アーネンエルベの兎   作:二ベル

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アストラル:「星の」「星のような」「星からの」「星の世界の」


アストラルボルト⑥

 

 

「【あすとらるぼると】」

 

ぼっ、と暖炉に炎が着弾し灯る。星海のごとき深い藍色を帯びた()()()()()()()()()()()光が視界を埋め尽くす。小声で発せられた一言(ワンワード)の後に、その声量からわかるように加減された魔法は鋭角的かつ不規則な線条を描いたジグザグの炎―稲妻状の形―となって視界を埋め尽くした。

 

「わあ、すごいわ! 本当に()()()()()()()だなんて!」

 

「おい」

 

「あらあら、とても綺麗な炎にございますなあ」

 

「おいって」

 

「アルフィアみたいに……一言(ワンワード)……」

 

「おい、聞いてんのか」

 

「着弾しても、炎の色は赤くなくって……アストレア様の瞳の色みたいに綺麗……」

 

「おい、コラ」

 

「温度は……うん、これ、色は青っぽいけど、普通の炎と変わりないわね!」

 

「おい、いい加減にしろよお前等ぁ!!」

 

暖炉の前に集まった星の戦乙女達は、弟分の3つ目の魔法を見てはきゃいきゃいと瞳に映る揺れる炎にはしゃいだような声を上げる。そこに1人ツッコミを入れるのは【ファミリア】のご意見番、ライラだ。

 

「無視すんじゃねえよ、揃いも揃って!!」

 

「「「「構ってでしょう、怒りんぼ(ブレイズ)ちゃん!」」」」

 

「誰が激おこぷんぷん丸だコラァ!」

 

怒髪天。

燃え盛る炎が如く小人族(パルゥム)のライラがキィコラと怒声をあげる。それでもなお、ボケをしっかりと拾いツッコミを入れる余裕があるのは、彼女の磨き上げられた腕が故か。

 

「見てくださいライラさん、僕、お義母さんみたいに!」

 

「うるせぇ! 本拠の中で使うんじゃねえ! まだ冬じゃねえんだぞ!? 本拠の中を熱してんじゃねえ! 見ろ、アストレア様も苦笑いしてんじゃねえか!!」

 

「………いいのよ」

 

「ほ、ほら、アストレア様だって微笑んでます!」

 

「それは微笑みって言わねえ、苦笑ってんだ! それに、明日にしろって言われただろうが! 何考えてんだ!?」

 

「だって、アリーゼさんが……「構わん、ヤレ」って」

 

「構うわ!」

 

ぎゃーぎゃー怒るライラに、苦笑を浮かべるアストレア。青々とした炎はパチパチと薪を燃焼し、次第に団欒室には熱がこもり、乙女達は汗をじわりじわりと流し始めた。当然である。何せ、まだ、暖炉が必要な季節ではなかったのだから。

 

「「「「「あっつぅい」」」」」

 

「だろうな!」

 

滲む汗が肌を伝い、胸の大きな者はその深い谷間の中に流れていき、胸の薄い者はなだらかな丘を雫が滑り落ちていく。乙女達はいそいそと汗を流しに浴場へとかけていったのだった。子兎に後始末を押し付けて。

 

 

「ええと……いいかしら、ベル?」

 

「?」

 

肌をしっとりさせたアストレアは後片付けをするベルの背中を眺めつつ、口を開く。

 

「魔法というのはどれも『詠唱』を経てから発動させるものなの。これは勿論知っているわね?」

 

彼女の問いにこくりと頷く。

全ての魔法にはそれぞれ固定された呪文を術者の口が紡ぎ出すことによって効果を発揮する。『詠唱』という魔法の製作過程で砲身を作り上げ、それが完成した時初めて砲弾が装填される。こう考えれば、作り上げられる砲身の規模が大きいほど、つまり『詠唱』の時間が長いほど、炸裂する砲弾も大型となり威力も増すのだ。逆に砲身の規模が小さければ威力は低くなるということであり、それは『詠唱』の時間が短いということ。

 

「つまり、すぐに発動できるっていう利便性があるんですよね? お義母さんみたいに」

 

