熟達した技術は、魔法と見分けがつかない。
「――――――え?」
だから、
「――――――――ッ!?」
一瞬。
たった一瞬で、いとも簡単に、間合いが潰れたのだ。
そして胸元を突かれたベルが吹っ飛んだ。防御に集中するだとか、アリーゼが転進してベルを庇うとか、マリューが間に入って盾になるとか、そんな時間などないくらい、一瞬の出来事。
(輝夜の動きを………見逃した……!?)
それはアリーゼだけではない、
まさしく、瞬殺。
× × ×
ギルド前庭
『は………? な、何が起きたのでしょうか……』
解説役イブリが乾いた声を辛うじて喉から漏らし、ガネーシャはあんぐりと口を開け、ギルド職員も民衆も時を止める。それは、彼女達の友人でもあるアーディも例外ではない。
「何、今の……」
× × ×
【タケミカヅチ・ファミリア】本拠
「ベ、ベル殿!?」
「あれが、【大和竜胆】の全力……!?」
「な、何で仲間割れなんて!?」
「お、桜花殿っ、今のはまさか!?」
「あ、ああ…できたことはないが、タケミカヅチ様に……聞いたことがある。あれは……だがしかし、鏡越しでも……これじゃあ、瞬間移動だぞ!?」
「で、でも…消えたわけじゃないよ!?」
「ああ…そう
「これが……輝夜殿の本領……!?」
思わず喉を鳴らし、唾を飲みこむ。
汗が頬を伝って、握る拳にも汗が溜まる。
武神の眷族である彼女達は、その主神より聞いている。だからこそ他の冒険者達と違って知っている。今の一瞬の剣客の動きの正体を。
× × ×
「何や今のは!?」
細い瞼を開けて、ロキが叫んだ。
鏡越しでも見逃してしまった
(フリュネ・ジャミールのこともそうだが、ここにくるまでベル君が格上のアマゾネス達を倒せたこと自体がおかしかったんだ……
ヘルメスが胸の内で声を上げる。
帽子を摘まんで目元を隠しこそすれ、この戦争遊戯中に格上を倒していたベルこそがおかしく、今まさに起きたことこそが本来あるべき形なのだと指摘。そして
(熟達した技術は魔法と見分けがつかないという言葉があるが……それにしても、
錯乱?
ただ荒れているだけ?
或いは、ゼウスが「やめとけ」と言う『ヤンデレ』の気を持っていた?
(いや違う。少なくとも普段の彼女なら、ベル君に刃を向けるようなことはしない)
ヘルメスは知っている。
アルフィアが天に還ってからベルが落ち込んでいる時、家出をしたとき、必ずと言っていいほどに彼女が傍にいたことを。何も言わず、ただ寄り添っていたことを。だから今目の前で起きた瞬殺劇は
(まさかとは思うがあの仮面――――)
どよめく神々を他所に思考を働かせるヘルメスは
「あれは、『縮地』だ」
腕を組んで鏡を見つめて口を開いたのは、武神タケミカヅチ。
「体重移動を前進するエネルギーに代えて体を動かす技術で、体を傾けて倒れ込むときの重力を利用し、一気に相手までの間合いを潰す…というものだ」
言葉として説明したところで、
「所作、技量が合わさることで体重移動しているにも関わらず、
更に付け加えるなら、
「最も、
「「「「大和撫子やべえ」」」」
「「「「極東やべえ。さすが首寄越せよとか言ってくる武者がいる島国だ」」」」
戦々恐々する神々。
何せ極東は、狭い島国。聞けば、
「――――――」
タケミカヅチの話を聞いていたから、というわけではないがアストレアはそれどころではない。出会った頃の輝夜のような、いや、それよりも酷い精神状態を見たかと思えばタケミカヅチの言う『縮地』などという
(これも、イシュタルによるもの?)
