アーネンエルベの兎   作:二ベル

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今回の犠牲者。
・ヘルメス
・ベル
・アリシア
・リーネ
・ベート


水天日光④

 

 

「――外が騒がしかったみたいだけれど、何かあったのかい?」

 

宮殿の高階にある部屋。

豪華な絵画風織物(タペストリー)に大輪を彷彿させる美しい絨毯。卓を挟んで天鵞絨(ピロード)張りの長椅子(ソファー)が二脚用意された広い室内は応接間の様でありながら、隅には天蓋付きの寝台(ベッド)も備わっている。焚かれている麝香(じゃこう)の香りが部屋を包み込んでいる。そこへ扉を開けて入室してきた優男の笑みを浮かべる神、ヘルメスが開口一番に問うた。

 

「知らん、興味もない」

 

天井に吊るされた魔石灯が輝く中、長椅子(ソファー)に腰かける女神は、短く返して煙管(キセル)から紫煙をくゆらせた。当然のことなのか、イシュタルは外での騒ぎ―娼婦達によるベルの奪い合い―など知る由もないが、彼女の派閥の構成員の多くがアマゾネスだからなのか、「男の奪い合いなんぞ、よくあることだ」とさして気にもしない。

 

「それよりも、随分と待たせてくれたじゃないか」

 

「ちょっと外で面白いことがあってね。なに、知り合いの眷族()達が盛り上がれるように餞別を上げてきただけさ、悪かったよ」

 

飄々とした態度のヘルメスの奔放な神らしい発言に、まぁいい、とイシュタルは笑みのまま流す。今宵呼び寄せた客人(ヘルメス)は対面の長椅子(ソファー)に座り、己の手元に小鞄(ポーチ)を置いた。それを見計らったかのようにヘルメスを案内してきた青年従者が部屋の扉を施錠する。広い宮殿に複数存在するイシュタルの私室の1つで、神同士の密会が始まった。

 

 

「――ご注文の品だ、納めてくれ」

 

小鞄(ポーチ)から取り出されたのは、密封された黒檀の箱。卓の上に差し出されたその箱を、イシュタルは満悦な様子で受け取る。

 

「わかっていると思うが、この件は一言も漏らすな」

 

「依頼を引き受けたからには分別はわきまえている。信頼は裏切らないよ」

 

ヘルメスは、イシュタルに『運び屋』を依頼されていた。とある荷物を届けるため、いくつもの国と都市を中継しオラリオに運搬したのだ。その中立の立場と都市外にも及ぶ機敏性(フットワーク)の軽さから、こういった類の依頼は【ヘルメス・ファミリア】のもとへ頻繁に舞い込んでくる。ヘルメス自ら渡しに来たのはひとえに信用性と、『極秘』だと依頼主(イシュタル)に言いつけられたため。

 

「でもソレ、あまり感心はしないなぁ」

 

長椅子(ソファ)に背中を埋めるヘルメスは、荷物を指さした。従者がイシュタルの背後に控えている中、物怖じせず指摘する。

 

「それって『殺生石』だろ?」

 

自ら運んだ荷物の名を、ヘルメスは口にした。

従者が目を鋭くする一方で、イシュタルは泰然と煙管を咥える。

 

怪物(モンスター)のドロップアイテムから武器やアイテムを作る。その理屈なら、決してできない代物じゃあない。何より、罪人都市(ベルゲン)でもされていることではある」

 

有体に言えばそれは『臓器売買』のことだ。人体を解体し、『部品(ドロップアイテム)』に変え、人体実験や怪しげな儀式を行う国や呪術師(ヘクサー)に裏のルートで売りつける。外界と完全に遮断された罪人都市(ベルゲン)の貴重な収入源だ。これ以上のない罪人どもの有効活用ともいえる。更に言えば、罪人同士の間にできた『赤子』もまた例外ではない。罪を犯していなかろうが、そこに身を置くからには人権も尊厳も存在しない。

 

罪人都市(ベルゲン)……『下界の端っこで構わないし絶対に迷惑はかけない。俺達に【反理想郷(ディストピア)】を作らせてほしい』などと言って冥界に関わる神共が下界中の神々に頭を下げて作り上げたのだったか」

 

興味なさげに、けれど紫水晶(アメジスト)のごとき瞳は細められ、『殺生石』からヘルメスに向けられる。

 

「『玉藻の石』に『鳥羽の石』を素材に作られる魔道具。『鳥羽の石』は別名『月嘆石(ルナティックストーン)』という月の光を浴びることで魔力を帯びる特殊な鉱石だが……」

 

旅行帽を目深に、ヘルメスはその瞳を鋭くし眼前の女神を見据える。

 

「『玉藻の石』は狐人が使う特有の魔法、『妖術』の効果を跳ね上げさせる道具だが、その素材に使われるのは狐人の子供の亡骸……遺骨だ」

 

「……中身を見るとは、運び屋の風上にも置けない男神(おとこ)だ」

 

「たまたま見えてしまっただけさ」

 

「それで? お前は? 私に何をするんだ、ヘルメス?」

 

「何も。俺はあくまで『運び屋』……ましてや貴方にどうこうできるとも思わないさ」

 

それに、とヘルメスは外の景色―正しくは夜空―を眺めながら心の中で続ける。『殺生石』が力を最大限に発揮するまでだいたいにして1()5()()()()()()()があるしね、と。紫煙を吐く女神は依然堂々とした佇まいを崩すことなく、くるりと煙管を回転させる。

