アーネンエルベの兎   作:二ベル

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シルバリオ・ゴスペル⑦

 

 

【アストレア・ファミリア】本拠『星屑の庭』

 

 

決して大きくない、けれど瀟洒(しょうしゃ)な白い館。

そんな館の中でも広い、幾つもの長椅子(ソファー)が揃えられた団欒室で、普段着用している赤を基調とした戦闘衣装(バトルクロス)ではなくキャミソールに短パンというラフな格好をしたアリーゼがしなやかな足を延ばし寛いでいた。一本に束ねられていた赤い髪は流され、長椅子(ソファ)の上で左右に広がっている。

 

 

「・・・・・・暇」

 

いつもの活発な団長は、ベルと18階層に行くはずだったというのに都合悪く『女の子の日』が到来。どこか調子悪そうにしているのをベルに見抜かれ留守番をさせられていた。アリーゼとしては別に、女として生きている以上はついてまわるものだし、それでダンジョンに行けないほどかと言われれば、「いや、別に」といった具合だったがあの深紅の瞳でじぃーっと見つめられれば「ぐぬぬ」と従うしかなかった。

 

長椅子(ソファ)の上で仰向けになって寝転がり、膝を何度も交差させる。

他の団員達は日々の活動に出ている者もいれば、食品類の買出しに出ている者もいるし、本拠内の清掃だとか洗濯をしている者もいて話し相手は碌におらず、腕を伸ばせば届く距離にあるテーブルの上には読み終えたであろう小説と、つまんでいたお菓子に紅茶が置かれている。つまるところ、アリーゼは死にそうなくらい暇なのだ。

 

「そりゃあ、あの子は6歳の頃から女所帯で暮らしているわけだし? アルフィアも女のあれこれを何一つ教えていないわけではないだろうし? 気を遣ってくれるのは嬉しいんだけど・・・大丈夫って言ってるんだからちょぉーっとくらい信じて欲しいものよねえ」

 

そりゃあ? 冗談で?

「ベルがベッドまでお姫様抱っこで運んでくれたら大人しくしているわ! お腹痛くて歩けないの♡」とか言ってみたんだけど? まさか「わかった」って言って本当にするとはアリーゼも流石に思わなかった。というかそれを言う前に「大丈夫だから! 一緒にダンジョン行くから!」と説得しようとしたら、「お義母さんは大丈夫って言いながら血を吐いたからダメ」なんて言って圧をかけられた。アルフィアと私を一緒にしないで欲しいと思うけれど、小さかった頃のベルからしてみれば大好きな母親が口から血を「コフッ」と吐くのはトラウマもので、ちょっとばかり神経質になってしまうのかもしれない。

 

過去。

 

「あまり私の手を煩わせるな、死人が出るぞ」

 

「・・・・へえ、誰が死ぬって?」

 

「私だ」

 

「お前かよ!!」

 

そんな、アルフィアがたまにするふざけたやり取りもあったが、彼女はいつも真顔というかあの涼しい顔でしてくるものだから冗談が冗談になってこない。なんなら夕飯のオムライスにベルがケチャップをかけようとすると、どういうわけか既にかかっていたことすらあった。アルフィアの口元も不思議なことに赤かった。

 

 

閑話休題。

 

つまりは、その手の出来事が何かしらベルに影響を与えてしまっているのかもしれないとアリーゼは考えた。

 

「ていうか・・・あれよねきっと。27階層で出てきたあの化物の一件・・・あれでアルフィアの寿命縮めちゃったようなものだし、アルフィアは片手切断されてんのにぷらんぷらんさせて「ほら、私は元気だ」とかベルの前でやったのが原因よね、うん、きっとそれだわ。まだ10歳にもなってない子にすることではないわ! いや10歳になっていたとしてもトラウマものだけど」

 

瞼を閉じてアルフィアのことを思い浮かべ、過去に起こった自分達にとってのトラウマを思い出して、ぶるりと震え上がる。アルフィアがいなかったら本気(ガチ)で全滅か一人だけを生存させる結末に至っていただろう・・・そして生き残った一人は闇落ちしてしまうのだ。とアリーゼの可憐な脳みそが答えを導きだす。そんなところに、女神がやってくる。

 

「さっきからブツブツと・・・貴方は何をしているの?」

 

「あ・・・・アストレア様」

 

長椅子(ソファ)を一人で占領して・・・動けないわけではないのなら、少しは働いたら? だらしないわ」

 

「うぐ・・・」

 

「そんなだらしないところ、ベルに見せてはダメよ?」

 

「だ、大丈夫ですよ! あの子、意外と女の子のだらしない所見てますし! 外では猫被ってる輝夜が本拠の中では裸みたいな恰好してうろついていたり、部屋に下着やら服やら散らかってたりするのあの子知ってますし! 憧れの金髪エルフのお姉さんのくせに、リオンは暗黒物質(ダークマター)しか料理できないのも身をもって知ってますし! 私が作ったご飯も、どうしてだか赤く染まっちゃって汗めっちゃかくのもあの子は身をもって経験してますし! 女の子のダメなところ、結構知ってますから! 今更ですよ! 胸チラ、尻チラ、どんとこい!」

