アーネンエルベの兎   作:二ベル

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勢いでいくよ。
ロイマンこんな感じだっけってどうしてもなっちゃう。


水天日光㉓

戦場A

 

 『………………アァァ』

 

まるで故郷に帰ってきたかのような懐かしさに浸っていた怪物は、動き出そうとする冒険者達の気配を察知するとすぐに見上げていた空より下、ぷかぷかと揺れる船共に視線を落とした。逃げる者、立ち向かおうとする者、動けずにいる者。怪物の瞳からしてみれば、そこに違いはなく有象無象。

 

《懐かしい地上だ、遊んでくると良い》

 

耳朶に残る男神の声に歓喜し応えるのみ。

ズンッ、という大槌を打ち付けたかのような鈍重な轟音が、踏み出された前足と共に響いた。天の雄牛(グガランナ)は『馬力特化』として製作された怪物である。しかしながら彼女は現在、あえて言うなれば『帆のないガレオン船』の上に佇んでいる。

 

彼女がまず思ったのは、『動きづらい』ということだった。その巨躯では桁違いの質量と破壊力による突撃など発揮できないし、ましてそれでは『遊ぶ』なんてとてもとても…。緑の肌に緑の短髪、極彩色の衣、天女と見紛う美貌でありながら不気味さを放つ女体は可愛らしく頬を膨らませて不満を募らせる。小さな船達は動きは遅いが彼女のいる方へ向きを変えつつある。ともすれば船上から魔法なり飛び道具なりが飛んでくることだろう。始まるのは遠距離射撃同士の撃ちあいか。そこまで考えを巡らせて、膨らませていた頬から力を抜き、彼女は無邪気に微笑む。

 

(アソ)ビマショウ?』

 

空気を取り込んで、胸の前で両手を向き合わせて詠い始める。手と手の間に蒼の光が凝縮されはじめた。

 

『【永久ノ眠リヨ来タレ遍ク生命(イノチ)ヲ凍土ノ如ク氷結セヨ代行者ノ名ニオイテ命ジル与エラレシ我ガ名ハ水精霊(ウンディーネ)水ノ化身(ミズノケシン)水ノ女王(ミズノオウ)】』

 

凝縮された光の玉にフッと吐息を1つ。

完成された魔法によって『凍土の大地』は作られた。

 

『【アイス・エイジ】』

 

瞬間、凍結。

怪物を起点として、それこそ戦争遊戯(ウォーゲーム)開幕時に【アストレア・ファミリア】が行ったのと同じように海面を永久凍土の世界へと作り変えた。ただ【アストレア・ファミリア】と違うのは、その規模(スケール)が桁違いだったということ。魔法は最初に放たれた【大津波(タイダルウェーブ)】の爪痕痛々しい港町(メレン)にまで伸び、水の壁の如き『波』そのものさえ氷の壁へと変質。最早、漁業が盛んな港町の風景は見る影もない。

 

 

 

「ぎっ………がぁ…………ッ!?」

 

 

女傑達が声にならない悲鳴を上げる。

濡れた身体が凍結の被害を受けたためだ。正義の女神の眷族達は『精霊の護符(ウンディーネクロス)』を纏っていたといえどその口から漏らす吐息は白く、身体は霜に覆われている。濡れていた甲板に縫い付けられたように足元は凍り付き、動かそうとすればパキパキと罅割れていく。美神の眷族など目も当てられない。津波によって船外に放り出され漂っていた者はそのまま氷の中に閉ざされ、ガレー船から飛び降り避難のために近付いてきた漁船に乗り移ろうとした者は凍り付いた高波に身体を叩きつけられた。その場にある海が、氷という凶刃として牙を剥いていた。

 

 

「くそ……さみぃ……!」

 

 

白い吐息を吐きだし、小さな身体を小刻みに震わせたライラが足元の氷を砕いて自由の身となり息も絶え絶えに言う。まるで自分達がしたことにたいするしっぺ返しだと軽口を叩きたくなるが、寒さを前にそんな思考は凍り付く。

 

 

『♪』

 

 

人間達の悲鳴など知ったことじゃないと、怪物は機嫌よく喉を鳴らして凍土の大地と化した『海』だった場所へと飛び降りた。音を立て足元が悲鳴を上げ罅割れる。けれど分厚い氷の大地は砕け散ることもなく怪物はまるで確かめるように一歩、また一歩前進。罅は入るが砕けないし、仮に割れて海に落ちるなんてこともない。うん問題なし、おもいっきり走れる。それを理解すると怪物は女体をくねらせた。牛の尾は悦びを示すように右に左に揺れた。もうあの暗い私を閉じ込めていた場所とはおさらば、手を伸ばしても届かない青天井、果てなど見えない水平線。息苦しくないし、変な人間共に観察されることもない。嗚呼、神よ貴方に感謝します! そんな感情があるかのように彼女は疾走の体勢に入った。

 

 

×   ×   ×

? ? ?

