アーネンエルベの兎   作:二ベル

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時間差があるのが難しいから、表現がおかしいかもしれません。


ミセス・ムーンライト④

 

 

パパパーン♪ パパパパパパンパカパーーーーーン♪

と景気よく喇叭(らっぱ)が音色を響かせる。

 

 

『迷宮都市オラリオに住む全ての皆さんにお伝えいたします』

 

 

数え切れない出店が通りのど真ん中や隅に並び、香ばしい匂いやジュウジュウと何かを焼く音が盛んに振りまかれている。通りそのものはリボンや美しい花など様々な装飾で飾り付けられ、常日頃より一層華やかさが増していた。

道を進む者達の頭上では、紐に通された色とりどりの旗が風に揺れている。

 

「さあ皆、楽しいお祭りの時間だけれど【アストレア・ファミリア(わたしたち)】はしっかりお仕事よ! こういう時はトラブルがつきものだからね!」

 

「さっそく屋台で串焼き肉を買い食いしているアリーゼ、流石だぜ」

 

「あれが私達の団長、まるで面構えが違うわ」

 

顔を赤らめる子供は頻りに母親の手を引き、雑踏が奏でる足音も心なし弾んで聞こえる。空の陽光は今日という日を祝うように明るく眩しい。わいわいと、今にも踊り出しそうな声々が都市中に溢れていた。

 

 

『本日は晴天にも恵まれ、最高の空の下で、この日を迎えられて、我々ギルドも嬉しく思っております。今日一日だけは、市民も、冒険者も、神々も、全ての隔たりを忘れ――』

 

 

「さあさあアストレア様も、起きたら既にベルも輝夜もマリューもリャーナも出立していてびっくりしましたけど! せめて「いってきます」くらい言ってほしかったし「いってらっしゃい」を言わせてほしかったんですけど、いないものは仕方ないですもの! あの子達の分も楽しまなくっちゃ損ですよ、損!」

 

「え、ええ、そうね?」

 

「お前等、あたし等の団長はこの通り両手に串焼き肉だ。あたし等がしっかりと見回りすんぞ」

 

「「「了解(ほふはい)」」」

 

「お前等までしっかり買い食い始めてんじゃねえ!」

 

 

『――大いに騒ぎ、大いに歌い、大いにこの日を称えましょう!』

 

 

それでは、ここに『グランド・デイ』の開催を宣言いたします! 都市中に女性ギルド職員の声が響く。その声に、待ってましたと言わんばかりに開催を喜ぶ声で都市が揺れ、花火が打ち上げられた。

 

 

 

×   ×   ×

【ロキ・ファミリア】本拠『黄昏の館』

 

宴好きで酒好きな神のいる派閥。

そこでも当然のように女神ロキは酒瓶片手に庭駆け回る犬の如くはしゃぎ回っていた。

 

「ヒャッハー! ついに開幕やー! やっぱり祭が始まると血が騒いでまうなぁ~。とりあえず、酒や酒! 酒持って来るんや~!」

 

「いきなりか、それで一日持つのか?」

 

「まぁ今日くらいは大目に見よう。年に一度のお祭りなんだしね?」

 

酒はいつものことだろうに、と苦言を漏らすリヴェリアに穏やかな笑みを浮かべて肩を竦めるのはフィンだ。

 

「いよいよ始まりましたね。アイズさんは、何をされるんですか?」

 

「…………」

 

主神やフィン、リヴェリア達のすぐ近くで苦笑を浮かべてやりとりを見ていたレフィーヤは隣で空を眺めていたアイズに声をかけた。今日の彼女の予定を聞き、一緒に回ろうとでも思ったのだろう。聞かれたアイズ本人は、レフィーヤの声が聞こえていないのか反応はない。

 

「……アイズさん?」

 

「…………空」

 

「ああ、いいお天気ですよね! お祭りの日がこんな晴天なんて幸運で……」

 

「違う」

 

「え? 違う、って――――」

 

その時、会話を阻むように風が吹いた。

 

「きゃっ!? か、風? いきなりなんで、びっくりしました」

 

「この風……嫌」

 

「ア……アイズ、さん?」

 

「なに、これ……?」

 

 

×   ×   ×

都市のどこか。

 

 

黒い風が吹き荒れる。

それは都市に侵入してくるように、一つ、二つと増えていく。

 

「今日は……風が騒がしいな」

 

高台から賑わっていた都市が、徐々に被害を受け恐怖に染まっていくのを眺めていた一人の男神――エレボスはどこかの屋台で買ったであろう物を口にしながら呟いた。

 

「どこの誰かは知らないが……どうやら風が都市に良くないものを運んできてしまったみたいだ……」

 

