大雑把な動きというか、図を差し込んでいます。
「な、なにぃいいいいいいいいい!?」
神々が思わず立ち上がり、叫び散らす。一部の冒険者達も同じように、驚愕を顔に張り付け鏡に映った、いや、聞こえた
『
ベルは確かに、そう言ったのだ。
フレイヤは目を見開き、けれど表情変えず見守っているアストレアを見て、そして再び鏡に映る光景を見て何かを理解したのか面白そうなものを見るように目を細めた。
「リヴェリア、あれって」
「いや、しかし……あるのか、そんなことが!?」
「確かあの子の魔法って『雷』の魔法と『飛行?』魔法の2つでしたよね? では、3つ目が?」
「ンー……どうだろうね……」
黄昏の館でアイズが神々と同じように驚いてはリヴェリアに問うていた。妖精のような種族や濃い血を持つ一族であれば共通のスキルを発現させることがあるこの下界で安易に否定することはできない。できないが、リヴェリアは肯定も否定もできずにいた。フィンも違和感を感じてはいるようだが、スキルや魔法を受け継いでいたとしても
× × ×
戦場
魔法の着弾と共に爆発し煙が打ち上がる。
それを突き破って術者達に接敵したベルは、魔剣を抜き、身体を捻ることで回転薙ぎを繰り出した。
「~~~~~~~~~~ッ!?」
雷が輪を描いて迸り、敵の身体を突き抜け後ろでリューが相手取っていた前衛の冒険者達をも撃ち抜いた。声にならない悲鳴が断末魔の如く響き、身体から煙を上げて倒れるのはアマゾネスを中心としたイシュタルの眷族達だ。残る雷の軌跡が、ベルの足の速さも相まって見ている者に【迅雷】を思わせる雰囲気があった。
「クロッゾの魔剣……
ベルは剣を杖でそうするように甲板に突き立て後ろからやってきたリューに振り返った。エルフ故というのもあるのだろうか、リュー本人は「そこまで」とは言うものの、エルフの郷をいくつも滅ぼしたと言われている『クロッゾ』の魔剣、その威力には畏れを抱かずにはいられないのだろう。
「なんだよ、もう片付いてんじゃねえか」
「あ、ライラさん」
「ライラ、何をしていたのですか? 合流が遅い」
「ばーか、お前等が早いんだよ。何開戦10分以内で1隻潰してんだ」
「そもそも何人いたんでしょうか」
「そこらに倒れてるアマゾネス達に聞いてみろよ」
とはいえ、ライラはだいたいの敵がどれくらいいるのか予測は立てていた。ガレー船の漕ぎ手の数も含めて、多くとも50人は一隻に乗っていると。海戦は、敵の船に自船を接舷させて兵士を乗り込ませ、白兵戦を行なうというものであり、これを単純な数の暴力では「やってらんねえ、
「氷上戦だと思い込み思考を切り替えた敵が、例え飛び降り氷上を駆け抜け私達が放棄したガレー船3隻の元に行こうとすれば砕けた氷に足をすくわれ落水する……ライラ、貴方はいやらしい」
「賢いって言ってくれよリオン。ただでさえ馬鹿みてえな数のアマゾネス共が乗り込んできてみろ、負ける気はしなくてもまともに相手したくねえよ」
「まあ確かにそうだが……」
「それに、流氷の上なら流石に【
× × ×
× × ×
「
「海戦でありながら、氷上戦。氷上戦と思わせて、船を取り囲んでいるのは船が落ちた衝撃で出来上がった流氷」
「そして戦場を変えることだけが、ライラちゃんの作戦じゃない」
リュー達がいるガレー船より右隣の船で、アスタ、ネーゼ、マリューが呟く。倒れている
「つ、つよい…」
「それに早い……!」
血の気の多い
指揮官役を務めるネーゼが一番最初に吼え声と共に斬り込み、反撃が来たと来れば
「それじゃあ、再開しましょうか」
「ああ、続けよう」
マリューが言い、ネーゼが肯定する。
まもなくして、【イシュタル・ファミリア】所有のガレー船の1つが
× × ×
神々は称賛と驚倒を織り交ぜた声を上げていた。
