アーネンエルベの兎   作:二ベル

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ダンまち・リセマラクロニクル。
リューさんとリヴェリアさんだけ出にくかった。



水天日光⑨

 激しい剣舞の音が鳴り響いていた。

凄まじい速度で繰り出される銀閃にそれを真っ向から受け止める円形盾(ランドシールド)。即座に防御から一転、右手に持つ剣にて斬撃を繰り出す。陽光を反射しているのか、剣の剣閃が眩く煌めいていた。雲一つない青空に見下ろされながらサーベルとソードが幾度もぶつかり合い、白髪と金の長髪が風になびく。

 けれど2人の間には当然、圧倒的な力量差が存在し、何度も挑みかかるベルが何度も何度も弾き飛ばされ吹き飛ばされ、叩きつけられていた。激しい鍛錬が、グランドデイからしばらくして、都市の市壁の上で繰り広げられている。

 

「ベル…またステイタス、上がった?」

 

「え? まあ……はい」

 

「そっか……やっぱり、君を相手にしてると…加減が難しい、ね」

 

(やっぱりベルは『足』がいい……アリーゼさん達に教えられたのか防御も、してる…)

 

 

護身くらいは教えられていたのだろう、ベルはアイズとの模擬戦で盾と剣を交互に使っている。ステイタスが伸びしろなのか、加減がイマイチ難しいと思わないでもないが、この時間は妙に楽しい。ベルが肩を上下させ呼吸を乱しているのを確認して、休憩しようと促し壁を背もたれに2人は肩を並べて座った。

 

「アリーゼさん達に、教えてもらってた?」

 

「………いえ、土に埋められて身動き取れない状態で叩かれるとかはあったけど、今みたいなのはなかったですよ。ただ、盾の使い方はアスタさんやノインさん達を見てましたから」

 

「…そっか」

 

前衛壁役(ウォール)のアスタよりも今のベルの戦闘スタイルとしてはノインが一番近いのだろうとアイズはベルに正義の眷族の1人の姿を重ねる。けれど、と金の瞳を細めてアイズはベルの横顔をじっと見つめて考えた。

 

(防御の度に足が止まってしまってる……それだとこの子の敏捷(あし)が死んでしまう…)

 

防御行動と回避行動が合致しない。せっかくいい(もの)を持っているのに、防御の度に足が止まってしまっては勿体ない。

 

(そもそも、ベルに…『直剣』はあってるのかな)

 

使えないわけではないのだろう。彼が大剣やら槌やら猟銃(クロスボウ)……色々と使っているのも知っている。【ロキ・ファミリア】にも複数の武器を使える人物は存在しているしおかしなことじゃない。ただ、それはあくまでも()()()()()()()としての扱いであるはずだ。ベルの敏捷(あし)を考えれば、『防御』から『攻撃』に移行するスタイルは不釣り合いな気がする。敏捷を活かすなら防具も含めて軽量なものが良いのでは……と来て、アイズはベルには『ナイフ』があっているのでは?と、あれやこれやと考えて同じ【アストレア・ファミリア】のリュー・リオンこそがベルの完成形なのでは?なんて思い始める。なにせ彼女は輝夜としのぎを削って白兵戦だってやってのけるし、何より『並行詠唱』の腕前はリヴェリア以上だと聞いたことがある。

 

(『並行詠唱』をこなせるようになれば、敏捷にものを言わせた連撃離脱(ラッシュアンドアウェイ)……空を飛べる魔法を合わせれば……)

 

相手を閉じ込めるような攻撃だって不可能じゃない。1つ目の魔法で数の暴力だって実現できるのなら、きっと化ける。幼かったアイズでは手も足もでなかった魔女(アルフィア)武人(ザルド)で、速度と手数にものを言わせた激しい猛攻(ラッシュ)をこなすようになったベルも、ひょっとすれば同じように……なんて思い浮かべて、恐ろしくも、むふふと育てる喜びに笑みを浮かべた。

 

「くぁ………は、ふぅ」

 

「………?」

 

隣から、可愛らしい欠伸。こてん、と首を傾げてベルに振り向いてみれば、随分眠たそうだ。なんなら船を漕ぎ始めてアイズのいる方とは逆方向に倒れそうになっていた。

 

「…………こっち、だよ」

 

「………は、ぃ」

 