 

「むしろ、俺が聞きたい。何かするつもりかい?」

 

ヘルメスの問いに、イシュタルは不敵に笑う。

 

「遠くない内に面白いものを見せてやる。これで2()()()()()()()、例え邪魔が入ろうとも確実性は増す。王を気取るあの女神(おんな)が、地を這いつくばる日も近い」

 

「………何だって?」

 

さらりとこの女神は今、なんと言ったのか。

ヘルメスは己の耳を疑った。これまでの会話における作り笑いだとかそんなものが一瞬で消え去るくらいには、目を見開き、眺めていた夜空から視線を戻し不敵な笑みを絶やさないイシュタルにまるで聞き返すかのように、口を漏らした。するとイシュタルは煙管を置き、鼻を鳴らしては頬杖をついて語り始めた。

 

 

「少し前のことだ。別の商人から取り寄せた『殺生石』を破壊しようとした眷族がいた」

 

それはしかし、その眷族の運がなかったか、イシュタルの運が良かったのか破壊する前に阻止された。

 

「また同じこと……たとえば、()()()()に邪魔が入り『殺生石』が破壊されるなんてことがあっても『予備』があれば問題ないだろう?」

 

「おいおい……決して安い買い物じゃあないだろうに……それで、その眷族はどうなったんだい?」

 

「見せしめにフリュネの手で瀕死に追い込んだ後、私が徹底的に『魅了』した」

 

もうアレは私に逆らうことなんてできやしない。イシュタルは鼻で笑い、煙管を取って再び口付けた。

 

 

(禁忌の魔道具の素材を作るのに、『予備』を用意させた……徹底している……)

 

 

この女神、本気(ガチ)だ。

ヘルメスは素直にそう思った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんて真似までしている辺り、本気(ガチ)本気(ガチ)。阻止した上で今の段階で儀式とやらが行われていないのは、イシュタルからその生贄になる者に対する『慈悲』なのだろう。

 

「それよりも」

 

それよりも、とイシュタルは話を切り替える。

私が喜びそうな情報を持っていないのかと。具体的にはとある女神(おんな)の弱みはないのか、と敵愾心を超えて憎悪を抱くイシュタルは問いただす。誰よりも美しいと称される女神の都落ちを画策する彼女の渇望は、徹底的なまでに絶望のどん底へ突き落としてやることだ。打ちひしがれたとある美神(フレイヤ)のみじめな態度を見下ろし、高笑いする自分。その光景を願ってやまない美神(イシュタル)は、情報通の男から有益な新報を引きずり出そうとする。

 

「『美の神』の前では嘘はつけないよ、デレデレしちゃってね。口が滑るものならとっくに滑ってるさ」

 

イシュタルの細い腰や豊満な双丘に視線を落とし、ヘルメスは頬を上気させる。そんな彼に、イシュタルは笑みの形に瞳を細めた。だらしなく鼻を伸ばし、『道化』を演じて有耶無耶にしようとしている優男に、そうはさせるかと、彼の前で立ち上がり、脱衣する。

 

「……は?」

 

(サークル)、胸飾り、腕輪に足輪、腰帯、最後に胸を隠す衣料。服飾を全て脱ぎ捨て、濃艶な褐色の裸体を晒すイシュタルに、ヘルメスの目が点になる。

 

「喜べ、その腹の内に溜めているものを絞りつくすまで―――サービスしてやる」

 

つまらない隠し事はするな、と見下し迫る。

従者の青年が脱ぎ捨てられた服を黙々と拾う中、余裕を失ったヘルメスはやがてイシュタルにのしかかられた。

 

「イ、イシュタルッ、ちょっと待ってくれぇ―――!?」

 

そう時間がかからない内に部屋に木霊するのは、男神の「アーーーーーーーッ!?」という悲鳴だ。

 

 

 

×   ×   ×

 

 

 

「アイズー、ベルとはどうなったのー?」

 

頭の後ろで両手を組んだティオナが、前を歩くアイズへと問う。場所は『ダイダロス通り』。とある場所を探している少女達は、恋の話に花を咲かせていた。

 

「……ベル?」

 

「ついこないだ、本拠に来てベルに告白されて出て行ったじゃん!」

 

「アンタ達って『幼馴染』ってやつなんでしょ? 聞かせなさいよ。『秘密の場所』でよろしくしてんでしょ?」

 

こてんと首を傾げるアイズに、興奮したようにティオナとティオネが聞き迫る。どうしてこんな話をしているのかと言われれば、ことの起こりは迷宮街を探索するアイズ達のもとに【ディオニュソス・ファミリア】のフィルヴィスが合流したことだった。レフィーヤに最近できた友人らしいその妖精は取っつきにくく、しかし一緒に行動するならばと交流を深めようと、どういうわけか恋愛話をしようという流れになったのである。当のフィルヴィスが質問攻めに遭いすっかりぐったりしている中、満面の笑みのティオナ、全力で聞き耳を立てるレフィーヤ、他の団員達が興味津々の様子で、割とつい最近、【ロキ・ファミリア】の本拠にやってきては「つきあってください」と言ったベルのことやら、その後のことやら、とにかく知りたいとばかりにアイズの答えを待っていた。

 

 

(いや、あれは……恋愛的な「付き合ってください」ではないと思うんだけど……)

 

(あの時の食堂、凄かったなあ……)

 