 

「・・・・はぁ」

 

アストレアは溜息を吐いた。それはもう、おもったいのを。

長椅子(ソファ)に座ったアストレアはアリーゼの前髪を分けるように撫でると「だからと言ってそれを開き直るのはどうかと思うの」と首を横に振った。女性らしい、なだらかな線を描きながら、けれどしなやかな肢体を包む穢れを知らない純白の衣。そこに納められた深い谷間を作る乳房がわずかに揺れ動き、ほぼ真下から見るアリーゼは、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 

「あの、アストレア様」

 

「ダメよ」

 

「お願いします、アストレア様」

 

「だーめーよ」

 

「ていうかまだ何も言っていないのに、どうして断るんですか!? 悲しいです!」

 

「貴方の視線が、邪というか・・・あまりよろしくない感じがするからよ」

 

「ベルにはしてあげるのに、ですか?」

 

「・・・・あの子は自分からぐいぐい来ないもの。わざと無防備なところとか、際どい所を見せて誘惑してみても、あの子ったら悶々とするだけで触ってきたりしないんですもの。抱き枕にして密着してみても・・・・よく我慢していると思わない?」

 

「男の子って定期的に出してないと爆発するんですよね、大丈夫でしょうか」

 

「・・・・・貴方、嘘でしょう? 本気で言っているの?」

 

「え」

 

「え」

 

 

たまに仲間内で「アストレア様とベルはどこまで言っているのか」について話し合ったことはあるが、どうやらあまり驚くべき進展はないらしい。その証拠に、アストレアは自身の胡桃色の長髪を人差し指でくるくると弄り、星海のごとき深い藍色の双眸は悲し気である。

 

 

――ただ膝枕してほしかっただけなんだけどなあ。

 

髪を弄るアストレアの膝にシレっと頭を乗せると、それに気が付いたアストレアが「えいっ」とデコピン。けれど退かせようとはしないので、アリーゼはそのままアストレアに甘えておくことにした。真下から見える女神の乳房は、やっぱり立派で、自分のと比べると絶望的な戦力差だった。

 

「・・・・接吻(キス)ってしたことあります?」

 

「黙秘するわ」

 

逢瀬(デート)は?」

 

「そうね・・・最近のイベントだと『怪物祭』の時かしら? 他には、一緒にデメテルの所にお手伝いに行ったり、一緒に買出しに行ったり、孤児院に行ったり・・・あ、そういえば、ベルったら孤児院に行くと顔には出さないけど嫉妬(やきもち)しているみたいなの。それがもう可愛くて可愛くて・・・ふふふっ」

 

「・・・・待ってくださいアストレア様」

 

「え?」

 

アリーゼは思わず体を起こした。

え、何この女神様。

え、嘘でしょあの兎さん。

お祭りとかはともかくとして、『一緒にお買い物』とか『一緒に他派閥のお手伝い』とか『一緒に孤児院のお手伝い』とか、ほぼほぼ女神が日課というか趣味とかでやっていることを一緒にするのが、逢瀬(デート)!? 嘘でしょ!? アリーゼはそんな顔で、アストレアの美しい顔を見つめた。もうなんというか、真下から見えるおっぱいサイコー!!とか、ベルったらいっつもこの景色をみているのね!?とか、このおっぱいがいつも眠っているときに密着しているとか羨まし過ぎる、男の子ってアッチがイライラするんじゃないの!?もしかして女所帯で暮らしているせいで、アッチが反応しないの!?そんなことないわよね!?とかいろいろと邪なことを考えていたが、それはもうぶっ飛んだ。アストレアが「小さかった頃は、ほっぺを膨らませてやきもちしてますってアピールしていたのに、ふふふ」なんて幸せそうな顔をしているが、そんなの知ったこっちゃなかった。

 

「・・・・アストレア様、逢瀬(デート)ってそういうのなんですか!?」

 

「え・・・え?」

 

「冗談ですよね、嘘・・・ですよね!? 逢瀬(デート)っていうのはもっとこう・・・こう、あるじゃないですか!」

 

「こう、と言われても・・・」

 

『女神』という言葉は彼女のためにある。そう宣言してもいいほど、清廉で、潔白で、美しいアストレアはアリーゼが言わんとしていることがわからず、首を傾げるばかり。どうしてアリーゼが戦慄した顔をしているのか、まったくもって理解できていなかった。

 

「こう、待ち合わせをして」

 

「どうして一緒に暮らしているのに、わざわざ待ち合わせをする必要があるの?」

 

「ちょっと値は張るけど、美味しいレストランなんか行ったりしちゃって」

 

「美味しければ私は気にしないし、お値段が高い所だと変に気が張って味がわからないなんてこともあるでしょう?」

 

「ちょっとしたアクセサリーというか、お揃いの物を見つけて買ってみたり」

 

