終わったら、イシュタルFと戦争遊戯させたい
霧が立ち込めている。
夜が明けて東の方角から空が白み始めている中、アイズ、ベル、ヘスティアの2人と1柱は『エダスの村』を出発した。
「ベル、これ」
心の底から、微妙そうな顔を晒すアイズが握りこぶしをベルの前に突き出して、ベルは首を傾げながらおずおずと手を出し、受け取った。手のひらに丁度収まって、握ることのできるほどのサイズのそれは、『お守り』と言えるだろう。丁寧に手製の袋でしっかりと収納されているその中身は、
「……正気ですか、アイズさん」
「………いや、だけど、君の身を守るためというか、その……やっぱり、捨てよっか」
「…………その、苦虫を嚙み潰したような微妙な顔をするのを止めたまえよ、ヴァレンシュタイン君」
僕ぁ、知っているんだぞ。
君が、村の人達に頭を下げて、実はすっごく嫌な顔をしつつも悟られないように精一杯頑張ってて、だけど光が消えた死んだような目をする君に、思わず彼等が「ひぇっ」と悲鳴を上げたことを。いったいカーム君の葬儀の後に何をやっているんだって思ってたら、村を守っていたとかいう黒竜の鱗を分けて欲しいだなんて言っていたそうじゃないか、すごく嫌そうな顔で。君なりにベル君を案じての行動だと思うけど、君が無理する必要はないんじゃないかなぁ? というか、何で君とベル君は同室なんだい!? けしからん、実にけしからん、処女神として男女が同じ部屋でもにょもにょ……とにかく引き離さなくてはいけないとアルテミスのゴーストも囁いている―いないけどいることにしようそうしよう―んだからって思ってたらリナ君に「邪魔してはいけませんよ!」なんて怒られる始末さ。僕は悪くないんだ。処女神として恋仲でもない男女の同衾を認めるわけにはいかないんだ。なのにリナ君はすっごく鼻息を荒くして「ベルさんを守るために鱗をわけてほしいなんてアイズさんは言ってきたんです。それくらい大切だってことなんです、だから、邪魔しちゃいけませんよヘスティア様!」とか言うしさ。時々、ベッドの軋む音が聞こえたけれど、君たちは何をしていたいんだい?
「ベ、ベル君、ちゃんと眠れたかい?」
「…………はぃ」
「いやめっちゃ舟漕いでるし」
「ごめんねベル、もうちょっと優しくすればよかった」
「本当にナニをしていたんだい!?」
「………痛かった」
「え、ていうか、え、えっ……えぇっ!? 逆だろう!?」
「えと、その……ごめん、なさい」
「だから何があったんだぁ!?」
ヘスティアは知らない。
眠る前に体を拭こうとしていたベルが、身体に刻まれた『
「い、や……!」
「おとなしく……して」
「い、痛いっ」
「最初だけ、だから……っ」
「でも……っ!」
「すぐに、よくなる……から……」
なあんて、そんな会話が微かに扉の向こうから聞こえてきた上にベッドの軋む音が聞こえてしまえば、そりゃあ処女神だって勘違いする。ナニかあったに違いないと、思ってしまうこともあるかもしれない。第一、二人の年齢は16歳と14歳。
ヘスティアは嘆いた。
嗚呼、きっと、これは、アレだ。精神的に弱ってしまった子をあれやこれやと手を尽くし、依存させちゃうアレなのだ……と。きっと二人はもう、ただならぬ関係へと至っていて、ベル君はヴァレンシュタイン君なしに生きていけない体にされてしまったんだ……と。
なんなら、アイズは昨晩、部屋へ戻る前にヘスティアに問うていた。
「ベルは、冒険者をやめちゃうんでしょうか」
と。
そんなこと、ヘスティアにわかるわけもないが冒険者を続ける云々については本人の意志次第だ。勿論、彼の話を聞く限りでは、冒険者をする動機がそもそもなかったのだから、続ける理由はないのだろうが。となれば、アイズはひょっとすればベルが冒険者をやめる
精神的に弱り、自分の弱さをさらけ出し、今まで知らなかった異性の気持ちを知り、互いに底知れぬ寂しさを覚え、求めあう……
ブリギッド――火、金属細工、豊穣、家畜、作物の実り、そして詩の女神でもありながら夏の女神の側面を持つ処女神だ。属性過多な神の一柱と言っても良いだろう。
そんな女神を愛したカームを思って、村人達は祭を行うようになったのかもしれないとヘスティアは思った。思ったところで、アイズとベルの二人をチラチラ見つめて、溜息を付いた。
「豊穣、しちゃったかぁ……」
「「?」」
勝手な勘違いをした三大処女神が一柱の思考回路は、小首を傾げる少年少女には意味不明でしかなかった。
青い空に雲は流れて、風に揺れた木々は葉擦れの音を立てては飛び立つ鳥たちが囀り、陽光が道行く旅人を温かく照らす。長続きする弾むような会話などなく、時たまヘスティアがやかましく騒ぐだけで、きっと、女神がいなければ二人は無言で道を歩いていたことだろう。何もかも失った姉弟のように。
「ベルは、その、オラリオに帰る……で、いいん、だよね?」
「…………はい」
ベルは、アルテミスとの旅の『思い出』を知らない。
槍を引き抜いたことで始まった物語を、その結末に至るまでの道程を、ベルは覚えていない。それでも、カームの言葉が今も離れず残っていた。
「逃げたことが『原因』であったとしても、貴方が『元凶』ではないのです」
「帰りを待つ大切なお方がいるのでしょう?」
「私のように……後悔してはいけない」
