アーネンエルベの兎   作:二ベル

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アルターエゴ


水天日光⓭

都市が魅了されて3()()()

 

 先日までの雨は身を潜め、雲の合間からは金光輝く月が顔を見せていた。都市の喧騒はいつもと変わらず、何が起きたのか知りもしない。日課の日銭稼ぎを終わらせたならず者や、ダンジョン探索を終えた冒険者達は収入を酒代に変えてどんちゃん騒ぎ。殴り殴られはよくあることで、眷族にいらんちょっかいをしでかした神の悲鳴が木霊するのもしょっちゅう。これがオラリオ。これもオラリオ。そんないつもの迷宮都市を他所に、夜闇を駆け抜けるのはベルだ。

 

「おかあさん、人が飛んでるっ!」

 

 頭上遥か、月を背景に飛んで行く人影を目にした子供が母親の手を引っ張って空を指さすがもうそこに人影はおらず母親は「はいはい」と流す。神から『恩恵』を授かった眷族は常人の域を脱している。建物の屋根に飛び移ることなど容易いことで、だからこそ気にしないのだ。まさか、自分達の頭上を金色の装具を身に付けた白兎を彷彿させる少年がいるだなんて、思いもしないだろう。

 

 

「ベル、まずは『形』をとれ」

 

「………形?」

 

「ああ、英雄を演じるのであればまずは『形』を求めるんだ」

 

 

それは2人きりのささやかな晩餐をしている時のことだった。素晴らしい戦績を共に残そうぜ!なんて男神(カロン)は言ったが、具体的には?と言ったところで彼は大量のじゃが丸君の山から1つ手に取り咀嚼しながら言ったのだ。

 

「ベル、人は『英雄』を何で判断すると思う?」

 

問いかけてくる男神の横顔に、ベルは眉を怪訝の形に曲げた。

 

「……力とか、偉業とかじゃ、ないんですか?」

 

「否定はしない。しかし初見で判ずる時、人はまず『形』を見る」

 

つまりは『外見』と『声』だ。とカロンは悪巧みする神よろしく笑みを浮かばせながらベルに語らう。

 

「言葉を突き付ける時、意志を訴える瞬間。あらゆる時に『形』は重要なものだ」

 

「『形から入る』ってやつですか?」

 

「まあそんなところだ。逆に言えば、それさえ満たしていれば、中身がその実『道化』であったとしても、『英雄』と信じてもらうことはできる」

 

「……『英雄』と、信じてもらう……」

 

「お前の話に出てきた『ハルヒメ』なる娘。その少女との馴れ初めも含め、お前の行動はそれを満たしてしまっていると俺はそう、思う」

 

とにかく『形』だ。『形』を何とかしろ。最後には雑に指についた塩と衣をペロリと舐めてカロンは言った。

 

「金ならある、ほら」

 

そっと差し出されるのは最凶の女神(ヘラ)徽章(エンブレム)。目を丸くするベルは両手で受け取るとまじまじと顔を近づけ確認し、胡乱気な眼差しを容赦なくカロンへと向けた。

 

「失くしたと思ったら……いったい、どこでこれを?」

 

「何を言っているんだお前は…」

 

やれやれと肩を竦ませ、呆れたようにカロンは膝の上で肘をつき、指の腹同士をくっつけて続ける。

 

「【ファミリア】の金だろう? 眷族(おまえ)(おれ)に渡したんじゃないか、いくら病み上がりだからってボケすぎじゃないか?」

 

「…うーん」

 

「まあとにかく、金は腐るほどある…お前が集められない物は俺が集めよう」

 

 

それがカロンと出会った晩の話だった。

装備や必要な道具(アイテム)を揃えるのに丸1日使って、そして3日目の晩。ベルは歓楽街へ向けて宙を駆けていた。

 

 

×   ×   ×

女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)

 

 

 繁栄を象徴するかのように賑わう広大な都市、そのとある一角では並んだ建物の間から、様々な快楽が混ざり合う嬌声が漏れていた。時に激しく、時にひそやかに交わされるのは、享楽を貪る男と女の声だ。揺れる灯りによって窓や壁にうっすらと浮かぶ二つの影絵が、寝台の上で絡み合っていた。あらゆる情欲を金へと換える、無数の娼館。都市のどの場所とも毛色が異なる『夜の街』は、まるで他の通りや区画から切り離されたかのように灯りを抑え、妖しげな雰囲気を漂わせていた。

 

「さぁお前達、客をもてなせ! 今夜もまた、愛を好きなだけ貪るがいい!」

 

人々が欲望に耽る娼館街。

その中で最も高い宮殿の最上階に、彼女はいた。

金銀を使った冠、耳飾り、首飾り、胸飾り、腕輪と足輪。衣料と呼べるのは腰帯と腰布、そして豊満な乳房を隠す僅かな帯びしかない。瑞々しい肢体にくびれた腰を始め、男を誘惑する褐色の肌を惜しみなく晒す姿は、国を亡ぼすとされる傾国の美女をも上回る神の美貌を誇っていた。事実、異性だけでなく万人を虜にするその身体からは、むせ返るような甘い香りが漂っている。

 

