アーネンエルベの兎   作:二ベル

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水天日光⑳

 熟達した技術は、魔法と見分けがつかない。

 

 

「――――――え?」

 

 

だから、第一級冒険者(アリーゼ)を無視して一気に間合いを潰し、刀による刺突をベルの胸に喰らわしていたことは真実、輝夜が言っていた『忌まわしき血族の神髄』なのだろう。

 

 

「――――――――ッ!?」

 

 

一瞬。

たった一瞬で、いとも簡単に、間合いが潰れたのだ。

そして胸元を突かれたベルが吹っ飛んだ。防御に集中するだとか、アリーゼが転進してベルを庇うとか、マリューが間に入って盾になるとか、そんな時間などないくらい、一瞬の出来事。

 

(輝夜の動きを………見逃した……!?)

 

それはアリーゼだけではない、戦争遊戯(ウォーゲーム)を観戦していた誰もが極東美人(ヒューマン)の動きを()()()()。ならば、真正面から彼女の攻撃を受けた第三級冒険者(ベル・クラネル)に、知覚できるわけがない。斬撃は見えず、一瞬で間合いが潰れ、咄嗟に防ぐということもできずに、無様に吹っ飛ばされ、ピクリとも動かない。反撃すらできなかった。

 

 

まさしく、瞬殺。

 

 

 

×   ×   ×

ギルド前庭

 

 

『は………? な、何が起きたのでしょうか……』

 

 

解説役イブリが乾いた声を辛うじて喉から漏らし、ガネーシャはあんぐりと口を開け、ギルド職員も民衆も時を止める。それは、彼女達の友人でもあるアーディも例外ではない。

 

「何、今の……」

 

戦争遊戯(ウォーゲーム)中だというのに身内で戦闘を始めたことにも怒りたい気持ちいっぱいだったが、今やアーディは顔を青ざめさせてだらりと降ろした腕を震わせることしかできなかった。

 

 

×   ×   ×

【タケミカヅチ・ファミリア】本拠

 

 

「ベ、ベル殿!?」

 

「あれが、【大和竜胆】の全力……!?」

 

「な、何で仲間割れなんて!?」

 

 

極東美人(ヒューマン)と同郷の者達もまた、顔を青ざめさせていた。(みこと)が吹っ飛ばされたベルの名を叫び、桜花が今まで見たことがなかった彼女の動きに圧倒され、千草が混乱の声にして当然の疑問をぶち上げる。

 

「お、桜花殿っ、今のはまさか!?」

 

「あ、ああ…できたことはないが、タケミカヅチ様に……聞いたことがある。あれは……だがしかし、鏡越しでも……これじゃあ、瞬間移動だぞ!?」

 

「で、でも…消えたわけじゃないよ!?」

 

「ああ…そう()()()()()()だけだ」

 

「これが……輝夜殿の本領……!?」

 

思わず喉を鳴らし、唾を飲みこむ。

汗が頬を伝って、握る拳にも汗が溜まる。

武神の眷族である彼女達は、その主神より聞いている。だからこそ他の冒険者達と違って知っている。今の一瞬の剣客の動きの正体を。

 

 

 

×   ×   ×

摩天楼施設(バベル)30階

 

 

「何や今のは!?」

 

細い瞼を開けて、ロキが叫んだ。

鏡越しでも見逃してしまった極東美人(ヒューマン)の動作。一瞬にして胸を突かれ吹っ飛ぶ少年に、驚愕と悲鳴の声をぶち上げるのは神々。アストレアも、イシュタルも、フレイヤでさえも例外ではない。等しく、彼女達は驚き、圧倒され、目を見開いていた。眷族同士が戦闘している―鍛錬ではないことは明白―のだ、アストレアの胸中は計り知れないだろう。それでも、戦闘開始すぐ最年少の少年が瞬殺された現実は彼女の目に確かに焼き付いていた。

 

(フリュネ・ジャミールのこともそうだが、ここにくるまでベル君が格上のアマゾネス達を倒せたこと自体がおかしかったんだ……瞬殺されること(これこそ)が、本来あるべき形……!)

