アーネンエルベの兎   作:二ベル

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ベル君の受難。
悪ふざけがすぎたかもしれん


日常会
ブランニューデイ①


 

 

 

「―――以上が、18階層で起きた異常事態(イレギュラー)の顛末です」

 

 

本拠の中でも広い、幾つもの長椅子(ソファー)が揃えられた団欒室に集まった眷族達と女神が18階層での出来事を聞いていた。報告を行っていたのは、狼人(ウェアウルフ)のネーゼだ。

安全階層(セーフティポイント)に階層主が産まれ落ちたという前代未聞の異常事態(イレギュラー)を、その場に居合わせた【アストレア・ファミリア】の輝夜とネーゼ、そしてリューは通常の個体とは違う黒い体色をしたゴライアスに『神』が関わっていると過去の経験からこれを管理機関(ギルド)に報告、ギルド本部地下『祈祷の間』にいる神ウラノスも神がダンジョンに侵入したとして、これを『神災(じんさい)』と判断された。今回の事件に巻き込まれた冒険者達には、箝口令(かんこうれい)が敷かれた。

 

 

「アーディ、輝夜・・・それから【タケミカヅチ・ファミリア】は18階層に残って宿場街(リヴィラ)の瓦礫撤去などの作業を手伝っているので恐らく帰還は明日になるかと」

 

異常事態発生前に地上へと足を進めていた【ロキ・ファミリア】の遠征隊は、発生した地震を感じた後ティオナ・ヒリュテ、レフィーヤ・ウィリディス、椿・コルブランドが18階層へと戻り異常事態の終息に協力。そんな彼女達も異常事態の対処が終了し休憩(レスト)を取るとリュー、ネーゼ、ベル、ヴェルフと共に地上へと帰還した。恐らくは彼女達も自派閥で事の顛末を報告していることだろう。

 

「それから、事態が終わった後、18階層に神が潜伏しているかもしれないと念のため見て回ったのですが・・・」

 

「まあ18階層つっても広いんだし見つかるわけねえよな」

 

「・・・・ああ、見つからなかった」

 

「神威を限りなくゼロにまで抑えていたなら、見つけるのは難しいでしょうけど・・・ダンジョンは下に行けば行くほど広くなるのだし、見つけられなくても仕方がないわ。それよりも、貴方達が無事に帰還してくれたことが私は嬉しい」

 

アストレアの眷族が無事に帰還してくれたことを喜ぶように微笑むアストレアに、微妙そうな顔をしてリューが口を開いた。

 

「いえ、その・・・」

 

「? どうしたの、リュー」

 

「【ヘファイストス・ファミリア】のヴェルフ・クロッゾですが・・・黒いゴライアスに止めを刺した一人というのもあって、冒険者達に追い回されていました」

 

「「「「「可哀想に」」」」

 

「しまいには涙目になって「何がファイア・ボルトだ、ふざけろぉ!!」などと意味不明なことを・・・」

 

「「「「おかわいそうに」」」」

 

 

ベルの友人である鍛冶師が、その家名もあって18階層でその威力を目撃した冒険者達は「魔剣を打ってくれ! なぁ!」「いいじゃねえか一本くらい! 減るもんじゃn―――いや、砕けたら減るけどよ!」「貴方の熱い炎・・・確かに私は見たわ! 『貴方の(ハート)にファイアボルト』、素敵じゃない!」などなどあることないこと言いまくる冒険者(ロクデナシ)達。果てには、胴上げをしながらの「クーロッゾ! クーロッゾ!」コールである。いくらヴェルフでもこれは泣く。彼のことを普段から弄りまくっている椿でさえ同情するレベルだったのだ。同情して、「ぶっふぉww」と結局は笑っていた。

 

 

「ええっと・・・彼も苦労しているみたいね・・・・」

 

苦笑を浮かべるアストレアは後日、お菓子でも持ち寄って、それとなくヘファイストスに彼の精神は無事か聞いておこうと思った。まあ、ヘファイストスも今頃「ぷっふふwww ご、ごめんなさいヴェルフwww 貴方がそんな顔して帰って来るなんて思っていなかったから、許して頂戴www そうね、その内食事にでも行きましょうか」とかやり取りをしていることだろう。

 

「あとは・・・・・・そこで横たわっているベルが、あんまり無事ではなさそうと言いますか」

 

ここにはいない輝夜を除いた【アストレア・ファミリア】の女傑達が、長椅子(ソファ)ではなく床で横たわっている―――まるで絨毯のようにアストレアの足元でペタリ、となっているベルに目を向ける。

 

「怪我は回復薬(ポーション)で治療しましたし、さっきもマリューに診てもらったので問題はありませんが・・・熱を出していたので、18階層から私達だけ先に帰らせてもらいました」

 

「兎の魔法・・・詠唱が長い分、強力だけどよ、その分、反動っていうか負担がでかくねえか? どうなんだよ、魔導士二人組と治療師さんよ」

 

横たわるベルに目を向けながら、頬杖するライラが、魔導士のリャーナとセルティ、治療師のマリューに言う。三人は「うーん」と言ってからそれぞれ口を開いた。

 

「ええっと、勘っていうか、多分当たってると思うんだけどベルの魔法は効果中、()()()()()()()()()()()()()()んだと思う」

 

「私達はその場で見たわけじゃありませんが、怪物祭での戦いが終わった時、ベルは魔法の効果が消えると同時に血を吹き出したんですよね?」

 

リャーナが推測を、セルティがアストレアに確認を取る。

さらにマリューが付け加える。

 

「今ベル君が熱を出しちゃっているのは、その後回しにしていたダメージ―――つまり、ゴライアスと戦って受けた骨折とか裂傷とか、とにかく吹き出したダメージを回復薬(ポーション)を手あたり次第かけたことで、急な体の回復で起きる反動が原因なんじゃないかと」

 

「ネーゼ、どう?」

 

「ええっと・・・はい、確かにゴライアスを討伐した後、他の怪我人も含めて治療しました。熱があるかどうかが分かったのはその後なのでダメージが原因でなのかは流石にわかりません」

 

「もしくは、魔法の効果中はダメージを後回しにするということは、効果中は魔法そのものが傷を塞ごうとしているはずですから、体は治癒と損傷を繰り返していると判断してびっくりしちゃっているのではないでしょうか? 普通、そんなこと起きませんし」

 

セルティが意見するように手を上げ、可能性の一つとして提示。

恐らく致命傷や即死となる攻撃には意味はないのだろうが、三人の発言からベルは長時間の戦闘には不向きなのではないかと全員が頭を悩ませた。

 

