アーネンエルベの兎   作:二ベル

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イシュタル編
アストラルボルト①


 

「いやぁ、悪いねベル君、運んでくれちゃって」

 

「いえ、でも大丈夫なんですか?」

 

「いや、割とやばい」

 

「割と……」

 

 

その日、ベルはヘスティアを抱えてストリートを走っていた。道行く人々は頭上を見上げ、目に映ったものを見て、「ああ、兎って跳ぶもんな」と結論付けて、「いやおかしいだろ」と首を傾げた。そう、正確には今、ベルはストリートの中、数ある家屋の屋根の高さを重力を無視して進行していたのだ。

 

(2つの目の魔法かあ……確実に重力無視しちゃってるよベル君……)

 

【ヘスティア・ファミリア】、眷族0(なし)、主神絶賛、鍛冶神の本拠にて居候(なう)! を現在進行形で覆せずにいるツインテールを揺らす竈の神ことヘスティアは今日も今日とて『じゃが丸君』を売るためバイトへと赴いていた。最も、前日に夜更かしして本を読みふけっていたせいで遅刻寸前なのだが。

 

「うぉおおおお、やばいぞぉおおおお!」

 

と言って、身長に見合わない大きな胸をバインバインと揺らし、長いツインテールもブンブン揺らして、天界では引き篭もってばかりいた体力なしな女神様は叫び散らして走っていると真上から『くれーんげーむ』よろしく、ひょいっと掴み上げられた。なんだなんだ、巨大な鳥が僕を餌だと勘違いしたのか!?と思って見上げてみれば、そこには不思議そうな顔をしてヘスティアの顔を見て彼女が向かっていた方向へと進む処女雪を彷彿させる白の髪に深紅(ルベライト)の瞳を持つベルがいた。驚くべきはベルが足場のない『宙』を浮遊し、地上を歩くのと遜色なく移動していたことだった。

 

「ベ、ベル君よ……その、とりあえず紐を掴むのをやめてくれないか、胸がこう、痛いというかさ……」

 

そうして抱えなおしてもらい、バイト先まで『タクシー』代わりとばかりに運んでもらっているのが現在だ。ヘスティアは津波のように遅れてやって来た驚愕を声に出した。

 

 

「いや、おかしいだろ!!!」

 

 

真下からこちらを見上げてくる下界の住人(こども)達と男神や女神なんかが

 

「おい、ヘスティア様が運ばれているぞ!? 親鳥がひな鳥のために餌を巣に持ち帰るみたいに!」

 

「パンツだ! パンツが見える!」

 

「白だ! 女神様、白のお召し物を……! 拝まなきゃ!」

 

「ロリ巨乳が運搬されている!?」

 

「ていうか、あれ【探索者(ボイジャー)】じゃん。え、なに、飛べたの!?」

 

「跳べない兎はただのネズミ…」

 

などと好き勝手に言って最後には

 

「あのガキを誰だと思ってんだ、ベル・クラネル(アルフィアのガキ)だぞ」

 

と言い出して、何故かそれで納得しだす始末。幸運にも女神様の小粋な贈り物(パンチラ)を拝めたことに両手を合わせたり、にへらっとだらしない笑みを浮かべた後、彼等彼女等は何事もなかったように日常へと戻っていった。

 

 

「え、本当に新しい魔法が発現したってのかい!? 涼しい顔してるけど、これ、跳んでる……のかい!? ()()()()()()()()を蹴って進んでるけど!?」

 

「えと……はい、新しい魔法です」

 

「へ、へぇー……」

 

「飛んでいるわけじゃありません。感覚的には、足元に足場のようなものがあるので跳んで、駆けている……が正しいと思います」

 

そう言われてヘスティアはベルの足元を睨むように見た。宙を蹴る、いや、今はスキップするような感覚ではあるが、確かに足の下で何かに接触するように足場が生成しているように見えた。水面に葉が落ちた時のような、石で水切りをしたような、波紋がなんとか見える程度のものだが、恐らくはベルの魔法がそうしているのだろう。

 

「飛行魔法なのかい?」

 

「うーん……あくまでも、()()()()()ですから……あ、でも魔法の効果を見てくれたリャーナさんとセルティさんは『飛行』じゃなくて『浮遊』が近いんじゃないかって」

 

「意味合いは大して違わないと思うんだけどなあ……」

 

というか、聞き捨てならないことが聞こえた気がする。効果の一つってなんだよ、まだあるのかよ、【アーネンエルベ(1つ目の魔法)】だって大概何でもありな魔法だと聞いたんだぞ? とヘスティアはぴょんぴょんと何もない所を蹴っては進むベルにドン引きとばかりに頬を引き攣らせる。

 

「ま、まあ、他神(ひと)眷族()のステイタスを詮索したりするのはマナー違反だったりするけど……いいのかい、ひょいひょい街中で使っちゃって」

 

「攻撃系ではないから、大丈夫です」

 

「そっかあ……ああ、ベル君、あそこだ」

 

「間に合いそうですか?」

 

「ギリギリってところだね、いやあ助かった助かった」

 

ゆっくりと降下して、ヘスティアは地に「おっとっと」と少しよろけながら足をつける。店長のおばちゃんにバイトの子供達がぎょっとしたような顔をしたけれど、「やぁやぁ今日は間に合ったぜ!」と親指立ててサムズアップするヘスティアにすぐに「まぁたこの女神様、遅刻しかけたのか」とジトリとした目を向けた。ヘスティアは顔を逸らした。