双眼鏡から都市の外、つまりは市壁の外に何かがあると感じたエレボスはそちらに目を向けて確認する。一瞬、神の送還と勘違いしてしまうような柱が複数。しかし、その柱の色は『黒』。さらに動いて、都市へと近づいていた。

 

「ほうら、来たぞ。さあ―――――どうする、神の眷族(こども)達」

 

今回、俺は何もしていないぞ。

エレボスはそのまま、姿を消していった。

 

 

×   ×   ×

都市外。

迷宮都市に黒い風が侵入する前。

 

 

「ヘルメス様、申し訳ございませんが遠くを見ることのできる道具(アイテム)をお持ちではございませんか?」

 

何かを感じ取った輝夜が、後ろで手綱を握るヘルメスに尋ねる。場所は既にオラリオを離れて上空。アルテミス、ベル、輝夜、ヘルメス、マリュー、リャーナは三体のワイバーンに相乗りし、日が昇る少し前から空の旅を楽しんでいた。輝夜に尋ねられたヘルメスは「ああ、ちょっと待っておくれよ」と言ってから自分の後ろに置いておいたバックに手を伸ばし、双眼鏡を手渡した。

 

「これでいいかい?」

 

「どうも」

 

「何か気になる物でもあったのかい?」

 

「いえ……妙に、風が冷たいなと思いまして」

 

「冷たい? そりゃあ、空の上なら冷たくても仕方がないんじゃないのかい?」

 

「そうではなく……悪寒の類といいますか。こう、どこぞで「今日は風が騒がしいな……」と言っている者がいるような空気といいますか」

 

双眼鏡で辺りを見渡す輝夜の姿は、マリューやリャーナから見てなんだか珍妙なものだった。

何せ、着物姿の黙っていれば大和撫子が飛竜(ワイバーン)に跨り、双眼鏡を使っているのだ。『冒険者』というよりは、どこか、そう、どこぞのいいとこの『お嬢様』が観光に来た感があるのだ。さらに後ろで手綱を握るヘルメスは、不幸な事故が起きないように冷や汗を流しまくっている。男としては前に座る美女の豊満な胸を、ガバッと鷲掴み「ここに掴まれと言っている気がするんだ!」と行きたいところなのだろうが、相手は輝夜だ。下手にヘルメスの体が彼女の体に触れれば、すぐに「きゃー、旦那様ぁー、痴漢されましたぁー」などといったようなことを棒読みで言いかねない。

 

「痴漢冤罪は嫌だ痴漢冤罪は嫌だ痴漢冤罪は嫌だ痴漢冤罪は嫌だ痴漢冤罪は嫌だ痴漢冤罪は嫌だ………ッ!」

 

「何か仰いました?」

 

「ん? え、や、な、何も?」

 

完全にヘルメスは今にも爆発してしまいかねない時限爆弾。その『赤』か『青』のコードのどっちかを切るという大役を任されている者のみが感じることのできる緊張感に似たものを感じていた。彼の胃は、すでに悲鳴を上げていた。

 

 

「リャーナちゃん、お尻は平気? 飛竜に乗るなんてお互いに経験ないし、慣れないでしょう?」

 

「まだ大丈夫よ、長時間座りっぱなしは流石にきついだろうけど」

 

「じゃあ次の休憩で交代しましょうか」

 

「オッケー。でも、これはこれでいいよ」

 

何せ後ろにマリューの巨乳(おっきなクッション)があるからね。なんて言いながら、リャーナは【ファミリア】で唯一アストレアに対抗しうる胸を持つ、マリューに身を預けている。マリューは嫌がるような顔をすることもなく「あらあら」などといって苦笑を浮かべては、自分達より少し前を飛んでいるベルとアルテミスを見やった。

 

「羨ましい」

 

「わかる」

 

「私もたまには、ああしてベル君に甘えたいわ」

 

「膝枕してもらいたい」

 

「「ベッドの上で足を絡めて動きを封じて、あのモフモフを堪能しながら胸元で寝息をたてるあの子に癒されたい」」

 

【ファミリア】の年長組の二人は、飛竜(ワイバーン)に跨りながら残念な思考に取りつかれていた。

無理もない。アルテミスは背に体重をかけ――つまりベルに寄りかかる恰好になっていて、そこから更に己の顔をベルの胸に預けているのだから。目を瞑り、体を委ねているようですらある。ヘルメスが「輝夜ちゃん、あれが、劇場版にしか出てこない限定キャラのヒロイン力なんだ!」なんて意味の分からないことを言っているが、ぽっと出の女神にあれほどまでの力があるのかと言われれば疑問である。恐るべし、劇場版補正。

 

 

 

