アーネンエルベの兎   作:二ベル

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今回も犠牲者
・ベート
前回から今回の間にやらかした人
・アリシア
着替えさせられた人
・輝夜
・ベル


水天日光⑤

黄昏の館

 

 

その日はほんの少し、肌寒い朝だった。

彼は大きな欠伸をしつつ頭をボリボリとかいて廊下を歩いていると、1人の少女に出会った。同じ派閥の冒険者であり眼鏡であり迷宮偶像(アイドル)らしい―『あいどる』ってなんだ―存在であり、治療師(ヒーラー)である少女だ。名前はリーネ・アルシェ。

 

「……ベート、さん」

 

「…………?」

 

ベートは寝起きだった。

まだ眠かった。

頭が冴えてはいなかった。

彼は知らない。

一夜にして群れのボス狼にされていたことに。

一夜にして1人の恋する乙女の情緒だとか常識だとかいろいろと木端微塵に吹っ飛ばされていたことに。胡乱気なベートの瞳に映ったのは、何故か特徴的な丸い眼鏡が(ヒビ)だらけになっていることと、少女の瞳には光が一切なかったということだった。『ダイダロス通り』にて『ダンジョン第二の入り口』を探していたのだから、まあ碌に休んでいないんだろう、無理もない。聞いた話じゃどこかの【万能者(ペルセウス)】は徹夜を極め過ぎて瞳から光が消えたとかいうらしいし。そういう類のアレだ、という冴えていない狼の脳みそはそう結論付けた。

 

「ベートさん」

 

「………おう」

 

いくら愛想が悪かろうが歩く暴力だと言われようが挨拶の一つや二つくらい、ベートだってできる。仮にも自分の名を呼んでいるのだから無視などしない。不愛想ながらも短く返答したベートは次の瞬間には口を開けて思考停止(フリーズ)した。

 

 

「子供はっ……子供は何人欲しいですか?」

 

「――――――――は?」

 

こいつ今、なんて言った?

ベートが聞き返すよりも早く、リーネのターンは始まった。怒涛だった。呆気にとられるほどには。

 

「私は3人欲しいな。女の子が2人、男の子が1人。名前はやっぱりお父さんになる人が決めてほしいです。私、ネーミングセンスに自信ありませんし。えへへ、どっちに似ると思います? 私とベートさんの子供だったら、きっと男の子でも女の子でも可愛いですよね。それで庭付きの白い家に住んで、いえ、やっぱり『黄昏の館』に変わらず暮らすのもいいですよね。ペットなんかも飼うのもいいかもしれませんね。ペットなら変な名前を付けちゃっても許されるような気がするので私、頑張って名付けますね。ベートさんは犬派ですか? それとも意外にも猫派? 私は断然犬派ですけれどベートさんが猫の方が好きだっていうなら、勿論猫を飼うでも構いませんよ。私、犬派って言いましたけど動物ならなんでも好きですし。だけど一番好きなのは、勿論ベートさんなんですよ。ベートさんが私のことを――――。そうだ、ベートさんはどんな食べ物が好きですか? どうしてそんなことを聞くのかって思うかもしれないんですけど――――――――」

 

「――――――ヒュッ」

 

怖っっっっっ。

ベートの寝ぼけていた脳みそは一気に目覚めた。

というか、変わり果てた少女に恐怖すら抱いた。狼の尻尾、その毛が逆立ち膨れ上がった。なんだこいつ。やべえ。誰か治療師(ヒーラー)を呼んでこい。ちっ、こいつが治療師(ヒーラー)だった。俺が思うに、アレだ。もう手遅れってやつだ。

 

「馬鹿野郎…………」

 

「――――ベートさんを私なんかが独り占めしちゃうなんて他の女の子に申し訳ない気もするけれど仕方ないですよね。恋愛ってそういうものですし」

 

この馬鹿(リーネ)が何を言っているのか、獣人なのに聞き取れなかった。もう一度言え、いや言わなくていい。聞きたくもねえ。ベートは考えるのをやめた。ただ、彼女に手向けの花くらいはくれてやらなくてはと、せめてもの言葉を贈る。

 

「お前の手に、十分救われた……」

 

「あ………」

 

罅割れた眼鏡の奥、目を見開き、瞳が震えて、目尻からじわりと涙がこぼれた。その言葉に報われたような気すらした。

 

この人を好きになれて良かった。

などと。

などと、胸の内にそんなことを思い。

リーネ・アルシェは、幸せそうな顔をしてぶっ倒れた。ベート・ローガもまた新手の『呪詛(カース)』を疑った。狼狽し、倒れた少女に唖然呆然とし、この状況を見られては自分に変な疑いがかかると―んなことになったら面倒くせえ―と仲間達、特に女性陣からの罵詈雑言の嵐に辟易しつつ、それを回避するためにリーネを運んでやることにした。

 

「クソがッ………」

 

狼の耳が、尻尾がたらりと垂れて廊下の奥に消えていく。それを眺めていた―リーネを心配していた―少女達は、堪えていた声を吐き出した。

 