 

「ああ、そうだおばちゃん、『じゃが丸君』を1つ頼むよ」

 

「ヘスティアちゃん、遅刻しかけて走ってくることはよくあるけど、空から降って来るなんて初めてだよ……」

 

そう言ってヘスティアへと出来立ての『じゃが丸君』を渡すと、ヘスティアはベルにお礼だと差し出した。

 

「ありがとうベル君、助かったよ」

 

「いえ、その、頑張ってください」

 

「君もね」

 

「…はい」

 

「今日はダンジョンに行くのかい? って、武器持ってないじゃないか」

 

今更だけれど、ヘスティアはベルの身なりを見て武器が腰にナイフが1つだけで、防具なんて身に付けておらず、ダンジョンに行くような『冒険者』としての恰好ではないことがわかった。

 

「えと、1人でダンジョンに行くのは駄目だって言われてて……あと、剣とか防具とか整備中で…渡したものが色々多すぎてヴェルフが時間をくれって言われてるんです」

 

渡したものとは、『デダイン』で回収したザルドの大剣『暴烈の大災塊』に『エルソス』で回収したアルテミスの短剣、『災厄の蠍の甲殻』、そして『探求者の剣』。防具はアンタレスとの戦闘の際に破損しており新調するしかなく、回収した品々も似たり寄ったりだ。それをいきなり持ち込まれた鍛冶師の青年は、「一気に仕事を持ってきたな」と始まる前から疲れたような顔をして引き受けてくれた。ベルが現在装備しているナイフはその時に代用品だと言って渡してくれた売れ残りの品である。それを一々ヘスティアに話すことはないが。

 

「あー……そういえばヘファイストスが何か言ってたなあ……曰く付きのドロップアイテムがどうとかって。あれ、ベル君だったのか」

 

まあとにかく運んでくれてありがとう、助かったよ。そう言ってヘスティアはバイトをするべく屋台の中に潜り込んでいった。ベルはそれを見届けると再び、階段を跳んで駆け上がるように一歩、二歩と何もないところを蹴っていった。やはりそれを住民達は唖然とした顔で見上げていた。

 

 

 

×   ×   ×

豊穣の女主人

 

 

「はいベル君、あーんっ」

 

「ささ、ベルさん、あーんっ」

 

「……アーディ、シル、彼が困っている。そんなに押し付けては食事などできない」

 

ヘスティアと別れて都市上空を目的もなく移動していたベルは現在、アーディとリューと共に『豊穣の女主人』に訪れていた。昼食である。カフェテラスで木製の円卓机を囲むのは席順からアーディ、ベル、シル、リューでありシルは酒場の制服のまま席についていた、というかリューから奪い取っていた。

 

「リューさぁん…」

 

「あ、諦めなさいベル…私は悪くない」

 

「アーディさん、酷いです。僕何もしてないのに魔法で撃ち落とすなんて」

 

「えへっ♡」

 

「くっ…」

 

可愛い。

『良質街娘』と称されるシルを凌駕できるくらいには、可憐な少女を思わせる薄蒼色の髪のお姉さんことアーディは照れ隠しのようにはにかむ。それに撃ち抜かれない男などいなかった。昼食を求めてやって来た一般人も含めた男性陣は己の胸を両手で押さえ、そして構われ、甘やかされている状況の白兎に殺意の波動をぶつけんばかりに歯ぎしりをした。更にシルも隣に座っているため、2人のお姉さんにお相手されている状況であるのもプラスして殺意の波動とやらはまるで階層主の威圧感に匹敵するほどのもので、リューは思わず振り返り「黙りなさい」とばかりにその美しい瞳を細め、男達は静かになった。ベルがアーディや自分以外の女性にちやほやされているのをただ見せつけられるのはいい気分ではないし、かと言って友人の幸せそうにしているところを奪うようなこともできるわけもなく、リューは仕方なく弟分に少しでも敵意や害意の類を振り払うことに徹した。

 

そも、ベルはアーディやリューと合流するつもりはなかった。特段目的もなし、真上から見るオラリオという珍しい景色を内心楽しみながら流れる雲のように風に流されていた。そろそろお腹が空いてきたしアストレア様のところに行こうか、適当な屋台で買ってすまそうか……そう考えていた時だった。

 

「【ガーナ・アヴィムサ】!」

 

良く知るお姉さんの声が下から聞こえてきたのだ。次に感じたのはガクンッという身体の動きを封じられた感覚。そう、あろうことかアーディはベルに『拘束魔法』行使。全能力値降下(アビリティダウン)を付与に加え高確率で対象を強制停止(リストレイト)させる効果を以てベルは墜落。アーディにキャッチされた。その時の柔らかな彼女の身体―特に姉譲りな胸の感触―を味わい、昼食を食べに行こうと連行されたのだ。

 

「ベル君が悪いんだよ? 私、下から何回も君のこと呼んでたのに、君ったらぼけーっとして風に流されっちゃうしさあ」

 

「はいベルさーん、お口が止まってますよー」

 

「シ、シル・・・ンヤさんま、僕、自分で食べれま・・・むびゅっ!?」

 

「ふふふ、ベルさんったらどうしたんですかあ? 良質街娘と某女神様の侍女頭さんと某美の女神様が玉突き事故を起こしたみたいな名前になっちゃってますよぉ? 私の名前は、シル・フローヴァですっ」