「うぅー・・・ん」

 

そんな自分の体が自分の魔法で壊れるということなど知りもしない白兎は頭が痛むのか呻き声を上げた。

 

「ベル君、床・・・掃除はしていても汚れちゃうよ?」

 

「うぅ・・・頭痛い・・・床、ちべたい・・・ぼく、床と結婚すりゅ・・・」

 

「おい誰か早くこの馬鹿兎をベッドに運んでやれ、熱で脳みそ溶けてんじゃねえか?」

 

ベルの謎発言にライラが冷静にツッコみ、とっととベッドに運んで寝かせてやれと言うが他の女傑達はこの世の終わりかのように焦り出していた。

 

「待ってベル! 私達よりも床の方が女として魅力的ってこと!?」

 

「なんですか、貧乳(まないた)がいいということですか!? あんなのレーズンがまな板の上で自己主張しているだけですよ!?」

 

「ベル言ってたじゃん、包容力がいいって!」

 

「ほらベル君、ここに包容力を兼ね備えたお姉さん、いっぱいいるよ!? こっち見て!」

 

「ベル、私達が床以下というのは聞き捨てなりません、今すぐに訂正を。可及的速やかに。決して、決っっして、私はペタではない!!」

 

「私達よりも床の方が良いって流石にショックなんだけど!?」

 

「7年近い付き合いがたった数分で裏切られる!? こんなことあっていいの!?」

 

「いい、ベル!? 床なんていろんな人達に毎日毎日踏まれてるんだよ、つまり、浮気しまくってんの! そんな(やつ)と結婚とか・・・正気じゃないよ!?」

 

「お前等、余裕なさすぎか!? 落ち着けって!! 病人を振り回すんじゃねえ!」

 

アリーゼが、セルティが、アスタが、マリューが、リューが、ノインが、リャーナが、イスカが、飛びつくようにベルの元に行き、シャツやらズボンやらをぐいぐい引っ張る。右に左に白兎が揺れる! なんならモフモフの髪だってもみくちゃだ! 唯一ライラだけがベルの呻き声を聞いてツッコミを入れる! それほどまでに彼女達には出会いがなかったのだ! アストレアとネーゼはドン引きである。

 

「お、おいっ、熱だしてんだから安静にしといてやれって!?」

 

「あ、貴方達・・・ベルがいるのだからいいじゃない」

 

「アストレア様も床に負けたら悔しくないですか?」

 

「・・・・・・悔しいけれど」

 

「「アストレア様!?」」

 

「と、とにかくステイタスを更新するかr―――」

 

言い終わる前に、上半身を揺さぶっていたアリーゼ、リャーナ、ノインがベルのシャツを捲り上げた。

 

「あ、貴方達、いい加減に落ち着きなさい!?」

 

わっせわっせと長椅子(ソファ)の上にうつ伏せで寝かされたベルの腰に跨る形で、アストレアはベルのステイタスを更新することにした。もう長い付き合いであれこれ見ちゃっているとはいえ、異性の少年の裸体に飢えた女傑達が喉を鳴らす音が静かに団欒室に響き、更新が終わるとすぐベルは治療師のマリューによってベッドまで運ばれていった。

 

「ランクアップはー・・・」

 

「していないわよ?」

 

「で、ですよね・・・よかった」

 

「あっという間に追いつかれたらと思うと・・・嬉しいような悲しいような」

 

「これがあれなんでしょうか、独り立ちする息子を見送る母親の気持ちといいますか・・・」

 

「セルティ、待ちなさい。私達は彼の母代わりをした覚えはない」

 

「でも、ベルとアルフィアの年齢差から考えると、17歳の頃にベルのお母さんは出産してるってことだよね?」

 

「17で伯母になるって・・・アルフィアの精神的苦痛が計り知れねえよ・・・・」

 

「あの子の赤い眼を見ると無性に抉りたくなるって言っていましたね」

 

「チビんときからそんなこと言われる兎の精神的苦痛も計り知れねえよ・・・」

 

「私達も子供がいてもおかしくない・・・・・・のかなあ?」

 

「「「・・・・・この話、やめませんか?」」」

 

「貴方達、明日も早いのでしょう? 解散にしましょう。ネーゼ、リュー、もう他に報告はないのよね?」

 

「あ・・・はい、ありません! 以上です!」

 

「わ、私もありません」

 

何故かどんよりとした空気が漂い始めたところで、アストレアは手を叩いて解散を促した。

主神(おや)として眷族(こども)の幸福を応援したいアストレアではあるが、彼女達も彼女達でアルフィアを基準に考えているような気がして変に焦らないで欲しいと切に願うのだった。

 

 

 

×   ×   ×

朝。

アストレアのターン

 

 

ぼんやりとベルは目を覚ます。

そこはいつもいる神室ではなくて、かつてアルフィアと過ごしアルフィアが死去してから碌に使わなくなったベルの自室だった。悲しくなるから、涙が溢れそうになるから。そんな理由から自然と近づかなくなっていったその部屋は、【ファミリア】の姉達の優しさからか、使われていなくとも掃除が行き届いていて吸う空気から埃っぽさなど微塵も感じない。

 

「おはよう、ベル」

 

仰向けで眠っていたベルの右側から優し気な声がする。

未だ頭痛はするし、ぼんやりとしていて、体力が尽きたようにだるい。瞳だけで優しい声の主であるアストレアを見ると、彼女は微笑みながらもう一度、「おはよう」と言ってベルの額に手を乗せた。

 

「ごめんなさい、風邪というわけでもないのだから私と同じ部屋でいいと言ったのだけれど・・・私まで体調を崩すようなことがあってはダメだと言いくるめられてしまったの」

 

ベッドに腰かけベルの額から手を離して「まだ熱は引いていないみたいね」と言って右手の上に自身の手を添えた。アリーゼを含める眷族達は、ベルの熱が風邪ではなく過労に近いものだとしても、それで今度はアストレアまで体調を崩すようなことがあってはいけないと信愛をもって女神の身を案じベルをこの部屋に移したのだ。アストレアはベルの上体を起こさせてから口にゆっくりとグラスを当てて水を飲ませる。

 

「いい、ベル? 貴方は体調が悪いのだから今日は大人しく寝ていること。起きててもいいけれど、あちこち動き回ったりはしないこと。今日は治療師(マリュー)が本拠にいてもらうようにお願いしているから、何かあったらマリューに言うこと」

