アーネンエルベの兎   作:二ベル

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静穏の夢より
「背負ったモノの大きさに気付いて、けれどもう引き返せない場所にいて、絶望する日がやって来るかもしれない」

魔法の詠唱を考えるのがしんどい


ビューティフルジャーニー①

 

 

家出を始めてから、翌日の朝。

太陽も既に顔を出し都市が喧騒に包まれる頃。

廃教会で一匹の兎の口から、悲鳴がぶちあがった。

 

 

「―――ぁ、ぎぃいあああああああああああああああッ!?」

 

 

ベッドの上でシーツをくしゃくしゃに乱れさせ、ジタバタと藻掻く。そんな彼の、意外にも「あ、やっぱり男の子なんだな」なんて思ってしまうくらいにはアミッドは吹っ飛ばされ、ベッドから転がり落ち頭をぶつけて「ふぎぃ……っ!?」と無様な悲鳴を上げ、悶絶。

 

「同じLv.2とはいえ……ここまで手を焼かされるとは……!」

 

「今までが()()()()()()()()()()のだ、むしろ世話のし甲斐があるというものでは?」

 

「治療ができません! まったくもって、喜ばしくありません!」

 

「はぁ……致し方ない。手を貸そう」

 

「か、輝夜さん? 何か策が?」

 

やれやれとベルの治療を行っていたアミッドを眺めていた輝夜は長椅子(ソファ)から腰をあげると、ベッドの上に乗り込み寝転がったかと思えば目にも止まらぬ速さでベルの真下に潜り込み、両手両足を以て拘束したではないか。両腕を脇に通し、両足を絡ませLv.4の力で、かつ、ベルを壊さないように絶妙な力加減の神々の言うところの『プロレス技』のようなソレにアミッドは口元を引き攣らせた。

 

 

「今だ、やれ!」

 

「“やれ”ではありませんよ!? 何、自分ごと敵を撃ち抜けみたいな雰囲気で言っているのですか!? 私はビームなんて撃てませんよ!?」

 

「いぃぃぃやぁあああああああああッ!?」

 

「嫌ぁ、じゃない! 大人しくしなさい!」

 

「そうだぞ大人しくしていろ、これが終わったら、お前、あれだ、【戦場の聖女(デア・セイント)】が一時間くらい乳を吸わせてくれるんだぞ!」

 

「そんな約束はしていません! おやめなさい!」

 

 

 

喧々囂々(やかましい)

廃教会の中にて、少年が痛苦から悲鳴をあげ、少女が治療ができないと叫び、美女がご褒美があるぞ、とありもしないことをべらべら。

 

どうしてアミッドが廃教会にいるのか、それは。

振り返ること、1時間弱。

アミッドは治療院を退院し、【ファミリア】に帰ってもいない最早腐れ縁のような少年を案じて廃教会を訪れていた。だというのにそこにある隠し部屋の扉をあけ、中に入ってみれば大和撫子が裸で長椅子(ソファ)に腰を掛けて茶を飲んでいるわ、少年は毛布に包まって顔すら出さないわで、アミッドはつい、勘違いを起こしてしまった。

 

「―――――避妊、されましたか?」

 

「はぁ? 開口一番(いきなりなにを)言うかと思えば……私とそこの兎様の間に、避妊具(隔てるモノ)など必要ございません」

 

「な……っ!?」

 

あからさまに顔を赤くして動揺するアミッドにクスクスと笑う輝夜。アミッドは激怒した。必ず、かの大和撫子(きょういくにわるい)お姉さんを除かなければならぬと決意した、以下略。

 

「と、とにかく服を着てください! さ、ベルさんも起きてください朝食(さしいれ)を持ってきましたから一緒に食べましょう! 身体も見せてください!」

 

「ベル、お前の身体目当てに聖女様がやってきたぞ起きてやれ、一発ガツンとかましてやれ」

 

「何ですか輝夜さん、朝はテンション高い派なんですか? そろそろ頭を冷やしていただけますか誤解を招きますよ!?」

 

「ここには私達しかいないのだから、誤解も何もないでしょうに……ああそうそう、身体の(きず)が痛むらしくて碌に着替えもできないみたいだからそいつ今―――」

 

「わぁあああああああああああああああッ!?」

 

「下着くらいしか穿いてないぞ」

 

見慣れているだろうに、毛布を捲り上げたアミッドはベルの裸体を見て羞恥の悲鳴を上げた。これにはベルも流石に「うるさい」と耳を塞ぎ怒りを露わにした。

 