兎と妖精のこともそうだが、【アストレア・ファミリア】の動きそのものに興奮を隠さずにはいられなかった。
「兎の坊や、本当にLv.2なの?」
「いやいや何を言っておるか、あの小僧、まだ自分の力を発揮しておらんぞ」
「え、嘘」
「強いて言えば足が速いことだが、まだ攻撃としては『魔剣』を使っただけじゃ」
司る事物か、動物の仮面やらを付けている女神達がアストレアの眷族の中でも一番幼い少年であるベルに当然のように目を向けている。神々としては『怪物祭』でのベルの偉業と彼の出自のことも相まって注目せざるを得ないのだ。そして、期待してしまう。何をやらかしてくれるのか、と。
「開幕で海面を凍らせたことは驚きだが、あいつら、手際がいいな……流石というべきか」
「凍らせることで船の動きを止めて、3つの
「が、しかし……だ。氷の上を走って移動、【アストレア・ファミリア】所有の無人ガレー船に乗り込み『団旗』の破壊を考えていれば、それが
「開幕の魔剣。そして船がほぼ真上から落下し潰す。これによって『氷上』という戦場には衝撃が走り、割れ、流氷になっている」
「気づけなければ船を飛び降りた時点で
うわぁ、いやらしい~なんて口々に零しながらアストレアの眷族達がやっていることを考察する彼等彼女等の顔はいやらしいほどに笑みが咲いていた。
× × ×
黄昏の館
「
「ああ、まだ終わっていない筈だ」
「ふむ……」
リヴェリアが流し目にフィンに聞き、フィンが口を手で覆いながら肯定し、ガレスが髭をしごく。魔剣より撃ち出される雷と足の速さ、そして一緒に行動しているのが【疾風】というのもあってか「疾風迅雷だー!」なんてティオナがはしゃいでいるが、他の【アストレア・ファミリア】の団員達の動きにフィンは目を細めた。『鏡』には船内へと姿を消していく正義の派閥の団員が映っていた。
「む……やつら、船内に隠されている『団旗』を探しに行ったのか?」
「いや………」
思考するフィン。
そして、動き出すガレー船。
流氷を力づくとでも言うべきか、押しのけては【イシュタル・ファミリア】側から離れていくその動きに、理解が及んだのか、フィンは「なるほど」と嘆息した。
「アルフィアにしごかれた結果なのかな……徹底的だね、彼女達は。なるほど、確かにそんな
動くガレー船。
鏡にはその船内にて、マリューがバックパックから取り出した『団旗』が設置される様子が映し出されていた。
× × ×
【ディアンケヒト・ファミリア】治療院
「ガレー船が2つ動き出した……【イシュタル・ファミリア】の船の配置は、方円陣形でしょうか……海上での専門家がいないと考えればどのような陣形であれ、味方の船に移動が楽なようにするのがいいのでしょうが、それは敵も同じこと」
アミッドは
「しかしまさか、奪った船にそれぞれ『団旗』を設置させ離れさせるとは……」
アスタ達の奪った船とは反対、ベル達のいる船から左隣のガレー船にはイスカ、リャーナ、ノインの3人が乗り込んでおりこちらも同じく船を奪取。船団から離れさせていた。
「【アストレア・ファミリア】は少数精鋭ながら全員が魔法持ち……魔力を動力とするのであれば、単純に動かすだけなら可能。しかし、可能だからと行う人はそうそういないでしょう……」
誰が自派閥が防衛すべき『団旗』を敵船に設置するなんて考えますか? とアミッドは痛む頭を押さえるようにぼやいた。そして、再び鏡に映ったベルに目を向け胸に手を当てる。
「どうか無事に帰ってきてくださいベルさん。まだ、
× × ×
戦場
「くそっ、馬鹿みたいな威力の魔剣使いやがって……!」
倒れていた
灰色短髪の
「【アストレア・ファミリア】、やっぱり滅茶苦茶、強ぇ……!」
サミラは唇を吊り上げ、笑う。
