アーネンエルベの兎   作:二ベル

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はじまり②。

 

抗争。

それは1柱の神を首領とした、『悪』と『正義』の大規模な戦い。冒険者もそうでない者も少なからず命を天に還した悲しい戦いでもある。

 

とはいえ、オラリオ側にLv.7が2人いることなど知る由もない闇派閥は大慌て。1柱の邪神は「見つからないと思ったら・・・」と肩を竦めて、2人を非難するでもなく笑みを零し、迷宮の中で少女達が神獣の触手(デルピュネ)を討伐している最中にしれっと姿を消した。

 

 

「難易度でいえば、ノーマル寄りのイージー・・・まぁ、それはそれで良い。結果としてアストレアの眷族達はアルフィアという先達がいたおかげで経験値を獲得し、器を昇華させたわけだし、神獣の触手(デルピュネ)という異常事態モンスターは確かに良い経験値になったようだ」

 

 

そんな呟きを知る者はいない。

彼がどこに姿を消したのか、それは誰も知らず戦いの最中に眷族達から目を離せなかった優しい女神は邪神を見失ってしまったことにひどく責任を感じていたし、アルフィアもザルドも何か知った風ではあるものの語られることはなかった。

 

とは言え、2人が積極的に戦ったのかと言われればそうではない。

2人が介入してしまえば、後のオラリオを背負う冒険者が育たないからだ。

協力を求められこそすれ、それは手に負えない場合の最終手段でありアルフィアは基本的に『星屑の庭』でベルと一緒に引きこもっていたしザルドは後続の冒険者達を「弱い」と言って叩いて伸ばしていた。叩いて伸ばして、肉も叩いて、焼いて、料理を作っていた。

 

そうこうしているうちに抗争は終了を迎えて、平和が訪れた。

 

 

「久しぶりのシャバ!」

 

「・・・どこで覚えた、その言葉」

 

「アリーゼさん!」

 

「はぁ・・・」

 

「だいじょうぶ?」

 

「ん? ああ、大丈夫だ・・・お前こそ、この間また熱を出して寝込んでいたんだ。体調はいいのか?」

 

「うん、へいき!」

 

「そうか」

 

 

戦闘の爪痕が未だ残る都市の中をぴょこぴょこと白髪を跳ねさせてアルフィアの前を小走りするベルに、その口から出た言葉の出どころを知ってアルフィアは溜息を吐き捨てる。ベルは抗争時、外で何が起きていたのかを把握しているわけではない。というのも、アルフィア達が見せたくなかったがために外に出さないようにしていたのだ。神の送還という異常事態を本拠の中から見たり、リューが家出したり、少なからず怖かったり悲しいことがあったけれどもトラウマが刻まれることはなかった。なお、リューの家出については後々帰還した際に、友人のアーディを助けるためとはいえ、爆弾を抱えた女児を蹴り飛ばしてしまう咄嗟の行動から『女児蹴りのリオン』という不名誉極まりないあだ名で徹底的に苛められた。

 

「クラネルさん、アリーゼ達がいじめる・・・! 邪神にまで苛められたのに・・・!」

 

「よ、よしよーし?」

 

「邪神に良いように弄ばれたからと言って家出を許容できるか、馬鹿者」

 

「そうよリオン、家出は良くないわ」

 

「うぐぅ・・・!」

 

「そんなことで家出してたら、アストレア様なんて部屋の隅っこで膝抱えて小さくなってるわ! なんて言ったって邪神がどっかに逃げちゃったんですもの!」

 

 

そんなやり取りがあったものの、彼女達は抗争が終わっても忙しかった。

復興の手伝いやら、治安維持のために出張っているのだ。

 

 

「ザルド叔父さん、くださいっ」

 

「ん? ああ、ベルか・・・なんだか久しぶりだな」

 

「お前・・・老けたか?」

 

「45にもなればな・・・いや、違う、違うぞ。俺はそんなに老けてないはずだ!?」

 

「男が歳を気にしてどうする」

 

「お前が言い出したんだろうアルフィア・・・ロキの酒飲みに付き合わせれるわ、こうして外で飯を作れと言われるわ・・・お前達でやれと言ってやりたい」

 

 