眠る時まで避けられるのは、なんというか寂しい。心の中の小さな幼女(アイズ)達も猛抗議。そりゃあ小さかった頃、彼を泣かせてしまい傷付けてしまい怖がられもしたが、今こうして特訓する仲となっている以上、もうそれは過去のことだ。仲良くなれている、はずなのだ。なら、何も反対側にいくことはないじゃないか。肩に頭を置くなりしてもいいじゃないか。別にアイズは怒ったりしない。なんなら膝だって貸す。いやむしろ貸したい。女神や姉達の膝を枕に眠っているベルの安らかな寝顔も何度だって見ているし、ベルの髪はなんというか触り心地が良さそうなのだ。弟子を育てる師匠が硬い石畳の上で弟子を寝かせ身体を痛ませては保護者に申し訳が立たない。そう、これは仕方のないことなのだ。特訓の最中に居眠りを始めてしまう不出来な弟子に、それでも頑張っている弟子に『飴』を与えなくては。などとなどと自らの正当性を作り出してベルの身体に両腕を回し、彼の頭を膝の上に乗せてやった。膝に乗る頭の重みを感じて、ふわりと風になびく白髪に振れ、心の中の小さな幼女(アイズ)達は「そうそうこれこれ」と頷き合う。口元は笑みに染まっていた。

 

「疲れてるのかな…また、歓楽街(あそこ)…行ってるのかな」

 

それはなんだかおもしろくない。嫌だなあってアイズは思う。女の子と遊んでばかりいるベルはなんだか、らしくないというか、理由は特別にあるわけじゃないがやっぱり行って欲しくはない。歓楽街に行ってナニして疲れているのか聞きはしないが、特訓する体力を残していないとはどういうことだと師匠として、ここは怒るべきなのかとアイズは悶々。ベルのほっぺをムニムニと(つつ)く。それがベルが目覚める5分後まで続いた。

 

 

朝早くから行われていた、最近の日課である特訓も終わって太陽は真上に。2人で階段を下り、適当にお昼を食べよう―アイズのリクエストでじゃが丸君だ―とストリートを歩く。

 

「ベル、並行詠唱はできるようになった?」

 

「少し……でも、アイズさんとしていた時みたいに戦いながらは、まだ、難しいです」

 

もきゅもきゅ、とじゃが丸君を咀嚼しながら―抱きかかえている紙袋の中にはいくつものじゃが丸君があった―アイズはベルに武器のこと、魔法のこと、戦い方のこと、世間話としては少し物騒な内容ではあるけれど、途切れ途切れになりながらそんな会話を交わす。適当な喫茶店に入るなりして席に座り飲食をするのではなく、歩きながら、話しながらの飲食は保護者(リヴェリア)は「はしたない」と小言を言うかもしれないが、屋台で買ったものはやはりこうやって歩きながら食べてこそだとアイズは隣を歩くベルの横顔を見て思った。もっとも、ベルは食べようとしたそばから犬やら猫やら鳥やらと小動物達が近寄ってきては、「お恵みを~」とばかりにウルウルとした眼差しを向けられ、ほとんど食べられてしまったが。普段からあまり変わらない表情で、けれどわかる者にはわかるくらいには浮かべる微笑は思春期を迎えている少年をドキリとさせるには十分で、会話は途切れるし、肩が当たっては離れてを繰り返す。傍から見れば、姉弟に見えるのだろうか…或いは、男女の仲に見えているのだろうか…それは2人にはわからない。

 

「じゃ、ベル。また」

 

「はい、お疲れさまでした」

 

じゃが丸君を完食した頃には冒険者墓地にいて、2人で墓の掃除をして、少し時間を潰して、解散する。アイズはもういない派閥の仲間達へ、ベルはザルドとアルフィアへ。少し寂しさが胸に浮かび上がってきてしまうのは相変わらずで墓地を出るまではアイズからベルの手を取って握っていた。短い別れの言葉を後に手を離す。まだ夕方ではないけれど、かといってどこかへ2人で行くほどでもない。特訓をして体力も使っているし、ベルに無茶をさせて取り返しのつかないことになればアイズもアルフィアや【アストレア・ファミリア】に合わせる顔がなくなってしまう。だから、適当なところで別れるのだ。今日も歓楽街に行くと聞いた時はなんだかイラァとしてしまったけれど、他ならないアストレアが許しているのであれば、他派閥のアイズがあれこれ言う筋合いもない。口角を少し下げ、心の中の小さな幼女(アイズ)達と共にやはり心の中でむきゃー!と文句を垂れ流し、そそくさとその場を去った。

