アーネンエルベの兎   作:二ベル

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アストレア・レコード特典SS全部集めるために同じのを4冊ずつは購入するっていう……いいんだ、正直嫌だけど、特典SSまとめたやつでないかなって思うけど、大森先生が美味しい焼肉を食べてくれるならいいんだ。
でも休んでください先生、誤字を見つけた時に心の中の私が喜んじゃうから。


ミセス・ムーンライト⑤

 

 

野営の後始末をし、荷物を飛竜の背に乗せ再び空を飛ぶ。

夕食?

ベルが見つけた、木に生えていたマサラの実を熱した物(芳醇な果汁)と残っていたパン。

朝食?

先日見つけた、マサラの実を熱した物(芳醇な果汁)と残っていたパン。

昼食?

恐らくは、まだ鞄の中に入っているマサラの実を熱した物(芳醇な果汁)と残っていたパン。

 

 

「……すまない」

 

 

女神アルテミスの肩身はとても狭い。

無理もない、昨日助けた親子に食料を全て分け与えてしまったせいで残ったのは『パン』くらいだったのだから。「私は食べなくても平気だぞ?」とキョトンとした顔をしたアルテミスに女傑達は「私達は平気じゃないんですけど」とお説教。アルテミスは全力で土下座をした。

 

「だ、大丈夫ですよアルテミス様。その辺に生えていた野草と塩で作った、変な味のするスープを飲まされるよりはマシです!」

 

「「「派閥の黒歴史を言わないでくれる!?」」」

 

「アストレアのところも苦労しているんだなあ」

 

「オリオンは成長期だろう? そんなものを食べて大丈夫だったのか?」

 

「うーん、だいぶ昔だし……アストレア様が「いいのよ」と微笑みながら飲んでたので、僕も「いいのよ」って真似して飲んで」

 

「秒で吐きたい衝動にかられ、両手で口を押えて涙を流しながら飲み干しておりましたねえ」

 

「そのあとは確か……お手洗いで鼻水を啜る音を立てながらアストレア様に背中を摩られていたわね。ベルの口から『☆大瀑布(キラキラ)☆』が流れてたよねえ」

 

「このままだと虐待容疑がかけられかねない!ってなって皆で大急ぎでダンジョンに潜ってお金荒稼ぎしたのよねえ」

 

「それは何歳の頃の話なんだ?」

 

「「「9歳」」」

 

「「かわいそうに……」」

 

迷宮進行(ダンジョンアタック)に失敗し、大赤字を喫したが故の出来事。

アリーゼは「なんだか昔もこんなことあったわね! 派閥がまだ小さかった頃に!」と言っては笑って誤魔化し、「アルフィアの貯金使っちゃダメなのかよ」と言うライラに全員が「ベルのためのものだし将来必要になるかもしれないからダメ」と反対。結果、ひっどいスープを飲む羽目になったのだ。『正義』の女傑達は果てしない罪悪感にかられるわ、口から唾液やら胃液やらキラキラやらを垂らして汚す弱り切ったショタを見て何かクルものを感じるわ、友人(アーディ)かかりつけ医(アミッド)に知られたら雷落とされるどころじゃすまないわで、寝る間も惜しんでダンジョンに潜り、怪物たちの断末魔(メロディ)を奏で、金という金を荒稼ぎ。どうにか派閥の財政が回復したところで女傑達は糸が切れたように眠りについたのだ。その時の鬼気迫る女傑達の顔と行軍を見た冒険者及び一般市民は「【九魔姫】を殺しかけて【炎金の四戦士(ブリンガル)】を追いかけまわしていたエルフ達みたいな顔」とか「遠征が終わったのにすぐ遠征に行くのか……やべえ」とか「【アストレア・ファミリア】って実は億レベルの借金抱えてんの?」とか「見ろ、あれがオラリオの秩序維持に貢献してきた派閥の女達だ……面構えがまるで違う」とか好き勝手な感想を抱いた。

 

「だ、だからマシじゃないですか!? ね……ネ!?」

 

「「お、おう」」

 

「どうして顔を反らすんですかアルテミス様、ヘルメス様!? 大人の味ってやつですよ!?」

 

「「うーん」」

 

男神も女神も、アルテミスを励まそうと派閥の黒歴史を漏らしたベルに同情の念を抱いた。当時のこと、どう思いますか? もしもインタビュアーが女神アストレアに問うたならば、彼女もまた顔を反らし、悲し気に眉を歪ませ「悲しい……事件だったわ」などと言っていたことだろう。或いは、問われるのが亡きアルフィアだったならば「神の眷族をやっていれば酸いも甘いも知ることだろうよ……それが、大人の味というやつだ」と顔を反らしながら、それっぽいことを言ったことだろう。

 

「ま、まあオリオンが元気に育ったのは良いことだろう……だろう?」

 

ベルの前に座って身を寄せていたアルテミスが振り向き、白髪を揺らす頭を優しく撫でまわした。その眼差しは憐憫に染まっていた。励ましていたはずのベルが、逆に励まされていた。

 

 

 

地上に広がる大森林。

変わらない景色の上空を飛んで、いくつもの山を、谷を越えたあたりで景色は一変する。

 

 

「森が……死んでる……」

 

青々とした木々は毒々しく色づき、その場に生命などないことを主張するようにおどろおどろしい。そして、それだけではなかった。

 