 

ヘルメスが胸の内で声を上げる。

帽子を摘まんで目元を隠しこそすれ、この戦争遊戯中に格上を倒していたベルこそがおかしく、今まさに起きたことこそが本来あるべき形なのだと指摘。そして旅人の神(ヘルメス)極東美人(ヒューマン)の異常性を分析する。

 

(熟達した技術は魔法と見分けがつかないという言葉があるが……それにしても、()()()()()()()()のにあの取り乱しようはおかしい……)

 

錯乱?

ただ荒れているだけ?

或いは、ゼウスが「やめとけ」と言う『ヤンデレ』の気を持っていた?

 

(いや違う。少なくとも普段の彼女なら、ベル君に刃を向けるようなことはしない)

 

ヘルメスは知っている。

アルフィアが天に還ってからベルが落ち込んでいる時、家出をしたとき、必ずと言っていいほどに彼女が傍にいたことを。何も言わず、ただ寄り添っていたことを。だから今目の前で起きた瞬殺劇は()()()()()()()()()()()()

 

(まさかとは思うがあの仮面――――)

 

どよめく神々を他所に思考を働かせるヘルメスは極東美人(ヒューマン)が顔の上半分を隠すように被っている桜を模した仮面に目を細めていると、男神の声が耳朶を震わせた。

 

 

「あれは、『縮地』だ」

 

 

腕を組んで鏡を見つめて口を開いたのは、武神タケミカヅチ。

 

 

「体重移動を前進するエネルギーに代えて体を動かす技術で、体を傾けて倒れ込むときの重力を利用し、一気に相手までの間合いを潰す…というものだ」

 

 

言葉として説明したところで、下界の住人(こどもたち)にできるような簡単なものではない。ましてそれを行った剣客はLv.4ではあるが、()()()()()()()()()()()()()()()()()存在。そして、殺人特化の伝承(ちから)を持つ一族の生まれにして生まれた日より、『毒』を口にし地獄のような鍛錬を繰り返してきたからこそできる技。そしてそんな剣客達の主神はコノハナノサクヤヒメ。女児は崇高且つ絶世の女神の『御姿』を模し、追及する。故に美しく、洗練された所作を身に付ける。

 

「所作、技量が合わさることで体重移動しているにも関わらず、()()()()姿()()()()()()()()()ために視覚からでは動いたと認識できなくなる」

 

更に付け加えるなら、極東美人(ヒューマン)が気配すら消しているがために鏡を介しているのにも関わらず、瞬間移動しているように()()してしまうのだとタケミカヅチは言う。

 

「最も、恩恵(ファルナ)を何度も昇華させているからこそ、まるで魔法のようだと感じさせられるわけだがな」

 

「「「「大和撫子やべえ」」」」

 

「「「「極東やべえ。さすが首寄越せよとか言ってくる武者がいる島国だ」」」」

 

戦々恐々する神々。

何せ極東は、狭い島国。聞けば、魑魅魍魎(モンスター)が跋扈しているにも関わらず乱世乱世しているという。茶化しているんだかわからない神々にタケミカヅチは肩を竦めた。

 

「――――――」

 

タケミカヅチの話を聞いていたから、というわけではないがアストレアはそれどころではない。出会った頃の輝夜のような、いや、それよりも酷い精神状態を見たかと思えばタケミカヅチの言う『縮地』などという技術(まほう)で【ファミリア】の最年少(ベル)が一瞬で胸を突かれ吹っ飛ばされたのだ。嫌な汗が頬を伝い、悩ましい胸の谷間に流れ落ちていく。

 

(これも、イシュタルによるもの?)

 

ちらり、とイシュタルの顔を見てみれば偶然か彼女と目が合う。

 

「何だ、アストレア」

 

「いえ」

 

「急にお前の眷族同士が仲間割れを初めて…本当にお前の眷族達は分からん」

 

今の輝夜は魅了はされていないはずなのに、普段の彼女らしくない行動。これも、何かイシュタルにされたがためなのでは?とヘルメスと同じく思ったアストレアだが、イシュタルの反応に「それは違う」と心が否定する。

 

(失礼だけれど、もしこれがイシュタルの企てだったなら彼女はここで笑っているはず……)

 

なのにそれはなく、頬杖ついてつまらないものを見せてくれるなとばかりの態度。であれば浮上するのは当然、()()()()()()だと推察し、アストレアは消えていないベルの恩恵に祈りを込めた。

 

 

×   ×   ×

戦場

 