苦笑を浮かべるアキに、当時の食堂の騒ぎを思い出すリーネ、そして何も言わず「ベル」の名が出ただけでへその位置で指の腹同士をくっつけてモジモジさせるアリシアはティオナ達を止めるつもりはないのか話題がないこともあって口を挟まない。

 

「えっと……あの子は、うんと、すごい……と思う、よ」

 

「「「「ごくり」」」」

 

「すごくて、私がうまくできない……かな」

 

「「「「!?」」」」

 

「一緒にお昼食べたり……昼寝をしたり……」

 

アイズの要領を得ない解答に、年頃の少女達はしっかりばっちり勘違い。ベルはすごくて、アイズが上手くしてあげられない。それが終わると一緒に食事を取って眠りにつく。一層興奮―ベクトルがおかしいが―したティオネが「団長との参考にするから」とさらに迫った。

 

「ピロートークは? 何だったの!?」

 

「ぴ、ぴろーとーく?」

 

どうして皆、特にティオネはこんなに興奮しているんだろうとアイズは困惑。別におかしなことはないはずだ。ベルの成長は飛躍という方が正しく、次の日にはステイタスが伸びているのかアイズのほうが加減するのが難しいくらいだ。誤って回し蹴りさせ気絶させてしまうこともしょっちゅうで、その度に膝枕をしたり―アイズがしたいからではあるが―お詫びにとお昼(じゃが丸君)をご馳走したり、いい天気だからと昼寝をした……それくらいのことだ。何もおかしなことはない、はずなのだ。

 

これはアイズの知らぬところではあるが、【ロキ・ファミリア】内ではベルがアイズに対して「お付き合い」の告白をし、アイズはそれを受け取り、本拠を出て行った。それはつまり、2人は恋仲にあるということを意味していた。無論、首脳陣3人や主神(ロキ)―何故かダメージを負っていたが―、ラウルやアキといった昔からベルを知る者達は勘違いしてはいないが、それでも大半がそのように勘違いしていた。最も、2人は「お付き合い」などしていないし、あえて言うならば「お突き合い」が正しいだろう。秘密の特訓なのである。なお、【アストレア・ファミリア】がベルのことを囲っていることなど頭からすっかり抜け落ちてしまっている。

 

困り果てていたアイズが、どうしたものかと唇をおずおずと開こうとした、その時。

 

 

「あ……ベル」

 

「「「「「え?」」」」」

 

 

頭上に視線を向けたアイズに倣って少女達もまたそちらへと振り返った。そこには、淡い光を発しながら何もない宙を蹴って跳んでどこかへと行くベルがいた。噂をすれば……とフィルヴィスが小さく零すと、ニヤリと笑みを浮かべたティオネが()()()。そして解放する。

 

 

「【リスト・イオルム】!」

 

 

出現した鎖が、じゃららららっと空に飛んで行くと何も知らない憐れな子兎の胴に巻き付き「よっしゃぁ!」とティオネが引っ張ると「ぐみゃぁ!?」とこれまたやはり無様で憐れな悲鳴を上げて地に引きずり落とされた。

 

「うぎぃ……」

 

「……大丈夫?」

 

「ア、アイズさん……これが大丈夫に、見えますか?」

 

「ご、ごめんね?」

 

半べそをかいている白兎を彷彿させる少年の頭を申し訳なさげに撫でるアイズ。その光景を見て、レフィーヤは泣きたくなった。

 

 

(ああ、やっぱり2人は……)

 

 

そういう関係なんだ、と。

その隣で「もう少し駆け寄ってあげていれば」などと1人反省しているアリシアの瞳の色は暗い。さらにそのアリシアを見たアキは、ティオネの所業もあってかドン引きしていた。流石にこれは痛いのでは?と治療師としての仕事をしようとベルの前で膝を付いた。

 

「あ、あれ? 治ってる……」

 

「打ち身……うちみぃ……」

 

リーネが困惑するのは無理からぬこと。

ベルの魔法の効果をそもそも知らないのだ。鎖が消え、もぞもぞとベルは石畳の上で尻をついて座り、アイズ達【ロキ・ファミリア】の面子に若干の怯えを見せた。引きずり下ろしたティオネは素知らぬ顔で顔を逸らし、口笛を吹くが、心なしか「やりすぎた、でもまさか成功するなんて」と動揺を隠せず口笛を吹けていない。不細工に空気が漏れるだけだった。

 

「うぅ………」

 

「はぁ……ごめんなさいねベル。 凶暴なアマゾネスがいて」

 

「ちょ、ちょっとアキ!?」

 

「さっきのティオネ、夏場に虫を捕まえて喜ぶ男の子みたいだったよ?」

 

「うっさい馬鹿ティオナ!!」

 

「凶暴…………ハッ! そうだ、アキさん! あの、えと、あっちに、喋るモンスターがいたんですよ! 蛙の!」

 

「いい、ベル? モンスターが喋るわけないでしょう? (オウム)だとかみたいに人語を真似る個体はいるかもしれないけれど、モンスターは喋らないのよ?」

 

「で、でも!? 武装だって確かに!? 人間を、ポンポン投げて!?」

 

天然武器(ネイチャーウェポン)でしょう? モンスターだって使うし、人間だって吹き飛ばされもするわ」

 

「でもでも!? すごい追いかけられて!?」

 

「そりゃあモンスターだもの。追ってもくるでしょうよ……ていうか何、この辺りにモンスターがいるの?」

 

「やっぱりこの辺りに『ダンジョン第二の出入り口』があるんでしょうか……」

 

