アーネンエルベの兎   作:二ベル

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アストレアレコード1巻、読み終わりました。




やっぱ辛ぇわ。。。


シルバリオ・ゴスペル⑧

 

 

「―――――」

 

 

それは、誰もが気付かない内からそこにいた。

冒険者達のいる小高い丘とはまた別の場所から戦線を眺めながら、密かに互いの身を守り合っていたソレは、母なるダンジョンの怒声によって産まれた黒いゴライアスに戦慄と怯えを見せ、そしてほぼ全滅した包囲網の有様を見て愕然としていた。

 

 

「おいおい、食料の調達に来ただけだっていうのにオレっち達、ツイてないぜ」

 

一体は、赤い体色をし、胸甲(ブレストプレート)に手甲、腰具、肩当てや肘当てまで装備している蜥蜴人(リザードマン)だった。彼の右手には、長直剣(ロングソード)、左手には曲剣(シミター)が装備されている。そんな蜥蜴人(リザードマン)の彼は、瞳に映る光景にがくりと肩を落とし、今日この日、食料調達のために18階層へ赴いてしまったことに後悔の溜息を吐き捨てた。

 

「誰ですカ・・・・「甘い物が食べたい」なんて言ったのは」

 

彼の言葉に続くように口を開いたのは、木の上に立つ――というよりも、止まっていると言った方がいいもう一体は金色の翼を持つ歌人鳥(セイレーン)。彼女もまた、「誰かさんのせいで~」などとげんなりした顔で己の今日の運の悪さを呪って、やはり溜息を付いていた。

 

「エェ~、レイ、シラナイノ? オンナノコ、ハ、アマイモノ、ガ、ツキモノ、ナンダヨ?」

 

そんな木の上、さらに言えば生え渡る木の葉の間から戦場を俯瞰していた歌人鳥(セイレーン)へと片言の言葉で語りかけたのは、半人半蛇(ラミア)だった。片言で喋る彼女は「マア、タシカニ、ウン、ガ、ワルイヨネ」と言うがその表情に申し訳なさなど一切なかった。

 

「ラウラ・・・貴方とフィアのせいです! 食料にはまだ余裕もあるし、なんならフェルズを待てばよかったというのに・・・ッ!」

 

冒険者達のいる戦場とは距離があるが、それでも彼等彼女等は声を殺しつつも非難を一匹の半人半蛇(ラミア)にぶつけた。「何が甘味だ・・・くそが!」である。

 

「どうしますか、リド。フェルズに連絡をいれますか?」

 

赤い帽子が特徴的な紳士的な赤帽子(レッドキャップ)はリドと呼ばれるリーダー格の蜥蜴人(リザードマン)の後ろにつき、フェルズなる協力者へ救援を求めるかと呼びかけるが、それは首を横に振ることで却下された。なぜ?と言う小さな紳士へ蜥蜴人(リザードマン)が振り返ると「この状況じゃ呼んだところで身動きがとれないことには変わらねえ」と返した。

 

「下に行こうにも潰れちまってるしなあ・・・こりゃあ、しばらく帰れねえぜ」

 

「私達も襲い来るモンスターの対処で手一杯ですしね」

 

「はぁ・・・グロスの言う通りにしておけば良かったぜ。「何ガ甘味ダ、馬鹿馬鹿シィ!!」って言ってたし・・・こりゃあ帰ったらまた怒られるぜ」

 

「・・・・・貴方も食べたかったんですね、甘味」

 

「・・・・いいじゃねえかよ」

 

「いえ、別に駄目だとは言っていませんよ?」

 

彼等彼女等は、人類にとっての『絶対悪』であった。

それは、神々でさえ予期しなかった『未知』であった。

どうして自分達のような存在が産まれたのかさえ分からず、日の光が差し込むことのない迷宮で未だ理想を叶えることもできず似通った同胞達と身を寄せ合って生存していた。そんな異形の存在達の背後には、無数の怪物の死体が転がっていた。黒いゴライアスの召喚によって階層中を暴れまわるモンスター達は、同族であるはずの彼等にさえ牙を、爪を振るい、そして返り討ちにされたのだ。その死体だらけの中で小柄な白兎が器用に肉を切り裂き、魔石を回収している。まるで、冒険者と共に行動する荷物持ち(サポーター)のように。白と赤を基調としたボロボロの衣服に、人の血か、怪物の血かも判別がつかないほどあちこちに血の斑点、あるいは布そのものの色を汚している白の外套を目深に被る白兎(アルミラージ)は黙々と作業をこなす。

 

「アーデ、まだいけそうか?」

 

そんな『アーデ』と呼ばれる白兎(アルミラージ)へと蜥蜴人(リザードマン)が声をかける。

同胞にそうするように、優しく。

声に反応した白兎(アルミラージ)は振り返り、回収した血濡れの魔石を計三つ。蜥蜴人、歌人鳥、半人半蛇へと投げ渡した。「問題ありません」という意思表示だ。

 

「うし! んじゃあ、あの黒いゴライアスを冒険者達が討伐してくれるのを陰ながら応援して、オレっち達はモンスターを倒して生き残ろうぜ!」

 

げんなりした顔を振り払い、仲間達へと鼓舞する蜥蜴人の声に数体のモンスター達が呼応する。

彼等が他のモンスター達と違うところを上げるとするのならば、それは『本能』に生きているのではなく『理性』を宿し、そして、人間がそうするように、彼等も彼女等も戦闘衣装を着こなし、武装しているというというものだった。

 

