娼館に出会いを求めるのは間違っているだろうか?
数多の種族に分かれる娼婦の
時には獣の耳と尻尾をモフって楽しんでみたり。
時には性に奔放な彼女の褐色の肌を白く染め上げてみたり。
時には極東の民族衣装を剥ぎ取ってわざとらしい悲鳴をあげさせてみたり。
時には快楽に溺れた見目麗しい妖精に大枚はたいてみたり。
時には時には時には時には……。
子供からちょっと成長して、
可愛い女の子と仲良くしたい。綺麗な異種族の女性にお相手してもらいたい。
わりとかなり邪でいかにも青臭い考えを抱くのは、やっぱり雄の
ダンジョンに出会いを、
結論。
少なくとも
「ゲゲゲゲゲゲゲゲゲ、逃がしゃしないよぉおおおお!!」
「ほぁあああああああああああああああああああっ!?」
大和撫子と夜の街に『ちょっとご休憩できる宿』へと遊びに来たはずが、ベルは今、死にかけている。具体的には2
「お、お客様の中に
「馬鹿野郎! あんなのを
「あはははは、【
「笑ってる場合かレナ! せっかくイシュタル様をやりすごして美味しくこのガキを頂こうとしていたってのに!」
ベルと共に走るは、戦闘娼婦のアマゾネス達。
初見で「その恰好はないわぁ」的な発言を呟いたベルを摘まみ出せと命じた女神を「まあまあ」とやり過ごした彼女達は、貴重な【
『アマゾネス』。
一般的な
ヒューマンと最も近いし体型、身体の構造を持ちながら『子は女児しか産まれない』という性質を持った、数多存在する
そんな彼女達が包囲の中にいる
「――若い男の匂いがするよぉ~!」
と。
そして現在、ベルとアイシャを中心としたアマゾネス達は逃走劇を繰り広げていた。巨女から逃れ、真っ青に顔を染め目尻に涙を溜めて庇護欲と嗜虐心をそそる子兎と一夜を楽しむ。その後、例え
「失せろ、フリュネ! こいつは私の獲物だ」
「【アストレア・ファミリア】の『兎』じゃないか! まだまだ青臭いガキだけど……アタイの好みだよ!!」
えくぼ、と呼ぶには
「スンスン……
「ねぇ【
「何でそういうのわかるんですかぁああああ!?」
「「「「アマゾネスの嗅覚を舐めんじゃないよ!!」」」」
「ひぃいいいいいいっ!?」
ギラリと一瞬、怪しく輝くアマゾネス達。
それは獲物を確実に仕留めようとする
「味見させなよぉ、アイシャ。なに、すぐ返してやるさ」
「ふざけんじゃないよ、これは私達が捕ってきた獲物だ」
「【イシュタル・ファミリア】って……
「「「んなわけあるかぁ!」」」
扉を抜ければお構いなしにそれを破壊し、近くにアマゾネスの娼婦がいれば邪魔だとばかりに投げ飛ばす。
「アイシャ、レナ、ここは任せて先に行け!」
「「サミラ!?」」
やめろ、その台詞はまずい!