「いや待てレフィーヤ、下水道にモンスターが住み着いていることもあるというくらいだ。そこから出てきたという可能性もあるんじゃないか?」

 

「しーっ! お2人とも知らないんですか? 彼にはその手の話題は出しちゃだめなんですよ!? 巻き込むなって怒られちゃいますよ!?」

 

「第二の入り口って何の話ですか!?」

 

「隠語よベル、流しなさい。女にはね男にはない入り口があんのよ、だから流しなさい」

 

「え、でも」

 

「流しなさい」

 

「いや、だけど」

 

「流しなさい」

 

「う……はい……」

 

よしよし、怖い思いをしたのねーとまるで近所に住む優しいお姉さんムーブで頭をわしゃわしゃ撫でるアキにベルは信じてくださぁいと情けなくべそをかく。『ダンジョン第二の出入り口』だとかいう単語(ワード)が聞こえて来れば当然、好奇心がくすぐられるが、ティオネに「気にするな」と突っぱねられる。ティオネの眼力凄まじくベルは大人しく引き下がった。しかし、次の瞬間、鼻をひくひくとさせたアキが目つきを変えた。微笑んでいるのに、目が笑っていない。

 

「ところでベル」

 

「?」

 

「あっちって……『歓楽街』の方を指さしていたけど、アンタ、そこで何していたの?」

 

「…………」

 

ざっと一斉に少女達の目つきが変わった。なんなら空気まで重くなった。

さぁっとベルの顔が青ざめる。ベルは知っている、こういう時というか女の子が集まると何故か謎の連帯感が生まれることを。そして、そこに囲まれたが最後、簡単には逃げ出せないと言う事を。

 

「ベル、どちらに行くつもりだったのですか?」

 

アリシアが座ったままのベルと目線を合わせるように膝を折り屈む。彼女の目は怒りこそないが、「信じさせてください」と言いたげなものがあった。なんといえばいいやら、そう、惚れた男に浮気疑惑が浮上したが、自分だけは彼を信じて上げなくては……とか、そういう、あれだった。

 

「ほ、本拠(ホーム)に帰る途中でした」

 

「そうですか……では、なぜ、貴方はあちらからやって来たのですか? 貴方がやってきた方角には、そ、その……『歓楽街』があるのですが」

 

「それは、えっと」

 

年上の女性陣に視線を巡らせる怯えた子兎。正直に言っていいものか、でも……といった迷いは見え見えである。

 

「こんな遅い時間……日付も変わっていますし」

 

「アリシアさん達こそ、何してるんですか? 女の子がこんなに遅く……夜更かしは美容の大敵なんじゃないんですか?」

 

「そ、それはそのぉ………これはその、都市の秩序を守るための使命とでもいいますか……いえ、いいのですそんなことは。今は、貴方が何故、『歓楽街』の方から来たのかについて聞いているんです」

 

「うーん……何か甘ったるい匂いするけど、何の香りかしら?」

 

アキが匂いを指摘して、アリシアもアイズも、ティオナやティオネが、ベルに顔を近づけてクンクン、すんすん、と匂いを嗅ぎ始めた。

 

「………なんなんだ、これは」

 

「あの皆さん、恥ずかしくないんですか?」

 

「何でしょう……この、あえて言うなら、『犬に囲まれて舐めまわされる人』みたいな感じ……」

 

見目麗しい美少女達が顔を近づけて1人の少年の匂いを嗅いでいる。ベルの顔はそれはもう羞恥で赤く染まりきっており、瞼をぎゅっと閉じている。なんなら少女達の女性特有のとでも言うべきか良い匂いが鼻孔をくすぐってくるまである。対する少女達は「何の匂い?」「シャンプーじゃないわね」「香水?」などとクンクン、すんすんと、割と恥ずかしい絵面だというのにやめる素振りがない。ロキがこの場にいれば「そこ代わってくれ!」と言うこと間違いなしだろう。妖精のフィルヴィスやレフィーヤですら見ていて恥ずかしいとばかりに顔を赤くしているというのに同じ妖精のアリシアが首筋に鼻先がくっつくのではというほどに顔を近づけているのだから、余計に恥ずかしい。

 

「この香り……確か」

 

喉に小骨が引っかかっているように、アキが眉をひそめる。そして彼女の唇が開くよりも早く、少し離れた位置で恥ずかしい光景を見守っていたフィルヴィスが心当たりを引き出したか、瞳を細め、呟いた。

 

麝香(じゃこう)……」

 

「ぎくっ」

 

「「「「ぎくぅ~??」」」」

 

少女達の視線がより一層キツくなった。

 

「麝香って、えっと、その、アレですよね……?」

 

「ええ……歓楽街でよく使われている、アレね」

 

はっとしたリーネが頬を赤らめ、アキが微妙な表情で頷く。

歓楽街。

歓楽街……かんらく、がい? つまり、『娼館』?

