夜闇が森を完全に包み込む。
不気味に風が吹き、けれど静かで、だからこそ余計に不気味さを感じさせ本能的に背筋に嫌な汗と悪寒を感じさせる。オラリオを離れて『エルソスの遺跡』。森は黒く侵食され、死んでしまっている。
「―――――【アーネンエルベ】」
そんな森の中、冒険者達が、神々が見守る中で一人の少年が魔法の名を告げ、雷が落ちる。
落雷、炎上。
死した森の木に落ち、大木を割り、炎となって周囲を照らし出す。
例え偽りであったとしても、
「オリオン」
「はい」
自らの胸の上に手を置いてアルテミスがベルの顔を見つめる。
その顔は炎に照らされてなお美しく、けれどこれから起こりうる結末を知っているのか涙をこらえているように見えて、言いたいことを言うことができないことが苦しくて苦しんでいるようにも見えた。彼の名を呼び、その胸に手を当てて沈黙。
「あの竜巻の中はどうなっているかアポロンにも私にもわからない。ただ、危険であることは確かだ」
「はい」
「貴方1人を突入させるなんて馬鹿な作戦だと思う……しかし、これしかないのだろう」
ベルの魔法には、
斬られようと、貫かれようと、焼かれようと、呪われようと。
それらを身に纏う雷が、
「いいか、中には恐らく竜巻を発生させているモンスターがいるはずだ。しかし、遺跡に近付いた時点で、アンタレスは貴方を、槍を……狙うだろう」
だから槍を盾にするんだ。そう言って胸に込み上げる感情――悲嘆――に耐え切れなくなったか、ベルの胸に額を当てて俯くアルテミス。ベルは目を見開き、彼女の肩に触れてその身体が震えているのを感じ取る。そんな二人を見つめながら、【アストレア・ファミリア】の女傑達は、【アポロン・ファミリア】の冒険者達は、【ヘルメス・ファミリア】の冒険者達は二人には聞こえない声量で打ち合わせをしていた。
「やはり違和感が拭えん」
「……というと?」
輝夜が木にもたれ掛かり、腕を組んで猫を被ることもやめて感じたままを口にする。そしてそれをファルガーが視線だけを向けて問う。問うが、ファルガー自身もエルフのリッソスやヒュアキントス、マリューやリャーナ達も輝夜が言わんとしていることは察していた。それでもあえて、問う。
「我々がこの地に到着した時……墜落した時のことだ。あの小型の蠍共は包囲するように現れたというのに、何故、今、現れない?」
「それは神様達が
「ああ……しかしだマリュー。神の勘を信じていないわけではないが、我々、冒険者の勘がそれで納得できるのか? 敵がこちらを認知できないから攻撃してこないなどと、どうして言える? 仮にもあの小型の蠍は……尖兵のはずだろう?」
回り込むなりできるはずだ。ましてやモンスターが知性を持っているわけでもあるまいし本能であの竜巻に自己の危機を感じているなら今頃『怪獣大戦争』が起きていてもおかしくないのではないか? 可能性も可能性。そんなことを言いだす輝夜に、誰も否定的な言葉を飛ばさない。冒険者としての勘が、『異常事態』の可能性を否定しない。
「種の違うモンスター同士が共闘? そもそも、あの竜巻の中身が三大冒険者依頼の一つ『
「他でもない
「で、戻ってきたアスフィちゃんは『薬草』と『レシピ』の写しをくれたけれど、すぐにヘルメス様を連れて飛んで行っちゃったわよね? 大丈夫かしら」
「…………」
ファルガーやルルネが顔をぷいっと逸らした。
大丈夫ではないのだろう。
彼等彼女等は明らかにアスフィの瞳から光が消えているのが見えていた。モンスターと戦っているわけでもないのに、何故か戦闘衣装までボロボロだったし? ゾンビみたいな呻き声とか出してたし? 空を自由に飛べるアスエモンはいっそ翼を捥いでくれとばかりに疲労という疲労が蓄積している。
「ヘルメス様とアスフィちゃんは一度オラリオに戻って、今【ロキ・ファミリア】を中心に待機している『デダインの村』へ向かう……って聞いたわ」
「我々の関与しえない『デダイン』の話をしても仕方がない。こちらは『アンタレス』、あちらは『ベヒーモス』……それだけの話だ」