「そうね。彼女も超短文詠唱だから実質、無詠唱みたいなところがあったけれど……似たようなものだと思っていいと思うわ。もちろん、実際にダンジョンで試してみないことには威力の程はわからないけれど、ステイタスに詠唱は記載されていないことからノータイム……つまり記載されている通り『速攻魔法』であることは間違いないでしょうね」

 

まあついさっき、詠唱なしで暖炉に火をつけたわけだから『速攻魔法』が如何ほどのものかはだいたいわかったでしょうけれど。とそういうアストレアは窓際に移動して夜風に当たり身体を冷やす。さすがに暑かったらしい。悩ましい胸の谷間にたらりと汗が流れていった。

 

「注意事項として、迂闊に魔法の名を口にしてはダメよ?」

 

誤爆なんてレベルでは済まないから。わかった?と言うアストレアにベルは何度も頷いた。

 

「それじゃあ、今日はもうおしまい。試してみたい気持ちもわかるけれど……明日にしなさい」

 

「む」

 

「今からじゃダメなんですか? なんて顔をしても、ダメよ」

 

「……はぁい」

 

「しっかり、捕まえておくから安心しなさい」

 

ニッコリと微笑むアストレアの圧にベルは気圧された。事実、汗を流し身を清めたアストレアに例のごとく抱き枕にされたベルは脱走すること、叶わなかった。

 

 

 

×   ×   ×

ダンジョン10階層

 

 

「【アストラルボルト】!」

 

 

駆け抜けた稲妻状の炎がモンスターに着弾した瞬間、眩い爆光が炸裂する。砲身に見立てて前方へと突き出した右腕から何条もの炎の雷が奔り、霧の海を引き裂きモンスター達を全滅させる。

 

「やっぱり詠唱……溜めが存在しないから手軽に使ってしまいやすい点はあるかもしれないけれど、いっそアルフィアみたいに動作の一部にしてしまった方がベルには合うのかもしれないわね」

 

「『魔法』というのは本来()()()ですから、強力なものならLvの高低を無視して、格上の相手を撃退することも十二分にありえるんですけど……ベルの魔法は使い勝手が良すぎる分、その必殺としての一面が見劣りしますよね」

 

「と言ってもセルティ、【1つ目の魔法(アーネンエルベ)】と【2つ目の魔法(ビューティフルジャーニー)】だけでも、切り札としては十分だからこれはこれでいいんじゃない?」

 

霧の立ち込める草原の中で、オークやインプを相手にベルが剣を振るっては星炎が駆け抜ける。それを見守るのは【ファミリア】で後衛を務める魔導士のセルティとリャーナだ。2人は自身の経験から、ベルの3つ目の魔法は必殺足り得ないものだが、時間をかける必要がないために厄介な代物でもあると考察を交えてあれやこれやと話していた。勿論、問題が発生した時、ベルをすぐに救出、回収できるように油断はせずに。

 

「長文詠唱の魔法は時間をかける分、効果も高いわけですから、大きな局面に波紋を投じることも可能なんですけど」

 

「それって裏を返せば、その力がないって言えてしまうんだけど」

 

「ベルの場合はスキルの効果で戦闘中は発展アビリティの『魔導』が出てきたりするから、一概にも言えない」

 

量より質か、質より量か……という話もある。【アストラルボルト】の発動速度は侮れないものがあり、時間をかける特大の一発よりも瞬時に連射してくるベルの方が怖いと彼女達はかつて自分達をコテンパンのけちょんけちょんにした最凶の魔導士たるアルフィアが思い浮かべた。

 

「「あの人を比較対象にするのは間違っているんでしょうけど」」

 

まとめてみると、ベルの魔法は相手にとって十分脅威になりえる。ただし手数でまかなえるだけ、単発としての威力、瞬間的な爆発力は乏しい。本当に強い相手―例えば耐久力が高いモンスター―には、一般的な攻撃魔法よりも効きづらいということになる。そこに、威力強化、効果範囲拡大、精神力効率化の効果を持つ発展アビリティ『魔導』が補ってくるので質が悪い。詠唱が必要ない代わりに威力が弱いなんてデメリットを無視してしまっている節すらある。

