アーネンエルベの兎   作:二ベル

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時系列:本編終了後


ハロウィンの話

「―――メリークリスマス、ベル・クラネル」

 

呼び鈴が鳴り、扉を開ける。

そこにいたのは目の覚めるような美少女。

顔の右半分を隠す長い髪は、色素が抜け落ちたかのような灰の色。露わになっている左眼は闇で塗りつぶしたかのような黒一色で、けれど酷く整った彼女の容姿を何ら損なうものではない。同じく黒を基調にした露出を控えるドレス然とした格好は『魔女』を彷彿とさせる。頭にはつば広のとんがり帽子。

 

――彼女の名は、ヘルン。

『女神の付き人』にして【二つ名】を持たない【名無し(ネームレス)】の一応、Lv.2の上級冒険者であり、この作品において哀れにも、不憫にも、出番を碌に与えてもらえなかった第三の腐れ縁(サードチルドレン)である。

 

「……今日も綺麗ですねヘルンさん。目が覚めましたよ」

 

開口一番。

見敵必殺。

ブチかましてきたヘルンにベルは反応に困った。

ボケるなら、せめてそれにふさわしい表情なりをしてほしいもの。彼女はまったくの無表情で言うのだ。いや、もし彼女が「ベル君、おはよ♡ きゃぴるーん☆」とか言ったらそれはそれで怖いものだけれど。……この世の終わりかな?

 

「クリスマスじゃないですよ」

 

「何もくれないのですか?」

 

「欲しいものがあるんですか?」

 

「宝が欲しいわ」

 

「……宝?」

 

「子」

 

「……」

 

「………義務なのだから仕方がないでしょう」

 

 

残念なことに、クリスマスではないのだ。

冷えてきた今日この頃ではあるが、雪はまだ降ってすらいない。はたしてこの世に『さんたくろぅす』なる空飛ぶ鹿に跨った真っ白な髭を蓄えた老人はいるのだろうか。いたとして、彼女の寝床に忍び込むことはできるのだろうか。ベルは思う。祖父(ゼウス)でも無理だと。やり遂げたところで誕生するのはスプラッタな事件現場だ。

 

「付き合いなさい」

 

「いいです……けど」

 

「今夜はより一層冷えるわ。上着を用意なさい」

 

「じゃあ、ちょっとだけ待っててくだs――」

 

「女を寒空の下で待たせるつもり?」

 

「へーいヘルン女史、あがってくぅ?」

 

「………」

 

イラァという顔を隠しもしない少女。

ベルは知っている。

美女を怒らせてはいけないと。

美女の怒った顔はとても怖いのだ。

無理矢理に道化を演じてみたけれど、急転直下、氷点下まっしぐらに表情だけでドラゴンを殺せそうなほどの圧を放つヘルンにベルの笑みが引き攣った。とはいえ、彼女の言う通り寒空の下に放置しておくのはよくないだろう。すぐに外出するとはいえ、ベルは彼女を中にいれてやることに。

 

「それで、何か用が?」

 

「……『はろうぃん』というものを知っていますか?」

 

「どこかの村で精霊達がやらかした事件とかですか?」

 

「なんですかそれは」

 

「じゃあ、いろんな情報を頭に叩き込まれて『はろうぃん』のことしか考えられなくなるとかいう……」

 

「なんですかそれは」

 

本拠の中に入れる際に冷えた身体を抱きしめるようにしたヘルンを見逃さなかったベルはココアを入れて上げた。「どうして普段は誘ってもくれないのにこういう時は気が利くの?」と言いたげに彼女はマグカップに口をつけちびちびと喉に流し、冷えた身体を温めた。そして、隣に座りなさいとばかりにヘルンは自分の隣をぽんぽんと叩いた。対面に座ろうものならまた睨まれるかもしれないと思ったベルは素直にヘルンの隣へ。すると彼女はさりげなく軽く密着する程度に身を寄せた。

 

「家々を巡り、【とりっく】【おあ】【とりーと】と呪文を唱えるという奇祭だそうで……その、仮装するのが参加条件らしいわ」

 

「知らない祭ですね」

 

「当然です、今年からですから」

 

「女神祭とはまた別ですか?」

 

「ええ、別。 なんでも暇を持て余した神々が『女神祭』が終わった後だというのにも関わらず……」

 

 

――やろうぜ、ハロウィン!