「・・・それはいいかもしれないわね」

 

「それで、夜は素敵な夜景の見える場所で『愛』を語り合ったり」

 

「夜は冷えるでしょう? 風邪をひかせては可哀想。 何も『愛』を語り合うのに場所は関係ないわ、寝る前にだって話せるもの」

 

「本拠に帰ってきてどうするんですか!? そこは、「今日は帰りたくないわ・・・」とか言って、防音がしっかりしていて、広いお風呂があって、大きくてフカフカのベッドがある、お金を払うことでご休憩のできるホテルに行く! これが定番じゃないんですか!? あ、それとも私達が留守にして、「今日は家に誰もいないの・・・」とかにします!?」

 

「う、うーん?」

 

鼻と鼻がくっつくのではないかというほどに顔を近づけ熱弁してくるアリーゼに、言い返しはするがアストレアはその圧力に仰け反って行く。ついにはバランスを崩し、短く「きゃっ」と悲鳴を上げて倒れこむ。アリーゼがアストレアを覆うような形になってしまうが、押し倒したように見られても仕方のない光景になっているが、アリーゼは気にしていられなかった。この女神様、普通に出かけて普通に帰って来るのを逢瀬(デート)だと思い込んでいた。いやひょっとしたらあの兎も同じことを思っている可能性すらある。それだと毎日逢瀬(デート)じゃないですか、と自分でももう何が言いたいんだかわからなくなるアリーゼ。しかし、二人の間に中々進展がないのはそこが原因なのではないかと思ってならない。

 

「ふ、普通に出かけて帰ってきてどうするんですかアストレア様。それは逢瀬(デート)って言うんですか!?」

 

「む・・・失礼ね。逢瀬(デート)というのは二人が楽しめてこそでしょう? 私もベルも十二分に楽しんでいるわ、ならそれはもう立派な逢瀬(デート)でしょう?」

 

「い、いや、そうかもしれないですけど・・・じゃ、じゃあ! 本拠の中で、一緒に掃除とか料理とかするのは何なんですか!?」

 

「・・・・家事、炊事?」

 

「そこはせめて、お家デートと言いきって欲しかったです!!」

 

「・・・・アリーゼ、貴方は何が言いたいの?」

 

「アストレア様、お二人の関係って何なんですか!? 主神(おや)眷族()ですか!? それとも、伴侶(こいびと)ですか!?」

 

「は、伴侶だなんて・・・貴方ったら・・・あの子はまだ14よ? 気が早すぎるわ」

 

「何、顔を赤らめてモジモジしているんですか!?」

 

ちょっと可愛いなって思っちゃったじゃないですか。

襲っちゃうぞ☆って思っちゃったじゃないですか。

普段から綺麗で可愛くて『お姉さん』属性強い女神様なのに、何なんですか!?

頬に手を当てて目を逸らすアストレアに、アリーゼは口をパクパクさせてそんなことを思った。乙女だ。目の前にいるのは乙女だ。いやまあ、星乙女とか言われているし、間違いじゃないんだろうけれども。まだアルフィアが天に旅立つ前に「僕、大きくなったらアストレア様と結婚する!」とか言われてハートを撃ち抜かれたアストレアが、「まだ早すぎる」とか言っているのがアリーゼとしては、痒いところに手が届かないような苛立ちを覚えてしまう。

 

「早いも何も、同衾しているじゃないですか!?」

 

「いやだって、アルフィアが天に還ってからあの子、アルフィアと過ごしていた部屋に行くと泣くのよ? そんな子を独りで寝かせられないでしょう?」

 

「それは7歳の頃の話です! あの子はもう14歳です! 私達と一緒にお風呂にも入ってくれなくなりました! どうしてぇ!? 入っているところに突撃しても、出ていけ!って追い出さないくせに、なんなら「アリーゼさん達の方が疲れているから僕が入って来るなっていうのは違う気がする」って気を遣ってくれる優しさ?を垣間見せてくれるくせに、見てくれない! 何、私達、女として魅力がないの!? こいつブチ犯してえとか思いなさいよ! 輝夜なんてあからさまに目の前で脱いだりしているのにっ!」

 

「欲望!! 欲望が漏れているわよ!」

 

「そりゃぁ、アルフィアがいなくなって悲しいのはわかりますけど! たまに、時刻を知らせる鐘が鳴ると寂しそうな顔をするときありますけど! クローゼットに仕舞ってあるアルフィアのドレスを見ると悲しそうな顔するときありますけど! あの子も年頃なんですから一人で寝て・・・いや、やっぱり一緒に寝てくださいお願いします。私達もあの子と一緒に寝たいんです! あの子がいるいないじゃ睡眠の質が違うんです!」

 

「貴方言っていることが滅茶苦茶よ!? どうして欲しいの!?」

 

「今のアストレア様の話を聞いていると、男女の仲というより、親子の域を出ないんですよ!」

 

「!?」

 

