アーネンエルベの兎   作:二ベル

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酔いつぶれたアストレア様とかあったら……すごく、えっちな気がするんです


アストラルボルト③

 

 

 昼を過ぎて少しした頃。

遅めの昼食を取ろうと屋台や喫茶店へと足を進める者、これからダンジョンに行こうという者と様々な目的を持った者達が闊歩する中、アミッド、デメテル、ベルは摩天楼施設(バベル)を見上げていた。

 

「デメテル様…本当に、するんですか?」

 

「ええ、もちろんよ」

 

「でも、その…僕、初めてですし…」

 

「誰だって最初は初めて。決して恥ずかしがることではないわ」

 

「で、でもでも、失敗したら…大変なことに……取り返しのつかないことになるかも…」

 

「そんなことないわ、きっと大丈夫よ自信をもちなさい」

 

「………わかり、ました」

 

「ふふ、よろしくね可愛い兎さん」

 

 

私は何を見せられているのでしょうか…というようなやり取りをするデメテルとベル。瞼を閉じ、会話だけを聞いたのなら勘違いしかねない。というかデメテル様もデメテル様だ貴方が下界を去るだけでオラリオにどれだけの損失になるか自覚はないのかとアミッドは頭痛が痛くなる思いでいっぱいだし、ベルもそれがわかっているからこそ、取り返しのつかないことになるかもと言っているというのにやはりこの女神様も下界に刺激を求めてやってきた神々の例に漏れないのか、むしろ「スリリングでいいわよね」と言った雰囲気を纏っている。

 

「えと…こう、ですか?」

 

「違うわベル。後ろからというのもいいかもしれないけれど、こういう場合、後ろからだとバランスが悪いのではないかしら?」

 

「む……じゃあ、正面から?」

 

「うーん、それはそれで面白みがあるけれど…違うわね。やっぱり女の子は横向きが良いと思うのよ」

 

「そうなんですか?」

 

「そうなの! アストレアにも今度してあげなさい? きっと喜んでくれるわ」

 

「!」

 

アミッドは胡乱気な視線をお馬鹿(ポンコツ)兎さんの背中に突き刺した。視線に気が付いたベルはぴくっと身体を震わせると振り返ってアミッドの顔を見るが、その時にはアミッドはいつもの無表情な顔つきに戻る。伊達にベルとの付き合いが長いだけはありベルが視線に敏感なところがあるのをわかっていてやっているのだ。

 

「ほらベル、はーやーくぅー」

 

「あ、え…と……こう、でしょうか」

 

「違うわ、もう少し下…そう、そこ」

 

「んっ……しょ……ああ、すごい…柔らかい…なのに、こんな…吸い付くみたいに……!」

 

「貴方だって…昔はあんなに可愛らしかったというのに……いつのまにかこんなに逞しく育っていたのね…なんだか感慨に耽っちゃうわ……」

 

「デメテル様……あの…」

 

「ええ、お願い…いっちゃって…?」

 

やがて、ベルは摩天楼施設(バベル)をほぼ垂直に駆け上っていった。それをただ一人残ったアミッドは姿が見えなくなるまで見上げていた。近くにいた者さえ、豊穣の女神様を()()()()()()して白亜の巨塔(バベル)をかけていく白兎に開いた口が塞がらないという言葉が似合うように口を大きく開けて首が痛くなるほどには見上げていた。アミッドは1人、深い溜息を吐いて頭痛を感じたのか頭を抑えた。

 

「デメテル様はわざとですね……ベルさんは…はぁ……手遅れでしょうか…いえまあ他派閥の女神様を抱きかかえるなんて早々経験があるものではないのでしょうけれど」

 

やれやれ、困ったものです。そう言って頭を振りアミッドはベルが降りてくるのを待つべきか、このまま自分だけ帰るか考える。特段、予定があって行動を共にしていたわけでもないし彼もアミッドに待っていてほしい旨を伝えては来なかった。なら、置いて帰ったところで問題はないだろう。と、そんなアミッドに声がかかる。

 

「―――ねぇ、アミッド」

 

「はい、どうかされましたか?」

 

「今、バベルを誰かが昇って行ったような気がするのだけれど」

 

「ええ、外壁を駆けていきましたね…まったく、困ったものです」

 

「1人ではないように、見えたのだけれど」

 

「ええ、まあ、暇を持て余した女神様に捕まったというか付き合わされたといいますか」

 

「そう……そうなの…」

 

「あの、先程からいったいどうされ……た…と……ひっ!? ア、アアア、アストレア様ッ!?」

 

後ろから声をかけられ、振り返ることなく言葉を交わしていたアミッド。聞き覚えのある声音、けれどどこか雰囲気が違うそれにすぐには声の主が誰なのか気づけず、アミッドは振り返り、そして短い悲鳴を上げた。胡桃色の長髪は背に流れ風に揺れており美しく、双眸は星海のごとき深い藍色を帯びていて見る者を引き付ける。そう、普段通りならば。

 

「………いいの、いいのよ」

 

「ア、アストレア様、ち、違うんですっ、これはっ、そのっ!?」

 

アミッドは焦りに焦って身振り手振りで弁明する。ベルは決して悪いわけではないのだと。これは浮気ではないと。

 

「ふふ、いいのよアミッド……私は気にしていないわ。『怪物祭』以来……抱いてもらったことがないだとか、私よりも別の女神を抱いているなんて聞いたって、まったく気にしていないの……本当に、まっったく、気にしていないの」

 

普段なら澄んでおり、まさに星空のように見る者を惹きつけるはずのその瞳には今、光というものが一切ない。深淵を覗き見たような瞳というか遠い所をみるような瞳というか、とにかく、アミッドは彼女の瞳を見て、やばいと感じざるを得なかった。そして、アストレアの口から出た言葉に心の中でベルの名を叫んだ。

 

(ベルさぁあああああああああああああああああんッ!!)