「ヘルメス様、アルテミス様? 前方に見えます『黒い竜巻』が……この度の冒険者依頼(クエスト)における標的にございますか?」

 

前方に見えたのは、道中にも見えた『黒い竜巻』。

その数は一。

本当の目的地である『遺跡』への道を塞ぐかのように、それはいた。

輝夜が問い、神々は首を横に振って否定する。

 

「アルテミス、迂回しよう。嫌な予感しかしない」

 

ヘルメスが言う。

アルテミスは胸を抑えてそれを却下する。

 

「っ、ダメだ…………来る……!」

 

「えっ?」

 

「まずいな、見つかってしまったか」

 

「お前等、避けろ! ベル、アルテミス様をなんとしても守れ!」

 

空を飛ぶベル達よりも遥か高く。

光がうねり、降り注ぐ。

呆気にとられる間もなく、その光は雨のように降り注ぎ冒険者達へと襲い掛かった。

結果、墜落した。

 

 

 

 

 

×   ×   ×

『死の森』

 

 

 

「くっ……大丈夫ですか、アルテミス様?」

 

「ああ」

 

 

アルテミスを支えるようにして立ち上がったベルは、辺りを見渡した。

飛竜は先ほどの光の雨に撃たれたのか、血が流れる傷口を舐めている。森は不気味で生気を感じない、まさしく『死の森』。

 

「全員、無事か!」

 

「こっちは問題ないわ、リャーナちゃんも無事よ~」

 

「でも飛竜(この子)が怪我しちゃってる。飛ぶのは無理そう」

 

近くに墜落した輝夜達が声を上げて互いの安否を報告しあう。

無事であることにほっと胸を撫でおろし、何が起きたのかと輝夜がヘルメスへと問いかけた。

 

「おそらく私を……いや、彼が持つ槍を狙ったのだろう」

 

「えっ?」

 

答えたのはアルテミス。

ベルが背中に装備している槍に目を向けながら、苦し気に答えた。その答えに「どうして?」と聞き返す時間はなかった。なぜなら―――。

 

 

「まずいなあ、これは……」

 

ベル達を囲うように周囲には蠍型のモンスター達が姿を現す。

背中を向け合い、モンスター達へとそれぞれ得物を向け戦闘態勢をとる。

 

「【唸れ、昇れ、根源より―――】」

 

詠唱を始める魔導士のリャーナを皮切りに戦闘が開始されようとしたその時。

 

「―――【アロ・ゼフュロス】!」

 

ベル達の目の前に飛来した円盤状の光弾がモンスターに被弾、爆発した。飛んできた方へ顔を向けると、そこには肩に太陽に弓矢のエンブレムを刺繍した団員服を身に纏う美青年の姿と彼に続いてやって来た【アポロン・ファミリア】の団員達。

さらに、モンスター達へと小瓶が投げ込まれる。小瓶はモンスターに当たると割れ、中に入っていた液体が空気に触れ瞬く間に炎上した。

 

「無事でしたか……ファルガー、ひとまずモンスター達を掃討します!」

 

「了解、いくぞお前等ァ!」

 

現れたのは、ヘルメスの眷族達。

アスフィの声のあとに、虎人が吼え、モンスター達を屠っていく。

 

「【万能者(ペルセウス)】に【太陽の光寵童(ポエブス・アポロ)】……!?」

 

「助かったけど、どうしてここに?」

 

「―――【魔炎の持物(イリヴュート)】!」

 

完成したリャーナの魔炎が蠍型のモンスターを焼き払い、アスフィの投げた爆薬がモンスターを燃やしていく。

ファルガーの振った大剣が文字通りモンスターを潰した。

ヒュアキントスの眷族達もまた弓に剣に槍に杖、それぞれの得物でモンスター達を討伐していった。

 

 

 

 

×   ×   ×

『死の森』近辺、野営地

 

 

「んほぉおおおおおおおおおお、ベ・ル・きゅぅううううううううううううううんッ!!!!」

 

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいッ!?」

 

 

戦闘終了後、アスフィ率いる【ヘルメス・ファミリア】とヒュアキントス率いる【アポロン・ファミリア】と共にベル達は彼等が設営している野営地へと足を運んでいた。アスフィとの再会喜ぶヘルメスに彼女の拳が叩き込まれたり、「悪いアスフィ、すぐに飛んでくれ! ちょっと調べてもらいたいことがあるんだ!」と言って青筋も消えていないアスフィに指示を出したヘルメスは再び拳をプレゼントされたり、「もうやだぁ」と泣きながらアスフィが空を飛んでいったりとあったが、現在、すっかり暗くなった二つの派閥による野営地では太陽の神アポロンの奇声とベルの悲鳴が木霊していた。

 

「アンドロメダは何処(いずこ)に?」

 

「ん? いやなに、空の上から『黒い竜巻』が見えただろう?」

 

「ええ、おまけに私達が落っこちる前にも一つ、見えましたねえ」

 

「ちょっと気になってね……竜巻の出どころを探って来てくれと頼んだのさ」

 

「……此度の事件と関係がおありで?」

 

「いや、おありでない。けど……厄介なことに変わりはない。それより、アレ、助けなくていいのかい?」

 

「…………」

 

 

束の間の休息とも言うべきか、天幕の外は魔石灯や焚火で明るく照らされ、それぞれの派閥の団員達は戦闘の疲れを癒すなり談笑に浸っていた。輝夜達も同様に、けれど今回の冒険者依頼(クエスト)が経験からか嫌な予感がすると休むに休めないといった状態でヘルメスと会話をしていた。ベルの悲鳴を耳に入れながら。

