ミセス・ムーンライト①
それはかつてないもので、愛する者達を殺してしまうものだった。この下界そのものを滅ぼしかねない『大罪』だった。
『――――ミス様、アルテミス様ぁ……ッッ!』
『嫌だ、嫌だぁ……ッ!』
言い逃れようもなく、嘆く権利などある筈もなく。
地を揺るがす轟音が
きっかけは眷族を庇ったことにある。
見捨てていれば、こうはならなかったのかもしれない。
目の前に広がるのは、愛する者達が血の涙を流し、穿っては貫かれていく姿だ。それが増える度に、
『―――――――――ッッ!!』
醜悪な災厄の咆哮が、
下界の規則に抵触する『
貞潔の鎧を失い、無力で、愚かな、泣きじゃくる少女のようになってしまった
大地に出来上がった巨大な
そこに、月の涙を凝縮させたような美しい蒼い長髪を持つ
「すまない、お前達……」
『罪』を犯した
「どうか貴方に出会えますように…………私の、オリオン」
其は、月の女神―――アルテミス。
× × ×
『星屑の庭』
「昔、夜中にちょっとお手洗いに行きたくなっちゃって。その時に一緒になったんだけどね、私お姉さんだし、譲ってあげたんだけど私がトイレから出ようとしたら扉が開かなくってね? 閉じ込められちゃったのよ。トイレの扉の前でぐうすか寝てた子のせいで…………え? 誰が寝てたのかって? ………ベル・クラネルっていうの」
「……ぅぅぅ」
「おかげさまでトイレの中で朝を迎えたわ!」
「うぅぅぅ……」
それは少し昔の物語。
それは最も新しい、偉大な伝説。
「では
「……ふぐぅっ!?」
「おっほん! そもそもの原因は、どこかの誰かさんがベルに本を読んであげていると思ったら実はそれは官能小説で意味も分からなかったベルはその度に義母に聞き行くの! そして団長の私が責任を取らされるの! え? そのどこかの誰かさんは誰かって? ゴジョウノ・輝夜って言うの!」
「性教育は大切ですからなぁ」
「十歳にもなってないチビになんてことを教えてんだよ……」
「あ、では私もそれに関連することを」
「許して……もう許して……!」
古の時代、地の底より現れし獣が、この地を滅ぼした。
その体躯、夜の如く。その叫び、嵐の如く。大地は割れ、海は哭き、空は壊れゆく。
漆黒の風を引き連れし、絶望よ。なんと恐ろしい、禍々しき
訪るはとこしえの闇。救いを求める声も、星無き夜に溺れて消える。
「アリーゼとアルフィアが三日間も不在になり……ええ、あとから帰ってきたときにどこまで言っていたのか尋ねたところ、ラキアまで行ってしまったそうなのですが。どこかの誰かさんは、捨てられたと勘違いして、それはもう泣きに泣いて、アストレア様のスカート……ええ、その、立ち上がると漏らしてしまったように見えてしまうくらいには涙で濡らしてしまっていたことがありました。まあ……どこかの誰かさんと言えば、ベル・クラネルというのですが」
「ぐふぅ……っ!」
「ぷふっwww兎、お前www」
「うぅぅぅぅ」
「よーし、じゃあ私もやるぜ! 兎がびーびー泣いてる時、オラリオの外じゃあ軍神様が、砂埃を上げて地面を爆砕して走って来る化物に轢き殺されかけたっていうニュースが当時オラリオ中を駆け巡ってたんだわ。その化物の正体が何なのかって? アリーゼ・ローヴェルと【静寂】のアルフィアって言うんだ」
「ぶほっwwwwえ、何、そんなことになってたの!? そういえば、ついうっかり、アルフィアに捕まった時にはラキアの中に突撃しちゃってたけど、そういえばアレス様いないなーって思ったのよ。途中で何か跳ねた気がしたけど、あれ、アレス様だったんだwww」
「何をやっているんですか貴方は……」
そして、約束の地より、二つの柱が立ち上がる。
光輝の腕輪をはめし雄々しき男神。
白き衣をまといし美しき女神。
立ち向かうは、導かれし神の軍勢。
