アーネンエルベの兎   作:二ベル

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あと何話で終われるんだ……

師匠達が「こんなかんじじゃねえ」だったらごめんなさい。意外と難しい


ミセス・ムーンライト⑨

迷宮都市オラリオ

 

 

 

「ありがとう、かみさま!」

 

「ああ、見つかってよかった……ありがとうございます男神様!」

 

「気にすることはないさ。さあ……お嬢ちゃん、次からはちゃんとお母さんから離れないようにするんだぞ?」

 

「うん!」

 

 

祝祭(グランド・デイ)』が中止となって日は既に落ち、夜闇が都市を包み込む。倒壊した家屋や屋台の撤去作業から怪我人の救出を都市の憲兵達はほぼ終えて、今は治安悪化を起こさせないため都市内を巡回していた。そんな中、迷子の案内でもしていたか一人の男神が親子に手を振って別れ、都市内を見て周りながら歩いていた。目は細められ、口に浮かぶは気弱そうな笑み。男にしては量が多い黒髪はまったくまとまりがなく、あちこちに飛び跳ねている。そして前髪の一部が脱色したかのように灰の色を帯びていた。見るからに、覇気のない男神。

 

 

「聞いたか、ダンジョンが暴走してるんだとよ……」

 

「俺達は冒険者じゃないから良く分からないが、大丈夫なのか? 確か、ダンジョンの中には街があるんだろう?」

 

「馬鹿野郎、『グランド・デイ』の日にダンジョンに潜る奴なんてそれこそいねえよ!」

 

「じゃあ今はどうしてるんだよ」

 

「さっき【ガネーシャ・ファミリア】の連中が話してたのが耳に入ったんだけどよ、何でも【アストレア・ファミリア】がダンジョンを封鎖しているらしい。それと、『白黒の騎士』が一緒にいるとか」

 

「【アストレア・ファミリア】か……あいつら、強いもんな」

 

「あいつらがいるなら大丈夫さ! なんて言ったって【静寂】がいた派閥なんだからな! しかも【フレイヤ・ファミリア】までいるってんだ、怖いものなしだ!」

 

「にしてもよ……」

 

「?」

 

「なあんで、空に『月』が二つあるんだろうなあ……何が起きてんだ、本当に」

 

「ギルドに問い詰めても『わからない』の一点張りだしよお……」

 

 

どこから話しを聞いてきたか、市民が自分達の住まう都市で何が起きているのかと真実かどうかもわからないのにそんなことを口々に言う。そんな話も無論、男神(かれ)の耳に入り、次に浮かべるのは笑みだった。

 

 

「空には『神の力(アルテミスの矢)』。地上は『陸の王者(ベヒーモス)』……の亜種と言ったところか。さらに神の力におっかなびっくりしたダンジョンは暴走しモンスター達が暴れまわり地上を目指す。何も知らない群衆は胸を撫でおろすこともままならない」

 

嗚呼、なんたることか。もうすぐ世界が滅んでしまうぞ。

嗚呼、なんと面白いことが起きようか。複数の異常事態が重なってしまうだなんて神すら予想しなかった。

嗚呼、しかし、これこそが『下界』。

 

 

男神(かれ)は微笑を浮かべ群衆達の会話を耳に入れながら、堂々と都市内を歩き時折空を仰ぎ見る。そして思い返したように、「その通りだな」と口零す。

 

 

「……ここはオラリオ。迷宮都市(オラリオ)には何でもある。見目麗しい可愛い女子達は勿論、容姿端麗な妖精に見目麗しい女神……運命の出会いさえ存在する。上手く立ち回れば、富も名声も手に入れることができるだろう。だが、足を踏み入れた者は否応なく時代のうねりに巻き込まれていく」

 

もうこの下界にはいない、かつての『覇者』達の面影を瞼の裏に思い浮かべながら、男神(かれ)は呟いていた。彼等の言葉を。

 

「ここは、そういう場所だ」

 

だからこそ、覚悟さえあれば英雄にもなれる。

オラリオへ行く前、好々爺(ゼウス)がベルに語り掛けていた教えの一つ。

 

 

「俺はお前達が、俺の提案に乗らなかったことを……お前達はそれで良いんだって安心してはいたんだぜ?」

 

その選択が、『間違い』で『最後の英雄』が生まれない可能性だってあるかもしれない。それでも

 