 

 

「んぉおおおおおおおおおおおおお、ベルきゅん、ベルきゅんよ、愛しているんだぁああああああああああ! 届け、この愛!! 天よ、ご照覧あれ! 私は今日、運命と愛を囁き合うのだ! さあ、行こうではないか、私達の愛の巣へ!!」

 

「ひぃいいいいいいやぁああああああああああああッ!?」

 

【アポロン・ファミリア】

主神をアポロンとした総勢百を超える団員を持つ中堅派閥。

構成員は好色家のアポロンらしい美男美女揃いだが、その大半はアポロンが見初めて他派閥から強引に引き抜いた者ばかりで、ヒュアキントスのように忠誠心が高い者もいるが、大半はただ従っているか恨んでいる者ばかりである。

アポロンの執念深い性格の所為で、狙いを付けた冒険者を追い込むあまり街に被害を出すことが多々ある。なお、ギルドが派閥にペナルティを課したところでアポロンは意に介さないため、ギルドは問題ある派閥として頭を抱えている。

 

「恩恵を受け碌にステイタスを上げていなかった傷心中だった頃の君なら、ワンチャン……いいや、確定でイケると思ったがどうしたことか! 私達の間には【アストレア・ファミリア】という大いなる壁があった! なんたることか!」

 

「こ、来ないでくださいぃいいいいいい!」

 

「私も諦めず戦ったが……嗚呼、悲しいかな。この愛はついぞ君に届くことはなかった! なぜか!? アストレアが邪魔をするかだ!」

 

アポロンの奇行にアポロンの眷族達はベルに嫉妬の眼差し、あるいは同情、憐みの眼差しを向けている。しかし触らぬ神に祟りなしとでもいうのか、割って入り助ける気はないらしい。しれっとアストレアを悪く言ったことに女傑達はピクッと眉間に皺を寄せた女傑達はそろそろ助けるかなと得物を握り締める。

 

「辱めを受け……ッ!」

 

思い出される光景は、ブチギレた女傑達に眷族達が文字通り丸裸にされた。

 

「辱めを……受け……ッ!」

 

思い出される日々は、冷たい目をしたアストレアから告げられた罰則、「一週間ガネーシャと同じ部屋で過ごしなさい」。巻き込まれたガネーシャは「えっ」と漏らしていたがアストレアの微笑みという圧力に反対できるはずもなく「アポロン、お前も、ガネーシャだ!」と励まし、毎夜ボディービルのポージングに付き合わされた。アポロンは当時のことを思いだし、唇を噛み締め、涙で瞳を潤し、拳に力を入れて叫んだ。

 

「これも君を手に入れるための試練だと思えば……容易い……! 私もまた、ガネーシャなのだから!!」

 

(((後遺症(ガネーシャ)でてんじゃねーか)))

 

「いぃいいいいいいいい、ぼ、僕はアストレア様だけで結構ですぅううううう!? 男の人とその、無理に決まってるじゃないですか!?」

 

「何を言っているんだいベルきゅん! 愛の前に性別など些事だ! 何故わかってくれない!?」

 

「わかりたくないですぅううう!?」

 

ついには追い詰められ、木に背をつけ怯えるベルにアポロンは「壁どぅん!!」と右手をベルの顔の横に。逃げ場は失われ、鼻息荒いアポロンがふんすふんすと顔を近づける。ベルが、歯をカチカチと鳴らす。

 

「さあ、今夜、初夜を迎えようでh――――」

 

「いい加減にしろアポロン、オリオンに近付く害獣! 恥を知れ、この豚が!!」

 

「ゴボォーーーーッ!?」

 

「アストレアの眷族(むすめ)達、アポロンを吊るせ!」

 

「「了解!」」

 

アポロンのマントを引っ掴み、後ろへとぶん投げるのはアルテミス。

沐浴を覗かれた時のように怒りを露わにする彼女は綺麗な軌跡を描いて地面に叩きつけられるアポロンへ更に飛び膝蹴りを見舞った。最後はそんなアルテミスに唖然とした顔をするマリューとリャーナへと指示を出す。ベルへと振り返ったアルテミスは何もなかったかのように汗を拭い、髪を靡かせ、ニッコリと微笑んだ。

 

「無事か、オリオン」

 

「……た、助かった」

 

ずるずると腰を下ろすベルの頭の上に手を乗せるアルテミスは「アポロンに目をつけられるとは不憫だな……」と呟く。焚火の上で吊るされているアポロンに、忠誠を誓っている眷族達は「何をするか!」「不敬な!」「アポロン様の寵愛を拒否するとはなんという不届き!」などと憤慨しているが【アストレア・ファミリア】の女傑達はどこ吹く風。

 

 

「さ、さぁ、子供達! 腹も減ったろう!? 減ったよね!? 今の内に食べておこうじゃあないか! な!」

 

頬を引き攣らせるヘルメスが剣呑な空気を変えるべく食事を提案。彼の眷族を中心として、仕方なく焚火を囲い食事を取り始めた。吊るされたアポロンを下ろすと、ヘルメスはアルテミスも連れて野営地から少し離れた場所へと足を運んだ。

 

 

×   ×   ×

野営地外

 

 

「アポロン、まじめな話といこうじゃないか」

 

「ふぅ……すまない友よ。つい昂ってしまった」

 