天幕を張った場所で配給される食事などを作っているのはギルドを中心とした料理のできる面子。その中にザルドも入れられていた。胸元のハートが刺繍された白のエプロンがチャーミングさを発揮しているが、如何せん身に着けているのが大のおじさんであるため威力は半減している。巨大な、それこそ子供1人入れそうな鍋をかき混ぜ、器にスープを入れてやりベルに手渡しながらザルドはやれやれと雑用係のようなことをされている現状に溜息をついた。

 

 

「【フレイヤ・ファミリア】にいっていると思ったが?」

 

「・・・オッタルのクソガキの相手はしてやっているが、美神の派閥にはいるつもりはない。」

 

 

2人はベルが瓦礫の上にちょこんと座り込んでスープを口に運んでいるのを尻目に近況報告をする。アルフィアは【アストレア・ファミリア】を、ザルドは【ロキ・ファミリア】を。それぞれ後続となる冒険者達を可能な限り強い派閥にする。Lv.7が現状いないとなると三大冒険者依頼とダンジョン最下層への攻略など不可能だからだ。なによりアルフィアとしては自分の死後、ベルを任せるのに【アストレア・ファミリア】が弱いというのは納得できない。尤も、彼女達が決して弱いわけではないのは確かではあるが、もう一段階くらい器を昇華してほしいというのが心情だ。ちなみにオッタルに関しては本人からザルドの元にやって来たため殺す勢いで叩きのめしているのだが。

 

 

「ベルぅ~~外に出てきたの??」

 

「むぐむぐ・・・」

 

「アリーゼ、食事中に抱き着いてはいけない。彼が苦しそうだ」

 

「そういうリオンだって、ベルの頭を撫でてるじゃない・・・初めて触れられる異性だからって、我慢が利かなかったのかしら? もう、このむっつりさんめ☆」

 

「ム、ムッツリ!?」

 

「むぐむぐ・・・むっつりって何?」

 

「それはね、えっちなことを頭の中でいっぱい考えちゃう人のことよ!」

 

「じゃあリューさんが家出してたのは・・・・」

 

「我慢できなくなっちゃったのよ、困った子よねぇ」

 

「ア、アリーゼぇ!!」

 

 

アリーゼとリューがベルを見つけたのか話しかけては、むっつりだとか揶揄われたリューが顔を真っ赤に叫びあがる。そんな光景を、何をやっているんだ小娘共は・・・と若干ベルに余計な知識を植え付けている件について物申したいところではあったが、アルフィアは手提げバックに入れていた羊皮紙をザルドへと渡した。ザルドは「叔父さん、お腹すいた。じゃが丸君も入れて」とか言ってきた金髪幼女に「入れていいのか?」と言いながらもじゃが丸君をスープの中に入れた物を渡して、片手で羊皮紙を受け取り目を向けた。

 

 

×  ×  ×

ベル・クラネル

Lv.1

力:I 0

耐久:I 0

器用:I 0

敏捷:I 0

魔力:I 0

 

■スキル

雷冠血統(ユピテル・クレス)

・早熟する。

・効果は持続する。

・追慕の丈に応じ効果は向上する。

 

 

 

 

 

×  ×  ×

 

 

ザルドは羊皮紙を見つめるのをやめて、「見せて!」とジャンプしている金髪幼女の頭を押さえてアルフィアに目を向ける。

 

「おい」

 

「・・・・」

 

「稀有なスキルだな。」

 

「・・・・」

 

「見せて!」

 

「五月蠅い」

「喧しい」

 

「ひぐぅっ!?」

 

しつこくぴょんぴょん飛び跳ねて誰か(ベル)のステイタスが記載されている羊皮紙を見ようとするアイズにザルドがチョップ、アルフィアが拳骨をかます。頭頂部を貫通して全身に響き渡る衝撃に金髪幼女は呻き声のような悲鳴をあげて、体をぐわんぐわん揺らした。超短文詠唱よりも早い、されど加減された打撃が金髪幼女を襲ったのだ。

 

 

「神々に知られれば間違いなく取り合いになるぞ」

 

「知っているのは私達を除けば主神のアストレアだけだ。問題ないだろう」

 

 

アルフィアはザルドの持つ羊皮紙を回収し、視線の先で、姉貴分にちやほやされているベルを収めながら心配するように溜息を吐く。

 

「成長補正・・・俺達の時代にあればどうなっていたものか」

 

「たらればなんぞ、言うだけ無駄だろうに。それにあの子が『冒険者』になるかは別の話だ。」

 