そんな言葉を連想する少女達。次の瞬間、レフィーヤが爆発した。

 

 

「ふっ、ふっ、不潔ぅ~~~~~~~~~~~!?」

 

顔を真っ赤にして、絶叫を打ち上げる。

 

「歓楽街!? 娼館の帰り!? さっきのさっきまで女の人を侍らせてっ、あ、あ、ああああんなことやっ、そ、そ、そそそそそそんなことをっ――――いやぁあああああああああああ!?」

 

「ち、違います! 確かに娼館には入りましたけど、それは不可抗力で!? 綺麗な人とお話してただけで!?」

 

「誤魔化し下手ですか!? もう少し繕いなさいよ!! ていうかよく見れば貴方が持っているその魔石灯っ、極東の行灯(あんどん)じゃないですかぁ! 紛れもなく遊郭の帰りですぅぅぅぅぅぅぅ!」

 

「帰り際に渡されて………はぐれちゃった輝夜さんに渡したら、喜ぶかなって思うんですけど……」

 

「何、お土産もらった~みたいな感じのこと言ってるんですか!? 娼館帰りのお土産貰って喜ぶ女性がいると思ってるんですか!?」

 

「すごいな、さっきからレフィーヤのツッコミが冴えわたっている……これが【ロキ・ファミリア】か……!」

 

「冷静に感心しないで頂戴、【白巫女(マイナデス)】」

 

ぎゃーぎゃーわーわーと言い合うレフィーヤとベル。凄まじい言葉のやり取りに目を見開いて驚くフィルヴィスにツッコミを入れるティオネ。

 

「でも本当に、春姫さんは優しい人なんですよ!? 人生諦めてる感じがちょっと気に入らないんですけど、でも、素敵な人なんですよ!? 源氏名だと思うんですけど、いい名前だと思いませんか!?」

 

「知りませんよ!? 男性の貴方からしたら、娼婦の皆さんはそりゃあ素敵な人に見えるものですよ!?」

 

「そんなはずないです! そりゃあ確かに綺麗な人沢山いましたけど、それってレフィーヤさん達だって同じくらい綺麗で……でも、流石に戦闘娼婦(アマゾネス)は怖かったです! 誘拐されましたし! あ! アマゾネスで思い出しましたけど、そういえばベートさん、いつの間に子供作ってたんですか? 僕びっくりしました!」

 

「き、きれっ、綺麗!? っていきなり何を言うんですか!? え、ちょっと待ってください今何て言いました? 子供? 誰が? 誰の? は?」

 

「だ、だからベートさん……」

 

「ぐはぁっ!?」

 

「「「「「リ、リーネぇええええええええええええ!?」」」」

 

レフィーヤの剣幕が余程恐ろしかったのか、後ずさりながら―アイズが後ろにいたため後ずされていない―あれやこれや言い出すベル。その情報の多さたるや渋滞を起こしてしまっていた。綺麗だとかアマゾネス怖いだとか誘拐されたとか、そしてなんということか、あの狂犬ならぬ狂狼ベート・ローガに子供がいるというではないか! その情報の濃さは1人の恋する乙女を吐血させ倒れさせるほどの威力を誇っていた!! 嘘みたいだろ、馬鹿みたいだろ、魔法なんて使ってないんだぜ!

 

「……【凶狼(ヴァナルガンド)】に子がいたのか。相手は趣味が悪いのではないか?」

 

「冷静に言わないで頂戴、【白巫女(マイナデス)】。これ以上、頭痛を増やさないで」

 

「え、え、ほ、ほほ、本当なんですか!? USO(うそ)でしょ!?」

 

「下界がひっくり返るくらいの衝撃なんだけど!?」

 

「あのクソ狼、他派閥の女を孕ませたっていうの!?」

 

「激しくて熱いの貰ったって、言ってました!」

 

「歓楽街で娼婦……それでいてアマゾネス……【イシュタル・ファミリア】ですか……その、私が言うのもなんですが、許されるのでしょうか?」

 

「どうしてアリシアが『私が言うのも~』って言ってるのかわからないんだけど、基本、NGじゃなかったっけ? 結構モメるって聞くよ?」

 

「よく見なさいアンタ達、ここにそのモメたかもしれないっていう生き証人?がいるのよ」

 

「「「「あ」」」」

 

ベートのことを心配していないわけではないが、仮にも他派閥の女性を孕ませたとあっては問題に発展しかねない。イシュタルが「よくも私の可愛い娘を~」と言い出したらロキは「あ、さぁせんフヒヒ」とか言うわけない。むしろ「いやお前のとこの娘の下の口が開きっぱなしやったのが悪いんやろボケェ! アマゾネスの習性知っとるんやったらちゃんと管理しとかんかい!」くらい言うだろう。ベートを庇うかどうかは別として。とにかく、他派閥間の婚姻はそれはもう面倒なのだ。主神同士の仲が良ければ『お見合い』だとかもあるかもしれないが、それはそれ。ティオネに言われて少女達は一斉にベルを見やる。ベルの出生については最早隠すでもなく知られまくっている。少なくともオラリオにおいて知らない者がいたとすれば、それこそ新参(にわか)だろう。

 

「【ゼウス・ファミリア】にお父さん、【ヘラ・ファミリア】にお母さんだっけ?」

 

「私も聞いた話しか知らないけど、母親の方は双子で病弱だったらしいわよ? 姉のほうはLv.7だけど」

 

「病弱なLv.7って意味わからないのよ」

 

「リヴェリアとロキが言ってた……ヘラって女神様が認知したらヤバイって」

 

「「「「何その余命宣告」」」」

 

話題があっちに行ったりこっちに行ったりする少女達。姦しいと言えばそうなのだろうが、ベルはもう帰りたいでいっぱいであり今の内にとそろそろと抜け出そうとするが、両肩をアイズに捕まれていて抜け出せず、かと言って前に体重を移動させればそこにはアリシアが。目が合うと何故か彼女が悲し気に微笑んできてベルの胸がチクチクと痛む。

 

「はぁ……あの狼については後に本人に聞くとして、私達やることあるから……はぁ……」

 

