アーネンエルベの兎   作:二ベル

75 / 138
使命を果たせ、天秤を正せ。
いつか星となるその日まで。
秩序の砦、清廉の王冠、破邪の灯火。
友を守り、希望を繋げ、願いを託せ、正義は巡る。
たとえ闇が空を塞ごうとも、忘れるな、星光(ひかり)は常に天上(そこ)に在ることを。
女神の名のもとに。
天空を駆けるがごとく、この大地に星の足跡を綴る。
『正義の剣と翼に誓って』


水天日光⑱

 美神の眷族達の猛り声が戦場にて轟き渡る。2隻のガレー船の上で行われるのは白兵戦であり、これこそが『海戦(ナウマキア)』本来の姿。妖精の戦士(リュー)小人族(ライラ)が相対するのは戦闘娼婦(バーベラ)であり、種族でいえばアマゾネスを中心としている。只人(ヒューマン)の男や獣人に妖精といった亜人(デミ・ヒューマン)がチラホラ混じっている程度。敵数は10や20と言ったところか。

 

「【雨の音、風の音、波の音、月の涙、雷の大笑、鐘楼(かね)の歌、星の光輝(ひかり)】」

 

詠唱するベルが左手薬指に嵌めている指輪は淡く輝き、足元からは魔法円(マジックサークル)が展開された。

 

魔法円(マジックサークル)……こいつ、魔導士なのか!?」

 

「守りは2人だけ、止めなぁ、お前達ぃ!!」

 

巨女(フリュネ)が指示を飛ばし、両手に握る大戦斧を振るう。第一級冒険者の振るう戦斧は空気に悲鳴を上げさせ、仲間であるはずの美神の眷族達は巻き込まれては死んでしまうと、フリュネの指示に「無茶を言うな」と心で叫ぶ。

 

「【星に刻もう。私は忘れない、貴方達がいたことを】」

 

「おいリオン、あのでかいのどうすんだ!?」

 

「Lv.5……いえ、彼女の纏っている光が例の『レベルブースト』であるなら今の【男殺し(アンドロクトノス)】はLv.6……2人では流石に厳しい」

 

「私を数に入れてんじゃねえだろうな? 【ファミリア】で一番弱いの、私だぞ?」

 

「………2人では流石に厳しい」

 

「おい、なんとか言いやがれマシュマロヒップ」

 

「【誰よりも遠く、夢よりも速く。行こう、冒険はどこまでだって続いていく】」

 

【疾風】の名に相応しく、風となって敵を倒して行くリューに、ライラが飛去来刃《ブーメラン》やお手製の爆弾を用いて翻弄しつつ敵味方お構いなしに迫ってくる巨体にイヤイヤそうに文句を垂れる。

 

「邪魔だよぉ、不細工ぅ!!」

 

「――――ぐっ!?」

 

ガレー船を大きく揺らして突撃してきたフリュネとリューが衝突する。2M(メドル)を超える身体を覆う全身型鎧(フルプレート)。色は悪趣味と言わざるをえない不気味な赤で、装靴(グリーブ)から(ヘルム)まで一切の隙間がない完全防護仕様であり、光輝く精製金属(インゴット)の材質を見てもその堅強さが窺える。

 

(―――第一級武装か!?)

 

使い手の体型にぴったり合わせた専用装備(オーダーメイド)なのだろうが、リューは軽い身体を浮き上がらせられながらも、彼女の姿に極東の『土偶』と呼ばれる土製人形を思い浮かべた。

 

 

「【傷を癒し、飢えを凌げ、この身を戒めるものは何もない】」

 

「【探索者(ボイジャー)】は()()()()! 誰でもいい、あの子、潰して!!これ以上、変な事されるわけにはいかない!」

 

「お、おぉおおおおおおおおおお!!」

 

只人(ヒューマン)の青年が船上を駆け抜ける。リューはフリュネによって吹っ飛ばされた。妖精の魔法が1つ2つ放たれれば、ライラではどうしようもない。

 

 

「陸を越え―――ッ!?」

 

「このまま、落としてやるっ!」

 

魔法が炸裂し、詠唱が止まる。

そこへすかさず船上を駆けた青年が拳を振り上げる。

 

「―――海を渡り、至れ前人未踏の領域へ】!」

 