 

「さっきからよぉーっく見てたんですけど、ベルの右手……」

 

「あー、わかるわセルティ。一瞬とはいえ、魔法円(マジックサークル)が出てるの私も見えたもの」

 

ダンジョンの中で煌めく星海の如き炎がモンスター達を呑み込んで貫き、焼き尽くしていく。その稲妻状の炎が噴き出す一瞬、魔法の名を口にしたその一瞬、砲身の先では魔法円(マジックサークル)が展開し消える。一瞬でON/OFFが繰り返されているような感覚だが、それがベルの『速攻魔法』としてのデメリットをなきものとしている所以なのだろう。2人の魔導士はやっぱりアルフィアを思い出して震え上がった。

 

「リャーナさん、セルティさん、どうでした?」

 

「うんうん……ベル、アルフィアに似てきたわ」

 

「!」

 

「う、嬉しいんですね……」

 

「もう満足した? したなら適当に18階層まで行くけど?」

 

「も、もうちょっとだけ……!」

 

「ん、じゃあ行っといで」

 

「はい!」

 

とてて、と駆けていく弟を微笑ましく眺める姉が2人。今度は何か試そうとしているのか、鏡のような剣身をした『探求者の剣』を右手に握り締めて一閃。合わせるように一言(ワンワード)

 

「【アストラルボルト】!」

 

『ゴアッ!?』

 

『ッギョッ!?』

 

『ヘブッ!?』

 

拡散してしまう魔法。けれど確かに斬撃に混じったそれはモンスターを悉く屠った。その一閃が極東の言葉で言う所の『天の川』のように見えて、これまた姉2人は口端をひくつかせた。

 

「あの子に応用することを教えたの、誰でしょうか」

 

「ライラよライラ。スキルも魔法も試して効果が分かったら試行錯誤してなんでも応用してみろ、それだけで十分化ける。って教えてたわ」

 

「あの剣ってミスリル製でしたよね?」

 

「ええ、確か魔法伝導率の良い素材だったはずよ? だけどそれだけ。付与魔法みたいにとどめられるわけじゃないから、すぐに拡散しちゃう」

 

「それをわかってて、ベル、斬撃と魔法を混ぜてましたよね……」

 

目の前では、思ってたのと違うのか、けれどできたことに喜んでいるのかうーんうーんと頭を悩ませている。何かを、考えているらしい。

 

「戦闘中は威力の面は気にする必要はない……として」

 

「他2つの魔法のことも考えて、追加したいですよね装備」

 

「セルティもそう思う?」

 

「はい、リャーナさんと同じ短杖(ステッキ)とか……ベルはリオンや輝夜みたいな白兵戦向きですよね? なら、短杖(ステッキ)のほうが邪魔にならないと思うんです」

 

「そうねえ……特にリオンがベルの将来的なスタイルとしてはあってる気がするのよね。あれこれ持たせるとかさばっちゃうから悩ましいけど……どうせなら突き詰めたいわよねえ」

 

「レノア婆のところに行ってみますか?」

 

「………行っちゃう?」

 

ほわんほわんと思い浮かべるのは、右手に剣、左手に短杖。さらに魔法石の指輪なんかも嵌めたりして高火力の速攻魔法をぶち込んでくる兎の姿。この2人のお姉さんは、アルフィアを再現しようとでも考えたのだろうか。剣を振りながら魔法を放つベルはそんな2人の妄想など露知らず、剣先を砲身に見立てては「【アストラルボルト】!」と発射してみたり、放つ斬撃が出来たりしないかと試しに試していた。一頻り満足したベルはセルティからタオルを受け取ると汗を拭い、3人は18階層に移動した。

 

 

×   ×   ×

宿場街(リヴィラ)

 

 

 

「―――それなら、僕、『カーバンクルの秘晶』が欲しいです」

 

適当な喫茶店に入り、2人の魔導士があれやこれやと考えを口にした後、ベルはそんなことを言いだした。思わず、紅茶を吹き出す2人。

 

「カ、カーバンクルゥ!?」

 

「無理無理無理無理、無理ですよ!? 超希少かつ超超超超高額の『ドロップアイテム』じゃないですか!?」

 