美神イシュタルは最上階の部屋を出ると、階下にいる大勢の団員―娼婦―に向って、手すりの位置から声を張った。愛らしい少女から肉惑的な女性まで、娼婦(アマゾネス)を中心とした団員から盛んな叫声が上がる。妖艶かつ情欲をそそる娼婦達を眼下に、イシュタルは笑みを浮かべた。女神の号令のもと娼婦達は一斉に動き出した。その色香を持って男を招き、誘いだし、目に敵う雄を好きなだけあさる。男達は己が獲物であることに気付けない。快楽に酔いしれるまま多くの金貨、多くの情報、多くの代償、そして愛さえも支払い、彼女達に貪り食われていく。退廃と淫蕩を象徴した古の都のように、至る場所で享楽の宴が開かれるのだ。

 

「アイシャ、あたしらは?」

 

「……儀式の準備に決まってるだろう?」

 

同族に声をかけられたアイシャは、「私らは別件だろう?」と男を漁りに行こうとしていたアマゾネスの女に溜息交じりに言うと、イシュタルのいただろう上階に目を向けた。

 

「娼館は通常通り運営する。誰も気づかない間に儀式は終わる」

 

「でもよー……『殺生石』の儀式が終わって、あたしらは誰と戦うってんだ?」

 

「…………」

 

「そうそう! だって、【フレイヤ・ファミリア】ってもう潰したんでしょ?」

 

まだ少女という言葉が合うアマゾネスの少女がひょっこり首を出して言う。はて、何を目的とした儀式だったか些か疑問が浮かぶところではあるが、まあなんにせよ神命とあれば眷族は従わざるを得ない。いそいそと、情欲を我慢しなくてはいけないことに少しばかりの不満を抱きつつも儀式場である空中庭園へと向って行った。

 

 

「阿保が行ったぞ」

 

「阿保共が行ったな」

 

「俺達は潰されていたらしい」

 

「「「早く成仏してくれアルフリッグ」」」

 

「勝手に殺すな!」

 

そんなアマゾネス達を見送っていたのは物陰に潜んでいた4人の小人達。同じ顔の彼らは四兄弟であり()フレイヤ・ファミリアの冒険者【炎金の四戦士(ブリンガル)】だ。

 

 

「私の派閥はイシュタルに潰されたということにしておくから、貴方達はしばらくイシュタルの派閥に取り込まれたという体でいなさい。え、しばらくっていつまでかって? さあ、ベル次第じゃないかしらね、うふふ」

 

うふふじゃねーよ案件ではあるが、つまりはそういうことらしい。四兄弟は溜息をついて心の中で1人の白兎に唾を吐いた。はやくなんとかしろよコラァであった。

 

「猫はどうした」

 

お魚咥えてどっか行った(に・げ・た)

 

「ヘディンとヘグニは?」

 

「ヘディンは眼鏡の調子が悪いと言って旅に出た」

 

「見え見えの嘘をつくな、眼鏡くらいどこででも買えるだろう!?」

 

「ヘグニは「む、むむむむ、むりぃ!?」とか言って【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】にサイン貰いに行った」

 

「働け…ッ」

 

四兄弟内で交わされる情報の羅列にアルフリッグはツッコミをぶち上げた。あいつら揃いも揃って逃げやがったなこんちくしょう!であった。まさかあの猪も!?とアルフリッグが言いかけたところで声がかけられた。

 

「お前達、そこで何をしている?」

 

「「「「いたのか、オッタル」」」」

 

「…………」

 

筋骨隆々の猪人の武人が、彼等の背後に立っていた。イシュタルの眷族らしくしているのか半裸であり、そのむさ苦しさは同性である四兄弟をしてもげんなりするほどで、その分厚い胸筋仕舞えよ頼むからと言いたくなるほどであった。オッタルはそれが痛いほど伝わって来たのか押し黙り、小さく嘆息しながら天井を指さし口を動かした。

 

「配置につけ」

 

「「「「!」」」」

 

「【探索者(ボイジャー)】が、来る」

 

「3日か」

 

「神イシュタル、3日で頂点終了」

 

「極東の言葉でなんと言うのだったか」

 

「しかし、魅了自体はどう解除するつもりだ? フレイヤ様が解除なされるのか?」

 

「…………」

 

何も言わないオッタルに、というか言外に「動け」と言いたげな眼差しに四兄弟は面倒くさそうに装具を確かめながら空中庭園へと向って行った。彼等はイシュタルの眷族になったことになっている現在、儀式が行われている際に他派閥からの余計な邪魔が入った場合のための警戒の任を与えられていた。

 

 

 

「タンムズ、フリュネはどうした?」

 

「先に空中庭園に」

 

「春姫は?」

 

「今、別の者に連れて行かせています」

 

「よし、時間が来たらすぐに儀式を始めろ」

 

「…しかし、何故娼館は通常通りに営業を?」

 

「休業させる意味がないからだ。通常通り営業し、儀式を終わらせる方が怪しまれず、邪魔もされず手っ取り早い。なにせ犠牲になるのは名簿にはない団員なのだからな。知っている者がいたとしても同郷の者、春姫の元へやって来た男共くらいだ。故に私は、ゴジョウノ・輝夜というアストレアの眷族を『コノハナノサクヤヒメ』という役割(ロール)を与え、春姫という娘の情報を改竄した。この都市には現れてはいない、と」