「なっ、詠唱を続行!?」

 

ベルは砲撃に倒れるのを踏ん張り、息継ぎをした後に詠唱を続行。それに敵は驚きを露にしつつも拳打を放った。

その時――。

 

 

「――【魔炎の持物(イリヴュート)】!」

 

 

横手から魔炎が青年を飲み込み吹き飛ばす。火達磨となった青年はそのまま船外に投げ出され流氷の中へ落下していった。その炎の乱入にほんの一瞬だけ、敵の動きが止まった。それを見逃さない()()()()()()()()()()()()()ではない。

 

「―――ォオオオオオオオオオオオオンッッ!」

 

狼の遠吠えと共に、亜麻色の髪を揺らして狼人(ウェアウルフ)の女性が甲板スレスレを疾走し魔法を放った敵に一気に肉薄、斬り捨てた。

 

「リャーナ、ネーゼ!」

 

短杖(ステッキ)と長剣を左右に持つリャーナが、双剣を振るうネーゼが唇から笑みを浮かばせ、次にはLv.6の敵を睨んだ。

 

「何アルフィアくらいあると思う?」

 

「あっちは魔導士じゃないんだし、0.5ザルドくらいじゃないか?」

 

「【天空を……駆ける、がごと……く―――?」

 

「いやいや盛り過ぎだろ、0.02ザルドくらいにしとけって」

 

「ちょっと、ベルが集中できないでしょう!? あの2人を単位にするのやめなさいよ!? ベル、気にしなくて良いから! 大丈夫、落ち着いて、一節一節を大切にね!」

 

「????―――こ、この大地に星の足跡を綴る】」

 

「何をごちゃごちゃ言ってんだい、不細工どもぉおおおおおおお!!」

 

「「「「人のこと不細工って言うのやめろ、失礼でしょう!?」」」」

 

フリュネの突進がベルに迫る。失礼な物言いに正義の星乙女達も怒声を上げざるを得ないが、Lv.6相手ではまだ手札が足りない。大戦斧を用いた暴力が彼女達を抜け、ベルへと振り下ろされる。その肉薄は、その見た目に反して速く、圧倒的で、粉ごうことなき『脅威』だった。このまま大戦斧が振り下ろされれば、Lv.2のベルでは『トマト野郎』よりも酷いことになるだろう。

 

「【前へ(エンゲージ)】」

 

リューとライラが、合流したリャーナとネーゼが目を見開き、フリュネに与えられた衝撃(ダメージ)に歯を食い縛る。前衛攻役と後衛魔導士だけでは、鉄塊の如きフリュネを止めることはできなかったのだ。

 

「―――させない!」

 

そこへ、フリュネとは正反対に全身型鎧(フルプレート)を纏う小柄な土の民(ドワーフ)のアスタが前衛壁役(ウォール)という役職に相応しくベルとフリュネの間に入り込んだのだ。

 

「【恐れずして(リフト)】」

 

「ゲゲゲッ、一緒に吹き飛びなぁ!!」

 

鉄壁の加護を付与したアスタは大盾を構え、2本の大戦斧を受け止める。攻撃を受け止める盾を通って衝撃が走り腕が悲鳴を上げ、後ろにいるベルをも巻き込んで船外に飛ばされた。

 

「――――ごめん皆、先に脱落するっ」

 

「―――――」

 

「気にしないで! 私の分も、()()から! やっちゃえ、ベル」

 

苦痛に表情を歪め、種族柄短いその体躯で片腕をベルに伸ばし、掴んで船に戻れるようにぶん投げ、装備していた大盾もぶん投げた。彼女はそのまま、落下していった。投げ飛ばされながら、ベルは最後の一節を口にし魔法を完成させる。そうさせるかと美神の眷族達は躍起になって砲撃を一斉に放つ。

 

「【前へ(テイクオフ)】!」

 

アスタが投げた大盾を手に取り、砲撃を防ぐ。

そして、完成した魔法を解放する。

 

 

「――【ビューティフルジャーニー】」

 

 

 

 

×   ×   ×

黄昏の館

 

 