 

 

――女の子を、買おうと思うんです。

 

 

「…………ダンジョン、行こう」

 

交わした会話の中で聞いたその言葉が、チクチクして、気に入らなくって、だけどそれが何なのかよくわからなくて、アイズは本拠には帰らずダンジョンに行くことにした。この日、無実な生まれたばかりのゴライアス君は瞬殺されたという。

 

 

 

 

 墓地を離れていくアイズの背中を見送って、ベルもまた歩みを進めた。春姫の話をしたとき、あまり面白くなさそうにふくれっ面をしていたけれど、幼馴染だからこそなのか、ベルにはアイズの表情の変化がよくわかった。アストレア達も微妙な顔をしていたし、ここの所、連日通っているのだから当然なのだろう。

 

「やっぱり、よくないよね」

 

 逆の立場になってみれば、成る程、気に入らないし面白くもない。アストレアやアリーゼ達が自分とは違う異性(だれか)と仲睦まじくしていたり、ただならぬ関係を持っていたら、きっと怒ってしまうかもしれない。家族を奪われるような感覚だし、好きなものが遠くへ行ってしまう感覚でもあって、だけど、いきなり「もう行きません」と切って捨てるようなことをするのは、なんだか違う気もして、ベルの胸の内はモヤモヤ。結局のところ、何がしたいのかもわからなくて、友人(みこと)が春姫を助けたいと聞いたから協力しているけれど、彼女の近況を報告しているけれど、今のままではきっと、ダメなんだろう。

 

 

「悩んでいるのか、少年」

 

 

背後から、いつか聞いた男の声。

振り返ってみれば、そこには一柱の神がいた。

 

「貴方は……」

 

うっすらと黄昏の色がかった瞑色(めいしょく)の双眸。闇を凝縮したかのような漆黒の髪。そして前髪の一部が帯びる灰の色。ベルは、いつか18階層に行った時にいつの間にかいなくなっていたサポーターの男のことを思い出した。男神は腰に手を当てて薄い微笑を浮かべて、「久しぶりだな、少年」とさも当然のようにそう言った。

 

 

「俺で良ければ、聞こう。 何せ俺は――」

 

 

クソイケメンお兄さんだからな。男神はやはり薄い微笑を浮かべたまま、そう言った。

 

 

 

 

×   ×   ×

星屑の庭

 

 

 

ベルが冒険者墓地にいる同時刻。

【アストレア・ファミリア】本拠、星屑の庭内団欒室では(みこと)と輝夜が言葉を交えていた。内容はやはり、春姫についてだった。

 

 

「春姫殿の身請けを、ベル殿が?」

 

「ああ」

 

「しかし、大丈夫なのでしょうか?」

 

「金の問題なら……まあ、大丈夫だ。金だけなら【ファミリア】内で一番持っている」

 

 

といっても、アルフィアが遺した金だが。さすがに使うのに抵抗があったのか、昨夜アストレア様に相談しだした時は怒られるんじゃないかと怯えていたと輝夜は言う。

 

「もうベルの金だ。だから、どう使おうがあいつの勝手ではあるが……何分、額が額だ。何の相談もなしに使うわけにはいかないと思ったのだろう」

 

「それで、アストレア様はお許しに?」

 

「ああ、任せるわ…と」

 

だから身請けの金の問題は解決している。と輝夜は言って湯呑に入った茶を飲み干した。金の問題はない、ないが、輝夜は「そう上手くいくとは思わんがな」と独り言ちる。何せ、狐人(ルナール)だ。妖精(エルフ)と系統は違えど魔法種族(マジックユーザー)であることに違いはない。【イシュタル・ファミリア】に…オラリオに流れてきた経緯もあらかたベルから教えてもらったが、どうも気に入らない。対面に座る(みこと)はほっと息を漏らしたり、自分は何もせず他人の手で解決されてしまうことに申し訳なさを浮かばせたりとその表情の変化は忙しない。

 

「―――まあ、金で解決する問題だと言うなら、それでいいのだろう」

 