26階層に出現する獣種の稀少種。

猫ほどの体軀でフワフワでモフモフの緑玉色(エメラルド)の毛並みを持つ四足獣のモンスターであり、モンスターの中でも図抜けた『魔力』を持つことで有名であり、額の秘晶を媒介にして『魔力壁』を操る数少ない種族である。その強度は上位魔導士の『結界』と同等以上。

 

「絶対数の少なさに加えて、『魔力壁』の防御力と俊敏な潜在能力(ポテンシャル)が、撃破の例が圧倒的に少ない……それこそ、『秘獣』と呼ばれる所以なんですよ!?」

 

「ご、ごめんね、いくらベルのおねだりって言っても……流石に、流石にそれは玩具を買う感覚ではあげられないかなあ……」

 

何を考えているのか、わからないお姉さん魔導士2人ではない。この子兎はきっと、考えたのだ。アルフィアの御業を再現する方法とやらを。それが、『カーバンクルの秘晶』を加工させた道具(アイテム)だったりするのだろう。この子兎、自分の魔法のことを棚に上げて魔法を無効化する道具(アイテム)を手に入れようなどと考えやがったのだ。

 

「希少なモンスターってことはわかってるから、言ってみただけですよ?」

 

「……びっくりしたあ。普段、我儘言わない分、言われると心臓に悪いわね」

 

「本当ですよ、遭遇すること自体、難しいんですから……素材だけ見つけても、手を出したら派閥の金庫が大赤字間違いなしです」

 

昼食のサンドイッチを口に運んだベルは「ですよねー」なんていうが冗談で言っただけなのか特段気にした様子もない。そんなベルを見てリャーナとセルティがヒヤヒヤしながらも胸を撫でおろした。ベルが物をねだってくることは珍しく、「お、欲しいのがあるの?言ってごらん?」なノリでいたら『カーバンクル』が出てきたのだから心臓に悪いと言うもの。冗談で良かった……本気で彼女達はそう思った。

 

「ま、まあ、まずは『並行詠唱』を覚えましょう! 最初は無理かもしれませんが、数をこなしていけばいつかはリオンのようにも慣れる可能性はありますし!」

 

「そ、そうね! どうするベル? 教えてあげようか?」

 

もきゅもきゅとサンドイッチを食べきったベルは勢いよく頷いた。やることが決まったのなら、さっそくやってみましょうかと手を合わせたリャーナは笑みを浮かべてそう言った。喫茶店を出て、宿場街(リヴィラ)を離れ、森の中を進んで少し、十分な広さをもった場所で訓練は始まった。

 

「まず、並行詠唱っていうのはその名の通り別動作を『並行』しながら『詠唱』すること」

 

右手に持った短杖(ステッキ)を左手にパシパシと軽く叩くリャーナは、神々でいう所の『女教師』のような雰囲気があった。セルティは身の丈ほどの長杖を抱きながら静かに先輩魔導士の教えを耳に入れてコクリと頷く。

 

「じゃあ、『詠唱』以外の別動作って何かわかる?」

 

「えっと……『詠唱』以外だから…攻撃、移動……」

 

「他には?」

 

「………」

 

「攻撃を受けたら、どうする?」

 

「回避、します。それか防御」

 

「うん、じゃあ『回避』と『防御』ね。これで4つ、OK?」

 

「はいっ」

 

素直に話を聞き、こちらから問いを出せば答えてくれる生徒に【ファミリア】内で『大人のお姉さん』なリャーナはよしよしと頷いた。そこで例としてリューを出す。彼女は攻撃、移動、回避、詠唱。防御を含めれば5つの行動を高速で同時展開してのけている。何より恐るべきことは、詠唱しているにもかかわらず、その圧倒的な戦闘速度が欠片も落ちていないということにある。それこそ、闇派閥にトラウマを植え付けたほどには。

 

「―――まあ、今はリオンみたいにしろとは言わないわ。とりあえず、『詠唱』と『別動作』……合わせて最低でも2つできるようになりましょうか」

 

「2つだけでいいんですか?」

 