「「昂り過ぎだ」」

 

先程のやり取りとは打って変わって、三柱の神々は表情を真面目なものへと変えた。

野営地の方からは眷族達の声が聞こえるが、トラブルを起こしているようには感じないので神々は合流して初めての情報交換を行うことにしたのだ。

 

「アポロン、君がこんなところにいるなんてどういうことだい? 俺はあとから聞いたんだが」

 

「なに、私も管理機関(ギルド)の方から強制任務(ミッション)を受けてね。増殖する謎のモンスターに、消息を絶つ【ファミリア】。これらの調査……というよりは、周辺の村々から民間人の救助を行っていたんだよ」

 

「数だけは多いからなあ君の所は」

 

「普段からそうしていれば、善神と言われるというものを」

 

「それは言わないでやってくれアルテミス」

 

「フハハハハ、私は運命の相手と出会いさえしなければ真っ当な神なのだよ!」

 

「「自分で言うな、自分で」」

 

ヘルメス達とは入れ違いとなって【アポロン・ファミリア】は『死の森』周辺を訪れていた。彼の派閥は、救い出した民間人を森の外に設けた拠点を避難所として退去させるという活動を行っていた。『死の森』の中を探索中、民間人だと思ったら【ヘルメス・ファミリア】だったということもあったが、合流した彼等は共同戦線を張り現在に至る。

 

「しかし……ふむ……」

 

じぃーっとアルテミスのことを見つめるアポロンは、すぐに彼女が本来のアルテミスでないことを感じ取る。少しばかりの悲し気な顔となって「彼が持っていた槍は…そういうことか」と重く呟いた。

 

「すまないが、そちらの情報を聞かせてもらえるかな? あの蠍と関係があるのだろう?」

 

「……危機に晒された眷族を庇ってしまった。結果、私はアンタレスに捕食され、取り込まれてしまった。ここにいるのは、アルテミスの残滓だと思ってくれていい」

 

「神々の権能は力ある古代のモンスターには通用しない。つまり、災厄の蠍(アンタレス)に取り込まれた時点で、『神の力(アルカナム)』は発動しない」

 

「……発動しないのだから、天界送還も叶わない……か。今やアンタレスそのものがアルテミス、君の檻になってしまっているというのか」

 

機能する筈の『送還』が行われない。

つまりそれは、アルテミスの魂の『牢獄』となった『アンタレス』が、彼女の『神の力(アルカナム)』を自由に行使することができるということ。

 

「……神々のみでの対処は、不可能なのかい? どう考えても子供たちの手に負える領域を超越している。どころか、ベル君が耐えられるとは思えない」

 

「アストレアとも話したが不可能だ。そもそも私達の力が通じないのだから、子供達……オリオンに頼るしかない」

 

「具体的には?」

 

『オリオンの矢』は女神アルテミスを殺しうる矢であり、アルテミスを取り込んだアンタレスに唯一通用する『神の力(アルカナム)』。今やアンタレスは、神であり、怪物であるという『矛盾』を孕んだ災厄。その『矛盾』そのものをアルテミスという原因をもって強引に相殺させるというのだ。

 

「『アルテミスを必ず殺す』という因果が、『神の力(アルカナム)』が通用しないという『理』そのものを捻じ曲げる。(オリオン)とアルテミスは生死の表裏だ」

 

『オリオンの矢』は、そのとある起源から、アルテミスと深い縁がある。

理を捻じ曲げる『矢』こそが、天界、下界を含めた全ての界の中でアンタレス討伐を可能とする唯一の武器である。

 

「空には『アルテミスの矢』が展開されている……いまだ完成こそしていないが、時間も差し迫っている」

 

「ああ、『アルテミスの矢』が発動されてしまえば下界全土が吹っ飛ぶ。これが最大の懸念」

 

次点でダンジョンの暴走。

強大なる神の矢が臨界に差し掛かれば、ダンジョンは怯え、いかなる現象を引き起こすかわからない。モンスター達は暴走するかもしれないし、あるいはまた別の――『アンタレス』と同等の『力あるモンスター』を産み落とし解き放とうとするかもしれない。

たとえ上空に集まる『アルテミスの矢』を食い止めたとしても、ダンジョンの『蓋』たるオラリオ、ひいては『バベル』が陥落すれば下界に未来はない。モンスターの地上進出は『古代』以来の支配と蹂躙を招くだろう。

 

「オリオンを騙し、利用する……恨まれることも承知の上だ」

 

「やめてくれアルテミス、気高い君のそんな辛そうな顔なんて私は見たくない。それに、例え私が君の立場であったならきっと眷族を庇ったさ。だから君が眷族を庇おうとしたことは間違ってなどいない」

 

「…………ありがとう、アポロン」

 

「矢の性質上、アルテミス、君は己の断罪のため、贖罪のためだけに動いてはならない。そんなもので得た矢の力なんて、『アンタレス』に通用するわけがない。貴方は消えるその瞬間まで、ベル君と過ごす時を『本当』にしなくてはならない。貴方という存在がここにいたことを、残しておかなければならない」

 

「しかし、因果か……」

 

「何だいアポロン、何か思いついたのかい?」

 

己の体を抱くようにするアルテミスと、彼女を気遣うヘルメスに対面するアポロンは腕を組んで自分がこの場にいることも一つの『運命』か、と呟いてから口にする。アポロンとアルテミス、そしてオリオンがこの場に揃っていると。ならば、それならば―――