「お前達は……自らの意志で『間違い』を選択できた。それで、十分だ」

 

『絶対悪』に堕ちるという『間違い』を選択した場合もあったかもしれない。

それでも、あの二人はそれを選ばず、ベルを選んだ。そのこと自体が間違っていたのだとしても自分の意志で選んだことに違いはない。

 

「その『間違い』とやらの先に、未来があればそれでいい……お前達は、そういう『もしも』を選んだんだ」

 

 

男神(かれ)は――エレボスは歩く。

微笑を浮かべて、悠然と歩く。

いつしかその姿は人々の、或いは物陰に消えるように見えなくなった。

 

「確かに、お前達の言う通り迷宮都市(オラリオ)にいれば嫌でも時代のうねりに巻き込まれる。見ているかアルフィア、聞こえるかザルド。下界は面白いぞ」

 

喧騒の中に混じることもない呟きを、誰かが拾うことはない。

神威を抑え姿を偽る男神(かれ)に気付く者もいない。

 

 

「何かを犠牲にしなくては何かを救うこともできない弱き子供達よ、抗うがいい」

 

 

 

下界の住人(おまえたち)はいつだって神々(オーディエンス)驚かせる(楽しませる)舞台役者(エンターテイナー)

案ずるな、例え悲劇の幕がぶち上げられようとも、神々(おれたち)はいつだってお前達を見守っている。

 

 

 

 

×   ×   ×

???

 

 

ベルは、それが悪い夢なのだとすぐに理解した。

少女達が血に塗れ、辱めを受けていた。

それは蹂躙。

 

 

「――――――!」

 

 

悲鳴(サイレン)が鳴り響く。

おぞましい量の怪物達に彼女達は逃げ場さえ奪われ、一つ、また一つとその命を散らしていった。ある者は喰われた。ある者は身体に穴を開けられた。ある者は手足を。ある者はただの染みに。彼女達は何もできなかった。彼女達はベルの方を見て泣き叫んでいるがその言葉は届かない。瞼から頬を伝って、涙が零れ落ちていく。心が罅割れていく。

 

 

ベルの方を見る少女達が殺されていく。

おかしい。

ベルの身体が動かない。

おかしい!

瞼から止まることのない涙が流れていく。

おかしい!!

 

 

最後に一人残った少女が、悔しそうに悲しそうに、何もできない自分を呪うように追い詰められ、殺された。その攻撃は、()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()

 

 

『――――――ッッ!!』

 

 

怪物が啼く。

怪物は嗤う。

光が天を貫き、終わりが始まった。

 

 

アルテミス(ベル)は、怪物の中にいた。

 

 

 

 

×   ×   ×

デダイン―天幕内―

 

 

「神ヘルメス、装備品の提供感謝する」

 

「気にしないでくれ【勇者】、フィン・ディムナ。俺は『運び屋』の務めを果たしているだけさ」

 

「その割には、貴方の顔はどこか余裕がなさそうに見える」

 

「移動続きだったからね」

 

「とても……とてもそれだけが理由とは思えないな」

 

オラリオから再びデダインへと訪れていたヘルメスは、『腕輪』と『ケープ』を提供。

現在は、女神ヘファイストスによって装備の作成が行われている。

フィンは感謝の意を伝えつつも、ヘルメスが移動続きだけではないどこか『焦燥』しているのを見逃さない。

 

「先ほどの攻撃を何か知っているようだったが?」

 

「ああ、知っているさ。『エルソス』でも問題が起こっているのだからね」

 

「確か、一体、あちら側にも行っておるのだったか? リヴェリアよ、先程の強烈な光で討伐されたと思うべきか?」

 

「さてな、流石に離れた場所のモンスターの安否確認などできん」

 

『エルソス』の地で起きた三度の攻撃は、『デダイン』からも確認された。強烈な閃光が夜を昼のように明るくさせ、その地に住む住民や冒険者を一時混乱させた。『デダイン』にこそ矢が落ちることはなかったが、それでもその尋常ではない威力は衝撃となって大地を伝わり、震わせたのだ。多くの冒険者達が現在『デダイン』に訪れているとはいえ、連続する異常事態と未知の事象に説明などできず混乱するなというのは無理があった。その三度の攻撃が終わったのか静まり返ったことでようやく、落ち着きを取り戻せた者も多い。