「鼓動が早くなっている。これがドキドキというのか……?」

 

「え、えっと?」

 

「貴方がドキドキしていると言ったのではないか、オリオン? それにこうすれば()()()()()()()()()()と、ヘルメスに教わったんだ。あとは貴方がとても喜ぶだろうと」

 

「ヘルメス様は何を教えているんですか……。ドキドキしているのは、まあ……飛竜(ワイバーン)に乗るなんて初めてですし……」

 

「ああ、なるほど……それでドキドキしているのか。てっきり、見送りについてきたアストレアと抱きしめ合っていたせいかと思っていた」

 

「ふぐっ!?」

 

「暗くてよく見えなかったが、接吻までしていなかったか?」

 

「そ、外でするわけないじゃないですか!?」

 

「………中なら、いいのか」

 

「言い方ァ!?」

 

「ふふふ、冗談だ。揶揄ってすまなかった。しかし――」

 

空が明るくなり、太陽が女神の美しい相貌を照らし出す。

声音はどこまでも優しい。

澄んだ風、蒼い空、空と大地を繋ぐ果てのない地平線。それらに向けられる微笑みは、アルテミスの慈愛だ。

 

「まさか、この飛竜達に乗って空を旅する。そんな衝撃的なことが待っているとは思わなかった。酷く狼狽えてしまったよ」

 

「そうですね」

 

調教(テイム)の存在は知っている。だがあれは隷属の技、彼我の力量の差を理解させた上でモンスターを屈服させ、使役する」

 

「アーディさん、よく遊びに来るガネーシャ様の眷族のお姉さんが言ってました。調教(テイム)は『従わせる』ことじゃなくて『逆らえなくする』ことだって」

 

調教(テイム)済みのモンスターが、調教師(テイマー)以外の人間に容赦なく襲い掛かったというのはよくある話だ。ひとえに人類と怪物の根本的な関係に原因があった。

何より、モンスターは下界において忌避されるものだ。

 

「ああ、だからこうして竜が『旅の仲間』として、子供達や神々を背に乗せるなんて驚き以外のなんにでもない。……私は最初、この竜達を目にしたとき、矢を射そうになってしまった」

 

背を撫でる優し気な手付きに反して物騒なことをのたまうアルテミスに、『グワッ!?』と飛竜が仰天の声を発する。傍から見ても怯えていることがわかる竜のつぶらな瞳に、ベルは汗を流し、空笑いをしてしまった。そこでアルテミスも、くすりと笑う。

 

「それが今はどうだ。この空の旅に、まるで子供のように心を躍らせていることを否定できない。私はとても稀有な経験をしているのだろう」

 

「はい、そうですね。僕達は今、すごく贅沢な旅をしています……こんなの、お義母さん達だって知らないかもしれない」

 

空を飛ぶ。

風を肌に、体いっぱいに浴びる。

それが気持ちのいいことだと、ベルは竜の背に乗って初めて知った。

この空の空気も、今ベルの瞳が映す地上の景色も、物語の中の英雄達でさえ知り得なかったものだ。そう思うと途端に興奮し、手綱を握る手にも力を込めてしまった。アルフィア達でさえ経験をしたことがないであろう、竜に跨り、空を旅する大冒険。決して忘れることのないだろう、女神達との旅路。

 

「ガネーシャはよくこんなことを考え付いたものだ。私の見識が狭すぎるだけかもしれないが……詰まるところ、これも下界の『未知』。下界にはまだまだ私を驚かせることが沢山ある」

 

「……」

 

「美しいな、この世界は。下界は生命に満ちているし、それは『希望』と言ってもいいかもしれない。陸も、海も、この空でさえも。天界のように停滞という名の毒に支配されず、誰もが、あらゆるものが、明日を生きようと輝いている」

 

「明日を生きようと、輝く……」

 

「オリオン……この世界は尊いものだ。貴方達が、決して忘れてはいけないことだ」

 

おもむろに、アルテミスの横顔はそう告げてきた。

親が子供に聞かせるように、大切なことを気付かせるように。

 

「それだけは、この先もずっと覚えていて欲しい」

 

ベルには超常の存在である『神』の視点はわからない。

アルテミス達の瞳にはこの下界がどう映って、どんな世界が描かれているのか、決して理解することはできない。けれど、彼女が本当にこの下界を愛していることだけは、はっきりとわかる。今も浮かんでいる微笑が、その美しく澄んだ瞳が全てを教えてくれる。

ベルは少しだけ、アルテミスの心に触れられたような気がした。

 

「アルテミス様は……この下界のことが大好きなんですね」

 

