アーネンエルベの兎   作:二ベル

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水着の名称やらまったくわからねぇ・・・意外とあるんだなあ


はじまり④。

 

 

 メレンはオラリオの南西に位置する港街だ。

彼我(ひが)の距離は3Kと言ったほどで目と鼻の先と言っていい。巨大汽水湖――ロログ湖の湾岸沿いに栄える街は事実上、オラリオの海の玄関口である。

 

海と通じる汽水湖には、連日数え切れない異邦の船が入港し、多くの積荷を下ろしていく。その多くがオラリオの輸入品だ。都市内の交易所に入る前の貿易品がこのメレンには集まる。大量の品を運び出せるのが海路の特徴であり、それはオラリオ側の輸出品も例に洩れない。

オラリオが世界に誇る魔石製品も、外国の品々と入れ替わるようにメレンから海洋へ繰り出していくのだ。

 

オラリオにとっての、海洋進出の要所である。

 

 

 

「本当に別荘を買ったのね・・・『【アストレア・ファミリア】、砂浜の庭』って書いているわ・・・・砂浜は果たして庭になるのかしら」

 

「人が歩けば道になるのですから私達が庭だと言い張ればそれは庭なのではございませんか?」

 

「輝夜、それは暴論では?」

 

 

そんなメレンの街から少し離れた先、背の高い木々、そして岸壁を人の手で削ってできたであろうトンネルをくぐった場所に、それはあった。

視界に広がるのは白い砂浜と、そこから少し離れた位置に建っているのはいかにも『南国』に建っていそうなコテージだ。砂浜にはビーチパラソルが突き刺さっており、サマーチェアまで設置されている。それらを囲うようにして木々と大きな岩が存在し、それでなお周囲は十分広く穴場というよりもプライベートビーチだった。

 

『正義』を司る女神の眷族達は、急に「でかけるぞ」などと言われて大急ぎで買い物に行きその翌日に言われるがままここまで来たが、やはり唖然であった。

少し離れた、いや、もうさざ波が静かな音を立てて砂浜に寄せてくる位置で初めて見たのだろう景色に瞳をキラキラとさせているベルと、手を繋いでそれをニコニコと見守るアストレアがいた。

 

「これって飲めるんですか?」

 

「飲んではだめよ? お腹壊しちゃうわ」

 

「はぁい」

 

最早、ザルドがオラリオを去ったことなど忘れたかのように瞳を輝かせていた。

「この子、チョロくない?」とは少女達の心の声だ。

そして、ガチャリと鍵を開けたアルフィアに若干ドン引きしている少女達を代表してアリーゼが口を開いた。

 

 

「・・・ねぇアルフィア、このコテージってどうしたの?」

 

「買った」

 

「うん、知ってる、ていうか聞いた」

 

「ほう、聞いていたのか」

 

派閥(ファミリア)のお金じゃないわよね? 私達オラリオに帰ったら素寒貧ってことはないわよね?」

 

「私の自費だ」

 

「安い買い物じゃないでしょ? ローン組んだの?」

 

「一括だ」

 

「……Lv.7になると金銭感覚がバグるのかしら」

 

 

なんとこの女王様、一括で別荘を買っちゃったのだ。

ただ単にベルと遊ぶためだけに。

そそくさと中に入って行ってしまったアルフィアは、いつまでも固まっている少女達に「貴様等は普段の恰好で泳ぐのか? それとも全裸か? 私達以外に誰もいないとはいえそれはどうかと思うが」などと言われて「裸で泳ぐのは輝夜くらいよ!?」とありもしない風評を吐き散らして少女達はコテージの中に入って行った。輝夜はシレっと失礼なことを言った仲間達にキレた。

コテージの中はさすがにベルと主神そしてアルフィアを除いて11人の団員1人1人に部屋を宛がわれるほど大きく建てられているわけではなく、数名で一部屋という形になっておりそれぞれがそれぞれ部屋で着替えていた。扉を開け放ち、アルフィアにあれこれ聞きたいことを聞く。

 

 

「アルフィア、私達【アストレア・ファミリア】全員が外出しているわけだけれど、管理機関(ギルド)からはどう許可を取ったの?」

 

「・・・・ああ、二つ返事で許可をしてくれた。殊勝なエルフで助かる」

 

「明らかに含みのある言い方な気がしたのだが」

 

アリーゼが聞き、アルフィアの返答にリューが訝しんだ。

 

 

×   ×   ×

3日前、ギルド本部

 

 

「な、ななな、許可できるわけなかろう!?」

 

 

ギルド長ロイマンはテーブルを両手で叩いて叫びあがった。

「主神含めて全員で外出だと!? 正気か!?」である。当然だ。

オラリオとしては戦力の流出をよしとしないのだから、安易に外出を許すわけにはいかない。

『来る者拒まず、去る者許さず』である。入る分には簡単だが、出るのは難しいのだ。

対面しているアルフィアは悪びれもせず足を組み、あたかも女王のような風体でロイマンの言葉を右から左に流す。

 

 

「【アストレア・ファミリア】は都市の秩序を守っているのだぞ!? その派閥が都市外に出れば治安はどうなると思っている!?」

 

「【ガネーシャ・ファミリア】がいるだろうに」

 

「ひとつの派閥にすべてを任せるのか!?」

 

「小娘共が死に絶えれば必然的に【ガネーシャ・ファミリア】が都市を守るしかないだろう。11人の小娘と都市の憲兵を同一視するな」

 

「し、しかしだな!? 秩序の象徴とも言っていい女神と眷族達をだな・・・!」

 

「ならば【アストレア・ファミリア】が滅べばオラリオは滅ぶのだな」

 

「そこまでは言っておらんだろうが!?」

 

「なら問題ないだろう? ほら、その書類に判子を押せ。それでこの話は終わる」

 

何を躊躇う必要がある? お前はただただ無心で判子を押していればいい、それがお前の仕事だろう? ロイマンの物言いをまったく相手にしないアルフィアに、何なら魔力で圧までかけてくるアルフィアに、ロイマンは胃痛で脂汗を滲ませた。