恐れおののく弱っちろい小娘などとは違い、彼女の種族としての血が騒ぎ、そうさせるのだ。そんな彼女を見て、ベルは一歩、前に出る。魔剣と紅の長剣を背に背負い、右肩からぶら下げている鞘に嵌ったままの片刃の長剣、その柄を握り締めた。戦うつもりらしい、とライラとリューが顔を合わせて肩を竦ませる。ひょっとしてこの子も血の気が多いのかもしれない、そんなことを思ったのだろう。
「【
戦闘の構えをとるベルに、サミラが目を丸くし、一騎打ちの機会が与えられたのだと再び唇を吊り上げた。彼女の手には何の武器も装備されていない。氷上、船の上、倒れた仲間達、相対するは格下であるはずの少年。好戦的な
「行くぞ!」
サミラの吠え声と共に前座という名の戦闘が、始まった。
彼女の上げた合図早々、サミラが真正面から突っ込む。
「―――」
速過ぎる突撃に、ベルは回避と反撃に神経を費やした。
大きく振りかぶられた左拳を真横に跳ぶことで間一髪躱す。しかし敵は空振りに終わった左手を甲板に付け、勢いのままに半回転し、蹴りを放った。
「っらぁ!!」
視界に跳んできた右踵へと鞘付きの剣を叩きつけようとして力負けして押し返される。鉄塊に殴りつけられたかのような衝撃が腕を通して体の隅々まで響く。サミラは反撃させるかとすかざす追撃。
「鞘を付けたまま、一体誰を斬るってんだよ!? なぁ!!」
拳と蹴りの速射砲がベルを襲う。
褐色の射線を引いて繰り出される一撃一撃は直撃すればベルを昏倒させるほどの威力を秘めていた。それを間一髪で回避し、反撃のために何度も剣を振り回す。
(何だこいつ? なんか
直接戦っているサミラはその変化を身を以て感じていた。衝突を繰り返す度、ベルの回避速度が、攻撃速度が上がっていくのだ。そして終いには――。
「――――ぎっ!?」
右からきた何かがサミラの頭部に直撃し、吹っ飛ばされた。彼女が何故吹っ飛ばされたのか、その原因は彼女の目が、鏡を見て戦いを見守っていた者達が見ていた。
(鞘!?)
そう、鞘。
ベルが、両手で握りしめていた長剣を右手一本で振り抜き、そのまま鞘の留め金を外したのだ。そして刃を滑っていった鞘は長剣のリーチを伸ばしたことで打撃を与えたのだ。ベルはそのまま外れた鞘をベルトを引くことで手元に戻し、そのまま足元に転がし構える。右手で柄を、左手で長剣の先……空いている穴に指を通して捕まえている。そうして力み、若干前に身体を傾けてサミラが立ち上がり向かって来たタイミングで放った。
「なっ!?」
サミラの視界から消えるベル。
後方から破砕音が聞こえ振り返れば、そこにはベルがいた。
× × ×
ヴェルフの工房
「存分に使えベル」
鏡に映る自分の作品を使っているベルを見てヴェルフは不敵に笑う。鏡に映ったのは、Lv.3の冒険者の知覚を超えた速度で通り抜けてガレー船の一部を破壊したベルが映っている。同じLv.2のヴェルフやLV.3になり立ての冒険者であれば正面から見て視界から消えた、瞬間移動した、そう思わせるほどの速度と威力。そして再び刃を掴むようにして構え、身体を傾けてベルは
「単純な仕掛けなんだ。柄を掴んだ右手の力を刃を掴む左手で溜めて弓のように、放つ。刃を掴めるように穴も空けておいた。お前の
自分の認識を超えた攻撃に敵は当然、恐怖する。
その剣の名は、敵に『逃げた方がいいぞ』という
× × ×
戦場
見えない。
それがサミラの正直な感想だった。
本能としての勘が、辛うじて間一髪回避させてくれる。けれど回避したところで後ろからまた再突撃。速くなるベルの足に、そこから繰り出されるLv.2とは思えない威力の攻撃に恐怖が生まれる。
「は―――」
甲板が悲鳴を上げるように煙を上げては失敗したベルの攻撃がそのまま船を破壊する。格下の冒険者ができることじゃないと理性が訴える。
「は――はははははははっ!!」