 

そして時は現在に戻る。

はぁはぁ、ぜぇぜぇ、と疲れ果てたように荒い呼吸を繰り返すアミッドと痣に触れられたことで激痛に悶え、まるで拷問のような時間を受けたことで涙と涎を垂らしたベルは、それこそまるで『乱暴』のようなそれだ。輝夜はというと暴れるベルを抑えていたとはいえ、乱れてしまった着物を正し膝の上にベルの頭を乗せ苦笑を浮かべながら頭を撫でている。

 

「い、痛み止めを持ってきましたから……食後に、飲ませてあげてください」

 

「塗り薬ではないのか」

 

「今のように暴れられては困るでしょう」

 

「ふむ……確かに、何から何まで頭があがらん」

 

「いいんですよ、もう長い付き合いですし……アルフィアさんに頼まれましたから」

 

追憶に耽りそうなところを頭を振ってベルを見やる。

呼吸もなんとか落ち着いたのか、ベルはゴロリと寝返りをうってアミッドに背を向けるように身体の正面を壁に向け、輝夜の着物をぎゅっと握った。

 

(随分、塞ぎ込んでいますね……運ばれてきた時も、あのベルさんが自殺を図ったと聞いて耳を疑いましたが……何があったのか、今聞いても教えてはもらうことは難しそうですね)

 

アミッドはそう察した。それは付き合いの長さからくるものだった。

『オラリオ』の外に出て行く前と治療院に運ばれてきた時とで、ベルの身体は見てわかるほどには変わってしまっていた。

一つは、首にできた切り傷。

その傷こそが、ベル自身が自分で作ったモノであると聞いた時には耳を疑った。そして二つ目は、右わき腹から左腰にかけてできた傷……というよりも痣。まるで『星』のようなその痣に、アミッドは『聖痕』と称してみたが、魔法をかけても治らなかった。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「……何があったのか存じませんが、ベルさん」

 

少しばかりの沈黙を挟んで、アミッドはベルの背中を撫でる。ピクッと肩が跳ねた。輝夜の顔を見て、先程までと違って俯き気味に、それでも甲斐甲斐しく世話を焼く女の顔をしているのを見て、今までの茶番(おふざけ)があえて重くなる空気を紛らわせるためのものであると理解して、言葉を続ける。

 

「いつまでもだんまりを決め込んではいられませんよ。喋ろうと黙ろうと、不幸になるときは否応なしなんです」

 

『オラリオ』にいれば、嫌でも見る。

それこそ治療院で働いていれば、ダンジョンで大怪我をして帰ってきたり、取り返しのつかないミスを犯して身体の一部を失ってしまったり、間に合わなくて命を引き取ったり。そんなものは最初から約束されていたわけでもなく、当人達にはわかるはずもなく、本当にいつも通りをしていたら足場が突如崩れてしまったようにどん底に落ちてしまう……そんな人達を、嫌でも見る。

 

「……………」

 

身体を震わせて、鼻を啜る音がする。

アミッドはベルに何があったのかなんて知らない。輝夜達に聞いてもきっと、「勝手に話していいことじゃない」と断られるだろう。ただ、「消えない傷になってしまった」と遠回しなことを言われただけだ。ここまで消沈しているベルをアミッドは知らない。アルフィアが天に還った時こそ悲しみに暮れていたが、今ほどではなかった。今のベルは、周囲の人間関係からすら逃げていた。

 

「普段通りに振舞って、幾ばくかでも慰めになる方がいるということを覚えていてください」

 

「……そんな人、どこにいるんですか」

 

失敗した僕なんかに。

逃げた僕なんかに。

小さく呟かれた言葉は、ようやっと耳に入るほどの声量で。それが余計に二人の女性を切なくさせてしまってやるせなくなる。

 

「貴方、自分のことになるとまるっきり鈍くなるんですね」

 

「………?」

 

「わからないなら、今一度……周りにもっと目を向けるべきかと。私は待っていますので、貴方の口から何があったのか語ってくれるのを」

 

「…………」

 

返事はなく、重い空気が漂う。

アミッドと輝夜は顔を見合わせ肩を竦め「ままなりませんね」と頭を振った。つい溜息をついてしまって、ベッドから腰を上げ立ち去ろうとする。

 

「?」

 

「……」

 

きゅっと衣服を掴まれて、アミッドは行動を停止する。振り返ればベルがこちらを見ずに摘まんでいたのがわかった。まるで「行かないで」と言っているかのようで、その仕草に思わず苦笑する。

