アーネンエルベの兎   作:二ベル

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アポロン:遠矢の神、光明の神、疫病の矢を放ち男を頓死させる神、病を払う治療神、神託を授ける予言の神、羊飼いの守護神、詩歌や音楽などの芸能・芸術の神


ミセス・ムーンライト⑪

 

『下界は歪んでいる』

 

世界の誰かは嘆いた。

頭上から糸で操るように、舞台裏で囁くように、戯曲を書き換えるように、見えない神意に導かれていく。

 

『我々は神に踊らされる 傀儡なのだ』

 

世界の誰かは、諦めた。

 

 

 

 

×   ×   ×

エルソス遺跡内部

 

 

【オリオンよ――射抜く者である君でも、其処にて光り輝く的を射抜くことはできまいか?】

 

 

アポロンによる神威の最大解放とその口から放たれる文言は、遺跡の隅々まで響き渡り、そして、まるで、魂にまで響き渡るようだった。

 

神の威光に。

太陽の光輝に。

下界の住人(こどもたち)は、畏れ、金縛りに遭ったように一斉に停止する。それは紫紺の爪にてベルの身体を貫き地に張り付けていたアンタレスも同じだった。そして恐怖したようにベルから離れ、一歩、二歩と後退。そして怒りに燃えるように咆哮を上げた。

 

それは下界の者を平伏させる神の威光。

頭を垂れざるをえない超越存在(デウスデア)としての一端。自分のためではなく、死にかけているベルのためでもなく、ましてやアルテミスのためではない。『下界』が滅ぶという最悪の結果を防ぐためにアポロンは神威を解放したのだ。

 

 

「――私は賛成できないぞ、アポロン」

 

「私とてこのような手は取りたくはない。しかしアルテミス、事態は急を要する。彼の性格も考えれば事態の終息は難しいのではないか?」

 

「だがそれは、あの子の信頼に対する裏切りだ」

 

「君だって、短い付き合いながら彼の性格は理解しているだろう?」

 

「………っ」

 

「何より、『ベヒーモス』までいるとなっては時間がなさすぎる」

 

それは少し前の神々の密談。

太陽神アポロンが提案した最終手段。

それを猛反対したのは当事者であるアルテミスだ。その提案とはアルテミス自身による『説得』が失敗した場合、『オリオンの矢』の使い手たるベルが『無理』だと屈してしまった場合の手段。

すなわち、嫌だ嫌だと泣きわめく子供に強制して『矢』を放つ言わば『砲台』化だ。美の女神の『魅了』の真似事と言っても良いだろう。もっとも、アポロンに美の女神のような権能などありはしないが。

 

(私とアルテミス、そして『オリオンの矢』の三つの要素があるのなら、私の考えうる『因果』は発動できる……『射抜く者(オリオン)』に対する『挑発』で『矢』は強引にでも理を捻じ曲げて『アルテミス』を必ず殺そうとする……殺させようと、ベル君を()()()()

 

 

『肉体』は『魂』を入れるための『器』でしかない。とは誰の言葉か。アポロンは指揮官のように手を突き出したまま、自嘲の笑みを浮かべる。

 

 

「――ならばアポロン、その最悪の事態に至った場合におけるその対処法を行うのなら、私の条件に乗ってもらうぞ」

 

「条件? いいだろう、決して許されないことをするのだ飲もうじゃないか」

 

「……嫌な予感がするなあ」

 

「ヘルメスは黙っていろ。そうだな、まず、私がいなくなった後、私の【ファミリア】の活動を代替わりしてもらおう」

 

「ふむ……まあ、いいだろう。人類(こどもたち)に救いの手を差し伸べるのもまた神なのだから」

 

「おいおい待て待て待て、アポロンの眷族がどれだけいると思っているんだ!? 管理機関(ギルド)が許すはずがないだろう!? 戦力の流出だぞ!?」

 

「む……では―――」

 

 

アポロンはほろり、と涙を流した。

しかし『下界』が吹っ飛ぶのと比べればと、己を必死に奮い立たせる。そうだ、天秤にかければ安いものじゃないか。なにより、一番つらい立場にあるのは、少年(ベル)なのだから。

 

 

「さあ、オリオンよ……あれを、射抜くんだ。最後まで戦えなかった女神に、幕引きを」

 