 

――きゃわいいあの子やこの子に悪戯したい!

 

――きゃわいい子供達や女神様達にお菓子もらいたい!

 

とかいう理由で生まれたらしい。

暇なのかな?

ベルはそんな顔をヘルンに向け、ヘルンもまたベルの顔に肩を竦めて同意を示した。

 

「それで? ヘルンさんはその奇祭に参加したかったってことですか」

 

「………どうして私が来たと思いますか?」

 

「奇祭に参加したかったからじゃないんですか? お祭り好きだったんですねヘルンさん初めて知りました」

 

そんな一面もあったんですね。

そんな風に思いながらベルは自分のマグカップに口をつけようとしてヘルンに奪われた。代わりにベルの手に渡されたのはヘルンが口付けていたマグカップ。「え?」と虚を突かれた次の瞬間。

 

「お・ま・え・が! いつもいつもいつもいつもいつもいつも!! 【聖女】や【剣姫】を始めとした娘達とばかり戯れる! 私達がどれだけ見せつけられているかわかる!? 娘と宿に姿を消す光景、市壁の上で致している光景、仲良く恋人繋ぎをして歩いている光景……私達が何をしたというの!? どうしてそんな酷い仕打ちができるの!?  私達(シル)がそんなに嫌い!? 抱く価値もない!? お前に人の心はないの!?」

 

「へ、ヘルンさん……!?」

 

「私達の相手もしろぉおおおおおおおおおおお!!」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいだからまだ湯気を揺らしているマグカップを傾けるのをやめてぇえええええ!?」

 

「女神の寵愛を賜っておきながら、女神に見せつけるかのような仕打ちばかり!! 付け加えるなら、死亡を言い渡され魂すらも見えず女神を傷付けておきながら……」

 

「………ひぃぃ」

 

「ちょっと……かっこよくなって帰ってきて……なんなの?」

 

「な、なんですか? 声が急に小さくなって……」

 

「いい!? 私は『女神(シル)』様の代わりに『(シル)』として貴方の子を産まなくてはいけないの! 義務なの! 代理出産よわかる!? わかるわよね!? むしろわかれ!! 私の子宮は既にお前へ売却済みなの!! 内定済みなの! 私の意志? そんなものあるわけないでしょう!? あのお方の感情が流れてくるのだから、私はとっくのとうにお前に、貴方に…………ァアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

「パワーワードで殴ってくるのやめてぇ!?」

 

「構え! 構いなさい! 私達のことだけおざなりにするな! ちゃんと愛しなさい! クーリングオフが効くとでも思っているの? 一度抱いた程度で終るな! 他の女よりも満足させられなかったと傷つくでしょう!? こっちは散々女神との五感の共有で気が狂いそうになったのよ!? だというのに……見せつけ放置プレイなんて拷問……やめろぉおおおおおおおおお!!」

 

「あっつぅああああああ!?」

 

とうとう傾けられたマグカップからココアがベルの顔に。

大瀑布(グレートフォール)のような勢いと言わんばかりにべちゃべちゃ。ちくしょう、せっかく着替えたのに! これじゃあ後でマリューさんあたりに「ベル君は16歳にもなってココアも綺麗に飲めないの?」とか言われかねない! 出番がなさ過ぎた哀れな娘は色々あった意中の少年に馬乗りになって血走った眼球で睨みつけた。ベルは普通に悲鳴を上げた。

 

「はぁはぁはぁはぁ………っ。 用意なさい、せっかくあのお方が私に譲ってくださった機会。無駄にするわけにはいけません。覚悟なさい」

 

「はぁはぁ、はぁ、ひぃ……シャワー浴びてきていいですかぁ………?」

 

「………まだ私を待たせるというの?」

 

「ヘルンさんのせいで火傷してるんですけどぉ!?」

 

「何が火傷よ、殺しても死なないような貴方にその程度の………大丈夫?」

 

「もうなんなんですかぁ!?」

 