美の女神とお関わり合いになるなんて、御免蒙る。唾を吐き捨てるように呟いて、輝夜は団欒室を立ち去った。ほぼ連日、歓楽街へと行くベルに対して、或いは、自分に会いに来てくれると待っている春姫に対して、或いは、美の女神にまつわる自身の過去を思い出したのか、はたまたそのどちらに対するものなのか、嫉妬心や感傷的なようなものまで滲ませ、誤魔化すように輝夜は頭を掻いて乱暴に扉を閉める。その後ろ姿を見送ったのは、たった1人残された(みこと)だった。

 

 

「輝夜、どの………?」

 

 

×   ×   ×

冒険者墓地近く。

 

 

ベンチに腰をかける1柱の神と1人の少年。

周囲は墓地が近いこともあって、静謐な空気に包まれている。都市の喧騒は、耳をすませば少しくらいは聞こえてくる。

 

 

「若者であっても、たまには墓地でも眺めながら命の有限性を見つめなおしたくなる時もある」

 

「………」

 

「それが幸薄そうな女であれば、なおのこと悪くない……むしろ、クルものがあるとさえ言える」

 

「………」

 

「だがやはり、こんな天気の下で悩みこむのは穏やかじゃあない」

 

「……男神様は、どうして墓地(ここ)に?」

 

墓地(ここ)に来る理由なんて限られているだろう?」

 

「大事な…人でした?」

 

「ある意味では」

 

「大事じゃない時があるんですか?」

 

「そういう意味じゃないさ、1人に献身してはならない時もあるということだ」

 

日差し良し。

風も良し。

昼下がりの午後、頬を撫でる日光の温もりと優し気な風はいっそ昼寝へと誘う女神の手の様で気持ちよく。だからこそ、こんな天気の下で悩むなんてどうかしていると男神は暗に言っているのだろう。男神は一呼吸置いて、また口を開く。左右の手、指の腹同士をくっつけて、青空を仰ぎながら。

 

 

 

「――――ハーレムっていいよな」

 

「――――――はい?」

 

ピヨピヨピヨ。

ホーッホッホーッ。

なんて鳥の囀りが、間抜けなBGMとなって耳朶を震わせ2人の間に流れる微妙な空気を更に微妙なものに変容させた。ベルはチラリと隣に座っている男神の顔を見やったが、男神はどこから取り出したのか被り物を被っていた。とてもリアルは見てくれで、ファンシーさなど欠片もない。山羊……だろうか?

 

「実は、顔を表に出せない身なんだ」

 

「顔を出すとどうなるんですか?」

 

「知らないのか?」

 

こくり、と頷くベルに暗色の毛をした山羊の被り物を被った男神はクツクツと笑っているのか肩を揺らして己の胸に手を当ててベルに向きやって解答する。

 

「モテすぎてやばいことになる」

 

「…………」

 

その被り物を被ったまま僕の顔を正面から見ないで欲しい……いや、その顔を見せないで欲しい、とベルは心の底から思った。悪魔崇拝だとかが世界のどこかにあるが、その手の悪魔はたいてい『山羊』となっているが、はて、何故だったのだろう。

 

(今度、アストレア様に聞いてみよう)

 

女神が困ってしまう質問を思い浮かべた兎。

後日アストレアは「うーんうーん」と頭を悩ませることになるというか答えに困り果てるのだが、それは別の話。

 

 

「まあ俺のことはいい。少年、お前の悩みを聞こうじゃあないか。迷える子羊…じゃないな、子兎よ、汝の悩みを打ち明けたまへ」

 

 

隣の男神にありのままを話してしまっていいのだろうか、という疑念がベルを口ごもらせる。何せ、彼は以前サポーターとしてダンジョンに同行しようとしていたはずだ。けれどいなくなった。そしてそもそも神だった。知らない内に神の道楽に巻き込まれるような気がして、警戒してしまう。アルフィアやアリーゼ達だって幼かったベルに何度も口酸っぱく言っていた。神の道楽に巻き込まれることほど厄介なことはないと。

 

(―――でも、悪い(ひと)じゃないんだよね)

 

そんな気がする、というだけのこと。

隣の男神の顔―被り物だが―はじっと待っているのか微動だにしない。というか、何を考えているのか表情を隠しているせいでまったくわからない。

 

「はぁ………変な事したら、知りませんからね」

 

「ああ、俺とお前の仲だ。安心しろ」

 