極東美人(ヒューマン)は刀を下ろし突きの体勢を正し、ベルに背を向けてアリーゼに向き直る。アリーゼは青ざめ、ベルの名を呼んで自分の方を向いた剣客を睨み、剣を握り締めた。剣客はベルにそうしたように、間合いを潰そうとして―――。

 

「―――、――っ、―――がっ、ゲホッゴホッ」

 

「―――!」

 

その咳き込む声に思わず、振り返った。

胸を突いた。

勢いよく、ドスリと。華奢な少年の身体は無様に吹っ飛び、何度も転がった。『縮地』と『刺突』の攻撃は正しくベルの命を奪い取ったはずなのにベルは生きていたのだ。胸を押さえて何度も咳き込んで、紅の長剣を杖のようにして何とか立ち上がろうと身体を震わせる。

 

「ベル君!」

 

「ベル、逃げて!」

 

アリーゼとマリューの声が遠く感じられる。

防具はフリュネを倒した時の必殺で破損した。剣客の刺突を喰らって生存していたのは戦闘衣装(バトルクロス)の中にあった掌に納まるサイズのある物が居合刀の刃より守ったからだ。ベルは戦闘衣装(バトルクロス)越しにそれを撫でると、震える膝に鞭を打って何とか立ち上がり、剣を構えた。光翼が1枚、砕け散った。

 

(逃げられない…)

 

本能と理性が告げている。

彼女の刀から逃げられるはずがない、と。何をされたのか理解できずに吹っ飛ばされて、立ち上がり剣を構えこそすれ、反撃するのは無理だとわかりきっていた。せめて防御を、と剣を構えて極東美人(ヒューマン)を瞳に映し、一瞬。

 

「―――ッ!」

 

また吹っ飛ばされた。

刀は見えなかった。構えていた剣に刀がぶち当たり、辛うじて防げただけ。刀がぶち当たった衝撃でベルの手から長剣は零れ落ちていった。さざ波が空気を読まず耳朶を震わせ、さらにまた一瞬で、剣客は目の前にいた。2人の間に飛び込んだアリーゼさえ置き去りにして、再びベルに知覚できない刀が振るわれる。彼女が狙ったのは、首。

 

横倒しになり、吹っ飛ばされ、甲板をバウンドする。光翼がまた1枚砕け散る。剣客は振るった刀より感じられた手応えに違和感を感じたが確認する間を与えられず、戻す刀でアリーゼの剣を受け止めた。

 

「っ、マリューベルのところへ行って!」

 

「で、でも!?」

 

「お願い!」

 

「~~~~~ッ!」

 

アリーゼは唇を噛む。

自分を無視してベルを狙ったことに憤り、【ファミリア】で誰よりも速く第一級冒険者になったというのにベルを守れなかったことに悔しさを感じて瞳を濡らす。鍔迫り合いの中、目の前にいる剣客が何を感じて何を考えているのか読み解こうにも仮面のせいで表情など読めやしない。どうしたらいつもの彼女に戻せるのか考える。

 

(輝夜はベルを狙ってる…もう会話すらしてくれない…! ベルを守るにはもう輝夜を……!? でも、そんなことしたらベルが一番傷つく……それはダメ!)

 

どうしたらいい?

どうしたら、元に戻せる?

アルフィアならどうした? 

そう考えて、答えを見つけられなくて。

アリーゼもまた輝夜の技に襲われる。

 

「―――くっ!?」

 

見えない斬撃。

かろうじて防御して、後ろに跳んで距離を離す。追撃は来ず、アリーゼは剣客を見据えて考える。【ファミリア】の中で白兵戦最強とされる輝夜の気配は限りなくゼロ。洗練された所作による脚運びもそのせいで雨粒一つ一つを意識できないように、知覚できなくなる。だからこそアリーゼを無視してベルを狙うことができた。指揮棒を振るうように剣を振るう覇者達と少し違うが、これもまた技術の極致なのだとアリーゼは正しく理解する。これが【ファミリア】内での実戦形式の鍛錬であったのなら素直に「すごい」と称賛し感嘆していただろうが、ここからどうやって目の前にいる恐ろしき剣客を無力化するのかなど考えていてはそんな余裕はなかった。

 

(魔法を使う……でも、それだと輝夜を……)

 

付与魔法(エンチャント)で追い上げる。

スキルも合わさればきっと輝夜を優に超える戦闘はできる。それは確か。けれど、悲惨な結末が待っていると勘が警鐘を鳴らしてくる。

 

離れた互いの間合い。

極東美人(ヒューマン)が刀を構える。低い姿勢、身体をわずかに捻って居合の構えを取っていた。冷や汗がアリーゼの頬を伝い、甲板に落ちる。それが合図だったかのように極東美人(ヒューマン)の気配が消え失せ、一瞬で間合いが潰れる。

 

「な―――っ!?」

 

(嘘でしょ!?)