既に満身創痍。

この日1日分の体力を使い切ったかのような脱力感に苛まれたベルは、フラフラとシャワーを浴びに行く。その間にヘルンはベルの着替えを用意し、浴場の外で待機。すぐに出てきたベルからバスタオルを奪うと彼の髪をわしゃわしゃと乾かしてやり、櫛を通し、身だしなみを整えさせ、そしてようやく本拠を出た。

 

「ところでベル」

 

「はい?」

 

「私の……この格好……その、どうですか? 似合って……いますか?」

 

「……………普段と何が違うんですか?」

 

「フンッッ!!」

 

「ぐみゃっ!?」

 

『魔女』を彷彿とさせる恰好に、とんがり帽子を身に纏うヘルン。出会い頭からなんら衣装についてのコメントを頂いていなかったことを思い出したヘルンは、少し恥じ入りながら聞いてみたが返ってきた返答にイラァとしてベルの尻に渾身の蹴りを叩き込むのだった。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

都市の至る所に巨大なパンプキンの置物が設置されていた。

ただパンプキンを置くのではなく、何らかの顔を模したようなデザインが施され、内側に魔石灯を入れているのかぼんやりとした光が灯っている。

 

「「「とりっく、おあ、とりーと!」」」

 

と言って、小さな子供達が出店で働く者達から『菓子』を貰っているのが見える。子供達は揃って仮装しており、神々だけでなく大人達も普段とは違う子供達の姿にかわいらしさを感じているのかにこやかな顔をしている。

 

「へぇ」

 

「【戦場の聖女(デア・セイント)】達からは何も聞いていないのですか?」

 

「はい、特に」

 

「そう」

 

ヘルンと手を繋いだベルもまた、ヘルンの用意した着替えにより仮装させられている。『不思議の国のほにゃほにゃ』の白い兎を思わせるような時計のアクセサリを腰にぶら下げ、青のジャケットにチャック柄の黒ズボンといった格好だ。頭にはおまけなのか当然のように兎耳をつけられている。勿論、ベルに拒否権などない。文句など言おうものならヘルンがまた癇癪を起して……彼女を怒らせてしまうからだ。あれやこれやと話ながら大通りを進むことしばらく。

 

「わーはっはっはぁ! ほぅれ物乞い共よ施しだぁー! 特性『回復薬(ポーション)』ぱんぷきん味じゃ!」

 

やかましい老神の声が聞こえた。

特徴的な声だ。

ということは、彼女もきっとそばにいるのだろう。

ベルはそう思って、辺りを見渡す。

 

「パンプキン味の回復薬(ポーション)とは何なのでしょうか……」

 

「さ、さぁ……買ってみますか?」

 

「いえ結構です。興味はありますが、そこまでではありません。どうせイベント特価などと言って割高になっていたりして実際に買ってみれば、大したことがなかったというオチです」

 

「うーん……」

 

「それよりもあの神が『菓子』を貰い歩く者達……主に幼子が多いようですが、『物乞い』と言ったことが気に入りません」

 

「まあでも聞いた話通りなら、似たようなものじゃ?」

 

「……………『はろぅいん』とは『物乞い祭』、ということですか?」

 

「なんで僕を誘いに来たヘルンさんが迷いだしてるんですか」

 

老神の眷族達―【ディアンケヒト・ファミリア】―の団員達が幼子達にクッキーやキャンディーと言った『菓子』を配っているのを瞳に映しながら頭を唸らせる。そこに、聞き覚えのある声が飛んできた。

 

「そこにいるのは………ベルさん?」

 

「あ……アミッドさ、ん……だ……」

 

アミッドは仮装していた。

小柄でありながら豊満な女体を覆い隠すのは薄い白衣。

修道女(シスター)が身に着ける衣装と反して彼女が身に纏うのは穢れを知らぬが如く、『白』。金や赤などが装飾品として取り付けられているが、添える程度。頭にヴェールを被っていても特徴的なウェーブがかった銀色の長髪も相まってどこか神聖さを物語っていた。もしこの下界に神々がいなかったのならば、今の彼女は、女神を描けばきっとこうだろうといったものだ。ただ修正しておくことがあるとするならば、彼女は穢れを知らぬ生娘ではないということ。

