アーネンエルベの兎   作:二ベル

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ミセス・ムーンライト②

 

 

 

「いいか!? 台本は厳守だからな!?」

 

老齢の男の声が響く。

そこに集まる者達へ竦むことなく、堂々とした声だ。

 

「くれぐれも本気で戦うんじゃないぞ! 大使の連中も来ている! みっともない姿を見せるな!」

 

声の主は、ロイマン・マルディール。

迷宮都市(オラリオ)に存在する管理機関(ギルド)の最高権力者だ。

長命のエルフである事もあってか、ギルドには1世紀以上勤めている年季の長さである反面、今の地位に就いてからは豪遊・放蕩生活を送っており、更に金を使うのも好きなのか、カジノに遊びに行く事もある。

その不摂生な生活ぶりが祟ってか、容姿端麗の美形が多いとされるエルフとは思えない程でっぷりと太った体格をしており、それに因んで『ギルドの豚』という仇名で呼ばれる形でオラリオにいる全てのエルフから忌み嫌われており、多くのギルド職員にも反感や苦手意識を持つものは多い。

 

「入場したら大使と客席に一礼して、適当に戦って、適当に決着をつければいい! あくまで『オラリオの冒険者は格が違う』と思わせればいいんだ! 熱くなるんじゃないぞ!?」

 

そう。

彼は腹が出ていようと、頬がたるんでいようと、その尖った耳がある以上は、オークではなく、エルフなのだ。

 

場所は都市東端に築き上げられた『円形闘技場(アンフィテアトルム)』。

怪物祭では【ガネーシャ・ファミリア】所属の調教師(テイマー)がモンスターを手懐けるショーをやっていた場所だ。そんな闘技場の控え室では、複数の派閥から冒険者達が集められている。

 

「………ンー、僕らはまぁ、言われた通りにやるつもりだけど」

 

金髪碧眼の小人族、【勇者】フィン・ディムナ。

 

「問題なのは私達よりも……」

 

水色に一房だけ白い髪のヒューマン、【万能者(ペルセウス)】アスフィ・アル・アンドロメダ。

彼女が今にも面倒事が起きそうだ……と顔を暗くするのは無理もない。

控え室にいる血なまぐさい闘争心丸出しの雄達が原因である。

 

「「…………」」

 

沈黙していた男の一人、狼の耳と尻尾を持つ狼人の【凶狼(ヴァナルガンド)】ベート・ローガが口を開く。

 

「今日こそはブッ殺してやるからな、猪野郎」

 

それに答えるのは、巌のような武人。

猪人の【猛者】オッタル。

 

「……まだ、青い」

 

「てめーはそれしか言えねえのか。前の借りは絶対に返してやる」

 

「おぉぉい! なに不穏なことを言っとるのだ! 仲良くせんかぁ!」

 

堪らずロイマンが声を荒げる。

冒険者といえども所詮は無法者。

ロイマンでは決して制御しきることなど不可能なのだ。

 

「同じ【ファミリア】でもないのに仲良くなんて無理無理無理! 7年前の『抗争』では一致団結してたっていうのにそれが終われば敵同士みたいな……あれ、どうして仲良くできないのかしら!?」

 

「団長……頼むから静かにしていてくれ。同じ【ファミリア】ではないのだからと貴方自身が言ったはずだ」

 

「…………うん、それもそうね! ごめんなさい、テヘッ☆」

 

「イラッ☆」

 

「ちょっと、同じ【ファミリア】同士なんだから喧嘩はやめろよぉ!?」

 

ロイマンに対してアリーゼが答え、アリーゼの言った言葉を輝夜がやれやれと首を振って返す。そして舌を出して『へてぺろ』をしたアリーゼに輝夜は青筋を立て、ネーゼが制止する。

【アストレア・ファミリア】の団長のアリーゼ・ローヴェル。二つ名は【紅の正花(スカーレットハーネル)】、副団長のゴジョウノ・輝夜。二つ名は【大和竜胆】、そして……『三人目の団長を選ぶなら誰か』と言われれば満場一致で選ばれるネーゼ・ランケット。二つ名は【正しき牙(ミネル・ラウバ)】もまた、この場に集められていた。本拠でのお遊びのあと遅刻をしてやって来たのだ。

 

「あぁ? 何言ってんだ火達磨女。 ここでてめえを蹴り潰してやるからな」

 