「いや、人それぞれなので一概には言えないんですけど、親子が一緒に出掛けている感が否めないんですよアストレア様の話は。確かにベルは、もうちょっとぐいぐい行きなさいって思わないでもないですけど、ほら、あの子そういうのわからないだろうし・・・」

 

「つ、つまり?」

 

「つまり! このままだとお二人は、マンネリ化してしまうんじゃないでしょうか!」

 

「!?」

 

「な、なんなら私達が予定(スケジュール)組みますから! 伊達に多忙だとか良い男がいないだとかで出会いに恵まれなくて、ひょっこり拾ったベルに「お、いい男に育てればいいじゃんぐへへ、皆で囲っちゃお」ってなっていただけのことはありませんから!」

 

「え、ええそうね・・・もし困ったときはそうしてくれると・・・というか、そこはせめて隠しなさい! 胸を張って言うことではなくってよ!?」

 

「だって! 本当にいい男がいないんですよ、オラリオって! イルカに跨って頬を染める髭モジゃな叔父様だとか、合法ショタのくせに同族オンリーとか言っておいて選好みする叔父様だとか、頭目やってるくせにただボッタくって稼いでいるだけのゴロツキ!! そう! ゴロツキのほうが多いんですよ!【超凡夫(ハイノービス)】はさっさと【貴猫(アルシャー)】とくっつきなさい! あんな良い子を嫁に貰わないとか・・・イライラする!」

 

「他所は他所でしょう!? 皆、頑張っているの!」

 

ぎゃーぎゃー、わーわー言うアリーゼに、これまたぎゃーぎゃーと言い返すアストレア。流石に本拠内が騒がしいと感じたのか、本拠の中を掃除、或いは洗濯していた団員がなんだなんだと様子を見に来てアリーゼがアストレアを押し倒しているような絵面に「不敬! あまりにも不敬!」と引きはがそうと更に騒ぎ出す。

 

そこに。

 

カタカタ、カタカタ...と本拠が揺れた。

 

「・・・地震?」

 

「何か起きたんでしょうか?」

 

「しれっとアストレア様のお胸を触らないのアリーゼちゃん!」

 

「アストレア様の立派なお胸が崩れたら大変でしょ? だから支えているのよ! フフン!」

 

「『超越存在(デウスデア)』は不変だから、崩れたり、垂れたりはしないわよ?」

 

「・・・・・マリューぅ」

 

「私の胸を見て悲しげな顔をしないでアリーゼちゃん」

 

揺れが収まったことで、アストレアの乳房から手を離すアリーゼ。

そして自分の薄い胸に目線を下げて、ふっと乾いた笑みを零す。どう足掻いても育っていない。内心、リオンとどっこいどっこいでしょ!? なんて思ってはいるものの、実は彼女の方が大きんじゃないだろうかと最近、思ってしまう。悔しい、とても悔しい。輝夜もマリューも大きい。ましてやマリューはアストレアに対抗しうる大きさの持ち主。これではベルもあちら側に(なび)いてしまってもおかしくはない。帰って来たらめいいっぱい揉んでもらおう。揉んでもらえば大きくなるって聞いたしと心の中でアリーゼは決意した。

 

「今の揺れで、ダンジョンに異変起きてないといいですけど」

 

「むしろダンジョンの異常事態でできた揺れだったりして」

 

「何もなければいいのだけれど」

 

「そんなまさかぁwww きっと今頃、地上を目指しているところですよ! そんな初めてのまともな18階層進出で異常事態にあうなんてこと、ありませんよ!」

 

「まああの子『幸運』持ってるしねえ・・・というか、『幸運』って何?」

 

はは、まっさかぁ。

そんな乙女達の笑い声が本拠の中で賑やかに木霊する。

まさか帰ってきたベル共々、18階層で黒いゴライアスが産まれて、閉じ込められて、戦う羽目になったという報告を受けるだなんて、この時は誰一人として思いもしなかった。

 

 

 

×   ×   ×

18階層 戦場南東

 

 

「ネーゼさん、輝夜さん達は?」

 

「あっちでゴライアスと戦ってるんだけど火力がイマイチ足りないからベルを呼びに私が来たってわけ。ほら、輝夜は魔法ないし」

 

「リューさんの魔法は?」

 

「リオンだけの魔法では無理じゃない? だから、他の冒険者達が詠唱している間、囮をやってくれている」

 

「なるほど」

 

他の冒険者達とモンスターを討伐を行っていたベルは、そこに現れたネーゼに連れられてゴライアスの元へ向かっていた。他の冒険者達と――とは言うものの、ネーゼが見たのは例によってベルの魔法で現れた分身たちによる数の暴力であり周囲の冒険者達は「この兎、敵に回すのやめておこう」といった顔をしているシーンだったのだが。

 

「ほいベル、精神回復薬(マジックポーション)

 

「あ、ありがとう」

 

