アーネンエルベの兎   作:二ベル

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ブランニューデイ②

 

 

 

「ま、待てベル!?」

 

「待ってください、ベル!?」

 

朝。

『星屑の庭』に一条の雷が落ちた。

毎度のことのように、リューと輝夜が口論をしていたところを見かねたベルが「うるさぁあああああああい!」と怒鳴ったのだ。

 

 

「二人とも、いつもいつも喧嘩しないでください! ()()()()()()()帰って来たらダメですから!」

 

 

ベルが【ファミリア】に加わってから何度も見てきた光景で、アルフィアがいた時は「五月蠅い」と言った後に魔法によって黙らされていたわけだけれど、二人はそれでも衝突を繰り返し続けていた。二人が互いにしのぎを削っていて、所謂『好敵手(ライバル)』というのもベルは聞いてはいたが、幼かったベルには理解しきれず「家族なのにどうして喧嘩するの?」という疑問だけがシコリとなっていた。そして今回もまた始まった口論にベルがついに爆発。輝夜の右手首、リューの左手首に手錠をかけ、繋げ、本拠から追い出したのだ。

 

「んだ? 朝っぱらからうるせぇなって思ったら……また揉めてたのか?」

 

「そ。朝から元気なのはいいけれど、もう少し押さえて欲しいわ」

 

「あ、あの……私、怒っているベル君にアルフィアの何て言うかこう……『重圧(プレッシャー)』を感じたんだけど気のせいかな?」

 

「いや、仮にもベルよりもレベルが上の二人が背中を押されてたとはいえ、追い出されたんだから気のせいではないでしょ……」

 

「ベ、ベルー……こっち来て朝食、食べよ?」

 

「…………」

 

静かに、トボトボと席についたベルは「本当に帰ってこなかったらどうしよう」などと呟く。「じゃあ追い出すなよ……」と思わないでもないが、朝っぱらから五月蠅かったのは事実なので誰も何も言わない。

 

「それにしてもベルが怒るなんて珍しいわね」

 

「……すいませんアストレア様」

 

「怒ってはないわ。ただ、珍しいなと思っただけで」

 

「で、そもそも何であの二人は言い争っていたんだ? 朝っぱらから元気すぎるだろ。見ろよアリーゼの頭。ひっでぇ寝癖」

 

「い、言わないで……」

 

『遠征』が控えているせいか、団長のアリーゼは忙しかった。

そのせいか、疲れて碌に手入れもせずにそのままベッドにダイブした結果、赤く、いつも一本に束ねている髪がボサボサになっている。髪が右に跳ねたり左に跳ねたりとしっちゃかめっちゃかだ。手櫛で直そうとするも頑固なのか中々直らない。ライラはベルに目を向けてそもそもの原因はと聞くも、ベルの口から出た答えは今までで「そんなことあったか?」と聞くレベルでしょうもなかった。

 

「リューさんがとっておいたプリンを輝夜さんが食べた……らしいです」

 

「……くっだらねぇ」

 

「昨日の夜、眠れなくって小腹が空いたからって輝夜さんが」

 

「しょうもねぇ……」

 

「遅い時間に甘い物を食べるなんて……なんて怖れ知らずなの……何なの、食べたもの全部あの胸に行くの?」

 

「それにしても……私達はいつものことだから何とも思ってなかったけれど、ベルからしたら嫌なものだったのね」

 

「まあわからないでもありませんよ。小さい子からしたら年上の人の怒鳴り声って怖いと思いますし、それをベルはずっと見てきたわけですから」

 

「それより……どうする? 私、とっっっっても、気になるのよ!」

 

「というと?」

 

朝食を食べ終えて立ち上がったアリーゼが、声高に叫ぶ。

あの二人が()()()()()()()帰って来てはいけないというベルの一声。アルフィアを彷彿とさせるほどの圧力さえ感じさせたベルの一言を輝夜やリューとて聞き逃すはずもない。物理的解決(斬撃で手首をいったん切断)という手法も取りかねないでもないが、気難しい潔癖妖精がそんな反則的な解決を認めるとは思えない。アリーゼはニンマリとした笑みを浮かべているが、それを見た団員達は「暇神みてぇだなあ」と言った感想を抱いた。

 

「あの二人が今日一日、どんな風に仲良くなるのか、気にならない?」

 

「おいアリーゼ、まさかとは思うが……お前」

 

肘をつき、手を口元に組んで目を怪しく輝かせたライラが何かを察した。

そして、ニヤリと笑った。

 

「それはつまりよ………やるってことだよな?」

 

「どういうこと?」

 

「すっげぇ怪しい匂いなんだけど」

 

「ふ、二人とも顔が怖いわ……」

 

「あー……セルティ、私達は『遠征』の準備してよっか。予定ある?」

 

「いえ、大丈夫です。手伝いますよリャーナさん」

 

「ふふ、皆も気にならない? あの二人が今日一日、恋人みたいにくっついて何をするのかって」

 

アスタ、ノイン、イスカ達が怪しい笑みを浮かべるアリーゼとライラに首を傾げ、ネーゼとマリューが何を察したか「うわぁ」というような顔をし、面倒事だと感じたリャーナがセルティに『遠征』の準備をするとあえて口にした。巻き込まれないためだ。しかし、改めてアリーゼの口から手錠で繋がれた二人の末路が気にならないかと口にされると彼女達はそろって口を開いた。