 

「ゴジョウノ・輝夜が反旗を起こすということはないのでしょうか」

 

「あれは今、サクヤヒメなんだ。むしろ騒ぎを起こす賊が現れた場合に鎮圧にかかる私にとって都合の良い正義の使者になってくれる」

 

「刀を振るって襲い掛かる美の女神……」

 

「仮に私の魅了が破られるようなことがあったとしても、後の祭り。【アストレア・ファミリア】にできることはないだろうよ」

 

×   ×   ×

歓楽街

 

 

女が男の腕に抱き着き、建物の中に入って行く。

そんな光景が視界に納まる上空にベルはいた。

帯びる光は雷のように帯電し、ベルの足元は何もないにも関わらず足場があるかのように魔力がわずかに波打っていた。

 

「輝夜さんと、春姫さんは……どこだろう」

 

背から伸びるようにして月の光を帯びた光翼がゆらゆらと風になびく。ベルは右、左と視界を巡らせ2人を探すがどこにいるのか分からない。

 

「春姫さんは遊郭かもしれないけど………、?」

 

彼女と語らったあの遊郭になら、いるかもしれない。と思っていた所、前方から1人分の視線を感じた。真っ直ぐ降下し、視線の方へと目を凝らしてみれば建物の屋上に猪人(ボアズ)の武人がいた。

 

(何で……半裸……?)

 

オッタルは設定に忠実であった。

イシュタルの眷族(男)は、副団長も含めて半裸の者を占めている。そこに全身武装を決め込んだ者など浮くのだ。半裸の武人はまるで「筋肉が全てを解決する」とでも言いたげに、恥じらいもなく右腕をゆっくりと伸ばし、そして遊郭のある方を指さした。身体は前面を向けたまま、腕だけは横に。その御姿にベルは、そもそも何故オッタルがいるのかが理解が追い付かず、勘違いしてしまった。

 

遊郭(あそこ)に、お前を求める者がいる)

 

(あのポーズは確か……ぼー…イズ……びー、あんびしゃ…????)

 

両者の間に漂う沈黙の風は妙に冷たかった。

ぴくんっとオッタルの分厚い胸筋が揺れた気がした。視界に映るむさ苦しい男の筋肉にベルは口端をひくつかせた。だって嬉しくないのだ、男の胸筋の揺れなど。女神や姉の柔らかな肢体が揺れている方がまだずっと良い。ヘルメスはいつか言って聞かせてくれた目の保養とはつまり、そういうことなのだろう。

 

 

「ベル君、女の子の服の襟元から見えるおっぱいってさ……いいぜ? 腕立て伏せしている子なんか、めっちゃいいぜ?」

 

 

それはいつのことだったか覚えてはいないが、所謂『胸チラ』は良いぞという男神の教えを今、ベルは、理解した気がした。晒された秘宝よりも隠された秘宝にこそ、冒険する意義があるのだ。アストレアと一緒に眠っている時、彼女が着替えている時チラリと見える女神の女神にドキっとしたことがないベルではないが、つまりあのドキッというものはそういうことなのだろう。ヘルメスに初めて感謝したくなったベルであった。

 

 

「………」

 

「………」

 

 

いつまでも指さす方は変わらず、ベルは首を傾げながらもオッタルの指さす方に指を差して首を傾げる。そこでようやくオッタルはベルに伝わったと思ったのか、こくりと頷いた。この第一級冒険者、言葉を介さないのであった。それが原因なのに、彼は一言も言葉を発さなかった。これにはフレイヤも抱腹絶倒(クソワロタ)。ふらぁっと風に流れるように跳んで行ったベルから視線を外したオッタルは耳をペタリと折り、深い深い溜息を付いた。彼だって、苦労しているのだ許してあげて欲しい。何せ、幹部が四兄弟以外こぞって逃亡する始末だ、設定まで忠実に守っているオッタルは泣いていい。そしてベルが遊郭のある区画へと入って少し、音もなく煙が上がり月光に照らされた花弁が舞い上がった。

 

 

×   ×   ×

遊郭

 

 

朱色で塗られた形ばかりの門の先から、異国風の建造物が道の両端を埋め尽くす。赤柱と赤壁で構築された木造家屋。どれも三階建て以上の高さを誇っており、その鮮やかな赤緋の色は華々しい。『(かわら)』と呼ばれるオラリオではまず見ない建材が屋根や門の上に使われている。目の届く一帯が、全て同じ様式の建物だ。

 

「………人気がなさすぎる」

 

偶然とはいえ、春姫と初めて出会った場所。そんなところを、ふらりと誘われるように足を運ぶ。輝夜の故郷に近しい造りの建造物。提灯(ちょうちん)と呼ばれる蝋燭の照明具が道の至る所に吊るされており、本来ならばその光の下を若い男女が行き交っていただろう。

 