「ベ、ベベベ、ベートさんがリーネを!? 運んでいきましたよ!?」

 

「え、あれ!? これ現実よね!? こんなこと、あるの!?」

 

「ベートのことだから倒れてようがほっとくと思ったのになー」

 

「…………リーネ、幸せそうな顔してた」

 

「ごめん、私はさっきから鳥肌が収まらないわ」

 

猫人(キャットピープル)やろがい!」

 

「ティオネ、あんたも寝た方がいいわ。徹夜テンションでロキみたいになってるわ」

 

 

ひそひそと少女達がベートと運ばれていくリーネを眺めつつもそんなやり取りをしていること数分。幽鬼のような足取りで本拠に帰ってきた1人の妖精と対峙することになった。

 

×   ×   ×

星屑の庭

 

そんな【ロキ・ファミリア】で『喜劇』だか『悲劇』だかが繰り広げられている時。こちらはこちらで物語が進んでいた。

 

 

「―――で? 説明してもらいましょうか?」

 

ベルは、正座させられていた。

隣には()()()()()()()()()()正座させられていたらしい死んだ瞳をした大和撫子。目の前には長椅子(ソファ)に腰かけるお姉さん達が、頬杖をついたり、腕を組んでいたり。団欒室に広がる冷気じみた冷ややかな空気はいっそ、罪人へと与える罰を決める『裁判所』のようでさえあった。歓楽街を後にした後、色々あって本拠に帰還したのは結局のところ早朝であった。すっかり太陽は昇ってしまっている。恐る恐る帰ってきたベルは、庭で朝稽古をしていた第一発見者ことリューに首根っこを引っ掴まれ、団欒室に放り込まれ、そして今、お姉さん達に尋問を受けている。受けてはいるが、尋問というよりも裁判が正しいのかもしれない。

 

「輝夜と一緒に歓楽街に行って~」

 

「はぐれて輝夜ちゃんだけが帰ってきて~」

 

「ベルは朝帰りぃ~?」

 

「ベルぅ、申し開きはあるかぁ~?」

 

娼館に行っていたことは、あっさりバレた。

甘ったるい香りを身体中からプンプンと匂わせていれば当然だ。発情した某道化の神の眷族である【純潔の園(笑)(やさしい、おねえさん)】とちょっとしたチュンがあったけれどそれはそれとしても、今ベルの目の前にいるお姉さん達はまるで紙屑を見るかのような目つきで見下ろしてきており、そんな経験などなかったベルは目尻に涙を溜めてプルプルと震え怯えていた。仕方ないことではあった。アリーゼ達からしてみれば、手塩にかけて可愛がってきた弟分であり将来的にはほにゃららな関係になる兎さんが、ぴょんぴょこ飛んで行ってはどこぞの雌とよろしくしていたとあれば面白くないし気に入らない。無罪なわけがない(ノットギルティ)なのだ。だがしかし、ベルは被害者なのだ。戦闘民族(アマゾネス)に追われたり女戦士(アマゾネス)に追われたり武装した怪物(フリュネ・ジャミール)に追われたり、大変だったのだ。善良なるお狐様が助けてくれたが、その後は悲しいことに危ない妖精として覚醒進化した妖精さんに連れ去られる事案があったりしたのだ。つまり、ベルは被害者なのであり、全ての責は「あいつ空飛べるし自分で帰ってくるだろ」などと安直な考えで勝手に帰還したゴジョウノなんとかさんにあるのである。まあ、彼女も保護者だし、誘った本人だしネ!! 2人の少女の貞操を守ったとしても1人の少年の操は守り切れていないゾ!

 

(お前、今の今までどこに行っていたんだ……)

 

(輝夜さん、目元に(クマ)が……いつから正座してたんですか?)

 

(命達が帰ってからお前が帰ってくるまでだ)

 

(命さん達……?)

 

「ちょっと、私が話してるっていうのに内緒話をするなんて、アンタ達、いい度胸ね」

 

「「っ!」」

 

笑みの中に確かに怒りの炎を燃やすアリーゼは今にもふしゃーと吠えそうな勢い。ベルを見つけたリューは悲し気に溜息をつき、ライラが面倒くさそうに頬杖をついて成り行きを見守り、他の姉達は「ベル君も男の子なのねー」なんて成長を喜ぶべきか悲しむべきか微妙な顔をしていた。離れたところではアストレアが嘆息しており、口を挟もうとはしない。彼女もまた少しばかりお説教をするべきだとは思っていたのだろうが、アリーゼ達が裁判を始めてしまっているのだ。女神である彼女まで仲間入りして責め立ててしまえば、逆に可哀想だと味方するつもりはないが離れて眷族達を見守ることにしていた。

 

「……団長、こいつの帰りが遅くなったのは一重に私に責任がある。こいつに非は……」

 

「輝夜、ベルが誰かもわからない他所の女と寝たとしても許せる?」

 

「重罪だな」

 