 

「もがもが、お、怒ってるんですか?」

 

「いいえ、怒ってませんよお? べっつにぃ、他派閥の冒険者さんと夜道を追いかけっこしていたり、他派閥の綺麗な妖精のお姉さんを抱きしめて口説いていたりしていたのを見せつけられて、イライラなんてしていませんよお?」

 

「ベル、他派閥の妖精(エルフ)とはどういうことか詳しく聞かせなさい」

 

「ベル君、夜遊びしたの? 怒るよ?」

 

「っ!?」

 

嫉妬の炎を揺らめかせ、ニコニコと微笑んで顔を近づけてくるシル。シルの口から放たれた『他派閥』『綺麗な』『妖精』『お姉さん』というワードに反応を示したアーディとリューは瞬時に冷たい視線をベルへと突き刺した。ベルはなんのことかさっぱり忘れており、綺麗な妖精といわれても目の前にいるじゃんという言葉しか浮かばない。はて、誰であったか。そもそも女性冒険者は見目麗しい女性が多い気がするのだからその情報だけで人物を絞り出せというのが無理があるというもの。

 

「昨日の夜、団欒室でうたた寝を始めたリューさんを抱きかかえてリューさんの部屋に運んだ……ことですか?」

 

「リオン!?」

 

「リュー!?」

 

「な!?」

 

2人の友人がものすごい剣幕でリューを睨んだ。Lv.4の【疾風】といえどもまさかの不意打ちともあれば対応も遅れるというもの。というかリュー自身、驚いていた。昨晩風呂上りに仲間と雑談をして、読書をして、気が付けばベッドの上で外からチュンチュンと鳥の鳴き声が。間の記憶が一切なく、リューは寝ぼけながらも自分で部屋に行ったのだと特段気にもとめなかったが、まさかのベルに運ばれたという始末。リューは一気に真っ赤になった!

 

「ベル君、リオンを()()()()()()()()()!()?()

 

アーディの発言に酒場にいた客達が「ぶふぅっ!?」と吹き出した。真昼間も真昼間、言い方、大事である。リューは更にその美しい顔を真っ赤に染め上げ、右に左にと顔を振っては自分達が見られていることを意識してあわあわと慌てだす。

 

「ア、アーディ!? や、やめてほしい、その、お願いだ、やめてほしい! 見られている! すごく、見られている!」

 

「ベルさん! 正直に答えてください! 大切なことなんです! リューを()()()()()()()()?()

 

「シ、シル、なぜあなたまでのったのです!? お願いだ、私達はやましいことなどしていない!」

 

「リオンが覚えてないだけかもしれないじゃん!」

 

「そうだよリューが覚えていないだけかもしれないじゃない!」

 

「わ、私が……眠っている間に……!?」

 

あんなことや、こんなことが……!? そういえば、『朝チュン』という言葉を酒の席でアリーゼ達が言っていたような気がする。妙な解放感があるらしいだとか、新しい下着をはいたばかりの正月元旦の朝のような清々しい気分であるだとか、未だ全員が生娘なくせにそんなことを、言っていたような気がする。であれば、今朝目が覚めた時に聞こえてきた鳥の囀りこそが、それこそが。

 

 

(あれが……『朝チュン』だというのか!? )

 

リューは混乱していた!

両手で包み込むようにして持っていたグラスはカタカタと震え水が零れ、リューの手をびしょびしょに濡らした! そして救いを求めるようにベルを目を向け、アーディとシルもまた真相を教えなさいとばかりにベルへと目を向けた。ベルは一体全体どうしたのだとばかりに首を傾げて口を開き、ありのままを伝えた。

 

「えと、こう……優しく」

 

「「「優しく!?」」」

 

「下から、起こさないように」

 

「「「下から!? 起こさないように!?」」」

 

「団欒室からリューさんの部屋に…」

 

「「「………ゴクリッ」」」

 

「抱いて、いきました」

 

「「「抱いて、イキましたぁ!?」」」

 

3人のお姉さんは混乱している!!

真昼間から、脳内でいかがわしい想像をして顔を朱く染め、目をぐるぐると回した!店内にも当然それは聞こえており―特に3人の驚きの声が―、カウンターの向こうにいる女主人(ミア)がいつまでも休憩から戻らないアホンダラ(シル)もあってかゴゴゴゴ…という音が聞こえそうなくらいの空気を纏い始めていた。ベルはベルでリュー達の驚愕に染まった絶叫にも似た声にビクリと肩を揺らしており、3人のお姉さんは脳内で、眠れるリューが抱きかかえられながら器用にも起きないようにあんなことやこんなことをされたのだと想像し今にも鼻血を出しそうな顔。ベルの身振り手振りもあったというのに、まともに伝わっていなかったのだ。なおリューのベッドにはシミなど一切ない。

 

「ベ、ベル君って眠っている女の子のほうが……燃えちゃうんだ……ゴクリ」

 

「ベ、ベルさん……意外と力持ちなんですね……じゅるり」

 

「――――――ッッ」

 

三者三様。

これがまだ夜の時間帯かつ、女だけの集いであったのならば男よりも生々しい下ネタの数々がぶちかまされていても許されたが、真昼間だ。ベルはふと店内から感じた威圧に目を向けるとミアが「さっさと出て行きな、拳骨を喰らう前に」とでも言うかのように片手でシッシッとしているのが見えて退店の準備を始めた。