「・・・平穏に生きてほしい、だったかお前の望みは」

 

「・・・・」

 

「ベルはスキルを知っているのか?」

 

そもそもベルに『恩恵』を与えるのを許可したことがザルドとしては意外だった。

度々「英雄にならないといけない」と焦るようなことを言うベルをアルフィアが心配していたのは知っていたし、だからこそ、『冒険者』にはしないと思っていたからだ。

 

しかし、アルフィアは抗争中、仕方がないとはいえ碌に外出ができなかった――我慢させていたこと、7歳になったことも含めて何か欲しいものでも与えるかとベルに希望を聞いたところ「お義母さんと同じのが欲しい」と言われてしまったのだから、がっくりと折れるしかなかった。背中に刻んだ『恩恵』を嬉しそうに見せてくるベルを見て複雑なものを感じながらも妹譲りの笑みを浮かべる甥を見れたのは嬉しくはあった。

 

「いや、あの子にはただ『恩恵』を刻んだだけでスキルについてはそもそも知識がないから知らない。鏡越しに『恩恵』を見て満足しているらしい」

 

「ほう」

 

「だが念のため、見られてもいいように文字を潰したものを羊皮紙に写してもらった」

 

「アストレアにも、小娘共にもベルをダンジョンに入れるなとは言っている。私達の存在があの子を焦らせる要因となって無茶をされては堪ったものではないからな」

 

「まだ10にもなっていないガキをダンジョンに入れるか?」

 

「それをいつの間にかベルの横に座って食事をしている娘にも言ってみろ」

 

「・・・・・」

 

 

いつの間にかベルの隣に座り込んでスープを口に運ぶ涙目の金髪幼女。

その頭頂部に出来上がった立派なたんこぶにアリーゼが「ぶふぉwww」と吹き出し、たんこぶをちょんちょんと突くたび睨まれていた。

 

 

「まぁお前自身、若くしてLv.7に至っているのだから他人のことは言えんか」

 

「私はあの子には剣を握らなくていい人生を歩んでほしい」

 

「だからと言って縛るつもりはないのだろう?」

 

「当然だ。これはあくまでも私の希望、あの子を縛っていい理由にはならない。だからこそ、私達がいなくなった後―――あの子を任せられる者達をより強くしなくてはならない」

 

「【アストレア・ファミリア】はお前のお眼鏡に適ったのか?」

 

「さぁ・・・どうだろうな」

 

 

食事を終えたベルを、隣に座っている金髪幼女が「じぃー・・・」と見つめ、ベルが困ったようにアルフィアに視線を送ったりアリーゼやリューの顔を見やったりキョロキョロ。

 

「・・・・体の方はどうだ」

 

「あの子は、問題ない。体が弱いのは今だけだろうと言われた・・・この後も治療院に寄っていくつもりだ」

 

「お前の方は」

 

「・・・・薬は貰っているがいつまで効果を得られるかわからん」

 

「お互い似たようなものか」

 

 

互いに、治療院から処方された薬を服用している。

少しでも長く、ベルといるために。

それでも治療の効果が出ているわけではなく、進行を遅らせている程度。

改宗した際に新しいスキルが発現することもなく、タイムリミットは少しずつ迫ってきているのを日々、2人は身を以て感じている。残りの時間で何ができるか、何をしてあげられるのか、あいつはきっと泣くんだろうな。そんなことを言いながら金髪幼女に強引に頭をモフられはじめたベルをそろそろ救出してやるか、とアルフィアは一歩前進。

 

「あいつと思い出作りでもするか? そうだな・・・ゼウスと同じように『神聖浴場』でも・・・待て待て待て、冗談だ、やめろ!? ゴミを見る目で目潰しをしようとするな!? 必殺の一撃みたいにピースから繰り出そうとするな!?」

 

俺はそんなことする気はない!! 断じてだ! 冗談で言ったザルドに対しアルフィアは「でもお前は【ゼウス】だろう」と極寒の眼差しで人差し指と中指で目潰しを繰り出す。それを首を右に、左にと動かして躱すザルドは必死に弁明。Lv.7の謎の攻防に周囲の冒険者は「おぉー」と感嘆の意を零している。「そもそもベルの奴は、お前や『正義』の眷族共に入れられているんだろう!? 覗きなんてする必要ないだrrrrってやめろ!?」と焦る焦る。アルフィアは断じて、ベルの父親のような醜聞塗れの男に育てるのは断固拒否なのである。