 

「・・・・アストレア様は?」

 

「私はもう少ししたらイスカと一緒に孤児院のお手伝いに行くわ。ヘスティアと約束していたし」

 

「・・・・・・・」

 

「そ、そんな捨てられる兎みたいな顔をしないで頂戴」

 

え、女神様一緒にいてくれないんですか。そんな言葉ではなく目で訴えてくるベルにアストレアはおろおろ。何も今生の別れではないのだからそんな顔をしなくても・・・と苦笑を浮かべる。コンコン、とノックの音がして外から準備ができたと声がする。声の主は一緒に孤児院へ行く女戦士(アマゾネス)のイスカだ。彼女は派閥で一番化粧(メイク)が上手く、『女の子らしい』。イスカもまたティオナのように()()()()()()()()()で、彼女の関心の先は雄や闘争ではなく、『お洒落』にある。静かにドアを開けて顔を覗かせるイスカはベルと目が合うとヒラヒラと手を振って笑いかけた。

 

「ベルー、今日一日アストレア様は借りるからごめんよー!」

 

「・・・・むぅ」

 

「そ、そんな恨みがましい目でみないでよ、元々孤児院に行く予定だったんだから!」

 

「夕方には帰って来るから、ね?」

 

「・・・・はあい」

 

ベルが頷いて、イスカが「大人しく寝てなよー」と言って扉を閉めて先に玄関へと向かって行く。

アストレアは見つめてくるベルの深紅(ルベライト)の瞳を星海のごとき深い藍色の瞳をもって見つめかえし、前髪を分けるように撫で、耳に長い胡桃色の髪をかけるように押さえてゆっくりと唇をベルの額に落とした。

 

「―――」

 

とても長く感じるような、それでも短い時間。

瞼を閉じて額に接吻していたアストレアの唇はゆっくりと離れて、浮上した羞恥からか彼女はその細指で唇を隠して微笑んだ。

 

「唇の方が良かったかしら・・・いいえ、それは元気になってからにしましょうか」

 

「!」

 

「楽しみがあった方が、早く良くなるかもしれないでしょう?」

 

「・・・も、もういっかい」

 

「だーめー」

 

「~~~っ!」

 

「じゃあ行ってくるわね、ベル?」

 

「行ってらっしゃい・・・アストレア様」

 

名残惜しそうに握っていた手を離して、アストレアは部屋を後にした。

ベルは嬉しいやら恥ずかしいやらと悶々としながら、布団を頭まで被って再び眠りについた。

 

 

×   ×   ×

数分後。

アリーゼ、アスタ、ノインのターン

 

 

ひょこり、と扉から顔を覗かせる女が三人。

赤い髪のアリーゼに、茶髪のアスタ、そして濃褐色(ダークブラウン)のノインだ。

人間(ヒューマン)が二人とドワーフが一人。彼女達は何故か頭まで布団で覆って眠っているベルに「暑くないの、あれ?」と首を傾げる。

 

「ベールー?」

 

「お・は・よ・う~」

 

「暑くないのー?」

 

三人それぞれの戦闘衣装(バトルクロス)を身に着けて、ベッドの横までそろりそろりとやってくる。仮にも眠っていて騒がしくしたせいで眠りを妨げたらいけないと思ったが故だ。何より、ベルの義母は微睡みを妨げただけでぶっ飛ばしてくる女性だったから自然と静かに歩く所作が身についてしまっていた。ノインがゆっくりと布団を捲り上げると、横向きになって体を丸くして眠っているベルが確かにいた。けれど、ほのかの頬が赤い。

 

「寝顔は相変わらず可愛いなあ」

 

「でも顔が赤いわ、熱上がっているんじゃない?」

 

「冷却シート持ってきたほうがいい?」

 

「・・・そうね、アスタ、お願い」

 

額から首、はては胸の辺りをペタペタと手を這わせて体が熱くなっているのを確認する。まあきっと布団を被って熱が籠ったせいだろうとは思うが容態が悪化していたらそれはそれで困る。警邏で本拠を出る前に様子を見に来ただけだったが、彼女達は部屋の窓を開けて換気し、汗を拭ってやり、布団を胸の少し下辺りにずらしてマリューにベルのことを伝えてから本拠を後にした。

 

 

×   ×   ×

昼。

マリュー、リャーナのターン。

 

「お、ベル起きてるじゃん」

 

「ベル君、お昼ご飯食べれる?」

 

二人の人間(ヒューマン)が顔を覗かせてベルが起きて、ぼけーっと外を眺めているのを確認すると部屋に入って来る。リャーナとマリューは自分達のも含めて昼食を乗せたトレイを持っていて一度近くのテーブルに置いてからベッドの横に椅子を置いてそこに座った。二人の昼食はパスタだが、ベルのものだけは少し違う。

 

「前に輝夜ちゃんから教えてもらった極東の・・・えっと『おかゆ』っていう料理らしいんだけど、作ってみたの」

 

「熱いから気を付けて食べなよ?」

 

「い、いただきます!」

 

マリューからトレイごと受け取って膝に乗せ、三人で昼食にする。

リャーナもまた後輩のセルティ警邏に出ていたが先に一時帰還。そこに丁度マリューが昼食を作っていたので一緒に食べることにしたらしい。

 

「セルティはまた後で一度帰って来ると思う。暇なら何か本を持って行ってやるように伝えておこうか?」

 

「はふはふ・・・むぐむぐ・・・うん」

 

「ベル君、美味しい?」

 

「はふはっふ・・・はひっ」

 

三人で、半日何をしていたのかといった他愛ない雑談をしながら料理を口に運ぶ。

リャーナはギルドの掲示板で『ダンジョンに鳴り響く歌の正体を突き止めて欲しい』という変わった依頼があったのを、「ベルこういうの好きでしょ?」と言って聞かせ、マリューは本拠内の掃除、昼食の準備、そしてその後は洗濯をすると口にする。皿の中身が綺麗になくなったのを確認するとトレイごと退けられ、マリューが林檎を剥いて口に運んでくる。

 

「おいひい」

 

「体の具合はどう? 大分良くなった?」

 

「むぐむぐ・・・うん、ちょっとぼんやりするけど大丈夫」

 

「なら、夕方には良くなってるかな?」

 

「まあ風邪とかじゃなくて過労みたいなものだしねえ・・・あ、私そろそろ行かなきゃ。じゃあねベル、大人しくしてなよー」

 