ちらり、とイシュタルの顔を見てみれば偶然か彼女と目が合う。
「何だ、アストレア」
「いえ」
「急にお前の眷族同士が仲間割れを初めて…本当にお前の眷族達は分からん」
今の輝夜は魅了はされていないはずなのに、普段の彼女らしくない行動。これも、何かイシュタルにされたがためなのでは?とヘルメスと同じく思ったアストレアだが、イシュタルの反応に「それは違う」と心が否定する。
(失礼だけれど、もしこれがイシュタルの企てだったなら彼女はここで笑っているはず……)
なのにそれはなく、頬杖ついてつまらないものを見せてくれるなとばかりの態度。であれば浮上するのは当然、
× × ×
戦場
「―――、――っ、―――がっ、ゲホッゴホッ」
「―――!」
その咳き込む声に思わず、振り返った。
胸を突いた。
勢いよく、ドスリと。華奢な少年の身体は無様に吹っ飛び、何度も転がった。『縮地』と『刺突』の攻撃は正しくベルの命を奪い取ったはずなのにベルは生きていたのだ。胸を押さえて何度も咳き込んで、紅の長剣を杖のようにして何とか立ち上がろうと身体を震わせる。
「ベル君!」
「ベル、逃げて!」
アリーゼとマリューの声が遠く感じられる。
防具はフリュネを倒した時の必殺で破損した。剣客の刺突を喰らって生存していたのは
(逃げられない…)
本能と理性が告げている。
彼女の刀から逃げられるはずがない、と。何をされたのか理解できずに吹っ飛ばされて、立ち上がり剣を構えこそすれ、反撃するのは無理だとわかりきっていた。せめて防御を、と剣を構えて
「―――ッ!」
また吹っ飛ばされた。
刀は見えなかった。構えていた剣に刀がぶち当たり、辛うじて防げただけ。刀がぶち当たった衝撃でベルの手から長剣は零れ落ちていった。さざ波が空気を読まず耳朶を震わせ、さらにまた一瞬で、剣客は目の前にいた。2人の間に飛び込んだアリーゼさえ置き去りにして、再びベルに知覚できない刀が振るわれる。彼女が狙ったのは、首。
横倒しになり、吹っ飛ばされ、甲板をバウンドする。光翼がまた1枚砕け散る。剣客は振るった刀より感じられた手応えに違和感を感じたが確認する間を与えられず、戻す刀でアリーゼの剣を受け止めた。
「っ、マリューベルのところへ行って!」
「で、でも!?」
「お願い!」
「~~~~~ッ!」
アリーゼは唇を噛む。
自分を無視してベルを狙ったことに憤り、【ファミリア】で誰よりも速く第一級冒険者になったというのにベルを守れなかったことに悔しさを感じて瞳を濡らす。鍔迫り合いの中、目の前にいる剣客が何を感じて何を考えているのか読み解こうにも仮面のせいで表情など読めやしない。どうしたらいつもの彼女に戻せるのか考える。
(輝夜はベルを狙ってる…もう会話すらしてくれない…! ベルを守るにはもう輝夜を……!? でも、そんなことしたらベルが一番傷つく……それはダメ!)
どうしたらいい?
どうしたら、元に戻せる?
アルフィアならどうした?
そう考えて、答えを見つけられなくて。
アリーゼもまた輝夜の技に襲われる。
「―――くっ!?」
見えない斬撃。
かろうじて防御して、後ろに跳んで距離を離す。追撃は来ず、アリーゼは剣客を見据えて考える。【ファミリア】の中で白兵戦最強とされる輝夜の気配は限りなくゼロ。洗練された所作による脚運びもそのせいで雨粒一つ一つを意識できないように、知覚できなくなる。だからこそアリーゼを無視してベルを狙うことができた。指揮棒を振るうように剣を振るう覇者達と少し違うが、これもまた技術の極致なのだとアリーゼは正しく理解する。これが【ファミリア】内での実戦形式の鍛錬であったのなら素直に「すごい」と称賛し感嘆していただろうが、ここからどうやって目の前にいる恐ろしき剣客を無力化するのかなど考えていてはそんな余裕はなかった。
(魔法を使う……でも、それだと輝夜を……)
スキルも合わさればきっと輝夜を優に超える戦闘はできる。それは確か。けれど、悲惨な結末が待っていると勘が警鐘を鳴らしてくる。
離れた互いの間合い。
「な―――っ!?」
(嘘でしょ!?)
アリーゼとベルとではまるで力の差は違う。
それでもなお、アリーゼの知覚から消える熟達した技術にアリーゼは反射的に身体を後ろに下がらせることで身を守ろうとする。驚愕に目を見開くアリーゼに続けざま刀が振るわれようとしたその時、2人の横から一発の魔法が放たれた。
「【女神に仇なす
「っ!」
「な、何!?」
両者が飛び退き、そちらへ顔を向けてみる。
そこにいたのは、この戦争遊戯開幕と共に真っ先にアリーゼが意識を刈り取った【イシュタル・ファミリア】の副団長、タンムズだ。褐色の上半身を惜しげもなく晒し、その右腕は蛇の鱗のようなものが浮かび上がり蠢いていた。彼はまだアリーゼに与えられたダメージが残っているのか、身体を左右に揺らし、倒れてなるものかと両足で踏ん張って見せた。目を見開くアリーゼは、彼が
(たしか
「これは神聖なる
しかし納得いかないこともある。
受け入れてはいけないこともある。
彼は、美神イシュタルの眷族が1人。
『愛』を司る女神の眷族。
どの口が言うのだと言われるだろうが、そもそもこんなややこしいことにまで発展した原因はお前の派閥だろうと言われるだろうが、タンムズはこの状況は到底看過してはいけないと口にする。
「愛し合う男女が殺し合うなど……見過ごすことなどできるわけがない!」
「――――ど、」
どの口が言うの!?