「ベル君、反撃しといた方が良いよ? 言われっぱなしはよくないよ?」
「マリューさぁん……」
「え、なに、ベルのターン? いいわよ、聞かせて聞かせて?」
「えっと……ええっと、お義母さんとかアストレア様とか、お姉ちゃん達に抱きしめてもらうの、嬉しいっていうか安心するっていうか……でも、一人だけ『ガブゥッ!!』って噛んでくる人がいて。ええっと、ネーゼ・ランケットっていうお姉ちゃんなんですけど」
「「「「ネーゼ、逃げるな、座れ」」」」
「ち、違う! 『キュートアグレッション』ってやつだから!?」
見るがいい。
光輝の腕輪が闇を弾き、白き衣が夜を洗う。
眷族の剣が突き立った時。黒き
漆黒は払われ、世界は光を取り戻す。
嗚呼、オラリオ。約束の地よ。星を育みし英雄の都よ。我等の剣が悲願の一つを打ち砕いた。
「ベルの血肉はうまかったか? ん? 言ってみろ」
「ごめん、ほんっとごめんって!!」
「ああっ!! ベル君が肩から血を流しながら私の所に来たことあったけど、そういうこと!?」
「「「「ガッツリいってんじゃねえか!!」」」」
「ごめん、ごめん……ッ!!」
「ネーゼは後で一時間ベルにおっぱいを揉まれる刑ね」
「い、一時間も!?」
「なんなら噛まれてみる? 先端♡」
「か、勘弁してくれぇ……ッ!」
嗚呼、神々よ。
忘れまい、永久に刻もう。その二柱の名を。
「んじゃーそうだなぁ……『遠征』に行くたびに起こることなんだけど、皆に可愛がられてる癒しっ子が両手を上げて両脚を広げて立ちふさがってくんの。小動物の威嚇のポーズにあるらしいんだけど、それ。その度に……嗚呼、これが母性……ッ!っていうのが疼くんだよね。疼かせてくる子が誰かって? ベル・クラネルっていうんだけど」
「なんでアリーゼさんも輝夜さんもリューさんもノインさんも僕ばっか狙うんですかぁ!? ずるい!」
「【剣姫】……あなたもせっかく来ているのです、参加しては? 【千の妖精】も。アーディ、貴方はどうです?」
「え……いいんですか?」
「さっきからすっごい聞いてるこっちが、恥ずかしいんですけど」
「あ、一応ルールを伝えておくわ! 他人のことしか言っちゃだめ! 自分のことは言っちゃだめよ?」
「う、うーん……ちなみに、この場にいない方のことを言うのは?」
「「「「むしろ、弱み、聞かせて?」」」」
「「「このお姉さん達怖いっ!?」」」
其の名はゼウス。其の名はヘラ。
称えよ、彼等が勝ち取りし世界を。受け継ぐがいい、彼等が遺した希望を。
「ん-……じゃあねえ……私、時々【アストレア・ファミリア】に泊りがけで遊びに来てて、自分の着替えも置くくらいなんだけどね? あ、ベル君の部屋を借りてるよ? ほとんど使ってないみたいだし。 でね、私、ベル君がお風呂入ってるって聞いて「うおっしゃ行くぞー!」って感じでお風呂に行ったら、なんと……いたの」
「「「「ごくり」」」」
「ベル君が脱いだシャツに顔を埋めて耳を赤く染めている危ないお姉さんが……ッ!!」
「おいおい、事案か?」
「輝夜が下着姿だとか全裸だとかで歩き回ったりベルに抱き着いてる時点で事案も何も……」
「そ、そもそも【アストレア・ファミリア】の皆さんとベルでは年齢差が……」
「「「「あ?」」」」
「ひぃいいいっ!?」
「あの、アーディさん。その人は誰なんですか?」
「リュー・リオンっていうの!」
「ぐはっ!?」
「「「「やっぱりムッツリじゃねえか!」」」」
それは最も新しい神話であり、英雄譚。世界に希望をもたらした、偉大な日……。
そして、それは明日!
「わ、私もいいですか!?」
「【千の妖精】から何が聞かされるんだろう?」
「【九魔姫】の弱みだったりして」
「「「不敬罪」」」
「おいこのエルフ共面倒くせーぞ」
紳士淑女のみなさん、本日は『グランド・デイ』の前夜祭になります!