彼の言葉に、赦されたような気がした。
「僕一人くらいは、君のことを許しても良いはずだ」
ヘスティアにそう言われて、赦されて、あれやこれやとアストレアにだって言ったことのないことを言ってなんだか気が楽になった気がした。
「上手く、言えないけど……」
「うん」
「お義母さん達との繋がりまで、捨てたくないから」
だから、帰ります。
そこしかもう、
拙い言葉で、ぽつりぽつりと陽光に眩しそうに目を細めるベルは言う。アイズはそれを「そっか」と短く返しながら、隣を歩く少年が遠くへ行かないようにと握る手にほんのり力を込めた。どちらの体温かは分からないけれど、手の温もりが、妙に心地いい。
きっとオラリオへ到着すれば、ベルは【アストレア・ファミリア】へ帰るだろう。その時は、あの過保護な姉達に珍しくお説教をされるのかもしれない。あの優しい女神の中の女神へとベルがどんな言葉を送り、送られるのか、アイズにはわからないことだけれど、幼いころから知る彼を失わずに済むと思えば、安堵に胸を撫でおろしてしまうというもの。
「僕も、聞いて……いいですか?」
「?」
ベルは胸元で揺れる『お守り』に手を触れさせてから、アイズに問う。「どうしてこんなものを?」と。【ロキ・ファミリア】のレフィーヤ達よりもアイズのことを知っている自信はあるし、モンスター……もっと言えば黒竜にただならぬ因縁があることは付き合いの長さから知っているベルではあるが、じゃあ、どうしてそんなアイズが自分の意志を捻じ曲げるようなことをしたのか、それだけはわからなかった。だから、問うた。
「…………」
アイズからの返答はない。
いや、どう返せばいいのか、わからないのだろう。ベルが隣にいる彼女の顔を見てみれば、酷く言葉を選ぶように瞳を泳がせているのが見て取れた。そうして沈黙が流れてから、アイズはぎゅっと再びベルの手を握る手に力を入れて、口を開いた。
「あれは、神様なんかじゃない……それは、変わらない」
感情のままに言葉が迸ってしまうのを抑えるように、言う。
村長の顔を思い描くようにして、彼に言われたことを反芻しながら、言う。
「私は、あの村がおかしいって……思ってしまう」
冒険者でもなく、神々にでもなく、
『モンスターが人々を守る』なんて矛盾を、アイズは受け入れられない。『人々と共存する怪物』など在ってはならない。それを認めてしまえば、アイズの存在理由が、掲げる剣の意志が揺らいでしまう。けれど、アイズの意志がどうであれ、あの村の人々のために看過しなくてはならないことだ。竜の鱗が鎮座するすぐ隣で笑顔がこぼれるあの村の光景を、怪物の気配のすぐ横で人々の生活が両立する矛盾した光景に、折り合いをつけるしかない。そう、アイズは何度も自分に言い聞かせた。
「この村の者達は、生まれてきた子供達を除けば、みな『傷』を負っています。それまで暮らしていた世界から弾き出されて、絶望して、涙を枯らして……ひょっとすれば、『傷』の舐め合いなのかもしれません。ですが、彼等のおかげで、思えたのです。私は、『独り』ではなかったのだと」
カームがベルに語り掛けていたのと同じように、彼はアイズにも語り掛けていた。村の在り方に、矛盾に、動揺してしまったアイズに微笑んで。
「まだ癒えない貴方の『傷』を、誰かが埋めてくれることを……祈っております」
あの優しい老人の顔を、言葉を回想して、アイズは再び言葉を発した。もう彼は冒険者をやめてしまうかもしれない。だけどオラリオにいれば嫌でも時代の流れに巻き込まれてしまうかもしれない。お姉さん達が、自分達が英雄のように都合よく守ってあげられるわけでもない。だから、自分の気持ちを押し殺してでも、何を利用してでも彼の平穏を守るためならば、と考えた。頭を下げて、鱗を分けてもらった。
「……それのおかげで、あの村の人達は平和に暮らせてたのは、事実だから」
鱗から放たれる古の竜の気配。
全ての怪物の頂点に立つ王者の波動。
モンスターはそれを本能で感じ、心から怯え、寄り付かない。そのおかげで村は平穏を保たれていた。
「だから、それを身に付けていれば、その……ベルは傷つかないですむ……って思って」
真っ白なベルまで自分のように黒く染まって欲しくはないから。利用したくはないが、利用する。何をやっているんだろうと自分でも思いながら、言葉に詰まって、最後には黙りこくった。
「………そっか」
「うん」
「そっか」
「……うん」
春が遠ざかって夏へと移ろいゆくそんな風が、二人の背中を押す。金の長髪と処女雪のような白い髪が柔らかく揺れる。何度も何度も人が、馬車が移動してできた道を歩き続けてしばらく。
白亜の巨塔そびえたつ、迷宮都市の姿が視界に映る。歩を進める度にその姿は大きくなり、やがて、両手を腰に当てて佇む一本に結わえた赤髪揺らす女冒険者と胡桃色の長髪を揺らす女神の姿がはっきりと映りこんだ。
「いいかいベル君、どんなにつらい別れでも輝くものはきっとあるんだ……それを、忘れちゃ駄目だぜ」
「………?」
「行っておいでベル君。なあに、君に悪さをするような
ヘスティアの小さな手に背中を叩かれて、躓くようにしながらベルは彼女達の下へと歩んでいく。大丈夫だろうか、怒られないだろうか、そんなことを思うアイズにヘスティアは見抜いたように言い聞かせる。