だからではないが、自然と唇を曲げていた。

女神の一面を知れて、彼女のことをより好きになれた笑みだった。それに気づいたアルテミスは一瞬だけ不思議そうな顔をしたが、ベルの信愛を感じ取ったのか、穏やかに笑い返す。

 

「ああ、そうとも。私はこの下界を愛している」

 

既にいくつも小さな街や村を飛び越え、『世界の中心』から人の手が及ばない原野の世界を飛行する。気高い在り方からアストレアとよく比較されているらしい女神との会話は、ベルにとってとても楽しいものであった。

 

「ところで、貴方の母親は冒険者なのか?」

 

「えっと、もう天に行っちゃいましたけど……冒険者で、英雄なんですよ」

 

「ほお、さぞ、名のある冒険者なのだろう」

 

「はい! 【ヘラ・ファミリア】の【静寂】のアルフィアっていうんです!」

 

「……ヘラか、なるほど。そういえばヘルメスが貴方はゼウスの孫だとか言っていたが、ヘラの孫にも当たるわけか……」

 

「……まずかったですか?」

 

「いいや全然。それで? どんな人だったんだ?」

 

「それがですね――――」

 

 

楽しそうに義母、アルフィアの話をするベルと時折おかしそうに笑うアルテミスは、【アストレア・ファミリア】の女傑達から見てもベルがアストレアと普段仲睦まじくしているのと変わりない様に思えた。なにより、アルフィアのことを話すときのベルの顔はとても明るく、楽しそうなのだ。

 

「まああんまり他所の派閥の女神様と……っていうのはよくないというか、認めちゃいけないんだろうけど」

 

「ああも楽しそうにしているのを見せられるとねえ……」

 

「アストレア様もよくOKだしたわよね」

 

「本当に」

 

見守っていたマリューとリャーナが、そんなことを話していると輝夜の乗る飛竜が横に付き、双眼鏡を強引に手渡してきた。

 

「どうしたの、輝夜ちゃん」

 

「いい、とりあえず見てみろ。何か良くないものが動いている」

 

そう言われ、双眼鏡を覗き込むとその先には―――

 

「黒い……竜巻?」

 

「ねえちょっと、ベルとアルテミス様が下に下りた! 誰かが襲われてる、私達も行くよ!」

 

 

遠くに見えるのは黒い竜巻。

下に見えるのは、黒い蠍型の怪物。

ヘルメスの神としての勘が、最大級に警鐘を鳴らし、既に悲鳴を上げている胃を破壊しはじめた瞬間だった。黒い竜巻がどこから来てどこへ向かっているのかを悟ったヘルメスは、この後、目的地に辿り着くとすぐ眷族の一人に何度も謝り『エルソスの遺跡』、『黒雲の出どころ』――つまるところ、『デダイン』、そして『オラリオ』を行き来する羽目になる。

 

 

 

「【唸れ、昇れ、根源より。門を開き淘汰する、顎を持つ深炎(しんえん)よ――】」

 

着陸した冒険者達は、小型の蠍型モンスターとの戦闘を開始した。

一組の親子がベルとアルテミスに追いついた輝夜に救い出され、治療師(マリュー)のいる後方で保護される。ナイフを使い戦うアルテミスは、左腕に円形盾を装備するベルに守られていたが、その数は多く処理しきれない。並行詠唱もまだ身に着けていないベルは、詠唱する時間さえなかった。そこに、【アストレア・ファミリア】の中でも最も腕が立つ魔導士のリャーナが魔法円(マジックサークル)を展開。

 

「【魔炎の持物(イリヴュート)】!」

 

彼女の放った魔炎が、モンスター達を一掃する。

そこから、炎を切り裂くように輝夜とベルが生き残ったモンスター達へと突撃していった。いくつもの斬閃が走り、十を超える数いたモンスターは再び放たれるリャーナの魔法によってその姿を灰へと変えた。

 

「べぇええええるぅうううう?」

 

「ひ、ひぃっ!? 輝夜さん違うんです!? これはアルテミス様が!?」

 

「ほおほお、いつから貴方様は女に責任をなすりつけるように? そんな風に育てた覚えはないぞ!」

 

「ひぃやあぁあああああああ!?」

 

刀を鞘に納めた輝夜は、ニッコリと微笑みを張りつけて同じく剣を帯剣したベルへと向かっていくとその首根っこを掴んで笑顔から一転キレた般若の如く雷を落した。「黙っていなくなるとはどういうことだ」である。

 

「あとでお尻ぺんぺんだね、ベル君」

 

「いや、だから違うんですってばぁ!?」

 

「すまないオリオン……」

 

「助けてアルテミス様!?」

 

「ぺんぺんするとオリオンは喜ぶだろうか」

 