「!」
優雅なダンスなどとはとても言えない。
怒涛の
拳を振り抜く。
溜めた力を解放し長剣が振るわれる。
蹴りを叩きつける。
柄を握る手に当たり長剣が飛んで行く。
「まだまだぁあああああああ!!」
徒手空拳の数々がサミラより馳走されていく。ベルは長剣が飛んで行くとすぐに『アルテミスの遺剣』を抜剣し、往なす。
「ぁああああああああああああああ!!」
「おらぁああああああああああああ!!」
衝突の音が轟く。
先に悲鳴を上げるのは当然、Lv.2のベルの身体だ。
「――――もらった!!」
「―――――」
緩慢した時の中で、早くも勝利の美酒に酔うはサミラ。
「――――ぇ?」
腹に突きつけられたのは、
左手に持つ
× × ×
ギルド前庭
星炎に焼き貫かれて、
『――ボ、【
『というか、【アストレア・ファミリア】滅茶苦茶だぁああああ!! 敵船を奪っただけじゃなく、団旗を設置いたしました! 彼女達、団旗をそもそも持ち歩いていたようですぅうううう!! ありなんですか、ガネーシャ様ぁ!?』
『――――それもまた、ガネーシャだぁああああ!!』
『どういうことなんですかぁあああああ!?』
× × ×
黄昏の館
「―――聞いてない」
「ア、アイズ……さん?」
「リヴェリア、ベルが私に隠しごとしてた……!」
私、あの子の
アイズ・ヴァレンシュタインは頬を膨らませて「
「言っていなくてもおかしなことではないだろう」
「おかしい。私とベルは付き合って長い……のに」
「いや……確かに付き合いの長さは、他の者よりも長いだろうが……」
「ア、アァァァ、アイズさん、あの子とお、おお、お付き合い、し、ししし――!?」
「ていうかさー、あの子、変じゃない?」
「ランクアップしてるようには見えなかったし、私やあんたみたいな条件を満たすことで発動するスキルとかじゃないかしら?」
アイズが
× × ×
「おいあのガキ、詠唱したか!?」
「聞こえなかった!」
「
「くそ、欲しいー!!」
「アストレア様の
「ていうか何で格上と普通に戦えてるの、おかしいでしょ」
「いやだって、あいつ
男神やら女神やらが、Lv.3のイシュタルの眷族の1人を倒したこと、それに用いた星炎の魔法に涎を垂らしてどよめく。アストレアは息を吐いてベルの勝利に胸を撫でおろし、イシュタルがベルの魔法と自分の眷族がこうも容易く打倒されていくことに口を開けて凍り付く。
「アストレア、ベル君、ひょっとして何か……変なスキルを発現させていたり?」
「内緒」
ヘルメスがゴマすりしながらアストレアに近付いてきて言うが、アストレアはしっし、と手を振ってヘルメスが欲しがっている答えを述べない。
(1つ目の魔法の代用として『魔剣』。今の一騎打ちに使ったのは3つ目の魔法。できれば4つ目のスキルを使うのは2つ目の魔法を解放している時にしてほしかったのだけれど……)
まだ戦いの上でのベルの
× × ×
戦場、イシュタル派
円を描くような形をとっているガレー船。その中央にある1隻ではサミラが打倒されたことに団員達が隠せない動揺を露にしていた。
「うそ、サミラがやられた……? 【
「あっちにも春姫みたいな魔法があるとか?」
「わからないけど、【アストレア・ファミリア】ってそもそも強いし」
「レナ、どうする!? あいつら、次はこっちに来るんじゃ!?」
「ていうか、私達の船を2隻も奪っていったんだけど!? こっちは『団旗』を見つけてもいないのに!」
敵の打倒が難しい場合。
敵である【アストレア・ファミリア】の『団旗』を3つ破壊してしまえば、それで【イシュタル・ファミリア】は勝利を掴み取れる。しかし、彼女達の派閥は攻め込まれるばかりで攻めに転じることができずにいた。
「攻められない……強いってわかってたけど、こんなに強かったんだ……」