アイシャは頬を伝い落ちる汗を気にすることなく目を見開き、仲間へ振り返る。迫り来るのは迫力凄まじい巨女。
「オレが食い止める!」
「で、でもサミラ!?」
「だからよ、【
「………サラミさん?」
彼女は巨女に向き合いながら、わずかに振り返る。
恐ろしいほど緩慢になる時間の流れ、迫り来る巨大な人影。1人の女戦士は覚悟を決めた顔をしながら親指を立て、ベルに言った。少年に名を間違われていることを指摘することなく。
「無事に再会できたら……お前の、種……寄越せよ」
淡く微笑む女戦士。
その背中はまるで、神々の言うところの『別にアレを倒してしまっても構わんのだろう?』という空気があった。
「サシミさん!? ないですから、そういうの、ないですからぁああああああ!?」
「いいから走れぇ!」と叫ぶアイシャに「サミラだよ【
空中を落下する。
本能の悲鳴に従い躊躇なく高階から飛び降り、身体全体で夜気を切り裂いていく。上空ではベルの後に続いて
「待ちなぁ!!」
一呼吸置いて怒鳴り声。
「くそ、
「え、わかってて行かせたんですか!?」
「女にも戦わなきゃいけないときがあるんだよっ! だから種、寄越しなよっ!」
「嫌ですけど!?」
「びゅびゅっとするだけじゃん! 気持ちいいことなんだよ?」
「シャワー浴びるみたいな軽いノリで言わないでもらえませんか!?」
「私達からしてみればよく浴びる
「聞いてませんけど!?」
敵本拠『
「【
「初対面なんですけど」
「いろんなこと、あったよね」
「初見なんですけど。何、長い付き合いみたいに走馬灯巡らせようとしているんですか!?」
「種が欲しいって言ったけど、私は別にいいんだ。アイシャ達に合わせて面白がってただけだから。でも、味見くらいならしたいなあってアマゾネス的に思うわけ」
「知りませんけど!? アマゾネスって皆そうなんですか!? 僕の中でイスカさんのイメージ崩れるんですけど!?」
「私さ……少し前に
お腹を摩りながら頬をほんのり上気させた
「
「!?」
「あんな
「!?」
「【アストレア・ファミリア】の別荘が巻き添えくらって木端微塵に破壊されたらしいけど、私達それ知らないし全部【カーリー・ファミリア】のせいになってるんだけど」
「え、ちょっと待ってください、今サラッと聞き捨てならない事件が聞こえた気がするんですけど!?」
「私はあの夜、最高の雄に巡り会えて、嬉しかったんだ……妊娠確実だよ……だから、このお腹の中の子のためにも、レナちゃん、頑張っちゃう」
「あの、本当に待ってください! メレンで何があったんですか!? 【カーリー・ファミリア】!?
「だからね、【
「ぇ」
「2人の間に産まれる子共の名前、考えておいてねって」
「ぇえええええええええええええええええええええええ!?」
ベートさん何してるんですかぁああああああ!? 他派閥の顔知ったる冒険者の色恋沙汰というか、あの狂犬に既成事実決めた女性が現れたことに対する驚愕の混じった絶叫は夜の街に溶けていった。レナ・タリーは呆気なくフリュネ・ジャミールに敗北した。さらには間を置かず
「逃げられると思っているのかああああああああああああああああああいっっ!!」
ベルが見たのは、悪夢のような光景だった。
騒動に気付いたから必死に押さえ込もうとするアマゾネスの壁を強引に掻き分けて、挙句彼女達の身体を片手で掴み上げてこちらに投げ飛ばしてくる、フリュネの姿。人を軽々と人間砲弾として投擲してくる無茶苦茶な力業に、頬が痙攣する。迫り来る巨女にベルは考えるよりも先に行動を起こす。左手で砲身を固定するように右腕を掴み、石畳に向ける。星炎が吹き上げる。
「――――【アストラルボルト】ッッ!!」
× × ×
星屑の庭
「ダメじゃない2人とも。輝夜が保護してなかったら、きっと散らされていたわよ?」
「あ、あのアリーゼ殿」
「しっかし、まさかタケミカヅチ様の眷族が……なぁ」
「最近流行ってるっていう……『パパ活』に手を出そうとするなんてなあ」
「言っておくけど、そういうのアウトな奴だからな?」
「あの、皆さん、違うのです!」
「勘違いです! 勘違いなんです!」
「輝夜、そんなにも彼女達の派閥の財政は困窮しているのですか?」
「いくら同郷といえども、他派閥のお財布事情など知るわけがないでしょう」