いくつも木々を通り過ぎ、名を上げようとゴライアスの元へと向かっている冒険者の小隊と並ぶ。その中には、丘で武器の補充をしに行っていたアーディ達もいた。ぐびぐびと精神回復薬(マジックポーション)を飲み干したベルは、千草が背負っている予備の大剣に目をつけた。

 

「千草さん、大剣、借りてもいいですか?」

 

「え、あ、はい・・・どうぞ」

 

右手で柄を持ち肩に担ぎながら、足を止め消えた魔法を再び詠唱を開始する。

一緒に走っていた小隊も、アーディや桜花、ネーゼ達はベルが詠唱しているのを見てネーゼと桜花がその場でベルを守るために留まり、他はそのま驀進していく。

しかし、そこでゴライアスは接近した冒険者達に反応する。

 

「「「「あ、やばっ」」」」

 

「「は?」」

 

瞬時に前方を走っている冒険者達は方向転換。新人ごときでは到底敵わない危機察知能力で、彼等は速やかにゴライアスの間合いから離脱していった。命と千草も同じく、「ごーめん!」と謝るアーディに引っ張られる形で離脱。『並行詠唱』を習得していないベルを守るために残っていた桜花とネーゼは動くわけにいかず、そんな三人をゴライアスの血走った双眼が捉える。

ぞっっ、と凄まじい寒気と重圧。階層主の威圧感が真正面からぶつけられる。

 

「【愛せ、出逢え、見つけ、尽くせ、拭え、我等が悲願を成し遂げろ】」

 

汗が頬を伝って落ちていく。

魔法の詠唱をやめて脱出するべきじゃないかとほんの一瞬、そんなことを思ったが――ネーゼと桜花の背に二人の英雄の姿が、脳裏を掠める。別に二人が似ていたというわけではなく、ただ、こういう時ならあの二人は・・・と思い出しただけだ。【陸の王者(ベヒーモス)】と【海の覇王(リヴァイアサン)】を倒した最強と最凶の派閥の冒険者。自分よりも遥か先にいて、永劫、追いつくことができない憧憬の存在。

 

「【喪いし理想を背負い、駆け抜けろ、雷霆の欠片、暴君の血筋、その身を以て我等が全てを証明しろ】」

 

深紅(ルベライト)の瞳が吊り上がる。大剣の柄を握り締める手に力を込め、必死に詠唱を速めていく。

三人の冒険者と巨人の視線が絡み合い、そして。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

「【忘れるな、我等はお前と共にあることを】―――【アーネンエルベ】!」

 

大気を貫いてくる巨碗に、完成した魔法を解放し、ベルは前傾して加速。

地面を爆砕しながら、桜花とネーゼをそれぞれ左右に回避させるように押すと、ただ前へ、最高速度で突き進む。そして攻撃の通過地点を間一髪走り抜け、巨人の一撃を背後に置き去りにした。すぐ後方から押し寄せる巨拳の暴威をびりびりと感じながら、ゴライアスの懐に侵入したベルは、その左足に目掛け大剣を振りかぶり、叩きつけた。

 

「はぁッッ!!」

 

 

雷鳴が轟き、刃が通らない硬質な体皮に、雷を纏った大剣が確かに体皮を貫通した手応えと共に肉を焼く匂いが漂う。ベルの会心の一撃が、階層主の巨体を揺るがした。前衛攻役(アタッカー)達の度重なる攻撃によって蓄積されていた損害も大きい。目に見えて表れてきた効果に周囲の者達が沸く中、ベルは堅実に一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)、ゴライアスの股下を抜けて敵の後方に退避する。

 

「ベル、今のは危なかったぞ」

 

「か、輝夜さん・・・」

 

「お前はまだまだ未熟者、あまり無茶をしてくれるな。アルフィアより先に逝かれては堪った物ではないぞ・・・・やばいと思ったならばすぐに詠唱を止めて逃げるべきだ」

 

移動を続けるベルに、輝夜が並走して戒めてくる。

美しい黒髪を揺らしながらも、見据えてくる厳しい眼差しに、ベルは怒られた子供のように肩を縮めた。

 

「合図を出しますので、攻撃の際のみ私の後に続いてくださいませ。貴方様の敏捷(あし)なら付いてこれるでしょう?」

 

「・・・! はい!」

 

前を向いた彼女にウィンクと共にそう告げられ、ベルは大きく頷いた。輝夜の後方にぴったり付く。

二人は師弟のように行動を共にし、階層主の攻略を続けた。

 

「ネーゼ達は無事だろうな?」

 

「回避した後、周りのモンスターを叩いてたよ」

 

「よろしい」

 

 

 

 

 

 

階層主の行動を止めようと、あるいはその巨体を地に落としてやろうと、執拗なまでに二本の脚が狙われていく。想像を絶する鉄壁振りによって歩みこそ完全に止められないものの、前衛攻役(アタッカー)の波状攻撃によってゴライアスの動きは確実に鈍っていた。そして彼等が奮闘する中、とうとう魔導士達の詠唱が完了する。

 

 

「前衛、引けえぇっ! でかいのぶち込むぞ!」

 