「一気に全部やれって言われてベルができるなら私もそれ相応を求めるけど……無理させるわけにはいかないもの。魔力暴発(イグニス・ファトゥス)起こしてトラウマになっても仕方ないし」

 

それに並行行動が2種だけでも、十分な並行詠唱よ?とリャーナは腰に手を当てて言い切った。例えば屈強な前衛壁役(ウォール)が微動だにしない防御を実行しながら詠唱したら? 例えばあり得ないほどの敏捷(あし)を持つ前衛が移動しながら詠唱をしたら? 魔法が完成するまで、防御や移動で時間を稼ぎ詠唱する。それだけでも脅威足り得る。

 

「……なる、ほど」

 

「ベルは敏捷(あし)が良いんだし、まずは移動と詠唱を合わせてできるようになりましょうか」

 

「はい!」

 

「うん、いい返事。じゃあ、頑張りましょう」

 

そこから延々と紡がれるのは2つ目の魔法。

丁寧に呪文を編むこと。小節ごとに呪文を意識すること。一小節歌い上げたらまず『息継ぎ』をすること。不安定ながらも移動しながら詠唱ができるようになったと思ったところでリャーナが短杖(ステッキ)で刺突を繰り出してくるのを後ろに移動しながら歌う、歌う、歌う。それが18階層内で夜になる頃まで続いて、ヘトヘトになって動けなくなったところでこの日の訓練は終わった。

 

「ね、一気に全部やろうとしたら処理できないでしょう?」

 

「………はひ」

 

「一小節歌い上げて息継ぎして、半秒以下の間で戦況を判断して、攻防か移動か詠唱か、選択。小節ごとに魔力を練り込む癖を付ける。そしたら精神力(マインド)を効率よく運用できるわ。勿論、威力も上がるし……そうなれば『魔法剣士』としては万々歳」

 

「魔法……剣、士……?」

 

「リオンみたいなのよ」

 

汗だくになって、仰向けになって荒い呼吸をなんとか落ち着かせようとするベルをリャーナとセルティが腰を下ろして見つめる。精神枯渇(マインドダウン)には至っていない。精神回復薬(マインドポーション)は持ってきていたし、これは慣れないことをして疲れてしまっただけ。それでもダンジョン内時間とはいえ、ほぼ1日を使って速度は落ちるが『移動』と『詠唱』ができるようになったのだから初めてにしては上出来だろうとリャーナは満足げに笑みを浮かべる。セルティは口を挟むことこそほとんどなかったが、『魔法大国(アルテナ)』出身の彼女が発展アビリティの『魔導』をオフにする『裏技』を持っていたり、そもそもリューに並行詠唱のコツを教えたのもあって、彼女の教えがいいからだろうとベルの成長にも納得を浮かべていた。

 

「ベル、自力で歩けますか?」

 

「む、無理……ぃ……」

 

「しょうがないわね……ほら、おぶったげるわ」

 

「ら、らいじょぶ……」

 

「大丈夫じゃないじゃない、ヘトヘトになって……言っておくけど、野営の道具なんて持ってきてないから泊まらないわよ?」

 

「はうっ」

 

宿場街(リヴィラ)の宿も高くついちゃいますし……まあ、暗くなるまで続けるつもりもなかったんですけど」

 

「はうっ、あの、なんで横腹っ、突くんですかっ」

 

つんつんつんつん。

両サイドからお姉さんが疲労で動けなくなったベルの横腹を突く。びくっと反応するのが面白いのか、そこにそそるものがあったのか口元は笑みを孕み、つんつんつんつんと突きまくる。

 

「よいしょ……っと」

 

「……は、恥ずかしい」

 

「今更じゃないですか」

 

「あー、この重み。ベルも成長してるって実感しちゃうなあ」

 

満足したのかリャーナはベルを背負った。お年頃もお年頃なベルは当然、羞恥を覚えて顔を朱くするがリャーナは知ったことではないとお構いなし。

 

「臭くないですか?」

 

「全然?」

 