 

「ベルさん、この後、一緒にお昼寝でもどうですか? ゴクリ」

 

「いつまでくっちゃべってんだい、バカ娘がぁ!!」

 

「ぐほぉっ!?」

 

堪忍袋の緒が切れたか、シルの頭頂部になんとも痛ましい拳骨が撃ち落された。まさに雷霆のごとし一撃。良質街娘の美しい相貌が一瞬、残念なことに白目を向き、崩れ落ちる。そしてそのままずるずると引きずられて店の奥に消えていった。唖然とするアーディ、ベルは振り返ったミアの「次はあんた達だ」とでも言わんばかりの目つきに大慌てで立ち上がった。よくよく考えれば『群衆の主』の眷族と『正義の女神』の眷族が、真昼間からなんとしょうもない話をしているのか。

 

 

「―――――――」

 

「もー、リオン、寝ている間に卒業していたからってショック受けないでよ! ほら、いくよ! まだお仕事あるんだから! 都市の秩序を守るんだよ!?」

 

混乱のあまり固まってしまったリューを半ば引っ張るようにして立ち上がらせるアーディ。

 

「ち、ちつ・・・!?」

 

「リオン!? 何を考えているの!?」

 

「アーディさん達はさっきから、何の話をしているんですか?」

 

「え、むしろ君は今まで何の話だと思ってたの!?」

 

「え、リューさんが綺麗なエルフさんだって話じゃ…?」

 

「え」

 

「え」

 

「だ、だが、待って欲しいアーディ、シル!! ベルは…彼は、朝、私の側にはいなかった! なんなら朝食の時にリャーナの寝癖を直していたくらいだ! 私だってそういうのもっとして欲しい!!」

 

珍しく己の願望をぶちまける【疾風】は、もういっそ可愛いといえるものがあった。男達はぐっとテーブルの下で拳を握り締めて、劣情を催しかけるがそれを相席している女性陣が許すはずもなく、というか話を聞いていた女性陣も半ば頬を染めながらも、目の前にいる男達―恋人、友人、仲間―の(すね)へと蹴りを放つ。男達はテーブルに突っ伏し苦悶を漏らした。

 

「反応なくてつまらなかったんだよきっと! っていうかいつまでリオンはそんな話をしているのかな!? シルさんならとっくに回収されたから!」

 

「あ、ぁぁあああ……!!」

 

ばっさりと切り捨てる【象神の詩(ヴィヤーサ)】。

絶望に染まる【疾風】。

わけがわからない顔をする【探索者(ボイジャー)】。

現場は混沌(カオス)を極めていてが、嵐が去るように3人組は立ち去って行った。無論、この件は後日、双方の派閥へとミアから苦情が届けられアーディはシャクティの前で正座をさせられ、ベルは『僕は昼間からリューさんをえっちな気分にさせた犯人です』と書かれた札をかけられたうえで一日を過ごし、リューは『私は残念な想像をした淫乱妖精です』と書かれた札を首から下げられたうえで本拠の玄関ほぼ一日で正座をさせられ帰還した仲間達に「ぶっほぉww」と吹き出した後に「ただいま、エッチリオン」だとか「ドスケベエルフ様♡」だとかいじられまくることになる。

 

 

×   ×   ×

黄昏の館

 

 

別日、早朝。

ベルは新しく発現した魔法【ビューティフルジャーニー】に慣れるために、行使した上でぴょんぴょんと『宙』を蹴って【ロキ・ファミリア】の本拠へと訪れていた。がやがやと朝ながらも今日の予定を話し合うロキの眷族達は食堂に集いつつあり、ほぼ全員が席についたところでベルが食堂に入って来たことに気付いたアイズやティオナ達がきょとんっとしながらも、アイズの隣の空席へと手招き。

 

「ほらベル、あんたの分よ」

 

そう言って朝食のパンやらスープの載ったトレイをベルへと手渡すティオネ。ぼんやりとした頭で黙々とサラダを食べるのはレフィーヤだ。もっきゅもっきゅとパンを口に運ぶアイズはエダスの村に訪れた時より内心ベルと仲良くなれているという実感もあってか自然と笑みを浮かべ、その笑みが普段見ることのないアイズ・ヴァレンシュタインのものであることに団員達は見惚れてしまう。

 

「やあ、ベルじゃないか。来ていたのか」

 

爽やかな顔をしてフィンが通り過ぎ

 

「おう坊主、ちっとは肉がついたのか?」

 

蓄えた髭をしごきながら、ガレスが細っこいベルの身体が少しは男らしくなったのかと通り過ぎながら言い

 

「む……ベルか、珍しいな。新しい魔法を発現させたとお前の姉達から聞いたぞ機会があれば見せてくれ…とはいえ、最近街中を跳んでいるという噂を聞いたがな」

 

と通りがかりにリヴェリアが微笑を浮かべてベルの頭をぽふぽふと撫でていった。そこでふと、首脳陣やアイズ達以外の【ロキ・ファミリア】の一同が心の中で声をひとつにした。

 

 

 

((((いや、なんで、白兎(こいつ)他派閥(おれたち)の本拠で飯食ってんだよ))))

 

 