「大丈夫さ、だって、アストレア達はベル君の―――家族じゃないか」
× × ×
迷宮都市
ベルが家出をして1週間は経とうかという頃。
都市は今日も平和で、何一つとして変わったところはない。
人々の喧騒は鳴り止まないし、迷宮都市は眠ることを知らず夜だって賑やかだ。問題が発生したならば、象面被る群衆の主の眷族達が、或いは、裁きの剣を持つ星乙女の眷族達が、正靴の音を立てて駆けつけるだろう。
「うーん……」
女の呻き声。
頬を紅潮させ、熱い息を乱して吐いて、うなされている。美しく絹のような黒髪は扇のように広がっていて、襦袢の細帯は解けて、彼女の瑞々しい素肌は汗で湿り煽情的だ。
「馬鹿じゃないの輝夜」
「……うるざぁい」
輝夜は熱にうなされていた。
というか、ぶっ倒れていた。
ベルの家出に付いて行った輝夜は、あろうことか、『遠征』の話をしていたところをタイミング悪くベルに聞かれ、飛び出され、追いつく前に迷宮都市を出て行かれた。甲斐甲斐しく世話をしていた輝夜からしてみればショックもショックだ。かつての自分と重ねて、自刃したベルを止めなかったことについても仲間から諫められ、責任というか、もうさせてなるものか、と見張りも兼ねて護衛もかねて側にいて寄り添ったというのに、都市の外に出て行かれてしまった。意地になった輝夜は門の外に
「その結果、無理がたたって? ぶっ倒れたって……輝夜、馬鹿じゃないの?」
「…………」
「「アストレア様、あいつの恩恵が消えたら可及的速やかに教えてくださいませ。後を追います」とか言っちゃったらしいけれど………アストレア様、ドン引きしてたわよ? 聞いた私もドン引きよ」
冷たく濡れたタオルを額の上に乗せられ、身体の汗を拭われ、ついでだとばかりに豊かな乳房を馬鹿じゃないのと言いながら、団長―アリーゼ―が揉みしだく。そして自らの胸部装甲を見下ろして、軽く舌を弾いた。
「人のことを、言えるのか?」
「言えるわ! だって私、団長ですもの!」
「関係ないでしょうに」
「あるわよ、私もショックでひっくり返っちゃったけど、輝夜ほどじゃないもの。なんていうかそう、その内帰って来るでしょって感じするし? あの子、一人で生きていけるとは思えないもの」
「…………」
「ちゃんと人の話を聞かないで飛び出しちゃうあの子もあの子だけどね」
姉のように輝夜の前髪を分けるように撫でるアリーゼは微笑みを浮かべている。あんたも思いつめすぎ、責任を感じ過ぎ、と。だから余計に泥沼化してズルズル引きずってしまうのよ、と。
「さて、そろそろ行くわ」
「………ええ」
「今日こそ帰ってきてくれたらいいんだけど! いい加減、ベルがいないと寂しくってたまらないわ!」
苦笑を浮かべる輝夜に、ニッコリと笑うアリーゼ。
背を向けて部屋を出て行くアリーゼに、開いた扉から待っていたのかそこから顔を覗かせたアストレアが輝夜に微笑んで離れていく。自分の部屋の布団の上で、ぼんやりとした眼差しで天井を見つめる。腕を伸ばし、手のひらを開いて、だらり、と落とす。
「私はまだ、私自身の火消しを終わらせられていないということか」
瞼を閉じる度に、あの遺跡での最後の瞬間を思い出す。
身体に消えない
般若のように長い髪を振り乱した
現実に耐え切れず、即刻自害しようと首を切り裂いた
即刻自害しようとして、けれど『夜の
あの時のベルが、どうしても過去の己と重なって離れない。すなわち、24にもなって未だ己の中の火消しを終えられていないことの証拠なのだろう。輝夜はそう、判じた。判じて、そんな自分を恥じ、唇を噛んだ。
「輝夜は大丈夫でしょうか」
「きっと大丈夫よ、アリーゼ」
貴方達は何度挫けたって立ち上がれる強い子だもの。そう言って、アストレアは微笑みながら歩を進める。遅れず隣を歩くアリーゼも自然と笑みを浮かべた。2人はストリートを歩く。歩いて、迷宮都市の外と内の境目たる門へと向って行く。朝と昼と夕に、それぞれ一度ずつ訪れては、ベルの帰りを待つ。それが彼が都市の外へ飛び出してからの【アストレア・ファミリア】の日課だった。
「ベルったら酷いわ、私達がどれだけあの時代であの子に救われたか……なぁーんにも、知らないんだから!」
「ベルが何も知らずに、笑いかけてくれたから、貴方達は頑張ってこれたのでしょう?」
「それは、まぁそうなんですけど……」
温かな陽光に夏の気配を肌に感じて、アリーゼの言葉にアストレアは返す。あの時代とは勿論『暗黒期』にして闇派閥達との抗争の時のこと。零れ落ちて助けられなかった命は多く、一度は助けた命でさえ取りこぼしたことさえある。そして石を投げられ少女だった彼女達の肌を傷付け、血を強いた。頭を下げて、謝って、叱責されて、助けてくれないアルフィア達に八つ当たりしそうになって、そんな自分達を恥じて、本拠に帰ったあの時、何も知らないベルが小さな体で走り寄って「おかえり」と言ってくれたことが、彼女達の凍てついた心をどれほど溶けほぐしたことか。どれほど、あと少しだけ頑張ってみようと思えたことか。
「帰って来たら、どうしましょうか……お説教、ですよね?」
「さぁどうかしら? 結局、怒るに怒れなくなってしまうんじゃないかしら?」
「うっ」