「じゃあ私もそろそろ残っているお仕事をしないと。ベル君、一度寝間着、着替えよっか。汗かいてるでしょ?」

 

マリューに替えの浴衣(ねまき)に着替えさせられ水分補給をした後、静かになった部屋でベルはすることもなく外の景色を眺め続けた。

 

×   ×   ×

2時間後 リューのターン。

 

ノックの音の後、扉がゆっくりと開かれる。

金の長髪を揺らして、覗き込むように彼女は部屋に入り込んだ。ベルのことが心配だったのか、長く尖ったエルフの特徴である耳は若干下を向いている。

 

「ベル、入りますよ」

 

「リューさん? どうしたの、垂れ耳になっちゃって」

 

「貴方の体調が悪いと皆、心配する。私もそれは同じです」

 

アルフィアだって生前、ベルが自分と同じ病を患ったりしないかと体調を崩す度に悩んでいたというのに。そんなブツブツとベルには聞こえないような声音で言うリューは両手で一つのトレイを持ってベルのベッドの横に置かれていた椅子に腰を下ろす。

 

「リューさん、お昼まだだったんだ?」

 

「ええ・・・・生憎と本拠に誰もいなかったので、ベルの様子でも見ながら少し遅めの昼食をと思いまして」

 

「マリューさん・・・いませんでした?」

 

「いえ、本拠内には姿は見えませんでしたが・・・・・・まあベル一人を残して留守にするとも思えないので、庭掃除をしているのかもしれません」

 

「なるほど」

 

「さ、食べましょう」

 

「はい、どうぞ」

 

わざわざ僕の部屋に来てまで食べなくてもいいのに・・・寂しがり屋さんなんだなあリューさんは。彼女にバレないように微笑みながら、そんなことを思っていると―――。

 

「ベル、一緒に食べましょう」

 

「え」

 

一緒に食べる? 何を言っているんだこの妖精さんは。

 

「え」

 

何故そんな素っ頓狂な顔をする? 寝ていたのなら何も食べていない筈だ。

 

「「・・・・・え?」」

 

空色の瞳と深紅の瞳が交差し、パチパチと瞬きを繰り返す10秒ほどの沈黙の時が流れた。

リューは膝の上に乗せているトレイを握る手にぎゅっと力を入れて、食い気味に言ってくる。

 

「まだですよね」

 

食べましたよ?

さっき食べましたよ?

食後のデザートもしっかり食べましたよ? むしろどうしてまだ食べてないと思えたんですか?

 

「これからですよね?」

 

ううん、ばっちり食べましたよ?

どうしてそんな焦ってるんですか?

 

「もう一度・・・・・一から始めませんか?」

 

食事に一からも零からもありませんよリューさん!?

 

「せっかく・・・・()()()のに」

 

泣きそうな顔で俯くリューに、ベルは胸が刺されたような錯覚を覚えた。

何せ綺麗なエルフのお姉さんが、耳まで垂れさせてしょぼくれているのだ。ここで彼女の優しさを無碍にするのは、男として失格であり、女子(おなご)の涙を拭えないなど笑止千万。祖父(ゼウス)に笑われてしまうかもしれない。

 

「・・・・べます」

 

「・・・・・・ぇ?」

 

「食べます」

 

「!」

 

「食べさせてください」

 

「!!」

 

「いや! 丁度食べたいなあって思っていたんです! どこで買って来たんですか!?」

 

「嗚呼ベル、良かった! そこまで言ってもらえるとは! ()()()甲斐があった!」

 

「・・・・・・」

 

「さ、ベル・・・・食べさせてあげましょう。私も姉の端くれ、『あーん』ぐらいはできる。何せLv.4ですから」

 

ドヤ顔で親指を畳んで自分のレベルである『四』を指で表現するリューとは対照的に、ベルは引き攣った顔で固まっていた。

 

「・・・・・リューさん今、なんて?」

 

「ええ、ですから私はLv.4だと。先日のゴライアスの件でランクアップできなかったのが惜しい・・・早くアリーゼに追いつかなければ」

 

「そこじゃなくって」

 

「『あーん』くらいできる・・・?」

 

「そうでもなくって」

 

「わ、私にそう何度も同じ台詞を言わせないで欲しい・・・流石に、私も恥ずかしい。食べさせてあげましょう・・・そう言ったことの何がいけないというのです。私では不満が?」

 

「いやえっと・・・もういいです。それで、どこのお弁当を買って来たんですか?」

 

勝手にモジモジと恥じらうリューにベルはもういいやと投げ出した。

綺麗なエルフのお姉さんが恥じらっているし、いつも他のお姉さん達に弄られて涙目になっている彼女とはまた違う表情を独り占めできるこの一時は至福ですらある。だから野暮なことを聞くのはやめようと思ったのだ。

 

「いえ、自炊した方が安いのでは?」

 

「・・・・・自炊?」

 

リューさんの口から、自炊って言葉が出た!?

すごい!!

 

「・・・・何か失礼なことを考えてはいませんか?」

 

「ううん、考えてないデスヨー?」

 

「・・・・まあ、いいでしょう。それでですね、私のは丁度残っていたものがあったのでそれを」

 

食べきっておかないと勿体ないですので。そう言ってリューがトレイの上に乗せている皿の一つ、パスタを指さす。恐らく、マリューが作ったパスタの余りだろう。恐らくは後から帰ってきた団員が食べれるように残しておいたのだろう。

 

「ミートソース・・・戦闘衣装(バトルクロス)につかないように気を付けないとですね」

 

「ええ、気をつけましょう。それで・・・ベルにはこれを」

 

そう言ってリューは、一つのお椀を指さす。

ベルは何だろうなあと覗き込む。優しく部屋に入り込む風が料理の匂いを運び、鼻腔をくすぐって来る。食欲をくすぐる良い匂いだ。しかし、食欲を失せさせる見た目だった。

 

「リューさん、これは何ていう料理ですか? エルフ飯ってやつですか?」

 

お椀の中にあったのは、()()

料理というよりも、塗料だとかヘドロだとかそういうアレを彷彿とさせるものだった。

 

人間が食べる餌であってますか、ソレ。

ベルの率直な心の声である。

 

友人(シル)に極東の料理で『おかゆ』というものがあると聞き、レシピを教わり、作ってみました。胃に優しく、消化に良いそうですよ」

 

どうして戦犯(シルさん)に聞くんですか?

人選間違ってませんか?

そこは輝夜さんに聞くところでは?

そもそも、僕、とっくに『おかゆ』食べましたよ?