「そうは言うけど、【
「アポロン様の策とは言え、我々よりも下位の冒険者に任せなくてはどうにもならんとは」
「…………我らが主の命だ、他に策がないのであればやらせるしかない。何より――」
本人は既に準備を終えている。そう言って、アポロンはアルテミスとベルの方へと再び視線を送った。他の者達も同じく。雷を纏い、アルテミスに何度も「気をつけるんだ」「無茶はするな」などとこれから無茶をするというのに主神のように言い聞かせられて困った顔をするベルがそこにはいた。口元をエルフのように布で覆い、少しでも生存率を高めるために
「コホン、ベルきゅ……ベル君、君はあの竜巻の内部に入った後は無理に戦闘をする必要はない。いいね?」
「はい……あくまで空から降ってくる『矢』を利用するための囮というか的になる……んですよね?」
「その通り。竜巻の規模からしてあの中には大型級のモンスターがいるはずだ。降りそそぐ『矢』を回避、あるいは『槍』で防御しつつモンスターの『竜巻』を発生させる『器官』を破壊させる。これが作戦」
「貴方が行うのはとにかく逃げ回ること。散弾のように降り注ぐのなら、必ずアンタレスは竜巻の主を巻き添えにする……奴の狙いはあくまでも『槍』なのだから」
「………」
「竜巻が消えてしまえば、あとは私の眷族達を含めて待機していた者達が突撃する。まあアンタレスが倒してくれれば御の字だけれどね。……その間にアルテミスと遺跡に
二柱の神の目を見つめ指示を聞くベルは頷き、輝夜達に小さく手を振って背を向けた。
姉と弟は短く、「行ってきます」「行ってこい」と言葉を交わす。
× × ×
迷宮都市オラリオ―
年に一度の祭典。
グランドデイは中止に終わっている現在、都市内に残った一部の派閥とギルド職員は夜間にも関わらず忙しなく動き回っている。
「お風呂入りたい~、お腹すいたよぉ~」
「気持ちはわかるけど……私達が動かないと、復興が余計遅くなるだけなんだからね?」
「それはそうだけどさあ」
桃色髪の
「俺がァ! ガネーシャダァッッッ!!」
「「「「近所迷惑だから夜間に叫ばないでください!! でもなんか元気がでましたありがとうございます!!」」」」
「団長のシャクティがいない分、頑張るんだゾウ!! そして、俺が! さっきお風呂でさっぱりしてホカホカしている、ガネーシャダァッ!!」
「「「「ふざけんじゃねえ、何
「なんだかんだで俺の身体を気遣ってくれるお前達の優しさに! 俺は、涙を禁じ得ない!! だから! 差し入れを持ってきた!!」
「「「「おおおおおお!?」」」」
「
「「「「エナドリ感覚で渡してこないでください!! あと液体じゃなくて普通にご飯が食べたかった!!」」」」
「むぅぅん!! 休みたいのか、子供達よ!!」
「「「「都市がこんなんなってんのに、休めるかぁっっ!?」」」」
平常運転と言えば平常運転だった。
あのやり取りだけで体力を大幅に消耗してしまいそうだなあ、と
〇人物紹介
エイナ・チュール
『冒険者満足度第一位』
『ギルド職員が選ぶ頼れる同僚第一位』
『冒険者が選ぶ美人ギルド職員第一位』
しかしてアドバイザーとなったならば、超絶厳しいスパルタ『座学』が待っており、個室から出てきた担当冒険者は生気を失ったようにふらふらと帰っていくのだという。Lv.2となったベルが冒険者登録をしに来た際に不要だとは思うがアドバイザーがいるか否かの案内をした際には付き添いで来ていた姉達に何故かボロクソに言われた経歴を持つ。
「アドバイザー? んや、悪いがあたし等がちゃんと教える。実際に潜って直に見るのが一番頭に入るだろうしな」
まあ困ったことがあったら頼るように伝えておく……と
「え? アドバイザー? 遠慮しておくわ!」
「ええ、遠慮させていただきます」
「だって貴方、おっぱい大きいし、美人だし、おっぱい大きいし」
「個室に入った後に、女教師プレイをされては困りますし」