砲撃がベルへと撃ち込まれ、煙が上がる光景が鏡に映っていた。小柄で可愛らしいドワーフは重装備故にそのまま落下、飛沫を上げて流氷の中に姿を消していった。4人の【アストレア・ファミリア】の団員の防衛を抜けてベルへと砲撃を当てた美神の眷族こそ、見事と言わざるを得ないものであり、フリュネに突進されてもなお魔法を完成させたベルと間に入り込み守って見せたアスタもまた、賞賛に値するものであった。

 

 

「出た、ベルの魔法!」

 

「て言っても、何で怪物祭で使った『雷』の魔法じゃないのよ。あれを使えばイチコロでしょうに」

 

「飛行魔法……ですよね?」

 

 

ティオナが叫び、ティオネが疑問を浮かべる。そしてレフィーヤも同じように疑問を覚え首を傾げた。空を飛べる者はオラリオにおいて少なくとも現状、存在しない。某万能者は道具(アイテム)を用いこそすれ、『とっておき』故に誰もが知っている代物というわけではない。だからオラリオにいる誰もが知っている『空を飛べる者』と言えばベルなのだ。

 

「―――結局のところ、彼の魔法は何なんだろうね」

 

そう口にしたのは、フィンだった。

普段使いしているその魔法のことを、フィンだって知っている。なんなら、自分の頭上を通り抜けていくのを「気持ちよさそうだな」なんて思ったことすらあった。それでも、彼の勘が『飛行魔法』を否定していたのだ。そんなフィンの呟きにリヴェリアもまた、似たような反応。そして、もうもうとうねりを上げる煙の中から、大盾が落ち、その後に深紅(ルベライト)の瞳の光が見えた直後。

 

 

『―――ぇ?』

 

 

猛烈な斜線が走り抜け、【イシュタル・ファミリア】の団員が、()()()()()()()()()()()

 

 

×   ×   ×

摩天楼施設(バベル) 30階

 

 

「――――何!?」

 

イシュタルが何度目かの驚愕を上げる。それは周囲の神々も同様だった。ベルは淡い光を帯びていた。さらに言えば、『(そら)』という未だ人類が到達できない領域に立っていた。

 

「いや、別にそこはいいんだ……俺だって見たことがあるしね」

 

「―――()()()()()

 

ヘルメスが瞳を震わせている。

ベルに運んでもらったことのあるデメテルが、口にする。ベルが魔法を詠唱している間、リュー達が守っていたとはいえ、彼女達の防衛を掻い潜って被弾した攻撃は存在する。故にその身体には少なからず傷はあった。それが今は、()()()()()()()()()()のだ。

 

 

魔導士の総攻撃を被ってなお、『自己再生』によって身体を修復させる階層主を思わせるそれ。神々は、そして冒険者達はその怪物達の権能を想像した。鏡には誰にも知覚できず、本人さえ気づけないままに船外に投げ出された光景が映っている。閃光の如き『突進』が無慈悲に、少女を吹き飛ばしたのだ。誰かの唇から落ちた呟き。遅れて聞こえてくる衝突音と落水音。宙に舞った少女は既に意識が寸断されており、重力を思い出したかのように落下していったのだ。戦闘中という状況によって2つの異能(スキル)の効果を発揮したことで成せる、ベル・クラネルの()()()での出し惜しみなし(フルスロットル)

 

 

「嗚呼、素敵、素敵よベル……!!」

 

頬を染めて、熱い吐息を漏らしてフレイヤが我慢ならないと発情したように口を開いた。アストレアやロキが眉を跳ねてそちらを見て、美神の雌の顔に唇を痙攣させる。

 

「傷ついても回復して立ち上がって……これじゃあ、まるでっ死せる戦士(エインヘリヤル)!!」

 

 

彼女の興奮が冷めることは、ない。

 

 

×   ×   ×

戦場

 

 

「レ、レナッ!? ――――ぐづっっ!?」

 

2人目。

落ちていった少女の名を呼んだ獣人の少女の上半身に衝撃が叩き込まれた。すれ違いざまに鞭のように振るわれた黒に金の装飾(アクセサリ)を織り込んだ『ロングマフラー』の仕業だった。長く、揺れるそれは、まるで竜の尾のようにさえ見えた。

 

3人目。

咄嗟に構えた大戦斧を避けて、巨女(フリュネ)全身型鎧(フルプレート)の右肩部分がひしゃげた。再び宙に躍り出た白兎による左腕に装備していた『黄金の円形盾』による盾の突撃(シールドバッシュ)だった。その3つの出来事が連なったのは、僅か数瞬の出来事だった。