しっかりと本拠で食べてきているベルは当然、食べるつもりなんてなかった。だが、友人の治療師が懇意にしている少年が、グランドデイのあれこれで痩せてしまったという話を聞いていたアイズ達、さらにはフィンの女になろうと躍進するティオネが姉のように食事を渡してきたのだ、与えられたのなら食べねば無作法というもの。決して食べきれない量ではないし、とベルは厚意を無碍にするわけにもいかず食べるのだ。

 

 

「珍しいっすね、ベル君がこっちに来るなんて」

 

「ほんとね」

 

「………」

 

「あれ、アリシア、どうしたのよ、顔が赤いわよ? 大丈夫、今日はダンジョン行くのやめとく?」

 

「へ!? だ、大丈夫ですよ!? こ、この間与えられた屈辱なんて、別に、気にしていませんよ!? 相手は歳下、年上の私がいちいち怒っていては癇癪持ちだと思われかねませんから!」

 

「いや別にそこまで聞いてないっすよ」

 

そう言って特段顔色を変えるわけでもなく食事をするのはラウルやアキといったベルがオラリオ…もっと言えば【アストレア・ファミリア】に加入した頃から知っている面々だ。アイズが怪我させてしまったーとかアルフィアを喪ったばかりの彼を泣かせたーとかいうあれこれもあって決して知らないわけではない。都市に平和が訪れ復興にいそしむ傍ら、姉達や女神からはぐれてしまった彼を保護したこともある。いわば、親戚や近所の子供のような感覚だろうか。

 

 

「お、なんや、ついにウチの眷族になる気になったんかぁ~?」

 

仕舞にはロキだ。

ついにあの、正直にいえば嫌いなアストレアから離れる気になったのかと冗談まがいに言ってはニヤニヤと笑みを浮かべる。

 

「いや、それはないわ」

 

「ないない、ベルってアストレア様大好きだし」

 

「ない……かな…アリーゼさん達のことも、好きだもんね?」

 

「ないですね、というかベルをあの派閥から引き抜ける派閥があったら、むしろ凄いですよ」

 

「その胸で女神は無理でしょう、ロキ様」

 

即座にティオネ、ティオナ、アイズ、レフィーヤ、ベルにズタボロのけちょんけちょんに言い負かされるロキはとぼとぼと己の席についた。心なしか彼女の背中が小さく見えたというのはそんな彼女の眷族の言だ。

 

「ぐすっ、なにも、そこまで言わんでもええやん……ひっく……!」

 

「…朝から余計なことを言うからだ馬鹿者」

 

全眷族が割とガチで泣くロキに「うわぁ」という思いを抱く中、グラスに注がれた水で喉を潤したリヴェリアが小さな声で言う。とはいえ、リヴェリアもベルのことが気にならないわけでない。アルフィアの子というのもあるし、アイズからベルの身に起きたことの大体のあらましを聞いているからだ。心配、という意味で気にかけていた。こうして他派閥の本拠にやってきたのも、何か理由があるのだろう後で話を聞いてみるか…それくらいのことを思っていた。そんな時、朝食をいち早く終わらせたティオナが口を開いた。リヴェリアが聞こうと思っていたことを聞いてくれたのだ。

 

 

「で、ベルは何でうちに来たの? 手伝って欲しい冒険者依頼(クエスト)があるからとか?」

 

まあそんなところだろうなとリヴェリアも心の中で頷いた。【アストレア・ファミリア】の女傑達のことだ一緒にダンジョン探索もするだろうとは思うが、彼女達はダンジョン探索以外にも都市内の秩序に貢献している、すなわち決して暇というわけではない。自分達だって同じく暇というわけではないが、団員の数では圧倒的に【ロキ・ファミリア】に軍配は上がる。知己を頼るというのであれば、我々が最適か…とリヴェリアは思った。

 

「えと…」

 

ベルは食事をしていた手を止め、俯き、テーブルの下で両手をもじもじとさせる。そこにあるのは、恥ずかしいというような感情。仄かに染まる頬はリヴェリアには見えないが、その仕草は幼いころから相変わらず可愛らしい。それが年上の女性に刺さりやすいというのを分かっていてやっているのだろうか? いや、まさかな。リヴェリアは再びグラスに口をつけ、水を流し込む。ベルが一体なにを言うのか、彼の幼い頃から知る者達は気になり、静かにその時を待った。

 

 

「アイズ、さんにお願いがあって…」

 

「もきゅもきゅ、もきゅ……もきゅ…?」

 

ぽつりぽつり、と言葉を放つ。

少しばかり恐怖の対象だったアイズを克服したのか、何かあったのか…『勇気』を振り絞るようにベルはアイズの方を見ながら言葉を紡ぐ。アイズも自分がご指名されたのだとパンを齧るのを止めた。

 

 

「何、ベル?」

 

頼られたことはきっと今までない。

アルフィアを喪った時には言葉足らずなせいで傷付け、逆上させ、泣かせてしまった。その後も何かと泣かせてしまい、怯えられてしまって仲良くなろうにも空回りしてしまうことが多々あった過去。だがそれも、エダスの村で彼が心の内を話してくれてからか、帰り道は手を繋いでも逃げようともしなかったし、今はこうして頼ってわざわざ訪ねに来てくれている。嬉しくないわけがなかった。心の中の幼いアイズ達は二階級特進だとばかりに白兎を囲ってスキップ&ダンシング。

 

 

「……(戦い方を教えて欲しいので)付き合ってください」

 

 