 

 

「はぁ、はぁ、はぁ・・・・・」

 

「・・・・」

 

「いい加減、あそこで困っているベルを何とかしてやれ」

 

「・・・女神に小娘共に、ゼウスがいたら嫉妬しそうだ」

 

「まぁ糞爺(ゼウス)でさえ敬意を表していた女神だからな」

 

「はぁ、やれやれ」

 

 

アルフィアは金髪幼女に「君、どこの子?」なんて言われてまじまじと見つめられ困惑しているベルを救出しに向かう。

 

「ベル、そろそろ行こう」

 

「あ、お義母さん・・・うんっ」

 

「・・・おばさん、この子d―――ふぎゅっ!?」

 

 

つい先ほど拳骨を喰らった幼女の頭に福音拳骨(ゴスペルパンチ)が見舞われた。

ドゴッッ!! と。

金髪幼女の頭からヤバイ音が鳴った。

瞬きの間とかそんな次元じゃない神速の拳は『殴られた』という結果だけを残し、ベルは肩を揺らしてビビり、金髪幼女はぐわんぐわんと頭を揺らす。「わぁ、お星さまがいっぱぁい」なんて言ってすらいる。

 

「誰がおばさんだ? ん?」

 

「お、お義母さん、殴って大丈夫なの?」

 

「ああ、この小娘は頑丈に・・・いや、特殊な訓練を受けているから問題ないんだ」

 

「きゅぅぅ・・・」

 

「きゅぅぅって言ってるよ?」

 

「小娘共、こいつを連れていけ」

 

「え、えぇー・・・」

 

「アルフィア、さすがに私達はもう小娘と言われる年齢ではありません」

 

「どこぞの王族(ハイエルフ)と比べれば貴様なんぞ小娘であることに変わりなかろう?【疾風】」

 

「リ、リヴェリア様を侮辱するようなことを言うなぁ!?」

 

「私はまだ一言も【九魔姫】とは言っていないが?」

 

「うぐぅっ!?」

 

「リオン、貴女の後ろに【九魔姫】がすごい顔して見てるわよ?」

 

「ひぃっ、ち、違うんですリヴェリア様っ!? こ、これはッッ―――っていない!?」

 

「ぶふぉwww」

 

「ア、アリーゼぇ!?」

 

 

目を回す金髪幼女を背負ったアリーゼはリューを連れて彼女の保護者の元に向かい、アルフィアはベルの手を握ってその場を去る。ベルは久しぶりの外出が嬉しかったのか、周囲をキョロキョロ見渡していた。

 

 

「この間まで、戦ってたんだよね?」

 

「・・・ああ」

 

「みんな、なおる?」

 

「オラリオにいる連中は存外しぶとい。その内、都市の復興も終わるだろう」

 

 

それでも、天に還った者達が帰ってくることはないだろうけれど。

その辺り、ベルが理解できるかと言われればきっと難しいだろうとアルフィアはどういう言葉を使うべきか迷って結局何も言えずに終わる。

 

 

 

×  ×  ×

【ディアンケヒト・ファミリア】治療院

 

 

「はい口を開けてください」

 

「あー」

 

「・・・はい、もういいですよ」

 

 

都市を一通り見た後、アルフィアはベルを連れて治療院に足を運んでいた。

自分の持つ不治の病のこともそうだが、血を引いているベルもまた同じように病を患ってしまう可能性があるのでは?という懸念から定期的に来るようになっているのだ。ベル自身、暮らしていた田舎から都市に来たことで環境の変化についていけなかったり、「英雄にならなきゃいけない」と焦ったりと幼いくせにストレスを抱えてしまうせいで病弱とは言わないが体が弱く、つい先日も熱を出してしまっていた。これではアルフィアも安心できなかったのだ。

 

精緻な人形という言葉が真っ先に思い浮かぶ小柄な少女が、ベルと対面する形で椅子に腰かけ健診する。ベルも華奢だが、アミッドと呼ばれる少女はベルと年上であるにもかかわらず小柄でその彼女の仕事ぶりは文句なしなのだが、やっぱり『お医者さんごっこ』している感がすごかった。アルフィアは思わず変化のない表情でありながら笑みを堪えるように唇をぴくぴくと痙攣させてしまう。

