夜の帳がすっかりと落ち、夕食を終え、身を清めた星の戦乙女達は寝間着姿となって疲れた身体を癒すように脱力し、くつろいでいた。ある者は水分を残している髪の手入れを、ある者は身体が温まっているうちにとストレッチを、ある者は分厚い書物に目を通し、ある者は
「そういえばアストレア様、一つ、聞きたいことがあるんですが」
頭の上にタオルを乗せたままのライラが、
「兎のスキル……えーっと何でしたっけ、新しいやつ」
「【
欠伸をする、櫛で髪を梳く、両足を左右に開き両腕を前に身体をぐいぐいと倒す、それぞれがそれぞれの行動をしていたところに投げ込まれたそんなライラの疑問に一同はぴくりと動きを止めた。それはアストレアも同じで、呑気なものだと思わせてくるのは当人であるベルだ。膝の上に乗せた頭を時折撫でられ夢うつつとなっている。
「そういえば……新しい魔法はともかく、スキルの効果らしいものって今のところ見てないよね」
「効果の一つに
「まあそれは、ベルにとって
「『耐異常』とかに似たものだろうと、私は推察していました」
イスカ、セルティ、ノイン、リューが順に言う。アストレアもそれには頷き、その通りだと肯定した。『エルソス』でのアルテミスとの再会―正確には幻だったが―によって少なくともベルの心に影響を与えた結果に発現したのだろう。と眷族達は顎に手を当てるなりして頭を捻るがアストレアはふと、思い出す。
(あの時、ベルの『
負けず嫌いなアルテミスが、ベルのことを思って加護を与えた…結果的にそれがスキルとなった。そんなところだろうとアストレアの神の勘が推理する。が、アストレアの女の勘が、ベルに刻まれている『恩恵』の中にアルテミスの神威が入り込んだことでスキルとなったのだと告げている。というか、もう名称からしてその通りだとしか言えない。ちゃっかりベルの背中に「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン!」とでも言いたげに存在、刻んじゃっている。
「でも夜間限定なんでしょ?」
「うーん、多分『加護』だけは関係ないんじゃないかしら?」
リャーナの後にマリューが続く。
羊皮紙に写されたベルのステイタスには、スキルの効果も記されているが『加護』の後に『夜間限定』と表記されているため『加護』だけは関係ないのではないか? とマリューが言っているのだ。
「そうね、イマイチわかりにくくはあるけれど…マリューの言う通り、『
「では、後述に記された効果のみが夜間限定というわけですね」
「ええ、その通りよアリーゼ」
そう言ってアストレアはベルの耳元へ唇を寄せ、ふぅっと息を吹きかけた。びくりとベルの身体が動く。そんな反応にアストレアはクスクスと小さく笑みを浮かべる。そして彼に次は反対側をするからと向きを変えさせる。ベルの顔がアストレアのお腹へと向いた。真っ白な髪をわしわしと撫でながらアストレアは耳かきを再開させる。そんなやり取りを視界に納めながら、ふむふむ、なるほどなるほどと言った反応をしながら乙女達はテーブルの上に置かれた一枚の羊皮紙―ベルのステイタス―、そのスキルの項目に目を通した。
【
・
・夜間発動。
・
「「「「「
乙女達は耳に息を吹きかけられくすぐったかったのか、お返しとばかりにアストレアの柔らかな腹に顔をうずめるベルへと視線を注いだ。それに気が付いたかびくっと身体を揺らしたベルは一度振り返って姉達の顔を見ると恥ずかしい所を見られたとでも言うかのように顔を朱くし、アストレアに押さえられるように再び彼女の膝の上に頭を乗せた。
「ほらベル、動かないで。奥までいっちゃうわよ?」
「それは、あの、壊れちゃいます…」
「優しく、しなくては、ね」
「………ぁぃ」
私達はいったい何を見せられているのだろう。お姉さん達の視線は胡乱気な物へと変貌した。あんたのスキルのことを考えているってのに何呑気に女神様とイチャイチャしてんだと、ちょっとそこ変わって、私だってアストレア様に膝枕してもらいたい。
「予想してみてちょうだい」