 

乾いた微笑の声を漏らすアストレアは、それはもう、長年付き合っていた恋人が知らない間に寝取られていたのを知った時の絶望感が目に見えるほどだ。アミッドはだらだらと汗を垂らし、このままではいろいろまずい、と脳みそをフル回転。

 

「うぉ、戦争遊戯(ウォーゲーム)はおやめくださいアストレア様!? 相手に勝ち目がありません! いえ、そんなことになれば都市そのものに被害が!!」

 

相手の女神が誰であるかは伏せさせてもらうが、【デメテル・ファミリア】に【アストレア・ファミリア】がベルを巡って戦争遊戯(ウォーゲーム)にでもなればそれはもう色々騒ぎにしかならない。それこそ都市の食糧事情にだって影響を及ぼすかもしれない。アストレアはふふふと微笑みながら首を横に振る。そんなことするわけがないと。

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)にまで発展させることではないでしょう? それに相手はデメテル。話せばわかる相手よ」

 

「――――――ッ!!」

 

がっつり相手の女神様が誰だったのか見られてたーーーーッ!! これはもう駄目なやつだーーーーッ!! ベルにそのつもりがなくっても、向って行った場所が場所だから余計だーーーーッ!!

 

「ア、アストレア様! その、ええっと、そうだ! どこか喫茶店にでもいきませんか!? ここにいても仕方がありませんし!?」

 

「ふふ、アミッドは優しいのね……あの子も、とても優しいのよ?」

 

「え、ええ、存じております、存じておりますとも…!」

 

ささ、行きましょう行きましょう! もうどうしようもない、アミッドでは正しい解答へと導きだすのは困難だ。目をぐるぐると回し、とにかくこの場を離れ喫茶店か酒場にでも行って世間話のあれこれでもして、気を紛らわせるしかない。そう思い至ってアミッドはアストレアの背を押しながらその場を後にした。

 

 

 

×   ×   ×

 

「ぅ―――ぉおおおおおおおおおおおおッ!」

 

「良い調子よ、ベル!」

 

摩天楼施設(バベル)、その最上階を目指してベルは豊穣の女神デメテルを抱きかかえて塔の外壁を駆け上っていた。『バベル』内で冒険者達が装備品やらを購入したりしている中、外の景色が見える位置から女神とヒューマンが通り過ぎていくのを見た者は己の瞼を擦り「疲れているのか…?」と首を傾げた。まさかそんな馬鹿な、『バベル』の外壁を駆け上がるなんてことあるわけナイナイ。重力を無視するのも大概にしろ、と。だがしかし、迷宮都市オラリオではこの日、『バベルの外壁を走って昇った』という偉業を成し遂げた馬鹿兎が爆誕することとなった。

 

「フレイヤは最上階にいるわ! 魔力はまだ大丈夫? なんなら、ほら、私は手が空いているし…精神回復薬(マインドポーション)飲ませてあげましょうか?」

 

「だ、大丈夫で……ってどこから出しているんですか、デメテル様!?」

 

彼女の暴力的なまでの大きな胸はベルに抱き着いているせいかベルの身体に押し当てられ形を歪め、さらに深い谷間が出来上がる。そこにデメテルは指を突っ込んだかと思えば小瓶を1つ取り出したのだ。ベルは思わず足を滑らせた。

 

「ふっ――――んのぉおおおおおお!」

 

それを何もない『宙』を蹴って落下を防ぎ、昇る昇る。それを落下するスリルも込みで楽しんでいるデメテルは「やーん」と言ってはむぎゅむぎゅとその肉感的な肢体を密着させた。甘い彼女の香りがベルの鼻腔をくすぐった。

 

「あ、あの、あんまり動かないでください!? アストレア様に見られたら、僕……ッ!?」

 

「大丈夫大丈夫、さすがに見えないわよ。それに、今度アストレアにしてあげればいいでしょう?」

 

「それは、そうかもですけど…」

 

もうすでにがっつりばっちりしっかり昇っていくところを見られていたわけだが。現在進行形でアミッドが苦労しているわけだが。そうとは知らずにベルは今一度デメテルを落さないように彼女を抱く腕に力を入れる。デメテルの肢体は思いのほか軽く、柔らかい。ベルは戸惑うばかりだった。今朝、姉達に置いていかれた悲しみなど吹っ飛ぶくらいには。

 

「み、見えてきました」

 

ほんのわずかに汗を滴らせて、それをデメテルがこれまたどこからか取り出した手拭(ハンカチ)で拭う。

 

「あそこがあの女神(おんな)のハウスね…!」

 

「あの…デメテル様?」

 

空中で足を止めるベル。フレイヤがいるだろう部屋はもう目に見えている。そこでベルはふと、思ったことをデメテルに聞いてみた。眷族達に門前払いされるから本拠に行ってもフレイヤに会えなかった…なら、このまま塔を昇ったところで、窓硝子に扉があるわけでもなし、屋上から内部に入る必要があり、そうなるとどちらにせよフレイヤの眷族に出くわすのでは?と。

 

「そう…私もそれは考えたわ。屋上から入り込んでも…きっと眷族に見つかれば邪魔をされてしまうでしょうね…」

 

「じゃ、じゃあ……」

 

「でもね、ベル……神々(わたしたち)にはこういう言葉があるの」

 

「……?」

 

なにか嫌な予感がするなあ。胸元に手を当てながらドヤ顔かます豊穣の女神様にベルは汗をたらりと頬から垂らした。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