「可愛い弟分扱いしだして、何か問題が起こった時にデコピンとかしちゃったりして『ふふ、次からは気をつけてね?』とか言っちゃったりして」
「見目麗しいのを良いことに兎様の心をキャッチ」
「そして、今まで見たことないような『男』の顔を見て、そこにキュゥウウンっときて恋に落ちちゃったりして」
「メインヒロインになろうなどと画策するやもしれませんので」
「日記とかに、『私は、貴方に恋をしています』とか書いちゃうかもしれないし」
「相談があるなどと言って休日に会い、私服姿に兎様をドキッとさせるやもしれませんので」
「だから、ありがたーいんだけど」
「大変、もうしわけないのでーすが」
「「お断りさせていただきますわ。おほほほほほ」」
エイナ・チュールは「私に何か恨みでもあるんですか!?」と彼女達がいなくなった後にテーブルを思いっきり地団駄代わりに手の平で叩いた。別にそんなこと考えてないし、まあ登録に来る前から「あ、今日もお姉さん達のお手伝いで来たんだ。偉いなあ」とギルドに時折現れる【アストレア・ファミリア】の白兎に多少好感は持ってはいたが、それだけだ。彼女達はいったい脳内でどんなシミュレーションをしたというのか。
ミィシャ・フロット
エイナの同僚にして学生来の友人。エイナほど仕事ができるわけでもなく、よくエイナに助けを求めて泣きついている。にもかかわらず、何故か都市最大派閥の【ロキ・ファミリア】の担当を半ば任せられており、困惑気味となっている。
エイナと同じく受付嬢になってからベルの姿を度々見かけ、その存在を知ってはいるが親交があるわけでもなく「兎だ」くらいにしか思っていない。なお、波長があうのか【ロキ・ファミリア】のエルフィ・コレットと親しく、彼女との雑談の中で彼に関する噂の一つ、『【
人物紹介終わり。
「【アストレア・ファミリア】と【フレイヤ・ファミリア】はダンジョン内に待機……これってなんでだっけ?」
「ダンジョン内で
流れる雲の間から、月が都市を照らす。
何故か二つ存在する三日月に誰もが首を傾げ、時折、足を止める。神々は何かを知っているような素振りを見せはするものの、それを下界の住人に知らせるつもりはないのか聞いたところで返答はなかった。ただ、先程のいつも通りのやり取りをする神ガネーシャは空を見上げては「時間がないぞ、ヘルメス」とそんなことを口から漏らしていた。
「【ロキ・ファミリア】を中心に冒険者達は『デダイン』に……これは、神ウラノスからの
「うん、それとは別に【アポロン・ファミリア】と【ヘルメス・ファミリア】。そして【アストレア・ファミリア】から数名が別の
勿論、その三つの派閥に課せられた冒険者依頼の内容が異なることをエイナは知っている。都市を離れた地で何か問題が発生し、眷族の数が多い【アポロン・ファミリア】に民間人の救出という役割が与えられたのだと。そしてそれから遅れて【ヘルメス・ファミリア】と【アストレア・ファミリア】にその問題の原因を調査せよという依頼が舞い込み『イブ』の後に都市を出て行った。
「あの月もなんか変だし……何が起きてるんだろうね?」
「うん………何もなければいいんだけど」
空を見上げ、妙な胸騒ぎに不安そうな顔をする彼女達の横を、幼女神が通り過ぎていく。
「アルテミス……なんで、何でだよ……!?」
オラリオに来ていた。
知ってたけど会えず仕舞いだった。
「あれって君の……何が起きてるんだよ!?」
きっとまた会えるさ。
そんな風に思っていた。
けれど空を見上げてみれば、御覧の有様。
あれは紛れもなく『神の力』。下界で行使すれば即座に送還される代物。
あのアルテミスがそんなことをするなんて考えられない、きっと何かが起きたんだ。そんな焦りが胸の中で渦巻いて、何処にいるのかもわからないのに彼女は都市の中を走り回っていた。
「どうして、どうして僕に何も言ってくれないんだ……!」
何ができたわけでもない。
それでも、何も言わずに別れるなんてあんまりじゃないか。そんな言葉が滴となって瞼から飛び散った。