 

「それは……仮装ですか?」

 

「え、えぇ……その、はい……遠い異国の地より『大司教(アークビショップ)』を務めておられる方の衣装だそうで……この姿の方が客足も増えそうだとディアンケヒト様にも言われまして……私は普段通りで良いと思うのですが」

 

目の前で恥じらうように己の右手で左腕を掴んで上目遣いにベルの顔を窺うアミッド。薄衣に包まれているとはいえ隠しきれない大きく実った乳房がアミッドの腕でむにっと形を歪ませ、ベルは今までの付き合いで見たことのない聖女様の身姿にごくりと喉を鳴らした。

 

「……淫獣」

 

「ナンデ!?」

 

刺すような視線でぼそりと呟くヘルン。

ヘルンとアミッド。

両者ともに相反する存在のような恰好に、周囲の者達は「なんだなんだ、修羅場か?」とざわつく。アミッドはあまり交流のない少女のベルにたいして呟かれた「淫獣」という言葉にぴくりと眉を動かすが、ヘルンは一度アミッドの姿を下から上へ上から下へと眺めると、溜息を吐き捨ててベルの腕を掴んだ。ガッチリと。

 

「ヘルンさん?」

 

「ベル・クラネル、彼女から手を引きなさい? その方が良いわ」

 

「え」

 

「はい?」

 

「『幼馴染』『許嫁』、そんな強い札を持っておきながら衆人環視に晒す姿がこの有様。神聖? 清楚? 何を言っているの? 白い衣に身を包んでいるからどうしたと? 鎖骨に谷間だけじゃない、横なんて丸出しよ丸出し。ねえ【戦場の聖女(デア・セイント)】、貴方、下着を身に着けているの? とても身に着けているようには見えないわ。ベルだけでは満足できなかったのかしら? きっと今夜はベルに食べられるのではなく、複数の男達の情欲をぶつけられ穴という穴を塞がれ白濁に汚れたまま幸せそうな顔をして眠るのよまさに『性女』。ね、ベル。わかったでしょ? 男に抱かれる女の悦びを知った聖女はもう手遅れ。ずぶずぶのずぶで沼に沈んでしまったの。……私達(シル)を正妻にしておきなさい?」

 

「ベルさん」

 

「違うんです」

 

淀みなく紡がれた超長文詠唱のごとき言葉の乱立にアミッドはくらり。ベルは言葉を失った。確かにアミッドは下着を着用しているのか怪しかった。なにせ、前と後ろはともなくとして横は丸見えであった。所謂横乳や横腹、ローブで隠れているのだろうがきっと背中も見えているだろう。腰の位置にある赤い装飾品が固定具になっているのか薄衣同士が連結されているが、伸びる瑞々しく美しい足は動くたびに布から出てしまっている。露出部分を指摘されて改めてアミッドは顔を赤くし羞恥に染まり出す。それでもヘルンの言動は失礼にもほどがあるとベルを睨んだ。

 

「貴方は人を見る目はあると思っていましたが……私の勘違いだったのでしょうか? 交流も薄い女性にそのようなことを言われる筋合いはないはずですが」

 

「ごめんなさい違うんです……でもアミッドさん、その恰好は……僕知らない」

 

「今日いきなり着ろと言われたのですから当然です。前もって衣装を渡されていれば貴方にちゃんと…………」

 

「………アミッドさん?」

 

「なんでもありません」

 

「どうして貴方達は私達の目の前でそうもイチャつけるのですか?」

 

「「イチャついているのではありません、仲良くしているんです」」

 

「同じことよ」

 

なんだかいい雰囲気になりそうな2人にイラァするのはヘルン。

ぽわぽわとアミッドは想像してしまったのだ。事前に衣装を渡され、ベルの前で「どうですか?」と見てもらいその後のことを…。爆発したようにアミッドはさらに顔を赤くさせていた。卑猥なことを考えてしまった聖女様を性女と罵るヘルンは間違っていないのかもしれない。だがしかし、アミッドも言われっぱなしではいられない。