 

アリーゼとベルとではまるで力の差は違う。

それでもなお、アリーゼの知覚から消える熟達した技術にアリーゼは反射的に身体を後ろに下がらせることで身を守ろうとする。驚愕に目を見開くアリーゼに続けざま刀が振るわれようとしたその時、2人の横から一発の魔法が放たれた。

 

「【女神に仇なす(やから)に鉄鎚を】―――【シタ】!」

 

「っ!」

 

「な、何!?」

 

両者が飛び退き、そちらへ顔を向けてみる。

そこにいたのは、この戦争遊戯開幕と共に真っ先にアリーゼが意識を刈り取った【イシュタル・ファミリア】の副団長、タンムズだ。褐色の上半身を惜しげもなく晒し、その右腕は蛇の鱗のようなものが浮かび上がり蠢いていた。彼はまだアリーゼに与えられたダメージが残っているのか、身体を左右に揺らし、倒れてなるものかと両足で踏ん張って見せた。目を見開くアリーゼは、彼が()()()()()()()戦士であるとすぐに察知する。

 

(たしか規則(ルール)では、海に落ちたら場外扱いで失格だったはず……でも私は彼の意識を奪って放置してた……)

 

ポカ(ミス)と言えばそうなのかもしれないが、意識の無い相手を海に放り投げるのもなんだか鬼畜の所業めいてやるわけにもいかなかった。意識を失っていたタンムズは目を覚ませば自分が倒れている甲板で美女が殺し合いをしているわ、兎がぶっ飛ばされるわ、意味の分からない光景に立ち会ったということになるのだ。お前等仲良し【ファミリア】ちゃうんかいっ! と正直そう思うタンムズなのである。

 

「これは神聖なる戦争遊戯(ウォーゲーム)……仲間割れ、大いに結構! 存分に潰し合え! その結果、貴様等が負けるのであれば指を差して笑ってやる!」

 

しかし納得いかないこともある。

受け入れてはいけないこともある。

彼は、美神イシュタルの眷族が1人。

『愛』を司る女神の眷族。

どの口が言うのだと言われるだろうが、そもそもこんなややこしいことにまで発展した原因はお前の派閥だろうと言われるだろうが、タンムズはこの状況は到底看過してはいけないと口にする。

 

「愛し合う男女が殺し合うなど……見過ごすことなどできるわけがない!」

 

「――――ど、」

 

どの口が言うの!?

アリーゼは言いかける。こいつホント、もう一回ぶっ飛ばしてやろうかとさえ思った。

 

「【大和竜胆】、貴様が酷い振る舞いをしたとしても、ゴジョウノ・輝夜が酷い結末を迎える義務はないはずだ」

 

だから、立て。

青年は言う。

背後で倒れてマリューに治療されている少年に声を投げかける。ベルの首は繋がっていた。巻いていたロングマフラーによって守られたのだ。光翼がまた1枚砕け散り、マリューの魔法の光が消え、ベルの呻き声が零れ落ちた。

 

「――ぅ、あ―――」

 

「ベル君……」

 

フリュネを倒した時に5枚。

そして恐ろしき剣客に蹂躙されている間に3枚。

残る光翼の数は、4枚。

二度死にかけて、がくがくと手が震える。

産まれた小鹿のように膝が言う事を聞かない。それでも青年の声に応えるように血反吐を吐いて、視界に閃光を散らしながら、甲板から身体を引き剥がす。『鏡』の先で、知己達と神々が目をあらん限り見開く中――マリューの手を借り、(みこと)から借り受けている刀を握り締め、立ち上がる。

 

「そうだ、立て!」

 

青年は吼える。

この女を失いたくないのなら立てと吼える。仮にも美神に戦争遊戯を申し込んだのならお前が倒れては話にならないとまくし立てる。

 