許可できるわけがない、できるわけがないのだ。主神含めて全員がオラリオを留守にするなど、まったくもって許可できるわけがないのだ。だというのにこの女、まったく話を聞こうとしない。首を縦に振る以外許さないとまでくるほどだ。

 

「・・・・第一、留守中の本拠はどうすr―――」

 

「女神フレイヤが度々外出しているそうだな、一体どんな方法d―――」

 

「ええい、行ってこいっっ!!」

 

 

弱い所を突かれたロイマンは結局折れた。

女神フレイヤが外出する度に「あら、魅了されたってことにしておけばいいじゃない」をアルフィアにチラつかされてロイマンは折れた。おのれ【最凶(ヘラ)】め・・・!と言わんばかりに悔しそうに歯を食い縛って判を押す。そんなロイマンを見てアルフィアは「なんだ、できるではないか」と鼻を鳴らした。ロイマンはアルフィアが出て行った後に大量の胃薬と頭痛薬を飲んだという。

 

 

「・・・・おっかねぇ」

 

 

とは、こっそり覗き見をしていた黒衣の魔術師の言である。

 

 

 

×   ×   ×

【アストレア・ファミリア】別荘

 

 

「私達、ギルドにペナルティとか課されないわよね・・・」

 

「アーディがニコニコしながら留守は任せてと言っていました・・・」

 

「『遠征』で無理難題を課されないか、今から不安だ」

 

迷宮進行(ダンジョンアタック)で大赤字を出してベルとアストレア様に野草と塩のひっどい汁を七日七晩飲ませる羽目にならないか怖いわ」

 

「「「黒歴史を掘り返すな」」」

 

 

着替え中の少女達は帰った後に顔をギルドから何かしらの意趣返しがあるのではと身震い。

かつて『迷宮進行(ダンジョンアタック)』で大赤字を喫して、野草と塩のひっどい汁を『いいのよ』と微笑む主神に七日七晩飲ませた黒歴史を掘り返してしまうほどだ。

 

 古来、下界に降臨を果たした神々は、様々な文化や発明を人類にもたらしてきた。

その発明の中でも、俗に『三種の神器』と呼ばれるものが存在する。三種、と言っても数えられるものは種族や文化圏によって様々だ。獣人じゃないのに獣人になれる獣耳カチューシャ、伸縮性に富み冒険者の界隈でも普及しているスパッツ、他にもブルマ、ストッキング、セーラー服・・・概念にも及ぶ神々の発明は、往々にしてどれが『神器』があるかという議論を呼び、時には血を流す争いにさえ発展した。神に犯されて目覚めてしまった一部の求道者達の熱い論争はとどまることを知らない。が、どんな者も認める普遍の神器が1つ、存在する。

それこそが現在、少女達が着替えている『水着』である。種類こそ様々で、基本的に胸と臀部などを除いて美しい女体は外界に暴かれる。

 

 

「・・・ベルはそんなところで何をしているの?」

 

ふとアリーゼが会話の最中に視線を感じて開け放たれている扉の方を見てみればそこには、チラッと顔を覗かせるベル。ほぼ生まれたままの姿となっている少女達は「まぁ今更だし」と恥じらうことこそないが、ベルが何をしているのか理解に苦しんだ。

 

「ベル、覗くくらいなら入って来たらどうだ?」

 

「おじいちゃんがオラリオに来る前に、覗きは男の浪漫だって・・・でもよくわからない」

 

良くない教育を受けていたらしいベルは、覗きとやらを実践してみたらしい。

が、効果はいま一つよくわからなかったという。

アリーゼはわざとらしく両膝に手を置いて前かがみになってみればベルの目線の高さで成長途上の乳房がゆさゆさと揺れる。輝夜もまたわざとらしく、なんなら誘惑するように自らの豊満な乳房を下から上へと持ち上げて揺らしてみせた。彼女達の行動に唖然として顔をほんのり赤くするのは2人の後ろで着替えていたリューだ。

 

「ア、アリーゼ、輝夜!? い、いつまでそんな恰好でいるつもりだ!? は、裸で・・・」

 

「何かしらリオン、よく一緒にお風呂に入っている仲よ? それに将来的にはベルは私達『派閥』の旦那様になるのよ? 裸を見られるなんて今更でしょう?」

 

「それに、見られて恥ずかしい体はしていない」

 

「恥じらいを持て恥じらいをぉ!?」

 

「あらあら、クソザコ妖精様は乳房も碌に育っておらず私達の体を見て羞恥に悶えて・・・だとしたら、ええ、申し訳ございません。気が利かなくて」

 

「私は・・・ペタではなぁい!! ・・・て待ちなさいアリーゼ、待ちなさい。貴方、クラネルさんに何を渡している・・・!?」

 

よくよく見ればアリーゼも輝夜もあるほうだ。なんなら輝夜の方は暴力的だ。

アリーゼなんて最近「育ってきたわ!」とか言っているし。

自分の体を見てみれば、「やはり私は貧相・・・」と目を伏せてしまうリュー。輝夜に変な謝罪までされて、腕で乳房を隠しながら猛抗議するもアリーゼが何やらベルに手渡しているのを目に見えて瞳が泳いだ。

 ベルの小さな両の掌には、アリーゼのものでも輝夜のものでもないブラがあった。それを手渡したアリーゼはベルの頭を優しく撫でて良い仕事したみたいな顔さえしている。

 

「私知ってるのよ、ベルは金髪エルフに憧れてるって。だからこれ、あげるわ!」

 

「?」

 

「な、ななななっ!?」

 

「脱ぎたての・・・リオンの下着。大切に使いなさい」

 

慈愛の眼差しで「貴方の憧れのエルフの使用済みをプレゼントフォー・ユーよ」とするアリーゼに、ベルは両手で開いて渡されたものを確認して困惑。そこにさらに輝夜が自分が着けていたものを投げ渡す。

 

「しっかり私達の匂いを覚えておけ。他派閥の女になびかれても困るからな」

 

「そう、それよ! アーディや【戦場の聖女(デアセイント)】はまぁいいとして、私達がいるのに他派閥の女がいいとか言われたらすっごく悔しいもの! 「アリーゼさん達しゅきしゅき大しゅきー」くらいにしておかないと。今のウチに」