 

『オリオンの矢』そのものに意志は存在しない。

『アルテミスを必ず殺す』という特性があるだけだ。その特性を強引に引っ張り出し、ベルという肉体を意志を無視して発射させる。それで、終わるのだ。終わる筈なのだ。

 

 

「…………、………、………」

 

がくん、とベルの身体から力が抜けた。

そこから、アポロンでさえ予想していなかった『異常事態(イレギュラー)』は発生した。

 

 

「――――――え?」

 

まず一つ。

槍を杖のように地に突き刺し、オリオンは立ち上がった。背中から胸より下、心臓を避けたその位置から血を流しながら動かない筈の身体を動かしたのだ。その現象にそこにいた冒険者も神も声を漏らした。『矢』そのものには未だ変化は見受けられなかった。

 

そして二つ。

怒りの咆哮を上げた『災厄の蠍(アンタレス)』がオリオンへ向けて突進。それを満身創痍であるはずの肉体で、跳躍回避。静かにアンタレスの後方で着地すると、その口からは覇気のないうわ言のような口調で歌い始めた。

 

「【ワレラ……に残さ、レシ、栄華のザンシ。 ぼーくん、と雷霆の……ま、まつn……産ま…し、堕とし仔ヨ】」

 

 

「アポロン様、何をされたのですか!?」

 

「…………馬鹿な」

 

「アポロン様?」

 

「何だ、これは……」

 

 

目の前で広がる光景に驚愕を隠すこともなく声を投げかけてきたのは大慌てで駆け寄ってきたヒュアキントスだ。そんなヒュアキントスの声が耳に届いているのかいないのか、アポロンは己の口元を覆って予想していたこととは全く違う光景にその目をあらん限りに見開いていた。

 

 

「あれは………『魅了』か?」

 

「アポロン様はそういう神ではなかったと思うけれど……」

 

対して、輝夜は己の記憶からアポロンが何をしたのかを想像して口に漏らす。が、それもマリューの言う通り何かが違うとすぐに否定する。

 

 

「―――ァアアアアアアアアアアアアアアアア!」

 

「【忘レ……るな、ワレ、ラhaーオ、お前tt、to 共に有る……ヲ】」

 

爪が振り下ろされる。

跳んで避ける。

尾による薙ぎが寄越される。

跳躍したまま槍で往なした。

その間にも行われていた『詠唱』。

 

「あの子、()()()()()()()()()()()()()()はずよね?」

 

「…………」

 

完成する魔法。

名を、【アーネンエルベ】。

遺跡を貫くようにしてオリオンとアンタレスの間に落ちる雷。

 

そこにいるのは、『人工(じんこう)の英雄』ではなく。

ましてや、『神工(じんこう)の英雄』でもない。

言うなれば、『矢』そのものにある役割を果たすだけの『神創(しんぞう)の英雄』。

 

静かに音を立てて稲妻が奔る。

砂煙が消えて、その御姿が現れる。

揺れるは、処女雪のような、けれど血で汚れてしまった『白』の髪。

帯びる瞳の色は、穢れを知らない水晶の如き『藍』。

右手に握られるは、銀色の槍にして『矢』。

血濡れの身体に傷などなく。

小さな口からは呼気が漏れ出ていた。

 

『オリオン』。

それは神々の言葉で『射抜く者』を意味する、神々をも殺す絶対無比な『神造武器(しんぞうぶき)』。

そして、この遺跡に入り込んだことで分かりやすいまでに壊れていったアルテミスを見て少年が女神を拒絶してしまったがために起こってしまった異常事態(イレギュラー)により、捻じ曲げられた理によって生誕の産声を上げた。

 

其は、『射抜く者(オリオン)』。

器たる少年の意志など踏み躙り、人格など封殺する。ただ女神を必ず殺すという特性(役割)を真っ当するだけの抹殺装置だ。

 

 

×   ×   ×

 

ベル・クラネル

所属【アストレア・ファミリア】

Lv.2

力:E 432

耐久:F 321

器用:E 439

敏捷:D 547

魔力:E 469

幸運:I

 

■スキル

雷冠血統(ユピテル・クレス)

・早熟する。

・効果は持続する。

・追慕の丈に応じ効果は向上する。

 

灰鐘福音(シルバリオ・ゴスペル)

戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。

戦闘時、発展アビリティ『精癒』の一時発現。

戦闘時、修得発展アビリティの全強化。

 

■魔法

【アーネンエルベ】

 

・雷属性

自律(オート)による魔法行使者の守護。

他律(コマンド)による支援。

 

 

↓   仮想ステイタス   ↓

 

 

射抜く者(オリオン)

役割【抹殺装置(メアリー・スー)】。

Lv.?