 

「な、なぁ……ッ!?」

 

右肩部分が損傷し、その衝撃に体勢を崩したフリュネは瞠目する。フリュネこそやられることはなかった。第一級冒険者としての器の強度が、その階位に至るまでの経験が、彼女を生存させたのだ。

 

「あ、ありえない……!?」

 

第三級冒険者(レベル2)とは思えないその力と速度。美神の眷族達が戦慄に染め上げられていく。そんな彼等彼女等の視線を浴びるベルは、宙でまるで壁に立つように横向きの状態で停止して戦場を見渡している。

 

「こ、この――――ッ!」

 

何が起きたのか理解が遅れて男性団員達が甲板を駆け、跳び、ベルに肉薄する。打撃に剣撃、そして砲撃。攻撃を受け、ベルが墜落していき、そしてまた()()()()

 

「ギ―――ッ!?」

 

「がぁああああああああ!?」

 

甲板に着地する前に、上下左右前後、計6方向を縦横無尽に飛び跳ねてベルはお返しとばかりに攻撃を叩き込み、2人、戦闘不能にさせた。

 

「砲撃! 合わせて!」

 

「――光翼展開」

 

魔法の輝きが、瞳に映る。

呟きの後にベルの背中から12枚の光翼が顕現、ベルを中心に周囲を大きく旋回しては背中で待機する。黄金の円形盾を体に押し当ててから、防御の構えを取り、右手薬指に嵌めている指輪を発光させありもしない魔法(ハッタリ)を口にする。

 

「『――魂の平静(アタラクシア)』」

 

着弾。

爆発。

即時治癒。

 

そして、タイミングがわずかに遅れて飛んできた1発の魔法に対してベルは避けることもなく小振りな口を大きく開けて――。

 

「ガブッ」

 

「は………はぁああああああ!?」

 

ガブリと()()()()()()。光翼の1枚が喰らった炎の魔法と同色に染まり、重力に負けたように流氷の中へと沈んでいった。美神の魔導士達がくそったれと唾棄して、一斉砲火。一度に大量の魔法を浴びせればいくらなんでもと考えたのだろう。

 

「んぁ―――――んぐっ」

 

それを、ベルの前にやってきた光翼が無効化し、2発分の砲撃をベルはぱくりと喰らった。反動で身体が大きく仰け反ってこそすれ、これでもダメなのかと冷や汗を流す魔導士達は、次にはお返しを喰らった。

 

「ガァ―――――ッ!」

 

魔法反射(マジックリバース)

大きく仰け反らせていた身体を前に、それこそ竜がブレスするようにして捕食した魔法を()()するまえに吐き出すという応用技で、返したのだ。

 

「器の性能限界を超えた加減速(オーバーブースト)。これがどういう効果なのかを知ったのは、アビリティを上げるためにアストレア様が兎にリオンを相手に『鬼ごっこ』させていた時なんだ」

 

「くそったれぇええええええええ!?」

 

「【アストラル・ボルト】!」

 

短杖(ステッキ)の先端にほんの一瞬だけ展開される魔法円(マジックサークル)。そして放たれる星炎が美神の眷族達を撃ち抜いていく。

 

「~~~~~~~~ッ!?」

 

宙を駆けるベルを見上げながら、ライラが呟く。奪った2隻のガレー船を移動させて氷上を走って合流してきたイスカ、ノイン、セルティもベルを見上げながら、若干トラウマを思い出しつつ、ライラの続く言葉を耳に入れた。

 

「リオンは兎に、被弾させないように……威嚇射撃的な感じで魔法をぶち込んだりもしていたんだよ。攻撃魔法が当たった時には、着弾した場所が爆発したりする。その威力(エネルギー)をあいつは明星簒奪(スキル)で奪っちまって、馬鹿みたいに加速しやがった」

 

爆発で身体が吹き飛ばされて、地面を転がされる。普通なら、そういう光景が出来上がっていたはずだった。けれど明星簒奪(スキル)を使ったベルは吹き飛ばされるどころかその威力でそのまま加速していたのだ。

 