暴走するモンスター達の咆哮が近くに感じ取った武装したモンスター達は、空気を入れ替え、束の間の休息を終え、誰にも知られることのない戦闘を再開させた。決して、人間に見つからないように。そんな彼等とは別に、白兎(アルミラージ)はぼんやりとした虚ろな瞳で黒いゴライアスのいる場所を見つめていた。

 

 

―――光が・・・湖に落ちた・・・。

 

 

いつから自分が彼等と行動を共にするようになったのかも、そもそも自分はどこにいたのかも、どこへ帰るべきなのかも、彼女にはわからない。『アーデ』と呼ばれる白兎(アルミラージ)はその光の正体が『雷』であるということさえ知らず、衝動の言いなりとなって光の落ちた湖へ向けて走って行く。

 

「あ、おい!?」

 

「リド、私が追います!」

 

「人間達に見つかるんじゃねえぞ、どこに密猟者(ハンター)がいるか分からねえからな!」

 

戦線を飛び出す白兎(アルミラージ)の後を金の翼を羽ばたかせ追いかけるのは、歌人鳥だった。

この時の彼等は、その光が、帰る場所も帰り道も分からなくなってしまった『アーデ』にとっての転機になることを、まだ知らない。

 

 

 

×   ×   ×

光が湖へと墜落する少し前。

 

 

「っ!」

 

リューの体のすぐ横を、ゴライアスの指が通り過ぎる。

敵の攻撃をぎりぎりで避けた彼女は動揺を瞬時に殺し、木刀で敵の足首を打った。巨人の怒号が響き渡るのを耳にしながら、離脱はせず、付かず離れずの距離を保って再三斬りかかる。

 

「ちぃ・・・ッ! 斬っても斬ってもキリがない!」

 

「しかし、私達が『的』になり時間を稼がなくては・・・!」

 

二人は巨人の懐にあえて居座り攻撃し続けることで、自分達を『的』にしていた。ゴライアスも鋭い二人の攻撃は無視できず、巨拳で何度も殴りつける。その風圧に何度も殴られた彼女達は、身に着けているローブや羽織をぼろぼろにさせながら嵐に立ち向かうがごとく無謀な戦闘を繰り広げていた。

 

「リオン、お前の魔法で敵の(ませき)は狙えるか」

 

「無理だ、あまりに硬すぎる」

 

放たれた『咆哮(ハウル)』を大きく回避し、リューと輝夜は一度合流するように並走する。二人は互いの懐から取り出した回復薬(ポーション)を素早く飲み干した。

 

「やはり、魔導士達の援護がもう一度欲しい」

 

「【アストレア・ファミリア(わたしたち)】が全員いれば何とかなった・・・か?」

 

「無理でしょう、アレは通常の個体とは別だ。抗争時(あのとき)のようにリヴェリア様と【重傑(エルガルム)】と【剣姫】がいればあるいは・・・」

 

「ちっ、ならば相手の魔力が枯渇するまで、削り切るしかないか」

 

「ええ、それしかありません」

 

ここに戦友にして苦労人のアスフィでもいれば、「無理に決まってる」とツッコんでくれただろうが二人の「死ぬまで殺し続ける」という悩筋的発想をツッコんでくれる人物はいなかった。

しかし、そんな二人がゴライアスと交戦する他方、壊滅した包囲網の名残によって、中心に位置するリュー達を取り囲む冒険者達の中、ヴェルフはまた一人倒れていく魔導士の姿を認める。

 

「魔導士達が・・・!」

 

ゴライアスも先程の一斉射撃を警戒しているのか、詠唱を進める魔導士達を素早く索敵しては、リュー達の攻撃も構わず『咆哮(ハウル)』を繰り出し狙撃している。詠唱のため必然的に足を止める魔導士(かれら)はなす術なく爆発に巻き込まれていた。ある者は周囲のモンスターにも襲われ、魔法の準備もままならない。魔導士の砲撃は対階層主の戦略における要だ。彼等の力なくして、階層主攻略は困難を極めると言っていい。魔導士の前に立つ、前衛壁役(ウォール)が機能していない。彼等を守る盾が存在しない。

 

周囲のモンスターを相手していたヴェルフでさえ、その状況を見てリューと輝夜がいくら奮戦しようが、このままでは無理だと危惧を抱く。

 

「鍛冶師!」

 

「!」

 

そこで、自分のもとに駆け寄ってきた男の姿に、彼は肩を跳ねさせた。

ゴライアスの攻撃から無事脱出した知己の冒険者達が補給を済ませ、危険地帯へ突っ切って来たのだ。桜花は投げるように大剣をヴェルフへと渡すと武装を盾へと切り替えた。

 

「鍛冶師、魔剣(それ)は使わないのか?」

 

「・・・・あの回復力じゃあ、使っても無駄打ちだ」

 

魔剣が嫌いだというヴェルフの事情など、桜花は知らない。

知っているのはベルと、それこそ【アストレア・ファミリア】くらいだろう。しかし、今、例え『魔剣』を使ったところで、意味はなさないだろう。彼の返事を聞いた桜花は「そうか」とだけ返して前へ出た。

 

「おい大男、あれ相手に俺達が前衛壁役(ウォール)なんてやったら・・・死ぬぞ!?」

 

「確かに、そうかもしれない・・・・が、ここで体も張れない男になってしまってはタケミカヅチ様に合わせる顔がない。今あるものを全部注ぎ込んで、できることをやらなくては・・・あれには勝てん! 何より、俺には【大和竜胆】達の盾になるくらいしかできん」

 

桜花の言葉に目を見張るヴェルフ。

そして、そこへ。

 