 

「「「「気になる……!」」」」

 

「あ、貴方達!?」

 

日々しのぎを削っているあの二人。

よく喧嘩をするあの二人。

種族は違えど二人並べば、その後ろ姿から姉妹にも見えなくもない二人。

しかし、険悪そのものな二人。

そんな二人が強制的に繋がれたのだ。こんな面白いイベントを見逃すなんてあってなるものかと、「ダメだ」という理性をすっ飛ばして女傑達は悔しそうに叫んだ。

 

「え、えと……アストレア様、ごめんなさい僕のせいで」

 

「い、いいのよ……ベルが全部悪いわけではないし、そもそも二人の喧嘩が原因なわけで」

 

ひくついた笑顔を浮かべるアストレアに、オロオロと謝罪するベル。

さらにそこへ―――。

 

 

「ねぇ、アリーゼいる!? リオンと輝夜がくっついて歩いてたんだけど何があったの!?」

 

「「「「「よし、行こう!!」」」」」

 

(ベル)を鳴らして勢いよく玄関を開けて転がり込んできたアーディ。

彼女の言葉を聞いた女傑達は、それはもう嵐の如き勢いで身支度を整えて出かけていく。

 

「え、ア、アリーゼさん!?」

 

「おい兎、今日鍛冶師のとこに行くんだろ? ついでに整備に出してる武器やら出来上がってんなら回収しておいてくれ」

 

「え、あ、はい……わかった、ライラさん」

 

「あと『魔剣』の進捗もな」

 

「一本あればいいんだっけ?」

 

「欲を言えば二、三本は欲しいが……『魔剣』ってクソ高ぇからなあ……まあ頼るつもりはねえから、一本でいい」

 

「うん、わかった」

 

「んで……あいつ、ランクアップしたんだろ?」

 

「らしいね」

 

「じゃあ、『ミノタウロスの角(これ)』でなんか武器見繕ってもらえ」

 

「…………?」

 

「いや、お前なに「なんですかそれ?」みたいな顔してんだよ。お前が怪物祭で倒したモンスターのドロップアイテムだぞ!?」

 

「あ……」

 

「はぁ……とにかく、渡したからな。立派なイチモツ作ってもらえや」

 

「! わかった! 肩に担ぐくらいの作ってもらう!」

 

「おうおうそうしろそうしろ。じゃあな」

 

ライラはベルに『お使い』を命じ、ドロップアイテムの入ったアタッシュケースを渡すとそのまま出て行った。遅れてアスタ、ノイン、イスカがアストレアとベルに「いってきます」と言って出て行った。

アーディは置いてけぼりを喰らってぽかーんとしているベルと目が合うとニコニコと笑みを浮かべて抱き着く。

 

「ベル君、今日も可愛いし良い匂いだね。抱き着いてもいーい?」

 

「も、もう抱きちゅいてましゅ……」

 

「あらアーディ、今日はお休み?」

 

「はい、だからベル君と遊ぼうかなあと思って来ちゃいました」

 

「そう。でもベルはこれから出かけるけれど……」

 

「付いて行くので大丈夫です!」

 

「そ、そう……」

 

ベルに着替えを促すと、朝食の後片付けを始めるアストレアに、アーディが手伝いながら会話をする。「別に座っていていいのよ?」とアストレアが言うがアーディは「私が手伝いたくてしているだけなので」と返して二人それぞれが動く。その間にアリーゼ達が支度を整え、マリューとリャーナとセルティ、最後にネーゼが戻ってくる。

 

「あああ、アストレア様、私が後片付けをしますから!?」

 

マリューが慌てて主神に自分達の後片付けをさせていることに慌ててキッチンに。

輝夜とリューの後をつけることに意識が向きすぎて後片付けのことはすっかり頭から抜けていたらしい。ネーゼもまたあたふたとして後は自分達がしますよ!?と言うがアストレアは微笑みを浮かべたまま、「気にしなくていいのよ?」と返した。

 

「後片付けくらい私がするわ。なんでも貴方達にさせていては、私はダメな女神になってしまうもの」

 

「ダ、ダメになっちゃったアストレア様…………ごくり」

 

「ネーゼ、何故興奮しているのですか?」

 

「あれですか、ベルを抱きしめてお腹に顔を埋めたりして、吸ったりするんですか?」

 

「………」

 

「ア、アストレア……様?」

 

「昔から貴方達が『遠征』に行って二人きりになってしまった時に……したことがあるわ」

 

「「「アストレア様!?」」」

 

アストレアの口からのまさかの『猫吸い』ならぬ『(ベル)吸い』告白。女傑達は自分達の知らないところで行われている女神と少年のあれこれに興味津々だ。

 

「あの子の頭を撫でているとこう……癒されるのよね。だからあの子が隣にいないと抱き枕がなくなったみたいで中々落ち着かないというか……」

 

「わかります!」

 

「モフモフしてますよね!」

 

「今でこそちょっと私達のことを意識して抱き着いてきませんけど、昔は帰って来るたびに走ってきて抱き着いてきましたよね!」

 

「私、ベルにはアニマルセラピー的な効果があるんじゃないかって思うんですよね!」

 