『大人のお姉さん』に背負われて地上に向けて進んで行く。道中、冒険者達にすれ違えば【アストレア・ファミリア】の女2人が白髪のガキをお持ち帰りしているだとか囁き合っているのが聞こえて、ベルは耳まで赤くしてリャーナの首筋に顔を埋めてはくすぐったさを感じたリャーナが悲鳴じみた声を上げた。リャーナも若干汗をかいていたのか、決して不快ではない、どこか女性的な香りが鼻孔をくすぐって、彼女の体温を感じて、次第にベルは眠りに落ちていく。それを咎めることは2人ともしない。本拠に帰れば起こして、身を清めさせて改めて寝かせる。そして後日、並行詠唱の訓練をする。【剣姫】とも実戦形式で戦い方を教えてもらっているらしいし、そうこうしているうちに偉業をどこかで成し遂げて、ランクアップするはずだとそんなことを考える。

 

「ベル、【ひとつ目の魔法(アーネンエルベ)】使いませんでしたね」

 

「使わなかったわねえ」

 

「きっと意識して使ってないわけじゃないんでしょうけど……」

 

「まあ引きずってるんでしょうねえ……こればっかりは、無理強いしても仕方ないわ。ベル自身が乗り越えなきゃいけないことだし」

 

勿体ないと言えば勿体ない。

でも、使えと強要するわけにもいかない。強力であっても人によっては口にしたくない魔法を発現させる場合だってある。ベルがそれに当てはまるかといえば、違うのだけれど…アルテミスの一件での()()()()()()姿()()()()()()が出てしまったことが使おうとしない要因になってしまっているのだろう。こればかりは、どうしようもない。

 

「杖を持たせて、魔法石の装飾品(アクセサリ)なんかも装備させて……無理なんですけど、『カーバンクルの秘晶』を素材に装飾品(アクセサリ)を造って……」

 

「【アーネンエルベ】の代用として、雷の魔剣あたりを持たせて? 何、私達は何を生み出そうとしているのかしら」

 

 

静かに寝息を立てるベルを他所に、まるで「私の考えた最強の兎」のようなことを言い合うリャーナとセルティ。地上に出ればすっかり日付は変わっていて、けれどオラリオは眠らない都市。街灯に照らされながら本拠に帰って、身を清めて眠りにつく。久しぶりにベルを抱き枕にしたリャーナは心底満足気だった。

 

 

×   ×   ×

後日。

 

 

朝早くからアイズとの特訓を終えて、昼にはリャーナと一緒に並行詠唱の特訓をして、夕方ヘトヘトになって帰ってきたベルは身を清め夕食を済ませた後に、口元を拭った輝夜から告げられた。

 

 

「ベル、1時間後に歓楽街に行くから用意しろ」

 

「―――――――なんですって?」

 

凍り付くお姉さん達と女神様。

思わず、自分の耳を疑ったベルは輝夜に問い返してしまう。この人はいきなり何を言っているんだ?と。周りを見てみればアストレアもアリーゼ達も固まってしまっている。というか、疲れているのだから休ませてほしいとベルは素直にそう思った。

 

「はぁ……人の話はちゃんと、聞け」

 

「あ、うん、ごめんなさい……いや、えと、でかけるの?」

 

「ああ、そうだ」

 

「そ、そっか……気をつけて」

 

「一緒に行くんだ」

 

「誰が?」

 

「お前が」

 

「誰と?」

 

「私と」

 

「……………」

 

「……………歓楽街に行くぞ」

 

「あ………はい………え?」

 

いそいそと自分の食器を片付けて私室に消えていく輝夜。取り残される星乙女達(アストライアーズ)と兎。

 

「え……かんらくがいって……その、えっと……踏み入れちゃいけない場所なんですよね?」

 

恐る恐る、ベルは姉達の顔を窺った。姉達はアストレアも含めてササッと顔を逸らした。

 

「えと…アリーゼ、さん?」

 

「………ベルは知らなくていい場所なのよ」

 

「でもベル君も、その、未経験というわけではないみたいだし……ねえ」

 

「行って欲しくはないけど、オラリオに住む者としていつまでも知らないままっていうのもどうかって思うっていうか」

 

「いえしかし、彼にはまだ早すぎる……その、教育に良くない」

 