「え、答えを教えてはくれないんですかアストレア様?」
「アリーゼ…そんなにすぐに答えを教えてはつまらないでしょう?」
「む…」
ならば仕方ない。考えましょう考えましょう。寝る前に少しばかり頭を使いましょう。
「ムーンライト……ムーン…月…月の周期変動ってどれぐらいだ、輝夜?」
「『新月』から『満月』を経て『新月』へと戻るまでの時間ですので、おおよそ27、9日ほどでしょうか」
「ってことはベルのスキルの効果は
「確か…月って季節ごとに名前が違うんだっけ? そんな本を読んだ気がするんだけど」
「セルティ、わかる?」
「リャーナさん……ええっとちょっと待ってください。確か…」
すらすらと
1月.ウルフムーン or
2月.スノームーン or
3月.ワームムーン or
4月.ピンクムーン
5月.フラワームーン or
6月.ストロベリームーン or
7月.バックムーン or
8月.スタージョンムーン or
9月.ハーベストムーン
10月.ハンターズムーン or
11月.ビーバームーン or
12月.コールドムーン or
「…とまあ他にも皆既月食なども入れれば…いろいろとあるんですけど、こんなところでしょうか」
「ありがとうセルティ、さすが派閥一の知りたがりさんね!」
「いえ、郷の習慣みたいなものなので……」
「セルティ、暗い顔をしないでほしい。大丈夫、貴方は間違いを犯したりしていない」
知識欲が強い妖精達がいる己の故郷を思い出したか、暗い顔をしてしまったセルティの肩をそっとリューが手を添える。彼女の郷―イェニテの森―の妖精達はその知識欲を満たすためならば、郷の外の者を攫ってしまうこともあり得ないことではないのだと言う。そんなセルティに故郷を思い出させてしまったアリーゼは隣にいた輝夜に割と本気で横っ腹に
「じゃ、じゃあ、この名前から予想でも立ててみる?」
「まず、今はどれなんだ?」
「ストロベリームーン…かな」
「兎様本人にはこれといって変化はないように思えますが」
「……いや、でも、なんか心当たりみたいなのが…ううん…」
顎に手を当てたり唇に指を当てて考え込む乙女達。その中で
「ベルの近くというか隣にいると…なんていうか、
「「「「そんなの、ベルが
「う、うーん……じゃあ、最近、妙に風呂上りのベルが色っぽいというか
「「「「そんなの、ベルが
「そ、そうか…そうだよな、じゃあ、私の気のせいか…うん、ごめん皆」
「まったく…ネーゼ、仮に獣人に発情期があるんだとしたら、いくらベルが可愛くて仕方がないからって襲っちゃ駄目よ?」
「襲わないって!!」
「獣人の交尾は凄まじいと聞いたことがありますからなあ…特に
「私は雌ゥ!! 膨らまされる方ぅぅぅぅ!! 孕まされる方ぅぅぅ!!」
「「「こらネーゼちゃん! 孕まされる方とか言っちゃ駄目でしょ! はしたない!」」」
「お前等、私に恨みでもあんのかぁ!?」
仲間達に揶揄われて涙目になって叫ぶネーゼ。そりゃあもちろん、ベルは派閥内で彼が6歳の頃から面倒を見てきた。姉としての愛着もある。派閥で唯一の男―それも可愛らしい顔つきである―ためについつい猫可愛がりしてしまうこともある。だから魅力的も何もないのだ。だって自分達が育ててきたのだから。ダイアモンド…いや、ルベライトの原石が磨きに磨き上げられたのだ。
「あの…月によって、発展アビリティが発現したりスキルの効果を得たり…というような恩恵があるのではないでしょうか」
「
「あり得るわね…とすれば、ベル君は1ヵ月ごとにその効果が変わっていくわけよね…すごいけど不便というか」
「それに月って満ち欠けするものでしょ? ひょっとしたら『満月』とそうでないのとで効力も変わるんじゃないかしら?」
「それに『ダンジョン』じゃ役に立たないよね」
「追加していいなら、月が消える『新月』は効果を発揮しないんじゃない?」
リュー、ライラと続きマリューとリャーナが、そして最後にアスタとノインが言う。ここでアリーゼが手を叩き「考えを纏めてみましょう!」と羊皮紙に筆を走らせた。