 

 

「おや、神ヘルメスもう行くのかい?」

 

「ああ、行かせてもらうよ。俺は君達に『装備』を託した。あとは『エルソス』で見届けなくてはいけないことがあってね」

 

 

僅かばかりの休息をとっていたアスフィが立ち上がると、ヘルメスと共にその地を後にする。

彼等が『エルソス』の地で、誰が、何をしていたかを知るのはまだ先のことである。

 

 

 

×   ×   ×

エルソス

 

 

 

「皆も承知の通り、遺跡周辺はモンスターの巣窟となっている。アンタレスの攻撃によって小型の蠍が殲滅されたが、それで全て蹴散らされたとは限らない」

 

冒険者達の視線がアルテミスへと向けられる。

彼女は此処から先、『遺跡』へと進攻する部隊と『ベヒーモス』を討伐する部隊とで部隊を分けると改めて告げているのだ。今回の『冒険』における、最後の号令だ。

 

「アンタレスは私達が思っていた以上に、力を蓄えている。『遺跡』まで破壊されてしまっているが、恐らくアンタレスがそれで滅んだということはないだろう。……疑うべくもなく、我々の前には困難が待ち受けているだろう」

 

 

堂々とした姿勢で言う彼女をベルは木にもたれ、マリューの治癒魔法を浴びながら、ぼんやりと眺めていた。なんだかよくない夢を見たような、そんな気がしたがうまく思い出すことができない。

 

 

「しかし臆するな! 恐れるな! 敗北は許されない!」

 

使命感ともとれる感情を美しい相貌に張り付けたアルテミスは、言ってしまえば『かっこういい』女神だと言える。未だこの状況においても彼女の眷族が現れないことや、彼女の神意や胸の内に何をしまっているのかなんて誰にもわからないし、気づかない。ベルは寄りそってくれているマリューから解毒薬を口に流し込まれながら、()()()()()()()を睨みつけた。

 

「それでは作戦を伝える! 【ヘルメス・ファミリア】は敵の陽動! 引き付けるだけでいい。決して無理はするな」

 

『遺跡』に近付くことで、アンタレスが小型の蠍――尖兵――を差し向けてくるだろうと想定しての、いや、これこそが本来の作戦の内容であると冒険者達は理解し、返事を返す。

 

「ファルガー、指揮は貴方に任せる」

 

「わかりました」

 

「そして陽動部隊が敵を引き付けている間に……」

 

アルテミスは一瞬、意識を取り戻していたベルを見て微笑を浮かべ言葉を続ける。

 

「我々が内部に突入! アンタレスを討つ!」

 

「……我々?」

 

輝夜の疑問に、アルテミスは真っ直ぐと目を向けて返す。

 

「あの門は私の神威でなければ開かない。私も行く」

 

「ですがアルテミス様、『遺跡』は先ほどアポロン派の斥候からの報告では()()()()。女神様の神威など関係なく進攻は容易いのでは?」

 

「……入ることは、簡単だろう。しかし、瓦礫を越えてアンタレスの元まで辿り着くとなると無駄に時間をかけてしまう可能性がある。何より、敵に急襲される事態となれば足場の悪い戦場では痛手になりかねない」

 

「であれば、正規の道順を辿った方が一番進攻速度が速い……と。わかりました、話を止めて申し訳ございません」

 

「コホン、ちなみにこのアポロンも同行しよう!」

 

「アポロン様!?」

 

「女神が行くんだ、男神が行かなくては恰好がつかない。そうだろう、ヒュアキントス? それに、私も弓の腕には自信がある。アルテミスに遅れは取らないさ」

 

「っ……我が主、自らが危険へと足を踏み入れるのであれば御供しましょう」

 

 

ベルは思う。

輝夜も思う。

リャーナやマリュー、ファルガー達でさえ思う。

普段は「んほぉぉおおおお!! そこのキャ・ワ・ウィィ君ぃいいい私の眷族となって愛を語り合おうではないかああああ!!」などいっそ変態と言って差し支えないような言動を地でいくアポロンに『弓の名手』としての名があったのかと。いやまあ、団旗を見ればそこに『弓』があるのだから間違いはないのだろうがイマイチぱっとしない。

 

(((真面目なアポロン様とかアポロン様じゃないのでは)))

 