年上の綺麗なお姉さん達に囲まれて、若干「そんなことをする子だとは思わなかった」というような残念な眼差しが突き刺さる。なんなら「どうして相談してくれなかったの?」という同情や憐憫まで感じられた。
「貴方達、彼女達の話を聞いてあげないと可哀想よ」
そこに女神。
袋叩きではないが少女達が弁明する前に憶測で語っちゃう乙女達に一度話を聞いてあげなさいと口を挟んだ。ようやっと弁明の機会が与えられたと
「
「「グハァッ!?」」
ダメだった。
女神も女神だった。
仄かに頬を染めつつも「後日タケミカヅチにはお説教が必要ね」と呟く彼女は、最早『どうして歓楽街にいたのか』を問うのではなく『主神に黙ってでもお金を稼がなくてはならなかった理由』を問う姿勢だった。優しいお姉さんな女神様も少女達が歓楽街にいたことについては快くは思っていないらしい。極東娘2人はかけられた梯子を蹴落とされたように喀血した。
「どうする? 事情、話せる?」
「おいマリュー、かつ丼作ってくれよ。事情聴取にはつきものだろう?」
「うーん、材料がないから無理ねえ」
「話します! 話しますから! 話させてください!」
叫びあがる
うわーんと顔を両手で覆う千草。
場は混沌とし、
「その方は、サンジョウノ・春姫という名でございまして……ッ!!」
「「「「「お前の親戚やんけ!! ゴジョウノとかいうやつ!!」」」」」
「違う!!」
「――――ところで」
そこに、自分の
「輝夜、ベルはどうしたの?」
「「「「あ」」」」
「顔が見えないけれど……部屋で眠っているの?」
「…………」
「輝夜、何故黙っている?」
「輝夜……あんた、まさか」
疲れて眠ってしまっているの?というアストレアに黙りこくる輝夜。汗が伝り谷間へと零れ、或いは背中を這っていく。口端はひくひくと痙攣していた。そんな輝夜に訝し気な目を向けるのはリューで、顔を青くさせ始めるのはアリーゼだ。
「だ、大丈夫……だ。あいつは、跳べるし……
「「「「さてはオメ―、逸れたな!?」」」」
「輝夜、とりあえずあんた、ベルが帰って来たら罰だから。あと帰ってくるまで正座」
「………っ」
× × ×
歓楽街
星空を切り取ったような炎が地を穿つ。
連射された星炎は視界を遮るには十分で、アイシャとフリュネが目を剝いている内にベルは全速力で離脱した。
「あのガキ……詠唱をしなかった……!?」
益々もって欲しい、喰いたい。
そう思うのはアマゾネスとしての性である。
石畳を破壊し、地から空へと上がる星空が如き炎はいっそ幻想的だ。
「ンギィイイイイイイイイイ!! アイシャ、あんたが邪魔するせいで逃げられたじゃないかあ!」
「黙れフリュネ! お前が喰った男は全員使い物にならなくなるだろう!! 表に出てくんじゃないよ!」
「ブスがしゃしゃってんじゃないよぉ!」
一触即発。
それどころではない殺気立った空気が近くにいた男達や女達に声にならない悲鳴を上げさせた。そんな2人や周囲を置き去りに、ベルは1人縦横無尽に『歓楽街』を駆け抜けていた。魔法を詠唱するという考えは勿論あった。宙に飛んでしまえば逃げ切れるとも思った。が、あの
「はっ、ふっ、うっ……歓楽街は【イシュタル・ファミリア】の
物陰に隠れ、魔法を行使しようと詠唱を始める。
「―――【ビューティフルジャーニー】」
詠唱を終え魔法を解き放つ。
地を蹴りつけ、宙へと飛翔するベル。軽く蹴っただけで建物の2階、3階というほどの高さまでいくとそのまま空中で何もない場所を蹴り、自らの本拠へと帰還しようとする。
「見つけたよ」
とそこへ、魔法が1つ。
鮫の背びれのごとく、紅色に染まった斬撃の衝撃波が地上からベルのいる宙域を邁進する。己より遥かに巨大な紅の斬撃波に対し、ベルは咄嗟に両腕を顔の前で交差させ防御の構えを取る。余裕なく巡らせた視線、迫り来る斬撃の発射地点には戦闘娼婦のアイシャがいた。フリュネがベルを諦めた後、彼女は追って来たのだ。各地で打ち上がる星炎を道標にして。
「やっとフリュネを巻いたんだ、ここで逃がしたらアマゾネスが廃るってもんだよ!」
ここに至るまでに多くの戦闘娼婦が敗れ去った―主にフリュネのせいで―。
アマゾネスにアマゾネスにアマゾネスにアマゾネス、そしてアマゾネス。全ては今、この瞬間のために――!