「あれは、アルテミスの矢……純潔の女神が放つ、天界最強の矢……」
「んなことはわかっとるわ! 下界であんなデタラメな力、明らかなルール違反や! アルテミスの阿保が使うとるなら、とっくに送還されとるはずやろ!」
「あるいは、何かに囚われているか……」
幼女神があちこちを走り回るのとは別に、バベル最上階。
美の女神と道化の女神が『二つの異常事態』が発生するという異常事態に顰めた顔で夜空に浮かぶ『偽物の月』を睨んでいた。
「ダンジョンが震えとる……」
うちの眷族はほとんど『黒い竜巻』案件で出払っとるぞ、とロキが。
「怯えているんでしょう。あれが発動すれば、下界なんて吹き飛ぶもの」
「コレ、どう思う? 偶然か意図的か……」
「偶然でしょ。そして、『運』がなかった」
今やロキの眷族を中心に多くの冒険者が都市を出払っている。
それはフレイヤも例外ではない。都市最強の【猛者】もまた、『ベヒーモス』の討伐隊に加わっている。
「『アルテミスの矢』を何とかしなくては、ベヒーモスを倒したって無駄。オラリオ中にいる神々が束になっても受け止めきれない」
「知るか! たとえそうでも、ケジメつけるんはうちらしかおらんやろ!」
走り去るロキに、フレイヤはもう何も言わず葡萄酒で口を潤してから背後で立つ一人の猫人に指示を出す。
「行きなさい」
「…………」
「あちらは任せるしかないのだし、せめて、ここだけは死守しなくては恰好がつかない。できるわね?」
「……はっ」
「こ、困ります神ヘルメス! そんな貴重な武具を持ち出されては!?」
「おいおいおい、硬いこと言うなよロイマン。そのお腹の脂肪と同じくらい、柔らかく考えようぜ?」
打って変わってギルド本部。
グランドデイ関連の展示物、そのうちの一つであるマネキンに装具されている武具『腕輪』と『ケープ』を持ち出そうとするヘルメスをギルド長のロイマンが慌てふためいて止めようとしていた。無理もない、いきなりやって来て展示物に直接触れ、あろうことか万引き犯よろしくバッグに詰め込んでいるのだから。
「せめて! せめて事情をお聞かせ願いたい!」
「おいおいおいおい、おいおいおいおいおい! 俺の顔を見て、わからないっていうのかい!?」
「その痣だらけの顔で何を察しろと言うのか!? 家庭内暴力でもあったと!?」
「ふっ…………」
「言葉をっ!? 言葉を続けていただきたい!! 何故、言うのをやめる!?」
「というわけで、貰って行くぜ」
顔に何故か、いくつもの痣を作ったヘルメスが再びバッグに装備品を詰め込もうとして、必死にロイマンが止める。せめて説明をしてくれと、何故万引きのようなことをするのかと。察しろと言われてもその顔では無理がある。家庭内暴力にあっているから助けてくれと察すればいいのかとさえ思いたくなる。
「それは一つとして存在しない貴重な品! 勝手に持ち出されては困る!」
「ベヒーモスの討伐」
「!」
「それに必要だって言えば……わかるかい?」
「……し、しかし」
「箪笥の肥やしにするより、【勇者】達に託した方がずっといいんじゃないのか?」
「く、か、神ウラノスにご指示を……」
「俺は今、君に言っているんだ。ロイマン。犠牲者を大勢だして成果をあげさせるか、犠牲を最小限にして成果を上げ凱旋させるか……『英雄候補』達を少しでも生存させる可能性を取るべきじゃないのか?」
「…………」
「というわけで貰って行くぜ。代わりに、このヘルメスが厳選した『グラビア』の雑誌を置いておくぜ」
「………そういうところだ! そういうところが信用できん原因なのだ!」
× × ×
『エルソス』―竜巻内部―
びゅーびゅーと、ごうごう、とそれ以外の音の一切が聞こえないほどの嵐の音が鳴り響いていた。視界は悪く、前を進んでいるのか横を進んでいるのかさえわからなくなりそうになる。
槍を握り締める両手は震えていて、これが『恐怖』なのだと理解する。
誰もいない。
声もしない。
独りぼっちで闇の中を歩く。
肌がピリピリとして、けれど即座に纏っている雷が肌を撫でて消える。