アリーゼに続き、マリュー、ノイン、リューがボソボソと口にする。オラリオに住む者としていつまでも知らない場所があるのはどうかと思う反面、関わって欲しくはない場所でもある。すぐ近くに見目麗しいお姉さん達がいるのだ、わざわざお金を払って異性と楽しいことをする必要はないのだ。とも、思うのだ。

 

「ライラさん、あの……」

 

「あー………あれだ、兎」

 

「?」

 

「歓楽街ってのは、女神イシュタルの支配圏で……まあ、その……あれだ」

 

「??」

 

「お前がそっち方面で困ることはまずねえよ。だってここには金払わなくてもイイコトしてくれる年上の女が複数いんだからよ」

 

「「「「ライラ、その言い方をやめろぉ!!」」」」

 

「事実じゃねえか」

 

「「「「だとしても!!」」」」

 

ざわつき始めたお姉さん達。

心配そうに見つめてくるマリューにリャーナ。どこの馬の骨ともわからない女の匂いがつくことを嫌がっているのか目に見えて顔色を変えるネーゼ。女戦士(アマゾネス)のイスカこそ「まあベルも男だしなあ」なんて言ってはいるが、どこか不満気だ。アスタは沈黙し、リューやセルティは顔を朱くしたり青くしたりしてはベルが汚れてしまうことを大いに畏れ、ノインは「ベルが女の子をとっかえひっかえするようになったらどうしよう」などとそれぞれがそれぞれ思う所があるのかぶつくさ言っている。

 

「アストレア様、僕はどうしたら……」

 

「………ふぅ」

 

おろおろするベルが隣に座るアストレアを見てみれば、彼女は悩ましい胸元に手を当てて深呼吸し、微笑を浮かべてベルに慈愛の眼差しを向けた。

 

「例え貴方が一夜にして、獣性に目覚めても」

 

「アストレア様?」

 

「私は決して、軽蔑なんてしないわ」

 

「アストレア様!?」

 

「大丈夫、信じているから」

 

「アストレア様ぁ!?」

 

「貴方が私の元に無事に帰ってきてくれることを」

 

「あの、あのぉ!?」

 

「今日は新月だから……【月華星影(ミセス・ムーンライト)】は効力を失う。気にする必要性はほとんどないでしょうけれど、十分、気をつけるのよ」

 

「あの、なんで今生の別れみたいな笑みを浮かべるんですか!? やめてくださいよぉ!?」

 

うるっと潤んだ瞳で、目元を拭う仕草を見せる女神にベルは狼狽えた。両肩を掴んで前後に揺らしてアストレアに正気に戻ってと声を荒げるが、荒ぶるのは彼女の胸元だけであり、既にアストレアは何故か覚悟を済ませてしまっていた。きっと、そう、きっと、この後輝夜に連れられて、女を買う楽しみを教えられてしまうのだと。でもいいじゃない、この子だって男の子だもの。男性冒険者なら、きっと皆経験しているもの。ベルだけはダメなんて縛り付けるのは、よくないわ。そんな変な覚悟を、彼女は抱いていた。帰ってきたころにはきっと、一皮も二皮もめくれ上がった顔をしているはずだと。悲し気な微笑を彼女は浮かべる。

 

「――――何をされているのですか、皆様は」

 

そこに、涼しい顔して戻って来たのは輝夜だ。特段普段と変わらない装いに居合刀を腰に納刀している彼女は首を傾げて、仲間達の顔を見回した。そして、泣きそうな顔でアストレアを揺さぶっているベルが輝夜のことを見ていることに気がついた。

 

「どうした、ベル」

 

「輝夜さん、皆が壊れた」

 

「? 良くないものでも食べたのだろう……厠ですっきりすれば正気に戻る」

 

「………聞きたくない! そんな、話、僕、聞きたくなかった!」

 

「『あいどる』は排泄しないみたいな夢でもみているのか、残念だったな」

 

「やめて! お願い、ヤメテ!」

 

「あーもう五月蠅い、ほら、行くぞ」

 

「ま、待って、せめて説明を、説明をしてぇ!?」

 