 

「もう一つくらい因果を働かせることくらいはできると思っただけさ」

 

「「!」」

 

 

×   ×   ×

『死の森』近辺、野営地

 

「―――現実的な話をするとしよう」

 

神々が話し合っているのとは別に、冒険者達は一つの天幕の中に集まっていた。

中にいるのは、【アストレア・ファミリア】から輝夜、ベル、マリュー、リャーナ。

【ヘルメス・ファミリア】からは副団長ファルガー。

【アポロン・ファミリア】からは団長のヒュアキントスに、ダフネ、リッソス。

 

「まず、状況は悪化する一方だと言うことを頭に入れておいて欲しい」

 

始めに口を開くのは、民間人の救助活動を行っていた【アポロン・ファミリア】のヒュアキントス。彼等が到着した時点で既に森の侵食は広まり、モンスターは今も増殖中。近隣の村は既に壊滅していた。

 

「あの(モンスター)の発生源だと思われる『遺跡』への侵攻(アタック)はどうなの?」

 

「それは俺達【ヘルメス・ファミリア】が行ったが……門に阻まれ、失敗に終わっている。で、偶然にも【アポロン・ファミリア】と接触、合流するということになった」

 

「アポロン様によれば、あの『遺跡』は古代の時代、女神アルテミスに類する大精霊によってモンスターが封印された場所であり『遺跡』に入るには主たる女神アルテミスがいなくてはならないらしい」

 

「村は壊滅していたそうだけど……」

 

「我々が到着した時点で、の話だ。救える命は救ったが村民達が帰るべき場所は既に無い……この問題が解決すれば取り戻せるかどうかも怪しい」

 

救い出した村民は現在、森の外に設けた避難所に身を置き【アポロン・ファミリア】の小隊が護衛している、とマリューやリャーナ達の質問にヒュアキントスが答える。『死の森』と化してしまった場所に今や安住できるはずもなく、彼等は家族を失うどころか、帰る場所さえ失ったのだ。

 

「ここはまだ正常だが、じきに侵食されるだろう。俺達は、ここを拠点にして遺跡への侵攻(アタック)を……と言いたいところだが、問題が発生した」

 

腕を組み天幕中央に設置されたテーブル、『遺跡』周辺を簡易的に記した地図を見つめながらファルガーが忌々し気に続ける。彼等がこの地に訪れた際にはなかった『竜巻』が徐々に、徐々に『遺跡』へと接近し今や陣取っているかのように動きを止めてしまったのだと。

 

「『竜巻』を強力な魔法で……その、脳筋な考えかもしれないんですけど、吹き飛ばすことはできないんでしょうか?」

 

「残念ながら【探索者(ボイジャー)】、外側から竜巻をはがせないかってことを言いたいんだろうけど……それは適わない。というか、適わなかった」

 

「【月桂の遁走者(ラウルス・フーガ)】……適わなかった、ということは試したと?」

 

「そ、うち等で試した……でも、駄目だった。まあそもそもうち等の派閥は団長のヒュアキントスがLv.3で後はLv.2やLv.1がほとんどだし、Lv.4や5……欲を言えばLv.6がいたら話は変わってたかもしれないんだけどさ」

 

少なくともうち等【アポロン・ファミリア】じゃ無理だった、というダフネに続くように覆面で口元を覆うエルフのリッソスが追加で述べる。そもそも近づくこと自体が非常に危険で接近しただけで『猛毒の嵐』に襲われ犠牲者が出てしまう。手の出しようがなかった彼等はアポロンの指示の下、『竜巻』への接近をやめ、影響を受けないギリギリの場所に拠点を設けるほかなかったのだと。

 

「何より、あの『猛毒の嵐』を相手しながら押し寄せる『蠍』の相手などやっていられん」

 

「……おまけに、貴様等【アストレア・ファミリア】と接触する前、光の雨……いや、もう『矢』と呼称するのが正しいか。まあいい、『矢』が降り注いだが我々はアレを見たのは貴様等と接触したときが初めてだ」

 

「アルテミス様はベル君が持っている『槍』を狙ったって言ってたけど……だからなのかしら? 私達が来るまで貴方達が『矢』に襲われなかったのは」

 

「恐らくはな」

 

「『蠍』に『竜巻』と来て、『矢』とは……最終的な討伐対象である『アンタレス』の元に辿り着くためには」

 

「あの邪魔な『竜巻』を排除しなくてはならない。女神アルテミスが『遺跡』に行かねばならないからだ。あの『竜巻』そのものを動かせれば、隊を分けるというだけですむかもしれんが我々がこうして話し合っている猶予があるくらいにはあの『竜巻』は動こうとしない」

 

「となると、Aチームが『竜巻』を陽動、Bチームが『遺跡』へ侵攻っていう形はとれないか……。そもそもあの『竜巻』はどうしてここに来たんだろう、私達が空から見た他の『竜巻』はオラリオに向っているのもあったのに」

 

「それは『神の力(アルカナム)』に引き寄せられたからだろう……というのが、アポロン様の見解だ。まったく、他にも個体がいるようなら、この地に来ず群れについていけば良いというものを」

 