「もーなんか帰りたいかも……」

 

疲れたとばかりにティオネが溜息を重ねて頭を左右に振る。捕まえたのは彼女だが、彼女を始めとして少女達は既に疲れてしまっていた。情報が濃すぎたのだ。なんならティオネは「あの狼にデキて……私はまだ団長と……」と悔し気なものを滲ませてすらいる。妹のティオナはげんなりとした顔を隠しもしない。

 

「リーネ、しっかりしてください。傷は深いですよ」

 

「致命傷か……早く帰してやれ、レフィーヤ」

 

「まさかこんなところで、意外な人が父親になっていることを知らされるなんて……何があるかわかりませんね、下界って」

 

「そうだな……恐ろしいな、下界は」

 

すっかり動かなくなったリーネに肩を貸してやるのはレフィーヤで、どこか遠いところを見ながら実感あるような発言をするのはフィルヴィスだ。

 

「もう……やることあるのに、皆して疲れて何してんのよ……」

 

痛む頭を押さえるように身体を揺らして立ち上がるのはアキで、ベルに「立てますか?」と手を差し出すのはアリシアであり、後ろからベルが転ばないように支えるのはアイズだ。

 

「ベル、貴方は【ゼウス】と【ヘラ】の間に産まれた子というのもあるのですから……その、気を付けなさい」

 

「だから、僕、娼館に行くつもりなんてなかったんですよ? 輝夜さんが、ちょっとご休憩のできる宿にって」

 

「本拠で休憩じゃ……ダメなの?」

 

「アイズ、貴方は黙っていなさい。ベル、その、ええっと貴方の派閥内でのことなので言うべきではないでしょうが……いえ、いいです【大和竜胆】に直接言います」

 

『ダイダロス通り』の出口まで一緒に行きましょう。そう言って少女達と共に『ダイダロス通り』の外へ向けて歩を進めていく。1人の少女が吐血と共に再起不能に陥り、1人の青年の風評が傷つくということにはなったもののベルが娼館に行っていたことについて根掘り葉掘りと尋問されることはなくなった。―――かに思われた。

 

 

「?」

 

去り際、アイズは石畳の上に落ちている小鞄(ポーチ)に気がついた。それはベルが身に付けていたものだ。恐らくはティオネに引きずり落とされた際に衝撃で外れてしまったのだろう。

 

「これ……ベルの?」

 

「え? あ、あれ、いつの間に外れたんだろ……」

 

少なくとも自分の物でもなければ、仲間達の物でもない。ならベルの物かもしれない、という勘ではあったがどうやらベル本人の物だったらしい。「ありがとうございます」と言って受け取ろうとするベルにアイズは素直に渡そうとする。『娼館』に行っていたことについては、昔馴染みであり、最近は自分の生徒になった彼の意外な一面を目の当たりにしたような……あえて言えば飼っていた兎が自分の知らない場所へ巣立っていってしまったような悲しい感覚があったが、仮にも彼は【アストレア・ファミリア】で、年上で綺麗なお姉さん達に囲まれた生活を送っているのだ。綺麗な女神様に可愛がられているのだ。そんな彼が、彼女達を選ばず、お金で女の子とイイコトをする『娼館』にいくなんてあり得ない。と付き合いの長さからくるある意味で信頼ともとれる結論を得ていた。心の中の小さなアイズでさえ、黒いスーツに眼鏡をかけてはくいっとし、弁護しているほどだ。

 

『ベルは無罪!』

 

『ベルは無罪!』

 

両手で『無罪』と書かれた紙をビシィッと広げる心の中のアイズ達。そんな彼女(アイズ)達は次の瞬間には窮地に陥ることになる。何故なら、アイズからベルへと小鞄(ポーチ)が手渡されるその時、チャックが開いてしまっていたのか、ころんっと何かが落ち、石畳の上に転がったのだ。

 

「……? これは……」

 

いつまでもその場から動かない2人に皆が振り返ると、ころころとレフィーヤの足元にそれが。盤棋(チェス)の駒にも似た透明な容器、中身は赤い溶液。見慣れない薬に、何かの道具(アイテム)かと首を傾げながら拾おうとすると、ベルの手が音速でそれを奪い取った。

 

「こ、これは、その……か、輝夜さんが持ってろって、大切?なやつなので……!」

 

レフィーヤが固まっていると、ベルは薬を持った両手を隠した。輝夜からの預かり物らしいが、預けた人物が人物だ。怪しいことこの上なかった。何より、ベルがダラダラと汗を流すのだから余計だ。

 

(怪し過ぎる……!)

 

瞬く間にレフィーヤの眉が吊り上がる。

リーネをアキに預け、詰め寄る。仮にも彼は友人ではあるのだ。出会った時、女性だらけの派閥の唯一の男などと知れば「なんて不埒な……!」とか欠片も思ったことがないと言えば嘘にはなるが、学区について何か知っていることはありますか?と聞いてみた時には母親からそう教えられたのか「人間を育てる牧場」と言った時には、ぶっ殺してやろうかと思ったこともないでもないが、彼は人畜無害の兎。悪ではないのだ。腐っても彼が悪事を働くとは思えない。というか、彼に余計なことを教えたりしているのが大抵周りの大人達なのだ。友人として矯正してやるくらいはしてやるべきなのだ。レフィーヤの中のエルフの心がそう、言っている。

 

「ベル、今隠したものを見せなさい」

 

「い、いやっ、これはっ……! 僕のじゃなくて預かっているというか押し付けられたものだから、とにかく輝夜さんのだから、勝手に渡しちゃいけなくって……!」

 