 

 

「あの・・・私は真面目にやっていますので、笑われるのは」

 

「・・・いや、すまん」

 

「先日、ベルさんが熱を出されたそうですが?」

 

「ん? ああ、ただの風邪だった」

 

「そうですか・・・念のため、薬を出しておきましょうか?」

 

「ああ、頼む」

 

「アミッドちゃん、もう服着てもいい?」

 

「『ちゃん』じゃありません、私、貴女より年上なんですよ?」

 

「えっ」

 

 

だって、僕とそんなに変わらないじゃないですか。なんて言おうとした兎に反応して、アミッドはデコピンで黙らせた。「ふぎゅっ!?」という呻き声が聞こえた気がしたが知らない。知らないったら知らない。仲良くしてくれるのは嬉しいけれど、大人しく診察を受けてくれるのは大変ありがたいことだけれど、それとこれとは別なのだ。女性はいつだって若く見られたい、けれど、子ども扱いされるのは嫌。非常にデリケートなところに兎が片足つっこみかけたのが悪いのだ。

 

アミッドはベルに上着を着るように促すと、そそくさとベルのカルテに心音から血圧から何から「異常なし」と描き備考欄に「ちょっと生意気」と書き記した。診察室を出て、たまに咳をするらしいベルに念のため、そしてアルフィアの持病のため2人の薬を用意する。真面目に仕事をこなしているだけなのに、容姿のせいか、どうしても背伸びしているお子様感が出てしまうアミッドに・・・なんならお立ち台まで使っているところに、やっぱりアルフィアは堪えきれないものを感じてぷるぷると肩を震わせてしまう。

 

 

「手伝おうか?」

 

「ムッ・・・結構です。お客様に仕事を手伝わせるなんて、あってはいけないことですので。ええ、どうぞどうぞそこでお座りください?」

 

「アミッドちゃん、足ぷるぷるしてるよ?」

 

「へっ、きゃっ、なんで入ってくるんですか!?」

 

 

いつの間にかカウンターへと入ってきたベルがアミッドのお立ち台を押さえていた。

お立ち台の上でつま先立ちになって、ぷるぷるしていたアミッドは動揺のあまりバランスを崩しベルを押し倒す形で倒れてしまう。「むぐぅ!?」と潰れた兎の悲鳴がアミッドの胸元で聞こえた気がしたが、アミッドは転んでしまったことが何より恥ずかしかった。

 

 

「ああ、ベルさん!? 大丈夫ですか!?」

 

「きゅぅぅ・・・」

 

「入って来てはダメなんです! 関係者以外立ち入り禁止なんです! 守ってください!」

 

「ばぁい・・・」

 

顔を押さえるベルの手を退け怪我をしていないか慌てて確認するアミッドはしかし、貴方が悪いんですよと注意は忘れない。懐いてくれるのは嬉しいが、ダメなものはダメなのだ。

 

 

「・・・大丈夫か、2人とも?」

 

「らいじょうぶぅ・・・」

 

「だ、大丈夫です・・・アルフィアさんも、ベルさんが勝手に入ってこないようにしてください。久しぶりに顔が見れたのは嬉しいですが、入ってはいけない場所に入られては困ります」

 

「ああ、気を付ける。 ほらベル、もう用も済んだ、帰るぞ」

 

「もうおしまい?」

 

「なんだ、行きたい場所でもあるのか?」

 

「・・・・ない」

 

「なら、帰ろう」

 

「はぁい」

 

 

ブンブン、と手を振るベルにアミッドは軽く手を振って返した。

 

 

 

×  ×  ×

夜『星屑の庭』

 

 

眷族達は帰還し食卓を囲っていた。

1日の報告、雑談も混ざった賑やかな食事だ。

田舎で暮らしていた頃を思い出せばアルフィアによってまるでお通夜のように美味しいザルドの料理も味を感じないレベルには静かだったのに、オラリオに来てからは賑やかでアルフィアもあまりそれをとやかく言うことはなかった。

といっても、アルフィアは特段話を振られない限り会話に交じることはなかったが。

 

 

「【九魔姫】に怒られたわ!」

 

「お前達、アイズに何をした!? と言われました」

 

「他人のステイタスを覗き見ようとしたあの小娘が悪い」

 

「おこちゃまに責任を負わせるのはいかがなものかと」

 