リャーナの言葉に悪態まじりに返答するヒュアキントスに「オラリオが被害にあうことになるんだぞ」などと言うものはいない。オラリオにいる冒険者が早々敗北するとは思ってはいないからだ。腐っても冒険者。戦い方がわかればすぐに反撃し対応してみせると誰もが分かっているのだ。ならば、たかだか一個体が『遺跡』に来なくてもいいじゃないか……オラリオ側に行き、冒険者達に討伐されてくれと思うもの。なにより、『遺跡』に入れなければモンスターを討伐できないのだから邪魔でしかないのだ、あの『竜巻』は。

 

「……何故、(モンスター)は今、『矢』を放たない?」

 

「輝夜さん?」

 

「ベルの持つ『槍』を狙うというのならば、今こうしている間に我々を吹き飛ばすことくらいわけないはずだ。まさか、別種のモンスター同士が手に手を取り合う筈もない……」

 

人差し指を噛むようにして思案する輝夜の呟きが冒険者達の耳を通り抜けていく。外は暗く、『遺跡』方面からは嵐のような風の音が聞こえてくる。しかし、それだけなのだ。蠍型のモンスターによる襲撃もなければ、『竜巻』が襲い掛かって来ることもない、極めつけはベル達を襲った『矢』が降り注がないときた。これがせめて目に頼ることのできる『朝』や『昼』であれば何かわかったかもしれないというのに。

静まり返る天幕の中、そこへ話し合いを終えたらしい神々が顔を覗かせる。

 

「やあ、随分根詰めているみたいじゃないか」

 

「ヘルメス様……」

 

「ファルガー、どこまで話を?」

 

「『遺跡』への侵攻(アタック)は『竜巻』が邪魔で不可能。『竜巻』の対処を行うにしても小型の(モンスター)が襲ってくるため、これも困難。隊を分け『竜巻』を『遺跡』から離れさせ、その隙に侵攻を行う……これも恐らく不可能かと」

 

「ふむ……」

 

「それと、『矢』が降ってこない理由がわかりません」

 

「それについては恐らく……()()()()からだろう」

 

ファルガー、そしてリッソスの言葉にヘルメスは咀嚼するように思考を巡らせ、アルテミスが『矢』が降ってこない理由を神としての勘で答える。曰く、『竜巻』そのものが『矢』の邪魔をしてしまっているのだろう……と。

 

「『遺跡』に接近すれば襲ってくる可能性がゼロではないだろうが……逆にこれを利用する手もある」

 

「アポロン様? 利用する……とは?」

 

「ベルきゅん、君があの『竜巻』の中に入り『矢』に()()()()()のさ」

 

 

 

×   ×   ×

『死の森』から離れ、上空

 

 

「まったく、とんだ厄介事を持ち込まれたものです」

 

ヘルメスの神命によって、空を飛んでいたアスフィは愚痴を零す。

これからアスフィは『デダイン』、『エルソス』、『オラリオ』の三つの地点を行き来することになるのだから愚痴を零さなくてはやっていられない。

 

「確かに私の『飛翔靴』ならば、空から確認することも不可能ではないですが……いえ、そもそも! 私は! 便利道具じゃないですが!?」

 

第一、どうして『デダイン』に行って確認してこいなんて言われなきゃいけないんですかあ……と碌に休めていない22歳の女は空の上で一人、自棄酒する過剰労働者のように涙を滲ませた。見れば見るほどに美女であるはずの彼女の目元は、彼女の疲労度を表すように隈があった。『恩恵』がなければきっと、過労でとっくに天に召されているだろう。『デダイン』に向っているのも、ヘルメスの勘がそこに竜巻の原因がある……というものなのだから、アスフィは文句しか言えず、殴ることしかできず、己の主神を「休ませろ」と蹴り飛ばすことしかできず、渋々従う。

 

「竜巻が通っただろう地点を辿って、随分来たはずですが。…………! あれは―――」

 

ようやく見えた村。

アスフィの瞳に映ったのは、その村に迫る勢いで広がっている『黒雲』だった。

 

「都市の一つや二つ飲みこむほどの範囲……いえ、地表を覆うほどの……雲!? これが、竜巻の発生源? どこか、どこかに冒険者は……!」

 

分厚く、真っ黒で、太陽の光も遮断する漆黒の結界が広がっている。

それを確認するとアスフィは進行を止め、周囲に冒険者の姿がないかを確認し、今度はオラリオへ向けて飛行を再開。これもまた、ヘルメスの指示によるものだった。

 

 

『いいかアスフィ、俺達がここに来る前、オラリオへ向けて『黒い竜巻』が複数動いているのが見えた。もし仮にそれがオラリオを襲撃したのなら、ウラノスが指示――すなわち強制任務(ミッション)を出すはずだ。そして何より、冒険者の中でも聡い者……【勇者(フィン・ディムナ)】が()()()辿()()()()()()()()()()()()()はずだ。だからお前は『エルソス』に戻る前に一度、彼等に合流し情報を交換してくるんだ。例え分かっていたと言われようとも疑念が確信に変わるだけでも価値はあるはずだ』

 

 

いつもの飄々とした雰囲気は消していた主神の言葉を思い出し、彼女は戦闘音を頼りに、そして彼等との合流を果たす。そして後に到着する『デダイン』で【勇者】や遅れて合流した神々の口から告げられるのは、「降り注ぐ『矢』のせいで本命を討伐できない」というものだということを彼女はまだ知らない。

 

 

 

 

×   ×   ×

『死の森』付近、野営地

 

 

 

「今日、君達は伝説になる!」

 

一柱の男神が声を上げる。

一枚の羽が飾られた旅行帽を被る彼の横顔を魔石灯が優しく照らし、彼の言葉を一言一句逃すまいと彼の眷族が羊皮紙に筆を走らせる。

 