何をどう安心しろというのか。

ベルはもう諦めて溜息を吐いて、最近歓楽街に通っていること、1人の少女と過ごしていること、女神や姉達はあまりいい顔をしないのは当然だと理解していること、少女は友人の知己であり助けたいと言う友人の力になれるならと考えていること、いっそ身請けしてしまえば手っ取り早いと思ったが自分で稼いだ金ではないので罪悪感があるということ、もう少女に会いに行くのを止めた方がいいのではないかと思っていること、自分は結局のところ何がしたいのか分からないということ。春姫の名や(みこと)の名は出さず、もやもやと頭の中で渦巻いていることを吐き出した。男神はベルが口を閉ざすまで静かに聞き、噛み締めるように頷いた。

 

「ふむ………作中に存在するヒロイン群に追加ヒロインを入れても良いのかという、非常に重要な悩みだな」

 

「???」

 

「今更だな」

 

男神はまともに助言という助言をする気もないのか、立ち上がり歩き出した。唖然とするベルへと振り返れば、「どうした、行くぞ」と声を飛ばす。

 

「あの、えっと」

 

「聞きはしたが助言するとは言っていないぞ」

 

「…………」

 

 

悪い(ひと)じゃない――前言撤回。

この神、悪い(ひと)だ。

ベルは不貞腐れるように男神の背中を睨みつけ後を追った。

 

「どこに行くんですか?」

 

「決まっているだろう? 娼館だ」

 

「………その、恰好でですか?」

 

山羊の被り物をした男神は恥などないのか、堂々と胸を張り「いかしてるだろう?」なんて言ってはクツクツと笑っていた。

 

 

「そういえば少年、身請けするなんて言っていたが……いくら持っているんだ?」

 

「現金そのままで持っているわけじゃありませんよ」

 

ごそごそと肩から下げているバッグを漁って徽章(エンブレム)を取り出した。『花冠を被った女神の横顔』――つまりは、【ヘラ・ファミリア】の徽章(エンブレム)だ。娼婦の相場は200~300万と言われているがそんな大金を持ち歩けるわけもない。であれば、宿場街(リヴィラ)と同じく証文を作り請求させるのだ。

 

「ほう……【ヘラ・ファミリア】の遺産を持っているのか、すごいな」

 

「正確にはお義母さんのです。だから、ちょっと……その……ずっと使わなかったのに、今更手を付けるのも」

 

「初めて親の金で買うものが、『女』というのもどうかと、気が引けているわけだ」

 

「うぅ…………はい」

 

「ハ、ハハ、ハハハッ、ハハハハッ!!」

 

揶揄うような高らかな笑い声に、イラァとしながら肩を並べて歩き墓場から姿を消した。

 

 

×   ×   ×

旅人の宿

 

 

さて、面倒事の種をどのようにして処理しようか。そんなことを橙黄色の髪にオレンジ色の瞳の男神―ヘルメス―は窓から差し込む茜色の光に横顔を照らされながら、頭を悩ませていた。何枚もの海図や陸路の地図が壁に張り出された旅人の家を彷彿させる室内は、【ヘルメス・ファミリア】の本拠、その神室である。椅子に座るヘルメスは執務机の上にある砂時計や書類の山に瞳を細めながら、基棋(チェス)の駒を指で弄びながら、思案に耽っていた。

 

 

(俺が思っていた以上に、イシュタルの嫉妬が大きく、凄まじい……)

 

 

何より、()()()()()()の保険までかけているときた。運び屋としてイシュタルに『殺生石』を渡したが、まさか自分が出渡した物が2()()()()()()なんて、どうして予想できようか。自分は『予備』を運ばされたのだとヘルメスはイシュタルとの密談の時、知ったのだ。

 

 

(たしか眷族の1人が破壊しようとしていたんだったか……? それを偶然にも防ぐことができた。 『生贄』がまだ生きているのは、その眷族に対する慈悲か?)

 

 

『生贄』を助けようと、馬鹿な眷族が『殺生石』を破壊しようとした。が、失敗した。イシュタルはそんな眷族を見せしめとして『魅了』した。しかしそんな眷族の犯行に対して『生贄』の期日を遅らせる慈悲を与えた―――のだとしたら。

 

 

(その慈悲の期限はもう終わる。殺生石は狐人(ルナール)専用の道具(アイテム)…『生贄』は狐人(ルナール)の娘…)

 

不穏分子(イシュタル・ファミリア)が近いうちに、やらかす。それだけはわかるが、やらかした後に始まるのは?