「でも、そうね……この間の雨で身体を冷やしているかもしれないし、お腹を空かせているかもしれないし、温かいお風呂に入れて、お腹いっぱい食べさせて、例え幻であったとしても幸せな夢を見させてあげたいわ」
「そう、ですね」
簡単な手続きをして門を潜り抜けて、そこで待つ。
両手を腰に当て、薄い胸を張って。
穢れを知らない白の衣と胡桃色の長い髪を風に揺らされて、待つ。
1時間、2時間と時間は流れて、検問を受けた商人や冒険者志望なんかが迷宮都市へと入って行き、アストレア達の姿を見ては「何をしているんだ?」と首を傾げる。
そして。
「来た!」
ようやっと、処女雪を彷彿させる白の髪を持つ少年の姿が見えた。歓喜を顔に浮かばせるアリーゼと、
「………」
言葉はない。
俯いて、だけど、何かを言おうとして目の前にいる姉と女神の顔を見ようとして、やっぱり、勝手にいなくなったことに負い目があって、俯いてシャツを握り締める。アリーゼとアストレアは互いに顔を見合わせ、肩を竦めて、苦笑する。仕方なく、アリーゼは口を開いた。
「何か、言うことは?」
「っ」
怒られる時が来た、と肩を跳ねさせる。
だけどそこから先に繋がるものはなくて、アリーゼがベルに口を開かせるためにそう言ったのだと理解して、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「ごめん、なさい……ここで、待ってるなんて思わな、くて」
「ええ、貴方が飛び出して行っちゃってから、しばらくここに足を運んでいたわ。でも、今日再会できるとは思っていなかった」
「まったく……。あんたときたら、オラリオに帰ってきたと思ったら本拠に帰らずに
アリーゼがずかずかとベルへと近づいて、両腕を広げる。俯いたままのベルは、アリーゼの影が近付いたことで平手打ちの一つでもされるのだと瞼を強く閉じた。けれど、そんなことは起こらず、むしろ、力強く、抱きしめられていた。
「本当に……本ッ当に……心配かけて………!」
身長はいつの間にか、アリーゼ達に近付いていた。
男らしいといえば、少し違うけれど、抱きしめて、抱きしめられて、初めて改めて気付く。彼が、彼女が、こんなにも大人に近づいていたのだと。だけどそれは、肉体的な話で、精神は別で。アリーゼは団長だからこそ我慢していたものが決壊するように、涙を零して喉を震わせた。皆、心配だったのだ。可愛がっていた弟が都市の外にまで出てしまうという今までになかった大事件に。アリーゼはショックでひっくり返ったし、ベルが死んだら私も死んでアルフィアに頭を下げてくるなんて言ってくる輝夜に頭を痛めた。今までの楽しかった日常が遠のいてしまったのではないかと、不安で不安で、心配だったのだ。だけど団長がおろおろしていたら示しがつかない。士気だって下がる。それはできない。だから、蓋をして道化でも演じるしかなかった。でもだめだ、待ち人が目の前に現れては、もう被る面もくそもなかった。
「ごめ、んなさい………。ちゃんと報告しなきゃ、いけないことだってわかってるのに……」
ベルもまた両手を泳がせながら、震える喉でなんとか言葉を出す。
「私達には、貴方がアルテミスと何をして、何を感じて、何を思ったのか……知る術は無い。だけど、彼女の為したこと、全ての決断は、間違いなく彼女自身のものだったと思う。それがどうあれ彼女の意志に判じたものでなかったとしても」
思いもよらぬ
「だからどうか貴方も、自分を責めるのではなく……彼女を誇ってあげてほしい」
胸に手を当てて、アストレアはそう言った。
誰かのために、何かのために、何かを為そうとした人達がいて、アルテミスもまたその内の
「私達に怒ることがあるとすれば、それは、あんたと一緒に泣けなかったことよ。本拠に帰ってきたのがマリューとリャーナくらいで、2人から話を聞かされて、私達だけで、あんたの分まで泣く羽目になっちゃったじゃない」
アリーゼ達は己の楽観視をどれだけ呪ったことか。
ベヒーモスの亜種、その討伐の一報を聞き、空に浮かぶ偽りの三日月が消え去ったことで都市は歓喜に震えた。ロキを中心とした神々は『祭』の再開に『宴』をやろうと動き回った。アリーゼ達もまた、ダンジョンでの防衛戦を終えて一息つきながら、宴に混じって楽しんだ。きっとすぐベルも帰って来る。そしたら一緒に飲んで食べて騒ごう……そう思っていたのに、ベルは帰ってこないどころか家出して、マリュー達から話を聞かされて言葉を失った。
「本当に……本、当に……ごめんなさい……」
震えるアリーゼの身体を、ベルはようやく抱きしめ返した。
おずおずと力も碌に入れず、そっと触れるような力加減で。
「僕は、どんな顔をして帰ればいいのかわからなかった」
【ゼウス】と【ヘラ】の末裔なのに、
「込み上げる気持ちも、紡いだはずの思い出も、何一つ、言葉にできなかった……」
気が付いた時には血濡れの女神が自分の腕の中にいて、深々と剣が胸を貫いていて、泡のように『思い出』が消えていく始末。いったい、どんな顔をして帰ればいいのだとそう思った。「どうしてそんなこともできないの? 英雄の息子のくせに」と誰かに言われることを恐れた。
「
縋るように抱きしめている腕に力が入る。
瞳は熱を帯び、潤んで、頬を伝って落ちていく。