「ダメよそんなこと言っちゃ。せっかく見た目はいいんだから、女の子を蹴るとか殴るとか……そんな言葉を使っちゃダメ。イケメンが台無しよ! もっと【勇者】みたいに紳士的にいかなきゃ。あ、たとえ今のが貴方流のデートの誘い方っていうならお断りよ? こっちにはベルがいるんだし!」

 

「誰がお前みたいな女、誘うかぁ!」

 

「私の何がいけないっていうのよ!?」

 

「誰彼構わず喧嘩を売る……まさに狂犬にございますねえ。ネーゼ、同胞なのだから躾けてやっては?」

 

「無茶言わないでくれよ……私、Lv.4だぞ? 満月でも勝てっこないって……」

 

 

姦しい星乙女達に青筋が一層濃くなるベート。

ベート・ローガは、【アストレア・ファミリア】の中でも特にアリーゼが苦手である。前の派閥の時にもどこから仕入れたのか「ねぇねぇ、夜道でおふぁっくしてたらしいけど、どういう感じなの!? あんたの彼女(セレニア)さんとは子供できたの!? 名前つけていい!? あ、でも、やっぱりそういうのは誰にも見られないところですべきだと思うわ! スリリングで素敵かもしれないけれど!」などと出合い頭に言われて開いた口が塞がらなくなったし、ベートが【ロキ・ファミリア】に入る前に酒場で暴れまわっていると助けを求める声に応じてやって来た【アストレア・ファミリア】の団員達に囲まれ、「八つ当たりするなら去勢するけど、いいわよね!?」と最早脱がしかけで言われたこともある。顔を思いっきり蹴ってやったが、その次には星乙女達による股間への蹴りが炸裂し、最終的には恩恵をまだもらったばかりのベルを連れて来て息も絶え絶えのベートの肩に手を置かせて「どんまい」を言わせたのだ。アリーゼ・ローヴェル恐るべし。

 

「仕方ない、ではない! 何を笑っておるのだ! やめさせんかー!」

 

「ふむ……【凶狼(ヴァナルガンド)】と【猛者】はまだわかりやすいからまだいいが、それよりも私が気になるのは……」

 

怒れるロイマンを無視して、一人の麗人が口を開く。

うなじの位置でばっさりと切った藍色の髪に、オレンジ色の戦闘衣装。整った怜悧な顔立ちは、組織の上に立つ者のそれ。【象神の杖(アンクーシャ)】シャクティ・ヴァルマ。彼女の視線の先では二人の美しい金髪の美女美少女が見つめ合っていた。

 

 

「じぃー………」

 

「…………」

 

「じぃー…………」

 

「…………」

 

顔の半分を覆面で隠すエルフの戦士、リューをアイズが何も言わず見つめているのだ。

その居心地の悪さに、リューは視線を何度も反らすもその度に視線の位置にアイズが回って来る。

 

「な、なんです【剣姫】」

 

「…………昔、戦ったこと、あります?」

 

「っ!?」

 

それは7年前の『抗争』の時のこと。

邪神に『正義』を問われ、多くの命を取りこぼし、民衆に石を投げられ、何もかもわからなくなったリューは家出をしたことがあった。その際、覆面をしていただけで幼女剣士アイズに『闇派閥』と勘違いされ、それにキレたリューは戦ったことがあった。結局のところ友人であるアーディにその後悩みを打ち明け「一緒に考えようよ」と励まされるに至ったが、今更それを思い出すのかとリューは苦虫を嚙み潰したような顔をしてしまう。

 

「い、今更……今までだって、何度も……貴方がベルを虐めるから……」

 

「私は、虐めてないです。 仲良くしようとすると、おかしくなるんです」

 

「物が勝手に壊れたみたいな言い方をするな!」

 

そんな二人を見つめていたシャクティはあの二人の関係が良く分からん。と嘆いた。

そんな冒険者達を他所に、【ヘルメス・ファミリア】の冒険者、犬人のルルネ・ルーイがアスフィに問う。

 

「なあ、なんで【探索者(ボイジャー)】はいないんだよ?」

 

「貴方は馬鹿ですか……」

 

「え? だって、あいつって【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の混成(ハイブリット)だろ?」

 

「はぁ……過去にそれで彼が都市中の人々から注目を浴びてしまったのを知らないのですか? 変に持ち上げられ、彼を一個人として見ず、結果、彼は倒れましたよ?」

 

「うっ……そ、そういえばそうだったような」

 