「あれ輝夜さん!? 僕を庇おうとした優しい大和撫子はどこに行ったの!?」

 

「「「秒で死んだな」」」

 

「成程、これが極東に伝わる『カワリミ・ジュツ』という技ですか……最低だ」

 

「リオン、お前は黙ってろよ。絶対違うぜそれ」

 

ベルを庇おうとした輝夜はアリーゼの言葉によってあっさりと手のひらを返した。その驚くべき速度に1人の金髪糞雑魚妖精(リュー・リオン)は極東にいると言われる『ニンジャ』が使うとされる『術』、『カワリミ・ジュツ』がこれなのだと解釈するも、それはライラによって即否定。弟を庇おうとした責任感の強い大和撫子な輝夜お姉さんは剣客(輝夜)によって秒で斬り殺されてしまった。憐れ、哀れベル・クラネル。輝夜は想像したのだ、どこの馬の骨……ならぬ、女戦士(アマゾネス)の骨とも知れぬ雌と交わるその様を。そうなれば当然のように輝夜だって手のひらを返す。輝夜だって自分の男を取られては面白くはないのだ。

 

 

「こほん、それでぇ……娼婦と寝たっていうのぉ?」

 

「いや、それは……」

 

ぷるぷる震えるベルの脳みそは過去回想を繰り返す。すれ違う娼婦のお姉さん達がベルを誘ってきたり、戦闘娼婦(アマゾネス)達に連行されたり、アイシャの魔法に撃ち落されたり、優しいお狐様が庇ってくれたり……庇うため同じ布団の中に隠れ……ん?それはつまり短い時間とはいえ、寝たことになるのでは? ベルの脳みそは『?(インテロゲーションマーク)』でいっぱいになった。

 

「寝た……のかなぁ……」

 

頭痛に堪えるように右手で顔を覆うベル。

彼の脳みそは絶えず過去回想を行っており、娼館を脱した後もアイズだとかレフィーヤ達と一悶着あったり、アリシアと一悶着というか一夜の過ちというか、覚醒進化した妖精さんは『えっち』なんだなあと思うようなあれこれがあったりしたわけだけど、いや、待て待て。とそこでベルがアリシアに対する1つの誤解を導き出す。

 

「彼女は娼婦だった……?」

 

「ねえ、ベルは何を考えているの?」

 

「1人で思考の迷宮を彷徨ってるね」

 

「おーい、帰ってこーい」

 

「ベルくーん、おーい! 誰のおっぱいを思い返しているのかなー?」

 

「ここにもいっぱいあるよー?」

 

「いやでも【フレイヤ・ファミリア】と戦ってるとこ、かっこよかったし……ごにょごにょ……」

 

「「「「何があったの!?」」」」

 

僕が女の子であの人が男だったらきっと堕ちてたかもしれない。そんな気すらする。とアリシアに連行される際にあったフレイヤFとアリシアがベルを庇いながら戦う―ようにベルには見えた―光景は、さながら姫を守る騎士のそれだったのだろう。とベルは心の中で納得する。納得するがこの小馬鹿兎(ポンコツ)、以前自分がしたことでアリシアがとっくのとうに恋する乙女(ポンコツ)になったことに気がついていないのだ。彼女は年下の少年が異性に対する好みなんだと解釈しているくらいだ。年頃の妖精の両手を安易に包み込んだり、潤んだ瞳で見つめて母性やらを刺激したり、腰に手を回して抱きまわしたりなんてこと、してはいけないのだ。

 

「あ、でもでも、遊ぶ気なんて毛頭なかったしっ、してもいませんっ! 誤解なんです!」

 

「ご、ごかい、5回!? そんなにしたの!?」

 

「すごい方なのかしら?」

 

「さあ……経験ないし……」

 

「多い、のかなあ?」

 

「「「うーん」」」

 

兎にも角にも必死に弁明しようとするベルに、誤解するアリーゼ、そしてその回数は多いのか少ないのか凄いことなのかと生娘集団達は頭を悩ませ唸る。

 

「ま、まあ、その、多い日も安心って言葉もあるし? そこは置いておくわ!」

 

「アリーゼ、その言葉はおかしい。それは女性に当てはまる言葉だ」

 

「いやリオン、そうとは限らないんじゃないか? 神様達が言うには『男の子の日』ってのもあるらしいぞ?」

 

「………?」

 

「え、じゃあ、ベル君は時々、ベル君のベル君から血を吐き出すの?」

 

「それ、ただの血尿じゃね?」

 

「…………ベルは、病気なのですか?」

 

「おめえも十分病気だよ、主に頭のな」

 

「ラ、ライラがいつも以上に辛辣……」

 

とりあえず置いておこうとするアリーゼ。彼女の物言いに首を突っ込むリュー。さらに被せるネーゼ。首を傾げるリューにさらにおろおろする【ファミリア】のお姉さんことマリュー。冷静にツッコミを入れるライラが更にリューにかます。冷や汗をかきながらアストレアは自らの眷族がいつも以上に辛辣な言葉をぶちまけていることにドン引き。

