アーネンエルベの兎   作:二ベル

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アニメ5期決定だー!
絶対1クールで収まらなーい!


水天日光⑲

 海上で爆発が起こる。

流氷は溶け海水へと戻され、爆発のエネルギーによって上へ上へと押し上げられる。ともすれば鏡からその光景を見ている者達、戦場でそれを見ていた者達の瞳には、それが『下から上へと昇る大瀑布』なんてものに見えていることだろう。6つの光翼に閉じ込められた魔法―魔力―を高速回転させて一斉に爆発させたというだけではあるが、『6人分の魔力暴発を意図的に行う』なんて所業、オラリオをひっくり返してもそうそうできる者はいないだろう。大瀑布が出来上がったのは短い時間であり、海面にはその短い時間に窪地(クレーター)が生まれ、そしてそれらが落ち着いたと思った頃に始まるのは、海面が元に戻ろうとする現象だ。

 

 

「きゃぁあああああああああああっ!?」

 

「う、うぉおおおおおおおおっ!?」

 

 

悲鳴が響く。

海面にできた窪地(クレーター)が元に戻ろうとするその力でガレー船が引き寄せられたためだ。唖然としていた美神の眷族達が咄嗟に船にしがみついたが、何人かが足を滑らせ、或いは衝撃に耐えられず、船から放り出される形で海へと落ちていった。最後に、爆発によって吹き上げられた海水が、雨のように降り注いだ。爆発の中心地にあった―6つの光輪に囲われた―2隻のガレー船の残骸がわずかに浮いており、また、美神の眷族達も完全に戦闘不能状態で浮いている者がちらほら。そんな彼等よりも上、足元になにもない空中にてベルは残存する6枚の光翼―何枚かは罅割れている―を背に待機させながら浮遊していた。そこに、全身型鎧(フルプレート)を纏った巨女(フリュネ)の姿はない。

 

 

『―――――ボ、探索者(ボイジャー)、【男殺し(アンドロクトノス)】に、しょ、しょ、しょ………はぁ!?』

 

 

ギルド前庭の舞台上では、解説役イブリが言葉を詰まらせる。無理もない、何せ、前代未聞の話だからだ。

 

 

第三級冒険者(レベル2)が、第一級冒険者(レベル5)を倒すのか……!」

 

「―――勝っちゃった」

 

「彼の母親が母親だから、驚くつもりはなかったけれど……実際に見せつけられると、言葉を失ってしまうね」

 

「「「アリシア、あの子()はやめておきなさい」」」

 

「なっ!? わ、私は別に何も!?」

 

 

黄昏の館では、リヴェリアが膝の上で拳を握り締め驚嘆の声を上げ、アイズが呟き、フィンもまた言葉に詰まる。そして食堂に集っていたアキやラウル、クルスといった幼少のベルを知る人物達は1人の妖精さんに「ダメ、あれはまずい」と何故か警告を発していた。

 

 

「「「「おいおいおい、死んだわ【男殺し(あいつ)】」」」」

 

「どういうことだ、アストレアッ!? あのガキ、本当にLv.2なのか!?」

 

「ええ、あの子はLv.2よイシュタル」

 

 

摩天楼施設(バベル)30階では、神々が開いた口が塞がらないとばかりにあんぐりとしており、イシュタルはアストレアがレベル詐称をしていたのではと―するような女神とは思えないが―疑わずにはいられなく叫びあがり、アストレアは動じることなく返す。ちなみに、フレイヤは「えへえへ」と涎を垂らしそうになりながら、発情した女神のように興奮に興奮を重ねて最高潮(ピーク)に達しており、アストレアは視界に映さないようにしていたし、ロキに関しては「きっしょお……」と割とガチトーンでぼやいていた。

 

 

「――――――」

 

()()()()()()()()()()()()()()()なんて、ベルは思いながら宙に留まりながら周囲を見渡す。真下にはガレー船だった残骸と、過剰殺傷(オーバーキル)もいいところと言っていいほど死屍累々に漂流物のように浮いている美神の眷族達。自分の身体を襲う痛みは魔法の機能が癒してくれて、今も自動治癒(オート・ヒール)の証拠として煙を上げ、降り注ぐ海水が熱い体温を冷やしていく。ゆっくりと呼吸を繰り返して脈拍を落ち着かせながら、姉達の姿を見つけ―最初に脱落したアスタは文句言いたげな顔をしていた―何故か、アリーゼと輝夜が戦っている最中で自分のことを鳩が豆鉄砲を食ったような顔で見つめているのに気がついて、そちらへと向かうことにした。1枚、光翼が限界を迎えボロボロと砕け散った。