 

「7歳の子になんてことをしているんだ2人は!?」

 

「ベル、今のウチにそれをしまっておけ。凶暴なエルフに襲われるぞ」

 

「えっ、えっ?」

 

「クラネルさん良い子だから返しなさい!」

 

「ベル、試しに匂い、嗅いでみなさい」

 

「嗅ぐなぁ!?」

 

「すんすん・・・良い匂いがする」

 

「んぁあああっ!?」

 

 

悪いお姉さんに良くない教育を施されるベルに、悲鳴を上げるリュー。隣の部屋からは仲間達の「どうしたの!?」「何事!?」という声まで聞こえてきて、いつの間にかベルが立ち去ってしまっていて別室で着替えていただろうネーゼの「これ私に渡されても困るんだけど!? え、仕舞っておいて? 返すなって言われた? お義母さんに怒られる? なんで私っ!?」という傍迷惑な声がリューの耳朶を震わせた。ぷるぷると涙を溜めて2人を睨みつけようとして、2人がリューをみてニヤニヤしているのだから完全に玩具にされたとリューはやっぱり涙目になった。

 

「『運命』って素敵な言葉よね」

 

「『唯一』って素敵な言葉にございますねぇ」

 

「ク、クラネルさんはまだ7歳でその・・・いや、そもそもっ、彼が私が唯一触れられる異性だから何だと言うんだっ!?」

 

「いのち短し 恋せよ少女」

 

「黒髪の色 褪せぬ間に」

 

「心のほのお 消えぬ間に」

 

「「今日はふたたび 来ぬものを」」

 

「何なんだ貴方達はっ!? あと私は金髪だぁ!?」

 

 

だいたい何なんだその詩は!? また神々か!? リューの叫び声がコテージに響き渡るのだった。

 

 

 

「ベル、どこに行っていたの?」

 

着替えを済ませてベッドに腰掛けていたアストレアが部屋に戻ってきたベルを見て首を傾げた。

ベルはとことこと歩いてアストレアの隣に座り込んで建物の中を見てきたと答える。

 

「そう、探検していたのね。リューの叫び声まで聞こえていたけれど・・・」

 

「喧しい限りだ」

 

「ベルも着替えましょうか」

 

「ぼ、僕はいいですっ」

 

「・・・・どうして? 今更、恥ずかしがることないでしょう? ねぇアルフィア?」

 

「・・・・ああ、何を恥ずかしがっている?」

 

「・・・僕泳げないよ」

 

「・・・・・」

 

「別に気にする必要はないわ、せっかく来たんですもの・・・・えいっ」

 

「ほわっ!?」

 

隙ありとばかりに押し倒され間抜けな声を漏らしたベルはそのまま女神の手で膝ほどまである水着に着替えさせられた。

 

 

 

×   ×   ×

別荘外。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

アリーゼ達は何とも言えない顔をしていた。

皆、それぞれ自分で選んだだろう水着を着ている。

アリーゼは普段着用している戦闘衣装(バトルクロス)と同じ色合いの、輝夜は黒い髪の色とは逆の白の、それぞれ上下一組(ツーピース)のタイサイドビキニ。リューはヒラヒラとしたレースのついた黒のオフショルダーを。

 

「ア、アストレア様・・・なんて艶めかしい・・・!」

 

一部の眷族達がごくり、と生唾を呑み込む音がしたがその視線の先には普段着用している衣装と同じ色合いのクロスホルタービキニにパレオを身に纏い麦わら帽子をかぶったアストレア。超越存在(デウスデア)たる彼女の肢体に眷族達はドギマギ。手を繋がれているベルもまた普段とは違う格好のせいか顔が赤い。なんというかこう、『親戚の男の子と遊びに来ました』感さえ感じられるほどにはそこはかとない背徳感がそこにはあった。数名ほどが「きっと木陰に連れて行ってあんなことやこんなことを・・・」というシチュエーションを口にするほどだ。なぜかベルは自分の水着をぎゅっと掴んでいるがまさか女神に脱がされて女神に着替えさせられたなどということがあったなんてお姉さん達は知る由もない。ベルは膝ほどまである丈の海パンに薄手のラッシュガードを羽織っていてジッパーを閉じていないため風で薄布がめくれる度に年頃のお姉さん達の視線には幼い少年の肢体が、筋肉も碌についていないお子様ボディが映る。そんな視線を一身に浴びているなど気づきもせず「きっとアストレア様のことを見ているんだろう」と思っているベルはシレっとネーゼに対して「いつもと変わらないね?」などと失礼をこいてデコピンを喰らっていたが、モフ要因お姉さんは先ほど渡された生暖かい温もりの残った誰かさんの下着をあとで本人達に返しておこうと密かに決意していた。渡されても困るものは困るのだ。

 

しかし、何よりアリーゼ達がこの中で何とも言えない顔をしていたのは今回の外出における言い出しっぺに対してだ。それは思わずアリーゼが輝夜に、輝夜がアリーゼの肩に寄りかかってしまうほどで。

 

 

すでに水着姿になっていたアルフィアが美しい砂浜の白いビーチパラソルの下、優雅にサマーチェアに寝そべっていた。マイペースかとツッコミたくなるくらいに。

白いビーチパラソルの下、優雅にサマーチェアに寝そべっていた。マイペースかとツッコミたくなるくらいに。

 

「おい息子の面倒みてやれよ」

 

とは誰の言葉か。

しかし、2人が何とも言えない顔をしている理由は、彼女が着ている水着にあった。普段から身に纏っているドレスと同じ漆黒の際どいワンショルダービキニだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「クソッタレがぁ・・・! 逃げるぞ? 逃げるからな? アタシは意地でもあのコテージに逃げるからな輝夜ぁ!! くそっ、どいつもこいつも小人族(パルゥム)をバカにしてんのか!!」

 

「大丈夫よライラ、貴女のワンピース型の水着もとってもキュートよ! もっと自信もって!」

 