アリーゼは言いかける。こいつホント、もう一回ぶっ飛ばしてやろうかとさえ思った。
「【大和竜胆】、貴様が酷い振る舞いをしたとしても、ゴジョウノ・輝夜が酷い結末を迎える義務はないはずだ」
だから、立て。
青年は言う。
背後で倒れてマリューに治療されている少年に声を投げかける。ベルの首は繋がっていた。巻いていたロングマフラーによって守られたのだ。光翼がまた1枚砕け散り、マリューの魔法の光が消え、ベルの呻き声が零れ落ちた。
「――ぅ、あ―――」
「ベル君……」
フリュネを倒した時に5枚。
そして恐ろしき剣客に蹂躙されている間に3枚。
残る光翼の数は、4枚。
二度死にかけて、がくがくと手が震える。
産まれた小鹿のように膝が言う事を聞かない。それでも青年の声に応えるように血反吐を吐いて、視界に閃光を散らしながら、甲板から身体を引き剥がす。『鏡』の先で、知己達と神々が目をあらん限り見開く中――マリューの手を借り、
「そうだ、立て!」
青年は吼える。
この女を失いたくないのなら立てと吼える。仮にも美神に戦争遊戯を申し込んだのならお前が倒れては話にならないとまくし立てる。
「輝夜さんを……たおさないと……止められ、ない……?」
「そうだ」
まともな意識も定かではない、朦朧とした頭で尋ねる。
「輝夜さんに……もう、会えない……?」
「そうだ!」
「あのひとを…………たすけられない………?」
「お前が一番わかっているだろう!」
きっとベルがやられてしまえば、輝夜はあの仮面の内側で涙を溜め続けるのだろう。発狂し、狂乱し、自分が何者なのかもわからなくなって、仲間の元にも帰れなくなってしまうのだろう。もう、微笑みながら頭を撫でてくれることもないのだろう。
(そんなの……………嫌だ………)
《誰かの笑顔を信じられる、そんな優しい人間になりたい》
《誰かの涙を拭ってあげなさい》
自分の心の声と、顔も知らない誰かの声が聞こえた気がした。
この
あの恐ろしき剣客を打倒する手段なんて思いつきもしない。フリュネなんかとはわけが違う。あちらが単なる暴力の化身だというのなら、こちらは技術の化身、今のベルでは反応すらさせてもらえなかった。不器用で、雑で、面倒くさい女な輝夜という姉がいなくなるのは嫌だ。嫌だけど、どうしたらいいのかわからない。
「―――お前の口でしか伝えられないことが、あるはずだ」
青年が言う。
言葉を尽くし想いを尽くせと。
それはベルよりも少しばかり長く生きているからこそ言えることであり、イシュタルの眷族だから言えること。敵に塩を送るような真似をしているのは確かだが、これはきっと戦争遊戯とは関係のない茶番だ。全部終わればきっと羞恥のあまり悶え苦しむことになるだろうそんな茶番。
青年の言葉を反芻し、ベルは唇を曲げ笑みを浮かべ、それなら、
「――――英雄の作法をお見せしよう」
瞬殺されてなお立ちあがり、牙を剥き、血を吐いて、咆哮を上げる
× × ×
死闘を見た。
剣と拳と刀が何度もぶつかり、火花を散らせる死闘を見た。殺人の達人が、正義を志す者が、未知の先を求める未熟者が、愛を司る女神の側近が、何度も交差し、立ち位置を入れ替え、衝突する。
死闘があった。
意志と意地がぶつかり合い、身を斬り、血の粒を撒き散らせる、血華咲き誇る死闘があった。美しき舞踊、迸る星炎、不気味な蛇を思わせる腕とがしのぎを削り、命を燃やす死闘があった。
「―――すごい」
誰かが、呟いた。
それは一番近くで見ていた
「【アストラル・ボルト】!」