広い路上の真ん中や脇に植えられているのは、迷宮のとある階層で発見されている蒼桜(アジューラ)だ。ダンジョンから持ち帰られた迷宮産の樹は、季節に関係なく美しい花を咲かせ、蒼い花びらを石畳の上に散らしていた。月の光を浴びる蒼い桜が、白でも桃色でもない桜の存在が、精妙に形作られたこの遊郭は極東の模倣に過ぎないということを教えてくれる。

 

(そういえば、本物の桜を、見たことないな…)

 

遊郭の中でも幻想的な蒼い桜に感嘆していると、朱塗りの娼館の一階、通りに面した格子状の大部屋の前に辿り着く。着物で着飾った沢山の娼婦達が往来に向ってにこやかに声をかけ、客引きを行う……そんな風景も、今だけは存在しない。もぬけの殻だった。

 

(輝夜さんと一緒に歩いて、初めて春姫さんをここで見たんだっけ)

 

感傷にも似たものが胸の中で渦巻く。

張見世の中に、鮮やかな紅の着物を纏い、他の娼婦達に場を譲るように部屋の隅で座していた、可憐で、美しい狐人(ルナール)の少女の姿は、ない。少女の翠の瞳は、まるで牢の外にいるベルに羨望と憧れを抱くような眼差しをしていて、視線を絡ませれば唇を淡く綻ばせ、笑った。儚げな笑みを浮かべる少女の幻影が確かに彼女がここにいたんだということを思い出させてくれた。

 

「ここは現在、立ち入り禁止よ、可愛らしい少年(ヒューマン)

 

静寂につつまれる遊郭の空間に、ジャリッと足音が1つ。張見世から視線を道の先へ向けてみれば、そこに声の主がいた。絹のように滑らかな長い黒髪に、島国衣装の着物。口元は柔らかく微笑を浮かべており声音は琵琶を持つ法師のように軽やかで流麗で所作一つとっても気品があり、極東で言う『大和撫子』を体現したかのような女。しかし表情は読めない。なぜならば、()()()()()()()()桜を模した仮面を纏っているからだ。

 

「ここ遊郭は、営業していないの」

 

舞い散る蒼桜(アジューラ)が彼女の掌の上へと落ちては彼女がふぅっと吹いた吐息でゆらりと飛んで行く。

 

「――――っ」

 

思わず息を飲んでしまうほどには幻想的な空気、風情とはこういうことなのかもしれない。それでいて、『美しい花にも毒がある』という言葉が似合いそうな不気味な雰囲気を彼女は纏っていた。

 

「いけない子。侵入者。燻ぶる火種は消さなくては燃え広がってしまう」

 

間合いに入れば斬られる。と思わず一歩後ずさる。

彼女は半歩、前に出る。

腰のホルスターに仕舞ってあるナイフを握る。

腰に差す居合刀に手をかける。

 

「か、ぐや……さん?」

 

「輝夜……嗚呼」

 

彼女の姿がほんの一瞬、ベルの視界から消えた。

そして彼女は、姿勢低く、懐に潜り込んで抜刀を始めていた。

 

「名を呼んだわね? なら、貴方は―――」

 

 

 

×   ×   ×

空中庭園に続く階段

 

 

イシュタルは階段を上りながら唇を動かし言の葉を紡ぐ。それを聞き届けるのは、後からついてくる青年だ。

 

「ゴジョウノ・輝夜は嫉妬している」

 

「嫉妬?」

 

「極東では『光源氏』というのだったか。自分の伴侶となる者を育てる風習だとか……まあ、アストレアの眷族達に当てはめた場合、立場は逆ではあるが」

 

「……」

 

「あの娘は美において劣るとはいえ、サクヤヒメと同じ容貌をしている。愚かな一族の1人……何があったかなど興味はないが、そんな一族の娘がオラリオにいるということは『冒険者』に憧れてだとか、故郷が貧しいから仕送りのためにやってきたとか、そんな理由ではないことくらい予想がつく」

 

しゃなりしゃなりと身に纏っている装飾品が、腰布が静かに音を立ててイシュタルの歩みを彩る。笑みを浮かべたままのイシュタルは続ける。

 

「そんな娘が……歓楽街に長年面倒を見てきた男と共に足を踏み入れ、交わろうとし、しかし偶然ながらも別の女に興味を示されたとあれば……嫉妬の炎を燃やしても仕方ないだろう? 何せゴジョウの娘共は、同じゴジョウの男としか子を成せん。交わってしまえば―――」

 

「交わってしまえば、どうなるのですか?」

 

「男は女の体内に宿る毒によって怪死する」

 

「!?」

 

「ふふ、彼岸の花がいったいどうして桜を咲かせられるというのだろうな」

 

「……」

 

「私はあの娘にルールを付けた。至極単純、遊郭は営業停止し立ち入り禁止区域としている。そんな立ち入り禁止区域に入る事、ゴジョウノ・輝夜の名を呼ぶこと。この2つを犯した場合、奴は目の前にいる者を不穏を呼ぶ火種と判断する」

 

煙が火に変わり燃え広がぬように徹底した速度をもって夜と闇を舞う死桜(はな)の化身となる。従属神たるサクヤヒメは、殺人特化の技の体現者として迅速に敵である『火種』を速やかに『火消し』する。

 

 