 

光翼の残存数は、5。

 

 

 

「ベル……流石にやりすぎだ」

 

戦場は雨が降っていた。

晴れ渡る青空、雲一つない快晴。

その雨は偽物であり、海水が降り注いでいるのだ。

それを浴びながらリューは爆心地に振り返りながら呟いた。そしてすぐ近くにいた狼人(ウェアウルフ)が彼女の臀部(おしり)に張り手を喰らわせた。

 

「な、何をする、ネーゼ!?」

 

「いや、お前が言うなよって思ってさ」

 

「うっ………」

 

帰す言葉もない。

『いつもやり過ぎてしまう』は、リュー・リオンの代名詞のようなものだ。良くも悪くも幼い頃から自分達のことを見ていたベルには、そういったところも染み付いてしまっていたらしい。わ、私のせいですか……なんて落ち込みかけるリューに近付いてきた同胞(セルティ)が「まあまあ」と宥めた。

 

「やり過ぎてしまうのは、リオンに限った話ではありませんよ。きっと」

 

「………それも、そうか」

 

「し、しかし随分と戦場が様変わりしてしまった……最初に凍らせ敵の足を止めたというのに、結局は元通り」

 

「完全な元通りとは言えませんよ。引き寄せられる力で敵味方の船の距離が縮まっていますし、船は錨で固定していたわけでもないので、激しく揺らされましたし」

 

「で、ここからどうするんだ?」

 

彼女達も未だ少しばかり揺れる船、甲板に突き刺した武器で間違っても船から落ちてしまうということを防いでいた体勢から立ち上がり、話し合う。ネーゼがふるふると頭を振って水を払い、リューが顔に張り付いた前髪を退け、セルティが水浸しになった戦闘衣装(バトルクロス)を絞っている。

 

 

「相手の団旗(フラッグ)を発見して破壊しちまえばいい。そんで戦争遊戯(ウォーゲーム)は終わりだ」

 

ネーゼの問いかけに、別船にいる参謀(ライラ)が答える。彼女を囲うようにいるのは、女戦士(アマゾネス)のイスカ、只人(ヒューマン)のノイン、同じく只人(ヒューマン)のリャーナがいる。彼女達も濡れた身体から水気を払うなりしつつ、自分達よりも身体の小さい小人族(パルゥム)の話を聞いている。場所こそ違うが、彼女達も似たような会話をしていたようだ。

 

「私達はまだ、『レベルブースト』の持ち主に出会ってねえ。正直なところを言えば、そっちは兎がなんとかしろって感じではあるんだが……」

 

ライラは後方―開始時、自分達がいた場所―に振り返りながら肩を竦める。あちらには、アリーゼと輝夜がいたはずで、戦争遊戯(ウォーゲーム)なのに身内戦争(キャットファイト)始めちゃってるわけで、それに気がついたベルがそちらに行ってしまったのだ。

 

「まあ輝夜が本調子じゃないってのは、わかるよ」

 

「魅了されてたんだもんねえ……そりゃあ、怒るよ。私だってできるものなら女神様をぼこぼこにしてやりたいし」

 

「ま、腹が立つってのはわかるぜイスカ。だから私等が勝って、絞るもん絞りまくってやればいい」

 

「じゃあ、ここからは私達だけで?」

 

「残る敵のガレー船は私達が乗り込んだのも含めて5隻。左右から攻め込む形になるから……うん、最後には合流できるわね」

 

リャーナが短杖(ステッキ)を何度か降って水を振り落として、空に向けて魔法を上げた。信号弾代わりに。行動開始の合図だ。

 

「――――ところでリャーナ」

 

「何かしら、ライラ?」

 

「【終滅の天刑(ヘヴンズ・カタストロフ)】とかいう、あの兎の技……あれは、お前の入れ知恵か?」

 

「いや……光翼に魔法を封じ込められて、じゃあそれって魔力暴発起きたりするの?ってあの子の魔法を調べている時に口にしただけで、流石に『精霊の六円環』とかいう御伽噺は私、碌に知らないわよ?」

 

だ、だから私、悪くないもん! 魔法大国(アルテナ)出身の魔導士ことリャーナは自らの無実を主張した。

 

 

 

×   ×   ×

???