「待ってください、アルテミス様はそっち側なんですか!? 僕、いきなり飛び降りて戦いだした貴方に怒りたいくらいなんですけど!? 無茶しないでくださいって」

 

「無茶……なぜだ?」

 

「それは、だって……女の子だから……お、女の子は守るものだって、お祖父ちゃんやアストレア様達が言ってたし」

 

「ふっ……あはは、そんなことを言われたのは初めてだ。しかし……その理屈でいくと、アストレアの眷族(むすめ)達は女の子ではない、ということか?」

 

「ぶほっwww」

 

「ち、ちがっ!?」

 

「「「あん?」」」

 

「ひぃ!? ま、待ちたまえ君達。俺は咳しただけだぜ!? だからその恐ろしい顔をやめたまえ、ベル君の前でしていい顔じゃない! 嫁にいけなくなっ―――アッ、アァアアアアアアアアアア!?」

 

私達をゴリラか何かだと思ったのかとばかりにアルテミスの発言に吹き出したヘルメスに女傑達はゴミを見る目を向け、徐々に、徐々に迫っていく。森に響くのは無様な男神の断末魔だ。助けられた親子のうち、怪我をし、マリューに治療された子供が母親に「お母さん、あれなあに?」と問い、母親は「しっ、見ちゃいけません!」と何も見なかったように言い聞かせるというモンスターの討伐後にしては似つかわしくない光景ができあがるのだった。

 

 

「い、いやぁしかし流石に強いな【アストレア・ファミリア】……輝夜ちゃんとベル君が前衛、リャーナちゃんが後衛でマリューちゃんは回復か……輝夜ちゃん辺りは近々Lv.5にランクアップかな?」

 

「あらあら、眷族のランクアップをギルドに申請せず、ダンジョンの到達階層も偽っている派閥の主神様にお教えするとお思いで?」

 

「おっと、痛いところをついてくるじゃないか」

 

「うふふふふ」

 

「あはははは」

 

「「ハハハハハハハハッ!」」

 

「怖い怖い怖い、二人とも怖い!」

 

「ベル君覚えておいて、あれが悪い大人のする笑顔よ」

 

「……ごくり」

 

 

×   ×   ×

迷宮都市オラリオ

 

 

ベル達一行が、蠍型モンスターから親子を助けて野営を行っているのとは別。

上空から見えた黒い竜巻がオラリオに到達して少しした頃。

 

 

「誰か、こっちに来て! 瓦礫の中に人がいる!」

 

「建物には近づくな! 倒壊に巻き込まれるぞ!」

 

「痛い、痛いよぉ……ッ!」

 

 

都市は侵入し暴れ回った黒い風―――黒いモンスター――によって受けた被害がそこかしこに存在していた。戦い方を理解した冒険者達によってようやく討伐されたが、それでもなお被害を受け崩れた建物や屋台の瓦礫に埋もれている者、負傷して動けない者が多数おり、ギルドの職員や【ガネーシャ・ファミリア】を中心とした冒険者達が休まず動き回っていた。

 

 

「イスカ、セルティ、貴方達も怪我をしているんだから自分達の治療をして」

 

「これくらい平気ですよ、かすり傷程度です!」

 

「そーそ。アルフィアに肘を反対方向に折られた時よりもマシ!」

 

「思い出させないで!」

 

 

都市内に残っていた【アストレア・ファミリア】の女傑達も、救助活動に奔走していることに変わりなく。しかし彼女達の装備や体には傷が生まれ、血が滲んでいる。突如都市内に入り込んできた謎のモンスターへの対処がわかっていなかったために受けた負傷だ。アリーゼに治療を優先するよう言われるも事実、かすり傷程度の負傷だからかエルフのセルティとアマゾネスのイスカは笑って首を横に振った。

 

「けど、よりにもよって祭の日に暴れるなんて、はた迷惑なモンスターね!」

 

「いつだろうと迷惑ですよ、都市を蹂躙するなんて」

 

『おーい! アリーゼ、イスカ、セルティ! こっちに来て手を貸しやがれ! 火事になる前に崩れた屋台の撤去すんぞ!』

 

「ライラが呼んでいるわ、行きましょ! とりあえずどうしてモンスターが外から入って来たのかとか難しいことは後よ後! なんならきっと【勇者】が考えてくれているわ!」

 

「うわ、出た、人任せ」

 

「適材適所と言って欲しいわ!」

 

小人族のライラに呼ばれ、駆け寄る三人。

祭のために設営していた屋台の一つが無残にも破壊されてしまっている。何か食べ物を売っていたのか、ほのかに焼けた肉の香ばしい匂いが残っておりその屋台が火を扱っていたことがわかる。モンスターによる都市蹂躙、さらに破壊された屋台から火災が発生し二次被害が出るのを防ごうとライラは言っているのだ。