「寝顔を見てるだけで癒されますよね。あのアルフィアでさえベル君には敵いませんでしたからね。多分、オラリオで唯一アルフィアに勝てた子じゃないですか?」

 

「「「あり得る」」」

 

皆が瞼を閉じて思い出の中のアルフィアを掘り返す。

あの【静寂】のアルフィアでさえ、愛息子には敵わなかったのだ。寝顔を見てはほっこりとし、後ろから抱きしめられながら本を読んでもらって嬉しそうにしているベルの顔を見ては笑みを浮かべ、果てにはアリーゼ達に女装させられたベルの姿を見て瞼をカッと開き膝から崩れ落ち、抱きしめ、「嗚呼、メーテリア……!」と涙を流したほどだ。まあその後、「お義母さんが喜んでくれるから」と女装させられても嫌がらなくなったなんてこともあったが。

 

「あ、こうしてはいられないわ! 皆、行きましょう!」

 

「あ、うん。アストレア様、行ってきます!」

 

「はい、行ってらっしゃい。気をつけてね」

 

全員がにこやかに挨拶をすると足早に出かけていった。

今日の彼女達の予定は『輝夜とリューを尾行する』に変更らしい。

 

「仲……良いですね」

 

「ええ、本当にね」

 

「アストレア様は今日、何かご予定は?」

 

「私は特にないし本拠でのんびりしているわ」

 

「アーディさん、準備できました!」

 

「はーい……じゃあ、アストレア様、ベル君連れて行きますね!」

 

「ええ、ベルをお願いね」

 

「アストレア様、行ってきます!」

 

「はい、行ってらっしゃい」

 

着替えを済ませたベルが戻ってきて、アーディと共にベルは出かけていった。

すっかり静かになった本拠でアストレアは「ふぅ」と息を吐いて、本拠内の掃除に取り掛かるのだった。

 

 

×   ×   ×

メインストリート『北東』

 

大通りの両端に軒を連ねる大小の商店。酒場などではなく工具などを取り扱うような専門店が目立つ。道を行く人々は様々な作業衣に身を包んでおり、いかにも職人風な姿。【ファミリア】構成員ではない、無所属の市民労働者も多く、通りの奥には箱型の大きな建物……いくつかの工場が見える。

 

 

「えっとまずは【ヘファイストス・ファミリア】の工房に行くんだっけ?」

 

「たぶんヴェルフのことだから工房に籠ってると思うから、一度行ってみようかなって」

 

大通りから外れ次第に細い道を移動する。

細い路地を何度も曲がったところに、小ぢんまりとした平屋造りの建物が姿を現す。ところどころ黒ずんでいて汚れが目立つが、それこそがまさに鍛冶屋という雰囲気を醸し出している。ベルは一度立ち止まると瞼を閉じ耳を澄ませ、周囲から響く金属の打撃音を感じ取ると再び歩き出した。

 

「うん、やっぱりこっちにいる」

 

「わかるの?」

 

「うん、なんとなくだけど」

 

「へぇー、私にはわからないや」

 

【ヘファイストス・ファミリア】は工業地帯を利用して団員のための工房をいくつも用意している。管理はあくまで自己責任だが。会話をしながら少しあるいた後、いくつもある建物の一つの前で立ち止まったベルはノックをしてからゆっくりと扉を開けて中に入った。それに続いてアーディも入る。

 

「いいの、勝手に入って」

 

「ノックしても集中してて聞こえてないから、勝手に入れって」

 

「ふーん」

 

ヴェルフの工房に来るのは初めてなのか、アーディはキョロキョロと中を見渡した。

最初に感じるのは強い鉄の匂い。次に薄暗いが槌や鋏といった沢山の鉄器が吊るされているのが見える。

 

「鍛冶師の工房ってこういう感じなんだ……」

 

「アーディさん、こっちに座っていいよ」

 

「あ、うん……お邪魔します?」

 

まるで自分の第二の家のようにアーディに椅子を用意してやるとベルは金属を叩くヴェルフの背後まで行き、ちょんちょんっと肩を突いた。

 

「ヴェールーフー」

 

「…………」

 

「ヴェエエエエエルウウウウウウウウフウウウウウウ!」

 

「…………」

 

「あ! あそこに水着姿のヘファイストス様が!!」

 

「何、どこだ!?」

 

「え、それは聞こえるの!?」

 

どれだけ大声で呼んでも反応しなかったヴェルフが、ヘファイストスを餌にするとすぐに反応したことにアーディは驚きを禁じ得なかった。

 

 

×   ×   ×

メインストリート『南』

 

 

大劇場(シアター)賭博場(カジノ)、高級酒場。巨大かつ派手な建物が並ぶ大通りは、まだ夜ではないにも関わらず、身なりのいい商人や冒険者、更に神々でごった返している。そんな都市活況の心臓部を他所に、輝夜とリューは大通りから道を折れ、路地裏で得物を抜いていた。

 

 

「へへ、【大和竜胆】に【疾風】! 仲良く女通しでデートか、おおん!?」

 

「手錠で身動きが制限されてちゃあ、さしものテメエらも囲まれてお終いだぜ、ぐへへ!」

 

「こんな上玉が落とせるかもしれねえチャンス……逃すわけにはいかないよなぁ!?」

 