 

 

「エレボスのお気に入りの子、随分と頑張っているみたいじゃん」

 

「だろう? 俺が下界に留まるだけの価値は確かにあるだろう?」

 

光源乏しい暗い場所。

2人の男神達は、バーカウンターに頬杖をつきながら、鏡に映る光景を眺めていた。長い髪を耳にかけるようにしながら、『死』の神タナトスはグラスに口を付け、喉に流し込んだ後にベルの『必殺』に感嘆の声を上げた。

 

「【終滅の天刑(ヘヴンズ・カタストロフ)】……『精霊の六円環』もそうだけどさぁ、『逸話』や『伝説』、『御伽噺』を武器にし始めたら、厄介だよねえ……なまじ宗教と同じというか、()()()()も発生したりするから馬鹿にできない」

 

「ああ、そういえば人造迷宮(ここ)にもあったか? エニュオだかが運ばせたとかいう……」

 

「そ。確かあれを見たのは……【千の妖精(サウザンド)】とそのお友達の妖精ちゃんで、彼はいなかったはずなんだけど……ま、大神(ゼウス)の孫だっていうなら、何か知っていてもおかしくないよねえ」

 

「ふむ……『三大冒険者依頼』の目標が地上に出てくるまで地上を恐怖のどん底に陥れていた化物……まさに名に相応しく『闇と絶望』の象徴(ニーズホッグ)。それを葬り去った伝説の疑似再現、か」

 

「と言ってもあれってさ、ようはパンパンに膨らんだ水風船を一斉に破裂させたようなもんでしょ?」

 

「水風船に例えると急に可愛らしくなってくるな、まあ否定はしないが」

 

グラスを揺らし、酒を喉に流し込んで微笑を浮かべるエレボスは鏡に映る少年に眩しいものを見るように瞳を細める。タナトスはそんなエレボスを頬杖をついたまま、見つめ、言う。

 

「前から思ってたけどさあ……エレボスって『都市の破壊者(エニュオ)』だったりする?」

 

タナトスは思う。

7年前、アルフィア達がまだ生きていた時に起きた抗争のこと。

『悪』はあの時代、敗北したことは間違いない。

エレボスが送還されることなくこうして下界に留まっているのは不思議なことではあるが、彼の眷族がいないということは()()()()()()なのだろうと推察することはできる。あの時代において異常事態(イレギュラー)だったり、予想外のことがあったとすればそれはアルフィアとザルドが都市にいたということだ。

 

(とは言え、あの2人の覇者が特段何かをしたというわけじゃあない。むしろ手を出さないでいてくれたくらい)

 

まあ終わったことはどうでもいいのだ。

あの時代はよく命が天に還ってくれて充実していたし。

重要なのはその後。

闇派閥の頭目の位置にいたエレボスがいなくなった後に、『都市の破壊者(エニュオ)』なんて名乗る姿も見せない、声も聞いたことがない、いるかもわからない。そもそも本当に神かも疑わしいそんな奴がいつの間にか台頭していたこと。だからタナトスはエレボスのことを本当に『都市の破壊者(エニュオ)』だなんて思ってはいない。

 

(今のエレボスには眷族はいないし、抗争の後、オラリオ勢力はエレボスは送還されたと『偽りの話(カバーストーリー)』を流布するしかなかった。そうしないと子供達は抗争は終わっていないと不安がって、そうなれば都市の秩序回復には時間がかかってしまっていたからね)

 

エレボスが『都市の破壊者(エニュオ)』だなんて本気で思ってはいないが、眷族もいない彼があれやこれやと動いているのはタナトスも知っている。よくやってるなあと感心するし、だからこそ、確認してしまう。エレボスがぴくり、と動きを止め、そして黄昏の色がかった瞑色の双眸をタナトスに向けると神威をわずかに解放しながら、邪悪という言葉が似合いそうなくらいの雰囲気を以て微笑みながら言った。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「――――っ」