 

「どいてくださああああああああああああい!」

 

雷を纏い、Lv.2を優に超える速度で走るベルの声が。

桜花達が振り返る中、ベルは道中のモンスターを巻き添えにしてさらに声を上げた。

 

「ベル殿!?」

 

「何をするつもりだ・・・?」

 

「ヴェルフ、『咆哮(ハウル)』に合わせて魔法・・・使って!」

 

「は・・・・はぁ!?」

 

「暇でしょ!?」

 

「ひ、暇!? 暇じゃ・・・暇じゃねえよ!?」

 

 

地面を破壊しながら疾走し、暴れまわるゴライアスへと接近していく。十分な敵を収めるため、ベルは限界まで肉薄した。

 

「ベル!?」

 

「あいつ・・・何をするつもりだ?」

 

 

モンスターの周囲を行き交うリュー達でさえベルが何をしようとしているかなど分かっておらず、伴って、モンスターと争う冒険者達の視線も集まる。

 

 

『―――――――――オォッ!!』

 

開かれた巨人の口。

それを確認した鍛冶師は、魔法を解き放つ。

 

「【燃え尽きろ、外法の業】――――【ウィル・オ・ウィスプ】!」

 

瞬間、『咆哮(ハウル)』を放とうとしたモンスターを大爆発が襲った。

くぐもったような叫び声が爆ぜる顔面の周囲、陽炎の残滓が火の粉とともに霧散していく。黒煙を吐くゴライアスへ腕を突き出し、ヴェルフは対魔力魔法(アンチ・マジック・ファイア)を発動させたのだ。魔力の塊が充填された『咆哮(ハウル)』の強制中断。大草原の一角から、彼は緊迫した眼差しで立ち込める煙の奥を見つめていると・・・ギロリ、と血走った瞳がヴェルフへと向いた。

しかし、ゴライアスの攻撃がヴェルフへと向くことはなかった。なぜなら、巨人の足元から体を傷付けながら、それこそ壁を垂直に上るが如くあっという間に眼前に飛び込んできた光に視界を遮られたからだ。

 

 

『――――――――――!』

 

眼前に屹立する、巨人の真っ赤な双眼さえも。敵の眼光を一身に受け止め、真正面で両者の瞳が絡み合う。

 

「―――――――行くよ、叔父さん」

 

 

後ろに構えられた大剣。

纏うは白い雷。

轟くは雷鳴。

発光し、ゴライアスの顔を白に染め上げるその刹那。

誰もが、ベルの姿に【過去の英雄(ザルド)】が折り重なって見えていた。

 

 

「分身を・・・・纏ったのか!?」

 

「意味は、あるのでしょうか・・・」

 

魔力の塊を、分身を、纏ったようなその姿。

大剣さえもザルドの持つ得物に見え、分身に補助されるようにして。

 

「ぉおおおおおおおおおおおおおおッ!!」

 

ベルは全身に纏う特大の雷を斬撃という形で解き放った。

巨大な雷の斬撃が巨人を呑み込む。

景色が白く染まる。

雷鳴が階層中に木霊する。

そのあまりにも巨大な轟音に、モンスター達でさえ一瞬怯んだ。

そして。

 

 

『――――――――』

 

 

ゴライアスは悲鳴をあげる暇さえ許されず、首から上を消失させていた。間を置いて巨大空間である階層の果てに斬撃(いかずち)は炸裂し、絶壁に爪痕を残す。

 

「やっ、た・・・?」

 

頭を失って活動を続けられる生物は存在しない。

誰かが、そんなことを零した。

敵の頭部に命中した斬撃(らいげき)は、鉄壁を誇る体皮をいとも容易く突破した破壊力に周囲もまた静まり返る。

 

「勝った・・・勝ったのか?」

 

そう冒険者達が信じ込もうとした、その直後。

()()()()()()()が、巨人の首もとから発生した。

 

「!?」

 

火山の噴火のごとく立ち昇る光の粒に誰もが言葉を失う中、おぞましい勢いで失われた巨人の顔が修復されていく。戦慄と絶望に抱き竦められる冒険者達の視線の先で頭部を失ってもなお、ゴライアスは生きていた。尋常ではない生命力をもってベルの魔法の渾身の一撃を耐え凌ぎ、その驚異的な治癒能力で再生を遂げる。

ベルの魔法では、倒しきれなかった。

剥き出しの目玉が、復元し切っていない眼窩の中でぎょろぎょろと復活した眼が蠢き、明確な殺意に駆られ、勢いを失い宙から地へと落ちていくベルを睨みつける。

 

「――ベルッ、逃げなさい!!」

 

平静をかなぐり捨てたリューの叫び声虚しく、ゴライアスから『咆哮(ハウル)』が放たれる。

 

「『防g(ウォー)』―――ッ!」

 

未だ完璧に直っていない口腔が弾け飛び、牙の破片と血肉が恐ろしい勢いでベルのもとに殺到した。斬撃による魔法の消えないギリギリまでの最大放電を行った反動と、宙に浮いているために回避行動がまともに取れず、咄嗟に大剣を構え、分身を出すもそれごと魔力塊ごと着弾する。傷つき、吹き飛ばされ、悲鳴を上げるように砕けていく大剣。魔法が辛うじて傷を塞ごうと動くが、間に合わずにずたぼろにされていく。次いでベルの掠れる瞳に飛び込んできたのは―――大砲弾となって突き進んでくる山のような巨軀だった。殺意に溢れた咆哮を上げ、大草原を陥没させながら、ゴライアスが急迫する。背に溜められた極腕が大気を食い千切って繰り出される。