ベルの間合いを潰して致命を与えようとするならば、させてなるものかと
「【シタ】!」
その青年の魔法は、歓楽街でベルを撃ち落とした魔法だ。
その効果は『
「―――っ!」
未熟者と青年の身体が悲鳴を上げる。
けれどその度に、猛る、猛る、猛る、吼える。男としての意地を、女なぞに負けてたまるかと瞋恚の炎を燃やす。戦場たるガレー船は堪った物ではない。2隻の船が衝突し破損し、それでなお沈まずに入れたのは海が凍っていたからに過ぎない。4人の冒険者が暴れ回れば悲鳴を上げて徐々に徐々に沈み始めるのは道理だ。
「がんばれ」
「負けないで」
誰かが口にする。
手を合わせ握り締め、祈る。神や英雄にそうするように。その祈りと言葉は聞こえずとも、まるでそれに応えるように残された4枚の光翼が淡く輝きを放っていた。船は衝突のたびに破壊され残骸に変え海水を侵入させる。
「――ぁ、ぁああああああああっ!」
「――【レア・ヴィンデミア】!」
誰よりも傷ついていくベルを、
「居合の太刀―――双葉」
「~~~~~っ、魔剣よ!!」
恐ろしき剣客が繰り出す数多の斬閃を、背負っていた魔剣から生まれる雷によって相殺しながら、青空に星空を生む炎を迸らせる。魔剣の雷が奔り、海水が跳ね上がり、互いの身体さえ濡らし、足場が悪くなってもなお、その死闘は、『未熟者』は恐れず『前』へ足を動かしていた。攻め続け、守りを捨てた、まさに真裸の斬り合い。
「ゲホ―――ッ」
「―――――っ!」
『器の性能限界を超える』。それにとうとう身体が悲鳴を上げて血を吐いた。身体を血と傷で汚し、それでも、なおも猛りながら、力量差を無理矢理に無視して、眼差しの先で絶技を織りなす剣客を見据える。
着物がはだけた。
肌が裂けた。
肉が離れた。
血を吐いた。
血が流れた。
白い髪が散った。
黒い髪が乱れた。
互いの対極的な、それでも好いていた髪の色を赤く汚しながら、2人は猛り、「負けてたまるか」とぶつかり合う。ベルを案じて「下がりなさい」というアリーゼとマリューの声などもう聞こえていない。
そして、その時は来た。
剣客は愛刀である居合刀―彼岸花―を鞘に納め、3人の冒険者を気圧すほどの刀気を放つ。構えは半身。前傾と共に沈む身体。紛れもない『居合の構え』。
「―――【禍つ彼岸の花】」
それは輝夜の必殺。
居合の太刀、最後の太刀。
その奥義の名を『
任意の位置に『魔力の斬撃』を
極められた『技』を組み合わせることで、そのすべてを神速の『居合』へと変貌させる。
(超短文詠唱!?)
(―――出た、輝夜の必殺!!)
タンムズとアリーゼが傷だらけになり、血と汗を散らしながら剣客の詠唱を聞いてぞわりとした悪寒を感じとった。
× × ×
「逃げなさい、ベル……っ!」
消え入りそうな声で言うアストレア。
もう既にベルが限界であることは女神の目には当然わかっている。魔法の機能の1つ、
「必殺を使わせるまで追い込んだのか」
「3対1でやりあってる【大和竜胆】もすげえよ」
「イシュタル様の眷族の魔法が動きを鈍らせてるよな」
「しかし【
「アリーゼちゃん達がカバーしてるとは言っても、ねぇ……」
「場所も場所だ、もうじき沈むぞあの船」
「足元は完全に水浸し、
「ってことは、【大和竜胆】は決着をつける方向に舵を切ったのか」
神々が口々に解説する。
そしてそれは正しかった。
このままでは船は沈む。それで全員落ちれば全員が場外判定で戦争遊戯の
――決着を付けざるをえなくなった。
さてどう剣客の必殺を防ぐつもりだ?
どう勝利をもぎとってみせるつもりだ?