 

思わず同じ神であるタナトスでさえ、生唾を飲み込んでしまう緊張感が生まれる。バーテンダーをしていた信者の1人はその神威に腰を抜かししめやかに失禁。泡を吹いて気を失ってしまっている。

 

(敵わないなあ)

 

タナトスにはエレボスの神意などわからないが、目の前にいる原初の神が一柱は自分よりも何枚も上手であると自覚させられる。手札(カード)の切り合い、盤上遊戯などはタナトスの不得手とするところで、けれど今、タナトスは「なあんだエレボスがエニュオだったのかー」なんて間違っても口にしなくて良かったと心の底からそう思った。今の一瞬で、エレボスに喉元にナイフを突きつけられたような気さえしたのだから。

 

 

(でも、確認したくなる俺の気持ちもわかってほしいもんだよ……だって、本当に金を用意して、イシュタルの秘密兵器(ペット)を横取りして出荷しちゃったんだからさ)

 

 

本当に、眷族もいないのによくやるよ。

そんなことをタナトスは呆れた笑みを以てエレボスに返すのだった。

 

 

×   ×   ×

戦場

 

 

剣と刀がぶつかる音が響いていた。

ベルの為した偉業にして異常には目を張り驚かされたし、ガレー船が激しく揺れて戦うどころではなくなったが、彼女達は揺れが落ち着くと戦いを再開させていた。海水は雨のように降り注ぎ彼女達の身体を頭から足まで余すことなく濡らしつくしている。

 

「はぁああああああああ!」

 

「ふ――――っ!」

 

アリーゼが声を上げ剣を振るい、輝夜は居合刀を薙ぐ。降りそそぐ偽りの雨が斬り裂かれ、剣と刀の衝撃に吹き飛ばされ、一瞬だけ雨のない空白が生まれる。片や第一級冒険者。片や白兵戦最強の剣客。力の差など感じさせないほどの闘争がそこにあった。

 

「小さかった頃、私は曲がったことが大っ嫌いだった!」

 

アリーゼにとって『正しさ』とは一つの指標で、絶対の価値観だ。正答と正論こそが自分の身の周りを豊かにすると信じていた。幼い子供の共同体(コミュニティ)ではいつだって彼女は中心にいて、間違いに対しては猛然と戦った。男だろうと女だろうと関係なく。彼女は自分が周りよりも少しだけ()()()()()()()がわかっていた。別にそれを自慢しようとも、誇ろうとも思ってはいなかったが、ただ、その『優れた力』を当然の権利のように使った。

 

対立する子を力づくで黙らせた。

曲がったことを正すよう心掛けた。

『正義』を標榜していた。

 

けれどある日、1人の子に怪我をさせた。

友人を苛める、意地悪な男の子だ。

初めて咲かせた鮮やかな血は、とてもじゃないが『正義』には程遠かった。大人達に誰よりも怒られ、助けた友人には怯えられ、離れられた。

 

「結果、私はアストレア様に出会うまで『孤独(ひとりぼっち)』になった!」

 

結局のところ、『正義』の答えは見つけられなかった。

神様達に聞いてもニヤニヤされるだけで、そうして泣きながら、雨に打たれていたら、彼女は出会った。『正義』を司る女神に。

 

槍のように鋭い刺突が輝夜を襲う。

桜を模した仮面の奥で、輝夜が唇を噛んだ。

彼女は刺突を半身になって躱し、戻りに合わせて刀を振る。けれど目の前にいるアリーゼは第一級冒険者。当然彼女の戻しも速い。アリーゼは剣の戻しと同時に身を沈め、輝夜の刀を避ける。そして反撃に転じていく。

 

「出会った頃のアンタは、それはもう狂犬もいいところだったわ! アストレア様に罵詈雑言の嵐だったし!」

 

何度も立ち位置を入れ替えてはぶつかり合う2人。

瞬く間に数十の剣撃が飛び交い、戦闘衣装(バトルクロス)と防具に傷を生んでいく。それは思わず息を呑んで見入ってしまうほどの戦い。まさしく舞のよう。常人ではとても目に追えない剣の動きが、美しき剣の舞を生み出していた。

 

「アンタは、どうなの?」

 