憎悪でもなく、闘志でもなく、敵意でもなく、殺意でもなく。
ただ、希少な雄を逃してなるものかという本能と情欲によって放たれた――【ヘルカイオス】。
それは不遜にも『
「―――光翼、展ッ開ッ!」
戦闘中ではない状態での魔法の行使によって
都合6枚からなる半透明な光翼がベルの背後から出現し交差した腕の前に集まり重なり合って盾を形作る。直後、ベルを逃してなるものかと放たれた魔法とベルの光翼が衝突し爆発を起こす。爆発光が、ほんの一瞬ではあったが遊郭を明るく照らし上げた。
「――っづぁあああああああああああああああ!?」
もうもうと上がる煙を突き破るようにして、ベルは墜落。展開された光翼は呆気なく砕け散った。ベルは格上のアイシャに敗北したのだ。
『こ、こぉおおおおおおおおおおおおん!?』
なんとも言えない少女の悲鳴があがり、アイシャは冷静になった頭で現在地を確認。口端を痙攣させ乱れた長髪を頭を振ることで整え、屋敷の中へと入り込んだ。
「私の魔法を防いだ……一体何なんだ、あの坊やは……!」
【ゼウス】と【ヘラ】の置き土産。
そんなもの、欲しいに決まっている。怪物祭の彼の偉業を振り返ればなおのこと。馬鹿みたいな魔法もさることながら、この日、その目をもって見た
「春姫、まさか巻き込まれちゃいないだろうね……!」
薄暗い廊下の先、閉ざされた襖の先。
そこには1人の獣人の少女が長く太い尻尾を膨らませ、腰を抜かしたように座していた。きらやかな金の長髪に、同じ毛並みの耳と尻尾。紅の着物を纏うその姿は、輝夜と歩いていた時に見かけた張見世の中にいた
「は、はわわ……!?」
「っぅ~……」
痛む頭を押さえるようにし、蹲って呻く白髪の少年。淡く白く輝いているのは解除された魔法の残滓か。打撲痕と擦り傷があるが、それ以外に重傷と思える怪我は見当たらない。少年の背後は壁が破壊されたせいで夜の冷たい風と『夜の街』たる魔石灯の灯りが微かに入り込む。まさかの壁を突き破ってのご来店に少女は大困惑。「お待ちしておりました、旦那様」なんてお決まりの台詞なんて出るはずもなく。言葉を失う少女の瞳には目の前に非現実的な現れ方をした少年は、いっそ
「…………あ、あの?」
恐る恐る、少年へと声をかける。
見たところその幼げな顔つきから、歳下だろうかと推察する。彼はぴくり、と少女の声に反応してフラフラと立ち上がる。魔力の残滓は、目に見える少年の傷を癒し終えたのかすぅっと消えていった。背後から入り込む魔石灯の灯りが後光となって彼を淡く照らした。
「…………大丈夫、ですか?」
呆然とする少女へ、少年が問う。
むしろ貴方が大丈夫ですか、という言葉は状況に付いて行けない少女の口からは出なかった。
もしも。
もしも、ここがダンジョンであったのならば、怪物から助け出された際に問われ、恋に落ちる……というシチュエーションもあったかもしれないが、ここは娼館。情欲をぶつけ合う男女の坩堝。
「―――――」
翠の瞳が見開かれる。
彼女の瞳に映るのは白髪に
娼館に出会いを求めるのは間違っているだろうか?
再結論。
少なくとも、2人が出会ったことは間違ってなどいないはずだ。
この世界のベルについての補足。
アルフィアがいた時からちょいちょい連れまわされたり、アリーゼ達に派閥の情報をある程度(近付いたらダメよ? 困ったことがあったら助けてくれるかもしれないわ! というのもあって)教えられているのでアイシャ達のことも知っています。が、実際に会ったことがあるわけではないため「あー、この人が……」というのが大半。