「……はぁ」

 

不機嫌そうに、あるいは少女のように唇を尖らせる美神フレイヤは、摩天楼施設(バベル)の最上階の部屋で葡萄酒の入ったグラスを林檎の果樹を象ったミニテーブルに乗せて吐息を吐き捨てる。

 

「ずっと…ずっとお預けをくらっているのはとてもつまらないわ……それでも強引なことをせずに大人しくしている私、偉くない? オッタル」

 

「……」

 

都市の景色を一望できる継ぎ目のない巨大な窓硝子に、壁の一面を埋め尽くす高級な本棚、足が沈み込む絨毯や、月と太陽の絵画といった顕示欲の強い富者の部屋と比べれば調度品の数こそ少ないものの、匠の技をつくされた品々はそれだけで部屋の主の品位がわかるというものだった。しかし、その部屋の持ち主であるフレイヤは心底つまらなさそうだった。

 

「今までの人間関係全てを捨ててまで、手に入れるほどのことなのか? そんなことをアルフィア達に言われた時は……まあ、それもそうねなんて思ったけれど……成長していくあの子を眺めてる私、ただ目の前で獲物を見せつけられているだけじゃないかしら…そう思ったらイラァっとしちゃうのよ、我慢も限界よ? 据え膳がそこにあるのに、駄目なのよ? 私…フレイヤよ? いいじゃない少しくらい」

 

「………」

 

「そりゃあ一度も口を利いたことがないわけではないわ。でも、もうすこぉーし、ふれあいがあってもいいじゃない? 美の女神として? 豊穣の女神として? 女のあれやこれやを教えてあげたいと思うものじゃない? 育ててみたいじゃない? 私だってあの子をもふもふして抱き枕にして、一糸まとわぬ姿で一夜……いいえ、三日三晩、楽しみたいわ」

 

ずるいずるいずるい。

アストレアばっかり、ずるい。怪物祭でモンスターの脱走からのベルの活躍には喉を鳴らして興奮したものだが、アストレアを抱きかかえて逃走するベルを見て思ったこともある。

 

――アストレア、そこ代わって。

 

と。

しかも、よりにもよって、怪物祭でのシルバーバック戦の後にフレイヤが作り上げた舞台を何者かに乗っ取られ上書きされ、ミノタウロス戦が開始。さすがにあの子死ぬのでは…と心底やっべぇと思ったものだけれど、その後の彼の奮闘にフレイヤの女がジュンッ!と溢れたものだ。でも、やっぱり面白くない。乗っ取りとか、よくないってフレイヤ思うわけ。

 

街娘(シル)としてあの子に触れ合うこともあるけれど………ッ! そう、そうよ、あの子ったら、眠っているリューと……嗚呼、なんて……ウ・ラ・ヤ・マ・シ・イ!!」

 

ぼふぼふと絨毯に足を沈ませてフレイヤは地団駄。眠っている女体を好き放題する兎を想像してリューそこ代わって!と地団駄。未だ頭頂部にじんじんとした痛みを感じるけれど、酒場での話を忘れるはずもない。あの潔癖な妖精代表とでも言うべきリュー・リオンをむふふした……由々しき(うらやましい)事態だ。

 

「どうして私にはそういうの…ないの!? あの子が望むなら、街娘(シル)としてでも……くぅ…!」

 

「………フレイヤ様」

 

「話しかけないでもらえるかしら、私を差し置いてあの子と遊んだオッタル」

 

「…………っ!」

 

(いとま)を欲しい……ええ、与えたわ。あの子の魂の輝きも随分と陰っていたし…その理由もだいたい察しはついていたもの。でも、誰が想像できるというの? 『追いかけっこ』をするだなんて……!」

 

フレイヤは静かに怒った。オッタルはぐぅの音も出ないほどに黙りこくった。理不尽なほどにぶつけられる怒りだがフレイヤに逆らえるはずもない。ましてや頬を膨らませてぷるぷるしているフレイヤは、非常に可愛いものであった。オッタルは己の胸を握り締めたい衝動にかられた。

 

「それに……それに、何、ロキのところの【純潔の園 (エルリーフ)】とあんな情熱的に抱きしめ合って……うらやま……こほんっ、私に恨みでもあるの!? 私が何をしたというの!? 私、フレイヤよ!?」

 

だからなんやねん。ロキがいればきっとそう言うことだろう。それでも目の前で見せつけられる白兎のあれこれにフレイヤは焦らされて息切れ寸前だ。

 

「こうなったら金銭でも渡して……●●活みたいなことをするしか……いいえ駄目ね、それじゃあ何か違うわ。こういうのはじっくりと時間をかけてあの子の心を掌握して……それこそが王道というもの……ううん、でも…あの子、美の女神に対してはガード硬いし……アルフィアったら余計な事をしてくれたものね……美の女神は性獣みたいなものだから近づくな、だなんて……そんなわけないじゃない。私だって相手を選ぶわ」

 

ただ相手が白兎(ベル)だっただけよ。私、悪くないわ。唇を尖らせるフレイヤはやはり可愛いものがあった。オッタルがぐっと口を引き結び拳を静かに握り締めた。一頻りフレイヤの愚痴が爆発したところでフレイヤは椅子に腰を下ろし葡萄酒の入ったグラスを手に取って口元へと導いていく。

 

 

「はぁ……いっそ空からベル、降ってこないかしら」

 

ぼんやりと窓硝子に映る青空を眺めていた、そんな時だったろうか。楽し気な女神の声と少年の絶叫と共に巨大な窓硝子が外側から破壊されたのは。

 

 

 

「最後の硝子をぶち破れ……ってね!」

 