 

(仕方のない人ですね)

 

そう思って再び腰を下ろして、白い髪を撫でようとして。

 

 

「神様を殺した僕は、どうなるんでしょうか」

 

「――――――なんですって?」

 

 

いきなりそんなことを言われて、アミッドは固まった。

その日アミッドは、ベルを放っておくこともできず廃教会に泊った。

 

 

「ベルさん、身体を拭いてあげますから大人しくしてください! すぐに終わりますから!」

 

「いいです、大丈夫です、放っておいてください!」

 

「不衛生でしょう!!」

 

「そうだぞベル、大人しく聖女様の奉仕を受けておけ……グビグビ」

 

「輝夜さん、貴方は紛らわしいことを言わないでください! あと、呑み過ぎです!」

 

「何を言う、私が余分に持ってきていたベルの浴衣を着ておいて……満更でもないくせに」

 

「それは輝夜さん、貴方が『人手が足りん、泊れ』……などと言うからでしょう!?」

 

「嫌なら帰れ」

 

「体育会系みたいなこと言わないでもらえます!?」

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛いッッ!!」

 

「あああああ、ごめんなさいベルさん!?」

 

長椅子(ソファ)にどかっと座って酒を呷る輝夜に、入浴が難しいベルの身体を拭いてやろうと甲斐甲斐しく世話をする風呂上りのアミッド。場はまるで朝の出来事のように混沌としていた。

 

「ベル、ここはあれだ、私が以前教えた痛みを和らげる呼吸法を試してみろ。あとそうだな、風呂も碌に入れん今のお前……このままだと【戦場の聖女(デア・セイント)】がお前の全身を舐めて清めることになるぞ、大事だぞそれは。高くつくし、責任を取らなくてはならなくなる………【戦場の聖女(デア・セイント)】が」

 

「私はいったいなんだと思われているのですか!? 舐めませんよ!? というか何故私が責任を取るのですか!?」

 

「私は舐めてやってもいいぞ」

 

「はぁ!?」

 

「ひっひっふっ、ひっひっふぅぅぅぅっ」

 

「出るぅうううう! それ、出る方のやつぅぅぅぅぅぅぅ!! 何教えられているのですか貴方はぁあああああ!? こ、このぉっ!」

 

「ぐへぁっ!?」

 

「………治療師(ヒーラー)が怪我人の負傷部分に乗っかるのはどうなんだ」

 

「さ、最初から気絶させておけばよかったのです……ふ、ふふふふ、なんと手のかかる……!」

 

「ぐびぐび……せめて腰のあたりに座ってやれ。入らん」

 

「何がですか!?」

 

「もう、嫌ですわアミッド様ったら……知らないわけではないでしょうに」

 

「か、揶揄うのもいい加減にしてください、呑みすぎですよ!?」

 

「吞まなきゃやってられるかぁ!」

 

「ごもっとも!?」

 

どたばたと騒がしい廃教会の隠し部屋。

聖女様の献身的な介護も、暴れてしまうベルのせいで無理矢理行為に及ぼうとしてしまうアレな絵面でしかなく、それを肴に酒を呑む輝夜も酷いものだった。というか、もう、2人きりだと空気が重くなって仕方がなかったのかアミッド一人加わっただけでテンションが上がってしまっていた。

 

「まったく……これなら手当をした後に湯浴みをすればよかったです」

 

「もう一度入ればいい、それより、一献……どうだ?」

 

「………はぁ、まったく……少しだけ、ですよ?」

 

強制的に睡眠させられたベルに毛布をかけ、アミッドは輝夜の対面に腰を下ろしグラスに注がれた酒を呷った。普段から呑む習慣はないが、まぁたまには……と。何より輝夜の言うように呑まなきゃやってられないという気持ちはわからないでもなかった。

 

「つい、はしゃいでしまった」

 

「はしゃぎすぎです……ん、これ、度がかなり低い……?」

 

「あいつから目を離せない以上、酔うことは避けた方がいいだろう? 嗜む程度の代物だ。【戦場の聖女(デア・セイント)】がイケル口かは知らないが」

 

「私は……まあ、基本的に呑むことはありませんし。それより……」

 

それより、ベルの言っていた神を殺した云々はいったいどういうことかと話を切り出す。輝夜はグラスを卓に置くとベルの方に目を向けて努めて声量を抑えて口を開いた。

 

「そのままの意味だ、冒険者依頼(クエスト)を女神本人から聞き受けて、女神そのものを討伐した」

 