そう思われても仕方がなかった。

ヒュアキントスのような心から忠誠を誓い、心酔している者はそうは思わないかもしれない。「流石アポロン様」とか言っちゃうかもしれないし、目の前で「どこまでも付いて行きます!」な感じを見せられている限り、事実そうなのかもしれないけれど、普段のアポロンを知る者であれば口元をひくつかせてしまうのは仕方のないことである。

 

 

「……少し脱線した気がするが、『遺跡』内部に大人数で押しかけることはかえって我々が戦い辛い状況になりかねない。よってそれを回避するために、【アポロン・ファミリア】には瀕死の状態となっている『ベヒーモス』の討伐を頼みたい。いつ復活するかわからない以上、申し訳ないが任せることになる」

 

「団員の数でいえば我々が請け負うべきでしょうが……」

 

顔を顰めるエルフのリッソスに、リャーナが手を上げ提案する。

 

「私、『探知魔法』があるから、それで魔石の位置を特定すれば危険度は下がるんじゃないかしら?」

 

『魔石』の位置を探知できるリャーナが【アポロン・ファミリア】による『ベヒーモス』の討伐に参加。死に体とはいえ脅威の生命力を持つ怪物故に、復活の可能性も鑑みて『魔石』の位置をいち早く見つけ出し、砕いてしまおうという作戦だ。これにリッソスは頷き了承する。アルテミス達と共に行くのはアポロンと護衛としてヒュアキントスが付いて行く。

 

「いっちょ、やってやりましょう。たった一人でそこで倒れてる化物をあそこまで追い詰めた奴がいるんだ、俺達だってやってやれないことはない!」

 

「あらあら随分と威勢の良いこと。おかげさまで私共の兎様は死にかけでございますが……これは特別報酬を期待してもよろしいので? アルテミス様?」

 

「たんまりと頂かないと、割りにあわないからなー!」

 

少しばかり下品な笑みを浮かべて冒険者らしく報酬の話をして、場に笑い声が木霊する。アルテミスは再び微笑を浮かべて「ありがとう、子供達」と返し、続ける。

 

「苦しい戦いになるだろう。 犠牲者も出るかもしれない」

 

瞳に強い光を宿し、彼女は言う。

 

「しかし、成し遂げて欲しい。 私達の愛する下界のために!」

 

「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」」」

 

 

×   ×   ×

 

おさらい。

 

①『黒い竜巻(ベヒーモス)』耐久戦。

 魔法を行使したベルと小型の蠍(尖兵)を交えた乱戦が竜巻内部で開始。空にて展開された『アルテミスの矢』より都合三度の矢の狙撃が行われる。二射目により『ベヒーモス』は瀕死の重傷、『毒』を吐き出す器官及び左前脚の溶解。三射目の余波によって『遺跡』が半壊。ベルもまた負傷。火傷のような状態に。

 

②『小型の蠍(尖兵)』襲撃戦。

 一度目の狙撃が開始された時より、竜巻内部から竜巻外部へと尖兵達の亡骸や生存している個体を含めて冒険者達へ一斉に降り注いだことにより開始。数の利は冒険者達にあり不利足り得なかった。

 

③『デダイン』にて【ロキ・ファミリア】を中心とした冒険者達は『アンタレス』からの攻撃の恐れがあるため、作戦中止中。

 

④迷宮都市オラリオ、ダンジョン内にて【アストレア・ファミリア】、【フレイヤ・ファミリア】の二名による共闘によって防衛戦が開始。地上に被害なし。

 

⑤神ヘルメスについて。

『エルソス』にベル達を連れて行く。

アスフィがヘルメスの指示で『デダイン』の様子を見に行く(この際、エルソスでは覗きイベントが発生)。

アスフィ、『デダイン』から『オラリオ』に今回の『敵』を報告。ロイマンによりウラノスに通達。これによって今回の『敵』が『ベヒーモス』と『アンタレス』であることが確定。

アスフィ、『デダイン』を去る際に受け取った解毒薬のレシピと薬草を持って『エルソス』に帰還。直ちにヘルメスと共にオラリオに戻る。その後、『グランド・デイ』の展示物から二つの装備品を拝借、『デダイン』に送り届ける。

 

 

 

×   ×   ×

オラリオ

 

 

「ダンジョン中のモンスター達が暴走してる……本当にどうなってんだ?」

 