「アレを見て自分を卑下しているのならば猶更、背を見せて逃げるな・・・! 隙を見てあの水着をはぎ取り恥をかかせるしかあるまい手を貸せ、ライラ!」

 

「あれがLv.7ですって・・・!? 冗談じゃないわ・・・!」

 

「あれで一児の母? 何の冗談なの!?」

 

「歳を考えろクソババァ・・・ッ!」

 

「輝夜、いくらなんでも妙齢の女性に失礼だ! 鍛錬のたびに瀕死に追い込まれ恨みつらみがあろうが、それを言うのは失礼だ!」

 

「ならばリオン、貴様アルフィアの隣に立ってみろ! そして自分の体とを見比べてみろ!」

 

「ぐぅ・・・・っ!!」

 

 

別に、着るなとも泳ぐなとも言わない。言わないが、露骨に若者と張り合おうとしている感を、或いは勝ち誇ってマウントをとろうとしてきている感がして嫌だったのだ。2人にあてられてか『正義』の眷族達が皆、先にくつろいでいたアルフィアの姿を見て戦慄する。勝てない、勝てるわけがないと敗北感を察するほどには。普段からドレスを着ているところからして「自分に自信でもあるのかしら?」と思わないでもないが、実際アルフィアは美女だ。目が覚めるほどの美女。17歳の頃に『おばさん』になってしまった彼女の精神的ストレスは考えもつかないが、現在24歳の彼女は女神さえ裸足で逃げ出すのではないかというくらいには、美女だった。なんなら風呂に入った際にベルの頭を洗っているアルフィアに出くわした時に思わず、「あら、お美しい方。ここって公衆浴場だったかしら?」と現実逃避してしまったことさえある。

 

 アルフィアは存外に良い体をしているのだ。

 

 

「・・・着替えに随分、時間がかかったな小娘共」

 

「ア、アルフィアお義母様~オイルでもお塗いたりましょうか~?」

 

「不要だ、気色の悪いことを言って近づくな。ゼウスの顔がチラつく」

 

「おいクソババァ、その水着はなんだ、ふざけているのか!?」

 

「どうした小娘? 勝ち目がないのであればいっそ全裸で遊んでいたらどうだ? 敗北者にはお似合いだろう?」

 

「「ハァ、ハァ・・・敗北者・・・・・? 取り消せ、今の言葉・・・!」」

 

「アリーゼ、輝夜、抑えて!! ベルが見てい・・・ない!?」

 

「そうよアリーゼちゃん! 輝夜っ、モメごとはご法度だからぁ!! 余計に面倒だからぁ!?」

 

「おいベルのやつ、あっちでアストレア様にオイル塗り始めたぞ!?」

 

「「「「うらやましい!!!」」」」

 

「・・・お前達は相変わらず喧しい」

 

 

せっかく連れて来てやったんだ、時間を無駄にするなとばかりにシッシッと手を掃うアルフィアに、少女達はぐぬぬ。乳房の大きさでいえばアルフィアよりも輝夜の方が軍配は上がっている。あがっているが如何せん、相手はLv.7。『恩恵』によって老化が遅れるという副次効果は器を昇華させることでより顕著になる。【勇者】が良い例であのいかにも少年風な顔立ちで40近いのだ。気に恐ろしや神の恩恵。

 

少女達がアルフィアにぎゃーぎゃー言っている間にアストレアはベルの手をひいて「あっちにもパラソルはあるみたいだし、オイル塗ってもらってもいいかしら?」と離れた位置に行ってしまっている。大方、これから殺し合いでも始まるんじゃないかと察して安全なところに避難したのだろう。サマーチェアでうつ伏せになったアストレアはベルにオイルを手渡し、それをベルが塗り始める。水着の紐はアストレア自身の手によってほどかれきめの細かい美しく瑞々しい肌がベルの視界には広がっていた。

 

「これを塗るんですか?」

 

「そう、自分では背中とか届かないから・・・ベルも後で日焼け止めを塗っておきましょうね」

 

「はーい」

 

ボトルの蓋を開け、背中にボトボトと垂らせば冷たかったのかアストレアから生娘のような悲鳴が漏れ、少女達はぐりんっ!!と反応。「ぽろり!? アストレア様のぽろり!?」「覗きは!?」「いない!!」「ならヨシ!」「指さし確認した!?」「ヨシ!」などと大慌て。麗しの女神様の乳房やら秘部やらが仮にも他所の有象無象に見られて脳内メモリに保存されるなんて決して許されることではない。『正義』の天秤をぶっ壊してでも私怨で襲い掛かり記憶が破壊されるまで追い回す所存ですらあった。

 

「んぅ・・・ベル、冷たいわ」

 

「これ、ぬるぬるします」

 

「・・・満遍なくね?」

 

「はーい」

 

不変の神々には、日焼けというものは勿論ない。

美容に対するアレコレも正直言えば不要だ。

けれどそれをしているのは、一種の『娯楽』という面が強い。

要は、ベルにオイルを塗ってもらうという行為を女神アストレアは楽しんでいるのだろう。

 

 

「ベルが大きくなったら・・・楽しみねぇ」

 

「?」

 

「・・・何でもないわ」

 

「僕、頑張って叔父さんみたいになります!」

 

「それはダメ」

 

「えっ」

 

 

オイルを全身に塗られていく女神は心地いいのか、尻の上にベルが跨っているにも関わらずうっとりと気持ちよさそうにベルが大きくなったらなんて言っている。いったい何が楽しみなのか。ベルはベルで目標だったのか少女達にも女神にもわからぬことではあるが、「男ならば筋肉。筋肉が全てを解決する」と言われたことでもあったのか、ザルドのようになりたいと言い出して秒で拒否されて鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。小さな掌が女神の体の上を踊る。アストレアにとってベルはまだ7歳だからこそ庇護対象ではあるもののお気に入りの眷族であるし、唯一の男の子ということと日中一緒にいることが多いせいもあってそれはもう可愛がっていた。なんなら「僕、大きくなったらアストレア様と結婚する!」なんて言われてしばらく気を失ったくらいには。成長が楽しみで仕方がないのだ。しかし決して筋肉ゴリラにはしないと確固たる決意もまた胸に抱いている。ベルにオイルを塗ってもらいベルに日焼け止めを塗る『ザ・お姉さん女神』アストレアは「ベルは泳げるの?」「じゃあ練習しましょうか?」ともう2人の世界に入り込んでしまっているが、少女達は気にしない。あの2人が仲が良いのはもう見慣れた光景であるしアルフィアが目くじらを立てないのだからセーフなのだろう。何がセーフなのかわからないが、麗しのアストレア様はベルを構っていると「はぁ・・・癒されるってこういうことよね」などと言っている時があるしそんなアストレア様も可愛いと少女達は思うのだからそれを邪魔する者はいない。というかできない。