 

 

 

 

 

 

「オラリオの中にモンスターがいる……あまり気持ちのいい光景とは言えないな」

 

「報告です! ティオナ達、それにベートとレフィーヤ、竜巻及び中にいたモンスターを完全消滅させました!」

 

【アストレア・ファミリア】の女傑達と同様に侵入した竜巻への対処を終わらせたフィン、リヴェリア、ガレス達の元へ猫人のアナキティ・オータムがやって来る。それを聞いたフィンは、他の場所の救援に向かうように指示を飛ばす。

 

「他の冒険者達もすぐに交戦を開始した……腐っても冒険者の街じゃな」

 

「ああ、それにすぐに戦い方もわかったみたいだし……一旦は収束してくれてよかった」

 

「その割には険しい顔だな」

 

「とてもじゃないが晴れ晴れとした表情にはなれないよ。オラリオの被害は甚大だし、何より……」

 

冒険者としての野生の勘とでも言うべきか。

黒い竜巻に『強力な一撃』を与えることで、『外側(ガワ)』を剥ぎ、『中身』――つまりはモンスターを露出させることで、ようやく討伐できることを冒険者達は理解し、近くにいる者にさえその情報を罵声にも似た声で伝えていったのだ。普段はいがみ合う派閥同士でさえ、祭を邪魔されたとあってはそれどころではなかった。フィンは「普段からそうだったなら良いんだけどね」と苦笑を浮かべながらも、自らの親指に視線を落とす。

 

「疼くのか?」

 

「……ああ」

 

「面倒はまだ続く、ということか」

 

「ああ……それと、これを見てくれ」

 

膝を折り、石畳を黒く覆っているモンスターだったモノに触れるフィンに、リヴェリアとガレスは目を向ける。

 

「これは……砂か?」

 

「いや、『灰』だ」

 

「『黒い灰』、か」

 

「…………とにかく、まずは他の【ファミリア】と連携をとろう。予断は許されない。情報を集めるんだ、なるべく多くの」

 

 

 

夕日が都市を茜色に染めていく。

 

 

「ありったけの薬と、【ファミリア】の備品を集めてください! ここに臨時キャンプを開きます! 怪我人の治療を!」

 

治療院の制服に身を包むアミッドが声を大にして指示を飛ばしている。

治療系の派閥のみならず、製薬系の派閥の団員達もが回復薬や治療道具を持ち寄って怪我人の治療に当たっているのだ。無論、眷族達だけが働いているのではなくディアンケヒトやミアハといった主神も例外なく働いていた。ディアンケヒトに限っては「どちらの派閥が多く怪我人を癒すか勝負だ」などと言っているが、誰もが「いつものことか」と流している。

 

 

「アミッド、回復薬を持ってきたわ。使って頂戴」

 

「アストレア様……ありがとうございます。他派閥の主神に使いを頼むようなことを」

 

「いいのよ、私の眷族(こども)達も異常事態が発生してすぐに行ってしまったし、私ものんびり待っているわけにはいかないもの」

 

 

胡桃色の長髪、星海のごとき深い藍色の瞳。

女性らしい、なだらかな線を描きながら肢体を包んでいるのは穢れを知らない純白の衣。『女神』の中の女神、アストレアはその純白の衣を土埃で汚れているのも気にせず臨時キャンプを動き回っていた。彼女は事態が起こった時に竜巻の対処、市民の避難誘導を行う眷族とは別に【ディアンケヒト・ファミリア】や【ミアハ・ファミリア】等、治療に携わる派閥に足を運んでは「必要になるから」と指示を出していたのだ。現場で足りなくなるだろう回復薬でさえ、アストレア自らがバックに詰め、こうして運んでいた。そして怪我人の処置までも行っている。女神の神聖な衣が血で汚れてしまうことなど、彼女は全く気にしていないのだ。

 

「ベルさんは都市外でしたか?」

 

「……ええ、ちょっと冒険者依頼(クエスト)を受けて」

 

「そうですか……」

 

背中越しに話す聖女と女神。

共に思うは、一人の少年。

今、この都市の惨状を目の当たりにすれば、きっと彼は姉達を守ろうとするだろうと……二人はそう思っているのだ。

 

「抗争の時、アリーゼ達が石を投げられて額から血を流して帰ってきたことがあったの」

 

「存じております」

 

「あの頃、あの子には外は危ないからと言って碌に外出もさせていなくって……けれど、怪我をして帰ってきたあの子達を見てショックを受けていたのを覚えているわ」

 

 