そして、竜巻の外と内の境界を何度も吹っ飛ばされそうになるのを踏ん張って、そして抜けて完全に内部に入り込み、恐らくは竜巻の発生源の元に辿り着いて、瞳に映った光景に僕は言葉を失った。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
まるで洞窟から聞こえる獣の鳴き声のように、それは聞こえた。
音の鳴る方は、僕の目の前――正確に言えば頭上――から。
「っ!?」
数Mの距離にいるのに、階層主と同じか、それ以上……巨体すぎるがためにすぐ目の前にいるように錯覚してしまうほどで。だけど、それ以上に僕が言葉を失い、声にならない悲鳴を上げたのは別の理由があった。
「――――――ッ!!」
複数の個体が、その巨大な怪物の足元を、周囲を蠢いている。
左右にある二つの鋏。
一本の先端を尖らせた尻尾。
毒々しい色とフォルム。
それはどう見ても、『蠍』だった。
「ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
「あ、あぁぁぁ………!?」
ギョロリ、と僕の存在に気付いた小型の蠍達は一斉に走り出す。
巨大なモンスターが咆哮を上げる。
それが、開戦の合図。
巨大なモンスターの頭上、天空から見えたのは『三日月』だというのに。
僕にはそれが、不気味な『天使の輪』に見えた。
× × ×
『エルソス』―竜巻外部―
『ォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!』
大轟音。
それに、冒険者達が肩を揺らして緊張を張り巡らせる。
始まった。
開戦した。
あれは紛れもなくモンスターの咆哮。
「大丈夫、大丈夫……」
任せるしかない無謀に、わかっていても心が彼を行かせるべきではないと叫んでいる。マリューは祈るように何度も同じ言葉を繰り返し、
他の冒険者達も似たり寄ったりな反応で、まるで階層主のような咆哮に顔を強張らせている者さえいて、けれどそんな彼等の待機状態は次の瞬間、強制的に解除される。
「っ!?」
「なんだ、光!?」
「空が晴れて!?」
「い、いや、違う…………違う違う違う違う!?」
一射目。
「始まった!」
「子供達、来るぞ!」
『竜巻』のほぼ真上から、光の矢が一斉に降り注ぐ。
木々を吹き飛ばし、大地を抉り、立つことさえままならない衝撃に冒険者達は悲鳴を上げた。
「神々を守れぇっ!?」
「退避、退避ぃーーーー!?」
豪雨のように、竜巻の内部にも外部にも降り注ぐ『矢』に冒険者達は倒れた仲間を必死に引きずっては木々を遮蔽物に利用して退避を試みる。が、それもまたすぐに終わる。
『ギィィィィ……』
ボトリ。
ボトリ、ボトリ。
「………は?」
その間抜けな声は誰の口から漏れたのか。
神か、人か。
それとも全員か。
何しろ、真上からそれは落ちてきた。
上空から叩きつけられたか、紫色の血潮をぶちまけ、灰へと変わっていく光景に誰もが時を止めた。言葉を失った。
「まさか………!?」
「敵は、
「そもそも私達を
「相手にされていないなんてものじゃない! ふざけるな、モンスター同士が共闘するなど!?」
『光の矢』と共に、何度も上空から降ってくる『小型の蠍』に輝夜が怒りに顔を歪めた。リャーナが青ざめた。ヒュアキントスが有り得ないと叫んだ。
「「「『蠍』はあの中だ、竜巻の中にいる!!」」」
敵はベル以外を『脅威』とすら思ってはいなかった。
『光の矢』で消せる。
『猛毒』で殺せる。
巨体で圧殺できる。
物量で押し切れる。
だから、『槍』以外は怖れとする理由がないと、あえて人の知性を持っていたならばそのように言語化していただろう。降り注ぐ『小型の蠍』の中には、死を免れた個体もいた。頭上から降ってきた『小型の蠍』に真上から襲われた冒険者達が出始めた。混乱の渦中に陥れられた冒険者達は、『光の矢』が降り注ぐ中での戦闘をせざるを得なくなった。
「マリュー、リャーナ、やるぞ、やるしかない!」