汗を流すベルはしどろもどろになり、それがレフィーヤの猜疑心に拍車をかける。ゴジョウノ・輝夜(あのヒューマン)はいったい、年下の少年に何を吹き込んでいるのか。ロキの言うところでいう『エロキャラ』の部類にある彼女がベルの耳元で何かを囁く絵面がレフィーヤの脳裏を過る。詳しく話を聞こうと詰め寄ろうとしたその時、側にいるフィルヴィスがぼそっと呟いた。

 

「精力剤……」

 

瞬間、時が止まる。

アイズも、レフィーヤも、いつまでも付いてこないベル達に振り返って見守っていたティオナ達も、薄暗い夜の通りに耳を貫く静寂が訪れ、蒼白となった少年の頬から一筋の汗が滴り落ちた。

 

「は、はぁ~~~~~~~~~~~!?」

 

「ひっ……!?」

 

レフィーヤが再び、爆発した。

 

「せっ、せっ、精力剤!? 何でそんなもの持ってるんですか!? 貴方と輝夜さんはいったい何をしようとしていたんですか!?」

 

「何だっていいじゃないですか!? 輝夜さんが持ってろって言ったんですから!」

 

「【アストレア・ファミリア】でしょう!? 秩序は守れても風紀は守れないんですか!」

 

「場所は選んでるじゃないですか!」

 

「いいから、ちょっとそれ、見せなさい! 年頃の友人がいい歳した大人に悪いこと吹き込まれてるとか我慢なりません!」

 

「待ってっ、待ってくださいレフィーヤさぁん!?」

 

何気に「いい歳した大人」とか酷いこと言ったレフィーヤであるが、ベルにそれを指摘するだけの余裕などなかった。泣き叫ぶベルに、精力剤(ブツ)を確認するため薬を奪おうとするレフィーヤ。アイズがおろおろする前で、アリシアが「レ、レフィーヤ、落ち着きなさい……!?」と間に入ろうとする前で、2人の両手が猛烈な引き合いをしていると――つるっ、と。

 

「あ」

 

間抜けな声とともに、ベルの手の中から容器がすっぽ抜ける。少女の頭上を舞う容器は、反動で蓋が外れ、運命に従うように中身を飛び散らせた。次の瞬間、びしゃっ! と2人の間に入り仲裁しようとしたアリシアは頭から被った。精力剤を。

 

「「ぁ―――」」

 

ベルとレフィーヤが蒼白となる。

アイズも声を失う。

フィルヴィス達も凍り付き、口を半開きにする。

 

「……………」

 

2人の間に割って入り離れさせようと伸ばされていた両手が、だらりと垂れ下がった。妙齢の妖精の飴色の髪を、赤い溶液が伝っていく。肌の露出こそない衣装であるが、溶液は確かに染み込み、そして唯一晒された顔元から伝って衣装の中に入り込み、彼女の柔らかな肌を蹂躙し、口内に入り込んでしまったソレを飲みこんでしまう。やがて漂ってくるのは、歓楽街に蔓延しているものと同じ独特の異臭。間違っても可憐な少女が、潔癖な妖精が放ってはいけない強臭。アリシアの瞳が一切の光を失い、果てしない闇に覆われる。

 

「………ふ、ふふふふ」

 

小刻みに震える麗しのエルフから、不気味な笑みが零れ落ちた。

 

「――だ、大丈夫ですかアリシアさぁあああああああああああん!?」

「――か、輝夜さんに怒られるぅうううううううううううううう!?」

「フンッッ!!」

「グフゥッッ!?」

 

2人の少年少女の悲鳴が轟いた。片や先輩に降りかかった不幸に対して。片や姉に怒られることに対して。瞬時に憤激したレフィーヤは保身ですか!? 保身が大事なんですか!? 見損ないましたよ!? とばかりにベルへと繰り出されるのは強烈な打撃(ボディーブロー)。ベルは腹の中身をぶちまける勢いで吹っ飛んだ。この間、僅か5秒にも満たない行動の応酬に少女達は呆然とした。「レフィーヤ、お前にも原因はある」と言ったフィルヴィスの呟きは夜闇に消え失せた。

 

「ア、アリシア……大丈夫……?」

 

「ふふふふ、アキ……妙な気分です。体が、とても熱いんです」

 

「あ(察し)」

 

ゆらりゆらりと身体を揺らす妖精(エルフ)を、猫人(キャットピープル)が恐る恐る手を伸ばし、身を案じるが振り返った彼女の瞳は、肌は、熱を孕んでいた。獣人のアキは察した。「これもう駄目な奴だ」「発情した雌だ」と。その精力剤が神ヘルメスから輝夜に与えた『最高級』の品であるなど知る由もなく、割とつい最近、子兎に抱き寄せられたり「貴方じゃなきゃダメなんです」とか恋なんて碌にしたこともない生娘妖精をバッチコイ、ぶち落とされたことは記憶に新しい。【月華星影(スキル)】の効果もあったことなど誰も知らない。ベルすら碌に把握できていない。何せ月の周期で効果が変わってしまう上にその時のベルは、知り合いの優しいお姉さんを頼りに行っただけ。だからこそ(たち)が悪い。最早ベルに懸想する乙女と化した妙齢の発情妖精を止められる術を、アナキティ・オータムは持たなかった。むしろ、冷静になった後に自己嫌悪の塊になった彼女をどう慰めてやるか、それに尽きた。