 

「下着ならちゃんと身に着けているので何の問題もありません。確かに普段とは違う格好で露出もあり羞恥はありますが、心を無にすれば耐えられます。しかし、私は決してベルさんに満足できなくなったなんてことはありません。そもそも、Lv.2の私が第一級冒険者のベルさんとの情事で彼が満足するまで意識を保っていられるはずがないんです。何より、私が他の男性に懸想……? 有り得ません。訂正と謝罪を」

 

「…………」

 

「…………」

 

バチバチと火花が散り合う少女達。

その間に立つベルは胃が痛くなる一方である。

しかし周囲の者達は決してベルを助けはしない。高嶺の花を花束の如く持って行き独占するクソッたれ兎を助けてやる理由などないのだ。

 

「あの、喧嘩は……他の人も見てますし」

 

「誰のせいだと思っているの、この全自動未亡人大量生産機」

 

「ぐはっ!?」

 

「……………」

 

それには同意します、とアミッドは言いかけてぐっと堪えた。

どうやらアミッドが思うにヘルンという少女とは相性が悪いらしい。しかし罵詈雑言の嵐を黙っているのも許しがたいのでアミッドは少しだけやり返してやることに。

 

「ベルさん」

 

「っ、アミッドさん?」

 

ベルの右腕にぎゅっと抱き着き距離を詰める。

乳房すら右腕に押し付けるような密着度にヘルンは眼を見開いて固まる。周囲が聖女様のターンだと喉を鳴らした。

 

お菓子くれなきゃ悪戯しますよ(とりっく・おあ・とりーと)

 

「ひぅっ!?」

 

耳への囁きがこそばゆくて小さく悲鳴があがる。

腕から伝わるアミッドの体温、柔らかさ、鼓動にベルの身体がかぁっと熱くなる。彼女はとても良い匂いがした。

 

「な……な……っ!?」

 

見せつけるかのような聖女のソレにヘルンは戦慄を覚えた。

これが『第一の幼馴染(ファーストチルドレン)』にして『許嫁(勝ち確)』の力。なんて恐ろしいの!? 衆人環視だろうが関係ない、この聖女は己の男にしっかりと唾をつけてある! しかもベルとヘルンは仮装をして街を歩いていただけ、貰いはしても与えることなど考えてもいなかった。つまり、ベルがアミッドに『菓子』を上げることは決してない。ベルが何も持っていないのを見抜いていたのかアミッドはどこか悪戯するような笑みを浮かべていた。強い……あまりにも強い。

 

「『はろぅいん』は今回が初めて。ベルさんが何かを持ち歩いているとは思いません」

 

「……っ」

 

「図星ですね」

 

では、悪戯をしないといけませんから。

そう言うアミッドは、ほんの少しだけ踵を上げてベルの耳をかぷり、と甘噛み。ぞぞぞっとベルの肌が粟立つ。ヘルンの眼が更に見開かれ、周囲からは「きゃー」とか「ぎゃぁぁぁ」とか「いけーアミッド様ー」とかいろんな声が上がった。アミッド自身も顔を真っ赤にしながら耳を甘噛みし、ちろりと溝をなぞるように舌で舐め上げベルから可愛らしい悲鳴を聞いたところで口を離した。

 

「心臓に悪い……」

 

「ふふ……」

 

胸を抑えるベルにくすりと笑みをつくるアミッド。

ヘルンは完全に敗北者の顔になっていた。

周回遅れ? 冗談じゃない。誰よりもその男を見ていたのは私達だというのに。出番がなかっただけでここまで差が開いてしまうの? なんて世界は理不尽なの。そんな心境である。

 

「……アミッドさんっ」

 

「はい、どうしました?」

 

「とりっく、おあ、とりーと!」

 

「――――っ!?」

 

まさかやり返されるとは想定していなかったアミッドは肩を揺らした。しまった、と。自分がやることしか考えていなかった。だが『菓子』ならある。渡せる。しかし、しかし……。

 

(これは【ファミリア】の皆さんがあらかじめ用意してくださっていたもの……私自身の手で作ったものではありません……!)