 

「コホン……ベルも年頃でムラムラしちゃうのも仕方ないと思うけど、もう少し身近に目を向けて見たらどう?」

 

「?」

 

「こっちは日々据え膳だっていうのに……」

 

「アリーゼ、趣旨、話の趣旨が迷子だよ」

 

「おっと……危ない危ない、ありがとうノイン」

 

「それより、ベルの言い分も聞いてあげたら?」

 

「アスタ……ええ、そうね! さっきからイスカから目を逸らしていることについても含めて、ね!」

 

「うっ……」

 

腕を組み足を組んで、ベルを見下ろすアリーゼが仲間達に言われベルの言い分を聞こうとする。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()是非、聞かせてもらおうと彼にターンを譲った。

 

「実は――」

 

と語られるのは、輝夜とはぐれた後のこと。

オラリオに移住して長いとはいえ、歓楽街など未知の場所。右に左に迷い、自分のことを知っているらしい娼婦達には声をかけられ、逃げ惑っている内にアイシャ・ベルカ含む戦闘娼婦(バーベラ)達に捕まり、【イシュタル・ファミリア】の本拠に連行された。このまま嬉しくない褐色娘達による兎の踊り食い(ハーレムプレイ)が行われるのかと思われたその時、現れたのはなんと恐ろしい『武装した怪物(フリュネ・ジャミール)』の襲撃である。異常事態(イレギュラー)である。一時、戦闘娼婦(バーベラ)達と心を一つに逃走劇も行いもしたが、そこは『喜劇的(コメディチック)』にも次から次へと少女達が犠牲になり、フリュネに千切っては投げ千切っては投げをされる始末。ようやっと逃げられた、ついでにアイシャからもはぐれることができた。さあ、魔法を使って本拠へと帰ろう。大好きな優しい女神様の元に帰り、生存報告と共に抱擁してもらい慰めてもらおうなんて思っていたら諦めてなどいなかったアイシャの魔法がベルを撃ち落とす。墜落した先で出会ったのはオラリオにおいては珍しい狐人という種族の娼婦。彼女に時間まで匿ってもらい、あれやこれやあって帰ってきたのだ。

 

「――と、いうわけなんです」

 

「なんで地上で『冒険』を繰り広げてんのよ……」

 

「この子、【イシュタル・ファミリア】に喰われかけたってこと……?」

 

「イスカちゃん、泣かないで!」

 

「泣いてない、泣いてないから! マリュー、急に変な優しさを向けてこないで! 余計に泣きたくなる!」

 

「地上に怪物が進出していた……? いや、【イシュタル・ファミリア】には調教師(テイマー)がいたということか……しかし管理がなっていない、危うく大惨事になっていたのでは?」

 

「いやどう考えても『男殺し(アンドロクトノス)』じゃん。あの蛙女を調教(テイム)できるヤツがいたら黒竜だって調教(テイム)できるって」

 

「大惨事どころか第三次ほにゃららになるとこだったじゃねえか」

 

「【麗傑(アンティアネイラ)】は我々と抗争がしたいのか?」

 

「あ、アイシャさんが「手を出さないってことは別に食っちまってもいいんだね」みたいなこと言ってました」

 

「「「「よし、今のうちに全員で唾つけとこう!!」」」」

 

「むぎゅぁっ!?」

 

余計なことを言ったベルが、ギラリと瞳を光らせたお姉さん達に押し倒されたー! 正座していたことで足が痺れてまともに動けないのをいいことに一匹の兎はお姉さん達にペロペロされるのである! 離れたところで見ていたアストレアは口を開け、目を見開き、固まったー! 唾つけとこうどころか液体という液体がつけられそうになるベルは目をぐるぐると回しているー!

 

 

「変なことは一切していないのね、ベル?」

 

「ひぃ、ふぅ、ひぃ……はひ、してない……です……ひぅ……けふっ」

 

「瀕死じゃねえか……」

 

「変なことをしていないというよりも、彼の場合『された』が正しい気も……」

 

「何事もなく話を再開させた私の眷族達が怖い……」

 

5分後。

後ろから『じゃんけん』に勝利したマリューに抱きしめられ股の間に納まっているベルはライラから見ても瀕死状態だった。衣服は乱れ、ぐったりと身体を弛緩させたベルはマリューにぬいぐるみのように抱きしめられ、何事もなかったのようにどこか肌を艶々させたアリーゼの質問に息も絶え絶えに返答する。同情と憐憫をないまぜにしたライラが「お前等自重しろよ……」と眉間をつまみ、リューが可哀想なものを見るような目つきでベルを見つめ、アストレアが素直に自分の胸の内を零した。ちなみに長時間正座させられていた輝夜は混ざることもなく、苦痛から玉のような汗を流していた。

 

「じゃ、じゃあ、これは何?」

 