 

「イシュタルのことだ、フレイヤ様に戦争を吹っ掛けるに違いない」

 

それは決して遊戯(ゲーム)などではない。正真正銘、戦争(ウォー)だ。勝利できる確信がある? だからこそ、仕掛けるつもりでいるのだろう。迷宮都市を舞台として、さらに【フレイヤ・ファミリア】の本拠を攻め込むとして、逃げ場を奪うために囲って潰すのか? ()()()()()()()()()()()()()()()()?

 

「ありえないな、『生贄』1人で倒せるほど……フレイヤ様は惰弱じゃない」

 

なにより、都市内で抗争でも起こそうものなら黙っていない派閥が少なくとも2つは存在する。都市の憲兵たる【ガネーシャ・ファミリア】然り、『正義』の派閥こと【アストレア・ファミリア】然り、だ。別に【フレイヤ・ファミリア】守ろうというそんな意義はないだろうけれど、都市に住まう住民の生死に関わってくるとなれば話は別。仲介し「やるなら戦争遊戯(ウォーゲーム)にしろ」と言うだろう。

 

「けど、それで良しとするイシュタルじゃあない……と言ってフレイヤ様に俺が勧告しても、だからどうしたのと言われるだけだ」

 

嗚呼、いっそアストレア(たま)にチクッて介入してもらおうかなあ。でもなあ……。オレ、そもそも『殺生石』渡した張本人なんだよなあ……。でも仕事しただけだしなあ……。悶々とヘルメスの脳みそは回転し解決策を見出そうとするが、答えは中々でない。

 

「――――――いや、介入せざるを得なくなる、か?」

 

ふと、思い出す数日前のことを。イシュタルに『殺生石』を手渡した日のことを。いたじゃあないか、歓楽街(そこ)に。魅了が効かない少年(ベル・クラネル)魅了の被害にあった娘(ゴジョウノ・輝夜)が。指で弄んでいた駒がコテン、と倒れるのと同時、2人のアストレアの眷族の姿を思い浮かべる。最近、ベルが歓楽街に通いつめていることはヘルメスも聞き知っている。お相手は分からないが、極東出身の輝夜であれば、狐人(ルナール)という希少種族がオラリオにいれば何か、そう、何かを勘づいてもおかしくないのではないか? 勘づけば、放置するわけにはいかなくなってくるのでは?

 

 

「例えば、そう……ベル君のお相手が、『生贄』であったなら」

 

 

コロコロと転がって、執務机から駒が落ちた。

茜色の光に照らされた男神の口元が逆さ三日月のように歪んで、笑みを作る。作る、が…すっと表情を消して背もたれに体を預けて溜息を吐き捨てた。

 

「偶然で片付けられれば悩む必要なんてない…ベル君に魅了が通じないのは、だいぶ前から知られている。フレイヤ様のところに何度も彼は遊びに行っているのが良い証拠だ。イシュタルが知らないわけがない……」

 

 

ガシガシとヘルメスは頭を掻いた。

 

 

 

 

×   ×   ×

歓楽街

 

 

日は傾き、月が顔を出し、都市を照らし出した。

ある者にとって月の光は己の力を増幅させる存在であり、ある者にとって月は今は亡き女神そのものであり、ある者にとってはただの夜道を照らす灯火でしかなく、ある者にとってはただ空に浮かぶだけの球体であり、ある者にとっては死を告げる時計だろう。

 

 

「80%」

 

「?」

 

「月を見てみろ、少年」

 

人差し指が真上に浮かぶ黄金色の月を指す。満月に見えるが、微妙に形が欠けている。男神が言う80%とは、月の完成度を言っているのだろう。

 

「子供達は時々、面白いことを言う」

 

道行く冒険者、娼婦達に奇異の目を向けられるのは山羊の被り物をしている男神であるが、彼は知ったことじゃないとばかりに気にする素振りもない。ベルは反芻するように「おもしろいこと?」と返せば、彼は「ああ」と頷いて続ける。

 

「月の上には兎がいて、餅をついているんだそうだ」

 

「………」

 

「しかし別の所では、月の上では美女が腰を掛けて読書をしていると言うし、またまた別の場所では……巨大の蟹がいるのだという」

 