「輝夜さんを……たおさないと……止められ、ない……?」

 

「そうだ」

 

まともな意識も定かではない、朦朧とした頭で尋ねる。

 

「輝夜さんに……もう、会えない……?」

 

「そうだ!」

 

「あのひとを…………たすけられない………?」

 

「お前が一番わかっているだろう!」

 

きっとベルがやられてしまえば、輝夜はあの仮面の内側で涙を溜め続けるのだろう。発狂し、狂乱し、自分が何者なのかもわからなくなって、仲間の元にも帰れなくなってしまうのだろう。もう、微笑みながら頭を撫でてくれることもないのだろう。

 

(そんなの……………嫌だ………)

 

《誰かの笑顔を信じられる、そんな優しい人間になりたい》

 

《誰かの涙を拭ってあげなさい》

 

自分の心の声と、顔も知らない誰かの声が聞こえた気がした。

この()の向こうに何があるのだろう。

あの恐ろしき剣客を打倒する手段なんて思いつきもしない。フリュネなんかとはわけが違う。あちらが単なる暴力の化身だというのなら、こちらは技術の化身、今のベルでは反応すらさせてもらえなかった。不器用で、雑で、面倒くさい女な輝夜という姉がいなくなるのは嫌だ。嫌だけど、どうしたらいいのかわからない。

 

「―――お前の口でしか伝えられないことが、あるはずだ」

 

青年が言う。

言葉を尽くし想いを尽くせと。

それはベルよりも少しばかり長く生きているからこそ言えることであり、イシュタルの眷族だから言えること。敵に塩を送るような真似をしているのは確かだが、これはきっと戦争遊戯とは関係のない茶番だ。全部終わればきっと羞恥のあまり悶え苦しむことになるだろうそんな茶番。

 

青年の言葉を反芻し、ベルは唇を曲げ笑みを浮かべ、それなら、()()()と俯いていた顔を上げた。ベルがやらなくてはならないことは、たった1つ。大きく息を吸って、空を染める蒼を瞳に映して、天の向こうにいるのかもしれない()()()()()()()()に聞こえるように、その義母(アルフィア)譲りの言葉を口にする。

 

 

 

「――――英雄の作法をお見せしよう」

 

瞬殺されてなお立ちあがり、牙を剥き、血を吐いて、咆哮を上げる(うさぎ)に、極東美人(ヒューマン)は唯一見えた口元は唖然とさせていたかと思えば、笑みを咲かせ、次には3人の只人(ヒューマン)を迎え撃った。

 

 

 

×   ×   ×

 

死闘を見た。

剣と拳と刀が何度もぶつかり、火花を散らせる死闘を見た。殺人の達人が、正義を志す者が、未知の先を求める未熟者が、愛を司る女神の側近が、何度も交差し、立ち位置を入れ替え、衝突する。

 

死闘があった。

意志と意地がぶつかり合い、身を斬り、血の粒を撒き散らせる、血華咲き誇る死闘があった。美しき舞踊、迸る星炎、不気味な蛇を思わせる腕とがしのぎを削り、命を燃やす死闘があった。

 

「―――すごい」

 

誰かが、呟いた。

それは一番近くで見ていた治療師(マリュー)であり、鏡の向こうで観戦していた者達の呟き。第一級冒険者(アリーゼ)との力の差など何するものぞと剣客が舞い、必死に置いていかれないように喰らいつこうとする第三級冒険者(ベル)が刀と速攻魔法を操る。

 

「【アストラル・ボルト】!」

 

ベルの間合いを潰して致命を与えようとするならば、させてなるものかと七頭蛇(シタ)が睨みを利かせ剣客の動きを鈍らせた。

 

「【シタ】!」

 

その青年の魔法は、歓楽街でベルを撃ち落とした魔法だ。

その効果は『強制停止(リストレイト)』と『打撃』の2種。青年の腕で蠢く魔力はまるで7つの頭を持つ蛇のように複数の眼光を怪し気に輝かせ、その光に睨まれた相手の動きを止め強打を叩き込むという代物だ。その破壊力はまさに、『戦鎚』の如し。剣客の斬撃など片腕で弾いてみせていた。

 

「―――っ!」

 