マリューさんが作ったのが純白ならこっちは漆黒なんですがどういうことですかリューさん。

 

口から出ない言葉が次から次へと脳内を駆け巡る。

 

「なんでも・・・野菜だとか卵だとかを米と一緒にドロドロになるまで混ぜたり煮たりするんだとか」

 

「・・・・・・・・ヒェッ」

 

「多少焦げてしまいましたが、良い匂いがするのです。問題はないでしょう」

 

自信満々に語るリューにベルはもう何も言えなかった。

今度シルさんに会ったら「リューさんにゆで卵以外作らせないでください!」と言ってやろうと心に強く誓うのだった。さあベル、食べましょう。そう言ってスプーンに掬ってふーふーと息を吹きかけ、ベルの口へリューが『おかゆ』らしい何かを運ぶ。

 

「ひっ、ま、待ってリューさん!? 心の準備が!?」

 

「食事に心の準備など必要ありません」

 

「で、でも!? その『おかゆ』・・・・チュミミーンとかラリホー!とか喋りませんか!? その、『おかゆ』がゴポゴポ言ってるし、顔に見えるんですけど!?」

 

「・・・・・・・そこまで言うということはやはり、私ではダメということですか」

 

「リュ、リューさん・・・?」

 

「・・・・・・・3つの点が逆三角形に配置されていると「人間の顔」に見えてしまうという現象を『シミュラクラ現象』というそうです」

 

「リューさん!?」

 

「【剣姫】が貴方を傷付けるせいで・・・私まで貴方に警戒されて・・・」

 

うるうる、ぷるぷる。

見目麗しいエルフのお姉さんはとうとう泣きそうになっていた。

せっかく手料理を振舞おうと思ったのに。そりゃあ、初めて聞いた料理で初挑戦しちゃったけれど、聞いた限りでは「まあ私でもできそうだ」と思えるものではある。多少焦げてしまっているが、米は『おこげ』なるものがあったほうが美味しいとも言う。なら、これもきっと美味しいはずだ。だって良い匂いがするし。ベルもきっと喜んでくれる。そう思っていたというのに、目の前にいるベルは顔を真っ青にしてリューに怯えているではないか。私の何がいけない・・・!?そう言いたげに顔を俯かせて肩を震わせる残念妖精。

 

「あ、ああああああ、食べます! 食べますからあ!!」

 

そんな残念妖精にベルは覚悟を決めた。

叔父さん、どうか貴方の鋼の胃袋を僕に―――ッ!

そんなことを心の中で叫びあがって、ベルはリューの手首を掴み、そのままスプーンを加え『おかゆ』らしきものを口の中に放り込んだ。

 

「!?」

 

「ぐぶっ!? ごほっ、ごほっ、わ、わあー美味しいなあー・・・・げほっ」

 

「だ、大丈夫ですか、無理をしていませんか!?」

 

「だ、大丈夫です。たぶん、ずっと寝ていたから風邪を引いたんですよきっと! せっかくリューさんが僕のために作ってくれたんですから全部食べますよ!」

 

「ベ、ベル・・・・! 貴方は、尊敬に値するヒューマンだ・・・・!」

 

ぱぁああ、と表情を明るくさせるリューに対して「こんなことで尊敬されてもなあ」と悲しくなるベル。結局、ベルはリューの作った『おかゆ』らしきものを完食した。そしてリューが部屋を後にするとともに堪えていたものを吐き出すように、息絶えたように、お腹を押さえ口を押さえ、体を丸くさせて悶え苦しみ気絶した。

 

 

×   ×   ×

10分後。

セルティのターン。

 

リューが再び本拠を出て行った後、今度はセルティがやってきた。

 

「ベル、ずっと部屋に籠っていては暇でしょう。本をいくつか持ってきたのでどうで・・・す・・・か・・・」

 

バタ、バタタタ!

音を立ててセルティの両腕から零れ落ちていく数冊の本達。

【ファミリア】の中でリューと同じエルフという種族でありながら、彼女は【ファミリア】内でもライラに次ぐ知識人。彼女の知識欲については彼女自身の生まれ故郷の里に類するものであるため致し方ないのだが、ベルがわからないことがあった時は彼女の部屋に入り込むくらいには多くの本を有している。そんな知識人の彼女が大切な本を落したのだ。

せっかくならベルと話をしながら、買って来た遅めの昼食を食べようと思っていたそんな彼女の目に映ったのは。

 

「ベル、ベル!? どうしたんですか、何があったんですか!? い、一体だれがこんな・・・!? まさか、暗殺・・・!?」

 

腹を押さえ、瞼をぎゅっと瞑り、ベッドの上で蹲るベルの姿。

口からは、ヘドロのような何かが零れてすらいる。

セルティはかけている眼鏡がズレてしまっていることさえ直さず、悲鳴じみた声を上げた。

 

「だ、誰か!? 誰か治療師(ヒーラー)を呼んでくれる人を呼んでくださいッ!?」

 

ベルが、ベルがぁあああっ!?

本拠内を走り回るセルティの声が聞こえたのか、慌ただしくマリューが戻り、そしてベルの惨状を見て彼女もまた悲鳴を上げた。

 

×   ×   ×

1時間後

アイズのターン。

 

 

外から入り込む風が優しくカーテンを揺らす。

差し込む光が部屋を明るく照らす。

まるで時間が止まったかのように感じられるほどに、暖かで、静かな時間。ベルの耳には、都市の喧騒など届くはずもない。

 

「死ぬかと思った」

 

マリューの治療によって一命をとりとめたベルではあるが、実際、川の向こうで双子の美女がお茶しているのが見えたしあれ、お義母さんとお母さんだよね? 危なかったなあ・・・とベルは胸を撫でおろす。

 

「食べ過ぎは・・・・よくないよね」

 

ライラがいれば、「そこじゃねえよ」と言ってくれただろうが今この部屋にはツッコミ役はいない。くあぁ・・・と欠伸をし、ベルは夢の中に身を投じるのだった。

 

「よい―――しょっと」

 

そこに。

そんな穏やかな一時に、一陣の風が。

金の髪を揺らし、窓枠に手と足をかけて、彼女は入り込む。

 

「ベル、寝込んでるって聞いたけど大丈夫?」

 