☆【
・
・夜間発動。 ←下記の効果に限定。
↓
・1ヵ月ごとに効果が変動。
・周期内では効力が変動し月が消える『新月』はスキルそのものの効果を失う可能性あり。
・逆に『満月』は最も効果、効力が発揮される。
・種族固有という規則を無視している可能性あり。
・月のないダンジョン内では効果が発揮されない或いは効力が弱まる。
☆ ☆ ☆
「――どうでしょうか、アストレア様!」
彼女達の考えをまとめた羊皮紙を微笑むアストレアへと手渡す。アストレアは聞いていた話も合わせてうんうんと頷いて「おおよそ正解よ」とお腹に顔を埋めるようにして眠ってしまったベルの頭を撫でながら、そう言った。
「とは言っても、実際に見てみないことには
そう、これはあくまでも推測。
女神の勘を以てしておおよそ正解だろうとは思うが、実際に見るのとでは違うだろう。
「スキルも魔法もまだ発現したばかりだし…時間をかけて見てあげるしかないわ」
「団長、ベルはいつからダンジョンに行くつもりか知っているのか?」
「いいえ、特に聞いてないわ。【剣姫】に戦い方を教えてもらうことになったって報告は受けたけど…まあ、本人にやる気がでたんなら、装備が整い次第じゃないかしら?」
【剣姫】というワードが出て乙女達の動きが凍ったように止まった。
「【剣姫】…【剣姫】…」
「私達じゃ…ダメなの…?」
「「「「「「おのれ」」」」」」
「おのれじゃねーよ」とライラがぼやく。アリーゼを始めとした都市では絶大な人気を誇る女傑達。そんな彼女達は冒険者であり、中々色恋に縁がない。結果、彼女達はアルフィアと共に派閥に加わり、すくすく育つ可愛い可愛い弟を見て思った。
「私達で囲っちゃえばいいんじゃね?」
と。取り合いなんて醜いことできるはずもなく、仲間同士で喧嘩でもしようものなら輝夜とリューの時のようにベルによって手錠で結ばれて放り出されかねない。可愛い弟がぷんすこしているところを見るのは、あ~ぴょんぴょんするんじゃ~くらいにはにやけてしまうものだが、【ファミリア】内でのもめ事は避けたいところ。ならいっそ、外敵という名の恋敵が表れないように端から囲っておけばよいのだと彼女達は思ったのだ。まあ、アミッドやらアーディというベルに良くしてくれる女性がいるのは事実だが。けれど彼女達の思惑とは違ってベルの意志こそ最も尊重すべきものでもある。彼にもし、仮にも、あって欲しくはないことだけれど、『一途』に思う相手ができたのならば、その時は背中を押し、全力で応援してあげたい…とも思う。
「……はぁ」
しかし、ライラは深いふかぁーい溜息を吐く。呑気に眠っている白兎を見て再び溜息。
(こいつら…)
もしもベルが「この人がいい!」って人が現れたら全力で背中を押すわ!とか言っていたが、まったくもって、背中を押す気がいっさいねえ!!とライラは項垂れ、溜息を吐いた。なんなら弟分の背中を押すどころか、横並びヒロインレースに急に混じって来た、ぽっと出のどこの馬の骨ともわからない娘の背中を全力で押して崖下に落とすんじゃないかという気さえした。まあさすがにやらないだろうが。
「さあ皆、もう日付も変わってしまったし…寝ましょうか」
「「「「おやすみなさい、アストレア様!」」」」
そんな姉達の苦労というか焦りというか、何も知らずに呑気に眠りこける兎様はネグリジェ姿のアストレアに背負われて神室へ。今夜も女神様の抱き枕にご就職らしい。乙女達もまた、各々の部屋へと消えていく。しかし彼女達は忘れていた。ネーゼが言っていた「ベルの隣は居心地がいい」とか「魅力的に見える」というのが間違ってはいなかったということを。
× × ×
太陽が真上に近付きつつある頃。
市壁の上で大の字になって伸びている―正確には珍しくぐずっている―ベルと、それをどうしたものか、おろおろとするアイズ。そしてベル本人からアイズとの特訓の話を聞かされてついてきたアミッドがそこにはいた。
「ど、どどど、どうしよう……リヴェリアに怒られれれれれれ……!?」