 

いつまでも2人のイチャイチャ?を見ているわけにもいかず、少女達は各々遊ぶことにした。せっかくのバカンスなのだ。ロイマンが胃を痛めてくれたおかげで都市のために尽力している少女達は少女らしく遊ぶことを許されたのだ。ありがとうロイマン、さらばロイマン。あなたの犠牲は忘れない。できれば来世は『ギルドの豚』とか言われない容姿になってから私達の前に現れてね!と密かな思いを胸に秘めながら、少女達は泳ぎ出す者、そういえば食べる物がないなということで「この色香でニョルズ様からおまけしてもらう」と出かける者、そして―――。

 

 

「アルフィアお義母様~」

 

「・・・・・誰がお義母様だ」

 

 

アリーゼがくねくねと腰をくねらせてアルフィアに言い寄る。

あからさまに何か企んでいる少女を前にアルフィアはしかめっ面。

せっかく息子が女神と楽しそうにしているのを眺めて「連れてきてよかった」と和んでいたのに、どうしてお前は風景に溶け込めないんだと若干の殺気さえ込めた。というか、「お義母様」と言ってくるのが何よりアルフィアは気に入らなかった。歳の差を言い出せば神々が恋愛ができないからそれはあえて言わないが。他派閥との恋愛はご法度なのだから、仕方のないことかもしれないが。なんだかこう・・・腹が立つのだ。なおアルフィアは「これは更年期というやつか・・・? いや、まさかな」と密かに都市最高の治療師に相談して困らせていることを自覚していない。

 

とかく、アリーゼが何を言い出すのやらと待っていればニコニコと微笑んで、若干「なんとしてでも一矢報いてやる」感を感じるが口を開いて言った。

 

 

「『びぃーちふらっぐ』しましょ!」

 

「・・・・何?」

 

「青い海(汽水湖)、白い砂浜、水も滴る良い乙女! あと可愛い兎! これらが揃ってやることと言ったら、ビーチを走るやつでしょ! ほら、神々が言ってたわ! 「もぉー待ってよぉー」「あはは、こっちまでおいでハニ~!」ってやつ!」

 

「・・・・・・」

 

それは何か違わないか? 神々が言うことは何かと理解不能ではあるが、何か違う気がしてならないアルフィア。しかしそれを指摘する間はなくアリーゼはなおも喋る。

 

「せっかく遊びに来たのに、見ているだけだなんてつまらないわ! というか遊びならきっと貴方に勝てる気がするのよね! ランクアップ間違いなしよ!」

 

「・・・・・はぁ」

 

それでランクアップができるのなら、苦労はしないだろうに。

完全にアルフィアを負かす気しかないアリーゼ。その背後には食い込んだ水着を直す輝夜と、いかにも巻き込まれたような表情のリューと巻き込まれてキレかけているライラ。

 

「どうしてそんなことに付き合わなくてはならないんだ」

 

「え、なに、怖いの? 年若い美少女に遊びでさえ負けるのが怖いの!?」

 

「・・・・」

 

「年甲斐もなくそんな際どい水着を着ちゃって・・・ベルに「お義母さんきれい!」って言われて舞い上がっちゃったの?」

 

「・・・・・覚悟は、できているんだろうな?」

 

「フッフーン! アルフィア、貴方こそ覚悟しなさい! 長年舐めさせられた辛酸! 今こそ返すわ!」

 

「クソババァ、今に見ていろ。その水着を剝ぎ取って衆目に晒してくれる」

 

「・・・・」

 

「おいリオン、泣くなよ。アタシだって無理矢理付き合わされているんだからよ」

 

「そんなの、この後の展開など容易に想像できる・・・きっと私達は返り討ちにあって敗北者は水着を剥ぎ取られて生まれたままの姿でBBQを楽しむことになるんだ」

 

「具体的過ぎて気味が悪いって・・・やめろよそういうの。邪神に苛められてた時みたいな顔してんじゃねえよ」

 

 

 

『びぃーちふらっぐ』

それは神々が「海での遊びといえばこれ」と広めたモノの1つだ。他にも『びぃーちばれー』だとか『(スイカ)割り』だとかあるが、アリーゼが独断と偏見で決めたのが、この競技であった。

 

選手はフラッグから20m離れた位置で背を向け、うつ伏せになり、合図とともにフラッグへ一斉に走る。 フラッグは選手の数より1本少なく設置されており、フラッグを掴めなかった選手から退場していく。

 

「でもフラッグは1本しか用意できなかったから、フラッグに辿り着くまでに倒れた順位=敗者ってことにしたわ!」

 

「ほらライラ、一番最初に転んだ者が恥ずかしい目にあうって今アリーゼの口から」

 

「いや言ってはいねえよ・・・アーディが爆発に巻き込まれそうになった時みたいな顔してんじゃねえよ」

 

「時々、クラネルさんの頭を撫でる度に思い出す・・・あの幼い闇派閥の女児を蹴り飛ばしてしまった時の感覚を」

 

「お前はよくやったよ・・・お前が足を延ばさなかったら、アーディはきっと崩壊した建物で亡骸ごとぺしゃんこだったろうさ」

 

「知っているか? 危うくリオンの二つ名が【女児蹴り(アウトレイジ)】となりかけてアストレア様が全力で止めたという話があったそうだぞ?」

 

「嗚呼、アストレア様……!」

 

 