「モンスターが降って来るって何!?」
「竜巻と言えば、サメが定番って神様達が言ってたのに!」
「言っている場合か!?」
「「「言わなきゃやってられない!!」」」
姦しい彼女達にファルガーがツッコむ。
けれど彼女達と同じようにジョークでも挟まなければやっていられない状況である。
「前衛は後衛を守れ! 後衛、詠唱が完成したと共に放て! 盾持ちは神々をお守りしろ!」
ヒュアキントスの絶叫にも似た指示が森の中を木霊する。
× × ×
『デダイン』―【ロキ・ファミリア】天幕
「団長! 空が!」
「!」
大慌てで天幕内部にやって来たラウルに、フィンやリヴェリア、アイズといった首脳陣と幹部が目を見開き外の景色を見た。
「空が晴れた……?」
「違う、雲が光ってるだけ」
ティオナの声にアイズが返す。
黒雲は消えてなどいない。けれど、晴れたと思ってしまうほどに、光が下界を照らしていたのだ。
「空にある何かから例の『光の雨』が降っている……それがこれほどまでに大地を照らしている?」
あえて言うならば、夜が昼になったかのよう。
「万能者が何とかするなどと言っていたが、これがそれか?」
「いや……むしろ、始まったんだろう。何かが」
彼等が見上げる空から、再び振り落とされる。
今度は、ズドン、という大地が殴りつけられたかのような音が死の砂漠を揺らす。
二射目。
フィン達から見えたのは、神の送還――その柱よりも細いものだった。あえて言うのならば、巨人が握る『槍』。
「フィン、まだ待機なの?」
振り返ったアイズにフィンは親指を睨みつけてから、「ああ」と返す。
「あの『光の雨』がなくならなければ、僕達には何もできない。アイズ、君を送り出すこともできない」
「っ!」
アイズ達は知らない。
遥か空から降る『矢』と戦っているのがベルであることを。
アイズ達は知る由もない。
彼に課せられた過酷を。
× × ×
オラリオを離れて上空
「始まった!」
旅行帽を抑えてヘルメスが言う。
ベヒーモスに確実に勝利するため、毒に対抗するための『装備』を持ち出して向かうは『デダイン』。
「眩しい……! これが『神の力』だというのですか!?」
空を飛ぶアスフィは、上空でも感じる衝撃にヘルメス共々吹き飛ばされそうになるのを必死に堪えていた。雲に穴を開けて、大地に突き刺さり窪地を作り上げるその光景はまるで終末のよう。天界最強の矢、その力の一端を見てアスフィは現実を疑いたくなっている。
「『遺跡』に入るには、ベヒーモスが邪魔だった! だからこそ、倒すしかない!」
「しかし、Lv.4の冒険者達でさえ行動不能にする『猛毒』があってはベヒーモスそのものに近付けない」
「ならば、ベル君の雷で無茶をさせるしかない! 『矢』の的になってもらうしかない!」
「こんなこと、アストレア様に知られたら……」
ベルの魔法の効果を利用しての無謀。
これをアストレア……ひいてはオラリオにいる【アストレア・ファミリア】の眷族達に知られれば、ただでは済まないだろう。輝夜達でさえアポロン達からその作戦を聞いてすぐに納得したわけでもなければ、今この時も苦虫を噛み潰すような思いを抱いているのだから。
「彼女達がベル君を特別可愛がっているのはわかるが、他に方法がない。【九魔姫】のような強力な魔法を持つ子がいれば話は別だったかもしれないが……」
「それなら、せめてリオンを連れてくるべきだったのでは?」
「彼女の魔法も強力なのは聞いているが、可能性は低い。それに、オラリオから戦力を引きすぎれば『ダンジョンの暴走』に対処しきれなくなる。フレイヤ様のところが手を貸してくれたとしても、彼女の所は協力なんて柄じゃない」
「…………」
「とにかく、『腕輪』と『ケープ』を『デダイン』に届ける。そして、ヘファイストス達に託す。これが、俺達の今の仕事だ」
「その後、再び『エルソス』に?」
ああ、と短く返すヘルメスにアスフィはもう何も言わなかった。
ファンタジーものにでてくる天使の輪を持つ怪物って神聖だけど怖い