前線に号令が飛ぶと同時、輝夜とベル、リューや他の前衛攻役(アタッカー)達はゴライアスのもとから離れた。ちょうど包囲網の中心に誘導されていたモンスターは、周囲で高まっている魔力のかたまりにその赤眼を見開く。もう遅いとばかりに魔導士達はそれぞれの杖を振り上げた。魔法円(マジックサークル)の輝きが弾け、次の瞬間、怒涛のような一斉射撃が火蓋を切る。

 

 

 

『――――――――――――――――ッッ!?』

 

 

連続で見舞われる多属性の攻撃魔法。

火炎弾が弾着すれば雷の槍が突き刺さり、氷柱の雨と風の渦が炸裂する。一部『魔剣』の攻撃も加わり、階層主の巨躯が砲火の光に塗りつぶされた。

やがて魔導士達の一斉射撃が止む。聴覚を麻痺させるほどの爆音が途切れ、全ての冒険者達が固唾を呑んで砲撃中心地を見守る中、立ち込めた煙が張れるとともに、どんっとゴライアスの片膝が地についた。顔面部分を始めとした黒い体皮は傷つき、抉れ、赤い血肉を晒している。口からは蒸気のような白い呼気が、消耗の負荷さを物語るように大量に吐き出されていた。

 

「・・・・ねえ、輝夜さん」

 

冒険者達は歓声を上げた。

 

「どうした、ベル」

 

ケリをつけろ、たたみかけろと号令を受け、前衛攻役(アタッカー)が一斉に前へと出て行く。巨人の息の根を止めようと四方八方から躍り出る。頭を垂れているゴライアスに、多くの者が殺到した。

 

「階層主っていうのは、回復したりする?」

 

「さてな。あれは階層主は階層主でも通常の個体とはまた違うからなんとも。・・・それがどうした?」

 

未だ雷を鎧のように纏っているベルは怪訝そうにゴライアスへと指を差して輝夜に確認を取ろうとする。ベルが何を言わんとしているのか、輝夜もまたゴライアスを睨むようにして見つめていると再びベルが口を開く。

 

「僕が攻撃した足・・・傷がなかったように見えたんだけど、気のせいだったりするかな?」

 

「・・・・・っ!?」

 

まさか。

そう言おうとしたのと同じくして、他の者達の反応も輝夜のものを追う。

傷付いて沈黙していた筈のゴライアスが、顔を上げた。

 

『――――――フゥゥゥ』

 

顔面に負った傷はどこにもない。

損傷した体皮からは赤い光の粒子が発散されていた。驚くべきことに光の粒が立ち上る側から傷は見る見る内に癒えていき、完全になかったものになる。

 

「輝夜、ベル!」

 

「・・・リオン!」

 

「輝夜、あれは抗争(あのとき)に戦った黒いモンスターと同じく・・・!」

 

「チッ、自己再生持ちか・・・ッ!」

 

ゴライアスは勢いよく立ち上がった。

ローブを揺らめかせ、ゴライアスのいる方角から輝夜とベルのいる場所へと合流を果たしたリューは過去の経験から、そして輝夜はそんなリューの口ぶりから、あのゴライアスには通常個体にはない力を兼ね備えていると舌を鳴らした。その通りとばかりに物凄まじい速度で体を再生させたゴライアスは、迂闊に接近してきた前衛攻役(アタッカー)と、ゴライアスを見て唖然と立ち尽くす魔導士達(こうえい)も含め、その巨大な両腕を頭上高く振り上げた。

そして握り締められた二つの大拳を、足元へと振り下ろす。

 

 

「―――――――――――」

 

 

大草原が、割れた。

凄まじい爆発を起こし、地割れと、衝撃波を発生させる。放射状に広がる破壊の津波は全ての前衛攻役(アタッカー)を一瞬で呑み込み、蹴散らし、更に魔法行使直後の魔導士達のもとにまで及んだ。前衛壁役(ウォール)の者ごと、吹き飛ばす。

 

「なっ・・・!?」

 

「包囲網が壊滅した・・・!」

 

リュー達と共に咄嗟に退避したベルは、自分の目を疑った。

至近距離から衝撃波を浴びた前衛攻役(アタッカー)は言うに及ばず、後衛の多くも地に倒れこんでいる。震える手を、膝を、地面について何とか起き上がろうとしている者は数えるほどしかいない。裂け目のあちこちから煙を上げる大草原は、死屍累々たる様相を呈していた。

 

「魔力を燃焼させて、治癒能力を・・・」

 

天井に残る僅かな青水晶によって周囲が蒼い闇に包まれている中、ゴライアスだけが赤い光を帯びる。巨人の体から立ち昇る無数の光の粒は、燃えた魔力の残滓だった。『咆哮(ハウル)』を砲撃として扱えるほどに存在する潤沢な魔力を、今度は自己治癒力増幅に用いたのだ。モンスター、とりわけ階層主にしか許されないような力業に――同時に怪物の親玉(ボス・モンスター)が自己回復するという悪夢に、輝夜とリューは呻く。