剣を握る手に汗が滲む。
いっそ船から降りて氷の上を走って、放棄した船に乗り込んでみる? そう考えるが、それが罠なような気がしてならない。
「『団旗』、きっとあいつらが放棄した3隻の船にあるんだよ!」
「いや、罠でしょ!?」
「じゃあ何で氷の壁で守ってるのさ!」
どうする、どうする。彼女達は混乱する。
サミラを倒したベルにアマゾネスの本能が「まだ何かある」と警鐘を鳴らすが、この状況を覆さなくては彼女達に『勝利』はない。いっそベルを相手にせずに……と思うが彼女達の中で一番格下なのが、そもそもベルなのだ。敵船に乗り込もうにも敵船は氷の壁で守られている上に唯一近い船は開幕早々に自分達の船と衝突して動かない。思考を巡らせても、結局は「無理」と堂々巡りをしてしまう。
「何やってんだい、お前達ぃ!?」
「「「「っ!?」」」」
そんな、てんやわんやしている彼女達に怒声が飛ぶ。最後尾にあった船から移動してきたのだ。その相貌は怒りに染まり、
「あの【
彼女が激おこだった。
当然だろう。
開幕早々、海面を凍らされて進攻できなくされるわ、敵船が飛んだかと思えば1隻圧し潰されるわ、あっという間に2隻奪われるわ、Lv.2の兎にLv.3のサミラが負けるわ、いいようにされては怒りに染まるのは当然であった。まして『団旗』を探し出して破壊なんて面倒な事を彼女は好まないというのもある。
「船を動かしなぁ!!」
「で、でもフリュネ、海面は凍ってるんだよ!?」
「馬鹿言ってんじゃないよ、ブサイク共が船を奪っていったのが見えなかったのかい!? 氷なら割れてんだよぉ! なら後は力づくで動かすだけさぁ!」
さっさとおし! そう怒鳴られてアマゾネス達はバタバタと行動を再開させる。敵も恐ろしいが、何よりこのヒキガエルが恐ろしい。過去、見せしめとして姉貴分のアイシャがボロ雑巾のようにされたのもあってか、この巨女に逆らえる女はいなかった。魔力を流し込み、ガレー船は流氷を押しのけて移動を開始する。ただただ真っ直ぐ、ベル達のいる船の方へと向って行く。フリュネは荒く鼻から息を吹き、
「それを兎達のいる船にぶち込みなぁ!」
「へ!?」
「逃げられないように食いつかせるのさぁ!!」
ギョロリ、と睨まれ「ひっ」と悲鳴をあげたアマゾネスの少女はぱたぱたと走り
× × ×
「輝夜さんは本当にここにいるのかな」
「なんだ兎、輝夜の乳が拝めなくて寂しくなったか?」
「ライラ、そういうことを言うのはやめなさい」
「んだよ、気にするなってリオン。お前は良い尻してるよ、なあ兎?」
「あ、はい、リューさんはマシュマロヒップです。後世に伝えてみせます」
「伝えなくていい!!」
回復を済ませたベルが、ふと呟く。
まだ始まったばかりとはいえ、飛ばし過ぎだとライラに小言を挟まれたが、リューもライラも未だ姿を見せない剣客に対して疑問を浮かべてしまう。
「いなかったとしたら、あいつ何してんだ?」
「アリーゼの勘が外れたと?」
「それもどうなんだ? フィンの次くらいには勘、いいだろ」
「ええ……ですから、私は1隻ずついつまで隠れているつもりだ、と言って回るつもりでいました」
「アホかお前は。んな面倒くせぇことしてられるかよ」
氷が押しのけられる音が耳朶を震わせる。
前方からガレー船が迫ってきているようだった。3人は溜息を吐き、とりあえず目の前のことだと切り替える。
「どうせなら1隻ぐらい潰しておいてほしいんだけどな」
「相手の『団旗』は1つ……どこにあると見ますか?」
「一番、後ろだろーな。【
近付いてくるガレー船から、ゲゲゲゲゲという耳障りな笑い声が聞こえる。さらに、バスンッと
「あぶねえな! 正気かお前!?」
「ゲゲゲゲッ! お前達がしたことも大概だろぉ!?」
(言い返せない……!)