かつて二柱の神が遺した、この平和な世界を、そして英雄が生まれるこの街を――。
めいいっぱい、楽しみましょう!
「えっと、これは、リヴェリア様に「どうしてベルはアイズさんを怖がって避けてるんですか?」と聞いた時に教えてもらったことなんですが……」
年若く麗しいハーフエルフの女性の語りが、都市全域に響き渡るそんな中。
知ったことじゃねえとばかりに【アストレア・ファミリア】本拠、『星屑の庭』ではとある催しが行われていた。お茶会という名の『(他人の)黒歴史暴露大会』である。この場にいない者の話ならばネタになって良し。この場にいる者ならば羞恥に悶えさせられるので良し。普段は聞けないあれこれを他人の口から語られてしまうというとんでもない催しである。
「昔、その……メレンに行ったときに、ベルにとある女の子が黒くて禍々しいモノを両手で持ち上げて近づいたらしくって……その後、白くてネバネバしたドロドロの液体がベルの体にかかったとかで、リヴェリア様も絶句する程で、顔を青くするほどで、いえ、リヴェリア様の瞳にはその黒い禍々しいものがモザイクがかってわからなくなるくらいだったらしくて……卑猥な光景が出来上がってしまったらしいんですよ。悪意なく。ベルに白くてドロドロしたのをかけたの……私の隣に座っている、アイズ・ヴァレンシュタインさんなんですけどね?」
「っ!?」
ここまで数々の他人の黒歴史を暴露されていった中で、レフィーヤの口から出たのはアルフィアを亡くし、アイズに泣かされ、謝罪に来たアイズが大人達が話し合っているのをいいことに風呂に入っているベルの背中でも流してあげよう。そして直接謝罪をしようとして、驚きの余りすっころんで気絶したベル。その上に一糸纏わぬ姿で跨って「ごめんなさい」を連呼するというお姉さん達が見ても、どうあがいても『逆レ』にしか見えなかったという黒歴史の後の話であった。何とか保護者達が二人の関係改善――都市内にいる以上まったく関わらないわけでもないし、幼馴染となれば仲良くしてほしいという考えがあったのだが――のために、メレンへとアストレア、ノイン、リヴェリア……そして当事者のベルとアイズが行った時にアイズが「男の子は変なのをつっついたりする習性があったり、そういうんが好きだったりするもんなんやでー」などとロキから聞いたアイズが、どこからかナマコを掴んで持ってきたのだ。そう、ベルの目の前に。
「あー……洗い流すの大変だったの覚えてる……ベルってばアストレア様にしがみついてギャン泣き。【九魔姫】はショック死寸前。【剣姫】は「あれ、私また……失敗、した?」みたいな顔しててさ。笑えばいいのか泣けばいいのか、怒ればいいのか私、分からなかったよ」
「だ、だって……ロキが……男の子は気持ち悪いのが好きだったりするって……」
「犬の糞つつくガキじゃねえんだぞ」
「こらライラ、レディが『糞』とか言わない」
「わ、私はただ、ベルと仲直りしたかっただけで……ほ、ほんとだよ、ベル? だからその……お姉さんの陰に隠れないで、出てきて? 乱暴しない、よ?」
「…………」
「(´・ω・`)」
「あ、あはは……ア、アイズさんは何かありますか? 必ず一回は発言しないといけないみたいですし」
「えっと……じゃあ……さっき外から『グランド・デイ』の放送が聞こえたと思うんですけど」
輝夜の膝に顔を埋めるベルは、庭に設置されたテーブルのおかげか丸くなった背中しか見えない。すっかり苦手生物扱いされてしまっていることにアイズがショックを受け、苦笑するレフィーヤに促されて思い出すように言葉を紡いでいく。『グランド・デイ』というオラリオでも大きな祭というワードが出てきたことに、「あれ、そういえばどうしてこの人達は都市の警邏をしていないんだろう? サボり?」などと当然の疑問に首を傾げたが、それはすぐに氷塊する。
「えっとベルのお義母さんがまだ元気だった時からだったんですけど」
「アルフィアはくたばるまで元気だった。元気じゃねえときはなかったぞ。ただ、動かなくなっただけだ」
「それを人は『死んだ』と言うのだライラ……おいベル、私の太ももを抓るな! 痛い、悪かったって!」
「その……『グランド・デイ』の度に、街の人達がアルフィアさんやベルを持ち上げるっていうか……すごい、主役扱いしてたんですけど」