「いいか、よく聞け!」

 

さらに一柱の男神が、その美声を子供たちの耳朶を震わせた。

月桂冠を頭に乗せ、彫刻家が創りたもうた彫像のような肉体美を白き衣で包む彼は旅人の神と共鳴するように声を上げ、正座してその神意に喉を鳴らす子供達の心を打ち振るわせた。

 

「この奥に広がるのは乙女の楽園!」

 

「輝夜ちゃんやダフネちゃん達が産まれたままの姿で身を清めている」

 

男達の脳裏に映し出されるのは、一糸纏わぬ姿で「きゃっきゃうふふ」と水飛沫を上げてはしゃぐ乙女達の姿。着物を着ていても結構いい身体をしているのが丸わかりな、ゴジョウノ・輝夜。女神アストレアに対抗しうる悩ましい胸を持った、マリュー・レアージュ。腕も長く足も長い神々のいうモデルのようでいて胸も大きいリャーナ・リーツ。団員服から見てもわかるダフネ・ラウロスは勿論のこと、普段は「お告げが~」などと意味の分からないことを言うネガティブ娘。そんな彼女の服の下は結構えっちな身体をしているらしいカサンドラ・イリオン。男達に受けない筈がない美女美少女達の名が上がり、トドメとばかりに女神の名が挙がる。

 

「そして、アルテミス!」

 

「三大処女神に数えられる彼女の一糸纏わぬ姿を見た者はいない!」

 

「神々でさえ!」

 

胸の前で握りこぶしを作る二人の男神の熱は、次第に眷族達にも伝播する。

その異様な空気に、ベルもまた「これが正常なんだ……輝夜さんの言ってた覗くくらいなら一緒に入れは違ったんだ」と飲まれていく。もっともベルがそんなことを呟けば、なんなら女神とさえ幼いころから混浴だとか同衾していると知られれば、その場にいる男達に取り囲まれ「ベル・クラネル討伐戦」が開幕するところだったのだが。

 

「俺の夢は一度破れた!」

 

旅行帽を深くかぶり、悔しさを微塵も隠さないヘルメス。

 

「だけど俺の心が言っているんだ! 諦めたくない!って! そして、今、俺には君たちが。志を同じくする仲間がいる」

 

その言葉に、男達は涙を流すものさえいた。

 

「状況を考えれば、すべきではないのかもしれない……何せ、今我々が置かれている状況には世界の命運がかかっている。この言葉は間違いじゃない。今世界は、未曾有の危機に晒されている」

 

「だが、いいのか? こんなチャンスを棒に振るって!」

 

「誰もが思う筈だ……真面目なだけだと疲れる、お色気シーンが必要だと!」

 

何とも言えないベルはヘルメスへと視線を向けると、彼がアイコンタクトを送って来る。

 

(今度アストレアと温泉旅行に行けるように手配しておいてあげるぜ☆)

 

(!!)

 

男神たちは天を衝くように拳を振り上げると、さらに孕んだ熱を放出するように眷族達の心を掌握していった。

 

「我々の眼前に立ち塞がるのは困難の頂だ! だが、これを乗り越えた時、君達は後世に名を残すだろう!」

 

「立ち上がれ、若者たち! 真の英雄となるために!」

 

「隠されたものを覗き、暴く……それはなぜか!? それこそが、男の(さが)だからだ!」

 

「格上? 結構。意中の相手がいる? 大いに結構」

 

「勝てるわけがない? ああ、その気持ちは痛いほどわかる!」

 

「だが、あえて言おう―――奮い立て。今から始まる、『偉大なる英雄譚』のために!」

 

「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」

 

男達は立ち上がる、女体を拝むために。

男達は猛る、乙女の楽園を魂に刻み込むために。

男達は吼える、神々でさえ成し得なかった女神の裸体をその眼にしっかりと焼き付けるために。

 

「案ずるな!」

 

「進め!」

 

「「我々には、大神の孫がついているぞ!」」

 

「…………えッ」

 

すっかり興奮状態(ヒートアップ)した男達に、さらに燃料投下。

あろうことか男神たちは最後列で見物していたベルを指示し、偉業(神聖浴場を覗いた)を成し得た大神ゼウスまで持ち出してきたではないか。

 

「お、俺……聞いたことがあるぞ!?」

 

「知っているのか、ルアン!」

 

「む、昔、神聖浴場に突撃した兎がいるって……!」

 

「そうとも!」

 

「それこそが!」

 

【アポロン・ファミリア】の小人族、ルアンが生唾を飲みこみ、「畏れ多くてそんなこと、俺にはできねえよ……!どんなインチキを使ったんだよ」なんて言い出したかと思うと男神たちはこれにまた便乗。ベルからしてみれば、アストレアが戻ってくるまで待合室で大人しくしていたのにフレイヤが迫って来たのが原因であって、助けを求めに行ったら他の女神達に囲まれてしまったという出来事が連鎖してしまっただけのことだが、そんなことは周りの男達には関係がない。羨ましいと血涙を流すものさえいるし、「ヘルメス様がせめて女神だったら……」とか「アポロン様が女神だったら無理矢理眷族にされてもまだ……ああ、くそ!」と拳を地面に叩きつける者さえ現れ始めた。

 

「「それこそが!! 神聖浴場突撃兎(ベル・クラネル)だ!」」

 