「百合の間に入る男は死あるのみ……神々が言っていたが知ったことじゃねえ。こんな『オラリオでわからせてやりたい女冒険者』ランキングに入る上玉が二人もセットで落とせるかもしれねえんだ。俺はやるぜ!」

 

「今ならこいつらを倒してランクアップも……!」

 

輝夜とリューはゴロツキ達に囲まれていた。

十人はいるだろうが有象無象でしかない相手であり、取るに足らない雑魚もいいところなのだが、今日この時に限っては彼女達は持ち味の『技』を封じられてしまっている。手錠のせいで二人はくっついて動かざるを得ないのだ。

 

「……チッ、帰ったらベル(あいつ)をわからせてやる。姉に手を出すことの罪深さを」

 

「……困りました。倒せない相手ではないが動きが制限されてしまう……手錠で繋がれていては私のスキルは意味をなさない」

 

「仕方ない……この手は使いたくなかったが……」

 

「?」

 

輝夜、何かいい方法を思いついたのですか? そう問いかけようとしたリューは次の瞬間、心臓をキュッと握られたような感覚に陥った。なんと輝夜は真顔のままリューの左手首に小太刀を押し当てたではないか。

 

「一度、切り離すしかない」

 

「わ、私の手首を斬ろうとするなぁ!?」

 

ガシャガシャと音を立てて左手を自分の胸元に引っ張ったリューは、滲み出る冷や汗を拭うことも忘れ輝夜に怒鳴りつけた。

 

「自分の手首を斬り落とせばいい! 何故私にする!?」

 

「はぁ? お前、私がキズモノになってベルに相手にされなくなたらどうしてくれる?」

 

「……私は、いいと?」

 

「回復薬でもかけてくっつければ問題ないでしょう?」

 

「…………ふふふ」

 

「…………うふふ」

 

にこやかな微笑みを浮かべて、笑い合う二人。

次の瞬間、二人は激突した。

両の手をそれぞれ握りながら、額と額をくっつけて殺気を撒き散らす。男たちはそんな女傑二人の殺気に気圧され「ひ、ひぃ……!?」「勝てるわけないよ、あんなバケモノ!?」と泣き叫んだ!

 

「くっつければ問題ないというのならば、尚更自分のを斬り落とせ! 私を犠牲に物理的解決(斬撃で手首をいったん切断)という手段を取るなぁ!」

 

「ぶぁああああかめぇええええ! 元はと言えば貴様が本拠の中で叫びあがるのが悪いわ! 甘味一つで……くだらんわ!」

 

「あ、あれは私が楽しみに取っておいた……とっておいたというのに……!」

 

「ならば名前でも書いておけ! 『リオンのぷりん♡』となぁ!」

 

「ひ、人の物を勝手に食べるのが貴様の正義か!?」

 

「はっ! 食い物に『正義』も何もないわ! 食い物にあるのは『美味い』か『不味い』のみだ! 糞料理下手妖精ぃぃいいい!」

 

「き、貴様ぁああああああああ!」

 

「この間、あいつに『おかゆ』という名の汚物を食わせたのも貴様だろう!? ええ!? どうだ、言ってみろ!」

 

「あ、あの子は美味しいと言ってくれた!」

 

「お、おめえら! 二人で言い争っている今のウチに囲ってボコっちまえ! 身包み剥いで、穴という穴にぶち込んでやれぇ!」

 

「そ、そうだ! こんなチャンス、逃していいはずがねえ!」

 

「抜かねば無作法というものだ!」

 

「皆待ってんだよ……【アストレア・ファミリア】がエロい目に遭うのをよ……!」

 

 

今だ、やっちまえええええ! ゴロツキ達は格上二人に対して無謀とも言える冒険に出た。曰く、あのブルマ履いたエルフを「ひぃひぃ」言わせたいだとか、着物を着ててもわかる豊満な乳房を「許して!」と言っても揉みしだきたいだとか、そんなどうしようもない男の劣情を以てして彼等は彼女達に襲い掛かった。そんな彼等に対して二人はギロリ、と殺気を交えた視線を送り手錠で繋がっていないそれぞれの腕と足を駆使して対抗した。

 

「「邪魔をするなぁああああああああ!!」

 

「「「ぎゃぁああああああああああ!?」」」

 

「ちぃ、やはりやりにくい! リオン、ひとまず休戦だ!」

 

「休戦? どの口が言う!?」

 

「今はひとまずここを脱するのが先決だろうに!」

 

「くっ……仕方ない……わかりました」

 

険悪な仲といえど、決して認めていないわけでもなく長い付き合いで互いにしのぎを削って来たのだ。互いの戦い方など熟知している。故に行動に制限があろうとも共闘すればどうとでもなる。そう判断してリューはひとまず怒りの炎を沈めた。そして、後悔する。

 

「か、輝夜? これはどういうことだ」

 

「リオン、姿勢を崩すな。お前は……『刀』だ!」

 

「誰か弁護士を呼んでください……私はいつか必ず貴方を訴えてやる!」

 

ピンっと真っ直ぐになった姿勢のリューは横向きに。輝夜にシャツごと掴まれていた。一本の刀のように。リューは「私が何をした?」と泣きそうになった。輝夜はそんなリューのことなど無視して腰を落とし、姿勢を低く、居合の構えを取る。

 

「閃いた……! お前の名前は……」

 