彼女は18階層の一件をレフィーヤとティオナから聞いた後、街中でアリーゼに出会い、寝込んでいると聞いて幼馴染を心配して見舞いに来たのだ。正面同道と本拠の玄関から入らなかったのは、彼女の過去のやらかしが原因でとある金髪のエルフから当たりが強かったりして入りづらいためだ。もっともそのとある金髪のエルフも「私も子供ではない。いつまでも【剣姫】に恨みの念を持っていても仕方がない」としているし実際一緒に行った『遠征』では協力さえしたのだから、ほとぼりは冷めてはいるのだが。

 

「・・・ベル?」

 

そそそっとベッドの横へ行き、顔を覗き込む。

すやすやと眠るベルの寝顔は、幼くあどけない。どことなく顔色が悪い気もするが、体調が悪いのならそういうものなのだろう。今ならばベルのことを撫でられるのではないか?そんなことを考えたアイズは、しかしそれをぐっと堪えた。今までも無理に彼を構おうと、仲直りをして仲良くなろうとするたびに空回りして失敗を繰り返してきたのだ。アイズの脳内では小さなアイズ達が机を並べて緊急会議をし、「今はまだその時ではない」と結論づけるほどだ。人は失敗する度に成長する。まさに、アイズは成長していたのだ。たぶん。

 

「・・・・お土産、持ってきたのに」

 

ただ、残念ではある。

ベルのためにお見舞いの品を持ってきていたのだ。けれど、眠っているために、冷めて旨味が逃げてしまうとアイズは両手で大切にそうに持つ紙袋に目を向けて悲し気に瞼を閉じる。

 

「・・・・じゃが丸君、スイートポテト味」

 

今日はヘスティア様が屋台にいなかったけど。

最近新商品として出てきた、じゃが丸君スイートポテト味は実に美味しいのだ。スイートなのだ。ポテトなのだ。オールドファッション味とか名前の意味はわからないが大学芋味だとか、気になる新味はたくさんあったけれど、小さなアイズ達が「これがいい!」とスイートポテト味を決めたのだ。

 

 

▽アイズの脳内

 

「ベルのお見舞いは、じゃが丸君スイートポテト味に決定!」

 

「異議なし!」

 

「作戦はこう!」

 

①お見舞いのじゃが丸君をベルに上げる→②「わあいアイズさんありがとう! だいすきー!」→③仲直り完了!!

 

「「「ヨシ!!」」」

 

 

フフッ、と小さなアイズ達が「勝ったな・・・」「ああ・・・」などと言っているのを他所にアイズは紙袋をそっと近くのテーブルの上に置いて椅子に腰を下ろした。

 

「じぃー・・・」

 

1分。

 

「じぃー・・・」

 

さらに1分。

 

「じぃー・・・・」

 

さらにさらに1分。

 

徐々に、徐々に顔が近付いていくアイズ。

早く起きて、冷めちゃう。

美味しいよじゃが丸君。

起きて(たべて)

 

 

「うぅ・・・・あづい」

 

「!」

 

起きた!? と思って身を引いたアイズ。

しかしベルの口から聞こえたのは求めていたのとは違うもの。

暑い? 熱上がっちゃったのかな? どうしよう・・・誰か呼んだ方が・・・でも、気配を感じないし。

 

偶然にもマリューがベルの口から零れた黒いヘドロらしきものが付着した寝間着の洗濯を行ってい再び庭に出たために、本拠の中は無人状態。アイズは部屋の外も静かなために本拠はベル以外誰もいないのではないかと勘違い。

 

「・・・・」

 

あれ、これって私『ふほー侵入』? そんな考えがアイズの脳裏を過る。

しかし、脳内の小さなアイズ達はバタバタと資料をひっくり返して、「いや、まだだ、まだ何か手はあるはず!」と記憶という名の資料を漁り始めた。結果出てきたのは、御伽噺などでは窓に小石を投げて少女が窓を開けるとそこには少年がいるだとか、そういうやつだ。アイズにはイマイチ『ろまんちっく』というものは理解できなかったが、禁断の恋というものは当人たちにとっては燃えるらしいのだ。

 

「うん・・・たぶん、これでいける」

 

ふわっとした言い訳を思いついたアイズは、次いで自分の手がベルの頭を撫でていることに驚いた。「そんな・・・バカな!?」「体が勝手に・・・!?」「求めていたというの、モフを!?」と小さなアイズ達がひっくり返っている。目を見開くアイズはしかし、決してその手を退けることはない。「戻れ私!」「行くな私ぃ!」そんな悲鳴じみた小さなアイズ達の声など夢中になってベルの頭を撫でるアイズには届かなかった。

 

「さらさら・・・もふもふ・・・ふふ」

 

あの【静寂】のアルフィアさえも彼の頭を撫でている時は優しい顔をしていたのだ。それほどまでに彼の髪は癒しの効果があるのだろう。同じ派閥ではないが、アイズとベルは幼馴染。ならばこれくらい許されるだろう。

 

「ロキも言ってた・・・幼馴染っていうのは強いって」

 

せやからな、大切にせなあかんで?と昔言っていたし。

幼馴染属性というのは、それほどまでに貴重らしい。

 

「ベル・・・おでこ暑い・・・風邪かな・・・えっと確か・・・」

 

小鞄(ポーチ)の中に本拠から持ってきたある物を取り出す。

小箱の中に入っていて、それを親指と人差し指でつまみ出す。

小さな、薬。

 

「・・・坐薬」

 

親指と人差し指でつまむようにして持つ白い物体。

自分も小さなころ、珍しく高熱を出して寝込んでしまった時にお世話になった記憶が蘇り、こうして持ってきたのだ。

 

「ベルが元気になってくれたら、きっと私のおかげだって言ってくれるかもしれない」

 

ごくり、と喉を鳴らしたアイズは幼馴染として、お姉さんとして、ベルが早く元気になってくれるようにと彼の下着に手をかけた。憐れな兎の悲鳴が上がったのは、すぐのことである。

 

 

×   ×   ×

一方、孤児院。

 

「ええ、ベル君、熱を出しちゃったのかい!?」

 

「そうなのよ、ああでも、風邪とかではなくて魔法の反動みたいなもの・・・つまり過労みたいなものだから休んでいれば治るはずよ」

 

「そうなのかい? いつも君と一緒に来ていたのを僕知ってるから、珍しくいないなあって思ったんだ・・・まさか体調を崩していたなんて」

 

孤児院の子供達と共に、清掃活動をするヘスティアとアストレア。

イスカがやんちゃなチビッ子と追いかけっこをして遊んでいるのを眺めては微笑み、「アストレア様ー」「ヘスティア様―」と寄って来るチビッ子達の頭を撫で繰り回しながら、二柱の女神達は雑談していた。

