崩落していると後続の部隊に報告を受ける

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