「個人情報だろうに。今度あの年増が文句を言うようなら【ロキ・ファミリア】では個人情報を盗み見るように教育しているのかと言ってやる」

 

「頼むから抗争の原因にだけはしないでくれよ」

 

 

案の定、アリーゼが金髪幼女を連れ帰った際保護者である【九魔姫】――リヴェリア・リヨス・アールヴには「何事だ!?」と詰め寄られた。ベルとの会話(可愛がり)に夢中になっていたアリーゼ達は説明しようにもできず、「えっとアルフィアが、えいやってやりました!」と雑な回答。これには保護者ご立腹。リューが「違うんです、ちゃんと見ていなかった私達も悪いんですが、彼女がベルになぜか詰め寄っていたがために!?」と補足するが、結局わからないものはわからない。「何をした!?」とやっぱり言うしかなったのだ。何せ、たんこぶを作って目を回している幼女を運ばれては抗争が終わったとはいえ心配せざるを得ない。なぜか幼女に喧嘩を売ってくるどこぞの美神のヒキガエルがいたりするのだ、保護者は神経質にもなる。

 

しかし、そんなアリーゼ達の報告をアルフィアは一蹴。

ああ、だめだこの人、たぶん謝ったりしないんだろうな。「私悪くないもん」でグーパンで黙らせるんだろうな。そう【アストレア・ファミリア】の少女達は『大魔導士対戦(ママ・バトルロワイヤル)』に発展しないことを切に願うしかなかった。いやまぁ仲間同士酒を呑みながら「実際【静寂】と【九魔姫】はどっちが強いの?」という話題にならないわけではないが、エルフ2名が苦しそうに「リヴェリア様に決まってる」とか言うが、2人が戦っているところを見たことがない彼女達はほんのちょっぴり気になってしまう。気になってしまうが実際に戦われたら被害がどうなるかわかったもんじゃないし、管理機関(ギルド)からのペナルティを受けるのは嫌だから、勘弁してほしい。

 

 

「はいベル、あーん」

 

 

しかしその心配を余所に、女神の平和そうな顔が目に映る。

ナイフで切り分けた肉をベルの小さな口元へ運んでいた。

それはもう、ニッコニコで。

 

「お、おかあさん・・・」

 

ベルはそんな女神の仕草に、嬉しいような恥ずかしいような、いや、お姉さんたちが見てるからすっごく恥ずかしいんだけどアルフィアにどうしたらいいのかと、というかアルフィアに一番見られたくなかった。女神に甘えている姿なんて。

お前、甘えるのか・・・私以外の女に・・・とか、若干冷たい視線を送られたら立ち直れる気がしないのだ。黙々と食事をとるアルフィアにどうしたらいいのかと助けを求めるもアルフィアは特に表情を変えるでもなく

 

 

「ちゃんと食べろ」

 

 

そう返すだけだった。

ぐいぐいとアストレアが唇に肉を押し当ててくる。

ベルは恥ずかしそうに呻いて、ニヤニヤしているお姉さん達に顔を赤く染めてぱくり、と食べた。

 

「むぐむぐぅ・・・」

 

「ふふ、ベルがいるだけで癒されるわ」

 

「むぐぅ・・・」

 

「戦いの最中とはいえ、エレボスが消えていることに気づけなくてやいやい言われると思っていたのに「え? 別にアストレア様悪くなくね?」みたいに言われたけれど、私はわりとショックだったわ。でもいいの、ベルがいてくれるだけで私の心は回復したわ」

 

「むむぅ・・・」

 

 

まるでひな鳥に餌をやる親鳥のように、料理を次から次へと運んでいく。

アストレアはそれはもう落ち込んでいたのだ。

闇派閥側の邪神達、その1柱がすぐ近くにいたのに逃がしてしまったのだからそれはもう落ち込んだ。なんというかこう、眷族にちょっかい出され、良い様にセクハラするだけして消えていったみたいで気分も悪い。部屋の隅で膝を抱え込んでいる姿に眷族達はそれはもう「嗚呼、おいたわしやアストレア様・・・」と悲しみ、癒し飼兎(ベル)を投入。ラビットセラピーに踏み込んだのだ。部屋に投入された数分後、アストレアに抱き枕にそうするように抱きしめられ、なんならスーハースーハーされているベルの姿がそこにはあった。女神様、復活の瞬間である。これにはアルフィアも「うわぁ」と言わざるを得なかった。