 

 

『鏡』に映る光景を頬杖しながら見守る男神が2柱。

今にも走り出そうとする『精霊の分身(デミ・スピリット)』に、死神(タナトス)は口笛を吹き、幽冥の神(エレボス)は笑みを浮かべる眼差しを細めた。

 

「ひょっとしてだけどさ、エレボスが今回の戦争遊戯(ウォーゲーム)お題(タイトル)決めた? ()()()()()()()()()()()()

 

「これでも俺は隠居の身、流石にできるわけないだろう?」

 

「隠居って言う割にはやってることはかなりえぐいよね? 【アストレア・ファミリア】の勝利が確定していた段階でちゃぶ台返しだよ?」

 

「勝つための手法の1つは与えたつもりだが? ちゃんと、『Charōn(カロン)』とサインも彫ってある」

 

「それって捕鯨砲(ハープーン・キャノン)のこと? あれで天の雄牛(グガランナ)を倒せるとは思えないけど」

 

「倒せる武器なんて存在しない。倒すための手段の1つだ」

 

「…………」

 

「まあもっとも、それに気づくかどうか、利用するかどうかはアストレアとイシュタルの眷族次第だ。しかし無様に蹂躙されたとして、それは『運』がなかっただけのこと。あいつらは冒険者なんだ、死はいつだって隣り合わせだ」

 

どの口が言うんだか、とタナトスは嘆息する。

こうして戦争遊戯に横やりを入れた『天の雄牛(グガランナ)』はそもそも闇派閥側でせこせこと育ててきた品の一つであり『都市の破壊者(エニュオ)』の切り札。出資者(イシュタル)は当然ブチギレ案件だが、あの面倒な美神を切り闇派閥の頭目をやっていたエレボスが新たな出資者として切り替わったとあれば知ったことではない。まさか地上に進出させた上に港町(メレン)に向かわせるとは思いもしなかったし、それを赤髪の女(レヴィス)に協力させていたなんて驚きものだ。まあ今『鏡』の向こうで起きている騒動は結局のところ、このやんちゃな男神(エレボス)の仕業なわけだけれど、それにしても「冒険者なんだから死んだらそれはそれで仕方ないよね?」みたいなことをさらっと言えちゃうのは流石、闇派閥の元首領と言わざるを得ない。

 

「もし、戦争遊戯のお題(タイトル)が『海戦(ナウマキア)』じゃなかったら……どうしてた?」

 

「どうもしない」

 

「?」

 

「例えば、()()()()()、『攻城戦』だった場合、わざわざバカでかい(ケージ)にあの牛を押し込めて運ぶと思うか?」

 

「事前に洞窟なりに配置しておくっていうのはどう?」

 

有り得ない(ナンセンス)

 

タナトスはイメージしたのだ。

例えば戦争遊戯の舞台は『海』ではなく『陸』だったのなら、『天の雄牛(グガランナ)』を洞窟なりに隠し、投入する。あの牛は海での活動を得意とするものではなく、あくまでも陸での活動を得意とするもの。その方が『天の雄牛(グガランナ)』も大暴れできるというものだ。タナトスはそれを想像し、そしてエレボスに肩を竦められた。

 

「確かに舞台が『陸』であったなら、お前の思うようにもなっただろう。が、バレるリスクの方が高いし援軍がやってくる可能性も格段に上がる」

 

「海ならそれができないと?」

 

「現状がそうだ」

 

「現、状……」

 

「タナトス、やはりお前は悪の首領には()()()()()()。神としてなら下界の住人(こどもたち)と頭脳戦を織りなすこともできただろうが、【勇者(ブレイバー)】のような頭の良い奴には敗北するだろう」

 

「はいはい、確かに俺はそういうのは苦手だよ。だから教えてよ」

 

降参だと両手を上げるタナトスにエレボスはニヒルな笑みを浮かべ、『駒』を弄びながら解説を始める。

 

「まず大前提、海は広い、大きい」

 

「あ、うん」

 

「アストレアの眷族達は開幕、魔剣によって海を凍らせることで自分達にとって『海上』という普段まず戦いの場として足を踏み入れることのない領域を自分達にとってまだ都合の良い場所に作り変えた。魔剣とは何か? 言ってしまえば『魔法』を吐き出す『道具』だ。そしてあの魔剣の威力は、『クロッゾ』の物だろう」