首根っこを引っ掴んで、半ば引きずりながら本拠を出ようとする輝夜にベルの悲鳴が木霊する。アリーゼ達は口を噤み、睨むような目つきで輝夜に視線を向けるが輝夜は「だから何なんだ?」とこれまた小首を傾げた。

 

「はぁ………ただ『金を払って』、『ご休憩』のできる、『宿』に、『イイコト』しに行くだけでしょうに」

 

「………堂々と言いやがったこいつ」

 

すげぇ、とライラが。

血の気が失せたように沈黙するのは、それ以外の面々。アストレアとの逢瀬、その日はベル共々帰ってこなかった。なら、ある程度何があったか察することもできる。彼女達とて生娘とはいえど、その方面に十分興味はあるのだ。最早、主神に遠慮する必要はなくなり、互いに牽制し、次は誰の番かと静かに、ベルには気づかれないように睨み合っていたところにこの大和撫子の皮を被った大和竜胆は堂々と「兎とよろしくしに行く」と言いやがったのだ。開いた口が塞がらない。

 

「か、輝夜……その」

 

「ご安心くださいませアストレア様、兎様を死なせるようなことは致しませんので」

 

「そ、そう……」

 

「それに、金で女を買う悦びを教えるくらいなら、身内で満足しろという話ですので」

 

「そ、そう……」

 

「常識は弁えておりますので、ご安心を」

 

「…………ええ、わ、わかったわ」

 

「では行くぞ」

 

そう言って輝夜は未だ状況に付いて行けないベルの手を引いて本拠を出て行った。堂々と。これから冒険をしに行くんだと言わんばかりに。

 

「ア……アガリスッ」

 

「今は遠き森の空……!」

 

「唸れ、昇れ、根源より……!!」

 

「待て待て待てやめろぉ!? 本拠が吹っ飛ぶからやめろぉ!!」

 

「止めないでネーゼ、あの女、仕留められない!!」

 

「落ち着いてリオン! 速まっちゃだめ!! 蒸発しちゃう、跡形もなく蒸発しちゃうし、リオンの顔、復讐堕ちしたみたいに怖いから!?」

 

「放せ、放せノイン!! 彼の操を守らなくては、取り返しがつかなくなる!」

 

「ダメですリャーナさん! 本拠が焼け野原になっちゃいます! 星屑の庭が燃え滓の庭になっちゃいます!」

 

「あはははは、大丈夫、大丈夫よセルティ! 私はただ、私の生徒をぺろっと食べようとするドラゴンを退治するだけだから! 私だって我慢してたのに!」

 

「本音! 本音が漏れてます!!」

 

輝夜が本拠を出た後、【アストレア・ファミリア】は混沌を極めた。付与魔法を行使して輝夜を追いかけようとするアリーゼをネーゼが組み伏せて止め、砲撃魔法を行使しようとするリューをノインが羽交い絞めにして止め、並行詠唱の手解きをベルにしている女教師あるいは家庭教師的なポジションに位置しちゃっているリャーナが火炎魔法を行使しようとして後輩のセルティが飛びついて彼女の豊かな胸に顔を埋めてしまっているのも構わず必死こいて止めた。その後は危険だと判断した他の仲間達も加わって荒れ狂う女傑達が止めに止めた。近くを通りかけた住人達は「いったい何が始まるんです?」と動揺に震えた。

 

 

 

 

 

 

「しまった………」

 

歓楽街を進んで少し、輝夜は頬に汗を垂らして口元を痙攣させた。サービスタイムなどという催しで人混みに押されて気がつけば、握っていた筈の手が離れて何もない。

 

「………まずい、な」

 

完全にはぐれていた。

お楽しみどころではない。完璧にはぐれた輝夜は歓楽街を走り回り、兎を探し、けれど見つからず、同郷の少女達を男神達から救出し、日付も変わった頃に致し方なく本拠に帰った。あいつは宙を跳べるんだ、いざとなれば自分で帰れるだろうとそう思って。

 

 

結論から言えば、ベルは朝帰りした。

お説教である。




午前:アイズさんと特訓(正史と同じ内容)

午後:リャーナと並行詠唱の特訓

夜:輝夜さんと色町へレッツラゴー
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