「?」

 

「名刀……『(はやて)』!」

 

「良い名前つけたみたいな顔をしないでください……!」

 

「おいあいつら漫才(コント)はじめやがったぞ!? いけんじゃねえか!?」

 

「む、無理だ、俺は降りるぞ!?」

 

「あ、お、おい!?」

 

「居合の太刀………」

 

「待って。お願い、待ってください。今なら許します、許させてください。お願いします……! こんなくだらないことで死にたくない!!」

 

「『一閃』!」

 

「ぴぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」

 

「「「「ぎゃぁああああああああああああああッ!?」」」」

 

 

放たれる輝夜の必殺。

泣き叫ぶ金髪の妖精と悲鳴を上げて吹き飛ぶゴロツキ達。

繁華街の賑わいに両者の悲鳴などかき消えて、それをドン引きで見ていたのは隠密作戦中(二人をストーキング)していた【アストレア・ファミリア】の女傑達だった。そして技を放った後、輝夜は振り回されたリューに引っ張られる形で地面へと激突。冷たい石畳に接吻をする。

 

 

「う、うわぁ……」

 

「あいつらマジでやべぇよ……馬鹿じゃねえの?」

 

「リ、リオン生きてるよね? 死んでないよね?」

 

「多分今、川の向こうでアルフィアに手招きされてるんじゃない?」

 

「それって別に慰めじゃないよね? 何死んでんだゴルァ!?っていう感じのやつだよね?」

 

「と、とりあえずあのゴロツキ達は輝夜達が立ち去った後に逮捕するわ。というか、何でわざわざ絡んでくるのよ、あの手の輩は。いくら【アストレア・ファミリア(わたしたち)】が美人揃いだからって……ねぇ?」

 

「自分で言うことではないと思いますよ」

 

「ベル君になら……押し倒されてみたいかも……」

 

「「「ごくり」」」

 

もう駄目だこの馬鹿達……輝夜達が立ち去っていくのを見守りながら残念なことを口々に言う女傑達をジトリとした目をしながらライラは溜息を吐いた。

 

 

×   ×   ×

ヴェルフの工房

 

金属の打撃音が止んだ頃。

ヴェルフはベルからミノタウロスの角を受け取り、ベルはヴェルフから『魔剣』を受け取っていた。

 

「へっくしゅん!」

 

「何だベル、風邪か? ひょっとしてまだ体調悪いのか?」

 

「ん-……そんなはずないけど……あとでアミッドさんの所に行くし、診てもらおうかな」

 

「その方がいいよ。君のお義母さん、体調のことに関してはかなり神経質だったんだし。君一人の体じゃないんだから、皆を未亡人にするのだけはやめようね?」

 

「大丈夫だと思うんだけどなぁ……」

 

「……惚気なら他所でやってくれよ……っと。それでミノタウロスの角だが……何にする? 短剣一本か、短刀二本のどっちかになるが」

 

「輝夜さんみたいな刀って作れる?」

 

「太刀だったか? そうだな……同じ長さとはならねえが、それでもいいか?」

 

「うん!」

 

「よし、じゃあ、刀に決まりだな。それとだ……頼まれてた『魔剣』。特に数の指定はなかったが……一本でいいか?」

 

「うん、大丈夫」

 

「威力は保障するが乱用はやめろよ?」

 

「しないよ、そんなこと。ライラさんも頼るつもりはないって言ってたし。異常事態が起きた時に使うんじゃないかな?」

 

「まあ、お前の姉貴分なら大丈夫か」

 

 

二人はそこから5分ほど雑談をして、アーディとベルは一度『星屑の庭』に荷物を置きに戻った。

 

 

 

×   ×   ×

メインストリート『南』

 

繁華街にある飲食店の一つ。

そこで輝夜とリューは昼食をとっていた。

 

「あの輝夜、引っ張らないで欲しいのですが」

 

「私は右利きなんだ。仕方がないだろう」

 

「それは……そうかもしれませんが……しかし、このスープに入った麺はどのようにして食べれば?」

 

二人の前には大きな碗に麺とスープ、卵、うずまき模様の不思議な食べ物、海苔が入った料理―――すなわち『らーめん』なるものが並んでいた。輝夜は左手に持つ『レンゲ』でスープを掬って口に運び、右手で箸を使って麺を啜る。それをそもそもどう食べたらいいのかがわからないリューが首を傾げ、手錠のせいで輝夜の右手の動きと一緒に引っ張られることに嫌な顔をし、スープに反射する自分の顔と輝夜の横顔に視線を何度も泳がせた。輝夜は溜息を深く吐くと一度口元を拭うとリューに食べさせようとする。

 

「神々が広めた料理の食べ方も知らないとは……仕方ありませんねえエルフ様は。いいでしょう、先程は私のせいで泣かせてしまいましたので食べさせてあげましょう」

 

「い、いえ、結構でs――」

 

「はい、あーん♡」

 

「いや、あの」

 

「仲良くならないと帰れませんよ?」

 

「くっ……」

 

箸で麺を、そして汁が飛び散らないようにレンゲを麺の下にしてリューの口元へと運んでいく。

 

「ど、どうすれば……」

 

「啜れ」

 

「す、すす?」

 

「ジュルルッと」

 