アルフィアはどうせやると言うまでしつこく付きまとうんだろうなと諦めて付き合ってやることにした。ビーチにはアルフィア、アリーゼ、輝夜、ライラ、リューの計5名の美女美少女がうつ伏せになって合図を待っていた。合図をするのは「なにしてるの?」とトコトコやってきたベルとアストレアだ。少し離れた位置にはフラッグが1本突き刺さっており、それは誰がどう見ても間違いなく【アストレア・ファミリア】のエンブレムが記されている。アリーゼ・ローヴェル、時間がなかったくせに夜鍋でフラッグを作って来ていたのだ。

 

「おい小娘、距離は20Mもあるようには見えないが?」

 

「約20Mだからいいのよ」

 

「はぁ……ベル、アストレア、あまり近づきすぎるなよ」

 

「え? あ、ええ……ん? 近づきすぎるなとは?」

 

 

『恩恵』持ち……それもライラを抜けば全員がLV.4。アルフィアに至ってはLv.7。それが一斉に砂浜を蹴りつけ走り出せば、その被害は直近のアストレアとベルに。それをすまいとアルフィアは警告しているのだ。全員が「いつでもどうぞ」と目を向けてくるので、アストレアはベルに指示を出す。

 

 

「い、いちについてー」

 

 

位置には既についているが。

 

 

「よーい・・・ドン!」

 

「【アガリス・アルヴェシンス】ッッ!!」

 

「はぁああああああああああっっ!!」

 

「ぉらあああああああっ、死ね、クソババァ!」

 

「オラァ!! (ポチッ」

 

「小娘共、貴様等っっ!」

 

「ふぎゃっ!?」

 

「ベ、ベルぅううううううううっ!?」

 

 

合図と共に、5名の女達は大爆走!!

アリーゼが付与魔法(エンチャント)で砂を巻き上げて爆走。

リューがスキルもあってかまさしく【疾風】の如く走る。

輝夜はリューに並んで疾走しながら、あらかじめ砂浜に埋めておいた小太刀をつま先で蹴り飛ばした。それは弓兵が放つ矢よりも凶悪な高威力の弾丸となって前方を走るアルフィアへ目掛けて飛んでいく。

ライラがあらかじめ埋め込んでいただろう『貝殻』『マキビシ』『兎のぬいぐるみ』をスイッチで起爆。

 

この時点で1位アリーゼ、涼しい顔をして2位をアルフィア、3位同列がリューと輝夜で4位がライラだ。

 

こいつら本気(ガチ)すぎるのでは? アルフィアはいきなりのことに呆気にとられた。勿論、彼女達に遅れをとることはない。ただ、進路方向が突如爆発して『兎のぬいぐるみ』が宙を舞い思わずそれを救出。なんならスタートの瞬間の少女達の暴挙にベルがやっぱり巻き込まれて吹っ飛ばされてアストレアが悲鳴をあげているのが聞こえてアルフィアはちょっとイラっとしたので最凶最悪特殊兵器(スペリオルズ)を使用することにした。吹き飛ばされたベルをマリューがキャッチしてイスカが怪我をしていないかチェックしてアストレアが抱きかかえて、若干眉間に皺が寄っているが、律儀にスタート地点に戻ってきたのを確認してアルフィアは声をあげた。

 

 

「ベル」

 

「きゅぅぅぅ・・・?」

 

「『愛嬌』」

 

「「「え?」」」

 

「おいおいおい、嘘だろ!?」

 

ライラは察した。

弟分としては可愛がってはいるが、彼女はアリーゼ達ほどではない。「ライラさんこれなに?」「あん? ああ水晶飴か。いるなら持って行っていいぞ」「アストレア様にあげてくる!」「おー」くらいのものだ。しかし、故に、客観視しているからこそ、兎の恐ろしさを知っていた。

 

アリーゼ、輝夜、リューはアルフィアがなぜベルのことを呼んだのが不思議で、というか「『愛嬌』」などというものだから何事かと振り返った。ほぼ同時に彼女達の視線がアストレアに抱きかかえられているベルへと向けられた。

 

 

「にこっ」

 

「「「ぐはぁっ!?」」」

 

少女達は見た。

小首を傾げ、満面の笑みで、白い歯を見せる幼い白兎の顔を!!

知ってるか、これ、魔法じゃないんだぜ!

アルフィアがこれを仕込んだわけではない、仕込んだのはアストレアである。常日頃一緒にいることの多いアストレアは「どうしてベルは可愛いの?」とベルを愛でながら思った。アルフィア曰く、笑みが妹そっくりだそうで、「ベル、にこってしてもらえる?」などとやりとりしている内に「『愛嬌』」というだけでやってくれるまでになったのだ。これを「お義母さんお義母さん!」と帰ってきたアルフィアに近寄ってゼロ距離で繰り出してきたベルの必殺にアルフィアは川の向こうで手を振る妹を見たという。それをアルフィアは利用したのだ。

 

 

「くっ・・・無念っ!」

 

最初に倒れたのはリューだった。

アストレアに頭を撫でられながら花咲く少女のような笑みを見せてくるベルにリューの庇護欲と言うか母性というか、本人ですら経験したことのない何かを刺激され、足をもつれさせ転倒。

 

「あ、あぁ・・・・魔法(アガリス・アルヴェシンス)が・・・っ!?」

 

次に脱落したのが、砂浜を爆砕して走るアリーゼだった。

ベルの顔を見ただけで魔法を維持できず魔力が切れた。まるで精神枯渇(マインドダウン)でも起こったのではないかというくらいに魔法が切れてしまい、運悪いことにライラが爆発で巻き上げた『貝殻』を踏んでしまって「あびゃー」と悲鳴をあげて脱落。

 

「くっ・・・卑怯だぞクソババァ!」

 

「威勢だけはいいな小娘、だがその言葉は訂正しろ・・・私はまだ24だ」

 

「そうか、そうか! しかし私は16だ。どうだ婆、羨ましかろう!」

 

「挑発ならばもっと上手くやれ。お前のそれは雑だ。何より、あの子の顔を見てニヤケすぎだショタコンめ」

 

「んなっ!?」

 

「別に年下好きを指摘するつもりはない。そうなっては神々は恋愛すらできんからな。・・・さて確か・・・こうだったか?」

 