アルテミスとの旅の『思い出』は何一つとして思い出せない。だというのに、アルテミスを殺めたあの瞬間、そして、魔法にて現れた
「僕はただ……ただ、無力で……」
「馬鹿ね……誰だってそうよ……。私達だってたくさんの人達を……。その悲しみを語れたりなんかしないわ……」
アイズとヘスティアは、彼等を見守っていた。
その場から離れることもできず、ただ見守って会話を聞いていた。
抱きしめ合う姉と弟の姿に、アイズはふと、アルフィアを喪った頃の【アストレア・ファミリア】のことを思い出して、口にしていた。
「アルフィア……ベルのお義母さんが亡くなった後」
「んー?」
「アリーゼさん達は強引にベルをいろんなところに連れて行ったりしてたみたいなんです。リオンさんは誰かからかわからないんですけど、沢山、本を借りていたのを見たことがあります。たぶん、ベルの考えてることをわかるようになろうって同じ本を読んでたんだと思います」
当時のベルがそれをどう思ったのかはわからないけれど。
アリーゼ達なりに頑張っていたんだろうということは、幼いアイズでもよくわかった。
「本当に、彼は恵まれてるんだね」
「……はい」
「オラリオにいる神ってさ、ベル君のことを知らない奴、ほとんどいないんだ。それが僕には不思議でたまらないんだけどさ……」
「それは、【アストレア・ファミリア】だからじゃ……?」
「それだけとは、限らないんじゃないかなあ」
きっと、彼のお義母さんが何かしたんじゃないかってそう僕は思うよ。勘だけれどね。ヘスティアは言う。アイズは首を傾げて、でも、心当たりがないわけでもなくて、やがて首を左右に振ってベル達へと視線を戻した。
「ベル、帰りましょう?」
アリーゼが自分と、ベルの涙を拭って言う。
ベルは黙りこくって、恐る恐るアストレアの顔を見る。
「……『正義』なんてない僕なんかが、貴方の側にいても、許されますか?」
自分には『正義』がない。
そう思い知るだけの、出来事だったのだろう。そう結論付けるだけの出来事だったのだろう。アストレアは瞼を閉じて、そしてすぐに開いて主神として言った。
「―――それならば、ベル、『旅』をしなさい」
自信もなにもなくなってしまっているベルへと言い放った。『旅』をしろと。目を見開き、2人の眷族が女神を見つめる。
「出ていけ、という話ではないわ。いろんなものを見て、触れて、感じて……沢山迷って、悩んで、答えを見つけなさい」
「答え……?」
「そう、人の数だけ『正義』がある。だから、貴方の……貴方だけの、『正義』を見つけなさい」
そしていつか教えて欲しい。
その時は、貴方の二つ名の意味を教えさせて欲しい。
アストレアはベルの頬を撫でながら、優しく、そう言った。
「長く、長く続く
それは、楽しかった日々の思い出であろうと。
それは、悲しかった惜別の思い出であろうと。
「そこで出会った人々の、声を、顔を、思い出せなくなる日がきたとして……そんな時には、これだけ、思い出してほしい。『どんなに遠くなろうとも、全ての歩みは、今日の貴方に続いている』と」
どれほどの苦難と、耐えがたい苦しみが襲ってこようとも。
いつか覚えた喜びが、流した涙が、受けた祈りが。
知らないものばかりの世界で、物音一つに怯えようと、閉じた瞼に映る仄かな光のように、決して。
「決して、貴方を独りにはしないでしょう」
頬に触れていた手は離れ、優しくベルの身体を抱きしめる。
凍えた身体を温めるように、柔らかい感触がベルを包み込む。優しい姉のような声音がベルを溶きほぐし、背を撫でる女神の手が力んでいた身体を弛緩させる。
「今の私達の『正義』は、ベルを連れて帰って、温かいお風呂に入れて美味しいものを食べさせること」
「帰りましょうベル、私達の
あんたが帰ってこないと、皆心配して仕事どころじゃないのよ。お願い。両手を合わせてせがむアリーゼにやれやれとアストレアは肩を竦めた。自分達なしじゃ生きていけないなんて言っておきながら、自分達のほうがベルなしじゃ生きていけなくなっているではないかと苦笑を浮かべる。ぐぅ~と誰かさんのお腹が鳴って、その誰かさんは耳まで赤く染めて、こくりと頷いて、やがて手を引かれて門をくぐっていった。それに続くようにアイズとヘスティアもまた。
温かな陽光に照らされて、気持ちの良い風に肌を撫でられて、それぞれが帰るべき場所へと帰る。だから、とりあえずは、問題が解決しようとしていなかろうと、言うべき言葉を。
「――――ただいま」
白髪の少年を。
金の長髪を揺らす少女を。
それぞれの家族を温かく迎え入れる。
ある女神は都市外に出たことについて盛大に雷を落されるし、不在にしていた分たんまりとバイトをさせられることになるが、それは語るべき物語ではない。
× × ×
下界ではないどこか。
「ベルさんは、帰れたでしょうか」
彼は白い空間を歩んでいた。
杖をつき、年老い曲がった腰に手を当てて、歩んでいた。
そこが自分がいた世界でないことは分かっていた。ならばこれが、こここそが、死後の世界――すなわち、『天界』なのだと、自然と察する。
とぼとぼ、よぼよぼと歩いて2人の若人達の顔を思い浮かべて、過去の自分と重ねて、同じようになっては欲しくなくて、後悔しないで欲しいと願う。
バチッと火の粉が舞った。