「ズ、ズゾ……ボホッ!? 熱っ!? ゴホッ、ケホッ!?」

 

「下手くそか!? ああクソ、スープが着物に飛んでしまった!」

 

「す、すいません!? し、しかしこのような料理……スープが飛んでしまうのは必然では?」

 

「そんなもの、Lv.4の動体視力でどうにかしろ」

 

「無茶では」

 

見ていろ、私が手本を見せてやる。そういった輝夜は左手で髪がスープにつかないように耳にかけるようにし、息を吹きかけ啜った。

 

「ズゾッ、ズゾゾゾゾゾッ!」

 

「!?」

 

リューは驚愕に顔を染めた。

スープは飛ばず、麺は勢いよく輝夜の口の中に吸い込まれていったのだ。そして、エルフとして到底受け入れがたいものもあった。

 

 

――な、なんて下品な……音を立てて食べるなど……!?

 

 

そんな二人から離れたテーブル席で、【アストレア・ファミリア】の女傑達もまた炒飯や餃子、輝夜達と同じラーメンで腹を満たしていた。

 

「麺を啜って食べるらしいけれど……難しいわね」

 

「スープが麺に絡むことで、スープと麺を同時に味わえる……ということ?」

 

「そもそも『箸』っていうこの木材を使った道具がうまく使えません……どれも極東の神様が広めたのでしょうか」

 

「美味しいといえば美味しいんだけど、ちょっと濃いような……男性向けなのかな」

 

「あ、ノイン! 勝手に唐揚げにレモンをかけるなよ!? マナー違反だぞ!?」

 

「え、でも……一緒に置いてあるってことはかけて食べるんでしょ?」

 

アリーゼが箸の使い方がわからず通りかかった店員に「フォークもらえます?」と言って困らせ、リャーナが揺れる麺から飛び散るスープに悪戦苦闘し、セルティが『知りたがり』を発動し、マリューが自分の口にはちょっと合わないと首を傾げ、ネーゼがノインが勝手に唐揚げにレモンをかけてしまったことに非難し、ノインが「何が悪いの?」と首を傾げた。二人の行動を観察しつつも、彼女達は自由であった。

 

「アストレア様と兎もこういう店は知らねえんじゃねえか?」

 

「今度、繁華街巡りでもしてみる?」

 

「いいんじゃねえか? 歓楽街に近付かなきゃ」

 

「「「あー……歓楽街があったかあ」」」

 

ベルには決して近づいてほしくない場所があったことを思いだした女傑達。彼女達も一度も足を踏み入れたことがない場所ではないが、個人的にはあまり近づきたくはないのだ。主に男神達に絡まれるという理由で。

 

「なーんで警邏で歩いているだけで、わんちゃんあるって思うのかしら」

 

「美人って苦労するわね!」

 

「自分で言うのもどうかと思うけどね?」

 

「おいお前ら、さっさと食え! あの二人、もう出て行くぞ!」

 

「「「!?」」」

 

思いのほか食事が早かった輝夜とリューにライラが見失うわけにはいかないとアリーゼ達に言うと彼女達は大急ぎで麺を啜って、慣れない食べ方に全員が「ごほぉっ!?」と(むせ)た。

 

 

×   ×   ×

【ディアンケヒト・ファミリア】治療院

 

 

荷物を一度『星屑の庭』へと置きに戻ったアーディとベルは、今度は光玉と薬草のエンブレムが飾られた清潔な白一色の石材で造られた建物――治療院へと訪れていた。

 

 

「はい、もうシャツを着てもらっていいですよ」

 

「さっきベル君くしゃみしてたんだけど、大丈夫そう?」

 

「……誰でもくしゃみくらいすると思いますが」

 

「そうですよ、何の問題もありませんよアーディさん」

 

白を基調とした【ファミリア】の制服を身に纏ったアミッドが、アルフィアがまだ生きていた頃から定期的に行っているベルの健診。その結果に「異常なし」と書き記す。

 

「僕、『遠征』に行っても問題ないでしょ?」

 

「ええ、構いませんよ。しかし、無理なさらないように。それから……ベルさん、今度()()()()()いただけますか?」

 

「え、【戦場の聖女(デア・セイント)】!?」

 

「? 別にいいですけど」

 

「え、ベル君!?」

 

「「アーディさん、どうしたんですか?」」

 

「え、えっ!?」

 

勝手に驚きの声をあげるアーディに、アミッドとベルが二人そろって首を傾げる。診察室の外、廊下では通りかかった【ディアンケヒト・ファミリア】の団員達が偶然にも会話を聞いていたのかアーディと同じように驚きつつも「やっぱりお二人はそういう関係だったのだ」と敬愛するアミッドの幸福に万歳していた。

 

「やはりアミッド様とベルさんはそういうご関係だったのですね!」

 

「ええ、ええ! あの【静寂】のアルフィア様が生前「息子をよろしく頼む」と頭を下げていたのです! つまり、そういうことです!」

 

「お二人の仲を我々も見守っていましたが……どうにも進展がなかったので悶々としておりました!」

 

「まさかアミッド様からお誘いになられるとは……!」

 