未熟者と青年の身体が悲鳴を上げる。

けれどその度に、猛る、猛る、猛る、吼える。男としての意地を、女なぞに負けてたまるかと瞋恚の炎を燃やす。戦場たるガレー船は堪った物ではない。2隻の船が衝突し破損し、それでなお沈まずに入れたのは海が凍っていたからに過ぎない。4人の冒険者が暴れ回れば悲鳴を上げて徐々に徐々に沈み始めるのは道理だ。

 

「がんばれ」

 

「負けないで」

 

誰かが口にする。

手を合わせ握り締め、祈る。神や英雄にそうするように。その祈りと言葉は聞こえずとも、まるでそれに応えるように残された4枚の光翼が淡く輝きを放っていた。船は衝突のたびに破壊され残骸に変え海水を侵入させる。

 

「――ぁ、ぁああああああああっ!」

 

「――【レア・ヴィンデミア】!」

 

誰よりも傷ついていくベルを、治療師(ヒーラー)の魔法がたちまち癒す。海水を吸った着物のせいで動きが鈍りとうに縮地などできなくなっていた剣客は舌打ちを1つ鳴らし、二振りの小太刀に手をかけ技を見舞う。

 

「居合の太刀―――双葉」

 

「~~~~~っ、魔剣よ!!」

 

恐ろしき剣客が繰り出す数多の斬閃を、背負っていた魔剣から生まれる雷によって相殺しながら、青空に星空を生む炎を迸らせる。魔剣の雷が奔り、海水が跳ね上がり、互いの身体さえ濡らし、足場が悪くなってもなお、その死闘は、『未熟者』は恐れず『前』へ足を動かしていた。攻め続け、守りを捨てた、まさに真裸の斬り合い。

 

「ゲホ―――ッ」

 

「―――――っ!」

 

『器の性能限界を超える』。それにとうとう身体が悲鳴を上げて血を吐いた。身体を血と傷で汚し、それでも、なおも猛りながら、力量差を無理矢理に無視して、眼差しの先で絶技を織りなす剣客を見据える。

 

戦闘衣装(バトルクロス)が斬れた。

着物がはだけた。

肌が裂けた。

肉が離れた。

血を吐いた。

血が流れた。

白い髪が散った。

黒い髪が乱れた。

互いの対極的な、それでも好いていた髪の色を赤く汚しながら、2人は猛り、「負けてたまるか」とぶつかり合う。ベルを案じて「下がりなさい」というアリーゼとマリューの声などもう聞こえていない。

 

 

そして、その時は来た。

剣客は愛刀である居合刀―彼岸花―を鞘に納め、3人の冒険者を気圧すほどの刀気を放つ。構えは半身。前傾と共に沈む身体。紛れもない『居合の構え』。

 

 

「―――【禍つ彼岸の花】」

 

 

それは輝夜の必殺。

居合の太刀、最後の太刀。

その奥義の名を『五光(ゴコウ)』。

任意の位置に『魔力の斬撃』を五条(いつつ)生み出すだけの『魔法』。

極められた『技』を組み合わせることで、そのすべてを神速の『居合』へと変貌させる。

 

(超短文詠唱!?)

 

(―――出た、輝夜の必殺!!)

 

タンムズとアリーゼが傷だらけになり、血と汗を散らしながら剣客の詠唱を聞いてぞわりとした悪寒を感じとった。

 

 

×   ×   ×

摩天楼施設(バベル)30階

 

 

「逃げなさい、ベル……っ!」

 

 

消え入りそうな声で言うアストレア。

もう既にベルが限界であることは女神の目には当然わかっている。魔法の機能の1つ、自動治癒(オートヒール)が追い付いていないのだ。今やベルはマリューの回復魔法に支えられ始めてすらいる。何より、ベルの魔法【ビューティフルジャーニー】は、()()()()()()()()()()()。魔法なら喰らって自分の力に変換してしまえばいい、飲み込む前に吐き出してカウンターに利用すればいい、物理攻撃だけはそうはいかない。それだけは、魔法とは関係ないベルの地力で対処するしかないのだ。

 

 

「必殺を使わせるまで追い込んだのか」

 

「3対1でやりあってる【大和竜胆】もすげえよ」

 

「イシュタル様の眷族の魔法が動きを鈍らせてるよな」

 

「しかし【探索者(ボイジャー)】……あれ、寿命縮めてるんじゃねーか? やっぱおかしいだろLv.2が格上とやり合えてるって」

 