「何より、彼は冒険者になったばかりの少年。それをいきなりこんな……演技とはいえ血生臭い場所に放り込むなど、【アストレア・ファミリア(かのじょたち)】が許しませんよ」

 

アスフィとルルネの会話とは別に、アリーゼに揶揄われているベートもまた「なんで兎野郎がいねえんだゴラァ!?」などと言っているが、そんなベートを即刻三人の星乙女が「だから冒険者になりたてだって言ってんだろうが、ゴルァ!?」と取り囲んでいた。最早収拾不可能。

 

「フィン! アンドロメダ! とにかく問題なく終わらせろ!」

 

もうロイマンは投げやりだった。

責任の全てを擦り付ける勢いで両軍のリーダーであるフィンとアスフィに押し付けた。

 

「やっては見るけれど、冒険者っていうのは大抵が自分の規則で動く。あまり期待はしないでくれ、ロイマン」

 

「おい!? お前がそんなことでは……」

 

「…………時間」

 

「ぐぬっ!? ええい、わかった! とにかく行ってこい! いいか!? 絶対に、ぜーったいに、去年のような二の舞にはなるなよ!?」

 

「絶対に上手くいく筈がないとわかりきっているのに、なぜ繰り返すのか……理解に苦しむなぁ」

 

「同感です。他国への示威行為としては非常に効果的、というのはわかりますが……」

 

「お互い、善処はしよう」

 

「了解しました。ただ、やはり……あまり期待はしないでください」

 

 

などと話していたのが、数十分前。

 

 

 

現在。

円形闘技場(アンフィテアトルム)』内アリーナ。

 

数多の斬閃が瞬き、剛力が轟く、オラリオでも選りすぐりの冒険者達がひしめき合うそんな戦場に、ベルはいた。

 

 

「…………どうしよう」

 

落ちた。

どうあがいても落ちた。

大きな衝撃で会場が揺れ、人の波に押され、女神を守ろうとして、そして戦場に転げ落ちた。

背中を地面に叩きつけ、空気を吐き出し、呻き声と共に瞼を開ければ視界に見えるのは茜色に染まった空。

 

 

「おいおいおい!? 【探索者(ボイジャー)】が飛び入り参戦してきたぜぇえええ!?」

 

―――ウォオオオオオオオオオオーーッ!!

 

上体を起こして辺りを見渡すベルを他所に、頭上から観客の唾入りの声が飛び、歓声が鳴り響く。状況が掴めないベルは「え?」と困惑を表にようやく自分が戦場に落ちてしまったことに気が付く。戻ろうにも高さがあって腕を伸ばそうとも叶わない。

目を見開き驚愕しているベルに、戦場から声がかけられた。

 

「へぇ、ベルも戦いたかったんだ。だったら前もって聞いておけばよかったなあ!」

 

「あらあらまあまあ……可愛い顔をしておいて、やっぱり男にございますねえ」

 

「どう見ても衝撃で人に押されて落ちたように思えるのですが……」

 

「えー! ベルったら、そんなに私達に会いたかったの!? もう、寂しがり屋さんなんだから☆」

 

血に飢えたような星乙女達が、『ギラッ☆』とした目をもってベルの姿を捉えていた。唯一リューだけがベルの身に何が起きたかを察していたが、他三名の声でかき消されてしまっている。それだけではない。

 

「【探索者(ボイジャー)】……か」

 

【猛者】が。

 

「見ていたら、たまらず降りてきたのか? 若いな……アーディが気に入るわけだ」

 

象神の杖(アンクーシャ)】が。

 

「その推測が正解かはわかりませんが……客席が沸いてしまったのは……まずいですね」

 

万能者(ペルセウス)】が。

 

「…………兎野郎、やる気か?」

 

凶狼(ヴァナルガンド)】が。

 

「がははは! 儂も若い頃は大人達の喧嘩にわざわざ首を突っ込みに行ったもんじゃ!」

 

重傑(エルガルム)】が。

 

「フィ、フィンさん、あの……」

 

「うーん、悪いけどベル。これはもう、止まらないかな?」

 

フィンの声に応じるように、客席からの歓声は頂点に達する。

それはかつての都市最大派閥の遺産の参戦を歓迎するかのよう。

諦めたようにベルは溜息をつき、ゆっくりと立ち上がり、土を掃って会場をぐるっと見渡した。ベルの背後にある客席にはアストレアの姿は確かにあり、心配しつつも微笑と共に手を振っている。女神の無事を確認したベルは腰に帯剣していた鏡のように美しい刀身を持つ『探求者の剣』を引き抜いて、歌う。