「ただごとじゃねえのは、確かだ」

 

狼人のネーゼが、五体のキラーアントへと肉薄すると手にしている双剣にて、一気に斬り伏せ小人族のライラが爆弾を投擲し、進路奥より進攻してくるモンスターを爆砕した。

 

「モンスターの地上進出は下界最悪のシナリオ……」

 

押し寄せるモンスター達は決して上層に出現する個体だけに飽き足らず。下の階層から昇って来たことがわかる個体も見え、星の戦乙女達は汗を垂らす。しかし、一本に束ねた赤髪を揺らすアリーゼが閉じていた瞼を開け、モンスター達へと剣を向け声を上げ仲間達を鼓舞する。

 

「ここは冒険者の街よ! 蹂躙を許してはダメ! 思い出して! アルフィアに殺されまくった日々のことを! それに比べれば可愛いものよ! それに、今ベル達もきっと頑張ってる! なら私達は都市を守りましょう!」

 

「そうですね、リャーナさん達や外に出て行った冒険者達の代わりに私達が都市を守らないと」

 

「そうよセルティ! つまり……」

 

アリーゼの言葉に重ねるようにリューが【疾風】に相応しくモンスターを斬り伏せながら言った。

 

 

「やることは一つ。 死守よ!」

 

 

ゴブリン、コボルト、ダンジョン・リザードを始めとする上層のモンスターからハードアーマード、シルバーバックが。中層域からはヘルハウンドやアルミラージ、ミノタウロス。ライガーファングにダークファンガスと言ったものまで暴走しながら女冒険者達を辱め地上へと目指していた。

 

「ノイン、前からミノタウロスが三体来てんぞ!」

 

「了解……アスタ!」

 

人間(ヒューマン)のノインが前に、さらに前でドワーフのアスタが盾を構えモンスターの攻撃を防ぎ、すぐに反撃を。魔法が飛び交い、いくつもの斬撃がモンスター達を飲み込んでその姿を灰へと変えていく。仮にもLv.5のアリーゼとLv.3のライラを除けば全員がLv.4。多くの修羅場を潜り抜けているだけの強さがそこにはあった。しかし、彼女達を無視して縦穴から飛行していく一体のワイバーンが現れた。

 

「なっ、ワイバーン!?」

 

「キリないって!?」

 

数名が飛んで行くワイバーンへと迫ろうとしたとき。

 

 

「――【永争せよ、不滅の雷兵】」

 

宙を奔る雷撃が、竜を撃ち貫き滅ぼした。

その後に続くように、黒き斬閃がモンスター達を血の海に沈めた。その現れた援軍の姿に、女冒険者達は目を見開き、そしてアリーゼが笑みを浮かべた。

 

「【白妖の魔杖(ヒルドスレイブ)】、ヘディン・セルランドに」

 

「【黒妖の魔剣(ダンインスレイヴ)】、ヘグニ・ラグナール……」

 

「あら、てっきり外に出てるものかと思っていたわ! でも嬉しい、とっても心強い援軍ね!」

 

「相変わらず姦しい限りだ、アリーゼ・ローヴェル」

 

「深淵より招かれざる獣よ――――」

 

「「「あっ、『チューニ病』の人、何言ってるかわからないんで人類の分かる言語でお願いします!」」」

 

「ふっぐぅ!?」

 

外套をファサファサと揺らして、何か……そう、なんならベルくらいの歳の子なら一度はハマっちゃいそうな言葉を紡ぐ黒妖精に星の戦乙女達がバッサリと斬り捨て、仮にもLv.6だというのに泣きそうな顔で身体をくの字に折り曲げた。ヘディンは「もうお前は喋るなヘグニ」とだけ言って眼鏡を正した。

 

「オッタル達は外、我々は内に残った。よって、女神の御前を守るのは我等の務め。すなわち――」

 

「共闘ね!」

 

 

これ以上の会話は不要だと言わんばかりに、再びヘディンが魔法を紡ぎ、モンスター達を滅ぼした。それに、【アストレア・ファミリア】の女達も声を上げ戦意を高揚させ、押し返し始めた。

 

 

×   ×   ×

エルソス

 

 

アルテミス達は『ベヒーモス』を通り過ぎ、『遺跡』へと到達した。

森の中にぽっかりと円形状に泉が存在し、その中心部に『遺跡』が存在する。本来なら美しく神秘的な光景を作り出しているだろうそこは、今や毒々しい色に染まっている。

 