 

あれやこれや罵倒の応酬の果てにアルフィアは後ろ向きに走りながら追いつこうと、なんならアルフィアの水着を引っ張ってでも剥ぎ取ろうとしていた輝夜へと構えを取った。それは、輝夜の得意とする『技』でもあった。

 

「ふむ・・・『居合の太刀』・・・『一閃』」

 

「んぐ・・・ぁああああああああっ!?」

 

アルフィアの見様見真似、いや才禍の怪物と言われる所以か。再現された輝夜の『居合の太刀』を手刀で食らい輝夜の水着は見事にただの布切れとなり瞬きの間に輝夜は生まれたままの姿に変身。「きゃぁぁ!?」という前に「ババァと言ったな?オマケだ」とばかりに回し蹴りをくらい輝夜はここで脱落した。

 

 

「ア、アストレア様っ輝夜さんが急に裸に!?」

 

「す、すごいわ! 何が起きたのか私達にはまったく見えない!! でも年頃の乙女がしていい姿じゃないわ! 誰か、タオル持ってきて!?」

 

 

そして。

 

 

「くそ、ふざっけんな! 私が一番弱いんだぞ・・・!!」

 

「兎を使うとは頭を使ったな小人族(パルゥム)。だがまだ足りない。これが【勇者】であればもう一ひねりあっただろうに」

 

「ひっ・・・あ、あぁああああああああっ!?」

 

ライラは砂に埋められて脱落。

アルフィアは涼しい顔をしてフラッグを獲得、勝敗は決した。

 

 

 

 

×   ×   ×

晩、【アストレア・ファミリア】別荘。

 

 

バチバチ、と焚火が音を奏でる。

太陽は沈み、海の向こうから少しだけ顔を見せてはいるがもう既に闇が広がりつつあった。買出し組が「ここの別荘BBQのセットまであるんだね、至れり尽くせりじゃん」と魚介を中心にBBQ用の食材を購入してきていて少女達は食事を楽しんでいた。

 

 

「見ていたかベル」

 

「んー?」

 

「あれが今巷を震え上がらせている『嫁姑問題』というやつだ」

 

「よめ、しゅーとめ?」

 

「ああ、揃いも揃って・・・お前は知らないと思うが、私はいつも小娘共に集団で襲われているんだ」

 

焼けた肉を口に運びながら、アルフィアは言い出した。

少女達は「あ、洗脳教育はじまったな」と思った。

 

「お義母さん、いじめられてるの?」

 

「この間も、11人に囲まれて・・・魔法を撃たれたり、剣で斬りつけられたり、殴られたり、酷いと思わないか?」

 

「お義母さんかわいそう」

 

ううん、11人で確かに囲ったけれど。輝夜あたりが頭に血を上らせて「全員でリンチだ! ボコす! 泣かす!」とか言ってけれど、もれなく返り討ちだよ? 少女達は心の中で抗議する。第一この女に魔法を撃っても涼しい顔で無効化されるので精神力の無駄遣いでしかない。

 

「私は不治の病を患っているというのに・・・集団リンチ。 よくないよな?」

 

「もきゅもきゅ・・・うん!」

 

「ベル、お口が汚れているわ」

 

「アストレア様、ありがとうございますっ」

 

「いいのよ」

 

「この小娘共は毎回、ベルを寄越せと言って私を襲うのだ。 どう思う? お前はそんな暴力女を嫁に欲しいと思うか?」

 

「うーん・・・」

 

「尻に敷かれて終わるぞ?」

 

 

貴方も大概暴力振るっているわよ? とは言わない。

言ったところで見えない速度で串が眉間に飛んでくるだろうから。

 

「・・・ベルはどんな女の子が好きなの?」

 

ベルの口元を拭ってやったアストレアがふとそんなことを言いだす。ベルは「うーんうーん」と唸ってから。

 

「やさしくてー」

 

「うんうん」

 

「かっこよくてー」

 

「「私合格、よし」」

 

「「「ちょっと黙ってよっか」」」

 

「きれいでー」

 

「「「「あ、全員OKね良かったー」」」」

 

「おかあさんみたいな人!」

 

「残念だったな小娘共」

 

「「「「チィッ!!」」」」

 

「?」

 

「ベル、私はアルフィアみたいなことはできないわよ?」

 

「アストレア様は、優しくて綺麗で可愛いくて女神様だから合格なんです!」

 

「あらあらそれは嬉しいわ」

 

 

少女達は「アルフィアがモンペすぎて勝てない」とドンよりしていた。

何より、一番居た堪れないのは一番最初に『びぃーちふらっぐ』で脱落したリューである。バスタオルを巻いているだけなのだ。そう、バスタオルを巻いているだけ。しかし、中は何も着ていない。輝夜もまた水着を切り裂かれてしまったために生まれたままの姿だが本拠でもだいたい裸みたいな恰好でうろつくので少女達は輝夜が裸だろうが何とも思わなかった。

 

 

「ごめんなさいリオン・・・まさかあんなことになるとは思わなったの。でもルールは守らなきゃ駄目よね、『正義』を掲げる私達が負けたからって規律を破るのはよくないもの」

 

「う、うぅぅ・・・」

 

「今更、裸の一つや二つ・・・何を恥じらう必要がある? 私を見てみろ水着なんてズタズタに切り裂かれて水着としての機能を有していないぞ」

 

「何故裸で涼しい顔をしている!? むしろ見ろみたいな素振りをするな! 誰か来たらどうする!?」

 

「来たら全員で八つ裂きにしてやる」

 

「お願いだから暴力沙汰はやめてね?」

 

「ええ、わかっております。(おのこ)女子(おなご)になるだけですので」

 

「あら、不思議な魔法があるのね」

 

「はい、不思議なことが起きる。それが、物理攻撃(まほう)でございます」

 

「うぅぅ・・・はやく着替えたい」

 

「リオン、私のでよければ・・・パレオ、使う?」

 

「い、いえ、アストレア様のお召し物を奪うなんて恐れ多い・・・それに、余計に煽情的になってしまいます・・・クラネルさん、申し訳ないがあまり私を見ないでほしい」

 