皺だらけの顔、その瞼、その瞳に映った火の粉に、思わず歩みを止めて目を見開く。
「まさか」
自然と彼は杖を手放し、緩やかな歩みは加速し、やがては走り出していた。真っ白な空間で、平坦な道を、息切れしながら走る。曲がっていた背筋は真っ直ぐに、しわくちゃな身体は瑞々しく、魂の衝動がままに瞼に涙が浮かんで散っていく。
バチッと再び火の粉が舞った。
知っている。
金の髪に、真っ赤な瞳。
あの少女の髪とあの少年の瞳を合わせたような、だけれどどこか違う、優しい
「―――カーム?」
「嗚呼……嗚呼っ!」
死した魂は若かりし頃の姿へ。
驚いたように振り返る女神の前にて、彼は両の瞳から涙を決壊させて立ち尽くす。彼と彼女との間に空いた距離は数M。走れ、飛んでしまえ、それだけで届く。
「ブリギッド様……わ、私は……俺は……ッ!」
これが例えば、魂の漂白までの束の間の夢だったとしても。
「カーム!? いや、ちょっと待って、まだ心の準備できてないっていうか、え、もうそんな時間経ってたの!? あ、いや、別に恥ずかしいからとかそんなんじゃないんだからね!?」
どうか、救いがあらんことを。
「愛しています、女神様」
「――――ありがとう、カーム。私も、貴方を愛している」
× × ×
星屑の庭
ベルの帰還から数日。
輝夜の体調もすっかり戻り、食卓を囲む【アストレア・ファミリア】は久しぶりの全員集合に自然と笑みを浮かべていた。
「それでさあ、マリューったらベル君がベル君がぁって大変だったのよ?」
「イスカちゃん、やめて、もうその話、やめてぇ!?」
「兎、リオンがお前がいねえってんで1人慰める夜を送ってたんだぜ、なんとかしてやれよ」
「ライラ、変なことを言うな! 私は慰め……そんな、いかがわしいことなどしていない!」
「何がいかがわしいんだよ、えぇ? 女でも性欲の一つや二つあるだろうに、なぁリャーナ?」
「………ベル、口元汚れているわよ」
「セルティなんて大変だったんだぞ、アルミラージ掴まえて「これ、ベルです」とか言って地上に持って帰ろうとしてたんだから」
「ネーゼさんやめてください恥ずかしすぎて死んでしまいます」
「貴方達、もう少し落ち着きを持てないの?」
「「「「「アストレア様なんてベルがいないベッドじゃ寝付けなくって本拠内をうろうろしていたことか」」」」」
「まさかの総攻撃!?」
やんややんやと姦しい【アストレア・ファミリア】の女傑達。ベルはその勢いに気圧されたのか置物のようにおとなしく、口にした料理で汚れた口元を左隣に座るリャーナ―くじ引きで席順は決まる―に拭われていた。ベルが帰還したその日に、彼女達は不足していた兎成分をそれはもう補充した。補充しすぎて肌艶が良くなり過ぎていた。
挙句の果てには、リュー・リオンがシャワーを浴びている時を狙ってか狙わずか、ベルを抱えて脱衣所にやって来たアリーゼ達によって脱がされた。
「さあベル、あんたの身体が今どうなっているのかお姉さん達に教えなさい! さぁ、バンザイ!」
「え、えっ?」
自分よりも器を昇華させている姉達―主にアリーゼと輝夜―によってあっという間に産まれたままの姿にされたベルは恥ずかしがるよりも先に姉達の視線にたじろいだ。
「こ、これはまた……」
「痛々しいというか……」
「輝夜、ここって触っただけで出血するのか?」
「触っただけというか、脆くなっているな。寝て目が覚めたら血が滲んでいることがあったから包帯は必須だ」
「ということは血、足りてませんよね」
「ほら、下の方も自然と……」
「「「どこ見てんだ、馬鹿団長」」」
「可愛い弟の成長具合を確かめ合うっていう場面でしょ、ここは!?」
「今そういう空気じゃないから!」
「ベル、びっくりして縮みこんでるじゃないですか!」
「そのうち、ご立派に自己主張するわよ! ね、ベル!」
「貴方達、脱衣所で何を騒いでぇえええええええええええええええええええええ!?」
たちまちぶち上がったのはリュー・リオンの悲鳴だ。扉を開けてみれば産まれたままの姿な上に両手両足を抑えられた少年が床に倒れていて、かつ、複数の女に囲まれているのだ。何なのだこれは、どうすればいいのだ、とビックリ仰天してもおかしくない。というか、なんなら、その空色の瞳に自分にはないものを写してしまっていた。責任案件だ。そんなリューの悲鳴にベルはことさら驚いて、慌ただしくそこに在った浴衣を着こんだかと思えばバタバタと走り出して本拠を飛び出した。
「ベル君、そんな恰好で外に出ちゃだめえええええええええええ!?」
「おい馬鹿リオン、兎の兎でびびってんじゃねえ、今更だろうが!!」
「そうよリオン! いくつの時からお風呂入ってると思ってるの!?」
「だから! おかしい! その感覚が、おかしい! あの子はもう14歳だ、何故一人で入らせない!?」
「「「「一緒に入りたいと思って何が悪い!!」」」」
「駄目だこの【ファミリア】何とかしないと……」
飛び出したベルは、真っ直ぐアイズの下へ……ではなく、治療院の扉をぶち上げて目を点にするアミッドの下へ。
開口一番、
「アミッドさん、一緒に暮らして!」
「匿ってと言いなさぁああああああああい!! 勘違いされるでしょう!!」
(アミッド様はどうしてベルさんの言いたいことをすぐに翻訳できてしまうの?)