「何故、そのようなことに?」

 

「知らん」

 

「知らんはないでしょう……神殺しが下界における最大の禁忌(タブー)であることは周知の事実、何より私達はそれに対する忌避感だって持ち合わせています。ベルさんのような方ができることとは到底思えませんよ」

 

「ああそうだな、あいつには無理だ。だから、耐え切れなくて()()()()()()()()()()

 

グラスを伝う水滴を人差し指で救い、卓の上で走らせる。濡れてできたのは3。

 

「『神の力』とやらなぞ、我々では想像もつかん。ただ、あの時、あの場では、あいつは何も選べなかった。まあ選択肢などなかったわけだが……結果としては、『因果』だのなんだのと言っていたが『魅了』を受けたような形となって、ああ違うな、乗っ取られたと言っていたか……こちらから見た限りでは乗っ取られようが乗っ取られていなかろうが違いはないが。あとは……蹂躙しただけだ」

 

碌に確認したわけではないが最早あの遺跡に、【アルテミス・ファミリア】の遺体など残ってはいない。

貫かれ、切り裂かれ、潰され、食われ、腐った……死した後でさえ、辱めを受けた月女神の戦乙女達。

墓を作ってやれたとしても、迷宮都市に存在する冒険者墓地と同じように空っぽの墓にしかならない。気高き月女神の眷族に対するあんまりな結末が、跡形も残らないということだった。不貞腐れたように悪態じみて言う輝夜の口は止まらない。

 

「加勢も何も介入する余地すら与えられなかった。それほどまでに、私達はあの時、女神を取り込んでいる怪物を容赦なく蹂躙するその有様に畏れた」

 

「…………ベルさんに責はないでしょう」

 

「だからといって「僕は悪くないでーす!」と言えるようなタマでもないだろう? 私でも無理だ、きっとな」

 

それよりも、と輝夜はあくどい笑みを浮かべてグラスを持ち上げ揺らした。カラコロと中の氷が音を立てた。首を傾げるアミッドに輝夜は陽の出ていた頃の出来事を回想するように彼女の発言を突いた。

 

「『不幸になるときは否応なし』」

 

「っ」

 

「『普段通りに振舞って、幾ばくかでも慰めになる方がいる』」

 

「あ、あの」

 

「『周りにもっと目を向けるべき』」

 

「ちょ、ちょっと、輝夜さん?」

 

「『私は待っています』……何も知らなかったとはいえ、中々の一撃……いえ、四撃かと『痛打(クリティカル)』もかくや、というもの」

 

「あの、ほんと、やめてください……何も知らない身でありながら偉そうなことを言ったことは謝りますから」

 

「いやいい、私達では結局、知ってるからこそ甘やかしてしまいかねんからな……とはいえ、私は一瞬、『こいつは長年連れ添った(つがい)か?』と思ってしまったぞ」

 

「勘弁してください……!」

 

「なんだ、うちの兎に不満でも?」

 

「不満だなんてそんな……彼はとても善良な方で……ハッ!? な、何なのですか貴方はっ!? 揶揄わないでください!」

 

酒が回ってきたか肌を上気させた二人の女。

アミッドはちょいちょい揶揄ってくる輝夜に辟易しはじめ、冷や水を注ぎ喉に流し込んだ。

 

「ところで輝夜さん」

 

何度目かの溜息をついて、アミッドは話題を変える。

泊ること自体、別に嫌な気はしない。というより、知己の少年の身が心配というか放っておけないというか、信頼を寄せてくれてくれている彼―そのせいで輝夜に揶揄われているのだが―から目を離すのは危うい気がしていたので宿泊の提案をされた時は反対する気はなかった。けれど落ち着いて改めて考えみると一つの懸念が生まれた。

 

「何でございましょう?」

 

「ええっと」

 

辺りを見渡す。

隠し部屋と言っても、決して広いというわけでもない。輝夜の座っている長椅子(ソファ)に丸い卓上テーブル、ハンガーラック、そしてベッド。家具と言われるものはそれくらいしかない。だからこそ、聞かねばならないことがあった。

 

「輝夜さんは今夜、どちらでお眠りに?」

 

「ベッドだな」

 

「……私は今夜、どちらで眠れば?」

 

「ベッドに決まっているでしょうに」

 

ベッド。そう言われて、もう一度辺りを見渡す。

ベルが絶賛就寝している、決して大きいわけではないソレが一つだけあった。それだけしか、ない。口角を引き攣らせてアミッドはたらり、と頬から汗を流し「まさか、ですよね」と続けて口を開いた。震えて。