ようやく抗争が終わって外出を許されたベルは喜んではいた。

けれど、自分の知る都市とあまりにも変わり果てていた景色を見て、都市の住人達を見て、アリーゼ達が石を投げられたことを思い出して、まだ背丈も追いついていないのに彼女達を守ろうと彼女達の前を歩くのを譲らなかったのだ。「石を投げられても仕方ない。だって守れなかった命があるんですもの」とアリーゼは言っていたし気にしてはいないようだったが、その実、彼女達はベルに救われていたのだろう。

アストレアは破壊されてしまったストリートに目を向けて当時を思い出して、瞼を伏せる。

 

 

「あの子が今、オラリオにいなくて良かった」

 

「…………アストレア様?」

 

「この惨状を見なくて済むのだから」

 

でも、と首を横に振り胡桃色の長髪を揺らす。

その表情はとても悲し気で、己の罪を悔いる罪人のようですらある。

 

「でも、これではあまりにも酷い仕打ち……冒険とはとても言えない」

 

アミッド、治療を受けている怪我人、周りにいる冒険者にその言葉の意味はわからない。

誰もそれを知ることはきっと、ないのだ。

これからベル・クラネルという少年が、たった一柱の『女神』と『下界』すべての命を背負わされていたということを。

 

 

 

×   ×   ×

都市外

 

 

 

日が沈み、空には闇が広がり星が浮かぶ。

そこへ地上から上がる一本の煙が空へと昇っていた。

 

「本当に……すいませんでした」

 

野営(キャンプ)である。

親子を助けてから、何度目とも知れない女神の土下座に女傑達は引き攣った笑顔をさらに引き攣らせていた。

 

「まさか、ねぇ」

 

「さすがに女神様でも……ねえ」

 

「まさかもまさか。私たちも『正義』を司る女神様の眷族ゆえ、人助けをすることに躊躇いなどございませんが……それでも、食料を全て渡してしまうとは私達に死ねと仰っているのでしょうか」

 

「すいませんすいませんすいません!」

 

女神アルテミス。

狩猟の女神にして、貞潔の女神にして、三大処女神(スリートップ)にして、大の恋愛アンチ。

そんな彼女は今、まさに、何度目とも知れない土下座をしていた。

額に土が付くことさえ構わずに。

そんな女神を、おろおろとした顔で見守っているのはヘルメスとベルだ。

 

 

「ベル君……美人って怒ると怖くないかい?」

 

「はい……怖いです。笑ってるのに、怒ってるのがわかるんですよ不思議じゃないですかヘルメス様?」

 

「だろう!? 女の子って不思議だよなー!?」

 

「僕はあんまり怒られたことないですけど……あ、いや、度合いっていうんですか? アリーゼさん達が僕にする怒りってじゃれ合いのレベルっていうか」

 

「わかる、わかるぜ? 小さい子にする「こらー、待てー☆」って感じだろ? あの優しい感じの」

 

「はい、ヘルメス様がくらってるアスフィさんの「死ねぇえええええええ、ヘルメス様ぁああああああ!」とは違います」

 

「ベル君ってアスフィのこと……どう思ってる?」

 

「あと二回くらい変身残してそうだなって思ってます」

 

「ぶふっwww」

 

 

男同士、ひっそりと美女達に背を向けてくだらない話を繰り広げる。

やれ、眼鏡こそがアスフィの本体なんじゃないかとか。

やれ、アスフィさんが偽乳作って持ってきたことは一生忘れないとか。

やれ、その時に「気を強く……持ちなさい。貴方は、まだ、男の子です」となぜか同情されてしまったこととか。

いろいろ、あるのだ。

 

 

「しかし、ベル君達は実に強い! 流石、英雄(アルフィア)の息子だ。輝夜ちゃん達も強いが君も凄いぜ。槍を使わなかったのも良い!」

 

「お姉ちゃんズは強いですよ? 恩恵を貰ったばかりの僕を追いかけまわしてきた【アポロン・ファミリア】を返り討ちにしてくれましたし。 強くて、綺麗で、優しい……お義母さんみたい!」

 

土下座するアルテミスにおこだった女傑達はベルから聞こえてきたお褒めの声に「ふへぇ」とだらしない笑みを浮かべた。『義母』と比べられるのはどうかと思うが、嬉しいものは嬉しい。

 

「あ、槍って使って良かったんですか?」

 

「あー、いや、まだ使わないでくれ。 バレるとまずい」

 

「?」

 

「そ、それよりも! 返り討ちにした【アポロン・ファミリア】のことを教えてくれよ! 今、アポロン達は都市の外に出ていてさ、合流するかもしれないんだ! 弱みを握っておきたい」

 