「アストレアの眷族共は、粒ぞろい。それは認める。いつあの娘たちが第一級冒険者になってもおかしくないと、誰もがそう思っている。油断ならない強者であると」

 

だが。

だからこそ、とイシュタルは足を止め振り返る。階段はもう終わりを迎えていて夜風が女神と青年の肌を撫でた。

 

「それをこちらの手中に収めた時の恩恵は凄まじい。何せ、()()()()()()()()()L()v().()5()になれる娘が勝手に敵を排除してくれるのだからな。そのために遊郭だけは封鎖しておいた、存分に暴れられるように」

 

夜風が肌を撫で、月の光が雲の合間から差し込んでいる空中庭園。そこに踏み込んだと同時、光の明滅が遊郭の方角から見えた。庭園にいたアマゾネス達とタンムズは反射的にそちらに顔を向けた。

 

「ほら、始まった」

 

Lv.2がLv.4の神の眷族に敵うわけがない。

それは絶対的な力の差であって、だからこその確信。イシュタルは悠然と庭園の中を歩き儀式を行うその場所へ辿り着く。

 

「さあ娘達、準備を進めろ」

 

 魅了を解除する術はない。

何せオラリオにいる三大処女(スリートップ)のヘスティアは防ぐ間もなく魅了の被害にあってしまっているのだから。彼女はいつもと変わらぬ日常を送っている。

 春姫を助け出す者はいない。

何せ彼女と同郷の者の記憶からは春姫の存在は消えているのだから。

 サクヤヒメを止められる者は存在しない。

オラリオは今日もいつも通りで、誰も彼もが歓楽街で怪しげな儀式が行われているなんて思わないのだから。そこで暴れる女神がいたところで、誰も気づかないのだから。

 

 

「この状況を覆せるのだとすれば、それこそ下界の『未知』とやらだろう」

 

まあ無理だと思うが。

そんな勝ち誇ったような笑みを浮かべるイシュタルを他所に忙しなく眷族達は儀式の準備を恙なく行っていく。

 

(そう、【大和竜胆】は嫉妬している)

 

自分では得られない『恋』の先にある『愛』を得られないことに。子を成すことができないことに。仲間達と違って、男と交われば男を殺してしまうが故に抑え続けなくてはいけないことに。そして何より、斬り倒されて血の海に沈んでいる少年と少女の姿に、ベルの手に触れていた春姫に嫉妬しているのだ。

 

(ずるいずるいっ、どうして私じゃないの? と言ったところか)

 

クスクス笑みを浮かべるイシュタルの瞳の先には、祭壇の中央に跪かせられている狐人(ルナール)の少女がいた。

がいた。

 

 

 

×   ×   ×

遊郭

 

 

『花として咲けずとも、どうか芽には至れますよう――』

 

 

 妖精(エルフ)が似た効果の性質等を発現しやすいのは種族固有の『種』があるからとされている。同じ理由で、濃いゴジョウの『血』は全く同じ(スキル)を備えた『兵士』を量産可能であると、ゴジョウの始祖は神時代の早い段階で把握した。一族の中のみで交配を繰り返し、内へ内へと向かい、より『画一化の究極』を目指すことで特定の『魔法』と『スキル』を相伝させる。1つでも多く発現させる者が優秀とされた。なにより、ゴジョウの始祖が有していたのは『殺人』特化の伝承(ちから)だった。一族の者だけで混ざり合って来た彼等彼女等は、ほぼ例外なく同じ顔。兄妹の一言で片付けられないほど、誰もが統一されているのだ。故に、常に仮面を被る仕来りまでできた。いくらでも代わりの利く玉砕の駒として育てられながら、初代にして始祖『五条』の極意を受け継ぎ、()()()()をもってより極められた必殺を彼女達は駆使するのだ。それがゴジョウにして極東の『正義』の番人である。そして輝夜の身姿は美で劣っていようとも元主神のサクヤヒメと同じだ。一族の女児は、崇高且つ絶世の神の『御姿』を模し、追及する。いつかは朝廷に仇なす神すら篭絡するために。今は彼岸の花しか咲かすことのできぬ一族から、平和を彩る満開の桜へと至るために。

 

(聞いた話でしかないけど…やっぱり、強い…!)

 

『五条』とはその使命から、始祖と主神をひたすらに目指し、『生き写し』を作り出そうとする呪われた一族である。

 

「遅い遅い、このままではせっかくの装備も台無しよ?」

 

「――っ、もう少し手加減してほしいです輝夜さん! 僕はこの後もやることがある!」

 

流麗な動きで振るわれる居合刀が、ベルの命を確実に刈り取りに来ていた。辛うじて塞いだナイフは悲鳴を上げ、罅割れ刃が零れていった。第三級冒険者(今のベル)でさえ反応できる程度の力加減で、彼女は、サクヤヒメという配役(ロール)を押し付けられた彼女は、ゆらりゆらりと確実に追い込んでいった。鎌を振るう死神よろしく、足運びから流れて揺れる黒髪、全てが美しかった。歴然とした力の差に歯を噛み、吼えるのではなく道化の真似事よろしく無理矢理に笑って足を一歩前に踏み出した。そうしてナイフを振るうベルを顔の半分を覆う仮面の彼女は口元を柔らかく微笑んで、ナイフを()()()()()