アリーゼは目を細めると、薄い胸元から小さな小瓶を取り出す。豊かな胸であれば『四次元おっぱい』などと言われていたかもしれないが、彼女のそれはまだ薄い。よくもまあ零れ落ちなかったものだなと仲間達は胡乱な目をしたが、アリーゼは知ったことじゃないとばかりに胸を張る。まだまだこれから、きっと最終章を迎えた頃にはボインボインなのよとメタ的なことを心の中で吐き出すばかりである。アリーゼが生乳と下着の間に挟んでいたソレは、盤棋(チェス)の駒に似た容器――精力剤が入っていたものだった。

 

「「あ」」

 

輝夜とベルの声が重なる。

別に見つかって困るものではない。

むしろ困ったことが起きてしまった証拠品ではある。1人の妖精が覚醒進化してしまった要因ではある。中身は既に無い。ヘルメスが輝夜とベルを祝福し「楽しみたまへ☆」と餞別してくれたものでしかない。なお、その後ヘルメスも大変な目(イシュタルに喰われた)にあったことは誰も知らない。

 

「おいどういうことだベル、何故、中身がない?」

 

「ひっ、輝夜さんやめて怒らないで!? 僕は悪くないんです!」

 

()()()なんだぞ、どこで使った!?」

 

「だから使ってないんです! 僕の意志じゃないんです!」

 

「よく見ろ! 事実はすぐそこに在る! どこからどう見ても、空だ! いつ飲んだ、勃て!」

 

「だから違うんです! やめて、触らないでっ!?」

 

「おーけーわかったわ、輝夜もベルも落ち着いて。輝夜、あんた14の子に何薬を盛ろうとしてんのよ。もっと自分の身体に自信持ちなさいよ。アンタ性格はアレだけどいい身体してるんだから。『わからせてやりたい女冒険者』ランキングにもきっと上位に食い込んでるくらいには良い身体してるんだから」

 

「食い込むな!」

 

「おい団長、いい加減、判決といこうぜ」

 

「……そうね、ライラの言うとおりね。いつまでも漫才してちゃ話が進まないもの」

 

席に戻った正義の星乙女(アストライアーズ)は、アリーゼが輝夜とベルに何を言い渡すのか、どのような罰則を科すのか静かにその時を待った。

 

「はぐれてしまったことは仕方のないこと。ベルは歓楽街のことは知らなかったわけだし……私達が教えてなかったことでもあるし、そこは仕方ないわ。アマゾネス達に追い回されたことも同情せざるを得ない……むしろ無事に帰ってきてくれて嬉しいくらい」

 

情状酌量の余地あり、とそう感じ取ったベルはぱぁぁっと顔色を明るくさせる。

 

「でも輝夜、あんたは連れて行った本人だし保護者の1人。【絶†影】達を保護したことは褒められるべきことだけれど、ベルのことをそのままにしたのはどうかと思うわ」

 

「ええ、連れて行った私が目を離した結果に起こった事態。もし仮に兎様は娼婦とよろしくしていたとしても、その責任は私にある。どのような罰も受け入れる所存にございます」

 

「え、なんで命さん達は歓楽街にいたんですか?」

 

「ベル、今はその話どうでもいいから」

 

「いやでも」

 

「い・い・か・ら!」

 

「………はい」

 

そういえばさっきも命達が歓楽街にいたような話がチラッと顔を出したが、結局教えてもらえずにいる。アリーゼに「今はいいの!」と結局教えてもらえないことに、ベルはあからさまに落ち込んだ。仲間外れにされた……と言わんばかりの不貞腐れたその顔に、お姉さん達はそれはもうキュンキュンである。

 

「そうね……リャーナ、あれを」

 

「アレね、わかったわ」

 

指を弾いて音を鳴らし、リャーナに指示を飛ばす。一度団欒室を出たリャーナは少ししてすぐに戻り、両手に持った(ボックス)を卓の上に乗せた。その箱には一部穴が空いており丁度、腕一本くらいは入れることができる。

 

「今から代表者3名がこの中から『お題』を出すから、それでいきましょうか」

 

「………」

 

「大丈夫よ輝夜、虫を食べろとかそんなのはないわ」

 

「それくらい存じている。今までも何かと罰ゲームに利用されてきたのだからな」

 

「じゃあ、そうね……代表者はアストレア様、私、それから……」

 

「いやそれじゃあダメだろ。代表者2人確定なのはよくねえよ」

 

「む……じゃあ、どうする? 全員でする?」

 

「それだと濃すぎるから……そうね、アストレア様は主神だから確定として」

 

「私はいいわ、貴方達で決めなさい」

 

「ということみたいだから……私、ベル、ライラでいきましょうか」

 

「その人選の理由は?」

 

「【ランクアップ】した組」

 

「うっ……悔しい……」

 

 

アリーゼから順にベル、ライラと箱の中に手を入れて1枚の紙を引っ張り出す。

アリーゼ:『眼帯』。

ベル  :『ツインテール』。

ライラ :『ゴスロリ』。

3人はそれぞれ引いた紙を揃えて見渡し、そして吹き出した。

 