力:?

耐久:?

器用:?

敏捷:?

魔力:?

幸運:?

 

■スキル

月神討堕(ショット・ザ・ムーン)

強制執行(アカウント・ハック)

能力占拠(ゼロ・フィル)

放棄代償(メモリア・クラッシュ)

・『月女神』討伐まで効果は持続する。

 

 

■???

【悠久の空、恵みの大地、大いなる森】

【純潔の月】

【いかなる権能をも弾く聖なる領域、聖なる貞潔】

【あらゆる権能をも貫く至高の矢、至高の鏃】

【我が名はオリオン 至上の狩人】

【月や弓、星は弦、誓いは矢】

【来たれ、破邪の一撃】

 

 

 

×   ×   ×

オラリオ

 

 

「――――ベル?」

 

都市の喧騒も収まり静けさを纏う中。

眷族達の帰りを待つ女神は、異変を感じて窓から見える空を見上げて眷族の名を呼んだ。

 

ウラノスの元を去って現在は『星屑の庭』。

迷宮にて防衛戦を行っているアリーゼ達は未だ帰らず、偽りの月さえ消えてはいない。『デダイン』へと向かった冒険者達も帰ってきていない。そのことに不安を覚えない者はおらず、かと言って騒ぎ立てることもできない。言葉にはできないけれど、ざわつく不安に潰されないように誰もが必死と言っていいだろう。

 

そんな中で、本拠にて一柱(ひとり)待つ女神は、此度の過酷で最も深い傷を負うだろうと予期していた少年の恩恵が()()()()()ことに目を見開いていた。

 

(今、何が……?)

 

心臓を掴むような嫌な予感。

気のせい、間違いだ、と恩恵の数を数えて減っていないことに安堵しようにも、今のほんの一瞬の揺らぎに動じないアストレアではなかった。『下界』は未知に溢れていると言うけれど、今起きた異変もその一つだろうか? だとしたらいったい、『エルソス』で何が起きたのだろうか? それはすべてが終わってからでなければ知る由もなく、その場にいたアポロンでさえ予想外の『異常事態(イレギュラー)』。

 

 

×   ×   ×

エルソス遺跡外部

 

鼻を摘まみたくなるような異臭に顔を顰めながら、妖精(エルフ)のように口と鼻を布で覆った冒険者達は巨体の怪物たる『ベヒーモス』の後始末(討伐)を終えていた。最早動けぬその身体では、怪物も抵抗のしようもなく魔導士(リャーナ)の『探知魔法』によって魔石の位置を特定し、分厚い肉の層を破壊し続け、ようやく砕くに至ったのだ。

 

「ぅぅ~~~~」

 

顔の半分を前髪で隠す治療師(ヒーラー)の少女が呻き声を上げては、同じ派閥の短髪の少女が「うるさい!」と怒りの声を上げているが、リャーナは目の前で灰になっていく怪物の亡骸を眺めながら怯えや弱音を吐きたくなっても仕方がないと少女に見当はずれな同情の眼差しを向けていた。最も、少女が呻き声を上げていたのは「太陽の光が兎さんを包み隠しちゃうの~」などという『予知夢(おつげ)』らしいのだが、例え聞かされても、そこまで付き合いがあるわけでもない間柄故に「そうなんだ」「大変だね」くらいに流していただろうが。

 

精神回復薬(マインドポーション)だ、飲んでくれ」

 

「あら、ありがとう」

 

ぶつくさ不貞腐れている小人族(パルゥム)から受け取った精神回復薬(マインドポーション)を煽りながら、「なんでオイラが雑用係なんだよ! ただ肉掘って魔石砕くだけなら、オイラにもやらせてくれたっていいじゃないか。これじゃあいつになったらフィンに追いつけるのかブツブツブツブツ……」と言ってまるでイベント会場の売り子よろしく自分よりも背丈のある団員達に回復道具(アイテム)を渡して回る少年に思わずリャーナは笑みを浮かべた。そういえば昔のベルもあれくらい小さくてトコトコ動き回ってたっけ、とそんなことを思い出したから。