顔を真っ赤にした聖女様にぷりぷり怒られ、都市外に出ていて久しく特別に診察を受け、ベルが飛び出してしまったと知ってやってきたアストレアに回収された。なお、アストレアはその晩、久しぶりにベルを抱き枕にしてそれはもう、ぐっすりと安眠したという。
そして現在、食卓囲む姦しい乙女達はコホンと咳払いをしたアリーゼへと視線を一斉に向けた。
「それでベル、何も覚えてないっていうのは本当?」
「……はい」
「そんなあ、一緒に飛竜に乗ったことも、覚えてないっていうの?」
「……はい」
「やべえな、神の力ってのは」
「精神的な問題で記憶が飛んだっていう線は?」
「否定しきれないけれど……うーん」
「とりあえずだベル、私達の報告とすり合わせるためにも、お前の憶えていることを話してみろ」
憶えていないのだから報告の仕様がない。一緒に旅をしたマリューとリャーナ、輝夜は痛む頭を抑えるように溜息を付いた。それでも、憶えているだけのことは教えて欲しいと言ってベルに語らせる。聞かされたのは、結末だけ。自分の腹が貫かれて、女神を貫いて、側には魔法とはいえ義母がいて……そこに至るまでのことは何も思い出すことができない。
「――――です」
数分にも満たないベルの報告に一同は黙り込む。
なんとも居た堪れない空気が漂う。そりゃあ家出もしてしまうわ、と同情すらしてしまう。ベルはそんな重い空気に気が付いていないのか、俯いたまま、また口を開いた。
「ごめんなさい……やっぱり、辛いです」
泣きそうな顔で、言う。
「そりゃ 辛えだろ」
ライラがスプーンでスープをかき混ぜるようにしながら、言う。
「……ちゃんと言えたじゃん」
ナイフで肉を切っていたネーゼが言った。
「聞けてよかった」
セルティが丸メガネをくいっと正しながら言った。
アストレアは思った。台本でもあったのかしら……と。そんなやり取りが行われたのだ。
「ベル、とりあえずあれよ、責任を取るべきだと思うのよ」
少しの沈黙を挟んで、果実酒の入ったグラスから口を離したアリーゼは言った。
「急だな」
「責任をとる云々はいきなり脱がせた貴方達が取るべきでは」
「いや、家出してくれたおかげで輝夜は倒れるし、アストレア様も心労に頭と胸を痛めていたわけだし」
「おいこいつ兎を脱がしたことから目を背けてやがんぞ」
「いやでも、年下白髪赤眼少年のあの華奢な身体……イイ……!」
「仄かに浮き上がる筋肉がいいのよ、ああ、ちゃんと鍛えられてるんだなって」
「マリューにイスカ、貴方達の発言はもう変態のそれだ」
やんややんや、やんややんや、と騒ぐ乙女達。
ベルは右隣に座るアストレアの顔を見て、アリーゼ、輝夜、と順に姉達の顔を見て『責任』について考える。この時点で彼女達は気づくべきだった。【アストレア・ファミリア】はだいたいポンコツ属性を持つものがいることを。それは例に洩れず、ベルもだったことを。
「責任……責任……」
「おい団長、ベルのやつ、考え込んでしまったぞ。第一、私はあいつに何を求めているわけでもない」
「どうするのよ、ベル君ったら思いつめちゃって……」
「極東の『ハラキリ』をしたらどうするんですか!?」
「だ、大丈夫よ、責任をとれっていったって、アストレア様や輝夜のお手伝いをしてくれたら~くらいにしか考えてないから」
「見直した、流石団長だ」
「「「おいこの極東の女を摘まみ出せ、手のひら返す勢いがおかしい」」」
家出をして心配をさせた『責任』。すなわち、明確な『罰』をアリーゼはベルに与えるべきだと思った。勿論、帰ってきてくれただけで彼女達はほっとしているし解決したと思っているわけだから、何を求めるわけでもないが、ベルはベルで引きずりやすい子だと思って、ならば……と考えたのだ。そしてそれは、寄り添っていた輝夜と、そしてベルの身を案じていた女神の身の回りの世話と言わずとも、『お手伝い』でもしてくれたらという非常に軽いもの。それくらいでいいだろうという風にしか考えていなかった。が、ベルは彼女達が思った以上に真剣に考えていた。考えすぎていた。
「………っこん」
「「「「ん?」」」」
「アストレア様」
「どうしたの?」
「輝夜、さん」
「なんだ?」
耳まで赤くして俯き、ぷるぷる震えるベルの姿に姉達はその胸をきゅんっとさせた。何を言うのか、期待した。あわよくば自分も……と。何せ手塩にかけて育ててきたのは自分たちなのだから。ベルはアストレアと輝夜に声をかけて、意を決したように、真剣な顔をして言い放った。
「結婚しましょう」
「「「「「「「「「「「「ブッフォッッッ!?」」」」」」」」」」」」
妙齢の乙女達にあるまじき醜態がそこにはあった!