 

「さ、3人で……ど、同衾する……そういうことですか?」

 

「勘の良い生娘は嫌いではありませんよ」

 

「嗚呼………ッ!」

 

ごちん、と額を卓に打ち付ける。

なんたることか、と。表を上げてみれば、やっぱり輝夜はクスクスと笑っていた。

 

「随分、楽しそうですね……」

 

「ええ、それはもう。兎様はここに来てからベッドであのように塞ぎ込むばかりで辛気臭い。そんなところに第三者が来れば、会話の相手もできて助かるというもの。まあ良いガス抜きにはなりました」

 

「………」

 

「さて、私は湯浴みをしてから寝ますのでお先にどうぞ?」

 

「………」

 

輝夜は良い気分転換になったのか、片付けをすますと目の前で着物を脱ぎ捨て、ペタペタと足音を鳴らしてシャワーを浴びに行ってしまった。そんな彼女に、「まったく……」と痛い頭を押さえるようにして着物を拾い上げ、長椅子(ソファ)にかけ、ベッドへと視線を向ける。

 

 

「………困りましたね」

 

手を出されるとか、そういうことはないことはわかっている―そもそも今の彼が手を出して来たら【ファミリア】に帰れと拳骨を喰らわせている自信すらある―が、恋人ですらない男女の同衾とは如何なものかと思う物。

 

(変に意識するからいけないのです)

 

そうだ、昔からのことを振り返ってみれば何もおかしなことはないではないか。治療院で手伝いをしてくれている彼の背中に背筋を正そうともたれかかったり、疲れてつい肩を借りてしまったり、なんなら【ファミリア】の者達に言われたのかベッドに連れて行かれ寝かしつけられたことも……。

 

(ん? 私とベルさんの関係はいったい……?)

 

それはもう、あれだ。

友達以上恋人未満というか、そういうアレだ。

アミッドはまた真っ赤になった。駄目だ、これは駄目なやつだ、と。考えれば考えるほどドツボに嵌ってしまうやつだ、と頭をぶんぶんと振った。銀の髪が振り乱れる。

 

(そ、そうです。アルフィアさんに頼まれたからこそ、こんなにも付き合いが長いのです何もおかしなことなどありません、友人が異性なだけですし相手は歳下)

 

よって問題なし。

意識しすぎなだけ。

反芻して、胸の鼓動を落ち着ける。きっと飲酒のせいもあるのだろう、滅多に呑まないからこそ余計に。

決して大きくはないベッドを三人で使うなど、暴挙もいいところだと、いっそ長椅子(ソファ)で寝ようとそう思いながらもベルを起こさないように、そう、輝夜の寝るスペースをつくるために動かしてやっていると存外に早く湯浴みを済ませた輝夜が戻っと来た。戻ってきて、タオルで髪を拭きながらアミッドをじぃーっと見つめていた。

 

「つまみ食いか?」

 

「違いますよ!?」

 

あと裸で出てこないでください、恥じらいはないのですか恥じらいは!! ぷんすこ激怒するアミッドに輝夜は腰をくねくね揺らし、その度に大きな乳房がたぷたぷと揺れ、妙なポーズをとった。そして平然とした表情で言ってのけた。

 

「見られて恥ずかしい身体はしていない」

 

仮にも美の女神の身姿を模倣していた一族だぞ、と。

羞恥など一切ないかのような輝夜にアミッドは悲鳴に近い声を上げた。

 

「むしろ見て! みたいなポーズをとらないでください! 前屈み、おやめなさい! 両腕を組んで乳房を持ち上げない! 教育に悪い!」

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】もやってみては? 楽しいぞ?」

 

「お断りします! わ、私はやはり長椅子(ソファー)で寝ますので!」

 

「いやいやいやいや、何を仰る。都市を代表する治療師(ヒーラー)様にこちとら兎様を特別に診ていただいているというのに、身体を痛めるやもしれない長椅子(ソファ)で就寝させるなど、とてもできる所業ではございません。どうぞどうぞ、ベッドにお上がりくださいませ」

 

「3人で眠るには無理があります!」

 

「つめれば問題ない。考えるな、密着しろ」

 

「言っていることが滅茶苦茶だという自覚はありますか!? あと服を着てください」

 

「さあさあ寝ましょう寝ましょう」

 

「あ、あの、服を……!?」

 

「私は寝るときは裸派なんだ」

 