 

「貴方こそ、バイトのしすぎではなくって?」

 

「だ、大丈夫さ・・・家賃のためだ・・・!」

 

「じゃが丸君の屋台に、ヘファイストスのところで売り子をして、孤児院のお手伝い・・・引きこもりの女神はどこへ行ったのやら」

 

「う、うるさいやい! ぼ、僕だってやるときはやるんだぞぉ!?」

 

「あらあら」

 

ぷんすこ怒るヘスティアを微笑むアストレアが宥める。

孤児院には平和な時間が流れ続けた。

 

 

×   ×   ×

再びアイズのターン。

 

 

「ベルの寝間着が浴衣でよかった・・・」

 

「ひっ、な、何でいるんですか!?」

 

「お見舞い・・・だよ?」

 

「僕を脱がそうとしないでくださいぃっ!?」

 

「大丈夫、見ないようにするから」

 

「全然大丈夫じゃないんですけど!?」

 

ベッドの上で少年と少女が攻防する。

片や浴衣を乱れさせ、下着を脱がされまいとするベル。

片や涼しい顔してベルの下着を下に下にとずらしていくアイズ。

 

「ベル、暴れないで。誰か来たらどうするの?」

 

「!?」

 

「(病人(ベル)を暴れさせたところ)見られちゃう、よ」

 

「い、嫌だ・・・・(こんな犯される寸前みたいなところ)見られたくない!?」

 

「安心して、私も昔・・・高熱を出して寝込んだ時にそれでもダンジョンに行こうとして・・・リヴェリアにやられたから」

 

「リヴェリアさんにヤられた・・・・!?」

 

Lv.6のアイズの方が、ベルよりも力が強く抵抗するも徐々に徐々に下着がズリ下げられトドメとばかりにアイズはベルの背中に座り込み坐薬を当てがった。「ひぃっ」と悲鳴を上げるベルに「大丈夫だよ」「すぐに終わるから」と安心させる言葉をかけるが、ベルからしてみれば、全然大丈夫じゃなかった。

 

「お、お尻・・・待ってください!? 僕、はじめてなんです!」

 

「誰だって皆最初は初めて・・・未経験、だよ。私も最初は(お尻に入れられるの)嫌だったけど・・・・すぐに良くなったから、リヴェリアには感謝してる」

 

「すぐに良くなった・・・!?」

 

アイズさんとリヴェリアさんってそういう関係だったの!? ひょっとしてリヴェリアさんが未婚なのって・・・女性の方が恋愛対象だったから!? いやいやいやいや!? 王族(ハイエルフ)が幼女のお尻に!? 嘘でしょ!?

 

噛み合っているようで噛み合わない会話。

そのせいで、ベルの中でリヴェリアが異性ではなく同性が好きなのだと、そしてあろうことか娘とそういう関係に発展していると勘違い。どれもこれも当時のアイズが原因だし高熱でふらふらしているのにダンジョンに行こうとする彼女にキレたリヴェリアが「そんなにダンジョンに行きたいのならこれでもくらえ!」と頭に登った血に促されるがままやっちゃったわけでリヴェリア本人としては冷静になって「やってしまったかもしれん・・・」とか激しく後悔しているのだが。

 

「ア、アイズさん、あの、あのぉ!?」

 

「見てない。見てないよ、手探りでやってるから・・・」

 

「ひぅっ!?」

 

「あ、入った。じゃあ・・・・奥まで入れるね」

 

「ンンンンンンンンンン!?」

 

ジタバタ抵抗するベル。

もはや抵抗は無意味で、ずずいっと少女の細指が体内に侵入してくることに枕に顔を沈め涙で濡らした。

 

ごめんなさいアストレア様、僕は穢されました。

そんな心の声が女神の耳に届くことはなかった。

 

「はい、終わったよ・・・頑張ったね」

 

ヨシヨシと頭を撫でてくるアイズは一度手を洗いに部屋を後に。普通に出て行くなら窓から入って来た意味はあったんですかアイズさぁん・・・と涙ながらの訴えも彼女に届くことはない。誰に出くわすこともなかったのかすぐに部屋に戻って来たアイズは「これでベルも元気になる」とやり切った顔をして微笑み、ベルを姉が弟にするように撫で、窓枠に手をかけて振り返る。

 

「じゃあベル・・・早く元気になってね」

 

あとじゃが丸君も食べてね美味しいよ。そう言って飛び降りていったアイズはその後、いきなりいなくなった彼女を探していたレフィーヤ達と合流しお見舞いにじゃが丸君を渡すのはどうなんですか?とツッコミを入れられた。早く元気になってねという言葉に他意はなかったが、ベルは最早言葉を交わす余裕もなく、違うところが元気になってしまったり、アイズにお世話されちゃう変な夢を見て、後から次にやって来たネーゼによって風呂に入れられた。

 

 

×   ×   ×

アイズ退出より1時間後。

ネーゼのターン。

 

 

「ふっく・・・ぐすっ」

 

「おーよしよし、悪い夢を見たんだなあ」

 

「あ、あのネーゼさん・・・」

 

「わかってるわかってる・・・誰にも言わないって。女に生理があるみたいに男にだってそういうのがあるんだろ?」

 

団欒室の長椅子(ソファ)の上。

ネーゼの膝に土下座のようなポーズで顔を埋めるベルがいた。そんなベルを苦笑しながらネーゼが頭を撫でる。部屋に訪れたネーゼは窓が開いていたことで換気こそされているが、微かに不思議な匂いがし匂いの元に近付けばそれはベルで、ベルは疲れたように眠っているしで布団を捲ってみれば、ベルのベルが起床しているわ、その一部が濃い匂いを発しているわで彼女は大困惑。いったい何があった!? となったのだ。気配に気づいて目覚めたベルに申し訳なさそうに「おはよう」と挨拶したネーゼはとりあえず彼を風呂に入れてやった。

 

「うぅ・・・僕はもう駄目だ・・・あんな、あんな夢を見るなんて・・・!?」

 

「・・・・・・」

 

何があったのかは知らないが、とんでもない夢を見てしまったらしい。

マリューが「どうして洗っても洗っても洗濯物が増えるの?」と困惑していたが、ネーゼによって事情を知ったマリューは顔を真っ赤にして「い、一度手洗いした方が良いよね・・・」と納得してくれた。女性だらけで男の子の扱いなんてわかっていない彼女達は、とりあえずそっとしておくのがいいのだろうと、とりあえず「大丈夫、後始末はお姉さんに任せて!」と言っておいたのだ。ベルは羞恥に悶えて悲鳴を上げた。