「「「濃っっっ」」」

 

何がどうなった?と胡乱な目をした輝夜は、振り返ったアリーゼによって罰を言い渡される。輝夜、あんたは今日から1週間この格好をして生活しなさい、と。その内容を見た大和撫子は目を見開き、立ち上がろうとして立ち上がれず尻餅をつき、そして仲間達に取り押さえらえる。着物の帯を緩められる。露わになるのは襦袢(したぎ)であり、着物に隠された色白な肌。

 

「大丈夫よ輝夜、『ヤマトナデシコ七変化』って言葉があるらしいし、イケるイケる」

 

「そうそう、『ごすろり』ってのに合わせて下着もレースのついたやつにしようね!」

 

「エッロエロにしよう!」

 

「「「「さあさあ、脱ぎ脱ぎしましょうね~」」」」

 

「あ、おい、やめっ―――んぁっ、やめろぉぉおおっ!?」

 

下着姿にされ、団欒室を引きずられるようにして出て行ったお姉さん達。時折、抵抗する輝夜の声というか騒音が聞こえたが、30分後には帰ってきた。死んだ魚のような目をして。

 

「――――――笑え、笑え。所詮、私はイロモノ枠だ」

 

「ブッフォッwwwww」

 

吹き出すアリーゼ、引き攣った顔をするアストレア、唖然とするベル、堪えようとして身体を小刻みに震わせるリューと、「下着はどうなってんだよ」とまるでフィギュアの下着を確認するかのようにスカートを捲り上げてチェックするライラ。

 

「おい兎、やべえ!」

 

「ライラさん!?」

 

「輝夜のやろう、生娘のくせに、『T-バック』穿いてやがる!」

 

「ブッフッ!?」

 

「アッハハハハハハハwwwwwww」

 

「好きで穿いているのではない! 穿かされたんだ!」

 

「全員に羽交い絞めにされて全裸にされて着替えさせられるとかwwww輝夜おめえ、歳いくつだよww」

 

「黙れ!!」

 

黒と赤を基調としたレースをふんだんにこさえた『ゴスロリ』衣装。長く黒い艶やかな髪は2本に結われ、衣装と同色の髪飾り(カチューシャ)を乗せられている。普段着物の恰好をしている輝夜からしてみれば当然慣れない恰好であるのか、彼女の顔はこれ以上ないほどに羞恥に染まっている。いかなる罰も受け入れるとは言ったが、これは予想外だったらしい。ライラによる下着チェックで現実に帰ってきた彼女は噴火した。

 

「ふぅ、皆、いい仕事してくれたわ! これから1週間、私頑張っていける気がする!」

 

「「「「えへへへへ」」」」

 

「いいですかベル、貴方は彼女達のようになってはいけない」

 

「え、あ、はい……はい?」

 

「何よリオン、文句あるの? あるなら、アンタのブルマは今日からアンタの肌と同色のものに指定するけど」

 

「やめてくださいアリーゼ、後生ですから」

 

「こいよリオン……こっちこいよ……」

 

「やめろ輝夜、私を手招きするな」

 

ゆらゆらと身体を揺らすやばい目をした輝夜が、どかっと美しい所作など捨て去って椅子に腰を下ろす。アストレアが「に、似合っているわよ?」とフォローを入れるが今の輝夜には余計なダメージにしかならない。ついには机に突っ伏してしまった。そんな輝夜の恰好が余程面白いのか、アリーゼ達はぷるぷると身体を震わせた。

 

 

「―――ふぅ、お腹いっぱい。 ねえベル?」

 

「? なに、アリーゼさん」

 

()()()()()?()

 

「え?」

 

何が、とは言うまい。

付き合いも長いのだ、聞きたいことは分かる。彼女は匿ってくれた少女との出会いは良いものであったかと聞いてきているのだろう、と解釈。ベルは思い返す。匿ってくれた春姫との時間を。冒険譚や御伽噺の話をして、短い時間ではあるが笑い合ったことを。自然とベルの顔には笑みが浮かぶ。思考時間は短く、ベルはアリーゼの瞳をしっかりと見て、答えた。

 

「はい! いっぱい(話が)出来て、楽しかったです!」

 

「判決」

 

「え」

 

「「「「「有罪(ギルティ)」」」」」

 

「え」

 

 

そう、いっぱいデキて楽しかったのね。じゃあ、有罪だわ☆とアリーゼお姉さんは静かに正義の剣を振り落としたのだ。ああ何たることか、優しいお姉さんといえども彼女達もご立派な『(おんな)』。囲っている『(おとこ)』がどこぞの小娘に鼻の下を伸ばしていたとあればご立腹ものなのだ。無慈悲な断罪に打ち震えるベルは、輝夜のことを一瞬見て―彼女はチラリとベルを見てニヤついた笑みを浮かべた―助けを求めるように痺れる足に鞭を打ち女神の元に逃げおおせる。

 

「ベル、貴方―――」

 