(悔しいけど、最初に危ないことしたのこっちだ……!)
「良いか、人が乗ってる船に攻撃するなんてのは海賊のすることだぞ!?」
((ライラさんヤメテ! 苦しい!
「随分と調子に乗ってくれたねぇ……! 今度はこっちからやり返させてもらうよぉ!? お前達ぃ、乗り込みなぁ!!」
アマゾネス達が闘争心をむき出しに雄叫びを上げて乗り移ってくる。ベルは再び魔剣を使おうと柄を握ったが、それをライラが制止する。
「ライラさん?」
「
「――――」
「
「――――いいんですか?」
「第一級冒険者が来た時点で、隠す理由がねえ」
「春姫ぇ!! 聞こえているんだろう!? やりなぁ!?」
「あちらもやる気らしい、詠唱の時間は稼ぎます」
光の奔流が、最後尾の船から走りフリュネを包み込む。対してライラが武器である
両者は衝突する。
× × ×
「―――輝夜、出てきなさい」
意識を奪われた青年が横たわっている真上でアリーゼは仲間の名を呼んだ。そこは開幕時に破壊した船の上だった。【アストレア・ファミリア】側のガレー船もまた、無茶な扱い方をした結果か、もう航行することは不可能なダメージを負っている。敵の副団長を『アリーゼちゃん怒りの
「何故、私がここにいると?」
「勘よ。まあ、後々に回すと気まず過ぎて出てこれないんじゃないかと思ったからかしら? 実際、あの子達が行っちゃっても行動しなかったし……ひょっとして声をかけなかったら永遠に出てこれないんじゃないかと思ったわ」
団長に出てこいと言われ、壊れた船内から音もなく紅の着物と長い黒髪を揺らして彼女は姿を現した。戦闘の音が遠くに聞こえるように、2人の会話だけがそこにあった。もしタンムズの意識が戻っていれば、きっとビビり散らすことだったろう。今にも殺し合いを始めそうな、もう修羅場と言ってもいい空気がじわじわと場を纏わりつかせているのだから。
「一応、聞いておこうかしら」
「お好きなように」
アリーゼが剣を鞘から抜く。
輝夜は居合刀に手をかけ、もう一方の手で桜を模した仮面を顔に取りつける。
「今、あんたは敵対しているってことでいいのよね?」
「ええ、事実、私は今、刀に手をかけている」
「どうしてか理由を聞いてもいい?」
「――正直なところ、私にもよくわかりません。頭の中が靄がかかったようで、ぐちゃぐちゃで、けれどどうしようもなく胸の中で燃え上がる火を消すこともできず、そんな状態では派閥に帰るなど、とてもとても」
鞘からわずかに剣身が姿を現す。
輝夜の身体が居合の構えを取る。
「それは、魅了のせい?」
「そうでしょうね」
「それは、嫉妬しているから?」
「否定はいたしません」
「それは、
「…………」
「あの子達を、自分の過去と重ねて
「―――っ。本当に貴方には敵いませんねえ」
「じゃあ、全力でぶつかってきなさい。
「
「私がいなくたって、あの子達はやり遂げられるわ。それに、
アリーゼの眼差しが、戦う者のそれに変わる。
輝夜も仮面の内側で、仲間に刃を向けることに、ぐちゃぐちゃになってしまった思考回路で、それでも唇を噛んで
「【アストレア・ファミリア】団長、アリーゼ・ローヴェル」
名乗りはアリーゼからだった。
思わず目を点にしてしまったが、くすりと臭い演出に笑みを浮かべて真似る。
「ア、アス―――」
名乗ろうとして、失敗して。
アリーゼがわずかに笑みを浮かばせて言う。
「言えないなら、とりあえず無所属か前の派閥でいいんじゃないかしら?」
「――――でしたら」
改めて。
輝夜は一拍置いて口上を述べる。
「元【コノハナノサクヤヒメ・ファミリア】、家名はゴジョウ! 名は輝夜! 忌まわしき血族の神髄をここに!」
「あんたの頭、しっかり冷まさせてみんなの元に帰すわ、正義の剣と翼に誓って!」
いざ尋常に、とそう言ってくれる者はおらず。
けれど