「でけえ……」

 

『遺跡』を間近に見上げ思わずファルガーがそう呟くが、見上げている冒険者達も似たような感想を最初に抱いていた。歴史に忘れられた、古代の神殿。アンタレスによって放たれた射撃によってその半分が消し飛んでおり、そこへ滝のように泉の水が流れ込んでいる。

 

不気味で静か。

嵐の前触れか、嵐の通り過ぎた後か。

どちらとも形容しがたい静けさに、一団は喉を鳴らす。

 

「ここまで来ておいてなんですが、三度目に放たれたあの光線で『敵』が死亡しているということはないのでしょうか?」

 

輝夜が「まあないだろうが」としたうえで、アルテミスに問うた。女神は静かに首を横に振り、否定する。

 

「そうであったなら、どれほど良かったか……。さあ、行こう」

 

「道中、小型の怪物が来なかったことから大半が消し飛んだ可能性もあるが、油断せずに行こう」

 

「行こう」

 

アルテミスを先頭に、内部へ。

敷き詰められた石レンガからは青い光が朧気に道を照らす。

 

「この光は? 苔……じゃないですよね?」

 

「ヒカリゴケか……貴様が知っているとは思わなかったぞ」

 

「ヒュアキントスさん……確かに僕、冒険者を始めたのは割と最近ですけど、輝夜さん達が持ち帰って見せてくれたりしてたから、だいたいは覚えてますよ?」

 

「ふふ、オリオンは勤勉なのだな。だが残念、これはそういうのではないんだ」

 

「封印の光さ。これを施したのは、アルテミスに類する精霊達。言わば、彼女にとって最も古い眷族だ」

 

アルテミスに続く形でアポロンが『封印の光』を指さし、説明する。

さらに道を進むと突き当りで止まり、門が現れる。

 

「これが封印の門だ。この奥に……アンタレスがいる……さあ、開けるぞ」

 

矢を番えた弓をあしらったエンブレムにアルテミスは手をかざし、神威を解放する。固く閉ざされていた石門が音を立てて開き、内部の姿が露わになる。

 

「……!?」

 

「こ、これは……」

 

その光景に、アルテミスもアポロンも、そして眷族達も息を飲む。

床も天井も壁も、視界に広がる全てが、肉のようなもので覆われていた。更に、所々に奇妙な突起物が生えわたっていた。

 

「神殿に寄生しているというのか……?」

 

「……そん、な……」

 

「まさか、ここまでとは……」

 

見るからに動揺するアルテミスに、冷や汗を流すアポロン。

そして、冒険者達を含めた全員が足を踏み入れ完全に入り口から離れた途端。肉のようなものが蠢き、門を塞いだ。

 

「出口が!?」

 

【ヘルメス・ファミリア】の魔導士が退路を断たれたと悲鳴を上げると、今度は周囲に存在する奇妙な突起物が動き出した。それはパックリと開き、ボトリ、と黒い塊を吐き出す。黒い塊は粘液の糸を滴らせながら不気味な産声を上げ立ち上がる。

 

「あれが全部、卵!?」

 

「こうして産まれて外に出ていたのか!」

 

「チッ、突破する!」

 

「メリル、詠唱しろ! 【ヘルメス・ファミリア】(おれたち)が道を開く! 予定通り俺達が陽動を行う!」

 

ファルガーは吼え、小人族(パルゥム)の魔導士が魔法を紡ぐ。遺跡の外で襲い来ると踏んでいた敵は目の前で産まれ、それを【ヘルメス・ファミリア】が引き受け、【アストレア・ファミリア】は不要な消耗を避けるために強引に突破する。

 

「【我が名は愛、光の寵児。我が太陽にこの身を捧ぐ】!」

 

もう一つ。

歌が奏でられる。

胸の前で握りこぶしを作り、小人族(パルゥム)の少女に合わせるように紡がれるは、ヒュアキントスの魔法だ。

 

「【我が名は罪、風の悋気。一陣の突風をこの身に呼ぶ。放つ火輪の一投! 来たれ、西方の風】!」

 

完成する魔法の名は【アロ・ゼフュロス】。

円盤状の光弾が頭上に掲げられた手の上で出現し、小人族(パルゥム)の少女と共に魔法を撃ち出した。

 