が、そうは問屋が卸さない。

アストレアは近付いてきたベルの身に纏わりつく『麝香』の香りに片手で鼻を覆う。くいっと白のロングスカートを摘まんで見つめてくる彼にきゅんっとしないわけではないが、それ以前に今のベルは一、女として嫌な思いがあった。ので、アストレアはしっかりと主神として女として言うべきことを言った。

 

「とても匂うわ」

 

「!?」

 

「……身を、清めてきなさい」

 

大変な目にあって碌にシャワーも浴びれていないのでしょう? そんな思いも当然ある。むしろその思いが強い。主神であるアストレアこそベルの一番の保護者なのだ。碌に休息できずにアマゾネスに追われるという恐怖体験をした少年に温かいお風呂を~そんな思いから来た言葉であったが、目の前にいるベルはどうしてだか顔を青ざめさせ、今にも泣き出しそうに……いや、もう目尻から涙がこぼれ始めていた。

 

「あ、あら……ベル?」

 

何か言い方がまずかったかしら? とベルへと伸ばされた手は、彼には届かない。フラフラと立ち上がり、右に左にと揺れ、団欒室を出て行く子兎。まるで飼い主に捨てられた飼い兎(ペット)のように浴場へと彼は向って行った。

 

「アストレア様に……臭いって言われた……ぼ、僕はもう駄目だ……ぐすっ……」

 

 

ぼそぼそとして呟きは姉達には聞こえない。痛々しい、雨に打たれる捨て猫……違う、捨て兎のような背中にお姉さん達はおろおろ。普段いい子である彼を怒ることもまず珍しいが、怒られて落ち込むベルを見るのも珍しい。まあどう考えても勝手に彼が勘違いしているだけなのだが。

 

「ベ、ベル、待って!? どうしたというの!?」

 

「……わ、私、ベル君の着替え用意してくるわ」

 

普段いい子であるベルを怒ることは珍しく、かと言って甘やかしているつもりはない彼女達はしかし、今回ばかりはそう簡単に許すわけにはいかないと強い心を持って子兎を見送る。決して、後は追わない。追うのはベルを心底可愛がっている女神くらいであり、お姉さん達はそこまで甘くないのだ。

 

「わーん、アストレア様に嫌われたぁあああああああっ!!」

 

「嫌っていないわ、お願い、話を聞いてっ!? ほ、ほら、一緒に入りましょう!?」

 

「じゃ、じゃあ私、ふわっふわのバスタオルとってくる」

 

「じゃあじゃあ私は、麝香の香りがちゃんと落ちるように背中流してくる」

 

そう、彼女達は【正義の派閥(アストレア・ファミリア)】。

間違いを犯すことがあれば、しっかりと叱りつけることもちゃんとする。甘やかしているだけではダメなのだ。彼女達は強い心で決意し、鞭をしっかりと振るう。飴と鞭は大事なのであり、かといってどちらか一方が強くてもいけない。バランスが大切なのだ。アストレアが甘やかしサイドにいるのであれば、アリーゼ達は厳しめにいかなくてはいけないのだ。

 

「ホットミルクでも入れましょうか」

 

「そうね、甘いもの……は、あの子苦手だし、適当につまめるお菓子でも出してあげましょうか。皆で食べましょ」

 

何度でも言おう。

彼女達は、強い心を持って、まるでアストレアにフラれたとでも思っているようにショックを受ける子兎の後を追いかけたりは、しないのだ!!

 

 

 

「―――全員、行ってしまいました」

 

「リオンは行かなくていいのかよ」

 

「結構だ」

 

 

その日、ベルは久しぶりにアルフィアと過ごした部屋のベッドで眠りについた。アストレアが「ベル、お願い話をしましょう!?」と外から扉をノックするもベルは「臭い」と言われた―と思い込んでいる―ショックから抜け出せず、枕を濡らすのだった。

 

 

 

×   ×   ×

黄昏の館

 

 

「お、お帰りなさいアリシア……」

 

芝生を踏みしめる足音に気付いて、アキが振り返る。そこにいたのは、飴色の長髪を揺らす【純潔の園(エルリーフ)】ことアリシア・フォレストライト。しかし彼女の顔色はとても暗く、声をかけるアキでさえ言葉が詰まるほど。

 

「ええっと……大丈夫?」

 

獣人の嗅覚が、アリシアからまだ精力剤の香りを感じ取れるが彼女の様子はむしろ興奮状態から脱しているように思われた。どころか、冷静さを取り戻して「取り返しのつかないことをした」とでも言いたげな顔色でさえある。

 

「アキ……わ、私を殺してください」

 

「ちょっと待って、何があったの!?」

 

途端、崩れ落ちるアリシア。

走り寄るアキ。

 

「わ、私はエルフだというのに……種族の名に泥を塗るような……年下の少年を連れ去り、部屋を取り、は、肌を……ァアアアアアアアアアアアッ!」

 

「落ち着いてアリシア!?」

 