「アリーゼちゃん達がカバーしてるとは言っても、ねぇ……」

 

「場所も場所だ、もうじき沈むぞあの船」

 

「足元は完全に水浸し、戦闘衣装(バトルクロス)は水を吸って重くなる。となれば地上で走るみたいには動けなくなってくる。タケが言っていた『縮地』ってーやつは使えない筈」

 

「ってことは、【大和竜胆】は決着をつける方向に舵を切ったのか」

 

神々が口々に解説する。

そしてそれは正しかった。

このままでは船は沈む。それで全員落ちれば全員が場外判定で戦争遊戯の規則(ルール)上、敗者扱い。水を吸った着物は重量を増し、今までのように素早い動きは実現できず、タンムズの魔法に睨まれては動きが鈍って『縮地』どころではない。アリーゼは魔法こそ使っていないがそれでも輝夜を追い込んでくるだろう。そして最後にベル。いつ限界を迎えるのかわからない魔剣と既に限界を超えて身体が悲鳴を上げていた。故に、このまま長引かせるわけにはいかなくなった。

 

――決着を付けざるをえなくなった。

 

 

さてどう剣客の必殺を防ぐつもりだ?

どう勝利をもぎとってみせるつもりだ?

『怪物祭』より久しく、大番狂わせ(ジャイアントキリング)を見せてくれ。

神々の期待の眼差しが、1人の少年へと向けられていた。

 

 

 

×   ×   ×

戦場

 

 

 

絡みつくような殺気が飛んでくる。

ベルは剣客が自分を狙ってその必殺を放つのだと察知。アリーゼとタンムズへと声を上げた。

 

「アリーゼさん、魔法!」

 

「っ、【花開け(アルガ)】――【アガリス・アルヴェンシス】!」

 

アリーゼが使うは付与魔法(エンチャント)

炎の鎧を身に纏わせ、自分達を飲み込もうとしていく海水を蒸発させ、ベルが魔剣を最大放電させて()()()()()()()。眩い光も合わさり視界が遮られる。

 

「タンムズさん、動きとめて!」

 

「ぉ、ぉおおおおおおおおおおおっ!!」

 

剣客と自分達の間にできた煙幕。

タンムズは踏み込み、その勢いをそのままに、身を沈め剣客の胴に手を伸ばし組み付きに来た。その必殺を阻止しようとする、確かな気迫がそこにある。アリーゼの炎が作り上げた煙幕を突き破ってやってきた青年を剣客は身体に触れるその一瞬で、剣客は「触れるな」とばかりに膝を使い顔面を撃ち抜いた。

 

「ゴ――――ッ!?」

 

タンムズの身体が崩れ落ちる。

膝を放った瞬間、剣客の動きが一瞬止まる。

そしてその一瞬で、ベルは必殺返しにかかった。剣客を真似るように居合の構えをとり口ずさむ。

 

「居合の太刀―――」

 

たとえ視界が悪かろうが、見えなかろうが気配を感じられれば彼女からしてみれば十分。未熟者の居合なぞどうということはない。

 

「―――【ゴコウ】」

 

都合、()()

呪われし彼岸のごとき『赤』の斬閃が敵の世界を埋め尽くす。

神速の抜刀とともに剣客の長刀が()()()、前()左右、そして()()、居合ではありえない挙動をもってベルを『絶対惨殺圏』に閉じ込める。

『居合の技』と『魔法』を組み合わせた『魔と刀』の複合抜刀術。

 

――()()

 

アリーゼの作り上げた即席の煙幕の中にある1人分の気配。魔剣の雷を閃光代わりに使ったようだが、たかだか視界を遮られた程度でこの剣客の必殺を防ぐことなど敵わない。切り裂かれ散らされていく煙の先にある気配を、彼女は確かに斬って捨ててみせた。

 

「――――――?」

 

刀を振るい、対象を通り過ぎ、血を振るい落とす動作までして剣客は違和感を感じた。手応えはあった。確かに斬った。取り返しのつかないことを確かにした。なのに、()()()()。刀を、刃を見てみればそこはついてある筈の鮮血などなかった。

 

「――――――――」

 

刀は濡れていた。

濡れていた、だけだった。

目を見開き、振り返ったそこにあったのは――――。

 

(―――――羽?)