「わぁあああああああああああ!? 何やってるんですか、デメテル様ぁああああああああ!?」

 

 

巨大な窓硝子が音を立てて破壊されて、ベルとデメテルがやってきたのは。それは傍らに佇んでいたオッタルでさえ予想外―誰が予想できようか―であり、彼はLv.7の膂力を以てして硝子片がフレイヤの陶磁器のような肢体を傷付けないようにと払い落とす。更に、部屋の外にいたのか侍女頭のヘルンが何事かと扉を開けて「……は?」と凍り付いた。

 

「――――ブフゥゥゥッ!?」

 

思わず葡萄酒を吹き出すフレイヤ。最近ベルがふわふわしてるなあとは思っていたが、いや、それでも、まさか『バベル』を外側から昇って来るなんて誰が予想できるというのか。オラリオ史に新たな一ページが刻まれた瞬間である。

 

「ふふ、ほらベル、ちゃんとできたじゃない」

 

「できたじゃないじゃないですよ、どうするんですかこれ!? 僕…嫌ですよ、責任をとれとか言われても!」

 

「大丈夫大丈夫♪」

 

びっくり仰天する美の女神様を差し置いて豊穣の女神様はベルの腕から降ろされ軽く伸びをして抗議するベルへとにこやかに返す。

 

「デ、デメテル……これは、あなたの仕業……? 正気……? 私、フレイヤよ?」

 

「私はデメテルよ? ……私、怒ってるんだからね」

 

「……こんなことをするほどの恨みを? ごめんなさい、私には覚えがないの。何か貴方に恥をかかせるようなことをしたのかしら? ひょっとして貴方が眷族にしようとしていた子を奪ってしまっていたとか?」

 

外から入り込む風が女神の髪を揺らす。どうしたものかと固まる眷族達を他所にデメテルはフレイヤへと対峙する。

 

「……ずっと前に約束したじゃない! 一緒に神聖浴場に入ろうって! 私、ずっと待ってたんだから、何十年も何百年も! それなのに貴方ときたら…7年(すこし)前にちらっと来ただけですぐに帰っちゃうし! なのに貴方ったらいっつも退屈そうな顔をして…」

 

「まさか、貴方…」

 

「退屈なんだったら、暇なんだったら、ちゃんと神聖浴場に来なさいよぉ!」

 

「……そんなことのために、こんなことを……わざわざ? 普通に会いに来ればいいじゃない」

 

「そんなこと言って尋ねてもちっとも会ってくれないじゃない。貴方の眷族達には門前払いをくらうし、たまに見かけたと思ったら『話しかけるな』って空気(オーラ)を振りまいて!」

 

だから実力行使に出たのよ! ドヤァとするデメテルと「そんな理由で…?」と面倒ごとに巻き込まれたことにショックを隠せず崩れ落ちるベル。

 

「忘れないで。私も貴方も女神でしょ。常に娯楽と刺激を、遊ぶ時には全力で♪ それが神々(わたしたち)でしょ?」

 

「ふふ……あはははっ! デメテル、貴方って本当に…! 確かにこんな高い所、それも外からやってくるなんて思いもしなかったわ!」

 

うふふ、うふふふ、笑い合う女神達。

なんだか本人達は満足したのか、今までにない刺激を得たのか笑い合っているが眷族達はそれどころではない。でも、神の眷族になった以上振り回されるのは常だ。どうしようもない。

 

「………うぅ、器物破損…僕、ああ、どうしよう…聞いてないこんなの……」

 

「【探索者(ボイジャー)】……」

 

「ッ!?」

 

両手両膝を地につけて、やべぇことしちまったぁと心臓をバクバクさせ焦るベルに、オッタルが歩み寄り膝を付き武人らしく厚い皮膚に覆われた手をベルの肩に乗せた。思わずビクリ、と震えるベルは恐る恐る面を上げ彼の顔を視界に納める。いくらベルがオッタルに対して舐めた口を利こうとも、今回は流石に自分に非があると自覚してしまってるが故に顔を青くさせた。しかし、意外なことにオッタルからベルに対してお咎めというものはなかった。むしろ―――。

 

 

「お前も……苦労をしているようだな」

 

(同情された……!?)

 

憐憫の眼差しを向けられていた。神に振り回される同じ下界の住人として、いっそ可哀想なものを見る目をこの時、オッタルはしていた。

 

「窓のことは気にするな…」

 

「いや、でも…」

 

「………良い」

 

「…………」

 

錆色の瞳が真っ直ぐ深紅(ルベライト)の瞳を見つめ、有無を言わせない。もっともベルは巻き込まれただけなのだから、責任はデメテルにあるのだが。

 

「さあフレイヤ、神聖浴場に行くわよ! そして遊ぶわ! カジノにでも行きましょう!」

 

「ええ、そうね、だけれど少しだけ…少しだけ時間を頂戴なデメテル。窓を割った罰として少しだけ、あの子と戯れる時間を頂戴?」

 

「ああ……それもそうね、ついノリで割ってしまったけれど…」

 

「いいのよそれは……私的には『キター!』って感じだし。まさに神への祈りが通じたという感じかしら」

 

「貴方も神よ?」

 

「どっちにせよ、グッジョブよ」

 

にこやかに微笑むフレイヤとデメテルは、ベルとオッタルの元へと歩み寄る。オッタルは2柱の女神の存在に気付くとすぐに立ち上がって離れ壁際で待機。ベルは2柱の豊穣を司る女神様を見上げる形となった。

 

(綺麗……そして、大きい……ハッ、違う、アストレア様だって負けてない……!)