 

団長のヒュアキントスが遺跡の内部に主神と共に足を踏み入れている今、【アポロン・ファミリア】の指揮はエルフのリッソス、ヒューマンのダフネと言った幹部達がとっている。彼等は既に討伐後の被害状況の確認についてなどの話し合いを始めている。全員で応援に行くという提案があったと言えばあったが、遺跡の規模からして大人数でおしかければ逆に身動きが取れなくなると断念した。とはいえ、遺跡の方も気になるのか、時たま空を見上げたり、遺跡の方角へと顔を向けていた。

 

(大丈夫かな、あの子達)

 

それはリャーナも例外ではなく。

一度、遺跡へと降り注いだ『矢』に驚いたもので、仲間と皆で可愛がっている弟の安否が今や彼女の胸の中で騒めかせている。

心配、心配だ……。特にベルについては超が三つ四つつくくらいには心配だ。こんな『過酷』なんて味わったことなんてないし、『冒険』なんてしたこともない。遺跡に突入するまえはかなり無茶をさせてしまっている。オラリオに帰還したら、担当医(アミッド)にしこたま怒られるかもしれない……と、そんな心配をしていた時だった。

 

 

「な、なんだ今のは!?」

 

誰かが叫んだ。

稲光が起き、そして落雷が遺跡を貫いたのだ。

落雷は地をわずかに揺るがし、適当な岩に腰を下ろしていたリャーナの足元をわずかな赤雷が、いや、魔力が走り抜けていく。

 

(これは……ベルの魔法……?)

 

飛ぶように立ち上がり、遺跡の方を睨む。

そんなリャーナに、冒険者の一人が声を荒げた。

 

「お、おい!? 武器が!?」

 

「………ぇ!?」

 

焦るような声に振り返ると、そこにはリャーナの良く知る……いや、【アストレア・ファミリア】ならば知らない筈のない人物の身姿が、人の形をした魔力の塊が傍らに立てかけていた【探求者の剣】を掴み取り、悠然とした足取りで遺跡へと走って行ったではないか。

 

「え、ちょ、ちょっと!?」

 

大慌ても大慌て。

『ベヒーモス』の眼球に突き刺さったままだった剣を回収し、汚れをある程度落としてやってベルが帰って来たら返してやろうなんて思っていた矢先の出来事だ。リャーナは放っておくこと等できず、盗人を追いかける勢いで雷兵(アルフィア)を追いかけた。

 

 

×   ×   ×

エルソス遺跡内部

 

 

 

けたたましい衝突音を何度も上げながら、一体の蠍と一機の装置はぶつかり合う。槍を振るい、獣の爪がそれを薙ぎ払い、雷が振るわれた爪を地に叩きつける。その光景は嵐の中のようで、輝夜達に介入する余地など既に無い。

 

「―――――」

 

「ォオオオオオオオッ!」

 

尾による刺突の連撃(ラッシュ)をオリオンは器用に避け、身体を低く倒したかと思えば思い切りに捻り、薙ぎ払っては剣では傷一つ付けられなかった怪物の尾を弾き飛ばした。本来のベルの能力(ステイタス)とはまるで違う動きに、輝夜達は目の前にいる人物がベルなのにベルじゃないと瞠目し、畏怖を抱き身体をわずかながら震わせた。

 

「あれが、【探索者(ボイジャー)】……?」

 

「これも下界の『未知』なのか、ヘルメス……」

 

ヒュアキントスが呟き、アポロンがどうしてこうなってしまったのかという原因に推察をつけて今はいない友の名を呼ぶ。

 

(アルテミスに、アルテミスらしからぬ異変が起きた……? そして、それをベル君は……そう、忌避や拒絶を抱いてしまった……? だから、役目を果たせないアルテミス自身の責任感や使命感が『矢』に使い手を乗っ取ってしまうという異常を起こした……?)