「なんて破廉恥な……!?」

 

ぐいぐい押されてベッドの上。

それも何故かベルと対面する方へ追いやられるアミッド。正面は譲ってやる、とでも言いたげな優しい表情をした輝夜はアミッドの言葉など聞かず適当にベッドに潜り込んだ。

輝夜がベルの背中側、アミッドがベルの正面側という形だ。

 

「安心しろ、今のこいつに女を夜這いする余裕などない」

 

「ああ、それは安心……いえ、そういうことじゃないんですよ」

 

「あとこれはR18じゃないからこれ以上は進まん」

 

「何の話ですか!?」

 

「起きたらこいつの身体を見てやってくれ。【戦場の聖女(デア・セイント)】にしか頼めん」

 

「それはどういう意味で、でしょうか?」

 

「あら、聖女様はいったいどういう意味にお受け取りを?」

 

「………、………もう寝ますッ!」

 

やんややんやと輝夜がボケ、アミッドがツッコミをぶつける漫才(ドタバタ)。ベルが起きて笑ってくれれば儲けものだというのに、結局二人はこの日一度たりともベルが笑うところを見ることはなかった。すっかり疲れてしまったアミッドは諦め、えいやと勢いでベッドに潜り込み瞼を閉じた。目の前から聞こえる少年の寝息ともう寝たのかと疑ってしまうほどに早く意識を落した輝夜の寝息が耳朶を震わせ、ほんの少し瞼を開けベルの寝顔を拝む。安らかとはいえない寝顔につい、彼の頬を撫でてしまう。きっとアルフィアの時は先ほどまでの輝夜のようなノリというか空気がベルに笑顔をもたらせていたのだろうと察して彼が1日でも早く【ファミリア】に帰れることを祈り、アミッドは眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

×   ×   ×

2日目

 

 

『その男、炎を宿す者。 その男、炎を識る者。 その男、炎の英傑なり! 彼を見よ! おお、万軍もかくやというほどの怪物共が炎に飲まれ消えていくではないか!』

 

薄暗いそこで、魔石灯(スポットライト)に照らされた詩人の如き声が高らかに響いた。壇上ではマントを靡かせ天上より舞い落ちる何かを受け取ろうとしているかのように両手を伸ばしている後ろ姿の騎士とは違うが似たような恰好の男がいた。その男は剣を手に、怪物と思しき影達へと立ち向かい振るう。たちまち炎が怪物達を飲み込んで消し飛ばす。

 

「エピメテウス様万歳! 我等の英雄に栄光あれ!」

 

拍手喝采が鳴り響く。

男を称える者達の声が老若男女木霊する。

男の足は止まらない。

痛哭を聞きつければ東へ、嗚咽が漏れれば西へと向かい故郷に平和を取り戻してなお戦った。感謝する娘、涙する村人。英雄は誇らしく、歩みを続けた。

 

 

『だがしかし! 果てなき栄光は、やがて底なしの零落へと! なんとなんと、猛りし炎は漆黒の絶望に阻まれたのだ! 辿るは万の英雄と等しき末路也!』

 

灯りが陰り、罅割れる音が鳴り、巨大な黒い黒い怪物と思しき影が迫り来る。影が消え去った後にはボロクズのように傷付いた男が腕を庇うようにして、跪く。周囲には仲間達が倒れ伏しぴくりとも動きやしない。

 

「あの人を返して、返してよぉおおおお!」

 

「どうして早く来てくれなかったの!?」

 

「何も守れないくせに、何が英雄だよ!」

 

『人々は石を投げた! 何故か? 救世の英雄足り得なかったからか! 慟哭は終わらなかった、人々は叫んだ! 怪物倒せずして何が英雄かと!』

 

男の隣に立っていた仲間達は一人、また一人と姿を消していった。

 

「また遠征に失敗したのか!」

 

「いったいどれくらいの人と金を注ぎ込んだと思っている!」

 

群衆は男に石を投げ、王は罵声を浴びせた。

最早男は空を見上げず、足元だけを見るようになっていた。 歩みは止まっていた。

 

「奴は英雄の紛い物だ!」

 

「あんなものは偽物よ!」

 

「敗残者め!!」

 

 

『嗚呼、エピメテウス。 愚かな敗残者よ。 汝こそ、世に甘い夢を見せた愚物―――』

 

男は何一つ台詞を吐くことなく、舞台の幕は閉じた。

客席はほぼ空席であった。

 

 