 

 

――【我等に残されし、栄華の残滓。 暴君と雷霆の末路に産まれし落とし(愛し)子よ。】

 

「い、いきなり魔法ですか……!?」

 

驚倒するアスフィに、けれど他の冒険者達は笑みを浮かべてその時を()()()()()

 

「彼はまだLv.2……並行詠唱を身に着けていないのなら、待つくらいのハンデはあげないとね」

 

「魔法ごと叩き落してやる」

 

――【示せ、晒せ、轟かせ、我等の輝きを見せつけろ。】

 

「おうベートよ、相手、お前より格下じゃぞ?」

 

「あの子と対人戦闘するの実は初めてなのよねえ」

 

「実戦形式は私達を傷付けたくないと逃げますからねえ」

 

――【お前こそ、我等が唯一の希望なり】

 

フィンが槍を肩に抱えながら、ベートが不敵に笑みを浮かべながら、ガレスが眩しいものを見るように髭をしごきながら、アリーゼと輝夜が弟分との初の実戦を楽しみにしながら、待ち受ける。【灰鐘福音(スキル)】によって広がる魔法円(マジックサークル)の色は『灰』。

 

「ですがあの子が見ている先は……」

 

「【猛者】……いきなりLv.7に斬り込む気だよベルのやつ」

 

――【愛せ、出逢え、見つけ、尽くせ、拭え、我等が悲願を成し遂げろ。】

 

「ベルと戦える……わくわく」

 

「あの、自分が彼より格上だという自覚ありますか? 下手したらやりすぎ(オーバーキル)になるのわかっています?」

 

愛剣(デスペレート)を引き抜いて興奮を隠さないアイズにドン引きするアスフィ。

 

――【喪いし理想を背負い、駆け抜けろ、雷霆の欠片、暴君の血筋、その身を以て我等が全てを証明しろ】

 

「【最強(ゼウス)】と【最凶(ヘラ)】が遺した命が如何ほどのものか……試してみるか」

 

「なんで皆、やる気なんだよぉ……!? 演技はどうしたぁ!?」

 

「「「「知らん」」」」

 

「嘘だろぉ!?」

 

客席さえ、【猛者】を中心とした冒険者達が明らかにベルよりも格上というのはわかっていながら、堂々と歌っているベルを待ち受けているその光景に固唾を呑んで、そして完成する魔法に瞠目する。地上においては『怪物祭』以来の魔法の使用。

 

――【忘れるな、我等はお前と共にあることを】

 

剣を胸の前で構え、完成した魔法を解き放つ。

魔法円(マジックサークル)が弾け、剣が光を反射する。

 

「【アーネンエルベ】!」

 

晴れ渡る茜色の空。

緩やかに流れる雲。

雨など決して降りはしない。

けれど、天より落ちるは荒々しい雷霆である。

 

「「「!!」」」

 

三人の冒険者の脳天を撃ち抜かんとばかりに一条の雷が、三つに分かたれる。

Lv.7のオッタルが大剣で、Lv.6のフィンとガレスが槍と大戦斧でそれぞれ打ち払うも、その顔には「やっぱり」といったような笑みがあった。

 

「かつての最強を知っている僕達を」

 

「あの者達がのんびり見守っておる筈もあるまいよ!」

 

「故に……お前の意志に関係なく、俺達は()()()()()()のだろう」

 

落雷によってアリーナは砂埃に覆われ、徐々に晴れていく中。

戦場に立つ冒険者達と客席から見守る観客はそれを見た。

砂埃のその中で、光源と思しき場所、ベルの立っていた場所に、その煙の中に見える()()の人影。

そして戦場に一番近いであろう最前席をぐるりと囲むように現れる半透明かつ青白い人影もまた、複数。

不思議な光景だった。

ほんの数秒であったにも関わらず、時が止まったかのように感じられる空間の中、その複数の影のうちいくつかは「自分で何とかしろ」とばかりに役割を放棄するように背を向けて姿を消し、最後に現れた全身鎧の戦士とドレスを身に纏う魔女がベルの左右に迎え入れるように現れたのだ。

 

「実際に見るとやっぱりすごいわ……!」

 

「おお、怖い怖い、しかしあのクソババア達だけはっきりとした姿なのは何故だ?」

 