「最も、器の性能限界を超えるんだ。身体は当然、悲鳴を上げる。だからアストレア様は条件を設けた。スキル単独の起動はしてはいけないってな」

 

その証拠にベルは今、2種類の光を帯びている。1つは自動治癒(オート・ヒール)の光。そしてもう1つは―――。

 

×   ×   ×

 

 

【挿絵表示】

 

 

×   ×   ×

黄昏の館

 

 

()の彼はLv.3だ」

 

フィンの呟きに、団員達が瞠目する。

ベルの手札が未知数ということもさることながら、可愛い顔しながら化物してるベルに戦慄しながら、それでもフィンの口から聞こえたその言葉に瞠目させられた。

 

「あの盾は、【ゼウス・ファミリア】に受け継がれていた防具でね。ありとあらゆる厄災を退け、石化の呪いでさえ反射すると言われる雷雲の象徴なんだ」

 

「大神の派閥の家宝ともいえる、まさしく『破邪の盾』」

 

「銘を、『魔除けの大盾(アイギス)』!」

 

フィンに続いてリヴェリアが口を開き、この一瞬の間にベルがランクアップした『種明かし』を行い、そしてガレスが盾の名を口にする。

 

「異常な、それこそ第一級冒険者(フリュネ・ジャミール)の反応が遅れるほどの速度で、彼女の防具が損傷を受けただろう?」

 

その時、ベルは黄金の円形盾で盾の突撃(シールドバッシュ)をお見舞いしていた。鏡越しに見ていても何をしたのかなんてわかりっこない一瞬の出来事だが、その一瞬でベルは()()()()()()()()()()()のだ。今、ベルが纏っている2種類の光の、もう1つこそがそう、春姫の妖術である【ウチデノコヅチ】の光なのだ。

 

「で、でも、Lv.2で第一級に迫る速度って……あり得るんですか!?」

 

「レフィーヤ……あんただって魔法の火力だけなら迫れるでしょ」

 

「――――!」

 

「恐らく、速度に関してはスキルだろうね」

 

「では団長、あの子が時折使っていた魔法を無効化していた魔法は?」

 

「ああ、あれは―――」

 

フィンがティオネの問いに答えを返そうとして、リヴェリアが被せる。

 

「ハッタリだ。あの子が右手薬指に嵌めている指輪こそが、魔法を防いでいた障壁(たて)の正体」

 

その障壁、その指輪。

素材となった怪物の名は、『カーバンクル』。ふわふわの緑玉色(エメラルド)の毛並みに、猫ほどの体躯。額から伸びる一角はそれ自体が宝石であり、美しい紅の光を湛えている。()の『ユニコーン』と並び、滅多に遭遇(エンカウント)できないとされる希少種(レアモンスター)である。『カーバンクルの秘晶(ドロップアイテム)』は超希少かつ超超超超高額。

 

「そういえば……昔、図鑑でカーバンクルの項目を見ていたような……」

 

食堂で鏡から映像を見ていたアリシアが過去を思い出して呟きを零す。そこへ喉が渇いたのか移動してきたラウルとアキも混じる。

 

「あー……なんか【静寂】の魔法を再現できないかとか言ってたような言ってなかったような……」

 

「にしても、普通、やる? どんだけお金かかってんのよ……」

 

 

×   ×   ×

ギルド前庭

 

 

黄金の円形盾(アイギス)に、秘獣の指輪―――」

 

解説者のイブリとガネーシャがとうとう言葉を失って開いた口が塞がらない状態になっている中、アーディは鏡からそれを見た。飛び交う雷が、炎が、風が、氷が、呪いが、ベルの周囲を旋回していた光翼によって防がれ消え失せるのを。

 

「――魔法を無効化する光翼」

 

これだけでベルには、『盾』が3種あるということになる。可愛い弟分が、格上の冒険者達を蹂躙していく様は恐ろしいものではあるが、魔法を防ぎ、或いは捕食するのを見てアーディはそんなベル越しに2人の覇者を見た。

 

 

「やっちゃえ、ベル!」

 

 

×   ×   ×

【タケミカヅチ・ファミリア】

 

 

「これがベル殿の……本領……」

 

 