 

 

「――――、――――ッッ!!」

 

後方へ大跳躍したアンタレス。

壁面に歩脚を突き刺した状態でその巨体を固定。湾曲した尾の先に眩い光が集束、それは天より放たれ落とされたものとは規模の小さい攻撃。

 

「フッ―――」

 

短く、動きに合わせて呼吸が漏れる。

逆手の槍を持ち、投擲の構えから迫りくる光の矢へと叩きつけた。二つの矢の鏃同士がぶつかり、火花の如く光が飛散する。

 

光矢爆散。

アンタレスの攻撃が無効化された瞬間である。さらに、オリオンが開いている左手を後方にかざすと、そこに鏡のように美しい【探求者の剣】が主の求めに応えるように収まったではないか。ここには持ってきていなかったはずの得物が、確かに今、ここに、オリオンの手の中に。それだけはない、腐り果て、食われ、壊されるという辱めを受けた月女神の眷族達の武具がオリオンの雷に手繰り寄せられるように浮き上がったかと思えば、アンタレスへと発射される。かすかに見えたのは、様々な種族の雷兵達がそれぞれ武具を握りしめぶつかっていくという光景。

 

「ォオオオオオオオオオアア!?」

 

怒り、恐怖。

そんな感情でも抱いたかのように吼える怪物へと飛び交い衝突し、アンタレスが自身を固定していた壁面を破壊し落下させ音を立てて残骸へと成り果てるそんな中。左手で剣を握り、剣身に雷を奔らせ、オリオンは上段から振り下ろす。

 

とくとご覧じろ。

握り締められる直剣。

盛り上がる細く華奢な上腕二頭筋。

浮き上がる血管。

迸る雷電。

宙から落ちる怪物に避ける手段などありはしない。分厚き、硬き甲殻なにするものぞ。目の前の自分という存在を殺しうる存在に怯え悲鳴にも似た吼え声を上げかけた、その刹那。

 

「……、……、……」

 

ゼンマイ仕掛けの人形の如き、オリオンの双眸。

振り下ろされる赤雷の剣。

 

 

――――斬断!

轟雷一閃、完全溶断。

雷を纏った斬撃によるその熱が、硬い甲殻を焼き斬ったのだ。

 

「―――【悠久の空、恵みの大地、大いなる森、純潔の月】」

 

続けて紡がれる文言。

否、それこそが【射抜く者(オリオン)】の完全開放。

すなわち―――。

 

 

「『限界解除(リミットオフ)』!」

 

アポロンが声を張り上げる。

本来ならば、アルテミスの説得に応じたベルの口から紡がれるその文言。それによって解放され『オリオン』は真の威力を発揮する。しかしそれは適わなかった。アルテミスは失敗したのだ、アルテミスは説得する余裕すら失っていたのだ。さらにベルはアルテミスを拒絶してしまった。ならば、ならば『矢』は『器』を奪い取ってでも役割を果たさなくてはならないと動き出す。下界崩壊の危機を作ってしまったアルテミスの責任を取らなくてはいけないという使命を代替わりする。

 

身体の右半分を溶断された災厄の蠍(アンタレス)には逃げる術などない。地に落ちた自分を取り囲む雷の兵士達は無機質で、冷酷に見つめ、取り押さえようとしてくる。巨大な単眼が見ればわかるほどに揺れ動く。放っておけばアルテミスという『炉心(リソース)』を使って再生もしよう、矢も放てよう。しかし、しかし無理なのだ。回復を優先させれても追いつけないほどの損壊、逃走などさせないという徹底ぶり。目の前にいる狩人は()()()()()()()()()()のだ。

 

 

「【いかなる権能をも弾く聖なる領域、聖なる貞潔】」

 

オリオンは紡ぐ。

魔法ではなく、『矢』そのものに刻まれている文言を。

その口調は決して、魔法を行使したときのそれではない。無機質であることに変わりはないが歌い慣れた歌を歌うかのように清らかだ。

 

「【あらゆる権能をも貫く至高の矢、至高の鏃】」

 

両脚を前後に開き、左腕を伸ばし照準を合わせるように手を開く。矢を握り締める右手は後方へとやり投擲の構えを。それを見て、決着がつくとアポロンが、ヒュアキントスが、輝夜が、マリューが、剣を追いかけてきたリャーナが理解できない光景に息を止め、その光景を瞳に焼き付ける。