「アーディ……間違えるってあんまりじゃないかなあってティオナ・ヒリュテ思うワケ」

 

「ご、ごめん……ほんと、ごめん……!」

 

都市南区繁華街に存在する『大劇場(シアター)』、その外のベンチに腰を下ろす3人の姿がそこにはあった。一人は目深に外套のフードを被ったベルで、他二人はアーディとティオナ。英雄譚や冒険譚が好きな3人組だ。

 

「まさか『歌劇の国(メイルストラ)』からの劇団が来てて?」

 

「『アルゴノゥト』の舞台だって思ってチケットまで買って誘ったのに……」

 

「まさかの早とちりの勘違いで?」

 

「ジュースとポップコーンを買っていざ入ってみれば? お客さんほぼゼロ! 金払ってみるもんじゃねえ! って怒ってる人いたよ!? 俺ぁ笑いたくて舞台を見に来てんのになんだこれは! ふざけんな! って!」

 

「ほんっとうに……ごめん!!」

 

 

アーディは何度も頭を下げて謝罪する。

屋台で買って来た軽食を摘まみながら、ティオナがぶーたれた。元はといえばリューから「ベルがやばいアーディ、助けてください、世界が終わる」と友人から聞きつけたアーディが事情を聞いては偶然にも舞台のチラシを見つけ、ベルを連れ出したのだった。

 

「ベル君、デートしよ!」

 

と。

胡乱気な、というかもうこの世の終わりみたいな顔をしてアミッドに包帯を巻かれていたベルにそんなことを言って輝夜に1日ベルを借りると言って連れ出した。ティオナがいるのは道中出会い、「『アルゴノゥト』の舞台があるから見に行くんだー!」と言ったらついてきたのだ。ちなみに『アルゴノゥト』の舞台は1ヵ月先の日付だった。

 

「ま、まあその……私の奢りだからさ、許してよ?」

 

「そう言われたら何も言えない……」

 

二人して深く息を吐いた。

大好きな英雄譚、それも舞台を見れば元気づけられると思っていたのに大失敗である。どころか、途中からベルが自分と重ねているのか涙を流して鼻を啜り始めて最後まで見るなんてできず劇場を飛び出してしまっていた。

 

(追い打ちかけてるじゃん!?)

 

(不可抗力だよ!?)

 

(明らかに追加攻撃(オーバーキル)じゃないかな!?)

 

(だから不可抗力だって!?)

 

一言も喋ってくれないどころか、フードを目深に被って風で飛ばないように押さえているせいか余計に悲惨に見えてしまう。周囲を通り過ぎる人々が「【大切断(アマゾン)】じゃん」「【象神の詩(ヴィヤーサ)】じゃん」と口々に言っては二人の間に座っている見るからに不審な外套姿の人物を見て「修羅場か?」「関わらんとこ」と距離を開けて離れていく。

 

「え、ええっとぉ……ベル君、ごめんね?」

 

アーディは焦った。

めっちゃ焦った。

何せ自信満々に姉譲りの豊かな胸を張って「まっかせてよリオン! 今日中にベル君元気にして【ファミリア】に帰らせてあげるから! ううん、むしろ私なしじゃダメな男の子にしてみせる!」なんて言ったのにコレである。崖っぷちに立つ犯人に飛び蹴りかまして崖下に落としてしまったくらいの「やべぇ」という焦りが彼女にはあった。それをジトーとした目で見るのはティオナだ。

 

「え、『アルゴノゥト』!? 私も行っていい!?」

 

「え、でも私ベル君とデー」

 

「いいや、行くね!」

 

「え、えぇー……」

 

かなり強引についてきたのに、何とも言えない感じというか舞台の内容が内容だけに胃もたれしそうだった。まだ見たものが悲劇よりの『水と光のフルランド』だとか湖の妖精を守るために戦って死んだ『護人ベリアス』の英雄譚とかならまだ良い。いや、せっかく見るのだから明るい『喜劇』でお腹が痛くなるくらい笑いたいのが本音ではあるが、『エピメテウス』の話だけは納得いかなかった。というか、気に入らないのだ。顔も知らない誰かのために戦った人達の結末があんまりにもあんまりで、英雄譚好きなティオナとしては怒り心頭ものだった。

 

「うーん……どうしよっか……」

 

「ベル、歩ける? 身体痛むんだっけ?」

 

「…………ぐすっ」

 

「「……………」」

 

2人は顔を見合わせた。

そして溜息をついた。

完全にミスったと。

無言の時を少しばかり挟んで、ティオナはベンチから飛ぶようにして降りた。振り返りニカッと笑いながら彼女らしく言った。

 