 

『――――――アァッ!』

 

大勢の者達の視線の先、赤く発光しているようにも見える巨人はいっそ幻想的であったが、やがて攻撃は仮借なく再開される。ゴライアスは動くもの全てに『咆哮(ハウル)』を放ち、再起不能を免れた冒険者達に追い打ちをかけた。彼等は、弾かれ、飛ばされ、虫の息と化す。

 

 

統制が碌に利かない冒険者達を混乱と動揺が支配する。

一時撤退する者、仲間の治療に当たる者、そして再度攻撃しようと詠唱を開始する者、それぞれがばらばらの行動に走る。足並みが揃わなくなったそんな彼等を嘲弄するように、ゴライアスは顔を頭上に上げた。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

召喚の声に、階層中の全てのモンスターが応じる。

返事をするように雄叫びを上げ、余すことなくこの大草原へと押し寄せてくる。生き残った冒険者達も、もはや襲い掛かって来る眼前の敵に手一杯になった。

 

「・・・リオン、まだ行けるな?」

 

「誰に言っている。ゴライアスを押さえなくては、このまま蹂躙されるだけだ」

 

「ならば行くぞ」

 

巨人を前に未だ戦意を燃やし続ける二人の女傑。

それに倣うように、ベルも再び立ち上がり呼吸を整える。

 

「アーディとネーゼ達は無事でしょうか」

 

「そうそうくたばったりするものか」

 

「貴方の後輩もいますが」

 

「・・・さすがにこの状況でお守りまではできん。生きていたら旨い飯くらいは馳走してやる」

 

「ベルはどうします? いくら強力な魔法といえど、経験が浅すぎる」

 

「本人を見てみろ、やる気しかないぞ」

 

「・・・・・」

 

チラリ、と振り返ったリューはベルと視線を交わす。

まだ駆け出しもいいところだというのに、恐怖するでもなく大剣を掴む手はしっかりと力が入っているし、何より、深紅の瞳は未だ輝きを失ってはいなかった。

 

――これは止めても聞きそうにない。 恨みますよ、アルフィア。

 

比較基準がバグっているベルを止めることはできそうにないと肩を落とすリュー。

輝夜は「無茶したら拳骨百回だから覚悟しておけ」とベルに警告すると、リューの尻に蹴りを入れ、時間が惜しいというように走り出した。

 

「何も蹴らなくてもいいでしょう・・・!」

 

「そんな蹴り心地の良さそうな尻をしているのが悪い」

 

ベルを置いていく形でゴライアスへと向かって行った二人の背中を唖然と見つめるベルは、辺りを見渡す。壊れ果て散乱する数々の武器、倒れ伏している前衛攻役(アタッカー)前衛壁役(ウォール)、彼等を庇い必死にモンスターと応戦する残された冒険者、巻き起こる悲鳴。

戦況は最悪としか言いようがない。

 

――叔父さんくらい、筋力(パワー)があれば・・・お義母さんくらい、強い砲撃が撃てれば・・・。

 

瞼を閉じて、二人の姿を思い描く。

それに応じるように、ベルの両サイドには全身鎧の大男と、ドレスを身に纏う美女の姿が幽霊のように現れる。バチバチと雷を鳴らしてこそいるが、表情という表情もないが、例え偽物であったとしてもそれを見ただけでベルは笑みを浮かべて力を湧かせることができた。

 

「行こう!」

 

思い描くのは、『怪物祭』。

ミノタウロスを倒した最後の瞬間。

ザルドの斬撃と、アルフィアの魔力弾、そしてベルがそこに加わったあの最後の一撃。

 

「黒竜を倒さなきゃいけないんだ、あれくらい倒せなきゃ・・・・笑われる」

 

大剣を両手で握りしめ、姿勢を低く、足に力を込め、アイズやアリーゼのように全身と大剣に雷を覆い収束していく。

通用しなかったら、戦えなくなったら―――そんな迷いの感情はベルにはなく、『あれは倒せて当然の敵』という間違った認識だけがそこにはあった。

 

 

やがてベルは、一条の雷となって戦場を駆け抜けていった。

 

 

 

×   ×   ×

16階層 

 

 

「ねえー、今の地震って大丈夫なのかなあ?」

 

地上を目指し行軍する遠征隊の中の一人、女戦士(アマゾネス)の少女が両腕を頭の後ろにしながら声を上げた。自分達がちょうど18階層から17階層に入り16階層へと続く階段を上っているところで地震が発生したのだ。あの階層には帰りは別行動すると本人達が言ったとはいえ、遠征に参加していた他派閥の冒険者がいる。それを放置していいのか、と言外に訴えかけてきているのだ。

 

「放っておけよ馬鹿ティオナ。あのクソ女共がそう簡単にくたばるわけがねえ」

 

「クソっていうから、あの子(ベル)に尻尾踏まれるんだよベートは」

 

「うるせえ」

 