 

『――――――ッ!?』

 

爆発、炎上。

産まれ落ちた複数の小型の蠍達を、炎が飲みこんだ。

気にせずそのまま走るベル達はしかし、その炎の中で()()()()()()

 

「まさか……」

 

炎の中で揺らめく黒い影。

カチカチと鳴る怪物の身体。

 

「耐えるの、あれを!?」

 

輝夜とマリューが震える瞳でそれを捉え、呟く。

 

「自己増殖、自己進化……この中では、それすら異常なスピードで進むというのか……このままでは、ダンジョンを超える存在に……!」

 

「ぐっ……」

 

「アルテミス様!?」

 

アポロンの呟く前、モンスターを斬り払っていたアルテミスが胸を抑えて蹲る。それに駆け寄ったのはベルで、輝夜が二人の前に飛び出しモンスターへ斬撃を見舞った。

 

 

「【禍つ彼岸の花】―――」

 

刀を納刀し、居合の構えと共にそれを放つ。

『魔』と『技』の複合抜刀術。

居合の太刀、最後の太刀。

その奥義の名を『五光』。

任意の位置に『魔力の斬撃』を五条(いつつ)生み出すだけの『魔法』。そこに極められた『技』を組み合わせることで、そのすべてを神速の『居合』へと変貌させる。

 

 

「【ゴコウ】――!」

 

横一列に魔力の斬撃を五条(いつつ)生み出し、抜刀とともに輝夜の長刀が分裂、呪われし彼岸のごとき『赤』の斬閃が敵の世界を埋め尽くした。

 

 

『ギャ――――ッ!?』

 

『赤』の斬閃に飲まれ爆散した怪物は短い断末魔のみを残す。

輝夜は振り返り、ベルに視線を寄越すが、ベルは不安そうに輝夜を見て首を横に振る。アルテミスは痛む胸を必死に抑えているようで、その肢体からは珠のような汗まで滲ませていた。

 

「す……すまない、進んでくれ」

 

「でも!?」

 

「どのみち!」

 

声を上げるアルテミスに、思わずベルは肩を揺らす。

彼女の顔は垂れた髪で見えないが、震えるその身体はあまりにも弱々しく、声音からは焦りが感じ取れた。

 

「どのみち……戻れない。だから進まなくては……()()()()()()()()()()オリオン」

 

「アルテミス様………?」

 

「ベル、抱えろ。その女神と同じく、退路がない以上、進む以外ない」

 

「……わかり、ました」

 

アルテミスをおぶり、彼女の太腿の辺りに槍を平行に寝かせ両手で掴む。ぐったりと身を委ねるアルテミスは首もとに顔を埋めるような形になり、密着してしまっていることに怒りさえしない。むしろ、あえて笑っているようですらあった。

 

「ふふ、オリオンにおんぶをされてしまうとは思いもしなかった」

 

「何言ってるんですか」

 

「これが神生の幸せの絶頂というやつなのかもしれない」

 

【ヘルメス・ファミリア】の団員達が中心となって、道を切り開き駆け抜ける。ベル達はアルテミスの指示通りに通路を走り、階段を駆け下りた。

 

 

『シャアアアアアアアアアア!!』

 

 

中心部に近付いたところで、そんな今まで聞いたこともないような怪物の咆哮が聞こえた。そして、ベル達は到着し、それを見た。

 

「あれは……」

 

「あれが、アンタレス……」

 

円形状の広場で巨大な黒い蠍が赤い瞳をギョロギョロと蠢かす。

怪物の身体に栄養を与えているのか、逆に与えているのか、身体には太い血管のような管が通っており、さらに不気味な紫色の光が空に向けられている。

 

「うっ……」

 

ベルに背負われていたアルテミスが再び、呻く。

それを見てアポロンは瞳を細めた。

 

(侵食具合は恐らく、数字にすれば80……いや、90といったところか?)