アルフィアの生前の遺言ともとれる言葉。その真意はあくまでも、アルフィア自身を蝕む持病も相まってベルの身を案じたがための「ベルの体をこれからも診て欲しい」というもので、それを偶然にも聞いた団員達は勝手に二人は許嫁の関係なのだと勘違い。アルフィアが「息子をよろしく頼む」としか言わなかった、言葉が足りなかったことも原因ではあるが。そんな、団員達が勝手に盛り上がっていることなどアミッドもベルも……知らない。ここは二人の邪魔をしてはいけない、とそそくさと立ち去って行った。

 

 

「な、なあんだ……採取かぁ、びっくりしたぁ」

 

「一体何だと思ったのでしょうか?」

 

「あはは……あ、そうだアミッドさん回復薬(ポーション)とかも貰えますか?」

 

「あげませんよ、買ってください」

 

「お安くしてください」

 

「……ま、まあ、たまに手伝っていただいてますし、考えておきます。しかし、回復薬(ポーション)類は【ファミリア】の方が来られるのでは? お使いでも頼まれましたか?」

 

「あー……今日、お姉ちゃん達は隠密作戦中で忙しそうだから」

 

「一体何が……いえ、深く追求はしません。都市の秩序を守っている方々なのですから、きっと人知れず都市を危機から守っているのでしょう。ひょっとしたら連続殺人犯などの凶悪犯罪者の住処を見つけようとしているのかもしれません」

 

すいません、すっごくしょうもない理由で二人の姉を尾行しているだけなんです。とは言えなかった。言えばアミッドに冷たい眼差しを向けられるような、そんな気がしたからだ。

 

 

×   ×   ×

夕方。『星屑の庭』

 

 

「え、まだ皆帰ってきてないんですか……!?」

 

治療院を後にしたベルは、アーディと別れ本拠へと戻って来ていた。

しかし彼が帰還する前に、誰一人として戻ってきていないとアストレアに聞いたベルは「ひょっとして僕のせいでなにか不味いことが起きたんじゃ……」と青ざめた。

 

「どどどど、どうしようアストレア様……! 僕のせいで、輝夜さんとリューさんが、あられもない姿にされて、わからせられたら……っ!?」

 

「だ、大丈夫よ落ち着きなさい! そもそも貴方、どこでそんな言葉を覚えてきたの!?」

 

「輝夜さんの部屋の小説に書いてました! 強気な女の子ほど、わからせられるともう後戻りできなくなるって!」

 

「輝夜ぁ……っ!」

 

年頃の男の子になんてものを読ませたの!? 怖い、たまに自分の眷族が怖い……! 今は外で何をしているやらわからない眷族にアストレアは恐怖した。アストレアは思わずベルを抱き寄せ、「大丈夫、大丈夫よ……!」と自分に言い聞かせるように何度も唇を震わせた。

 

「そ、そもそもあの二人はLv.4……そう簡単に負けたりなんてしないわ!」

 

事実その通りで、輝夜とリューは襲い掛かって来たゴロツキ達を返り討ちにしていたのでまったく問題ないのだが。

 

 

×   ×   ×

『歓楽街』

 

 

輝夜とリューは現在、第四区画、その南東のメインストリート寄り。地理的に隣接する繁華街とは打って変わって、淫靡な雰囲気が漂う場所にいた。建物の壁や柱に設置される桃色の魔石灯。数少なにぼんやりと輝く街灯に照らされるのは、艶めかしい赤い唇や瑞々しい果実を象った看板、そして背中や腰を丸出しにしたドレスで着飾る蠱惑的な女性達。

 

「あ、あの輝夜……なぜ、このようなところに?」

 

「貴様とて【ファミリア】に入る前に経験したことがあるはずだ。我らが団長がジュラの魔の手に落ちようかというところを助けたと聞いたぞ? もしもその時、団長が現れねば貴様は今頃、むさ苦しい男共の腰の上で嬌声を上げて踊っていたことだろうよ」

 

「な、何……を!?」

 

アマゾネスを中心に、ヒューマン、獣人、小人族まで揃っている娼婦達は道行く男性を呼び止めては魅惑的に、あるいは挑発的に微笑む。鼻をだらしなく伸ばす彼等と一言二言交わし、手を取って、あるいは腰を抱き寄せられながらそれぞれの店へ姿を消していく。ちらつく豊満な乳房や、薄い肩、腿が視界のそこかしこで揺れている。どこからか漂う甘い香りは香水か、はたまた彼女達がうっすらとかいている汗の匂いだろうか。とにもかくにも右を見ても左を見ても、そんなエルフとしては到底受け入れがたい光景が広がっており、リューは街灯のおかげでわかりにくいけれど、顔を真っ赤に染めて瞳を泳がせていた。輝夜がリューの腕を引き寄せて、耳元で囁くのが余計にいけなかった。「ほら見ろリオン。ドワーフがエルフの女と入って行ったぞ。きっとこれからエルフの女はひぃひぃ言わされ、潔癖な種族だからこそ汚らしいことをさせられるのだろうよ」などと言ってリューの目尻に涙を浮かばせる。

 

「ハッ! 輝夜、貴方はまさか……人身売買、不当に女性を売り買いしている店に目をつけ、これから取り締まりに行こうというのですね!?」

 

「は?」

 

「え?」

 

「帰れそうにないから宿をとるだけですが……」

 

「わ、私達……だけで?」

 