「ベルは【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】ではザルドとアルフィアしか知らないからでしょう?」

 

アリーゼが瞳を輝かせ、輝夜がアルフィアの姿に不敵な笑みを浮かべ、リューが木刀をぎゅっと握りしめる。砂埃が落ち着いていくと、いつの間にかその複数の影は消えており、最後に現れた全身鎧の戦士と、ドレスを身に纏う魔女がベルとすれ違うようにして姿を霧散させた。ベルは全身に鎧のように雷を奔らせ、薄っすらと笑みを浮かべて右手に握る剣をオッタルへと向け、叫んだ。

 

「――――行くよ」

 

「――――来い」

 

 

 

×   ×   ×

VIP席

 

ロイマンは頭を痛めた。

接待していた大使は今の落雷でショックを受けて「オラリオ強すぎぃ~」と言って気絶した。

 

「だから……だから出てくるなと言ったのだ……! 【探索者(ボイジャー)】!」

 

騒ぎになるから出てくるな。

要らん騒動を起こすな。

【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】の遺産だとか民衆が勝手に言っているが、本人は二つの派閥がどのようなものだったか知りもしないのだから勝手に盛り上がるな。

 

「何故、何故……戦場(そこ)にいるぅううううううッ!!」

 

あの冒険者共は何を考えている!?

馬鹿なのか!?

何を悠長に魔法を行使させている!?

阿保なのか!?

わくわくするな!

 

ロイマンのストレスと憤慨はピークを達していた。

どういうわけか飛び入りで参加している『正義』の派閥の兎。

『怪物祭』で注目を余計に浴びたのも知っている。

アルフィアがいた時から何かと注目されていたのだから。

しかし予定外のことを起こすのはやめてくれと、ロイマンはどっぷりと出た腹を思いっきり抓って地団太を踏んだ。

 

 

×   ×   ×

客席 最前列

 

 

あの子の魔法を見たのはこれで三度目だ。

荒れ狂うような力強い雷は、やはりどこかゼウスとヘラがここに在ると主張するようで、子供の舞台を応援する親のように彼等彼女等は姿を度々消しては現すのだ。

 

「落ちてしまった時はどうしたものかと思ったけれど……本人がやる気ならいいのかしら」

 

格上相手にお構いなしに、勝てるはずもないのに挑む姿勢に強者達は笑みをもって迎えている。

けれど、眷族(アリーゼ)達には是非、ベルを客席に戻してやるくらいの考えは巡らせてほしいと思うのだけれど、冒険者とは皆、血に飢えているのだろうか。

 

始まってしまった以上はどうしようもないのなら、眷族達が頑張っている姿を、せめて女神(わたし)は微笑みをもって見守ろう。

 

「ほぉ……愛玩兎かと思ったら、実は雷鼬(ラーテル)だったというやつか?」

 

「!」

 

ふと、聞こえてきた、聞き覚えのある声に私は思わず振り返った。

後ろに座って声援を送っていた冒険者と目が合って彼等は「え、も、もしかして何か失礼をいたしましたか!?」とぎょっとしてた反応をされてしまったが、そこに声の主はいなかった。驚かせてしまった冒険者達に謝罪をして、視線を戻す。ひょっとして気のせいだったのだろうか。

 

「7年前の『抗争』から……貴方は一体どこに姿をくらませたの、エレボス?」

 

 

×   ×   ×

円形闘技場(アンフィテアトルム) 外周

 

 

石造りの柱にもたれるようにして、炭酸ジュースを片手に冒険者同士の戦いを面白そうに見守る外套を纏った男神がそこにはいた。

 

「ほぉ……愛玩兎かと思ったら、実は雷鼬(ラーテル)だったというやつか?」

 

世界一怖れを知らない動物と言われる獣の名を口にして、男神―――エレボスはくすり、と笑みを浮かべる。戦場を駆けるベルの姿は未だ発展途上。我流なのか、見様見真似なのか、少しばかり魔法に頼り過ぎているところが否めないが、誰もがベルの魔法に見惚れていることは神の目をもってすれば手に取るように分かった。

 

「決して美しい魔法とは言えない。過激で、暴力的で、魔法そのものこそがかつての最大派閥を象徴しているようではある。が、魔法に頼り過ぎて動きが遅い。勿体なさ過ぎる」

 