極東式の家屋の一室で、彼等は正座した姿勢で戦争遊戯を観戦していた。正直なところを言えば、自分達だって参戦したかったが実力がないことが理由で参戦権は存在しなかった。ましてや改宗(コンバージョン)しての参戦も、きっとアストレアもタケミカヅチも良しとはしないだろう。(みこと)はだからこそ、己の武器―虎鉄―をベルに託したのだ。

 

「春姫殿を救い出したかった……しかし、自分には実力がなく、打ちのめされ、都市が魅了されてはあれよあれよと【アストレア・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】の戦争遊戯が決定されてしまった」

 

悔しいというのが本音。

それは主神のタケミカヅチもわかってはくれる。でも、自分達にはもう入り込む余地がない。極東からやってきた冒険者達は己の無力に拳を握り締める。何せ、春姫のこと以外にも面倒を見てくれた(意地悪してくれた)、輝夜が魅了に落とされたのだ。怒りに燃えないわけがなかった。

 

「今の俺達はあまりに弱い……そういうことだろう。俺達があそこにいても、きっと邪魔にしかならない」

 

「はい、わかっております桜花殿」

 

魔法を捕食するベルが映る。

甲板を駆ける【疾風】が、【狡鼠】が、狼人が、美神の眷族達を屠っていく。それはあまりにも速くて、速すぎて、今の(みこと)達では肩を並べるなど夢のまた夢。

 

「応援、しよう」

 

千草が言う。

小さな声だが、皆の耳に入り頷かせる。

鏡に映るベルが何度目かの捕食を終えたところで、フリュネに捕らえられるのが見えた。

 

 

×   ×   ×

戦場

 

 

「舐めるんじゃ、ないよぉおおおおおおおおッ!!」

 

「―――ガッ!?」

 

「ベル!?」

 

それは、魔法を6回捕食した時だった。

三次元を描く連続跳躍から繰り出される攻撃に、美神の眷族達は手の出しようがなかった。だって(そこ)は人類の未到達領域であり、誰だって飛ぶことができないからだ。魔法を撃っても指輪から発生する障壁が阻む。魔法を撃てても光翼が無効化してしまう。魔法がようやく当たったと思えば、ぱくりと捕食されて自らの精神力(マインド)()()されてしまう。傷を負わせられたと思えば、再生されてしまう。そんなものを見せられてしまえば、いくら好戦的なアマゾネスであろうとも戦意を失ってしまうのは仕方のないことだろう。ただ1人を除けば。

 

「もう逃がしゃしないよぉ!? 喰える魔法にも速度にも限度がある、見てればわかるさぁ!」

 

紛れもなく、彼女は第一級冒険者なのだろう。

ベルの加減速が一定ではないことを見抜き、そして目を慣れさせ、そしてようやく今、羽虫を握りつぶすようにベルの華奢な身体を捕らえた。胴をしっかりと掴み、ベルの鎧に悲鳴を上げさせる。捕らえられたベルに、リューが救出に向かおうとする。それをベルは、人差し指で輪を描いてサインを送ることで、むしろ彼女達を撤退させた。

 

「よくもやってくれたねぇ、兎ぃ!!」

 

気付かないフリュネは、頭に血を昇らせていた。

30は近い戦力が今はほとんどいない。甲板には意識を刈り取られて眠っている者が大半。タンムズのように「空は我が女神の領域だぞ!」なんてことは思わないが、それでも好き勝手に暴れた格下の兎に怒りの炎を燃やさないわけではない。このまま握りつぶしてやる。そう思うフリュネに対して、ベルは不敵に唇を吊り上げる。

 

「――――()()

 

「ゲゲゲ、今更逃げられると思っているのかい!? あんたは終わり、アストレアもその不細工な眷族達もアタイが潰してやるよぉ!」

 

春姫だって与えやしない。あいつはアタイ達のために死ぬんだ、道具らしく。嗜虐的に、暴力的に言うフリュネに、バイザー越しに見える彼女の蛙のごとき相貌に、姉達に対しる侮辱にベルもまた瞋恚の炎をもって応える。

 

「逃がさないのは……こっちも、同じ……だ」

 

「ゲゲゲ、何を言っているんだいぃ!?」

 

「僕は、6()()魔法を食べたんだ」

 

フリュネの腕の中でもがいていたベルは、左腕をなんとか解放させ、天に指さす。雲一つない青空、燦々と輝く太陽。何もない。何も、おかしなことはない。おかしなことがあるのは、()()()()