そう、アルフィアは都市に唯一残っていた【ヘラ・ファミリア】の最後の一人。そしてその息子がベル。街の人は、それはもう『本日の主役』というタスキをかけてくるんじゃないかというくらい持ち上げていたことがあった。アルフィアはベルのために祭に出ていただけだが、あまりの煩わしさに
「アルフィアさんが亡くなった後、初めての『グランド・デイ』は、その……ベルがアルフィアさんの子供っていうのもあって、やっぱり、注目の的にされちゃって、さすがにベルが危なくなったことがあったんです」
「あー……めっちゃ、よいしょされてたな」
「きっと黒竜を討つに違いないわ! とか言われてたわね」
「めっちゃ見られててベル君もさすがに怯えてたねえ」
ここでレフィーヤは理解する。【アストレア・ファミリア】が都市の警邏をしないのではない。ベルがこの日、外に出ると危険なのでは?という懸念から一緒にいるのだということを。それでもお姉さん全員が本拠にいるのはどうなんだろうかとも思うが。
「それで、大人達の目が怖くなったベル……行方不明になっちゃって……えっと、深夜に見つかったんだったかな? 女の子と一緒に寝てたんです」
「え?」
よかったあ小さい子が行方不明って大変ですからねえ。なんて思っていたレフィーヤは思わず「え?」と漏らした。お姉さんではなく、女の子と言ったのだ、アイズが。つまり、わりかし歳の近い女性である。この子、何人の女の子と同衾しているんだろう……小さい頃から。なんて、出会い方が違えば見かける度に【アルクス・レイ】しているくらいには顔から表情が消えていく。
「えっと……一緒に寝てたの、アミッド・テアサナーレって言う子なんです」
「アミッドさん何してるんですかぁあああああ!?」
アルフィアが生きていた頃から、ベルの担当医的立場になっている少女はその時、泣きながら治療院に駆け込んできたベルに「匿って!」と言われたことなどレフィーヤは知らない。というか、なんなら、アリーゼ達は噂程度には聞いているが本人達にその自覚はないし、知らないっぽいから問題ないだろうとしているが【ディアンケヒト・ファミリア】の団員達が、アルフィアの「よろしく頼む」発言を勝手に勘違いして二人はアルフィアが認めた『許嫁』或いは『婚約関係』となっていることなど知りもしない。レフィーヤは思わず叫んでしまった。あのほとんど表情の変わらない美少女、実は肉食だったんじゃね?とレフィーヤは思ってしまったのだ。聖女様ではなく実は性女様だったのではないかと思ってしまったのだ。
「アミッドとベルの顔……すごく、近かった」
「み、見たんですか!?」
「うん、それに、私もずっと探し回ってて、疲れちゃったから、ベルの隣で寝たよ?」
「何してるんですかアイズさん!? ダメじゃないですか!?」
「朝起きたらベルが悲鳴を上げてアミッドに抱き着いてて……アミッドが「ギ、ギブゥ……離してください、ベルさん……」って」
すごく、悲しかった。
しょんぼりとした顔で肩を落とすアイズにレフィーヤは敬愛する憧憬の少女が、どんどん残念な女の子になっていることに抗えずにいた。というかベルもベルでいい加減怯えるのをやめろ失礼だろコルァ!と言ってやりたいくらいだ。
「アストレア様は何かありませんか?」
「うーん、そうねぇ……」
それよりもお祭りはいいの? 本当に行かないの? と苦笑を浮かべ、輝夜にもたれていたベルの頭を撫でたアストレアは少し考えるような仕草をしてから、「これが一番恥ずかしいかしら?」と口を開いた。
「洗濯物を取り込んでいる時の事なんだけれど、あれ? そういえばいつも手伝ってくれるのにどこに行ったのかしら? と思って探し回ってたら三人の騒ぎ声が聞こえてね?」
「「「ごくり」」」
『感じるぞ、忍び寄る破壊の足音が。聞こえるぞ、恐ろしい魔物の咆哮が!』
『ウボァアアアアアアアアアアア!!』
『現れたな、大いなる魔物よ! 来るか、長き手を持つ巨悪の巨人よ! その咆哮、ここで潰えると知れ! 村の平和は――このアルゴノゥトが守る!』
「神々よ、ご照覧あれ! 英雄に至らんとする我が勇姿を! 行くぞぉ!!――――ってやっている、ベルとアリーゼとアーディがいたの」
「「「―――――グハァッ!?」」」
「ぇえええええええええ!? まさかの三人!?」
アストレアの語りに、アリーゼが、アーディが、ベルが頭を抱えて「イヤァアアアアアアアア!?」と机に突っ伏した! まさかの女神様にご照覧されてしまっていた『ごっこ遊び』!!