 

「くそッ!」

 

「お、おい、鍛冶師!?」

 

「ヴェルフ殿、何を!?」

 

回避不可能、かつ疑いようのない一撃必殺。

直撃を待つのみの巨人の鉄槌に、誰もが時を凍らせる。

そして、仲間達の静止する声を無視して、()は現れた。

 

「――」

 

盾を持ち、後方よりベルの目の前に飛び出す、鍛冶師の体。

考えるよりも早く駆け出していた鍛冶師、ヴェルフは、落ちてくるベルとゴライアスの間に割り込んだ。悲壮の表情で大盾を構え、迫りくる薙ぎ払いを防御する。緩慢に流れる時の中で、巨人の中指がめり込み、ひしゃげ、盾ごとヴェルフの体に食い込んで行った。口から吐き出される大量の血液。ヴェルフの背中と密着し合ったベルの体からも、骨の折れる音が幾重にも鳴り響く。盾とヴェルフの体を重ねてもなお、衝撃がその身を貫いた。互いにその目を限界まで見開きながら、ベルとヴェルフは、殴り飛ばされる。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 

散る血飛沫。

巨人の雄叫びに打ち据えられながら、二人の体は宙を舞った。

 

 

×   ×   ×

 

「嘘――」

 

ゴライアスの攻撃から逃れ、拠点まで退避していたアーディは、落ちていく(ベル)を目撃して、唖然と呟いた。彼女は一緒に退避していた後輩(チグサ)達を置いて、丘から駆け出した。

 

 

×   ×   ×

 

「――――【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!」

 

遅れて。

崩落した洞窟を魔法によって破壊し開通させた()()()が、参戦する。

山吹色の髪を揺らす妖精の少女の魔法が、戦場を暴れまわるモンスター達へと降り注いでいった。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

「ヴェルフ、魔剣だ。魔剣を打て」

 

 

体が冷えていく中、頭の中で親父の声が響いた。

うるせぇ、と心の中で毎度ながら唾を吐いた。

恐らく、これが『走馬灯』というやつなんだろう。

 

 

「ヴェルフは何で魔剣を打たないの? すごく高く売れるって、客なら腐るほどいるって椿さんが言ってたけど」

 

いつだったか工房に素材を運んでくれていたベルが聞いてきたのを思い出した。

お前も魔剣を打てって言うのかよと睨んでやったら肩を跳ねさせて「別に」と返してくるもんだから、こっちが目を丸くしてしまったのを覚えている。

純粋に聞いてきただけか――そう思い至って、使い手を残して砕けていくそんな魔剣が嫌いだと答えた。ベルは「そっか」とだけ答えてから、「椿さんから魔剣貰ってくるー」と言って出て行った。無性に腹が立った。

 

「ヴェルフ、魔剣打てるようになった? 椿さんがお主が相手なら、奴も友達価格で譲ってくれるだろうよ!って言ってたよ」

 

別日。

どういうわけか求めてきやがった。

何だこいつ、俺が言ったこと忘れたのか?

魔剣は打てるんだよ、でも打たねえよ? 嫌いだからな! あと椿、余計な事吹き込むんじゃねえ!

「僕はヴェルフの打つ武器、好きだよ!」だって? ありがとうよ! でも打たねえからな!

 

 

さらに別日。

「ヴェルフってクロッゾじゃなかったらって思ったことある?」

 

武器を作っている横で売れ残りを眺めながら、ふと思いついたようにベルが聞いてきた。

考えたことがないと言ったら、きっと嘘になるだろうとあの時はそう答えた。

お前はどうなんだよ、と俺が聞いたらベルは「ん-」と呻くだけだった。

ベルはオラリオでもわりかし有名だった。主神に紹介された後に派閥の奴等に聞いて回ったら「神聖浴場に突っ込んだやべえ兎」と尊敬の念で語られているし、「でも女神共に喰われかけた哀れな兎」と憐憫の眼差しを即座に浮かべやがった。ヘファイストス様の裸体も見てしまったらしいとか見ていないとか。ちくしょう、許せねえ。俺も見たい!!

いや、それよりも一番驚いたのはベルが【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の末裔だって話だ。知らない奴はいないって感じだった。

 

 

ぽつぽつと流れる走馬灯。

ヘファイストス様が走馬灯にちっとも出てこないのはどうかと思うが。

走馬灯は、口の中に流れ込んできた液体によって終わりを迎えた。

 

 

×   ×   ×

18階層 ベル、ヴェルフが落下した湖

 

 

「――――――っ」

 

ずぶ濡れの体を、誰かが引きずり上げていた。

開かれた二人の口からは、呻き声が微かに漏れる。

 

「アーデ、貴方は戦えないのですから勝手に動かないでくださイ!」

 

「・・・すみま、せん」

 

「まったく・・・」

 

歌人鳥はぷんすこと怒りながら、行動を共にしている白兎の少女に注意しては付いてきてくれた仲間達が引き上げてくれた冒険者二人の体を見て言葉を失う。重症と言っても過言ではない二人の体。牙の破片に切り裂かれた全身は裂傷まみれになっており、装備も半壊状態、中身も無事ではないことは明らかで、湖に落ちたからこそ血は流れ落ちていたが、それでもすぐに全身を赤く染めてしまうことだろう。

 

 

「どうしますか、レイ?」

 

「どうするも何も・・・」

 