恐らくあの魔法は、神時代より『量より質』を掲げられるようになった盤面を『質と量』を満たすのだと神としての勘が告げている。魔力の塊でどこからともなく現れては霧散して姿を消す分身達。その脅威は――

 

「少年の能力(レベル)に依存する―――ということだろう」

 

すなわち、今強者達と戦っているのは、すぐに倒されるとはいえ数え切れない、ほぼ無尽蔵のLv.2の存在なのだ。

 

「あの魔力の塊……恐らくは辺りに漂う魔素を利用しているな? 故に、分身そのものを出すのに少年には負荷がかからない。最初の落雷は、魔素を利用できるようにするための工程(プロセス)か?」

 

術者からの命令が発せられるたびに纏っている雷がわずかに稲光を起こす。すなわち、送信。

落雷によって宙を漂う魔素がなんらかの変質を起こし、人の姿――分身となって術者の命じた行動を起こす。すなわち、受信。

 

「魔法を使えば使うほど、辺りには残滓が漂うわけだ。少年にとっては魔法飛び交う戦場の方が都合が良い」

 

より強い戦い方を覚え、器を昇華させていけば、それこそ国一つ落とすくらいわけないだろう……とエレボスはやはり不敵に笑った。

 

「お前達もお前達で化物だが、その子供もしっかり化物だよ……アルフィア、ザルド」

 

 

×   ×   ×

戦場

 

電光石火、という言葉がある。

電光や火打石の火花が飛ぶ速さとして表現される言葉だが、アスフィ達がその瞬間眼にしたのは、まさしく目に()()()()()()に激しい『電光石火』の連続だった。

 

「ぉおおおおおおおおおおおおッーーーー!!」

 

「……温い」

 

雷を帯びた直剣『探求者の剣』を握り締め、一直線にオッタルへと向かったベルは上から下へと剣を斬り込んだ。それをオッタルは一歩も動くことなく大剣で往なす。左へと流れる右腕。ベルは手から剣を手放し、左手に持ち替え斬り上げる。それもまた弾かれ、後方へ体ごと飛ばされる。けれど終わらない。ベルがそう願ったか、分身達は何度も姿を現しては霧散させていく。オッタルに肉薄したベルは、そのまま鋭い右フックを撃ち放つ。それを首を左へ反らすだけで終わらせたオッタルの顔が右に僅かに揺れる。分身が左から現れ右ストレートを打ち込んだのだ。さらにベルは合わせて一歩踏み込み、左斜め下から振り上げるアッパーカットを繰り出した。

 

「ぬぅ……!」

 

オッタルは身を躱したが、今度はベルの左手にあった直剣が無くなっていることに気が付いた。そして、右上から落下する形で直剣を振り下ろす分身の姿が現れる。剣を拳で弾き返したが、今度は真正面からアマゾネスの姿をした分身が飛び蹴りを繰り出す。その分身の姿が遮蔽物となったかベルの姿が一瞬消え、オッタルの背中に回り込んだベルの蹴りが炸裂した。

 

「はぁ、はぁ……!」

 

「終わりか? 【探索者(ボイジャー)】」

 

「!? も、もう一回!」

 

「……来い」

 

再び、オッタルめがけて駆けようとしたところで横から狼人の咆哮が轟いた。

 

「二人だけでやってんじゃねえええええええええええッ!」

 

「「!」」

 

何二人の世界に浸ってんだ、とばかりにベートが突進してきたのだ。

進路方向にいたのは、オッタルではなく、ベル。

 

「面白ぇ魔法使ってんじゃねえか、なぁ!」

 

「くっ……『塞いで(ファランクス)』!」

 

「しゃらくせぇ!」

 

「ぎっ……!?」

 

「ルォオオオオオオオオオオオオッ!!」

 

向ってくる交戦的な狼さんにベルは、()()()する。

重装歩兵による密集陣形、その名は『ファランクス』。その名称を叫び現れるのは、まさしくドワーフの戦士達の壁である。それをベートは易々と蹴りによって薙ぎ払う。分身達は防壁の役割すら果たせず、霧のように霧散し、ついに射程範囲に届いたベートはベルに蹴りを放った。大人げない蹴りである。

 

「こ、んのぉ……じゃあ、これは!?」

 

「!?」

 

突き出されるのは武器を持たない右手の人差し指。

目を見開くベートの目の前でそれは、起こる。

 

「『お義母さん(ゴスペル)』!」

 