「落ち着いてくださいアイズさん、特訓だというのなら怪我くらい常でしょう…」
「ま、またお前はあの子を傷付けたのか! って怒られる…!?」
ガクガクブルブル。
アイズは震えていた! 過去にも何度となく、仲良くしようとしたらベルを泣かせてしまっていたという事実、そしてそれを知るや否や雷を落したリヴェリアを思い出しアイズは震えていた!アミッドは溜息を吐いてベルの治療をすませると、この場の収拾を自分がしなくてはならないのだと再び溜息を吐いた。
「ベルさん、何かあったのですか? アストレア様に…その、怒られたとか?」
そんな話は聞いたことはないが。もし、そんなことがあったのならベルのことだこの世の終わりくらいには落ち込むのではないだろうか。そう思って聞いてみたがベルは頭を左右に振って否定した。
「では、何が? その、アイズさんとの特訓の前に…オラリオの外周を100周して、体調を悪くしていたとか?」
聞いた時には馬鹿なんじゃないかと普通に思ったアミッド。体力作りにしても馬鹿げている。しかし【アストレア・ファミリア】の団員の1人、【疾風】に聞いてみれば「私は500周させられそうになったことがある」というのだから嘘ではないのだろう。
「ベルさん、何があったのか教えていただかなくては…その、このままではアイズさんが冤罪で捕まってしまいます……リヴェリア様に」
ビクゥッ、と身体を揺らしてガクブル震えだすアイズはもういっそ肉食獣に喰われる前の動物のソレだ。いや、この場合は女王様に処刑される前の罪人といったところか。
「今朝……」
と、ベルがようやく口を開く。
今朝とはきっと朝食時のことなのだろう。【ファミリア】内で何かがあったのか、とアミッドは即座に察し、震えるアイズの肩に手を置くと「貴方に罪はありません」と深く頷いた。アイズは無罪判決をいただいたが如く笑みを浮かべた。目尻に溜まっていた涙が陽光を反射して煌めいた。
「アリーゼさんが、僕の新しい魔法で――」
「ベルの魔法って跳べるの羨ましいけれど、制限があったりするの?」
「制限?」
「ヘスティア様を抱えてたって聞いたから、ちょーっと羨ましいなって」
「重量や人数といった制限があるのか…ということですか、アリーゼ」
「そう! どうなの、ベル?」
「うーん…」
朝食を囲む食卓で不意に聞かれた問いにベルは頭を悩ませた。誰かを運んだことなんてバイトに遅刻しそうになっているヘスティアくらいなものだ。うーんうーんと唸ってから、絞り出すようにベルは口を開く。
「僕より…重たいものは……たぶん、無理、です」
「「「「「「アストレア様、ベル、行ってきます!」」」」」」
「え…え?」
「あ、あら? 貴方達、早くないかしら?」
椅子を蹴飛ばす勢いで立ち上がったアスタとライラ以外の女傑達。突然出て行こうとする彼女達にベルが唖然とし、アストレアが微笑をひくつかせる。アスタはまだ眠たいのか目元をこすってパンをかじり、どうでも良さそうな顔をしたライラが情報誌に目を通している。
「その、最近…お腹周りが…」
「あーそういえば私、今日は市壁の傷を数える仕事を頼まれてるんだったあ」
「私は市壁の周りの雑草を抜く仕事がー」
「最近、胸元がきつくってぇ…」
「マリュー、それ、嫌味?」
「あらあら団長様には縁のない悩みではありませんか。空気抵抗が少なければより速く走れますよ?」
「イラッ☆」
「セルティはなにか用事でもあったっけ?」
「え、ええ、リャーナさん。わ、わわ、私も、その、風になりたい気分なんですよ! ね、リオン!」
「え、ええその通りだセルティ。け、けけけ、決して、彼に「あ、重たい…無理」と言われるのが怖いとかそんなことは決して…!!」
お姉さん達はあれやこれやと適当なことを言ってそそくさと出て行く。言うまでもなく、ベルに抱えられて空を跳ぶというのを味わいたい面々であった。仮に彼女達を抱きかかえた時に「重い」なんて言われたら女としてショックなところであり、そう、彼女達は、痩せようと考えたのだった。
「ま、まって、僕も一緒に行く!」