「っ、私は――――」

 

無視をすればいいのに。

言葉を詰まらせて、何かを言おうとして、そして2人は自分達を見つめている少年の気配に気づいた。気づいて、生きていてくれてそして姿を見ることができたことに今一度安堵を抱いて輝夜は空を見上げて独白するように唇を動かした。

 

「国に言われるがまま、家に命じられるがまま、多くの命を散らしてきた」

 

極東において『五条(ゴジョウ)』が司っていたのは、『火消し』。その実態とは、暗殺、改竄、抹消といった『暗部』である。犠牲者が最も出ない平和的解決を目指し、煙が火に変り燃え広がぬよう徹底した速度をもって効率的調停を行う。自分が斬った者の中には無論、罪なき罪を着せられた者もいた。一族の中には使い捨てられた者だっていた。

 

「それでも『五条(ゴジョウ)』の使命は『火消し』。調和と調停は『正義』の本懐の筈だ……私は、私達は、何も間違ったことなどしていないはずだった」

 

『正義を志す者が、過程の中で擦り切れ、最後には犠牲となるなんて、違う筈だ』

 

昔、そう輝夜に言った少年がいた。

戦う力もないくせに、高潔な少年がいた。

いつか輝夜を一族にまつわる因縁を断ち切り救いたいと言った、そんな少年。輝夜に自分の『正義』に疑問を覚えさせてくれた真面目な少年。

 

「私は二度、同じことをした」

 

少年は輝夜を救うことはなかった。

だって輝夜が殺したのだから。

反乱分子となった少年の一族は、輝夜の一族によって抹殺されたのだ。一族に謀反を起こして少年を守ろうとした輝夜の意志など関係ない。『十』のために『一』を斬り捨てる。その『一』に輝夜がいただけのこと。

 

「私は死に場所を求めて……自分が気に入らないと思う『正義』とやらを道連れにしてやろうと、目障りな連中を斬り伏せてきた」

 

輝夜は自殺することができない。

そういうふうに、かつての主神にされてしまった。『夜の(はな)が汚れる』という理由で最後の権利まで剥奪されたのだ。ならばもう、彼女にできるのは死に場所を求めて彷徨う幽鬼と成り果てるだけだった。

 

「私は――――」

 

輝夜がふらり、と身体を揺らしてベルを見た。

あの日、イシュタルが魅了を行使したあの時、自らが斬った弟分を見た。純粋で白くて綺麗で、自然と他者に好かれる質な不思議な男子(おのこ)。気を抜けば、絶対に、自分はこの白い兎を愛してしまうのだと懐かれた時にはそう思ってしまっていた。そんな心を許した相手を、ぶった斬った。昔と同じように。血の海に沈めてしまっていた。輝夜の心が悲鳴を上げないわけがなかった。

 

「私は、お前と歓楽街に来たことを後悔している」

 

邪な気持ちがあったからこそ、情欲があったからこそ、連れてきた。殺してしまうかもしれないという不安は勿論あったが、本拠とは違う場所で、男女が交わる場所に踏み込んで空気を味わうくらいはしたっていいはずだとそう思ったのに、仮にベルが我慢ならないとなったならば粘膜接触を避けた行為で発散させてやろうくらいは思っていたが……出会いというのはいつだって残酷だった。

 

狐人(ルナール)を見ていたお前に、私は嫉妬した。毎日その娘に会うお前に腹を立てた。勿論、お前がその娘を放っておくことができなかったということも理解している。お前は、そういう質だからな。……団長達ならまだいい、【ファミリア】だし、付き合いも長い。でも、出会ったばかりの女に現を抜かすなんて許せなかった」

 

もちろんそれは輝夜の勝手な思いに他ならない。

ベルが誰を好こうが本人の自由であるし、アリーゼ達だって「その時は応援してあげましょう」と決めていたことではあるし。でも実際その時が来ると「いやだ」と輝夜が思ってしまったのだ。

 

神イシュタル(クソババァ)が魅了を使った後……私はお前達を斬っていた。だというのにどうだ、あの娘は魅了の支配下にありながら、抗い、お前を助け出そうと庇ったんだ」

 