 

フレイヤはしゃがみこみ、ベルと同じ目線となってそのまま陶磁器のような肢体を以てベルを抱擁する。美の神特有の色香が包み込み、炎を模した煽情的なドレスでありながら露出の多いその恰好もお構いなし、その豊満な胸の中にベルの顔を押し込み、頭を優しく撫でまわした。

 

(ァ、ァアアアアアアアアアアアアア!?)

 

柔らかい、良い匂い、柔らかい柔らかい柔らかい!! 情緒をぶっ壊す勢いでフレイヤの感触が直にベルへと伝わっていく。そんなベルを気にすることなくフレイヤは念願だったとばかりに頬ずりをし、処女雪の如き白い髪を撫でり撫でり。ベルは救いを求めてオッタルに目を向けるもオッタルはぷいっと顔を逸らし、ならば…と未だ扉の前で硬直している侍女頭のヘルンのことを見るも、彼女はどういうわけかご立腹なようで下を向かせた親指でそのまま首を切るようなジェスチャーを。

 

「嗚呼、これよこれ………ずっとこれが欲しかったのよ……はぁ、アストレアも夢中になるわけだわ」

 

「フレイヤ? ベルはとっても頑張ってくれたのよ?」

 

「デメテル……ええ、言いたいことはわかるわ。ご褒美の1つや2つ……ふふ、なら、そうね……ねえベル、いっそ私をあげましょうか?」

 

「むぐぐ!?」

 

「さすがにそれはまずいんじゃないかしらフレイヤ」

 

「『美神(わたし)』で初体験……その後にあれやこれやと女の悦ばせ方を教える……そうすればアストレアだって今まで以上にベルに惚れ込むに違いないわ。シーツをビショビショにしてね」

 

「うーん」

 

ベルの背後で膝をついたデメテルも触りたくなったのかベルの頭を撫でり撫でり。ビクッと背筋を震わせた子兎にデメテルは何かそそるものを感じ取ったか己の唇を舐めた。この部屋には今、飢えた女豹が2匹…兎を食べんとしているようだった。秒読み寸前である。

 

「むーむーむー!」

 

「え? いやなの? 街娘(シル)の方がいいなら、そうするけれど?」

 

「むむーむー!」

 

「そういうことじゃない? ううん、わからないわ……私、貴方とお友達になりたいだけよ? あわよくば『伴侶(オーズ)』になってくれればうれしい限りだけれど。貴方ったらアストレアがいいって譲らないし……それなら、妥協するしかないじゃない?」

 

「むぅぅ……ぷはっ、あ、あの、ほんとに、駄目ですって! オッタルさん達、見てますよ!?」

 

「オッタル、出て行きなさい……ヘルンも、出て行かなくてもいいけれどその時は私がこの子としている時の感覚を共有することになるわよ」

 

「!?」

 

「……よろしいのですか?」

 

「何が?」

 

「いえ」

 

オッタルとヘルンは部屋を出て行った。ヘルンは最後まで何も言わなかったことがむしろベルからしてみれば怖かったが、それどころではない。かつて義母から美の女神は碌でもないという話を思い出して焦る焦る。

 

「ほらベル、女神の身体……とっても柔らかくていい匂いがするでしょう? 好きにしていいのよ?」

 

誘惑してくる美の女神様。ベルの胸に細い指を添わせてじわりじわりと押し倒せば当然後ろにいたデメテルの膝の上にベルの頭が乗りフレイヤはベルの腰のあたりに軽く跨った。じゅるりっと青い果実を食べようとしていた。

 

「フレイヤ、流石にそろそろベルが可哀想よ?」

 

流石に止めに入りはじめる豊穣の女神様。けれど彼女の手はベルの頬を撫で髪を弄る。

 

「む………仕方ないわね、じゃあ、『世界の半分』を貴方にあげるから、貴方を私に頂戴? ごーとぅーべっど、しましょう?」

 

「貴方は物語に出てくる魔王か何かですか!?」

 

「私、フレイヤよ?」

 

「僕はベルです! そ、そそ、それから!? 初めてはアストレア様って決めてるんです!」

 

「「もうやだ、この子ったら、か~わ~い~い~!!」」

 

「!?!?!?」

 

もういっぱいいっぱいなベルに心底満足したのか、フレイヤは頬を上気させたまま立ち上がり本棚の元へ。そこから何冊か引っ張り出し、さらにそこから厳選し、一冊の本を胸元に抱いてベルのもとに戻ってきた。

 

「ほんっとうに貴方ったらガードが堅いんだから……でも、そうね、卒業したら私の所に来なさい。男としてランクアップさせてあげるわ」

 

「ゴクッ……な、何の話ですか?」

 

「あら、わからないはずないでしょう? 女の子に囲まれた生活をして……年相応に興味…あるくせに。 なんならアストレアを焚きつけてあげましょうか?」

 

「~~~~っ!」

 

「ふふ、ふふふ……毎日のようにお預け……けふんけふん、見せつけられた私の気持ちを、わからせてあげたいくらい……」

 

「ひ、ひぇ」

 

「フレイヤ?」

 

「……コホン、じゃあベル、私は満足できたから……そうね神友(デメテル)を連れて来てくれたのも合わせて、ご褒美をあげるわ……」

 

胸元に抱いた分厚い本をベルへと差し出す。

首を傾げるベルは恐る恐るそれを手に取って表紙に目を通す。『ドキッ、オークでもできるエルフの堕とし方! ―金髪エルフ編!―』思わず目元を擦り二度見。

 

「………フレイヤ様、まさか!?」

 

「さすがにそういう趣味はないわよ。『魔導書(グリモア)』よ、聞いたことくらいはあるでしょう?」

 

「……何を企んでるんですか?」

 

「あら、ご褒美と言ったのを聞いていなかったの? それとも……やっぱり()()()()()の方が良かった?」

 