口に含んでいた内容物をぶちまけた者、勢い余り過ぎて鼻水吹いた者、対面する仲間の顔をどちゃくそ汚した者、椅子から転げ落ちて頭を打ち付け悶絶する者、飲み込んだ肉を喉に詰まらせてしまった者、三者三様というか、十人十色の似たり寄ったりな反応に、そう、食卓は麗しい正義の乙女達の口からぶちまけられた内容物で汚れ切ってしまったのだ!
「な、なななな、なんでそうなるのよ!?」
アリーゼが口元を拭って言う。
「おいやべぇ、リオンが息してねえぞ!?」
「ライラは鼻を拭けぇ!?」
ライラがスープの中に顔を突っ込んで固まるリューの身体を揺らし、ノインがそんなライラの汚い顔を指さし指摘する。
「ゴホッ、ゴヒュッ!?」
「ネーゼちゃんしっかり! 川の向こうに行っては駄目よ!?」
「ゴホォッ!?」
肉を喉に詰まらせたらしいネーゼが溺死寸前の人間の反応をし、マリューが背中を叩けばいいのに何故か腹に拳をめり込ませた。
「あ、あらあら……こういう時は、えっと、そう、
「「「アストレア様?」」」
「いえ、でも、そうね、まずは、式場を探した方が……ここはやはりというか、ベルに縁のあるあの廃教会がいいかしら……アルフィアは祝福してくれるかわからないけれど……精霊と子供達の愛のロマンスがあったりもしたわけだし、ええ、相手が女神だって問題はない筈」
「「「アストレア様!?」」」
思考回路がピンク色になってバグる女神に眷族が悲鳴を上げた。
「あらあらアストレア様ったら、主神ともあろうお方がはしゃぐなんてはしたない……もう少し、落ち着きをもってくださいませ」
「「「おお、さすが副団長だ、動じていない!!」」」
「いや待て、お前等! あいつの手元を見ろ!!」
ライラに言われるや否や、団員達は輝夜の手元に広げられた分厚い雑誌に目を縫い付けた。そして心の中で叫んだ。
(((婚活雑誌だ! 分厚過ぎてもはや鈍器としか言えないアレだ!?)))
「いったいどこに隠し持っていたんですか!?」
「輝夜がそういう雑誌読んでるの、なんか嫌だ!!」
「涼しい顔して、何してんの!? 旅館の項目開いてるけど、え、なに、新婚旅行とか考えてるクチ!?」
「え、なに、倒れて寝込んでいる間、そんなの読んでたの!? 官能小説のほうがまだ似合うわよ!?」
「貴様等言いたい放題か!!」
「ふ、ふふふっ」
「「「「何笑ってんだ、
弟分の
「べ、べべべベ、ベル君!? どうして、責任をとれーって話で結婚になるのかな!?」
「え、だって、叔父さんも、タケミカヅチ様も男が責任を取るとしたらそれはもう結婚だろうって」
「「「「答えが極端すぎる!!」」」」
ていうかそれは、女の子を孕ませたら~とかいう最終的なやつだから! 今の君には適応されてないから! というかそんな極端な考え方をしていたら、君は何人お嫁さんを作るつもりなの!? 私達だけで十分でしょう!? お姉さん達はあーだこーだとお説教なのか、自分達には言ってもらえなかったことが気に入らないのか好き放題の言い放題。結局、彼女達が落ち着いたのは日付が変わって3時間が経ち、とっくにベルが女神に寄りかかって眠ってしまった頃だった。
× × ×
ベル・クラネル
所属【アストレア・ファミリア】
Lv.2
力:I 0
耐久:I 0
器用:I 0
敏捷:I 0
魔力:I 0
幸運:I
■スキル
【
・早熟する。
・効果は持続する。
・追慕の丈に応じ効果は向上する。
【
戦闘時、発展アビリティ『魔導』の一時発現。
戦闘時、発展アビリティ『精癒』の一時発現。
戦闘時、修得発展アビリティの全強化。
■魔法
【アーネンエルベ】
・雷属性
・
・
ステイタスがおかしい?
いやいや、そんなそんな。
↓ 仮想ステイタス ↓
役割【
Lv.?
力:?
耐久:?
器用:?
敏捷:?
魔力:?
幸運:?
■スキル
【
・
・
・
・『月女神』討伐まで効果は持続する。
■???
【悠久の空、恵みの大地、大いなる森】
【純潔の月】
【いかなる権能をも弾く聖なる領域、聖なる貞潔】
【あらゆる権能をも貫く至高の矢、至高の鏃】
【我が名はオリオン 至上の狩人】
【月や弓、星は弦、誓いは矢】
【来たれ、破邪の一撃】
ゼロ・フィル:フォーマットとも言われる。
フォーマット:初期化