 

「自分達に都合の良い戦場にする、驚かされたよ、正直」

 

「そこから始まったのは、副団長の打倒。Lv.2冒険者による第一級冒険者の打倒。極東美人(ヒューマン)との場外戦闘(イチャコラ)。まあ色々あったが、激しい闘争が繰り広げられた。では問題、そんな戦争真っ只中で『舞台外』の景色を気にするか? はいタナトス君、答えたまえ」

 

「まあ……気にしないよね」

 

「正解、君にはこのゴールデンクノッソス君人形をあげよう」

 

「わ~お金の無駄遣~い! バルカちゃんが怒るよ~! というかクノッソス君人形というよりバルカくん人形じゃーん! 肖像権って知ってる? え? 幽冥にそんなものない? まじかよ…………こほんっ…でもさ、浮標(ブイ)の外側にはガネーシャの眷族達がいるんでしょ? 彼等、いくら海に落ちた失格者を救助する仕事があるって言っても、周囲に気を遣っていないのは()()()()()()()()のと同じじゃない?」

 

「いいや、彼等はちゃんと仕事をしているさ。ただ、気づけなかっただけ」

 

「?」

 

「俺は天の雄牛(グガランナ)を乗せる船には迷彩を徹底させた。灰色に塗装させ、天の雄牛(グガランナ)を隠す天幕も全て灰色にした。灰色の方が海や空、曇天の景色に同化しやすいために、な」

 

だからこそ天の雄牛(グガランナ)が戦場の近くに来ていることに誰も気づけなかった。無論そこには赤髪の女(レヴィス)という協力者がいたからこそというのもあるが。魔法の詠唱を始め、魔力が高まって始めて冒険者達は『領域外からの侵略者』の存在に気がつく。

 

「が、気づいたところでもう遅い。舞台上にいた役者達も座席で見ていた観客達も、【アストレア・ファミリア】の勝利で舞台の幕は下りると確信していたのだから」

 

「『精神の高揚』、『士気の低下』、『視点の固定』…魔法もあっちこっちで使ってたから、それを派手な

『演出』として……うん、気づけないし気づいても手遅れだ。じゃあエレボス、援軍については?」

 

「援軍はない」

 

確信をもってエレボスは告げる。

へぇ、と漏らすタナトスは続けて「何故?」と問う。

 

「この戦争遊戯に発展するまでの時間、俺は俺に協力してくれるお前の眷族達にダイダロス通りを中心として『不審火』騒ぎを起こさせた」

 

「ああ、情報誌にも載ってたっけ? でもすぐに火消しされてたんでしょ?」

 

「そうだ、だが犯人は捕まっていない。だがこの人造迷宮に足を踏み入れた冒険者達は『ダイダロス通り』の下に俺達がいることには気がついている。それはギルドも例外じゃない。もし仮に援軍としてロキ、ガネーシャ、フレイヤといった戦力が投入された場合、俺がオラリオ側の神であったなら僅かでも『都市の防衛力』が落ちたのなら闇派閥の地上進出という手札が切られることを警戒する。それは【勇者(ブレイバー)】もギルドの長も考えていることだろう。捕まっていない犯人、解決していない不審火騒ぎ…もっと言っていいなら『怪物祭』から一連の事件は続いている。これはメッセージだとオラリオ側は思うだろう」

 

強力な戦力が『精霊の分身(デミ・スピリット)』討伐に援軍として駆けつけた場合、都市の防衛力は落ち、そこを叩くとエレボスは言ってのける。この男神、眷族がいないという縛りをしているというのに言ってのけたのだ。

 

「フレイヤが動くとは思えないけど」

 

「ああ、そうだな。まあ動かなければ()()()()()()()()()()()()()()()()()だけで、動けば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()というだけなんだが。さらに付け加えるなら、騒動が起きている場所では何が行われている? 戦争遊戯(ウォーゲーム)だ。イシュタルの眷族もアストレアの眷族達も、決して()()()()()()()()し、港町(メレン)には『闘国(テルスキュラ)』…カーリーも来ている。Lv.6が2枚、Lv.5が2枚、Lv.4が―――――その場に戦力が足りていないなどと考えるか? ギルドの長なら苦渋に顔を歪めながらも()()()()()()と考えるのではないか?」

 

「都市の戦力を落とすのを良しとしないわけだ」

 

「そうなる」

 

そしてどの神の眷族を援軍にするかという話の前に、「そもそも」とエレボスは続ける。『鏡』を指さしながら。

 

「もう既に事態は動いている。間に合わないし、もう遅い」

 