 

他者が作ったものを渡してしまうのは、なんだか違う…と心の中で悶々。どうせなら自分の手で作ったものを彼の口にいれたい。そんなことを考えてしまうアミッドは乙女も乙女だろう。しかし、改めて思えば周りには人がいる。割と多い。そんな状況で辱めを受けるのは流石に……いや、自分も大概恥ずかしいことをしているが、と目をぐるぐる。いつまでも答えが返ってこないことにベルが眉を顰め、耳元に唇を。

 

「お菓子、くれないんですか?」

 

「ぁ、っ!?」

 

「じゃあ、悪戯していいんですよね?」

 

「ゃ、ぇと、その……わ、わた……」

 

「綿?」

 

お菓子は私なんてどうでしょうか!? とつい考えてしまった数秒前の自分をぶん殴るが如く言葉を紡ぐのに失敗する、おめめぐるぐるアミッド。そんなこと「お風呂にする? ご飯にする? それとも、わ・た・し?」みたいな発言してしまえば、本当に『性女』認定されてしまう。それは流石に困るのだ。脳みそをフル回転させるがどこかの勇者様のように盤面を俯瞰して数手先のことまで考えられるわけでもなし。アミッドは白旗を上げた。

 

「………優しく、してください」

 

消え入るような恥じらいマックスの声。

周囲には聞こえていないが、ベルにはしっかりと聞こえた声。

ドクンドクンとお互いの心臓の音が五月蠅くて、見つめ合えば自然と唇を重ねてしまいそうな空気が生まれる。いったい何を優しくするというのか聖女様は結局『性女』認定されてもしかたないことを言ってしまう。ああ、私はこのままお持ち帰りされてしまうのですねと紫の瞳を潤ませた。後方でディアンケヒトがやかましくしている気がするが、治療院の皆さんがぐいぐい背を押すようにそれを阻止してくれているのを感じた。アミッドは静かに瞼を閉じた。

 

「ふんっ!!」

 

「ぐはぁっ!?」

 

「なっ!?」

 

2人だけの甘い甘い世界をぶち壊す、ヘルン。

強烈な蹴りがベルの尻に叩き込まれ、甘い空気は爆発四散。

これにはアミッドも絶句。

 

「――行きますよ、淫獣」

 

「うぎぃ……」

 

「な、な、なにをするのですか!? なぜベルさんを暴行するのです!」

 

「この男が蹴り1つで怪我をするはずないでしょう!? 死んだと思ったら生きて帰ってきたのよ!?」

 

「そ、それの何が悪いのです、喜ばしいことでしょう!?」

 

「どれだけ多くの娘達を悲しみのどん底に突き落としたと思っているの? 殴られて当然の最低最悪ド屑種まき兎よ!」

 

「べ、ベルさんは決して、決して最低最悪ではありません! 謝罪をしてください!」

 

「―――イチャイチャイチャイチャと見せつけた貴方達が謝るべきでしょう!! なんなの!? どこまで私達の気を狂わせれば気が済むの!? 私にはそこまでしてくれなかったくせに! 今なら砂糖なしで珈琲だって飲める気がするわ! 本当に不快よ、公共の場を情欲で穢すな!」

 

「「ごめんなさぁあああああああああい!?」」

 

 

×   ×   ×

 

 

「なぜ、あなたまでついてくるのですか【戦場の聖女(デア・セイント)】」

 

「ベルさんと貴方を2人きりにするのは何だか嫌でしたので」

 

右にアミッド。

左にヘルン。

片や腕に腕を組んで。

片や指を絡ませて。

ベルを間に睨み合うように言い合って道を行く。

ベルは仏のような表情を浮かべて、2人の会話を全力で聞き流していた。左右から風に乗って運ばれてくる高嶺の花達の香りが鼻孔をくすぐった。アミッドが持っていた『菓子』を配っては、休憩がてら出店で食べ物を買って食べ歩く。口周りについたものを指でとるアミッドに対して、舌で舐め取るのは顔を真っ赤にしたヘルンで、常に彼女達は戦場の只中にいるようだった。

 

「――アミッドにベル。やっと見つけた」

 