 

「討ってくれ……」

 

(ベル君が生きているのは、『幸運』だっただけだ……本当なら直撃して蒸発してもおかしくはなかった。『散弾』と『一点集束』……下界を滅ぼすなら矢の種類なんて必要ないはずだ……高威力で滅ぼせばいいのだから)

 

「お願いだ、オリオン……あれを……」

 

(今やアルテミスはただの供給源(リソース)……『神の力』を使える『古のモンスター』……そこにいる彼女は残り滓も残り滓ということになるが……しかし、自分の天敵というだけで『オリオンの矢』を執拗に狙うものだろうか……)

 

アポロンの思考の外で、冒険者達は戦慄に震える。

ぐちゃり、と音を立ててアンタレスの身体の一部が開かれた。粘液の糸を垂らし、露出された巨大な『魔石』。

 

「え……?」

 

「なん……だと……?」

 

「こんなことが……?」

 

「どうして…………?」

 

マリューが、ヒュアキントスが、輝夜が、そしてベルが。震える瞳で『魔石』を見つめる。アンタレスはまるで人質を見せびらかすように、それを見せているようですらあった。人一人がすっぽり入れそうなほどのサイズの『魔石』――――。

 

 

(アンタレスは私達が思っていた以上に()()……あり得るのか、そんなことが)

 

 

「どうして、アルテミス様が……!?」

 

 

産まれたままの姿の、アルテミスがいた。

怪物は叫ぶ。

怪物は吼える。

怪物は嗤う。

無能な女神を嘲笑うかのように。

憐れな女を辱めるように。

その大咆声で大気さえ震わせて、次には空に向けて紫の光が打ち上がる。

 

 

(ここまで狡猾なのは何故だ……?)

 

 

空に浮かぶ『偽の三日月』が、再び夜を昼のように明るくする。

地上目がけて、幾多もの光の矢が降り注いだ。

 

 

(咆哮がまるで……悲鳴のように聞こえる……必死なのか? 何故、何に対して……?)

 

対となる月女神の身に起きたことを思い返す。

怪物が別種のモンスターと共闘じみたことをしていたことを思いだす。

フル回転する男神の脳みそは、答えへと近づいていく。

 

 

(弱った獣ほど厄介なものはない……? 弱った怪物……? いや、違う……弱っているのは……)

 

アルテミスの小さな背中を、アポロンは見つめる。

そこにアポロンの知るアルテミスはいない。

そこにいるのは、貞潔の鎧を失った、無力で、愚かな、泣きじゃくる少女。

 

 

(まさか………)

 

 

×   ×   ×

エルソス『遺跡』外部、ベヒーモス討伐地

 

 

「……何!?」

 

 

討伐隊に協力していたリャーナは、急な景色の変化に思わず手を止め空を見上げた。討伐隊の太陽の眷族さえ動きを止め、時が止まったように空を見上げる。

 

 

 

×   ×   ×

エルソス近辺 上空

 

 

「………え?」

 

「始まった……のか?」

 

飛行するアスフィとヘルメスは、目を見開く。

確かにこれまでも何度か似たような現象は起こっていた。それでも、一人の眷族と一柱の神が見たのは、そのどれよりも()()()()()()()が広かったのだ。

 

 

×   ×   ×

デダイン 

 

 

「フィン!」

 

「総員速やかに退避!」

 

「この地に訪れておる神々を何としても守り通せ!」

 

リヴェリアが天幕の中に駆け込み、フィンが天幕の中でさえ感じる重圧に声を張り上げ、外でガレスが冒険者達に怒声の如く指示を飛ばす。固まっていた冒険者達はその怒声により硬直から立ち直り、神々を守ろうと、身の安全を取ろうと走り出す。

 

 

そして。

流星群の如く、それは降り注いだ。

悲鳴さえかき消して。

 

 

 

×   ×   ×

エルソス 『遺跡』内部

 

 

夜なのに昼のように明るく染まった世界で、冒険者達はその顔を絶望に染め上げる。あれは真上から落ちてくるのだと本能が感じ取っている。

どうして女神が『魔石(あそこ)』にいるのかなんて考える余裕もなく。そして、彼女の声を聞いた者もいない。

 

 

たった、一柱の男神以外は。

 

 

 

 

 

「死、に…………たく、ない………」

 

 

(アルテミス、君は……!)

 

 

降り注ぐ光の矢に、冒険者達は飲まれた。

あらゆるものを破壊し、崩落させ、ベルもマリューも輝夜もヒュアキントスもアルテミスもアポロンも落ちていく。

 

 

怪物は嗤う。

怪物は嘲笑った。

 

死にたくないと泣き叫ぶ少女を指さすように、嗤っていた。


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