 

「どうして夢にまで出てくるんですかぁ・・・!?」

 

「あのさベル、膝に顔を埋めて喋られるとすっごいくすぐったいんだけど」

 

「ンンンンンンンンンン!」

 

もうだいぶ体は良さそうだし、ずっと部屋に閉じ込めていても暇すぎて死んでしまう。本拠内なら別に自由にさせてやればいいのにとネーゼはこうしてベルを団欒室に連れてきたわけだが、何があったのか結局ベルは話してくれないしその手の話題になると顔を真っ赤にして「なんでもないです!」の一点張り。そもそも―――。

 

夢に誰が出て来るんだよ。

一体何をされたんだよ。

そんな答えを得られない謎にネーゼは頭を悩ませた。

 

「ただいまー・・・・って何してんだネーゼ」

 

「おお、ライラじゃんおかえりさん」

 

小人族のライラが帰還し、不思議そうな顔をしてネーゼとベルを見つめていた。

 

「ただいまちゃん。で、何があった?」

 

「いやちょっと色々あったらしいんだよ・・・」

 

「へぇ・・・ああ、そうだ市場(バザール)で旨そうなバナナを買って来たんだけどよ兎、食べ―――」

 

「そんなの入るわけないじゃないですかァ!?」

 

「「え、えぇー・・・・」」

 

 

二人の姉は涙目になって叫ぶ顔が真っ赤なベルに、ただただ、困惑した。

 

 

×   ×   ×

夜。

すっかり元気になったベルが早々に神室のベッドに潜り込んでしまった頃。

身を清め、各々が寝間着姿となった女神を含む女傑達が団欒室に集まっていた。

 

 

「ベルが・・・暗殺されかけたらしいわ」

 

「ベルが!?」

 

「そんな、あの子、誰を狙った!?」

 

「いや逆だから。ベルが狙われたっぽいからイスカ」

 

緊張が漂う一室で、彼女達はベルの身に起きたらしい摩訶不思議な出来事に重苦しい空気を漂わせた。

 

「まさか・・・・【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】に恨みを持つ者の仕業でしょうか」

 

くっと膝の上で拳を握るリューが口にする。

 

「いやいや、それって【オシリス・ファミリア】のことだろ? あれはとっくに7年前に【フレイヤ・ファミリア】が潰したんじゃねえのかよ」

 

それに反論するようにライラが。

 

「黒猫・・・ではないよね」

 

リャーナが思い当たる元が付くが暗殺者の名を口にする。

どこかの酒場で働く猫人の元暗殺者が「もうやってねえニャ!」といきなり叫びあがって「どうしたニャ、アホクロエ?」とかやり取りがあるが、彼女が犯人ではないことは確かだ。

 

「ベル君の世話を任されていたのにこんなことになってごめんなさい」

 

「いや、マリューだってせっかくの休暇だっていうのに本拠内のことをしてくれて大変だったでしょう? 別に悪くないわよ!?」

 

「そうですよ、彼だって風邪というわけではないのですからずっと構いっぱなしにする必要はないはずです」

 

落ち込むマリューをアリーゼとセルティがフォローを入れる。

そこに手を上げて輝夜が質問する。

 

「そもそも私達の本拠に殴り込んできたこと自体、むしろ褒めてやりたいくらいだが・・・証拠らしきものは何も残っていないのか?」

 

「ええと・・・セルティの悲鳴が聞こえて・・・それでベル君の口から、ヘドロみたいなものが」

 

「あ、はい確かにヘドロみたいなものでした。吐き出させるのに苦労しましたよ」

 

「セルティお前・・・兎の口に手を突っ込んだのかよ・・・!?」

 

「言ってる場合ではありませんでしたし・・・窒息したらそれこそ大変でしたから」

 

マリューとセルティの証言。

唯一の証拠はベルの口から吐き出された黒いヘドロらしき物体。

女傑達は顔の知らない犯人に、静かに怒りの炎を燃やす。

 

「犯行時間は・・・予想できる?」

 

「ええっと・・・アストレア様とイスカが一緒に出て行った後、私とアスタ、ノインがベルに挨拶してから本拠を出て行きました。その時はまだ元気でした」

 

「もう元気じゃねえみたいな言い方するなよアリーゼ」

 

「お昼は私とマリューでベルの部屋で食べました。ベルのお昼はマリューが作った『おかゆ』です」

 

「え、ベルはお昼を食べていたのですか」

 

「え?」

 

「え?」

 

「「「・・・・・え?」」」

 

リャーナがお昼はマリューとベルの三人で食べたと証言。

しかしここで、リューが目を見開いて「私もあの子とお昼を食べました」と発言。

 

「食べたなら食べたと言ってくれればいいというものを・・・」

 

「あらあら、エルフ様が皆がいないのを良いことに兎様とお食事でございますか?」

 

「わ、私だって【ファミリア】ではあの子の姉のようなものだ・・・体調を気にして一緒に食事することの何がいけない?」

 

「それで? 何を食べたので?」

 

「私はパスタが残っていたのでそれを。ベルは・・・『おかゆ』を。美味しいと言ってくれました」

 

「「・・・・・ん?」」

 

リューの発言にマリューとリャーナが首を傾げる。

残ってたっけ? さあ? と右に左に首を傾げて、ベルが食べたってことはまあ残っていたんだろうと判断。まさかリュー・リオンが料理をするなんて誰も思わない。

 

「うーん・・・マリュー、リャーナ、リュー・・・そしてセルティが来るまでの間に犯人は現れた?」

 

「しかしアストレア様。私がベルの様子を見に来る前にも何かあったらしいっぽいんですけど」

 

「犯人は何度もベルの部屋に侵入したということ・・・?」

 

「ベル本人が何も言おうとしないんじゃ犯人を捜せない・・・・」

 

「困ったものですねえ」

 

「・・・ベルの命に別状はないのよね?」

 

「はい、アストレア様。そこは大丈夫です」

 

「うーん・・・何が何やら・・・とりあえずあの子が次にランクアップしたら『耐異常』を取らせないと」

 

結局、犯人は見つからなかった。

どこかの【剣姫】は後日、確かに元気になったベルによそよそしい態度を取られて傷ついたり、どこかの料理下手な【疾風】は自分もようやく人に食べさせられる料理が作れるようになったと勘違いしてベルに警戒されてショックを受けることとなる。


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