道中、知己のアマゾネス姉妹にあって揶揄われたりギルドの受付嬢にお菓子を渡されたり、女神達に悪戯されかけたりとあったが、ようやくここで遭遇(エンカウント)。高嶺の花のもう1輪にして【剣姫】アイズ・ヴァレンシュタインである。ずっとベル達のことを探していたらしいアイズは嬉しそうに明るい表情―わかる人間にしかわからない程度の変化―を浮かべて、トテテと駆け寄って来る。

 

「【アストレア・ファミリア】の本拠に行ってもベルがいなくて……【ディアンケヒト・ファミリア】がお菓子配ってるって聞いたからそっちに行ったんだけど、アミッドとベルがさっき出て行ったって聞いて……よかった」

 

「「「…………」」」

 

「どうしたの?」

 

嬉しそうなアイズに対して無言の3人。

首を傾げるアイズへ3人の視線が上へ下へと泳ぎまくる。

アイズは、言うに及ばず仮装していた。

全身に包帯を巻きつけた格好で『ミイラ』を思わせる……が、頭に付けられた装飾が言葉を失わせるに事足りた。3人は呟く。

 

――これがオチか。

と。

 

 

「ア、アイズさん……その、恰好は……?」

 

「えと……わからない、んだけど……『かそう』っていうやつ、だよ?」

 

「ミイラ……ではないのですか?」

 

「うん……お店で売ってるのを見た時、なんか、これの方が驚かせられるかなって思って」

 

アイズの頭には『角』があった。

1本や2本というよりは複数に枝分かれした大きな角。

そして額の位置にはもう1つの眼のような装飾が施されており、きっと店で売っていた物を改造したのだろうことがうかがえた。変な夢でも見たのか変な物でも食べたのか、3人は頬に汗を滴らせた。

 

――そのネタはまだ早すぎるのでは。

 

そう思わなくもない。

保護者達は何も言わなかったのだろうか。

 

「【勇者】は何も言わなかったのですか?」

 

「えっと……笑ってくれた、よ?」

 

(それは凍り付いていたのでは?)

 

「ガレスさんは何て?」

 

「えと……ベルに全て任せるって」

 

(考えることすら放棄して僕に押し付けた!?)

 

「リ、リヴェリア様は何と……?」

 

「えと……あ、そうだ。アミッド、リヴェリア体調が悪いみたいで……診て上げてほしいな。胸を押さえて動悸が激しいって……横になっちゃったから」

 

(寝込むレベルですか!?)

 

「………ロキ様は?」

 

「ロキは………本当にそれでいいんか? いいんやな?って何回も聞いてきて、私、そんなに変なのかな? 包帯巻いただけだから恥ずかしいけど……でも、恥ずかしいところは隠せてるし、見られないように動いてきたし……あ、そうだ。アミッド、ベル、それからヘルンさんだっけ……ロキが、褒めてくれたの」

 

「褒めて……」

 

「くださった……」

 

「ですって?」

 

保護者達の哀れな姿を頭の中に浮かばせる3人は、最後の砦であるはずのロキが何度もアイズを止めていたことに「お疲れ様です」と言いたくなった。そして、褒めてくれた発言にそういえばアイズは天然であったことを思い出した。

 

 

「ロキが……完成度(くおりてぃ)高いなって」

 

「「「あかああああああああああああああああああん!!」」」

 

3人がロキのような台詞を叫びあげた。

アイズがびくぅっと肩を揺らした。

すぐさま3人に捕まり、ベルに抱きあげられ、ヘルンによって角を没収され、アミッドが羽織っていたローブを取り外すとアイズの身体へ被せた。息の合った連携がそこにはあった。

 

「完成度が高いっていうか!?」

 

「えっ」

 

「完成品そのものというか!?」

 

「えっ」

 

「存在そのものが悪戯と化しているのがわからないの!?」

 

『はろぅいん』。

それは秋の収穫を祝い、先祖の霊を迎え、悪霊を追い払う祭である。

暇を持て余して催された祭は、豊穣の神々を中心として大いに賑わった。そして、オチと化したアイズをアミッド、ヘルン、ベルがどこぞの宿に強制連行するのであった。

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