それは輝夜にはできなかったことだった。

結局のところ庇いきれなくて2人は仲良く血の海に沈んでいたけれど、触れ合う2人の手に、輝夜の胸の中にあった(ハナ)の火は燻ぶるどころか荒ぶる火炎と化した。

 

《どうして?》

《私よりも弱い小娘のくせに》

《ずるい》

《羨ましい》

《どうしてそこにいるのが、お前(ハルヒメ)なんだ》

 

枝から花弁が咲き乱れるように輝夜の心は平静を保てなくなった。美しく、強い、剣客の女は醜く嫉妬の炎を燃やす化生となってしまっていたのだ。

 

「私は倒れているお前達を思い出す度に、羨ましい、どうして私じゃないんだと思ってしまった! そう思う度に、なんて私は醜いのだとも身体を引き裂きたい衝動にかられた!」

 

血の海に沈んでいた2人を思い出す度に、過去の自分を重ねて()()()()()()()()()()()と輝夜は思ってしまった。だからもうどうしようもなかったのだ。震える声で、輝夜は激情を叫んだ。

 

「私はっ、死にたかった!」

 

「輝夜さん」

 

ベルの声を無視して輝夜は長い髪を振り乱して胸に拳を当てて叫び続ける。

 

「私はあの時、死ぬべきだった!」

 

「輝夜さん!」

 

「お前はっ、あの遺跡で自刃したな! どうしてお前にはできて私にはできないんだっ!? 私はお前よりも強い! 大人になったはずだ! なのに、どうして子供のお前にできるんだ!?」

 

そんなこと言わないで。

そう訴えるようなベルの呼びかけなど聞こえないかのように輝夜はまるで悲鳴を上げるように絶叫する。彼女の言葉がベルの胸を抉る。

 

「何故、誰も私をっ、罰して(殺して)くれないんだ! こんな私が『正義』であるわけがないだろうに!!」

 

「―――っ」

 

「ベル、あんたはリオン達のところに―――」

 

「いやだ」

 

「ベル?」

 

「絶対に、嫌だ、僕は……()()()()。後悔しないために強くなるって誓ったんだ……」

 

大好きな姉が死にたいと叫んでいる。長い付き合いでこれほどまでに彼女の胸の内を聞いたことがあっただろうかと逡巡する。仮面の中で泣いているのか、それはわからないがベルには輝夜の気持ちが痛いほどにわかって泣きたくなった。そしてアルテミスとの一件で、自分がしたことのせいで輝夜が傷ついているのだとようやく理解した。アリーゼはこれ以上ここにベルにいて欲しくないと遠ざけようとしたが、ベルはそれを拒んだ。逃げないことだけは決めていたから。震える声音で、ベルは一歩、前に足を出した。輝夜は静かに震える刀を、その切っ先をベルに向けた。

 

 

私と戦え(私を殺せ)、ベル・クラネル……! 英雄(アルフィア)の子なんだろう……っ! こんな醜い怪物、倒して(殺して)みせろ!」

 

 

それ以上、輝夜は何も言わない。

激情に振り回されるままに言いたいことだけを言って、殺気を飛ばす。ベルは目元を擦り、アリーゼはベルの横に立つ。

 

「もっと、聞かせてください……!」

 

「―――――」

 

刀を下に向けて半歩、剣客が身体を揺らす。

 

「言葉を捨てるな……っ」

 

「―――――」

 

剣客の身体がわずかに前に沈む。

アリーゼが剣を構え、前に走り出した。

 

「っ、この野郎―――!」

 

ベルの叫びに答えることなく。

剣客の姿は瞬きの間に消え、ベルの目の前へと肉薄していた。





アルテミス編
・ベルが自刃した。
輝夜←自分が奪われた権利を行使したことに対して羨ましいと思ってしまった。燻ぶっていた火が力を増した。

イシュタル編
・春姫とベルが出会ってしまった。         火
・ベルが遊郭に通いつめてしまう。         炎
・エレェボスと再会してしまう上に精神状態乱される。災炎 
・イシュタルが魅了を使う。            爆! 
・血の海で手を触れ合わせて倒れている2人。    大爆炎!!


輝夜さんはめんどくせぇ女であってほしいんです。
なお、現在のベル君は輝夜さんとやることやっても死ぬことはないです。スキルと魔法のおかげです。でも2人ともそれを知りません。
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