冒険者を助けるか否か、を問うてくる赤帽子(レッドキャップ)に「私が決めるんですか!?」と泣きそうになる歌人鳥。数体の同胞達も指示を待つかのように彼女のことをじぃーっと見つめ、思わず悲鳴を上げたくなった彼女は、白兎(アーデ)へと指示を出した。

 

「彼等にあのゴライアスを倒してもらわなくてハ、私達も帰れませン! アーデ、小鞄(ポーチ)から()()()()()を二人に!」

 

出された指示に頷き、二つの小瓶を取り出し一本を半人半蛇(ラミア)へと渡す。どうしてか彼女は赤髪の青年を膝枕していることに白兎(アーデ)は疑問を覚え歌人鳥に向かって首を傾げたが、歌人鳥はそんな白兎(アーデ)に「私に聞かないでください!」とまた泣きそうになりつつも顔を赤くしていた。どうやら、羨ましいらしい。そういう触れ合いが。

 

 

――あれは、伝説の膝枕というやつなのでしょうか? 膝と言っていいのかわかりませんけど。

 

――ぅうううう、なぜ半人半蛇(ラウラ)はあのような大胆なことを・・・!

 

――フフ、レイ、ココカラ始マルンダヨ、人類トノ共存ガ・・・!

 

 

二人の口の中に血液が流れ込むと、みるみるうちに体の傷が癒されていく。

息を吹き返したように咳き込むのを確認すると、複数のモンスター達は顔を見合わせ、こちらへと近づいてくる足音と声が聞こえた途端、そそくさと姿を消した。

 

 

 

「ベル君、ベル君!」

 

「ベル、ベルぅ!」

 

そこへ、アーディと輝夜が駆け込んでくる。

びしょ濡れになって横たわっているベルを濡れることもお構いなしに抱く輝夜。

声が耳朶を震わせ、瞼が震えてベルは意識を覚醒させた。

更に。

 

「ヴェル吉、死んだか!?」

 

18階層へと戻って来た椿がベル達の元へ向かう輝夜達の姿を見て駆けつけていた。

そんな彼女は、傷という傷の見当たらないヴェルフの頬をぺちぺちと叩く。

 

「・・・生きてるわ! 勝手に殺すな!」

 

ベルとヴェルフはどうしてだかわからないが、全身の傷が癒えていることに驚きつつも互いに顔を見合わせて首を傾げる。そんな二人のことなどお構いなしに、怪我の具合をチェックするように体をペタペタする女性陣。

 

「よかった・・・良かったあ・・・心臓止まるかと思ったあ・・・・自爆テロ以来だよヒヤっとしたの」

 

「やめろアーディ、思い出させるな。本当に、やめろ」

 

「ご、ごめん・・・・・二人とも、立てる?」

 

「ヴェル吉め、貴様・・・そこに転がっておる魔剣はお飾りか? 馬鹿者め」

 

湖の浅瀬で沈んでいる魔剣を見つけ、椿はヴェルフを睨みつけた。

使えば状況もまた変わっていただろうに、と。

ヴェルフはぼんやりとする頭を横に振って水を振り払い、ベルの方を見る。魔法の反動なのか、自分よりもぐったりしているように見えるベルを二人の姉が心配そうに顔を歪ませて回復薬(ポーション)を小さな口にぶち込んでいた。

 

「・・・・・・すまん」

 

「意地と仲間を天秤にかけるのはやめろと主神殿に言われたことがあるのではなかったか? 貴様のくだらん意地で死人が増えるぞ? ん?」

 

「・・・・・わかってる」

 

「わかっておるのなら、さっさと立て。阿呆め」

 

頭を振り、膝を付いて立ち上がり沈んでいる魔剣を拾い上げる。

ベルもまた支えられながら立ち上がり、戦場から響く砲撃の音に耳を傾けそちらに顔を向けた。

 

 

×   ×   ×

18階層 戦場付近、森

 

「なあ、ベル・・・・聞いてもいいか?」

 

「今じゃなきゃ、ダメ?」

 

「ダメってことはないけどよ」

 

とっくに限界を越えている筈の体。

何があったのか、体の傷は癒えていて。

それでもなお、全快といえるようなものではなく、装備も含めれば二人はボロボロだ。

ヴェルフは無造作に巻かれていた魔剣を解放し、右の肩に担ぎ、隣を歩く。

ベルは補給拠点で目にした黒大剣の太い柄を両手で握りしめ、振り下ろし、正中に構えている。その大剣は磨き抜かれていない漆黒の光沢を放っており、まるで黒く染まった巨大な骨のよう。お粗末な柄だけが剣身に当たる下の部分に取り付けられている。天然武器(ネイチャーウェポン)にすら見える碌に加工のされていない無骨な得物を、ベルは手にしていた。一度一緒に補給拠点に戻った際に輝夜が見つけ、深層域出身のモンスターの武器部位(ドロップアイテム)ではないかと察し、ベルに持たせたのだ。そんな輝夜も含め、ベル以外は先んじて戦場に戻っている。

 

「俺は魔剣が嫌いだ」

 

「知ってる」

 

「使い手を残して逝く武器が嫌いだ。使い手も鍛冶師も何もかも腐らせる。そんな魔剣が嫌いなんだ」

 

「何度も聞いた」

 

妖精の歌が森を抜け。

ドワーフの猛りがそんな妖精達を壁となって守り。

あらゆる種族達が吼え、反撃していく。

そんな声も音も、今だけは二人には遠く感じられた。

 

「もしもクロッゾじゃなかったら・・・考えたことがないって言ったらきっと嘘になる」

 

「・・・・」

 

「お前は―――お前は、自分に流れてる血を嫌だって思ったことはないのか?」

 