なんとか言い放たれた言葉は、言葉が足りないせいで精一杯の少年の愛の告白のようでいて、食堂を静まり返すには十分で、誰もが今何が起こったのかと思考を停止させる。

 

「もきゅもきゅ……もきゅもきゅ……」

 

アイズはパンを食べ、スープを飲み干し、こくんっと喉を鳴らしてベルのことをじーっと見つめる。首からはアイズがイヤイヤだけれどエダスの村で譲ってもらった小さな革袋に納められた黒竜の鱗がお守りのようにぶら下がっているのが見えて、複雑だけれど使ってくれているんだと思わず微笑を浮かべる。けれど傍から見ればそれはまるで、告白してきた男を品定めする女……のようにその時、近くにいた女達にはそう見えたのだと後に語る。

 

 

「ん。じゃあ、行こっか」

 

「えと、どこに?」

 

「えっと……秘密の(特訓ができる)場所、かな?」

 

ベルの手を取り、席を立ち、食堂を抜けて一度アイズの部屋に武器を取りに寄って本拠を出て行く。そんな2人の気配が完全に消えてから【ロキ・ファミリア】の本拠は嵐がやってきたかのように驚愕の絶叫が上がった。

 

 

「「「「ぇ、ぇええええええええええええええええ!?」」」」

 

 

アイズ・ヴァレンシュタインが【アストレア・ファミリア】のベル・クラネルを選んだ。そう彼等彼女等は勘違いをした! ただベルは戦い方を教えてもらいたかっただけだというのに! アイズもまた言葉足らず同士何か通ずるものがあったからこそ伝わったために剣を取りに部屋に寄ったというのに! 言葉足らずではない彼等彼女等は盛大に勘違いしていた!!

 

「え、嘘、嘘でしょ!?」

 

「普通、他派閥の本拠に乗り込んで告白するか!? 俺には無理だ!」

 

「例えば【アストレア・ファミリア】の本拠に行って、その中の誰かに告白……」

 

「「「「いや、無理だろ!? 許す許さない以前に、できねえ!!」」」」

 

「お、俺達のアイズさんが……!?」

 

「おい誰か、治療師(ヒーラー)を呼べる奴を呼んでくれぇ!? 何故だからわからねえがベートさんが息してねえ!!」

 

「「「おい誰か治療師(ヒーラー)を呼べる人ぉおおおおおおお!!」」」

 

「二度手間じゃねえか、馬鹿野郎!!」

 

「秘密の場所ってどこだぁあああ!?」

 

吃驚仰天。

ロキの眷族達はあれよあれよと混乱に取りつかれた。挙句の果てには治療師(リーネ)が喉に驚いて食い物を詰まらせて息をしていないベートを嬉しそうに介抱するというワンシーンが公開された。

 

「皆、動揺しすぎでしょ……あの子がアイズをって…あの子には【アストレア・ファミリア】っていう鉄壁の囲いがあるのよ?」

 

「そうっすよ、ちょっと羨ましいとは思うっすけど彼は彼で女所帯で苦労しているって聞いたことがあるし……きっと何か、アイズさんにしか頼めないことがあったんすよ」

 

「鉄壁……鉄壁…【アストレア・ファミリア】……鉄壁…」

 

「アリシア、どうしたっすか? 彼が来てから様子が変っすよ?」

 

「どうしたのよアリシア、体調悪いの?」

 

「か、彼は胸の乏しい女性の方が好みなのでしょうか!?」

 

「どうしたのよアリシア!?」

 

「いったいどうしたんすかアリシア!?」

 

派閥内で皆のお姉さん的なポジションにいるアリシアは目をぐるぐると回し、勝手に勘違いを起こしていた。彼女は憐れな妖精、先日、夜道で彼にぐいっと意外にも力があると感じさせられたあの時から胸の奥が高鳴って仕方がなかったのだ。エルフにしては豊かに実った胸に手を当てて、彼の好みは…などと言いだす彼女はいっそ怖いと思わざるを得ない。

 

 

「あの子、なんか…馬鹿(ポンコツ)になった?」

 

「そう? あたしはいつもと違わないと思ったけど」

 

「………」

 

「レフィーヤ? さっきから静かだけどどうしたのよ。 まさか、怒ってる?」

 

「いえ、別に…彼が言葉足らずなだけですし」

 

「ふーん、アイズがベルの手を握って出て行くの目で追ってなかった?」

 

「いえ、別に…幼馴染なら、そういうこともあるのかなって」

 

「ふーん…」

 

「まあでも……」

 

「「?」」

 

「彼との出会い方が違ってたら、たぶん、殺してるかもしれませんね」

 

「「怖っ、微笑みながら言わないでくれる!?」」

 

 

どこかどす黒いものを浮かばせるレフィーヤにドン引きする女戦士(アマゾネス)の双子姉妹。別席、3人の首脳陣達はやれやれとばかりに首を振り溜息を吐いた。

 

「ンー……アイズはずっと彼との仲を改善したがっていたから…これは進歩なのかな?」

 

「場を混乱させてどうする、これでは派閥が機能せんではないか」

 

「だが、悪くない…」

 

「リヴェリア、母親の顔になっているよ」

 

「……よせ、言うな」

 

「それよりも、あそこで真っ白に燃え尽きとるロキをなんとかせんのか?」

 

「ンー……できれば関わりたくないかな」

 

「私も同じだ」

 

 