 

「【我が名はオリオン 至上の狩人】」

 

「……ァ、ァアア……ォ、ォオオオオ!?」

 

弱った獣の生きぎたない抵抗。

尾を振り回し、残った左の爪でオリオンを破壊しようと暴れ狂う。

当たらず、薙ぎ払えず、切り裂けず、貫けず。

その射程外からの攻撃はオリオンに決して届くことはない。ならば、と単眼を血走らせ『炉心』を絞るようにして尾の先から弓を形成し、矢の発射に取り掛かる。

 

撃ち貫く。

射抜いて殺す。

あれは危険だ。

あれは自分を殺す敵だ。

殺せずとも動けぬようにしてしまえ。

その間に逃亡し、回復に努めよう。

すぐ近くに似たような怪物がいたはずだ。

そいつの『毒』を得て、空から降り注ごう。

怪物の怒りが、恐怖が、怪物としての衝動を発熱させる。

 

 

「【月や弓、星は弦、誓いは矢】」

 

「ギ、ギギギ、ギギギギギギッ!!」

 

身体が軋む――無視。

肉体が悲鳴を上げ始めた――知ったことではない。

溶けた肉が飛沫を上げる――『敵』を倒せればどうとでもなる。

左眼から雫が流れ落ちた――使命を果たすことこそが優先事項。

『炉心』が揺れている――知らない、知らない、知らない!

 

「【来たれ、破邪の一撃】」

 

「――ォオオオオオオオオオオッ!!」

 

完成する二つの『矢』。

アンタレスより放たれるは、純白の渾身の一矢。

オリオンより放たれるは、黄金色の渾身の一矢。

甲高い音を響き渡らせながら、両者から放たれた矢が互いに向けて飛んで行く。銀色だった『オリオンの矢』は文言が唱え終わった頃には外皮を剥がし内側から露出したのか、黄金色に変わっていた。それは、神聖文字(ヒエログリフ)の輪を浮かばせながら、地面を抉り取りながら、怪物の放つ矢へ正面衝突。凄まじい光に冒険者と神が目を眩ませ、衝撃に遺跡が悲鳴を上げた、崩落が開始する。

 

 

「――どう、なった……?」

 

強烈な光のせいで、瞼を開けるのも難しいかヒュアキントスが呻くように言った。見ていることしか許されなかったこの一戦。しかし、勘が決着を告げている。瞼を開け、その眼で見た光景こそが、全てであると。

 

「……、………」

 

「ォ、ォオオ………ビュフッ、フシュー……ッ!」

 

両者健在。

しかし、その見てくれは酷い有様。

オリオンは右わき腹から左腰にかけて割れた矢が貫通したのか()()()()を負っていた。対して災厄の蠍(アンタレス)はその身体を吹き飛ばされ、瀕死の状態に追いやられていた。『炉心』を格納している『魔石』さえ露出させ、煙を上げて呼吸なのか肉の焼ける音なのか、無様な音色を奏でて人間とは違う色の体液を吹き出していた。

 

「まだだ……『魔石』を砕き、『炉心』にされているアルテミスを殺さない限り、アンタレスは再生する」

 

「――――ぇ?」

 

アポロンの声に、リャーナが声を漏らした。

アルテミスの元に歩んでいくオリオンは止まらない。

魔法の効果が切れ、()()()()()()()()()()が出現していく。肉体を破壊していく。血を垂れ流し始める。そんなオリオンと、アポロンと、輝夜達とを何度も顔を行き来させたリャーナは、これが決して『冒険』などと言えるものではないのだと理解した。輝夜達に何かを言おうとして、苦虫を噛み潰したような顔をしているのを見て、何も言えなくなった。

 

「どうして?」

 

喉を震わせ、涙を孕んだマリューがアポロンに言う。

アポロンは「彼が選ばれたからだよ」としか答えない。そして、「すまない」と。ヘルメスがいればもっと上手い言葉をかけられたかもしれない。仮にも彼は神々の使者。未だゼウスと何かやり取りを、そしてウラノスの元へと伝達役のようなことをしているとも聞く。なにより、此度の『旅』でアルテミスに最初に出会ったのは彼だ。アポロンよりもヘルメスのほうが説明のしようはまだあった。