己の体の中に流れている血を忌避したことはあるか。

純粋な問いにベルは少しだけ偽りの空を見上げてから、ヴェルフに顔を向けた。

 

「別に」

 

「・・・・別に?」

 

「うん、別に。だって僕はザルド叔父さんとアルフィアお義母さんしか知らないし・・・僕はお義母さんが大好きだから、お義母さんの息子で良かったって思ってるよ。だからそんなこと、考えたこともないや」

 

「・・・そうか」

 

「満足した?」

 

「おう」

 

「じゃあ―――僕達でゴライアスを倒そう」

 

「勝てると思うのか? 一度は死にかけたんだぞ?」

 

「勝つよ、だってお義母さん達はもっと強いモンスターを倒したんだから・・・あれを倒せなきゃ、黒竜だって倒せない」

 

「黒竜・・・・黒竜か、そりゃあ・・・こんなところで躓いてられないな! なら、黒竜を倒す相棒に俺が付いて行かないとな。 で、具体的にはどうするんだ?」

 

「そうだなあ・・・さっき、ゴライアスの頭は吹き飛ばせたんだしいけないことはないと思うから・・・僕がゴライアスの後ろに行って挟み撃ちってのはどう?」

 

「俺の魔剣でお前の魔法と同じ威力が出せると思うか?」

 

「ヴェルフが作ったんだから、いけるでしょ?」

 

「・・・・簡単に言いやがって」

 

ベルは深呼吸の後、詠唱を始める。

広がっていく魔法円(マジックサークル)の色は白。

 

「【忘れるな、我等はお前と共にあることを】―――【アーネンエルベ】」

 

階層に再び雷鳴が響く。

落雷によってモンスターの数がまた減った。

雷を鎧のように纏い、黒大剣もまた雷に覆われている。

二人は目を合わせ、頷き、駆け出した。

 

「さあ―――」

 

「おう―――」

 

 

「「―――――勝負だ」」

 

 

×   ×   ×

18階層 戦場前線

 

「【帯びよ炎、森の灯火。撃ち放て、妖精の火矢】――」

 

魔法円(マジックサークル)を展開し、再び砲撃を放とうとレフィーヤは歌う。

援軍が自分達だけで良かったのかと思わないでもないが、かと言って遠征で消耗している【ロキ・ファミリア】が全員突撃するというのも、とも思う。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』

 

主神曰く、『馬鹿魔力』。

そんなレフィーヤの魔力を感じ取ったのか、ゴライアスもまた前進を開始した。

今までにない警鐘の響きを帯びた哮え声を上げ、モンスターの全軍を差し向ける。その赤眼の目の色を変えながら、少女を睨め付け、移動する。

 

「ゴライアスが・・・」

 

「【千の妖精(サウザンド・エルフ)】の魔力を感じて?」

 

「彼女を敵として認めましたか」

 

差し向けられたモンスターの数は圧倒的に開戦の時よりも減っていた。

それもレフィーヤの砲撃とティオナが大いに暴れていたからこそで、快活に笑みを浮かべるティオナは大双刃(ウルガ)を頭上で回転させてゴライアスへと接近する。

 

「【雨の如く降りそそぎ、蛮族どもを焼き払え】―――【ヒュゼレイド・ファラーリカ】!!」

 

跳ねるようにして走るゴライアス。

凄まじい音と風が伴うその巨人の猛走に臆することなく、レフィーヤは完成した魔法をゴライアスへと発射した。数百数千にも及ぶ炎の矢を雨がゴライアスを飲み込み、体のあらゆる場所を焼き貫いた。

更に。

 

「リオン、合わせろ!」

 

「言われなくとも!」

 

「いっくよぉおおおおおお!!」

 

輝夜、リュー、ティオナがゴライアスへと接敵する。

砲撃と修復の煙で視界を遮られたゴライアスは彼女達に気付くはずもなく、遠慮なく膝を狙われた。もともと重心がぶれやすいその巨体を支える短足はあっさりと均衡を失い、ゴライアスは驚愕しながら轟然と轟然と大草原に倒れた。地盤を破壊し煙を巻き上げながら、巨人自身信じられないと言うのかのように、初めて両手両足を地につく。

 

「マジか・・・!?」

 

その光景に大いに度肝を抜かれつつ、冒険者達はここぞとばかりに襲い掛かった。階層主が地に落ちた千載一遇の好機、逃してなるものかと四つん這いになっている相手へ攻撃を重ねる。

 

『グッ―――オオオオオオオォオオオオオオオオオオオォオオオオッ!?』

 

顔を、手を、肩を、腿を、背を。

あらゆる部位をでたらめに高速で乱打するリューの木刀とそれに合わせるように斬撃を打ち込んでくる輝夜、さらにはティオナの肉を抉るような連撃に、ゴライアスは怒り狂った。当初の目的を一時忘れ、煩わしい虫を打ち落とそうと『咆哮(ハウル)』と両腕を躍起になって繰り出す。そして理性を失い暴風と化す巨人に、リューは、詠唱を始めた。

 

「【―――今は遠き森の空。無窮の夜天に(ちりば)む無限の星々】」

 

依然ゴライアスへの攻撃を続行しながら、エルフの戦士は呪文を奏でていく。自分より速く、かつ鋭く動き回りながら詠唱を進めるリューに、魔導士達は戦慄した。

 

「遠征の時も思いましたけど・・・詠唱だけならリヴェリア様よりも速い・・・!?」

 

「【愚かな我が声に応じ、今一度星火(せいか)の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

 