「け、けけけ、結構です! ぼ、僕、もう帰ってもいいですか!?」

 

飛び退くようにして立ち上がったベルはデメテルとフレイヤを交互に見やる。しっかりと『魔導書(グリモア)』を抱えて。デメテルはニコニコと笑みを浮かべ、フレイヤもまた一応満足はしたのか微笑を浮かべている。でも、子兎の本能が告げている。これ以上ここにいれば絶対に喰われる……と。

 

「ええありがとうベル。また今度、私の農場に来なさい。お菓子とか、収穫物とか……おすそ分け、してあげるから」

 

「!」

 

「そうね……これ以上するとアストレアも流石に怒るでしょから、これくらいにしておくわ」

 

「じゃ、じゃあ、僕、行きますから……うぅ、匂いついてる……どこかで洗い流した方がいいのかな、アストレア様に怒られたらどうしよう……」

 

「「一緒に入る?」」

 

「入りませんよぉ!!」

 

ベルは今までにないほどの詠唱速度を以てして魔法を完成させ、非常に風通しの良くなった窓辺から飛び降りた。非常に己の欲を満たし刺激を得、満足しきった女神様達はもういっそ一仕事終えた感のある空気を纏って笑みを浮かべながら部屋を後にした。

 

「ゴブニュのところに謝っておかないといけないわねえ」

 

「バベルを作った一族の子が今もいるなら、卒倒ものよデメテル?」

 

「うふふ、今回だけよフレイヤ。私もさすがに何度もこんなことはしないわ」

 

「少しは反省なさい」

 

 

 

 

×   ×   ×

???

 

 

「ふんっっっんぬぁ!!」

 

ピッケル鳴らすやせ細った男は、何故か急に怒り出した。白いローブに身を包む者達はいったい何ごとかとオロオロ。

 

「タ、タナトス様ぁ!? バルカさまが何故かご乱心にぃぃ!!」

 

「うーん……更年期かなあ?」

 

「おいいタナトス、それは女だけじゃないのか?」

 

「どっちにせよずぅーっと土掘ってるだけじゃイラつくこともあるでしょう」

 

「はは」

 

「ふふ」

 

「「どっかで一族の作品に傷でもついた……とか? ははははははは!」」

 

 

×   ×   ×

 

すっかり空が夜色に染まった頃。

 

 

「―――聞いてアミッド、ミアハ、ベルったら私のことを抱かないくせに他の女神(おんな)は抱いていたのよ、2柱(ふたり)目よ、2柱(ふたり)目!」

 

ダンッ、と飲み干した酒のグラスをテーブルに叩きつけ、アストレアは瞳を潤して吠える。大通りから少し外れた路地に建つ場末の酒場。古びた木造りの狭い店内は、粗製な装備(みなり)の冒険者が大半を占め、乱暴な笑い声や決して上品ではない言葉が頻りに飛んでいる。安い酒を飲む冒険者達に交ざり、アストレアは先程自分が見た一部始終を、卓を挟んで目の前にいる少女と神物(じんぶつ)にこれでもかと吐き出していた。

 

「アミッドよ……どういうことだ、これは……」

 

「申し訳ございませんミアハ様……私ではもう、処理しきれなくて……ちょうど通りを歩くミアハ様を見つけて、巻き込んでしまいました」

 

女子(おなご)だけで酒場をハシゴしていると聞いたときには何事かと思ったが……」

 

「私は飲んでいないのですが……話の内容的にもというか……あえて騒がしい場所に行った方が多少下品な内容が混じっても問題ないと思いまして」

 

「ふむ……しかし、こんなアストレアは珍しい……」

 

悩ましい胸が卓の上に乗っかっているのも気にせずアストレアは酒が回り、据わった目をし頬を染め、まるで浮気現場を見てしまった女のように項垂れていた。女神の中の女神と言われる彼女のそんな姿はいっそ背徳感さえ漂っていて、しっとりと浮かぶ汗が谷間に吸い込まれるのも相まってか、ならず者ばかりの冒険者達はゴクリ……と喉を鳴らし劣情を催した。

 

「聞いてミアハ……ベルったらまだこーんなに小さかった頃に私に、大きくなったらアストレア様と結婚すりゅ! なんて言ってくれたのよ? 親としてこんなに嬉しい言葉、あるかしら?」

 

「確かに……可愛がっている眷族にそのような言葉を言われて喜ばない主神(おや)はいないであろうな」

 

「や、やはり嬉しいものだったり…好きになったりするものなのですか? その、恋人や、伴侶として…」

 

「当然、嬉しいものだし…むしろ我々は、子供達にこそ惹かれやすい」

 

物腰丁寧な口調をやや低い声音で紡ぐミアハは、アストレアの話をうむうむと頷き聞きながらアミッドの問いに答える。着用しているぼろぼろにくたびれた灰色のローブが、古臭い内装の酒場に違和感なく溶け込んでいる。大通りでたまたま出会ったアミッドに救いを求めるように連れ込まれ、こうしてアストレアの自棄酒に付き合っている彼は、嫌な顔一つせずに彼女の話に耳を貸していた。

 

「怪物祭の時……私を抱きかかえるあの子に、私は改めて、嗚呼、この子もちゃんと成長しているのね。なんて思ったものよ……戦っているあの子にハラハラして、けれど格好よく見えて……胸のときめきのようなものを確かに感じたわ」

 

「庇護の対象であった者にむしろ守られる……か。普段見ることのない表情や行動も相まって、惹かれてしまうのは無理もなかろう」

 

「アリーゼ達があの子を囲うと宣言したときにはどうしたものかと思ったし、けれど主神(おや)としては眷族(こども)達の誰かがベルとくっついて幸せになってくれれば……なんて考えもするけれど」