 

「………」

 

輝夜は静かに、愛刀に手を添えた。

かつて誰かに言われた言葉が脳裏に過る。

 

『正義を志す者が、過程の中で擦り切れ、最後には犠牲になるなんて、違う筈だ』

 

『――幻想(セイギ)なんて忘れなさい』

 

命の雫と感情の雫が軌跡を描くように落ちていくのが、その小さな後ろ姿を見ていても良く分かった。この後正気を取り戻したベルが何をするのかは、なんとなく輝夜の経験から想像できた。輝夜はその最後の権利すら奪われてしまったが。

 

 

「ヒュー・・・・ッ、ヒュー・・・・ッ!」

 

「……、……、……」

 

左眼から雫を落しながら、腰に納めていた【探求者の剣】を抜剣。

無様な音を垂れ流す死にかけの怪物、その『魔石』へ向けてオリオンは剣をかざし、貫いていく。『魔石』が砕けていく。中に納められていた裸身の女神が落ちてくる。薄っすらと開かれた瞳から流されるは透明な雫。無感情な『藍』の瞳と心痛と共に涙を孕ませた『緑』の瞳が交差する。

 

 

緩慢とした一瞬の時を以て、オリオンとアルテミスは別離する。

美しき女神のその胸の中心へ、剣は確かに収められたのだ。

 

 

 

天へと一条の光の柱が昇った。




アポロンが予想していたこと:エヴァでいう『ダミープラグ』。嫌がるシンジ君を無視してエヴァの身体が動く。


実際に起きたこと:ベルの意志すらない。『矢』の『アルテミスを必ず殺す』という性質に肉体を乗っ取られるという意味不明な異常事態。

原因:①遺跡に入ったことで極端にアルテミスがバグった。 
   ②ベルがそんなアルテミスを怖がり「気持ち悪い」と感じて拒絶してしまった。
   ③バグったアルテミスが微笑みながら「じゃあ、私を殺してくれ!」と言ってベルの心が余計悲鳴を上げた。
   ④自分がどうして冒険者になったのか、そもそもわからなくなった。
   ⑤知らない内に背負っていたものの重さに潰れた。
 

アポロンは何故こんなことを?:
   ①ベルが優しい子であることは、誰もが知っている。
   ②神殺し事態がそもそも無理。それはベルに限った話じゃない。
   ③アルテミスが説得に失敗する不安もあった(アポロンでは説得無理)。
   ④ベルにしかできない以上、下界崩壊を防ぐためなら最低の措置もとるしかない。
   ⑤それを行うことで、アルテミスが恨まれるのではなくアポロン自身に恨みの矛先が向かうと考えた。
   ⑥復讐心は生きる力にもなりうる。
   ⑦アルテミスFの活動をアポロンFが引き継ぐため、アポロンはオラリオを去るため復讐相手を見つけ出そうと必死になるだろうと考えた。
   ⑧アポロンが隠れ続ければベルは少なくとも、人としての生は全うできるだろう。

☆もし、輝夜やマリュー達がオリオンを止めようとした場合。
『邪魔』→『敵』と見なされて攻撃されます。
目的の障害となるものは『敵』です。
   

ヘルメスはどうなった?
①移動中に『矢』に被弾し、アスフィの飛翔靴(タラリア)が破損したため移動不可。
②怪我を負ったアスフィと共に徒歩で移動するしかないため、わりとガチで「やべえ」と内心焦ってます。


仮想ステイタスについて。
乗っ取られている間のみの状態で、もし羊皮紙に写していたら?というものです。
(文中ではベル表記ではなくオリオン表記に変えているので、オリオンのステイタスと言ってもいいです)

■スキル
月神討堕(ショット・ザ・ムーン)
強制執行(アカウント・ハック)。 ←ベルという『器』の乗っ取り。
能力占拠(ゼロ・フィル)。    ←ベルの『能力(ステイタス)』の使用。
放棄代償(メモリア・クラッシュ)。←役目を果たせない『器』に対する罰則と限定的な能力の上昇。
・『月女神』討伐まで効果は持続する。


瞳の色。
ベル君=深紅(ルベライト)
オリオン=『藍』。     ←web版の瞳の色は違っていたため、こちらに持ってきました。

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