高速戦闘下における『並行詠唱』。

『魔法』を発動するために多大な集中力と正確な詠唱が求められるのは言うまでもない。高出力――詠唱文が長くなれば長くなるほどより高度な制御が強いられる。故に魔導士と呼ばれる者達は例外なく足を止め、詠唱のみに専心し、強力な魔法を準備するのだ。

しかしリューは、詠唱と戦闘を両立させていた。集中を乱し魔力の手綱を手放せば魔力暴発(イグニス・ファトゥス)も起こりえる中、階層主を相手に、攻撃、移動、回避、詠唱、この四つの行動を高速で同時展開する。その光景は第一級冒険者の目をしても見張るものだった。己を律する強靭な精神と胆気。そしてそれに伴う白兵戦と詠唱の技量。

あの【剣姫】にさえ引けを取らない戦闘技術をもって、リューは巨人へ躍りかかり、魔法を構築する。

 

「戦闘と同時に・・・!」

 

(みこと)もまた、リューの『並行詠唱』に気付いた。

戦場へ舞い戻って来た彼女はその光景に息を呑む。ゴライアスの巨撃をかいくぐり一陣の風のごとく連続で斬りかかる姿はまさに疾風だ。同時に紡がれる美しい風の旋律は命の胸を掴んで打ち振るわせる。

 

「何て高い・・・!」

 

(みこと)はそのエルフの戦士に遥かな高みを見た。未だ至らない己の不甲斐なさを実感する、それ以上に、自分も必ずあの場所へと、一冒険者として闘志をかき立てられる。同郷のよしみで主神のタケミカヅチが師事を頼んで縁ができた輝夜が宿敵(ライバル)というリューに命は憧憬の念を抱いた。

顔を振り、周囲の冒険者達の士気の高さ――次々と数を減らすモンスターと追い詰められていたのが嘘のように逆に追い詰めていく冒険者達。その中に咆哮を上げ、獣の如く影を揺らし敵を次から次へと屠って行くネーゼとアーディに補佐されながらモンスターと戦う桜花達の姿を認めた後、彼女はリュー達を援護すべくゴライアスのもとへ走った。

 

「【掛けまくも畏き――】」

 

彼女等に負けじとばかりに詠唱を始める。

精神力(マインド)をこの一撃に。

そこに、背後からベルの魔法の雷鳴が命の耳へと飛んでくる。

ベルがゴライアスを倒そうと再びやって来る。そう読んだ命は後先のことなど顧みず、己の全身全霊を、唱えていく魔法へと装填する。

 

「【いかなるものも打ち破る我が武神(かみ)よ、尊き天よりの導きよ。卑小のこの身に巍然(ぎぜん)たる御身の神力(しんりょく)を】」

 

(みこと)、そしてリューの詠唱が進められていく最中。

地に膝をついていたゴライアスが、その重い腰を上げる。

 

「あと少しくらい」

 

「大人しくしてろッ!!」

 

ベルの雷鳴がゴライアスにも聞こえたのか、再び進撃を開始しようとする巨人に輝夜は舌打ちをする。窺えばリューの魔法もまだ完成には届かない。

同じく、ティオナも行かしてなるものかとゴライアスの体を駆け上って行く。

 

「居合の太刀――【五光】」

 

快速をもってゴライアスの顔面へと肉薄した二人に驚愕するゴライアス。それぞれが右と左の赤眼へと斬撃を吸い込ませた。

 

『――――――――――ッッ!?』

 

ゴライアスが絶叫を上げる。

 

「【――来たれ、さすらう風、流浪の旅人(ともがら)。空を渡り荒野を駆け、何物よりも疾く走れ。星屑の光を宿し敵を討て】!」

 

仰け反り、両目を手で押さえる巨人に、リューは間髪入れず詠唱を終わらせた。

動きを止める相手に向かい、柳眉を吊り上げ、己の魔法を行使する。

 

「【ルミノス・ウィンド】!!」

 

緑風を纏った無数の大光玉。リューの周囲から産まれ、一斉砲火された星屑の魔法がゴライアスに次々と叩き込まれる。その黒い体皮を破り、夥しい閃光を連鎖させた。魔法種族(エルフ)に相応しい高威力の魔法がゴライアスを後退させていく、その直後。

 

『アアアアア―――――――ッッ!!』

 

「「っ!?」」

 

光玉を今もなお被弾しながらゴライアスが突進した。

巻き上がる膨大な赤粒とともに損傷と治癒を繰り返し、リューの魔法を強引に突破する。体を削りながら驀進してくる巨人の不意打ちに、正面にいたリューは逃げ遅れる。

 

「【天より降り、地を統べよ―――神武闘征】!!」

 

巨人の体当たりがリューを弾き飛ばそうとしたその時。

(みこと)が魔法を完成させた。

 

「【フツノミタマ】!!」

 

ゴライアスの直上、一振りの光剣が出現し、直下する。

同時に、地に発生する魔法円(マジックサークル)にも似た複数の同心円。

そして深紫の光剣が巨人の体を通り抜け、円中心に突き立った瞬間、()()()()が発生した。

 

『~~~~~~~~~~~~~~ッッ!?』

 

半径一〇Mに及ぶ巨大なドーム状の力場。展開された特殊空間はゴライアスを閉じ込め、腕を、肘を地に叩き落す。巨人の口から大呻吟(だいしんぎん)が漏れだす中、効果範囲内の大草原が円状に陥没、崩壊していく。

(みこと)の切り札。主神に閉鎖空間(ダンジョン)では使うなと厳命されていた、一定領域を押しつぶす超重圧魔法。深紫に染まる重力の牢獄がゴライアスを上から押し潰す。

 