 

 

アリシアから滴り落ちた溶液が石畳に溶けていく。

身体を揺らしてベルに近付いていくアリシアに、誰もが言葉を失った。いや、かける言葉を見つけられなかった。なんというか、アキはその事情を知っているようではあるが、周りは知らないのだ。なんというかそう、『ベルが本拠に来たりすると妙にそわそわするアリシア』というのが最近の常であり、彼女がトゥンクしてしまう騒動(イベント)があったとは知りもしない。アリシアは周囲からの心配を孕んだ視線を気にもしないのか、ベルの前で膝を付いて「大丈夫ですか?」と声をかける。Lv.3のレフィーヤに腹を殴られ吹っ飛ばされたのだ。怪我をしていてもおかしくはない。持っていた回復薬(ポーション)を彼に飲ませると甲斐甲斐しく彼の身体に両手を回し立ち上がらせる。腰と肩、それぞれに手をやるアリシアはベルの瞳を見るとニコリ、と。

 

「あ、あの、ありがとうございます……それと、ご、ごめんなさい……」

 

「いいんですよ、いいのです」

 

「あ、あの……手に力、入り過ぎてませんか」

 

「いいのです、ただ、責任を取ってもらうだけ……いえ、とらせてください」

 

「せ、責任……?」

 

ベルはアリシアの手から抜け出せなかった。

何かヤバイスイッチの入った彼女は、しっかりとベルを掴み、けれど壊さない絶妙な力加減を実現。頬を上気させた彼女は悩ましい吐息を漏らし、ニッコリと微笑む。

 

「ア、アリシアさん!? だ、ダメですよ、他派閥の子なんですよ!?」

 

「レフィーヤ、何を言っているのですか? 私はただ、彼を癒してあげたいだけ。貴方が怪我を負わせた彼、を」

 

「!?」

 

レフィーヤは普通に引いた!

このお姉さん、ガチだった!!

目がやばい。

というか、何気に密着しているし!

胸も当たっているし!

妖精(エルフ)がしちゃいけない顔しかけちゃってる! 派閥の垣根、何するものぞ!とばかりに彼女はガチだった。レフィーヤは引いたしそれと同時に驚いた。先輩に懸想していた相手がいたのだと。その相手がまさかベルだったなんて、と。精力剤がそれを後押ししちゃったのだと。そういえば、ここで彼に会ってから彼女はベルの味方につくようなことしかしていないではないか、疑ってはいたが信じようとしていたではないか。それが何よりの証拠ではないか。というかこの兎、どれだけ年上の女性を撃ち落とせばいいんですか? 恋の狩人とか言っちゃうやつですか? ていうかつい最近私達の本拠でアイズさんに告白してたじゃないですか、なんなんですか? レフィーヤは段々、イライラし始めた。

 

「あの、アリシアさん、僕、帰らなきゃ!?」

 

「ええ、帰りましょう」

 

「あの、方向が逆なんですけど!?」

 

「大丈夫です、痛いのは最初だけですから」

 

「話、話を聞いてください!?」

 

「私は経験はありませんが………多少の知識くらい、あります。自信はありませんが……ええ、任せてください、精一杯、癒してさしあげます」

 

「だ、だから話を……ッ!?」

 

「茨の道を進むことになるでしょう。誰からも祝福されず、認められない道かもしれません。しかしそれを越えた先には2人の幸せな未来が……!」

 

(この妖精(ひと)……怖いッッ!?)

 

ずるずると半ば引きずるようにして2人は路地裏の闇の中に消えていく。それを止めるどころか追う者はいない。誰もが変容したアリシアに唖然としていたからだ。

 

妖精(エルフ)は潔癖っていうけど……スイッチが入るとああなるのね。そりゃ妖精の娼婦が人気なわけだわ」

 

「納得しないでティオネ」

 

「アリシアとベル……大丈夫、かな」

 

「大丈夫じゃないから安心しなさいアイズ」

 

「あー………どうする、アレ?」

 

「もう手遅れよティオナ……恋はいつだってハリケーンなんだから」

 

「ああまで堕ちるのか、エルフは」

 

「あんたもエルフよ【白巫女(マイナデス)】」

 

「ど、どどどど、どうしましょう……あれ、私のせいなんでしょうか!? 私のせいでアリシアさんが!? アリシア・ショジョジャナイヨに!?」

 

「レフィーヤ、あんたも頭を冷やしなさい。先輩に対して失礼過ぎる渾名をつけてるんじゃないわよ」

 

置き去りにされた? 少女達はその内、どこからか微かに聞こえた「アーーーーーーッ!?」という少年の悲鳴に黙祷を捧げるのだった。朝食時を過ぎて昼前頃に帰ってきたアリシアは「謎の黒ずくめの冒険者達に襲撃をされた」とか「私はなんてはしたないエルフなんでしょうか…!」とか「殺してください、いっそ、一思いに……!」と少女達に言うのだった。ベルの安否を確かめるため、街中を歩き回っていたアイズ達は何故か『バニーガール』の格好をさせられているベルと『眼帯』『ツインテール』『ゴスロリ』という痛い恰好をさせられている輝夜を見かけるのだった。




謎の黒ずくめの冒険者達……いったいどこのフレイヤFなんだ……!



ぶち込んだ『if』
=アイシャが殺生石を破壊する←寸前で発見され阻止される。


・儀式が行われずにいる←破壊してまで止めようとしたアイシャと、贄である春姫への慈悲。
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