 

そして現在、アストレアはニッコニコしながらベルに餌付けしていた。

 

「はいベル、スープも」

 

「んっぐ、んぐっ」

 

「あとで一緒にお風呂、入りましょうね?」

 

「んぐぅ・・・」

 

「よかったわねぇベル~」

 

「アリーゼさんからかわないでぇ!?」

 

「いいじゃない別に、役得よ役得。湯船に浮くアストレア様のお胸をちゃぷちゃぷ突いたり撫でたり揉みしだいたり・・・うん、私も入るわ!」

 

「イスカ達がベルの寝間着を買ってきてくれたし・・・ふふ、着せ替えるのが楽しみ」

 

「ほう・・・詳しく聞かせろ」

 

「お義母さん!?」

 

 

会話に混じってきたアルフィアにベルが驚く。

ベルの新しい寝間着がよほど気になるらしい。というのも、度々少女達が「これ、あの子に似合うと思うの!」と買ってくることがあった。中には明らかに女性ものがあったが、なんなら白髪のウィッグもあったりしてアルフィアはひそかに親指を立てたりもしたが、うっすら涙をためるベルの姿に(メーテリア)を見た気がしたが、なにかこうアルフィアの中で定期的にベルにその手の恰好をさせようかと思うほどには刺さっていた。

 

 

「今回はね、市場(バザール)でアルミラージの着ぐるみパジャマがあったらしいのよ。もこもこしていたわ」

 

「ほぉ」

 

「ぼく、おもちゃにされてる」

 

「仕方ないわベル! 末っ子はね、そういう運命を辿るのよ! リオンだってベルが来るまで末っ子でみんなの玩具だったんだから! メイド服着せて見たり、恥ずかしい恰好とかいっぱいさせたわ!」

 

「リューさんがメイドさん・・・メイドさんってなに?」

 

「なんでもしてくれる人のことよ」

 

「リューさんなんでもしてくれるんですか!?」

 

「言い方ァ!?」

 

「あれ、でも待って・・・ベルは末っ子だけど・・・アルフィアも後輩みたいなものよね? うん、そうよ。末っ子が2人みたいなもの。つまり、アルフィアに何をしても許されるんじゃ―――」

 

「【福音(ゴスペル)】」

 

 

冒険者としては大先輩だとしても、派閥内でいえばアルフィアは後輩。

ならば、先輩の言うことは絶対では?

それなら、いつものドレス以外の恰好をさせてもいいわよね?

そんなアリーゼの思惑は、3秒も満たない刹那の音の暴力でかき消された。

『星屑の庭』には風穴が空き、アリーゼは庭で瓦礫の中に埋まって静かになった。団員達は哀れな団長に黙祷を捧げながら、「明日【ゴブニュ・ファミリア】行ってくるわ。修理頼まねえと・・・」というライラによろしくと頭を下げる。アストレアはびっくり仰天ベルを抱きしめているし、ベルは視界から消え失せたアリーゼに故郷での暮らしを思い出してフリーズした。

 

 

「懲りないな貴様も・・・・・」

 

 

瓦礫の中で親指を立てながら静かになった団長に涙を禁じ得ない団員達。

涼しい顔するアルフィアは何事もなかったかのようにフリーズしているベルの頭を撫でる。

 

 

「ベル、私達もお前で遊んでしまっているが・・・そうだな、欲しいものがあるなら、言ってみろ」

 

「・・・・欲しいもの?」

 

「ああ、なんでもいいぞ? 金ならそれなりにあるからな」

 

 

派閥の金じゃねえだろうな、と言いたくなったが抗争の間碌に外も出ずに本拠で留守番してくれていたのだから少しくらいはいいだろうと黙り込む。ベルは少し考えるようにして、アルフィアを見つめながら口を開く。

 

 

「叔父さんとお義母さんが元気になるお薬が欲しい!」

 

「―――っ」

 

 

良い子!!

まっすぐなベルの願いに、姉達は浄化されるアンデッドの気持ちを理解した。

それが叶うことがないことを知るアルフィアは嬉しい反面、苦虫を嚙み潰したように申し訳なくなってベルのことを抱きしめた。ベルに気づかれないようにしていても、子供というのは大人が思う以上に時折勘が鋭い。2人がいなくなるまで、そう長くはない。

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