「えぇー……大したことじゃないですよ? 追いかけられてる僕を見かけた街の人がアリーゼさん達を見つけて声をかけてくれて―――」

 

アリーゼ達から輝夜、リュー、ネーゼ、リャーナへと次々に情報が伝達され、一番近くでベルの悲鳴を聞いたネーゼがベルを回収。そこから鯨波の如く女傑達による一斉攻撃が叩き込まれた。都合よく服だけを切り裂く斬撃によって男性団員は文字通り丸裸にされ、女性団員は下着姿にされ、羞恥のままに【ファミリア】の本拠に退去。神アポロンはそのまま突撃してきた女傑達にアストレアの元まで連行され、「一週間ガネーシャと同じ部屋で過ごしなさい」と罰を与えられたのだ。一週間後、本拠に帰還したアポロンは悟りを開いたような顔で象さんをパオーンしながら「私はガネーシャだ」と言っていたらしい。

 

「アストレアの眷族達怖ぇー……!」

 

「アーディさんに聞いた話じゃ、夜な夜な裸で『ぼでぃーびる』のポージングをするガネーシャ様に付き合わされてたとか」

 

「ガネーシャもノリノリじゃないか、何をやっているんだ!? てっきり、俺を巻き込むなー!とか言うかと思ったのに!?」

 

「うーん、と良く分からないですけど……アーディさんが「ガネーシャ様? うん、すっごいノリノリでアポロンとのお泊り会楽しみー!とか言ってたよ?」とか言ってました」

 

「一週間もお泊り会は普通はしないぞ!?」

 

 

そんな【アポロン・ファミリア】の話が聞こえてきたのか、土下座を終了させ食事を口に運んでいた女神と女傑達は思わず吹き込んでしまう。自分達でも「流石に裸になった相手を追い回すのはまずかった」と反省しているが故だ。でも、しかし、許すことはできないのだ。可愛がっている弟分であり派閥唯一の男。他派閥との婚姻は難しく、面倒事も多いために、ベルの存在は言ってしまえば将来の伴侶も同然。アリーゼ共々アルフィアに「お義母様って呼んでいいかしら!?」と迫るくらいには、もう、なんなら、恋人を作るというか出会いにも恵まれていない彼女達は事実可愛らしい見た目の少年をロックオン。「ベルは将来、お姉ちゃん達と結婚するんだよ?」と教育するまであった。そんな相手を何も知らない神アポロンが「ベェエエエルキュウウウウウン! さあ、私と愛を語り合おうじゃあないかぁ!!」などと言って迫って来ては居ても立っても居られない。あのアストレアでさえその時だけは笑みを消し去り、フレイヤもまた親指を下に向け首を切るようなサインで横に切ったのだ。ロキはめっちゃ笑って指さしていた。結果、戦争遊戯する暇も与えられないままに『ガネーシャとお泊り会の刑』に処せられ、『ガネーシャリサイタル』を受け、アポロンは「私はアポロンではない、ガネーシャだったのだ」と悟りを開かされたのだ。なお、追放はされていない。

そんな話が耳に入ってきてアルテミスは「お前達……」とアストレアの眷族である輝夜達に、若干引いたような視線を向けた。

 

「「「あっちが悪い」」」

 

「いや、確かにアポロンは『守備範囲の広過ぎる変神』だし男女に関係なく見初めた相手はたとえ地の果てまで逃れても絶対に手に入れようとする執念深い性格だが……さすがに『ガネーシャリサイタル』は惨くないか? 四六時中あのガネーシャの叫び声を聞かされるのだろう?」

 

「そうでもしなければ、私達の兎様の純潔が散らされてしまいましたので」

 

「まだ女のおの字も知らない純粋そのものだったベル君が穢されるなんて……神の一斉送還で都市は終わりだって絶望したくらいには恐ろしいです」

 

「しかも恩恵受けたばっかりだったし……アルフィアが天に逝っちゃった直後くらいだったっけ?」

 

「ああ、それくらいだ」

 

「あー……まだ傷心が癒えきっていないあの子を追い回してしまったというわけか」

 

「「「ええ、その通りです」」」

 

「では、仕方ないな。都市を追放されていない辺り、アストレアは優しい……私だったら、眉間を射抜いていた」




ベル君装備品

・右手『探求者の剣』
・左手『円形盾』←ヴェルフ製売れ残り品
・『オリオンの矢』
・兎鎧


リャーナの魔法は特典SSに載っていたものです。


ガネーシャリサイタル
「俺は、ガネーシャだぁ!」
「お前も、ガネーシャだぁ!」
等を延々と聞かされるものです。つまり、いつものアレをアポロンは直に浴び続けたのです。
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