『怪物祭』より久しく、
神々の期待の眼差しが、1人の少年へと向けられていた。
× × ×
戦場
絡みつくような殺気が飛んでくる。
ベルは剣客が自分を狙ってその必殺を放つのだと察知。アリーゼとタンムズへと声を上げた。
「アリーゼさん、魔法!」
「っ、【
アリーゼが使うは
炎の鎧を身に纏わせ、自分達を飲み込もうとしていく海水を蒸発させ、ベルが魔剣を最大放電させて
「タンムズさん、動きとめて!」
「ぉ、ぉおおおおおおおおおおおっ!!」
剣客と自分達の間にできた煙幕。
タンムズは踏み込み、その勢いをそのままに、身を沈め剣客の胴に手を伸ばし組み付きに来た。その必殺を阻止しようとする、確かな気迫がそこにある。アリーゼの炎が作り上げた煙幕を突き破ってやってきた青年を剣客は身体に触れるその一瞬で、剣客は「触れるな」とばかりに膝を使い顔面を撃ち抜いた。
「ゴ――――ッ!?」
タンムズの身体が崩れ落ちる。
膝を放った瞬間、剣客の動きが一瞬止まる。
そしてその一瞬で、ベルは必殺返しにかかった。剣客を真似るように居合の構えをとり口ずさむ。
「居合の太刀―――」
たとえ視界が悪かろうが、見えなかろうが気配を感じられれば彼女からしてみれば十分。未熟者の居合なぞどうということはない。
「―――【ゴコウ】」
都合、
呪われし彼岸のごとき『赤』の斬閃が敵の世界を埋め尽くす。
神速の抜刀とともに剣客の長刀が
『居合の技』と『魔法』を組み合わせた『魔と刀』の複合抜刀術。
――
アリーゼの作り上げた即席の煙幕の中にある1人分の気配。魔剣の雷を閃光代わりに使ったようだが、たかだか視界を遮られた程度でこの剣客の必殺を防ぐことなど敵わない。切り裂かれ散らされていく煙の先にある気配を、彼女は確かに斬って捨ててみせた。
「――――――?」
刀を振るい、対象を通り過ぎ、血を振るい落とす動作までして剣客は違和感を感じた。手応えはあった。確かに斬った。取り返しのつかないことを確かにした。なのに、
「――――――――」
刀は濡れていた。
濡れていた、だけだった。
目を見開き、振り返ったそこにあったのは――――。
(―――――羽?)
無残に切り裂かれた光翼の残骸。
それらは泡となって溶けるように消えていった。そしてその光翼こそが気配の正体だった。ベルは魔剣で閃光を生み、アリーゼにほんの一瞬魔法を使わせることで煙幕を張り、視界を遮っている僅かな時間で刀を使って海水をすくい上げ光翼の1枚を忍ばせたのだ。
消えた光翼の下には、限界を迎え砕け散った魔剣の破片。剣客は思考を加速させる。唖然とし騒然としながら、自分の必殺を凌いだ手品を暴こうと思考を加速させる。タンムズは倒れている。自分が倒した。アリーゼはどこだ? わからない。 目を見開く剣客が理解できたのは、どうしたことか光翼を
その声は、彼女の心を震わせるにたる言葉を届けていた。
当たり前すぎて忘れてしまっていた、とても大事なこと。
「ずっと、一緒にいてくれてありがとう」
泣いている時、塞ぎ込んでいる時、家出をしている時。
当たり前のように、
「居合の太刀―――【ロクジョウ】」
「が――――――っ!?」
頭に叩きつけられる刀の峰。
前後左右、そして足元まで入れて計
「それから」
言い忘れていた、とベルはべちゃりと転がるように甲板に落ち海水を跳ねさせてはよろめきながら立ち上がり、
「――――え」
「あ、え?」
アリーゼとマリューが。
「……!?」
「はい?」
アイズとアリシアが。
「ぶふっ!?」
アミッドが。
「え、えぇー……」
アーディが。
「――――」
アストレアが。
『鏡』を通して観戦し、ベルを案じてハラハラしていた者達が唖然呆然絶句の声を漏らす。そこに男も女も関係ない。だってここまでの殺し合いをやっておいてトドメが接吻なんてどう反応すればいいんだというやつなのだから。この兎、やらかしたのだ。公開処刑である。
「~~~~~~~~~!?」
脳を揺らされ意識が落ちようとしていくゴジョウノとかいういい歳した面倒くさい女は顔を赤くさせ溜めていた涙を零す。接吻の味は血の味しかしないし最悪だ。でも、身体に力が入らなくて抵抗もできない。ぼんやりとした視界でベルの顔を見てみれば、こいつもこいつで顔が赤い。長いのか短いのかわからない唇の接触を経て、ベルは言った。ひょっとすれば彼女が一番欲しかったかもしれない言葉を。
「か、輝夜さんは悪くない……よ」
「―――――――きゅぅ」
ゴジョウノとかいう面倒な女は、がくりと首を落とし意識を絶った。
補足。
タンムズ・ベリリ
【イシュタル・ファミリア】副団長。
魔法【シタ】
詠唱【女神に仇なす
効果:
賊とか蛮族じゃなくて、『
元ネタは『七頭蛇の戦鎚シタ』イナンナが生まれた時から持っていたとされる七蛇を模った戦鎚。