 

「なっ!?」

 

強引な力業というよりも。

流れるように、するりと。

そして人差し指と中指の間で弄ぶようにくるりと回転させて持ち替える。

 

「こ、ここはひとまず撤退……!」

 

「お空をお飛びになるとは、最近の兎さんは……!」

 

逃げるは兎。

追うは極東美人。

後に散るは男の菊の花。

 

×   ×   ×

歓楽街 遊郭近辺路地裏

 

 

「いちちっ……クソが……痛みやがる……!」

 

「大丈夫かぁ、もるどぉ……ぷふっ」

 

「大丈夫ぅ、もるどぉ? ふふっ」

 

「くそ、笑うんじゃねえ!」

 

ならず者冒険者が、そこにはいた。

モルドと呼ばれる男は尻が痛むのか片手でそちらを労わるように当ててのろのろと歩んでいた。それを後ろから見て堪えきれずに吹き出すのは仲間の2人。

 

妖精(エルフ)にどんなプレイをしてもらったらそんなことになるんだよ、ええ?」

 

「う、うるせぇ! 夢を見ちまったんだ、仕方ねえだろ!?」

 

「どんな夢~?」

 

くっ、とモルドは拳を握り締めて瞼を強く閉じる。

彼は夢を見た。

なんだか不思議な夢だった。何せ、自分が赤ん坊で赤髪糸目のまな板がママだという恐ろしい夢だ。その胸でママは無理だろう、というか嫌だ、と素直にモルドは思った。どうせなら彼女の背後でものっそいオーラを放っていた女王のごとき翡翠色の髪のあの女にママになってもらいたかった。いや、きっと、彼女こそが真のママだったのだ。モルドは夢の終わりに涙で全てを洗い流しながら、決意した。

 

「緑の髪の妖精(エルフ)にママになってもらえばいいんだってよぉ……俺のお袋はきっと、エルフだったんだ」

 

「「こわっ」」

 

「んだよ、いいじゃねえか俺にだってなあ、甘えたい時だってあんだよ! 化物みたいなガキがいやがんだから、俺みたいなのは赤ん坊も同然なんだよ! いいじゃねえか!」

 

「で、なってもらったのかよ」

 

「それで話を聞いた娼婦は不敬だってキレて呪っちゃったわけかあ」

 

「それでも仕事はしてくれたんだな、すげえよプロって」

 

「いい歳したオッサンがオギャバブしてるって想像したら鳥肌もんだけどねえ」

 

「うるせぇよ!! ちくしょう……あの妖精(エルフ)ちょっとエルフにしては胸がでかいからって……くそぉっ……また相手してもらおう……!」

 

「「懲りてねえ!?」」

 

「痔が治ったらなぁ!!」

 

「「やめとけって!! 切れ痔のモルド!!」」

 

「切れてねえよ!?」

 

お下品な話が響き渡る夜の街。

けれど人払いをされていたせいか、彼等のお下品な話が聞かれることはなかった。男達はゲラゲラと酒にでも酔っているのかお相手してもらった娼婦を自慢するかのように語らっていた。

 

「あ、そういえばよー俺の主神が言ってたんだけどよぉ」

 

「あん?」

 

「月の光をさぁ、ケツの穴に浴びせると健康に良いらしいぜ?」

 

「ハッ、馬鹿馬鹿しい! 何を根拠に―――」

 

「いやでもよ、主神が言うには『普段さあ、肛門に光なんて当たらねえじゃん? 太陽でも良いんだけど、月光はまじ、ハンパねぇんだ』って言ってたんだよ。俺はあの時のあの主神の顔が、マジって顔してたから疑えなかったんだよな」

 

「………」

 

「なんつーか、ほら、月の神様のご加護でももらえんじゃね?」

 

「やってみなってモルド。ワンチャンあるかもよ?」

 

「………」

 

モルドは逡巡する。

絶対、それ信じちゃいけないやつだろ。それ絶対、碌でもねえガセだろ。不敬すぎるだろ。月の神のご加護貰う前に俺は聖女様の診察を受けてみたいね、なんて思ったモルドはしかし、聖女様がいったいどうしてオッサンの尻を診るのかと思い……意を決したように天におわす満月へと生まれたままの尻を差し出して叫んでいた。

 

「お月様ぁ!どうかオレのいぼ痔を治してくれぇええええぇ!!!」

 

((まさかのイボだったぁあああああああ!?))

 

涙を頂戴するほどの全力の嘆願。

体裁なんて関係ない。憐れにも救いを求める男が、都市の片隅にいた。そして、それはやってきた。

 

 

「お?」

 

仲間の1人が月をバックに降下してくる何かに気がつく。

 

「んー?」

 

もう1人の仲間もまた気づいて徐々に近づいてくる何かに目を細める。その何かは重力に引き寄せられるように降下してきて、そして―――。

 

 

「不敬!!!」

 

「ふぎゃぁあああああああああああああ!?」

 

「「モ、モルドォオオオオオオオオ!?」

 

憐れモルド!