放たれるのは決して本物と同じ音の砲撃などではない。

単純な放電(スパーク)である。

目の前で稲光が発生し魔女がベルに重なるように姿を現したかと思えば雷の砲撃が放たれる。ベートは本能からベルの右腕ごと左にずらし、砲撃から逃れる。

 

「てめぇ兎野郎……!」

 

ベートは笑っていた。

その魔法はただ分身を出すだけの魔法だと思っていたからだ。

自在に放電までできるとは思ってもいなかったからだ。

頬に刻んだ入れ墨が歪むほどに口角を吊り上げたベートは次の瞬間。

 

「ウチの弟を虐めるのやめてもらっていいですかねえぇえええええええええええ!?」

 

「ごっほぁあああああああああああああ!?」

 

「おらおらおらおらぁ!? 貴様の『経験値(エクセリア)』、たんまり置いていけえ!」

 

「Lv.6がLv.2に何喧嘩売ってんだ、大人げないと思えよぉおおおおおおおお!?」

 

「やはり駄犬は去勢に限る!」

 

ベルの邪魔をしてくれたベートに青筋を立てたアリーゼ、輝夜、ネーゼ、リューがいっせいに襲い掛かった。アリーゼから繰り出された飛び蹴りがベートの横っ腹にぶち当たり、ベートは真横に転がって吹き飛ぶ。

 

「ア、アリーゼさぁん?」

 

「ベル、大丈夫!? 折れてない!?」

 

「た、たぶん?」

 

「団長、あいつの魔法はダメージを後回しにする……魔法が切れた時こそ気にするべきだ」

 

「そ、そうだったわ!」

 

「くそ女共、邪魔するんじゃねえ!」

 

「「「「邪魔をしているのは、お前だ馬鹿野郎!」」」」

 

起き上がったベートが怒り吼えるが、女傑達は言い返す。

狂犬だろうが知ったことではない。

可愛がっている弟分の頑張っている姿を邪魔されるのは流石に嫌なのだ。

自分達に挑んできたならば相手をする所存であったが、彼は今オッタルに夢中。『オタ×ベル』など望んではいないが、真っ向からLv.7に挑む馬鹿兎(あんぽんたん)が笑みを浮かべているのだから邪魔するわけにはいかないのだ。故に保護者たるお姉さん達は駄犬に躾を施さねばならない。

 

「ンー……彼、実はLv.3だったりするのかな?」

 

「ガハハハハッ、それはなかろう! まだまだ青いわい! 見よフィン! オッタルはほとんどあの場から動いておらん!」

 

「うん、ベルも凄いけど……【猛者】は避けるために片足を後ろに下げたりしているだけで、ほとんど動いてない。ロキが言ってた、ほとんど動かずに戦う技?の名前に〇〇ゾーンっていうのがあるって」

 

「ほう……ならばあれは、オッタルゾーンということか?」

 

「たぶん?」

 

「アイズはロキからの教えは信じないでくれ」

 

ベートが女傑達に追い回されているのを尻目にベルを観察する【ロキ・ファミリア】はアイズがロキから教え込まれた、どうでもいい知識にやれやれと首を振って苦言を漏らした。

 

「私も、混ざって来たらダメ……かな?」

 

「まず、ベルに警戒されないようにするところからだろうね。彼を敵に回すとレベルが追い付かれた時が怖いよ、アイズ?」

 

「う…………」

 

数の暴力でぼっこぼこにされるよ? という意味合いで言ったフィンの言葉にアイズはずぅーんと落ち込んだ。今のベルだからこそ、魔法を使ってもオッタルにダメージというダメージを与えられないということは自分でもどうということはないかもしれないが、【アストレア・ファミリア】には狡賢い小人族のライラがいるし、何かしら教え込まれて戦術の幅が広がっていけばそれこそアイズはベルにレベルが追い付かれた時、勝つことは難しくなるだろう。

 

「例えばだけど、彼の魔法……分身の強さがベルのレベルに依存するものだったとして」

 

「ふむ、そういえばリヴェリアやレフィーヤも似たようなことを言っておったの。あの小僧が器を昇華していけば、脅威になりかねんと。たしか……なんじゃったか、魔素とやらが反応して分身になるとか言っておったな」

 

「…………Lv.6が無限沸きしたら、勝てると思う?」

 

「ンー……今のオッタルみたいに囲まれた状態だったら、難しいね」

 

「私、ベルと仲良くなる」

 

「「頑張れ」」

 