「そんなだから、あの子(ベル)に「元気出してください、ヴィーザル様もきっと元気です」とか変な気遣いされるんだよ」

 

「うるせえ!!」

 

【ロキ・ファミリア】に入る前から面識でもあったか、口の悪いベートは【アストレア・ファミリア】の女傑達を「クソ」とかをつける度にベルに反感を買われ、尻尾を踏まれたり、前の派閥で何かあったのか知らないはずなのに【アストレア・ファミリア】が故の情報網とでもいうべきか、酒場で会えば「また自棄酒している」と勘違いされて肩に手を置かれ、優しい眼差しで「元気出してください、ベートさんには素敵な治療師の女の子がいるじゃないですか」となぜかフォローしてくるのだ。ベートは激怒した。その度に女傑達に「うちの可愛い弟に何してくれとんじゃ、おおん?」とか言われて袋叩きにされそうになるのだ。ベートは「やってられるか」と唾を吐いた。

 

「だいたいよ、あの兎は俺に勝てる気でいやがんのはおかしいんだ」

 

「ンー・・・確かに、ベルの中での基準はかなりバグっているね」

 

「はいはいはーい! 私、知らないんだけど、あの子の母親ってすごかったんだよね?」

 

「そうだねティオナ。彼の母親・・・正確には、血縁上は叔母に当たるんだけど、リヴェリアが泣かされるレベルで強かったね」

 

「リヴェリアが言ってた。「あの子にその気があるなら、並行詠唱の手ほどきくらいしてやるのに」って・・・でも一度も顔を見せないって」

 

「まあ、ベルの中じゃ『義母(アルフィア)に勝てない魔導士』=『弱い』っていう認識なんじゃないかな?」

 

 

口々に話題にされているベルの話。

【アストレア・ファミリア】共々、【ロキ・ファミリア】の本拠に何度か足を運んだこともある手前、ベルは話題にことかかなかった。やれ、神聖浴場に突撃した英雄だとか、複数の女神に喰われかけた食用兎だとか、親が親だから化物かもしれない兎だとか、キラーアントのように、泣かすと女傑を呼ぶやばい兎だとか、アイズ・ヴァレンシュタイン恐怖症を発症した憐れな兎だとか、二次被害を受けて一時期【疾風】がアイズに対してかなり当たりが強かっただとか、ライラとの婚姻を成立させるためにフィンの親指を奪おうとするやばい兎だとか、色々だ。そんな談笑交じり、愚痴交じりに会話が交わされる。

 

 

「だ、団長ぉおおおお!」

 

そこに、下から崩落音が聞こえてきた際にラウルに後続が巻き込まれていないか確認してくるように頼んでいたラウルが戻ってくる。

 

「どうだった、ラウル? ガレスやリヴェリアは・・・無事だと思うけれど、怪我人はいないかい?」

 

「あ、はい、それは大丈夫っす! ただ、18階層に行くための洞窟が崩れて塞がれてしまっているみたいっす!」

 

「となるとさっきの地震はダンジョン内の異常事態か・・・?」

 

親指を舐めるように腕を交差させて、足元を睨むフィンに団員達は行軍を止める。

他派閥ではあるが、敵対しているわけでもなく、なんなら暗黒期では協力まで取ったのだ、ここで見捨てるようなことをすれば、夢見が悪いだろう。

 

「それと団長、リヴェリアさんが崩落した岩石の向こうからモンスターの咆哮が聞こえる、と」

 

「フィン、私が・・・行こうか?」

 

「アイズ・・・いや、崩落しているのなら、どちらにせよ手を貸すことはできない。それに、僕達が帰還する途中で異常事態が起きないとも言い切れない。戦力を下に送ったことで僕達に犠牲者が出るようなことは避けたい」

 

「ええっと、私の魔法で破壊して、道を開けるのはどうでしょうか?」

 

「レフィーヤ・・・・」

 

「十分、休息も取りましたし、精神力(マインド)も問題ありません!」

 

「私も! 私も行く!」

 

「ヴェル吉がいるのなら、手前も行かねば・・・それこそ見捨てたと主神殿に雷、いや、槌を落されかねん」

 

レフィーヤが砲撃で崩落した洞窟を開通させ、大双刃(ウルガ)を持つティオナがぴょんぴょんと飛び跳ねて挙手、最期に【ヘファイストス・ファミリア】から遠征に参加していた椿が頭をかきながら言う。フィンは一度、自らの親指を舐めて思案し肩を竦めて許可を出すことにした。

 

「じゃあ任せてもいいかな? ここで【アストレア・ファミリア】と【ヘファイストス・ファミリア】に借りを作れるなら、それに越したことはないしね。ただし、18階層で起きている異常事態が終息不可能と判断したなら、撤退を優先すること」

 

「はい!」

 

杖を抱くように構えたレフィーヤが、ティオナが、椿が、18階層へと向かって走り去って行く。

それを見送ったフィンは、団員達に再び地上へ向かうことを宣言して行軍は再開する。


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