彼の尻に白髪の少年の槍のごとき跳び蹴りがまるで『月に代わってお仕置きよ!』とでも言うかのように炸裂!!モルドは河の向こうで手を振る本物の母親を見た気がした!!

 

「邪魔」

 

「ほげぇええええええ!?」

 

「「モ、モルドを踏み台にしたぁ!?」」

 

さらにさらに。

白髪の少年が遊郭の方へと宙をぴょんぴょこと去っていくとそれを追って紅の着物を揺らし、長い黒髪を揺らす天女も霞むほどの女神の如き美女が落下地点にいたびくんびくんと痙攣する有象無象の1人を飛び台代わりに踏み、屋根を越えていった。

 

「モ、モルドぉぉおお、死ぬな、もるどぉっぉぉ!?」

 

「ぉ……ぉおお……俺の、分まで……」

 

「お、お前のぶんまで……?」

 

「い、生きろ……お、お前達が……俺の、生きた……証……ぐふっ」

 

「「馬鹿野郎(モルド)ォオオオオオオオオオオオ!?」」

 

 

 

×   ×   ×

遊郭

 

憐れなギャグパートのお星さまになった男がいたことなど歯牙にもかけず、サクヤヒメは前方を行くベルへと攻撃を繰り出す。

 

 

「―――やることもなにも、ここから脱することができると思っているの?」

 

「ぎっ!?」

 

下から上へと左腕を振るえば、鈍い音と共にベルの右肩に衝撃が一つ。黄金色の防具と投擲されたナイフが破壊され、衝撃の奔る方へと身体が釣られる。無刀取りからの投擲による防具破壊だった。そのままサクヤヒメは倒れていくベルの胸倉を掴み、身体の上に跨った。

 

「ほらこれで終わり」

 

「――――」

 

「何か先程、しょうもない珍劇があった気がしないではないけれど……ではでは、可愛らしい兎さん、さようなら」

 

右手に握られた居合刀が天高らかに掲げられ、断頭台から落とされる刃の如く細い首へと振り下ろそうとして――。

 

 

「輝夜さん」

 

 

『誰か』の名を呼ぶベルに、動きが止まる。

仮面越しでその表情はわからないが、刀はカタカタと震えていた。そして、彼女は口を開く。

 

「貴方……何故、笑っているの? 状況が分からない? 気でも狂っている?」

 

きっと仮面の内側の緋色の瞳は震えているのだろう。

だから自然と、声も震えていた。胸倉を掴んでいた手はベルの細い喉へと移動して掴んでいるのに力がまるで入っていない。

 

「輝夜さんが……泣いて、いる、から」

 

「――――」

 

荒く苦しそうな呼吸を繰り返す。痛みに耐えるような喘ぎを上げて、けれど口元は笑みを添える。ベルの身体に跨る彼女が、本人が泣きながら刀を振るっているからだ。

 

「泣きながら人を斬って、どこかへ消えていく貴方を……見たくない」

 

「!」

 

『泣きながら人を斬り、夜の闇に去っていく貴方の後ろ姿を、私は一度だって忘れていない』

 

思考に雑音(ノイズ)が生じる。

過去の憧憬が、言葉が、ダブる。

 

「輝夜さんに何があったのか、僕はよく、知らないけど…逃げ出した、失敗した僕に、『正義』なんてないけど……少なくとも、それでも、許されるのなら、なりたいと思うものは、ある」

 

「それは……何?」

 

跳ねる鼓動。

痛む頭。

魅了によってコノハナノサクヤヒメという配役(ロール)を押し付けられている彼女は仮面の内側より流れる涙をそのままにベルの喉にある傷を撫でる。ベルの唇が、動く。

 

「優しい人間になりたい」

 

「………?」

 

「誰かの笑顔を信じられる……そんな、優しい人間になりたい」

 

静かな夜風が2人の間を通り抜ける。

蒼桜(アジューラ)が舞い、月の光が刀を照らし2人を照らす。

 

「輝夜さん、貴方は今、笑えていますか?」

 

ややあってサクヤヒメは頭を振るう。意味が分からない、理解できない、馬鹿馬鹿しい、と。

 

「短い付き合いだけれど、貴方を見ていると頭が痛くなる……」

 

「長い付き合いだからね……輝夜さんがいないと、寂しい」

 

「ここから去りなさい、今なら、見逃してあげる」

 

それは彼女の本心からくる願いか、或いは頭痛の種になっている目の前の少年を見たくないという防御本能故か。秩序を乱す火種と判断したはずの目の前の少年を見逃そうとする彼女をベルは力強い声音をもって切って捨てる。

 

「それは、できない」

 

ぐっと起き上がろうとするベルは続ける。

身体の傷は、いつの間にか癒えていた。()()()()()()()()()が癒したのだ。

 

「僕は、逃げた。助けを求めて泣いている女神様から、あの『過酷(ぼうけん)』から逃げたんだ。そして今、逃げ出したら……失ってしまう……。ベル・クラネルがどれほど愚かでも、大切な何かが、泡のように消えてしまう……そんなのは、嫌だ」

 

人を助ける。

善き人であろうとすることは、当たり前のことだ。人間としての基本的な在り方だ。少なくともベルの周りはそういう人達が多かった。

 