 

「他派閥との恋愛、婚姻は非常に難しいものがあるからな」

 

「でもやっぱり……私も、と思うのよ」

 

「「なるほど」」

 

頬杖をして、卓についた水滴を指をつかってぐるぐると回す。出来上がるのは可愛らしいデフォルメされた兎の絵だ。出来上がったそれに思わずか「うぅ~」なんて悶えてから叩きつける勢いで額を卓につけた。

 

「新しい魔法を発現して……未だ子供達の誰も到達していない『空』の領域に踏み込んだあの子は自由で、風に漂うのは気持ちよさげで……アリーゼ達は何故かダイエットを始める始末…」

 

「そもそも冒険者をやっておきながら体重が増えるというのは難しいと思うのですが」

 

「ええ、ライラもそう言っていたわ。でも、女として……意中の子に重たいと言われたらと思うと怖いんでしょうね…ふふ、あの子達も可愛い所がまだまだあるって知れて嬉しいわ。あの子達に混じって私も……なんて思っていたけれど、あの子ったら一度も私を誘ってくれないの」

 

(さそ)………え?」

 

「バイトに遅刻しかけているヘスティアを運んだって聞いた時は……まあ、優しいあの子のことだし……って特段気にはしなかったけれど……デメテルをお姫様抱っこしてバベルを昇って行った時には……何かしら、こう、あの子が手の届かない遠くに行ってしまったような寂しさのようなものが込み上げてきたの」

 

「まあ実際、遠い所(バベル最上階)へ行きましたからね」

 

「手を伸ばしても、輝く星には届かないのよ……」

 

「アストレア、お主は星乙女であろう……何を言っておるのだ」

 

「きっと今頃……フレイヤとデメテルに美味しく頂かれているに違いないわ」

 

「さ、さすがにそれは……」

 

「デメテルもベルのことを可愛がってはいたが、せいぜい神友の眷族を愛でる程度であろう?」

 

「はぁ……あの子はいつだって私の傍を離れたりしないし一緒に眠っている時なんて…無防備で、可愛い寝顔を見せてくれて…それがまた堪らなくって……買い物なんかも一緒に行くけれど、それは逢瀬とは違うし……」

 

「親との買物は逢瀬とは言えんだろうな」

 

「言いません……よね」

 

「私から誘ってみようとも思うけれど、あの子ったら買い物に行くと勘違いしちゃったり……はぁ……」

 

「これはベルが悪い」

 

「ベルさんに非がありますね」

 

女神様からの逢瀬のお誘いを、一緒に買い物に行くと勘違いしちゃってるベルに問題があった。これもまた付き合いの長さからくる弊害かとアミッドは頭を痛めた。でも本人は一緒に行動しているだけで楽しそうにしているから、「違うんですよ」とも言いづらい。

 

「愛してるのよベルぅぅぅ……私も抱いてぇ」

 

「これこれアストレア、声が大きいぞ」

 

「ア、アストレア様、その言い方では勘違いされてしまいます……!」

 

店主、勘定だ。そう言ってミアハは席を立ちあがり勘定を済ませる。アミッドも出そうとしたがミアハが制止した。

 

「ミアハぁ、支払いはどうしたの?」

 

「うむ。私の全持ちだ」

 

「あら……そんなこと、させられないわ。こういう時は割り勘にしましょう?」

 

「うむ。しかし私はアストレアの恥ずかしい話を聞いてしまった…その代金だ」

 

ミアハとアミッドに支えられながら、帰路につく。酒の匂いを漂わせて、足取りも悪いすっかりデキ上がってしまった酩酊女神(へべれけ)。ミアハとアミッドでは身長差があり時折バランスを崩しかけて右へ左へと揺れては2人に運ばれるアストレアの悩ましい果実がゆさゆさと揺れ動く。

 

「ベルさんには困ったものです」

 

「ベルぅ……」

 

「ふむ……女子(おなご)に囲まれた生活を送っていても、わからんものはわからんか」

 

「ベルぅ……ベルぅ…」

 

「それとなく注意してあげるべきでしょうか?」

 

「しゅきぃ……」

 

なんて話を2人でしていると、空から件の白兎が舞い降りてきた。彼は少し焦っているようで、どうしたのかと事情を聞けばフレイヤとデメテルの元を去ってからずっと探し回っていたのだという。脇には厚みのある本が抱えられている。2人に支えられ、ふらふらと肢体を揺らして歩くアストレアを瞳に映したベルはさぁーっと顔を青くして普段見たことがないようなアストレアの状態にオロオロ。

 

「ほれベル、お主の女神なのだから連れ帰ってやれ」

 

「え、え、え?」

 

「呑みすぎているだけですから……ご安心を。ですが翌日、二日酔いの症状がありましたらオレンジジュースでも飲ませてあげてください。アルコールの分解を早めてくれますので。それから、お手洗いが近くなるでしょうから、注意して様子を見て差し上げてください」

 

「わ、わかり……ました? アストレア様、大丈夫ですか?」

 

「うぅ…ん……」

 

「ちょっとだけ……『魔導書(これ)』持っててくださいね」

 

「はぁ……い……」

 

「くっ……」

 

意識も朧気なのか、ベルにもたれるようにして身を委ねるアストレア。そんな彼女の膝の裏、そして背中へと腕を回したベルはもう慣れたように「よっ」と抱きかかえた。アストレアご待望のお姫様抱っこである。

 

「あら……ミアハ…いつの間にベルにジョブチェンジしたの……?」

 

「これこれアストレア、それは本物だ」

 