「なんてはしたないエルフ! 淫乱と言われても否定できません! 仮にもエルフが、年頃の少年を半ば襲うだなんて……!」

 

「おおう……」

 

アリシアから語られる猥談にアキは耳をピコピコ、尻尾をピンっと立たせて反応し、頬を染める。部屋をとり、少年を押し倒し――――。目が覚めた頃、鳥の囀りが微かに聞こえて、生まれたままの姿のアリシアは背中を向けて眠る少年を見て自らの所業に青ざめた。

 

「『賢者タイム』、恐るべし……!」

 

「あ、はい、うん……そうね、経験ないのに頑張っちゃったのね」

 

アキとしてもビックリである。

経験なんてないのに、口やら胸やらとアリシアの口から少年に行った奉仕が出るわ出るわ。そりゃあ目覚めたベルが必死に全裸で土下座して謝るアリシアに対して、「あ、はい」となるはずだわ、と。

 

「その、ええっと……シャワー、浴びてきたら? まだ少し、匂うし」

 

「彼の匂いですか!?」

 

「え、あ、いや、どうかしら……」

 

「ひょ、ひょっとして彼の体液が……まだついて!?」

 

「やめて、お願い。可愛い近所の子の意外な一面を知って距離感が分からなくなるみたいになるからやめて」

 

「アキ、私はどうすれば……彼に軽蔑されたかもしれません」

 

「知らないわよ! と、とにかく、シャワー浴びて、折を見て様子を見に行きましょう! ね!?」

 

やらかした、やらかしたぁ、とばかりなアリシアの背中を押して浴場へと向かう。アキはアリシアが落ち着くまで、落ち着いても、ちょいちょい「こういうことがあってー」とか「彼は華奢なのに鍛え始めたいい身体をしていてー」とか「庇護欲をそそられるのがいいんですけど、たまに格好いい目をするのがまた……」とか「アレってあまり、美味しいものではないのですね」とか聞いてもいないことをアリシアが帰ってきたことに気付いて合流したアイズ達共々、聞かされるのだった。

 

 

 

×   ×   ×

夕刻。

 

 

「さあやってまいりました、寝起きドッキリのお時間です」

 

 

などと言って、アリーゼのひそめた声が仲間達の耳朶を震わせた。カチャカチャとドアノブの鍵を弄るのはライラであり、見守っているのは暇を貰っているノイン、リャーナ、マリューだ。輝夜はネーゼ達によって強引に外に出されている。きっと今頃、都市を賑わせる有名人になっていることだろう。

 

 

「――よし、開いたぞアリーゼ」

 

「さすがねライラ!」

 

開錠(ピッキング)を完了させたライラが工具箱に道具を仕舞い込み、アリーゼが音を立てずに扉を開け滑り込むように中に入り込む。それに続いてノイン、リャーナ、マリューと来て、最後にアストレアが。カーテンまでしっかりと閉め切り光という光のいっさいを遮断したその部屋は、かつてベルがアルフィアと過ごしていた私室であり、今は客人用の部屋と化しているような部屋だ。アルフィアを亡くしてから泣いてしまうベルのことを思ってアストレア自らが「私の部屋で過ごしなさい」としたが、それでもこの部屋に籠るのはよほどのこと。静かに動き、灯りを付けて、部屋を見渡せばベッドには当然膨らみが。ベルである。全身覆うように潜り込んだのだろう、丸い膨らみが「ここにいます!」と主張しているかのようだ。そっと捲り上げてみれば、バスタオルを握り締めて眠っているベル。風呂上り、そのままベッドに潜り込んだのだ。顔には涙が伝った後があった。

 

「もう、ちゃんと乾かさないとカビができちゃうわ」

 

「いったい何がベル君をここまで追い詰めてしまったというの? こんなにいい子なのに」

 

「【イシュタル・ファミリア】……この子にトラウマを……?」

 

「思い出しちゃったってこと?」

 

違うと思うの……と眷族達の推理にアストレアは心の中で呟いた。「たぶん私が原因なの」なんて言っても「そんな! アストレア様に原因があるなんてこと有りえませんよ!」などと言う可能性のほうが高い。眷族達は何故か【イシュタル・ファミリア】の眷族達に追い回されてできた心傷(トラウマ)が蘇り、こうして引きこもってしまったのだという結論を導き出していた。許せぬ、許せぬぞ【イシュタル・ファミリア】……!

 

 

「アリーゼ、あまりベルを虐めてはダメよ?」

 

「可愛いベルを虐めるなんてとんでもない! 可愛がるだけですよ!」

 

ばちこん☆とウィンクするアリーゼは両手に抱くようにして抱えている()()に視線を落とし、むふふと笑みを浮かべてベッドに上がる。先にマリューが櫛でベルの髪を梳いておりリャーナが顔を拭いてやっている。そこにアリーゼが混ざり、手持ち無沙汰なノインと目を合わせて頷き合う。眠れる子兎は、こうして1匹のバニーさんに変身させられるのだった。

 

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