「ダンジョン行こう! こういう時はさ、こう、えいやーって感じでモンスター倒してストレス発散? させるのがいいんだよ!」

 

「うーん、ごめんね却下かなあ」

 

「なんで!?」

 

「私はともかくベル君武器一つも持ってないし、本調子じゃなさそうだし」

 

「うぐっ!? じゃ、じゃあどうするのさー! アイズもなんか塞ぎ込んじゃってるしー!」

 

「え、何で【剣姫】が?」

 

「いや良く分からないんだけどさ、リヴェリアが「何かやらかしてしまったらしい」って言ってたから……」

 

 

×   ×   ×

【ロキ・ファミリア】本拠、黄昏の館。

 

時は遡ってベルが家出したその日。

偶然ベルに出会い、「ありがとう」と言って泣かせたどころではない反応をされてしまったアイズは割とかなり本気(まじ)で「や、やらかした……」とロキみたいな口調で言っては落ち込んでいた。

 

「リ、リヴェリア……」

 

夕食時、妖精(エルフ)達が囲うリヴェリアへと悩みを打ち明け―周囲にはそれが懺悔にしか見えていないが―に隣の席へと座り込んだ。リヴェリアはレフィーヤ達と一緒でなくていいのか?と片目を瞑りながらアイズへと問うてみるも娘のような存在が来てくれたことに満更ではなかったのか薄く微笑みかけた。が、アイズの余りの表情の暗さにすぐに表情を切り替えた。

 

「どうした、アイズ。じゃが丸君でも腐っていたのか?」

 

「ち、違う……じゃが丸君は無実! わ、私が、悪い、んだと、思う……!」

 

腐ったじゃが丸君を食べたらアイズさんそういう顔するんだ……と周囲が変な想像を膨らませる中、アイズはリヴェリアにまるで縋るかのように口を開いた。曰く、やばいかもしれないと。

 

「ベ、ベルにありがとうって言ったら……泣かれ、ちゃった」

 

「…………うれし泣きか?」

 

言葉足らずが祟って、伝わらなかった。

アイズは自室に閉じこもった。

リヴェリアは嘆いた。

フィンは痛む頭を抑えた。

ガレスは「何しとるんじゃ…‥」と髭を撫でた。

レフィーヤ達は部屋の扉を叩きまくってアイズを心配した。

 

 

×   ×   ×

 

「それで、私のところに来たの……?」

 

「は、はい、その、ダンジョンに連れて行くわけにもいかないですし何かこう、身体を動かしている方が気分転換になるかなあって……」

 

「行き当たりばったりだなあ」

 

「シッ、ティオナうるさい!」

 

「だ、だってさあ……」

 

穏やかな印象を受ける木造りの屋敷、その裏庭で豊満すぎる胸をもつ女神の下へ訪れていた。ゆったりとしたカートルに身を包み、麦わら帽子を被り、微笑を浮かべる女神デメテルはアーディ、ティオナ、そしてベルを見て神としての勘か、おおよそのことを察して「いいわ」とにこやかに微笑んで招き入れた。帽子の下のふわふわとした蜂蜜色の髪が、陽光を浴びて綺麗に輝いている。彼女は自身が被っている麦わら帽子をとると、ベルの元へと歩み寄り、フードを外し被せた。ビクリ、と肩を揺らしたベルの頬に手を添えて彼女はまた微笑む。

 

「麦わら帽子の方が風通しも良くて涼しいわ。 それとそんなに怯えなくても取って食べたりなんてしないわ」

 

「………アストレア、様は」

 

「来ていないわ、来ていても会わせない。会いたくないのでしょう? そんな顔、しているわ」

 

「…………」

 

「私は貴方の主神じゃないけれど……ベル君も可愛い子供であることに変わりはないし……相談でもなんでも、話を聞いてあげるくらいはしてあげられるわ。もちろん、話したくないというならそれでも構わないの結局は貴方が答えを見つけなくてはいけないことだから」

 

「…………」

 

「………コホン、それじゃあ3人には収穫を手伝ってもらいましょうか」

 

そう言って手を叩き、眷族(ペルセポネ)達にも声をかけ、土と葉っぱの香り感じる菜園の中へと3人を導いていった。収穫した作物の一部は、3人に分け与えられた。




・「またせたな……」
 「やれー!」
 「魔貫光殺法!」
 
・テスカトリポカ思うワケ
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