親が親なら子も子じゃな、とガレスが遠い目をしてオッタルに果敢に挑んでいくベルの姿を見つめながら、そう呟いた。

 

 

「もし【探索者(ボイジャー)】が【ゼウス・ファミリア】と【ヘラ・ファミリア】、全ての団員を知っていたらアルフィア達のようにはっきりとした姿だったのだろうか?」

 

「何ですか急に……私、もう帰りたいんですけど。どうするんですか、これ。収拾つきませんよ?」

 

「アイデア募集中だ」

 

「うーわ、【ガネーシャ・ファミリア】の団長が他人に丸投げしたぁ!?」

 

すっかり観戦モードになっているシャクティとアスフィ、そしてルルネ。

アスフィはベルの戦いっぷりにドン引きし、「あれがLv.2なわけないじゃないですかヤダー!」とか言っているし、ルルネは「【アストレア・ファミリア】怖ぇよ!?」と泣き言を言っている。客席からも自分達が戦っていないことに非難する声がないことから、誰も彼もが、【猛者】対【探索者(ボイジャー)】の戦いに手に汗を握っているのだろう。最も、レベル差が理不尽すぎて戦いは成立しておらず、戦場に立つアスフィを含めた冒険者達には巨大な猪にじゃれつく子兎という構図にしか見えないが。

 

「分身に放電……そしてアリーゼのように鎧のように纏うこともできる。やりたい放題だな」

 

「なあアスフィ、おいら達、大丈夫だよな!?」

 

「それは何に対してですか?」

 

「だって、【ヘルメス・ファミリア(おいらたち)】、言えない事いっぱい抱えてるじゃん!」

 

「…………聞こえているが?」

 

「「おほほほほほほほ、何のことかしらぁあああああああ!?」」

 

【アストレア・ファミリア】の警邏にベルもたまに同行していると聞く。

街中で魔法を使うことがないにせよ、あの兎に追い回されたら雷を何度撃たれるかわかったものではないとルルネは言いたいのだろう。

 

「彼は速い……二つ名が『迅雷』であったなら、リオンと良いコンビを組めるでしょうね」

 

「ガネーシャが候補に出ていたと言っていたが、なぜ【探索者(ボイジャー)】なのだろうな」

 

「さあ、それこそ神のみぞ知るでしょう」

 

「あ、おい、何か必殺をしかけるみたいだぞ!」

 

 

人々が、神々が興奮に頬を染める中。

その必殺は放たれる。

 

 

「ふーっ、ふーっ!」

 

荒ぶる呼吸を制する深呼吸。

ベルは、両手を地につけ、前傾姿勢を取っていた。

それはまるで、『怪物祭』で戦ったミノタウロスの必殺を真似るような構えだ。

 

「…………」

 

オッタルは静かに、その時を待つ。

自分が器を昇華させるまで、ベルがザルドにどれほど戦い方を教えて欲しいと懇願していたかを知っているからだ。オッタルが器を昇華させてすぐザルドはオラリオを去ってしまったせいで、ベルの願いは叶うことはなかった。だからこそ、オッタルはベルの攻撃を真っ向から受け止め続けた。

 

ミノタウロスの必殺を真似る構え。

両手を付き、足で踏ん張りを利かせ、そしてその時は来た。

 

「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!」

 

「!」

 

地面を爆砕させ、真っ直ぐ直進してくるベル。

今までよりも速いその速度、右手で握りしめられた剣を真っ直ぐオッタルを向けたそれは、まさしく高速の矢。現れる分身さえ追い越し、出現と霧散を繰り返すせいでベルの姿がぶれて見えた。客席からはベルの姿が一瞬消えたようにさえ見えていることだろう。

幻影のように姿を消す高速の突進。

すなわち、『只速いだけの突進(ラビット・ファントム)』。

 

 

鳴り響く爆音。

雷が天から地に落ちるのではなく、横に走るように見え、それでいてベルの姿が一瞬消えてみる攻撃。【アストレア・ファミリア】の女傑達でさえその技を知らず、唖然呆然とし、ようやく姿が見えた時、それはとても残念なものだった。

 

 

「…………まだ、青い」

 

「く……ぅぅぅう!」

 

魔法が解除され、オッタルに剣を弾かれたベルは受け止められていた。

そう、それはまさしく―――。

 

 

「父親の胸元に飛び込んだ息子みたいね!」

 

 

ベルは羞恥と疲労のあまり気絶した。


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