「アリーゼがモンスターの役をやってて、アーディがヒロインで、ベルがアルゴノゥトをやっていたの。アリーゼの腰布をマント代わりにしてね? ふふふ、ご照覧あれって聞こえたから扉を開けたら、三人とも『あ』って……ふふふふふ」
「やめてくださいアストレア様ぁ!?」
「どうして言うんですか!? お子ちゃまの遊びに付き合っていただけなのに!?」
「恥ずかしい……ベル君はまだ7歳だったからいいけど、恥ずかしいよぉ……お姉ちゃん助けてぇ……!」
ベルはまだセーフとは言うが、アリーゼとアーディはいい歳こいて何やってんだろお……!と悶絶。そもそもそういう『ごっこ遊び』を誘ったのはベルではない。アーディだ!! 私達の負けです、許して下さいと泣き言をいう三人に終戦のゴングは鳴った。
「勝者は三人抜きしたアストレア様でございますねえ」
「やっぱ神様には勝てねえわ……『憲兵ネットワーク』があっても勝てねえよ」
「何ですかソレ!?」
「【ガネーシャ・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】……まあ都市の秩序維持に貢献している派閥だけで出来上がっている情報網だな。くだらねえ事から大事なことまで。第何区画の誰々さんが〇〇日に誰々さんに告ってフラれたっていうくらいの情報まであるぜ」
「意味ありますそれ!?」
「弱みって……大事だろぉ、【
「怖っ!? 【アストレア・ファミリア】、怖っ!?」
レフィーヤの叫び声を最後に、【アストレア・ファミリア】の団員達とアーディやアイズ達は席を立ち、それぞれ出かけ始める。イブとは言え、催しに参加したり、食べ歩きをしに行たりと、それぞれの欲望を満たすのだ。
「さてベル……開催の放送から大分時間も経ったし、そろそろ遊びに行きましょうか? 念のためにローブを羽織っておく?」
「そうですね、人に囲まれても困りますし」
「皆はそれぞれ楽しむみたいだし……食べ歩きにする?」
「警邏、しなくていいんですか?」
「あの子達は、しながら遊ぶから問題はないわ」
「そうなんだ……じゃあ、食べ歩きですね!」
「そうね、食べ歩きデート……しましょうか?」
「はい、アストレア様!」
アストレアが取り出してきた兎をイメージしたような耳がフードについた外套を羽織り、仲良く手を繋いで、本拠を出る。ストリートに並ぶ屋台を眺めては買って食べさせ合う。少年と女神の逢瀬の一時。
二人にこやかに笑みを浮かべて、祭を楽しむ二人だけの時間。
けれど、夢のような時間は、泡のように消えるものなのだ。
――拝啓、お義母さん。
「死ねぇえええええ、猪野郎ぉおおおおおおおおおおッ!!」
砂塵が舞い、火花が散る。
「温い」
「はぁああああああああああああああああッ!!」
「オオオオオオオオオオオオンッ!!」
「――――フッ!」
「甘いわぁ!」
二匹の狼が吼え、金髪が揺れ、大和撫子が舞って、ドワーフが猛る。
一匹の兎は観客席から戦場へと転げ落ち、巻き込まれる。『正義』の女神が「あっ」と驚き手を伸ばすももう間に合わず、気が付けば『
――僕は今、戦場にいます。