 

 

「『精霊の六円環』って……知っていますか?」

 

 

それは遥か古代の話。

神でさえ知っている者が少ないとされる御伽噺の1つ。

 

邪竜を滅ぼした、6人の精霊の話。

強力な結界で竜を封じ、歌を紡ぎ、大秘術を以て凶悪な竜を葬るという話。

 

「僕の器の許容量を超えた魔法は、喰えない……グラスに水が無限に注げられないのと同じように……光翼が魔法の色に染まって沈んで行ったのは、フェイク。本当は沈んだりなんか、しない……喰った魔法が光翼に閉じ込められた、だけ。僕は今、それを一斉に浮上させた」

 

魔力が満タンの状態で喰った魔法は光翼に格納される。その光翼を喰らうことで失った魔力を補給する。いわば、保存食を作っているようなものだ。けれど魔力というのは、どんな武器よりも難物(じゃじゃうま)であり、取り扱いに注意しなければいけないものだ。それこそ、『並行詠唱』を行う魔導士達は、両手で爆弾の処理を行いつつ戦闘を行う。失敗なんてすれば、魔力暴発(イグニスファトゥス)を起こして術者本人が痛い目を見る。

 

「魔力は……取り扱いを間違えれば、爆発してしまう危険なもの、なんです」

 

「そんなの当たり前じゃないかぁ!?」

 

「貴方が、頭に血を昇らせてくれてよかった……僕が貴方からレベルブーストを奪ったことにも気づかないんだから」

 

「――――――!?」

 

ベルが帯びている光は2種。

【ビューティフルジャーニー】がどんな魔法なのかわからないのであれば、その光の1つが【ウチデノコヅチ】だとは気づけない。

 

「第一級冒険者相手に、格下の僕が勝つのは……すごく、すごく、難しい……でも、()()()()()()()()()()()

 

「!?」

 

虚を突かれたように、フリュネの顔色が変わる。

レベルブーストを奪われたこと、そして周囲から感じ取れる荒れ狂う魔力に気がついたのだ。

 

 

「な、なんだぃ……これはぁ……!?」

 

戦場となっていた2隻のガレー船。

その周囲を大きく囲うように、6枚の光輪が臨界を迎えようとしていた。

 

「魔力は危険なもの、なんです」

 

「それはさっきも聞いたぁ!? お、お前っ、いや、【アストレア・ファミリア】の不細工どもはどこに―――!?」

 

フリュネの視界が闇に覆われた。

否、自由になった左手でマフラーを巻きつけ視界を遮ったのだ。そして深紅(ルベライト)の瞳に瞋恚の炎を宿して、ベルは力のこもった声で続ける。

 

「魔法を閉じ込めた光翼を……高速で回転させる行為は、いつ爆発するかわからない爆薬を振り回すのと同じ……! 覚悟しろ、これこそが奇跡の再現だ!」

 

 

炎、雷、氷、土、風、呪い。

暴れ出そうと輝く光翼が輪を描くは光の輪。

臨界を迎え、最大でもLv.3の魔導士達の魔力が一斉爆発を開始する。再現するは大秘術の再現なれば、精霊の御業なり。たとえ第一級冒険者であろうとも、無傷ではすまされない。

 

 

 

 

×   ×   ×

黄昏の館

 

 

「―――倒せる」

 

「7年前の抗争で、死兵となった者達の自爆によって恩恵を持つ冒険者達の命が多く奪われた」

 

「それもほぼ至近距離で喰らったため……その理屈なら、L()v().()3()()()L()v().()5()()()()()

 

6人分の魔力暴発(イグニスファトゥス)を発生させる行為にリヴェリアやレフィーヤ、魔法種族の妖精達が青ざめ、古代の御業を再現しようとする所業に神々が「ゼウスぅぅぅぅぅ!?」と悲鳴を上げていた。

 

「光の……輪……」

 

震えた声でレフィーヤが。

 

×   ×   ×

摩天楼施設(バベル)30階

 

 

「ちゃう……疑似的再現やけど、あれは『扉』や」

 

ロキが細めていた目を開いて。

 

「おいおいゼウス……貴方はいったい、何を教えていたんだ……!? 逸話だけで再現していい代物じゃあないぞ!?」

 