「今、都市が魅了されていて戦えるのが僕しかいないなら、僕は戦わなきゃいけないっ!」

 

熱を放つ【月華星影(3つ目のスキル)】。

一定周期で変動する此度の効果は、属性の変化と生命力の上昇。

 

「たとえそれが! 輝夜さんであろうとも!」

 

「―――ッ!」

 

もう我慢ならないとサクヤヒメは刀を振るい下ろした。

ベルは叫ぶ「光翼展開」と。

ベルの背から飛び出した計12枚の光翼は宙を旋回し、繭で包み込むようにベルを飲み込んだ。

身体が横に揺れる、突風に薙がれたように。

 

「!?」

 

故に、驚愕する。

振り下ろされたサクヤヒメの刀は、ベルの身体から血を強いなかった。遅れて鉄が地面に落ちる音が数度して、そちらに目を向けてみれば居合刀だったものがあった。

 

「狙撃による武器破壊……? 一体、どこから…?」

 

周囲を見渡せど狙撃手は見当たらず、ベルとサクヤヒメの間、その先に刀を破壊した得物は突き立っていた。黄金の穂を持つ槍だった。サクヤヒメの居合刀は、その槍によって半ばから折られたのだ。

 

 

×   ×   ×

???

 

「ふぅ……これでいいのかな、女神アストレア?」

 

息を吐き1人の小人族(パルゥム)が背後にいる女神へと振り返る。「ええ」と短く返したアストレアは苦笑を浮かべる小人族(パルゥム)の英雄に感謝の意を示すように微笑を返した。

 

「都市が魅了の支配下にある……聞かされた時は思わず疑ってしまいそうになったよ」

 

「でも、調べる価値はあったでしょう?」

 

「僕達の認識と残されている情報に齟齬が生じている……ああ、確かに調べた意味はあった。リヴェリアがダンジョンにいてくれてよかったよ」

 

もし仮に彼女が魅了を受けたなんて知れ渡ったら、それこそ面倒事だからね。そう言って肩を竦めるのは、【ロキ・ファミリア】団長、フィン・ディムナだ。街中で声をかけられ、魅了されているだとか手を貸してほしいだとか言われた時には親指をペロペロどころかちゅぱちゅぱしたくなったフィンではあるが、目の前にいるのは『正義』を司る女神にして、慈愛の女神にして、女神の中の女神。疑うことの方が難しかった。

 

「でも、まさかあの子の援護をこんな遠くから……投擲でやってしまうなんて」

 

小人族(パルゥム)の目は鷹の目にも劣らないからね……本音を言えば、僕よりも貴方の眷族が彼を助けるべきだと思うんだけど……何故、僕を選んだのか聞いても?」

 

「それは、まあ……あの子も男の子だから」

 

あえて濁している女神にフィンはまた苦笑する。

なんとなく分かるフィンはあえて口にはしないから、苦笑するのだ。

 

(女性に守られ続けるというのは、男として思うところはあるからね……)

 

槍を投げ飛ばした先で、まるで()()()のような眩い光が溢れては消える。フィンは親指をぺろりと舐めてその光のあった場所から踵を返した。

 

「槍は回収して届けるわ」

 

「そうしてくれると助かる。あれで結構な額だし……投げて失くしたなんて言ったら神ゴブニュにどんな小言を言われるかわかったもんじゃない」

 

「代金……支払った方がいいかしら?」

 

「いや……」

 

アストレアとすれ違い際、フィンは立ち止まり彼女の横顔に顔を向けて言葉を残して立ち去った。

 

「貸し1つにしておこう」

 

 

×   ×   ×

遊郭

 

 

 

「嗚呼、やっぱり貴方を選んでよかった……」

 

「!?」

 

そして、跨っている少年が声色を変えて口ずさむ。いや、そもそも彼女の耳朶を震わせる声は少年のそれですらなかった。繭が溶けるように光翼が消えたかと思えばそこには処女雪を彷彿とさせる白髪の少年はおらず、けれど、いない筈の『誰か』がいた。

 

「現実から逃げずに、立ち向かう。それは英雄として、人間として、最高に格好いい在り方だ」

 

「貴方は、いったい……何者?」

 

理解不能(ありえない)

意味不明(あってはならない)

荒唐無稽(あっていいはずがない)

 

「私は貴方の力になろう……ほんのわずかな一時だけれど、今度は、私が助けよう……オリオン」

 

小さな雷を発しながら、力強い瞳をもって()()はサクヤヒメの前で立ち上がった。唖然とする彼女に一瞥し、すぐに背を向けて『女主の神娼殿(ベーレト・バビリ)』を睨みつける。そしてそのまま、階段を上るように宙へと躍り出ていった。

 

 

「やってくれたな、美神(クソチート)。私は炉の女神(ヘスティア)ほど優しくはないぞ」

 

 

置き去りにされたサクヤヒメは見開いた瞳でそれを見た。

何かを口ずさみ、真っ直ぐ天に伸ばした右腕が振り下ろされた後に黄金色の矢の雨が降り注いだのを。

 

 

 




月華星影(ミセス・ムーンライト)
バックムーン 
雷月(サンダームーン)
=属性の変化(雷)と生命力の上昇。


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