「クスッ、ほらベルさん早く連れ帰ってあげてください。もう暗くなってきましたし夜は冷えるでしょうから……汗を拭いて、お風邪を引かないようにしてあげてください。あ、跳んだりしてはいけませんよ、激しく揺れて嘔吐でもしたら大変です」

 

「え、あ、はい……えと、アミッドさん、ミアハ様、おやすみなさい」

 

アストレア様、大丈夫ですか? そんな声をかけながら、ベルはアストレアを抱えて消えていく。それを見送ったアミッドは再びやれやれと溜息を吐く。

 

「困った方です」

 

「だが、あの様子なら問題なかろう……我々もそろそろ帰るとしよう」

 

「そうですね、ではミアハ様、私はこれで」

 

「ん? いや、さすがに夜道を1人で帰すわけにはいかんだろう……送って行こう」

 

「!」

 

 

×   ×   ×

『星屑の庭』

 

 

「ほらアストレア様、ベッドですよ」

 

「うぅ……ん」

 

意識を夢の中にでも落としているのか、曖昧な返事をするアストレアをベッドに下ろす。身に触れていた少年の手が離れていくのを感じたかベルの袖をきゅっと摘まんで可愛らしく抵抗する。

 

「ア、アストレア様?」

 

「あつ…ぅぃ……」

 

「えと、お風呂……は今日はもう無理だろうし……身体を拭くタオル、持ってきますから」

 

「ベルが……やって頂戴……」

 

「………」

 

ゴクリと喉を鳴らす。

酒と汗の決して不快ではない匂いが鼻孔をくすぐる。肌に張り付く胡桃色の髪を掃うようにして彼女の額を撫でて潤った唇に目がいってはつい、指でなぞる。

 

「んちゅ……ちゅるっ」

 

「っ!」

 

意識してか無意識か、唇に触れているベルの指を軽く咥えてチロリと舐める。慌てて引き抜いて飛び退くようにして部屋を後にする。

 

「タ、タオル……持ってきます!」

 

パタパタと足音を立てて、部屋を後に。ベッドの上で糸の切れた人形のように仰向けになって寝転がるアストレアは呻き声を上げては寝言のようにベルの名を呼んだ。彼を求めるように。

 

 

 

「ライラさん、アスタさん……アリーゼさん達は?」

 

「とっくに帰ってきたよ。でも、疲れて早めに寝ちゃった」

 

「つ、疲れて?」

 

団欒室を覗いたベルはアスタとライラしかいないことに疑問を覚えた。本拠内はとても静かで、アリーゼ達の姦しい会話さえ今日は聞こえない。それが少しだけ、寂しい。

 

「朝……出てったろ?」

 

「う、うん」

 

「オラリオの外周を……あの馬鹿共、500周してきたんだとよ」

 

「え」

 

「そもそも冒険者が太るって……日銭稼ぎの、それこそリヴィラで足踏みしている冒険者でもなかったら難しいと思うんだけどね」

 

「それでも女のプライドみたいなものがあんだろー? まったく、気にしすぎなんだよ」

 

「ど、どういうことですか?」

 

「気にしなくていいよ、本当に」

 

「気にすんな、それより、アストレア様は大丈夫なのか?」

 

「……あ、うん、でも、あんなアストレア様見たことない……」

 

「手伝おうか?」

 

「だ、駄目……アストレア様のお世話は、その、ぼ、僕がする、から!」

 

「「へぇ~」」

 

ニヤニヤする姉2人にカッと顔を朱くさせたベルは団欒室から逃げるようにして去っていく。桶に水を入れてタオルと飲み水も合わせて神室へ戻る。そこには片膝を立ててロングスカートがズレ落ちて瑞々しい肌が露出されている。

 

「アストレア様、戻りましたよー?」

 

眠っているのだろうか、覗き込むようにして声をかける。まだわずかに意識があったのか、これまた艶めかしく呻いてベルの方に寝返りをうって瞼を開いた。熱を帯びた瞳はトロン、としていてベルは吸い込まれるように彼女の瞳に見惚れた。

 

「大丈夫ですか?」

 

頬に触れれば、少し冷たかったのかぶるっとアストレアが身震いして、けれど心地よい冷たさだったのかうっとりとした表情を浮かべ始める。

 

「えと……身体、自分で拭けますか?」

 

「……して、くれないの?」

 

「…………」

 

「いい、からぁ……私…動けないわ……くぁ……じゃあ、お願いね……終わったら……一緒に、寝て頂戴……」

 

「う、くぅ……いつもより十割増しくらいにアストレア様、えっちだから……なんだこの、なんだ……!?」

 

有無を言わせない。やがてすぅすぅと寝息をかきはじめた彼女はしっかり夢の中に旅立ってしまったらしい。ベルはどうしたものか、やっぱりライラ達の手を借りようか……なんて考えて、こんな酔いつぶれたアストレアなんて見たことなくて、独り占めしたい欲が沸いてきて……喉を鳴らして、タオルを手に取った。

 

 

「脱がせますからね……アストレア様」

 

そうだ、今更じゃないか。

小さい頃からお世話になっている女神様に色々見られたこともあるし、見たこともある。唇の感触だって彼女の肢体の感触だって知っている。うん、今更だ。恥ずかしいしドキドキすることに変わりはないが、他でもないアストレアが「良い」と言ったのだから、良いのだろう。

 

「うぅ……ん……べるぅ……浮気は、浮気はアルテミスだけにしてぇ……」

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい! 違うんですごめんなさい!」

 

静かに寝静まる『星屑の庭』。

残念なお姉さん達の派閥。

酔いつぶれた女神様は可愛がっている兎の手によって裸身を晒す。衣擦れの音だけが、部屋の中でやけに響いていた。

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