「僕がヘルメス様にここにいろって呼び出されたのこれのため!? 僕は被害者です!」

 

「「うぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」

 

「天よ、ご照覧あれ!」

 

「我等に英雄(ベルきゅん)の加護ぞあらん!」

 

「誇り高き勇者たちに必勝の加護を!」

 

「「続けぇーーーーーーーーーーーっ!」」

 

木の葉を分け、今置かれている状況(『竜巻』とか『蠍』とか)をいったん忘れ、男達は冒険に挑む。

 

「『世界の中心』と呼ばれるオラリオの、冒険者達の意地を見せるのだ!」

 

「胸に刻めよ! 忘れるな! ――今、この時からが新たな、()()()()の『グランド・デイ』だ!!」

 

「「「「「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」

 

そうだった、『グランド・デイ』だったんだ。俺、楽しみにしてたのに冒険者依頼(クエスト)とかでこんなところに来させられて……すっかり忘れていたぜ! と男達は口々にそういう。しかし、ヘルメスの言った『俺達だけのグランド・デイ』に打ち震えないものはいなかった。彼等は知らない、こんなおふざけをしているのとは別で、割とガチで真面目にフィン・ディムナがヘルメスと似たような台詞を言っていたことを。そして、彼等の冒険は――――

 

 

「男神様方を考えれば、ええ、ええ、こんなことをしてくることくらい用意に想像できますので」

 

とタオルを体に巻き付けた輝夜を筆頭に秒で沈められることになるのだった。

 

 

 

「まったく……ベル君も止めてくれればいいのに。私達の裸を見られてもいいのかしら」

 

「むしろ、私達なら返り討ちにするからって思ってるんじゃない?」

 

「あー……それはあるかも」

 

「ええっと、うち等の派閥が迷惑をかけてごめん……いやほんと」

 

「「「お構いなく」」」

 

「ところで、私達の兎様がおりませんが、ヘルメス様にアポロン様、ご存知ありませんか?」

 

滝が流れる断崖絶壁。

逆さに吊るされるは男神二柱。

彼等はブランブランと揺れながら、瀑布に負けることなく叫んでいた。

 

 

「ベル君! いくんだー!」

 

「本音を言うと一緒に洗いっこをしたいところだが! 敵に塩を送るなんてまっぴらだが! 致し方ない!」

 

「「俺達の屍を越えて勝利をつかめー!」」

 

 

勝利……なんのこっちゃ。

そう思うのも一瞬、輝夜は、マリューは、リャーナは、互いの顔を見合わせて女神アルテミスの所在を確認し「まさか……」と口を震わせた。

 

 

 

×   ×   ×

冒険者達から少し離れて。

 

 

「ひどいよ、僕のこと持ち上げておいてヘルメス様達、あっという間に置いていくんだから」

 

草木に隠れるように身を屈んで森を進むベル。

能力(ステイタス)の限界を突破しているんじゃないかというほどの圧力と速度であっという間に男達は姿を消してしまった。というか、ベルは取り残されてしまった。結果、迷子になっていた。輝夜達のいる場所に行けたなら御の字だと溜息を吐いて進んでいると、浅い泉のある開けた場所に辿り着く。立ち上がってみるとそこには一糸まとわぬアルテミスの姿が。

 

「…………」

 

流れる分厚い雲の間からわずかに差し込む光が儚げな彼女を照らし、天に伸ばされた腕がわずかに透けて見えた。

 

「?」

 

ベルは見間違いか、と不思議なものを見たような感覚を覚えて一歩、また一歩と足を進めると動いた草木の音にアルテミスが反応し怒りの表情を浮かべて振り返った。

 

「誰だ!」

 

「ひっ!?」

 

「あ……オリオン」

 

「す、すいません! 皆に置いていかれて。迷ったら偶然に! けっして覗こうと思ったわけじゃなくて……」

 

自分の主神でもない女神の沐浴を覗いてしまった。

「他所の子にはダメよ?」「それはイケない事だから」「覗きは男の浪漫? あの狒々爺め、ベルの教育に悪いことばかり教えて……」などと教えられていたことが次々と頭に浮かんで、背を向け、謝罪し、立ち去ろうとするベルに「待ってくれ」と声がかかる。

 

「覗きは、いけないことだ」

 

布を巻き、ともに腰掛けるアルテミスは隣のベルに諭す。しゅん、として横目で顔を見てくるベルにアルテミスはクスリと笑みを浮かべてしまう。

 

「いい、許そう。何より、アストレアと手を繋いでいる、貴方達の仲睦まじい様を見て()()()()と思っていたのだから。貞潔の女神が浮気みたいなことをさせて……いけないことなのに、不思議な感覚だ。今までそんなこと知ろうともしなかったのに」

 

「……」

 

「私の眷族ではない。私の眷族ではない……のだけど」

 

「のだけど?」

 

優しく、ベルの白髪の感触を楽しむように頭に手を乗せるアルテミス。

その顔は優し気で、けれどどこか儚く、微笑んでいる。

 

「私を見てくれたというだけで、ただ嬉しかった」

 

だから貴方は運がいい。昔の私なら、即座に矢で射抜いていた。そう言ってベルを驚かせて、してやったりな笑みをアルテミスは浮かべていた。




アポロン「アルテミスよ、あそこに浮かぶ島に君は矢を当てられるか?」
アルテミス「馬鹿にするな、簡単なことだ」

という神話。




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