ヘルメスが椅子から転げ落ちながら言う。

 

 

×   ×   ×

戦場

 

 

アリーゼと輝夜が剣戟を交わしていた。

激しい音が響き渡る。

それでも、戦場の空気が変わる事に気付かない2人ではない。

 

「――――ベル?」

 

「何だ、何が起きようと……」

 

思わず戦闘を止めた視線の先で、複数の光で景色が歪むほどの異変。

マリューが仲間内で戦っていた団長と副団長に呆れ顔をしながら、振り返り、そして汗を頬から流す。

 

 

(怒らせたら怖いの、あの子かもしれない……)

 

 

可愛すぎて忘れていた、そういえばあの子、アルフィアの息子だった。そんな馬鹿なことを思う彼女達は、次には流氷が爆発するのを見た。

 

 

×   ×   ×

 

 

「や、やめなぁ!? あんただってただじゃすまないよぉ!?」

 

「そう思いますか?」

 

戦闘中での詠唱時に展開された魔法円(マジックサークル)と魔法石を嵌めた指輪でベルの魔法の効果は底上げされている。そして今、レベルブーストによってその効果もまた上がっている。自動治癒(オート・ヒール)はベルの身体をたちまち癒す。それこそ、優しい治療師(マリュー)のように。

 

「は、離れっ!? お、お前達ぃ!? 何、寝てんだい、こいつを止めろォ!? う、美しいアタイが、どうなってもいいっていうのかい!?」

 

「仮にも美の女神様の眷族なんだ……散り際も()()()いきましょう……!!」

 

呻く美神の眷族達。

武器か何かを鎧の隙間に噛ませているのかベルを引き剥がせない視界を遮られたフリュネの悲鳴が戦場で木霊する。叩きつけようとも投げ飛ばそうとも、この白兎は離れないし傷付いた身体はすぐに治癒の光に癒されるためにまるで意味を成さない。肌をぴりつかせるのは、いつ爆発してもおかしくない光翼にして光輪の存在。ベルの意志一つでそれこそ、パンパンに膨れた水風船のように破裂して自分達を飲み込むのだろうことだけは動けない彼等彼女等は理解できていた。止めなきゃいけない、逃げなきゃいけない。フリュネは割とどうでもいいが、とにかくやばい。けれど、身体が言う事を聞かないのだ。

 

 

「な、何でもするっ、何でもするからやめなァ!? そ、そうだっ、体、体で払うよっ、アタイと寝させてやるから見逃しなよォ!?」

 

ぴきっっ、とベルが青筋を立てる。

 

「アタイ以外に素晴らしい女なんていないよォ!? この体にこの美貌、女神も裸足で逃げ出すってモンさぁ! こんなアタイを好き勝手にできるんだ、ほぅら、そそるだろォ!?」

 

自分を囲っている夥しい魔力(殺意)に、媚びを売るのに夢中なフリュネは必死だった。いくら彼女でも6人分の魔力暴発(イグニスファトゥス)を至近距離から受けるなんてとんでもない。誰もが「ああ、終わったわ」と確信する中、ベルを引き剥がそうと振り回し暴れるフリュネはトドメとばかりに、醜怪な笑みを浮かべた。

 

「あんたの主神(アストレア)も【紅の正花(スカーレット・ハーネル)】達も母親(アルフィア)も目じゃないさァ!!」

 

瞬間。

瞼を閉じていたベルが、絶対零度を思わせる声音で必殺を口にし左腕を振り下ろした。

 

 

「――――【終滅の天刑(ヘヴンズ・カタストロフ)】」

 

 

 

×   ×   ×

 

【挿絵表示】

 

×   ×   ×




防御だけでマフラーも入れれば4種。


光翼の元ネタはキアナ(空の律者)だったり、ガンダム(エアリアル)だったり。ただしビームが出たり槍に変わったりとかはしない。


終滅の天刑(ヘヴンズ・カタストロフ)
最後の挿絵の紫の輪がそれ。
喰った魔法→光翼に格納→『魔力』という爆薬を輪を描くように振り回して合計6つ同時爆発させただけ。

※これによってロキF達、ソードオラトリア組は事件の真相に気付くのが早いです。なおベル君は関わらないのでほぼ描写ありません。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。