突然、姉達が自分の目の前からいなくなることが怖くなったか、ベルも焦って彼女達の後を追いかける。その後はもう、その、酷いものだった。市壁の外周を走ろうと目的地へと走る彼女達の後を走るLv.2の白兎。
「ベル、無理して私達を追いかけてくるな!」
「まだ朝早いんだし、アストレア様とのんびりしてなよ!」
「そ、そうだぞベル! 無理して体壊したらそこで試合終了なんだぞ!」
「待って、輝夜さん、ノインさん、ネーゼさん!」
自分よりも高位の器を持つ姉達を追いかけるその必死さにお姉さん達の胸はチクチクと痛んだ。問題なく抱きかかえられたいというしょうもない、けれど乙女としては重要な理由で走り出すことになった彼女達ではあるが、そんな事情、ベルが知る由もないし知られて冷めた目で見られるのも彼女達は嫌なのだ。
「ほ、ほらベルは【剣姫】と特訓があるんでしょ? 今体力使ったら身体がもたないわよ!?」
「そうですよ、私達のことはいいですから、ベルはベルのことを…!」
「今生の別れじゃないんだから、無理して追いかけてこなくていいって!」
「そうよお、ベル君はベル君のペースで頑張ればいいの。お姉さん達のことは気にしないで!」
「リャーナさん、セルティさん、イスカさん、マリューさん! 僕も…っ、連れて行って!」
彼女達は走り慣れているのか、さすがは都市の秩序維持に貢献し奮闘し続けてきた女傑達と言うべきか、彼女達の足は止まらない。ベルはまるで捨てられる小動物のようにますます涙目に。
「く…なんだ、この罪悪感は……!」
「ダメよリオン、振り向いちゃ駄目。逃がしちゃ……ダメなのよ! そのために、今だけは…!」
胸の中で蠢く罪悪感に振り向きそうになるリューをアリーゼがそれは駄目だと頭を左右に振る。彼女達の金と赤、それぞれの一本に結わえた髪がふわりと揺れる。
「リューさん、アリーゼさん……置いていかないでぇ!」
ベルはついに彼女達の速度についていけなくなり、躓き、転倒。「あっ…」と治療師のマリューが一瞬、足を止めたがベルが魔法を使えば勝手に治癒されるからと罪悪感ごと飲み込んで走り去った。女のプライドとそれを知らない子兎のなんともいえない珍劇がそこにはあった。
「―――ということがあったんです。そのまま、ここに来ました」
「言葉ァ!!」
ぐすんっと、若干幼児退行しているのではと思うほどに涙で瞳を潤した彼が言い終えるとアミッドは叫びあがった。
「あなた方はいつも言葉が足りない! 神様や仏様じゃあるまいし、言いたいことも言わなくては…なんでもわかるわけ、ないでしょうに!!」
歯がゆい。あまりにも、歯がゆい。
痒い所に手が届くどころか、届いてなくてイラァしてしまうレベルだ。アミッドは弟が弟なら姉も姉だとぷんすこ。
「ア、アミッド…えと…その、私は悪く…ない?」
「今のどこにアイズさんが入る余地があるのですか!?」
「だ、だって…!?」
「ベルさんもいつまでそうしているおつもりですか!?」
「だ、だって…!?」
「2人して同じ言葉を使わないでいただけますか!? 間に入る私の身にもなってください!」
まったく…まったく…! ぷりぷり怒る聖女様は怖いと思わせるそれではなく可愛らしいものであった。
「今日は特訓…終わりにしよう…?」
「はい……アミッドさん…お昼食べに行きませんか?」
「まったく…代金はベルさん持ちですからね」
「どこにしよう…」
「ちなみに今日、アストレア様のご予定は?」
「……孤児院です」
「なぜ、ちょっと不機嫌になったのですか? まさか、やきもちを?」
「……【雨の音、風の音、波の音、月の涙――】」
長文詠唱を紡ぎ、魔法を完成させベルはアミッドを抱えると市壁を飛び降りた。アミッドの悲鳴交じりの絶叫の後、都市の宙を進んでどこかへと消えていくベルとアミッドを見て、1人残ったアイズは「えっと…」と身動ぎしてから思わず伸ばしていた手をだらりと下げた。
「わ、私は……?」
置き去りにされたアイズ・ヴァレンシュタイン。彼女の背中はその日、哀愁に満ち溢れていたという。