「美女に、蟹……」

 

「他にも似たようなのがあるんだが、まあいいだろう……俺がその答えを言うつもりはないし、その手の話は下界の住人(こどもたち)が生み出すからこそ、面白い」

 

2人は繁華街で食事を取った後、歓楽街に出向いていた。というか、ベルは男神に半ば強引に連れられていた。変質者…と思わないでもないが、ガネーシャだって象の仮面をしているのだ、山羊がいても別段おかしくはないのだろうと無理矢理に納得させて、ここに来るまでの間、春姫についての話をした。それを噛み締めるように男神は頷き、時に揶揄い、紹介してくれ良い女は抱いておかなくては勿体ないなどと言ってくる。話すべきじゃなかったかなあと溜息をついて、唐突に関係のない話をする男神の話に耳を傾け、興味を持ってしまう。すっかり彼のペースだなあとベルはもう諦めつつあった。繁華街での支払いもベル持ちだし、「せめて荷物くらいは持ってやる」とこれまた強引にバッグを取られ、彼はくるくると振り回す。なんだか悪い兄ができたような気さえした。

 

「では、少年」

 

複数の娼館の前を通り、張見世の娼婦達に声をかけられ、えっちらおっちら、気がつけば遊郭のある区画(エリア)へ。男神は歩みを止め、ベルは此処で解散するのかと思っていたところに被り物を若干ずらして口元を見せた彼は邪悪な笑みと共に言った。

 

「長々と続く舞台の幕を切り替えるとしよう」

 

「?」

 

観客諸君(オーディエンス)はダラダラと続く日常にはちっとも喜びはしないだろう。より、劇的に、刺激的に、圧倒的な見世物(もの)を……望んでいる」

 

「あの……僕、頭が良いわけじゃないので…わかりやすく言ってもらえませんか……?」

 

「―――世界は『英雄』を欲している。人も、神々も……憐れな少女だって、みんなそうさ」

 

「えっと」

 

「悲劇の幕か、喜劇の幕か、それは俺にはわからないが……舞台の幕をぶち上げよう。なあに、安心しろ、お前は()()()()()の息子、どうにでもなるさ。俺達を……俺を、()()驚かせてくれ」

 

「……なんで、お義母さんのことっ」

 

訳が分からないとばかりに眉根を寄せるベルを無視して、男神はベルの胸をトンっと叩くと、やっぱり邪悪な笑みを浮かべ、露出させた口から大きく空気を吸って、()()()()()に響き渡らせるかのように、叫び声を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

「娼婦のお姉さんたちぃいいいいいいいいいいい、僕と、イチャイチャしませんかぁあああああああああああ!?」

 

 

 

それは声真似か、ベルと遜色ない声音で、叫びあがり、とんでもないことを言った男神。「は!?」と思っているところ、嵐のような静けさの後に、地響きが轟き、津波のように薄着の美女達がやってきた。

 

 

「「「「『英雄』の子の子種だああああああああああああああああああ!!」」」」」

 

「あ、これ、前にもあったやつぅうううううううううううう!?」

 

「「「「ベル君、お姉さん達とえっちなことしようよおおおおおおおおおお!!」」」」

 

「ひぃいいいいいいいいいいいいいいい!?」

 

脱兎の如く走り出すベル。

走るしかなかった、走らざるを得なかった。

娼婦達に捕まれば、何か、こう、ベル・クラネルの何かが終わるような気がしたのだ。神々のいう『おねショタ』はしかし、ベルは決して誰でもいいというわけではないのだ。というか誰彼構わずよろしくしちゃっては、それこそ正義のお姉さん(レディ・ジャスティス)達にきっつーいお仕置きをされかねない。ベルは嫌われたくない一心で、夜の街を縦横無尽に駆け巡った。

 

 

「早いな……」

 

あれで本当にLv.2か? とほんのり驚きつつも山羊の被り物でしっかり顔を覆った男神は――エレボスは消えていく背中にもう一度叫び声を上げた。

 

「頑張れよ、少年ーーーーッ!!」

 

さて、行くか。心の中でそう呟いて、エレボスはクールに去る。遊郭の垂れ幕をくぐり、1人の少女の下へと向って行った。くるくるとベルから()()()()()()()()()を振り回しながら。




Q.何故、山羊の被り物?
A.中の人の演じているキャラより
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