その日、リヴェリアは帰ってきたアイズを呼び出し何をしていたのかをしっかりと聞きだした。なんてことはない、誰にも邪魔されない場所で特訓を始めただけだった。

 

×   ×   ×

『星屑の庭』

 

 

夕方。

アイズとの初の特訓を終えたベルは、ぼろぼろのけちょんけちょんになりながら、本拠に帰ってきた。喧嘩でもしてきたのかと驚いていたマリューに事情を説明して大丈夫だと伝えた後に風呂で身体を清める。

 

「ベル君、こっちに座って」

 

そう言われて長椅子(ソファ)に座らせられて頭に乗せていたタオルを奪われ、髪に残る水分を拭き取られ、マリューが正面に回り込んでベルの姿に視線を巡らせる。どこか怪我をしているところはないか、異常はないか、治療師(ヒーラー)として、姉として過保護なくらいに入念に。浴衣姿のベルは疲れてぼんやり、身体から力を抜かしてされるがまま。腹部にあった三ツ星のような聖痕(きず)は『エルソス』に訪れて以降、痛々しい色味を失い、どこか金のような色合い。痛みはないらしく、そうなる前の身体と何ら変わらないらしい。異常なし、とほっとしたように息を吐いてベルの隣に腰を下ろしたマリューはそのままベルの身体を横に倒し膝に頭を乗せて撫で始めた。

 

 

「何も【剣姫】に頼まなくても、私達が教えてあげたのに……」

 

アリーゼや輝夜、リューが前衛を、リャーナとセルティが後衛、イスカ、ネーゼ、ノインが中衛、アスタが前衛壁役(ウォール)、マリューが治療師(ヒーラー)、ライラが小手先の爆弾を始めとした道具の製作を。それぞれがそれぞれ自分達の役割、知識を教えてやることもできる。なのにベルは他派閥の冒険者を頼った。それはベル自身が考えての行動だし、尊重してやるべきだとは思うけれど普通は自派閥内で新人の育成はするべきことだ。他派閥に頼ることは、まずない。

 

「そりゃあ輝夜ちゃんだって、【タケミカヅチ・ファミリア】に手を貸しに行くことはあるけれど……それはタケミカヅチ様が直々に同郷のよしみでって頼みこんできたからだし……」

 

他派閥の経験や知識を吸収し自派閥のものにする。それは叶うならなんとも頼もしいことではあるが主神同士の仲がよほどよくなければ恐らく難しいだろう。あれやこれやと考えてマリューはやっぱり、自分達が頼ってはもらえなかったのだと思うとなんだか、面白くなくなってしまう。気持ちよさそうに目を細めるベルはくるりと寝返りをうつと仰向けになってマリューの顔を見ようとする。が、大きな胸のせいでわずかに見えない。

 

「昔は、護身だって埋められて叩かれたりしてましたけど」

 

「そういうこともあったわねー」

 

「……今日、ナイフをアイズさんに向けて確信したんです」

 

「?」

 

「僕は、きっと家族を傷付けられないって」

 

「……」

 

「迷惑をかけるって意味じゃなくて、いや、迷惑をかけたくないんですけど、そうじゃなくて、物理的な話で…怪我させたり、取り返しのつかないことになったら、嫌で…アルテミス様のときみたいに、なりたくなくて…」

 

そうなったらきっとベルは壊れてしまう。そんな気がして怖いのだと撫でてくれるマリューの手の感触に目を細めながら言う。

 

「でも、頼るつもりがないわけじゃないんです」

 

「……そう、なの?」

 

「並行詠唱だって……憶えなきゃ、いけないし……治療とか、道具(アイテム)のこととか、いっぱい……」

 

 

後悔しないために強くなると決めた。あの灰の砂漠の向こう、ザルドとアルフィア達が見た景色の先……どこかの物語のように言うならば、『丘の向こう』とやらを…それこそリヴェリアの求める『まだ見ぬ世界』を求めて。ベルが改めて冒険者をやる理由が生まれた。だから、できる限りのことをしようとベルなりに行動し始めていた。頼られていないわけではないとわかったマリューは顔を綻ばせてリズムよく腹を叩く。それがまた心地よくて、眠るには早い時間だからとベルはウトウトと瞼を閉じては開けるを繰り返す。

 

 

「無理だけは、しないでね?」

 

「……ふぁ、い」

 

少し、しんみりしたような空気が漂う。もうじきアストレアやアリーゼ達が帰って来る。そしたら皆で夕食をとって1日を振り返って雑談をする。2つ目の魔法を発現させてからまだ数日、都市中を跳び回る白兎の噂は既にマリュー達の耳にも入っている。バイトに遅刻しかけたどこかの女神を抱えて運んだというのも本神(ほんにん)から礼を言われたので知っている。自分達も大きくなったベルに抱きかかえられてみたいなあという願望がほんのり、湧いてくる。そうだ、皆が帰って来たらベル君に聞いてみようとマリューは心に決めた、そんな時。

 

 

「ベル、いるか! いるな!」

 

 

そんなあれやこれやな空気をぶっ飛ばす青年の叫び声が『星屑の庭』に木霊した。鍛冶師のヴェルフである。ベルの家出騒動の最中にラキアから父親と祖父がやってきたり、囮にされていたり、果てにはその後の神会(デナトゥス)で【不冷(イグニス)】なんて二つ名をもらったらしい。ドタドタと駆け込んで彼は団欒室へとやってくる。

 