「私達しかいないのだから当然だろう? なんだ、皆を呼んで『らぶほ女子会』などというものをするつもりか? 本拠でやれ」

 

「な、何の話をしている……!?」

 

やめて、離して!? まるでそう言っているかのように逃げ腰になっているリューをぐいぐい引っ張って道を歩いていく輝夜。どうやら彼女は、今日はもう本拠に帰れないだろうと考え繁華街から近いこの場所で宿を取ろうというのだ。リューは顔を真っ赤に、涙目になって輝夜の背中に顔を張り付けて「【ファミリア】の恥だ……! こんな……!」「ベル、恨みますよ……!」と泣き言を吐いた。

 

 

そんな二人の後方―――というよりは、建物の屋根から観察している【アストレア・ファミリア】の女傑達は、派閥の活動で決して足を踏み入れないわけではないにせよ自分達とは縁遠い場所をうろつく輝夜とリューに戸惑いを隠せないでいた。あのライラでさえ「嘘だろ……」とこぼすほどだ。

 

「ねぇねぇ、あの二人ひょっとしてベル君が言った()()()()()()()()()()()()()って言葉を……そんな、そういう手で解決するってこと!?」

 

「お、女同士で……!?」

 

「輝夜のやつ、覚悟を決めたのか!?」

 

「いやいやいやいや、狼狽えるんじゃあないわ! 【アストレア・ファミリア】は狼狽えない!」

 

「いやアリーゼ、めっちゃ狼狽えてるじゃん!」

 

「でも輝夜ってほら……私達の中で一番のエロキャラだし……」

 

「あいつのことだから「膜さえ破れなければセーフ」とか言いかねねえよ……!」

 

「あ、ちょっと皆、あの二人がお店に入って行きましたよ!?」

 

「「「「!?」」」」

 

女同士でこれから朝までじっくりしっぽり……そんな想像をしている生娘集団たち。何度も生唾を飲み干し、手に汗を握る。もうすっかり暗くなっていてアストレアもベルも心配しているかもしれないという考えなど思いつきもしない。それくらいには、もう、二人の行動に夢中になっていた。セルティがエルフらしく耳まで真っ赤にして一つの店舗の中へと入って行ったことを指さして言うと、いよいよアリーゼ達は「明日は赤飯かしら……」とか「帰ってきたあの子達のために温かいお風呂を用意してあげないと」とか言い出した。

 

「暗くてよく見えないな……あそこは、宿でいいのか?」

 

「あー……いや、ちょっと待てお前等」

 

ネーゼが言い、ライラが双眼鏡で二人が入って行った店が何なのか確認する。

そして答えは出される。

 

「輝夜のやつ、リオンを連れて……『大人の玩具屋』に入りやがった……!」

 

「「「「!?」」」」

 

 

×   ×   ×

『星屑の庭』

 

 

「……いただきます」

 

「い、いただきます」

 

二人きりの夕食。

帰ってこないベル以外の眷族達を心配しつつも、かと言って育ち盛りなベルをいつまでも空腹のままいさせるわけにもいかないと先に夕食を食べていた。いつもの賑やかな夕食は、とても静かでベルはひょっとしたら取り返しのつかないことをしたのではないかと落ち込んでいる。

 

「ベル、食事が進んでいないわよ?」

 

「……はい」

 

「ちゃんと食べないと大きくなれないわよ?」

 

「う、く……はい」

 

「……大丈夫?」

 

「か、輝夜さんとリューさん達も今頃……美味しく頂かれてるのかなぁ………どうしよう、アストレア様あぁ!?」

 

「お、落ち着きなさい!?」

 

情緒不安定にアストレアの両肩を掴み、前後に揺さぶるベル。髪を乱し、悩ましい乳房さえ揺らし、ベルを必死に落ち着かせようと宥めるアストレア。彼女は心の中で「お願いだから早く帰ってきて」と絶賛隠密行動(おたのしみ)中の眷族達を呼びつけた。結局輝夜とリュー以外の眷族が帰ってきたのは、日付が変わろうかという頃であった。

 

 

「た、ただいま戻りましたアストレア様」

 

「遅くなって申し訳ありませんアストレア様」

 

「貴方達……遅くなるなら一度、伝えに来て欲しかったのだけれど。冒険者だし貴方達もいい歳だから、門限は設けたりはしないけれど……ベルがすごく心配していたわよ?」

 

「はい、見ればわかります……絶賛アリーゼに抱き着いてますし」

 

申し訳なさそうに主神に謝る眷族達を他所に、「どうしよう……!?」とアリーゼに泣きついているベルがそこにはいた。

 

「ベル、大丈夫、大丈夫だから……! あの二人には明日、すっごく仲良くなって帰って来るから! たぶん、つやっつやになって!」

 

「意味が分からないよ!?」

 

「と、とにかく大丈夫だから! 喧嘩を止めなかった私達にも非はあるから、ベルは悪くないから! だからシャツをひっぱらないでぇ!?」

 

アリーゼの言う通り、翌日の昼前。

輝夜とリューは、どことなく気まずそうな雰囲気を纏い帰ってきた。彼女達の手首に嵌められていた手錠は鎖が物理的に破壊されていた。ベルは二人が無事であったことに喜びの表情を浮かべたが、「ダンジョンに行くより余計疲れたわ!」と言って輝夜の部屋へと引きずられていった。


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