× × ×
喫茶店『ウィーシェ』で昼食を済ませたアミッドとベルは
「心の準備くらいさせてください…心臓に悪いですよ…」
動物たちの鳴き声が耳朶を震わせる。
ワンワンやらにゃーにゃ―やら、ちゅんちゅんやら。ベンチに腰かけているアミッドは隣で
「しかし、不思議なものですね…何もないところを蹴って移動するというのは」
「………アミッドさん」
「重力を無視するとは…ダンジョン内で使えば真上からの
「アミッドさぁん」
「どうしたのですかベルさん」
「僕、どうしたら…」
動物達に囲まれるベルはアミッドに救いを求めたが、アミッドはやれやれと首を振って立ち上がった。
「モテ期じゃないですか、よかったですね」
「なんで…ちょっと怒ってるんですか…?」
「怒ってませんよ、貴方の魔法に治癒の効果があるから私はもうお役御免なんですね…なんて思ってませんよ?」
「思ってるじゃないですか!? ぼ、僕、
「だから言葉ァ!!」
再びぷりぷりと怒るアミッド。おい頭撫でろよ、とベルに擦り寄ってくる動物達。混沌した場に周囲の視線が集まりつつある中
「――――ねぇ兎さん、今、時間いいかしら?」
そこに柔らかな声音をした女性―女神だ―の声がかかる。2人が振り向くとそこには蜂蜜色の髪に肉感的な身体をした女神がいた。
「……デメテル様?」
「こんにちわ、【
「え…え、えぇ……特に予定があったわけではありませんし、構いませんが」
「ありがとう。それじゃあ、ベル、アルテミスみたいに動物達に好かれている所悪いのだけれど……少し、私のお願いを聞いてもらえないかしら?」
「お、お願い……?」
ベルを囲う動物達でさえデメテルを見て少し大人しくなって、彼女に撫でられると心地よさそうに目を細める。首を傾げるベルもついでに撫でてやり、デメテルは
「私を、フレイヤのところまで連れて行って欲しいの……彼女に会おうとしても眷族達が門前払いして、話にならないから」
でも、貴方ならできるでしょう? そう言って座っているベルと同じ目線にしゃがみこむ。大きな胸がゆさっと揺れて膝に当たって形を歪めた。困惑するベルはこの女神が自分に何を求めているのかイマイチピンとこない。
「……つまり、何をしてほしいのでしょうかデメテル様?」
それがわかってか、アミッドが代わりにデメテルへと問うた。
「一緒に神聖浴場に…あ、そういえば昔、ベルが引きずり込まれそうになったことがあったわね。大丈夫よ、そんなことにはさせないから」
「だ、だ、大丈夫です」
「それで、一緒に行こうって約束をしていたのだけれど、まったく約束を果たそうとしてくれなくって…」
「それで本人に会いに行こうとしても眷族達に門前払いされてしまうからベルさんの手を……?」
「そうなの! ベル、貴方、飛べるんでしょう? だからね、飛んで行けば誰も邪魔できないでしょう? だからね?」
アミッドとベルは彼女が何をさせようとしているのか、なんとなくわかってきて喉を鳴らした。ベルの魔法を『飛行魔法』と思っている豊穣の女神様は暇を持て余した神のように、未知に涎を垂らす神々の例に漏れず、両手を合わせ首を傾け、可愛らしく懇願した。
「
この後、依頼を何とかこなしたベルはフレイヤから
正史で使った魔導書←酒場で入手
今史で使う魔導書 ←フレイヤから直に。
【
・1ヵ月ごとに効果が変動。
・周期内で効力が変動し、月が消える『新月』はスキルそのものの効果を失う可能性あり。
・逆に『満月』は最も効果、効力が発揮される。
・種族固有という規則を無視している可能性あり。
・月のないダンジョン内では効果が発揮されない或いは効力が弱まる。
↓夜間に関係ない+アリーゼ達が気付いていない効果。
ネーゼ「ベルの隣は居心地がいい」=動物系(獣人含む)に好かれやすい。
※アルテミスの矢で動物達がアルテミスの元に集まっていたところから。
ネーゼ「色っぽいというか、魅力的に見える…甘い匂いがする」=ストロベリームーンの効果。
神ほどではないけれど魅了に近い効果。異性特効。