「うおっ、取り込み中だったか!?」

 

「………んぅ?」

 

「……【不冷(イグニス)】、何か事件でもあったの?」

 

内心、可愛い弟が眠ろうとしているのを独占して眺め、楽しんでいたところ邪魔されてイラァとしないマリューではない。それでもなんとか堪えてヴェルフに問題でもあったのかと問いかけた。彼は取り込み中ではないとわかってマリュー達の腰かける長椅子(ソファ)の前にあるテーブルに黒のハードケースを置いた。

 

「これは?」

 

「ベル、できたぞ……って言っても、お前が一気に仕事持ってきたせいでとりあえずできた分なんだが……お前の新しい武器だ」

 

「……!」

 

よく見ればヴェルフは工房からそのまま出てきたのか、汗を滴らせているし焦げたような匂いを放っている。なんというか職人がそのまま帰ってきたようなそんな匂いだ。よほど彼は興奮しているのだろう、ハイってやつだ。マリューが問い、ヴェルフが言い、ベルがピクリとマリューの膝から上体を起こす。

 

「見てくれ、素材はお前が怪物祭で倒した『ミノタウロス』の角を主な素材にして鍛錬した」

 

パチン、パチンとロックを外して中身を見せる。現れるのは紅の長剣。鍔は何故か悪魔のような翼の形をしており、中央には眼球を思わせる宝玉が填め込まれている。柄頭には純白の毛束が……シルバーバックの頭髪だろうか。ともかく、マリューはその感性はわからないが年頃の男の子が好きそうなデザインではあった。『ミノタウロス』の角だけなら短剣1本か短刀2本くらいしか造れないと聞いた気がしたが、ここにあるのは長剣で、ということは例えば『ミスリル』などの素材も交ぜているのだろう。ベルは眠気など吹き飛んで、生まれたばかりのそれを手に取った。少しばかり熱が残っているのか一瞬触れた指を離したけれどすぐに両手で持ち上げる。

 

「……すごい」

 

ただそれだけが最初に出た。ベルの瞳の色よりも少し濃い色合いをした剣身に見惚れる。そんなベルに、「かわいいなあ」とマリューはやはり思ってしまう。きっと仲間達が帰ってきて今のベルを見れば同じ反応をするだろう。

 

「ナイフはこれから造る。防具もな。だから少し、時間をくれ。俺じゃあ宝の持ち腐れっていうか……正直扱いきれないんでヘファイストス様か椿の手を借りるしかねえ」

 

「そんなに、なの?」

 

専門家ではないマリューではわからないことだが、他者の手を借りるということはそれほど難易度が高いことなのだろう。それも、鍛冶神か最上級鍛冶師(マスタースミス)の手を借りなければいけないほどの。

 

「ああ……その、素材が素材だからな……何よりこっちには前にあんたらが持ち込んできた『黒いゴライアス』の硬皮もあるんだ。案件が立て込んでる状態だ【アストレア・ファミリア】だけでな」

 

「あ、あぁー……」

 

ミノタウロスの角、シルバーバックの頭髪……これが今、ベルの手元に。更には黒いゴライアスの硬皮にザルドの大剣に鎧、ベルの探求者の剣にアルテミスの短剣、アンタレスの甲殻などがある。処理しきれていないのだ。納得し、申し訳なさそうにするマリューに気にするなと手を振るヴェルフ。

 

「あんたらが別に【ヘファイストス・ファミリア(おれたち)】を専属にしているわけじゃないのはわかってる。【ゴブニュ・ファミリア】だって利用しているだろ? ベルの場合は、格好いいのがあったからって理由で買ってきたりする始末だ。気にしても仕方がねえし……派閥的に考えれば依頼があるだけありがたい」

 

「ねえヴェルフ、ヴェルフっ」

 

「お、どうした、ベル」

 

話していたヴェルフとマリューを他所に長剣を角度を変えたりして観察していたベルは一通り満足したのかハードケースに納めるとヴェルフの名を連呼する。

 

「これの銘は?」

 

「ああ、そうだったな、まだだったな!」

 

ベルが遊びに来た時は椿を交えたりして生まれた武具に神々を真似て命名式をしたりするのがヴェルフ達のささやかな楽しみだ。だが今回はベルが来なかったためにヴェルフが直々に名付けた。

 

「今回は……すごいぞ、かなり自信がある!」

 

ヴェルフは今世紀最大の最高傑作だとばかりに歯を見せて笑みを浮かべる。ベルは前のめりとなってゴクリと唾を飲み込み、そんなベルを見てマリューがくすくすと肩を揺らす。いよいよ時は来た、とばかりに間を置いてヴェルフは言ってのけた。

 

 

 

「『ビーフストロガノフ』だ!」

 

 

マリューはカクッとズッコケるように体勢を崩した。ベルは凍ったように動かなくなった。ヴェルフは「どうだ、すごいだろう!?」と胸を張った。その時、一日の活動を終えて星の戦乙女達が賑やかに帰ってきた。団欒室に顔を覗かせてベルとマリューの姿を確認すると「ただいまーってあれ?どうしたの?」と不思議な顔をする始末。彼女達の賑やかな声にようやく動き出したベルはマリューへと振り返った。

 

 

 

「おなかすいた」

 

 

真顔だった。




『ビーフストロガノフ』・・・アルゴノゥトの『紅の魔剣(ミノタン)』と同じデザインです
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