「リューさん、あーん」

 

「あ、あーん・・・んふふふふ、純粋な少年から餌付けされる・・・この味、おいひい・・・」

 

「リオンはもう駄目かもしれねぇな・・・」

 

「かわいそうに」

 

「惜しい奴を失くした」

 

 

憐みの眼を向けられるエルフはベルに「あーん」されはじめた。それがもう彼女の唯一の救いだったのだろう。アルフィアはやれやれと溜息をついたが、しかしベルは楽しそうなので「私がいなくなっても大丈夫そうだな」と密かに安堵する。

 

 

「・・・ベル」

 

「んー?」

 

 

少し腹も膨れたところで、アルフィアもベルにザルドのようなことを言っておくことにした。自分もいつ死ぬかわからないからだ。

 

 

「人生を楽しめ・・・」

 

「?」

 

「それが、格好よく生きるということだ」

 

「かっこうよく・・・?」

 

「ああ・・・・・楽しんでいる者は輝いて見えるというくらいだからな」

 

 

『人生を楽しめ、それが格好良く生きるということ』

それはきっとベルに限った話ではない。限りある命であるからこそ、という実感のこもったアルフィアの言葉に少女達でさえ黙り込む。普段自分達には決して見せないような優しい表情でベルの頬に手を添えてそれを言ってからアルフィアは夜空を見上げた。

 

 

「・・・・私は、楽しかった」

 

「お義母さん、どこか行っちゃうの?」

 

 

子供は時々、勘が鋭い。

何か嫌な予感がして、不安そうにアルフィアの手を握りしめる。「いかないで」「ひとりにしないで」そんな感情をふつふつと感じさせるほどにはベルは震えていた。けれどすぐにアルフィアはベルに視線を向けて頭を優しく撫でた。返答はなく、余計に不安にさせてしまう。少女達にはまだ、わからない。というより、アルフィアがいずれ死ぬことを未だに信じられずにいる。何せ自分達をまとめて相手しているし、苦しそうなところなんて一度も見たことがないのだから。そんな怪物が死ぬだなんて信じられないのだ。こんな時に何を言えばいいのか、言葉に困る。ひょっとしてここに来たのも・・・と勘繰り始めて、結局黙り込んで。

 

 

「・・・一発芸をするわ!」

 

「「「は?」」」

 

アリーゼが空気を読まずに立ち上がった。

両手にはまだ焼けていない串肉が納められており、皆が見える位置で1人立つ。

ザザー、ザザーと波音が耳朶を震わせる中。

やがてアリーゼはドヤッとした表情でやらかす。

 

 

「【瞬間肉焼き機(アガリス・アルヴェシンス)】!!」

 

 

焚火とBBQコンロ以外の灯りが今、1人の少女によって灯された。というより少女そのものが燃えていた。全身を巡る付与魔法(エンチャント)で両手に納められていた串肉は瞬時に焼けた。いや―――灼けた。

 

 

「おいアリーゼふざけんな!」

 

「食材を無駄にするな!」

 

豊穣の女神(デメテル)様に失礼よ!?」

 

「いやこの肉って【デメテル・ファミリア】のなの?」

 

「いや違うけど」

 

「違うの!?」

 

「その辺のお店で買ったものだし・・・でも豊穣の女神に失礼なことすると大地は枯れるらしいし」

 

「まぁそうだけど」

 

 

アリーゼの炎によって、肉は一瞬で焼けた。そして炭になって崩れ落ちた。少女の手に納められているのは最早串のみだ。両足を開いて腰を少し落として両手で1本ずつ串を持つ。なんとも格好いいとは言えない恰好に少女達は揃って「勿体ないことしないで」と非難した。けれど重たい空気はそこにはない。

 

 

「火力を間違えてしまったわ・・・ま、料理に失敗はつきもの。失敗は反省して次に活かせばいいの! さ、もう一本!」

 

「「「させるかぁ!!」」」

 

【アストレア・ファミリア】団長、アリーゼ・ローヴェル。

彼女はやたらめったら料理を赤くさせてしまう謎の呪いを持っているのか、台所には立たせてもらえない。

 

「ほらベル、あんたもなんかしなさい!」

 

「・・・え」

 

「クラネルさんが芸・・・何かあるのですか?」

 

「リオンは歌がうまいよな。『風に揺らいでゆく~鈍色の光照らす世界で~今 選ぼう その正義を~』って」

 

「やめろぉ!?」

 

「いいからいいから、ベル、なんでもいいわよ」

 

 

急に無茶ぶりをされ、お姉さん達に視線を向けられどうしようとあからさまに困るベル。ややあって、立ち上がると全員に背を向けてゴソゴソと準備しだす。両サイドに座っているアルフィアとアストレアが若干見えているのか、笑みを堪えてプルプルしているが何がしたいのかはわかっていないらしい。

 

 

やゆよ(やるよ)

 

 

準備ができたのかそう言ってベルは振り返った。

それだけでもう年頃の少女達はダメだった。

ベルはシャツをまくり上げて口で加えて落ちるのを止めていたのだ。人目でそういったことをするのは初めてだからか、頬は赤く染まっていてモジモジ恥ずかしそう。

 

さらに。

両の人差し指でお腹を指示してモゴモゴと言葉を紡ぐ。

 

 

「『九腹筋(にゃいんへる)』」

 

 

生まれるのは沈黙。

 

「え、なに、腹筋て九つもできるの?」

 

「奇数? 奇数なの腹筋は」

 

「シックスパックとかいうのは聞いたことあるけど」

 

「筋肉なんて碌についてないのにプルプル震えながら強調してるベル君可愛い・・・」

 

「お子様ボディ、半端ねぇ」

 

 

誰も反応してくれない。

やれと言ったのに。

ぷるぷると涙を溜めて女神と義母を交互に見やるベルに、最終的にアリーゼが「ぶっふぉww」と吹き出した。どこがおもしろいのかは謎だが、刺さるものがあったらしい。なお、【九魔姫(ナインヘル)】ご本人は芸にされているとは知らずに『黄昏の館』でクシャミをした。


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