 

無残に切り裂かれた光翼の残骸。

それらは泡となって溶けるように消えていった。そしてその光翼こそが気配の正体だった。ベルは魔剣で閃光を生み、アリーゼにほんの一瞬魔法を使わせることで煙幕を張り、視界を遮っている僅かな時間で刀を使って海水をすくい上げ光翼の1枚を忍ばせたのだ。

 

(デコイ)

消えた光翼の下には、限界を迎え砕け散った魔剣の破片。剣客は思考を加速させる。唖然とし騒然としながら、自分の必殺を凌いだ手品を暴こうと思考を加速させる。タンムズは倒れている。自分が倒した。アリーゼはどこだ? わからない。 目を見開く剣客が理解できたのは、どうしたことか光翼を(デコイ)として利用しまんまと嵌ってしまったということだけ。何がどうなったと混乱する彼女の頭上から、声がした。必殺を放ち硬直する身体、それでも耳朶を震わせるその声は剣客のよく知る声だった。

 

 

その声は、彼女の心を震わせるにたる言葉を届けていた。

当たり前すぎて忘れてしまっていた、とても大事なこと。

 

 

「ずっと、一緒にいてくれてありがとう」

 

 

泣いている時、塞ぎ込んでいる時、家出をしている時。

当たり前のように、極東美人(ヒューマン)は何も言わずに傍にいてくれた。青年に言われて頭を働かせようやく言えたことが、それだった。言葉と想いを尽くして絞り出せた言葉。思わず口を開けてしまう彼女に、ベルは落下しながら頭上よりそのまま刀を振り下ろした。彼女が葬ってしまった一族の名を『必殺』の名としながら。

 

 

「居合の太刀―――【ロクジョウ】」

 

「が――――――っ!?」

 

頭に叩きつけられる刀の峰。

前後左右、そして足元まで入れて計六条(むっつ)。残った光翼がまるで剣客の必殺を学習(ラーニング)したかのように分裂し、炸裂し、襲ったのだ。彼女の顔を覆っていた桜を模した仮面が砕け散っていく。露わとなる素顔、頭を叩かれ血を流し、意識まで薄れながら、自分がかつて殺めた者の名で倒されるのであれば悪い気はしないと自嘲し目尻に自然と涙を浮かべる。

 

「それから」

 

言い忘れていた、とベルはべちゃりと転がるように甲板に落ち海水を跳ねさせてはよろめきながら立ち上がり、極東美人(ヒューマン)の胸倉を掴んで、そのまま唇を奪った。

 

「――――え」

 

「あ、え?」

 

アリーゼとマリューが。

 

 

「……!?」

 

「はい?」

 

 

アイズとアリシアが。

 

 

「ぶふっ!?」

 

アミッドが。

 

「え、えぇー……」

 

アーディが。

 

「――――」

 

アストレアが。

 

『鏡』を通して観戦し、ベルを案じてハラハラしていた者達が唖然呆然絶句の声を漏らす。そこに男も女も関係ない。だってここまでの殺し合いをやっておいてトドメが接吻なんてどう反応すればいいんだというやつなのだから。この兎、やらかしたのだ。公開処刑である。

 

 

「~~~~~~~~~!?」

 

脳を揺らされ意識が落ちようとしていくゴジョウノとかいういい歳した面倒くさい女は顔を赤くさせ溜めていた涙を零す。接吻の味は血の味しかしないし最悪だ。でも、身体に力が入らなくて抵抗もできない。ぼんやりとした視界でベルの顔を見てみれば、こいつもこいつで顔が赤い。長いのか短いのかわからない唇の接触を経て、ベルは言った。ひょっとすれば彼女が一番欲しかったかもしれない言葉を。

 

 

 

「か、輝夜さんは悪くない……よ」

 

「―――――――きゅぅ」

 

ゴジョウノとかいう面倒な女は、がくりと首を落とし意識を絶った。




補足。


タンムズ・ベリリ
【イシュタル・ファミリア】副団長。
魔法【シタ】
詠唱【女神に仇なす(やから)に鉄鎚を】
効果:強制停止(リストレイト)及び腕の硬質化

賊とか蛮族じゃなくて、『(やから)』っていうのが個人的特にこだわりはないけどミソ。

元ネタは『七頭蛇の戦鎚シタ』イナンナが生まれた時から持っていたとされる七蛇を模った戦鎚。

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