「ぐ、ぅぅぅぅぅぅ・・・・!?」

 

突き出した右腕を左手で掴む(みこと)の顔が、苦痛に歪む。

一度は地面に縫い付けられたゴライアスが、ぐぐぐ、とゆっくりと身を持ち上げていく。

上からの強力な重圧を押しのけ立ち上がる巨人。(みこと)も押さえつけようとするが、モンスターの怪力を食い止められない。純粋な力負け。ゴライアスの圧倒的な能力に、歯が立たない。

 

「破られますっ・・・!?」

 

重圧魔法を発動していた(みこと)の宣言違わず、ゴライアスが結界の壁に両手を突き入れ、強引にこじ開ける。オオオオオオッと咆哮を上げ戒めから解かれた巨人に。

そこへ、二人が現れる。

 

「お前等ァ! 死にたくなかったらどけぇえええええええええええ!!」

 

「はぁあああああああああああああああああああッ!!」

 

飾り気が一切ない柄と剣身だけの長剣。岩から削り出されたような無骨な外見にも関わらず、その剣身はまるで炎を凝縮したかのように猛々しく、そして美しかった。煌々と照る真紅の『魔剣』が一度振るわれ、ゴライアスを飲み仰け反らせる。バキッ、とヴェルフの手の中で亀裂を生じさせる魔剣。一度の行使で既に自壊し始めている武器に、ヴェルフは双眸を歪め、そこから隣を走るベルに「行け、合わせる」と声を上げた。

 

体を前に倒し、いっそ白い光を帯びていると言ってもいいような雷を纏わせ閃光のように地を蹴り、剣を槍のように前に向け自身を一本の矢にして大草原を駆け抜ける。ヴェルフの放った魔剣の炎、正式魔法(オリジナル)さえ超える大炎塊の中へ躊躇なく飛び込みゴライアスの懐へと飛び込んだ。大量の火の粉、そして雷光を走らせて削られたゴライアスの硬皮を貫き、喉に風穴を開ける。

 

『――――――――――ッ!?』

 

「貫いた・・・!」

 

後方でモンスター達に砲撃していたレフィーヤが目を見開く。

 

「しかし、先程より弱い・・・!」

 

 

宙に雷光の軌跡さえ残して、ゴライアスの体に穴を開け通過したベルに冒険者達は目を見張る。

けれど、一度ゴライアスの首から上を吹き飛ばしたにしてはあまりにも弱いと思えた一撃に「これではダメだ」と思われた。

その時。

 

「『お義母さん』、手を!」

 

ゴライアスの体を通過したベルが叫んだ。

甲高い雷鳴が一度、バチッと響き、光り、そしてドレスを身に纏う女が舞踏(ダンス)でそうするようにベルの手を下から優しく掴み、引き、空中で体を回転させて姿勢を変えさせる。女の分身は役目を終えたように手を離し、霧散していった。

そして間髪入れず、ヴェルフがゴライアスの正面から。

ベルがゴライアスの真後ろから。

それぞれが、最大出力の炎を。全精神力(マインド)を込めた斬撃(放電)を同時に打ち放った。

 

『―――――――――――ッ!?』

 

陥没し、崩壊した穴の中に納まったその炎と雷は混ざり合い、ゴライアスを飲み焼き尽くす。

すなわち――――。

 

 

 

「「ファイア・ボルト―――ッ!!」」

 

 

炎雷の柱が天井にまで届き、その光は冒険者達の視界を埋め尽くし、誰もが目を腕で覆った。

凄まじい轟音が聴覚の機能を数瞬奪った後、最後にあたりへ残ったのは・・・決着の静けさだった。視界が回復した者からおそるおそる目を開けると、そこには、上半身を失った巨人の体がその断面と残った下半身から煙を上げて立っていた。

その光景に、誰もが何も言わず、しばし立ち尽くした。

 

止まっていた時の流れが動き出すように、精神枯渇(マインドダウン)で意識を失い墜落していくベルを近くで戦っていた椿が大慌てで回収する。握られていた黒大剣は刀身を失い柄までもがボロクズのように崩れ去っていく。意識を失ったベルとは別にゴライアスの正面に立つヴェルフと冒険者達は残された下半身が灰へと果てるのを見た。上半身ごと魔石を失った体は、時間をかけてゆっくりと、溶けるように姿を消した。さぁっ、と死骸の一部が宙を舞う中、大量の灰の上にドロップアイテム――『ゴライアスの硬皮』が遺された。

 

 

次の瞬間。

 

『―――うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

 

大歓声が巻き起こった。

周囲の冒険者達が諸手を突き上げ、あるいは隣の者と肩を組み、涙さえ浮かべながら喉が張り裂けんばかりに声を上げる。彼等の持つ刃の毀れた剣が、槍が、斧が、盾が、まるで自ら凱歌を上げるように銀の光を散らし言葉になっていない音の津波が轟き渡り、大草原を震わせた。




話が下手ですまない...


異端児達は普通に「食料調達」で18階層にいました。が、運が悪かったのです。

Q.どうしてアーデが?
A.正史よりも早く魔法の存在がバレて利用されていたから。

この世界線でのソーマ・ファミリアは抗争終了少しして【アストレア・ファミリア】に介入されています。なのでザニス達は既にいません。怪物祭でソーマが出てきたように現在は酒造をする眷族と探索する眷族がそれぞれいます。神酒は飲ませてはいません(アストレアにめっちゃ怒られるので)。

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