『鏡』に映る『天の雄牛(グガランナ)』は今にも走り出しそうだ。四肢には力が入り血管が浮き上がってすらいた。猪突猛進よろしく突進するつもりだろう。超硬金属(アダマンタイト)をいともたやすく破壊するほどの破壊力が冒険者達に繰り出されるのだ。

 

「じゃあ最後に聞かせてよ、エレちゃん」

 

「いいぞ、タナちゃん」

 

「もし『海戦(ナウマキア)』になってなかったら?」

 

その質問に、部屋が一度音が消えた。

エレボスは閉ざしていた口元を、ゆっくりと開いて答える。

 

「戦争遊戯という娯楽に商人も暇神もあらゆる全ての者達がお祭り騒ぎになっている間に、一つの街が純粋な『暴力』によって地図から消えるだけだ」

 

土煙上がる戦場で正義の眷族達が、美神の眷族達が戦っている中、海上からやって来た『精霊の分身(デミ・スピリット)』によって港町(メレン)は消えていた。たったそれだけだとエレボスは言う。生唾を飲み込む音がタナトスの喉から鳴り、彼は改めてエレボスを恐ろしい存在だと認識するのだ。『天の雄牛(グガランナ)』が、勢いよく氷の破片を巻き上げながら走り出すのが『鏡』に映る。

 

 

 

×   ×   ×

戦場B

 

 

天の雄牛(グガランナ)が魔法、【アイス・エイジ】を行使した頃。アリーゼ達のいる船にもその極寒の魔法は猛威を振るっていた。

 

 

「――――ぁ、は、あぁ…………っ!」

 

 

突き出していた右手から力が抜け、華奢な身体は膝から崩れ落ちた。輝いていた紅の宝石からは光が消え失せ、発生させていた障壁が消え去ったことを証明する。謎の怪物(モンスター)からの魔法をベルは『秘獣(カーバンクル)の指輪』を用いて防御したのだ。喘ぐように呻き、崩れ落ちた身体をアリーゼとマリューが抱き留め声をかけるが、精神枯渇(マインドダウン)を起こした状態では碌に聞こえない。

 

「マリュー、精神回復薬(マインドポーション)は!?」

 

「最後の一本、飲ませた! でも足りない! さっきの魔法を防御するのに指輪にごっそり精神力(マインド)持っていかれてるわ!」

 

「おじ様達、船は大丈夫!?」

 

「だ、大丈夫だが……これじゃあ、進めねえ! 海が凍っちまってる! あんたらがやったのと規模が違う!」

 

「どういうこと!?」

 

「氷が……分厚過ぎるんだよ! 無理に船を動かすとぶっ壊れちまう!」

 

【アストレア・ファミリア】が戦争遊戯開幕時に魔剣で海面を凍らせるという行動は、誰が見ても見事と喉を唸らせるものだった。『自分達にとって都合の良い戦場』を彼女達は作り上げたからだ。が、突如やって来た謎の怪物は、彼女達のやったことと似て非なることをした。規模(スケール)が違う。あの怪物は『自分にとって都合の良い環境』を作り上げたのだ。視界に映る世界が永久凍土の世界と化した中、漁師達は津波の名残、高波の1つを指さしては、次に海だった場所に指を差す。そして怪物が氷の大地の上に降り立ったことで()()()()()()()()()()ほどの厚みがあることを彼等は戦慄に染まりながら口にした。いくら船が無事であっても、氷の大地を進むことはできないだろう。

 

「………こっちのやる気を、とことん下げてくれるじゃない」

 

頬から汗を滴らせ、無理矢理にアリーゼは笑う。吐く息が白く、身体は強張っている。不安そうな顔をする漁師達に、意識の無い剣客、精神回復薬(マインドポーション)を飲んでも完全に回復とはいかず顔色の悪い最年少、そんな弟分のダメージを少しでも癒そうとする治療師。

 

(離れている私達でこの状況……ライラやリオン達はどうなってる……? わからない……!)

 

思考を巡らせようにも、あまりの寒さにうまくいかない。やがて怪物が走り出し、悲鳴と破壊音が耳朶に届き始めた。『正義の味方』などと口走っておきながら、純粋な『暴力』によって惨めに辱められる。このままではきっと、あの邪悪な怪物は陸へと上陸を始め行く先々で破壊をもたらすだろう。

 

「――――行くわ、やることは……変わらないもの」

 

剣を握り締めて、こぶしに力を込めて、アリーゼは一歩、また一歩、歩き出す。その歩みは疾走へと変わっていく。やがて彼女は口ずさむみ魔法の名を口にする。「【アガリス・アルヴェシンス】」と。炎の鎧を身に纏った彼女の姿は、永久凍土の世界を引き裂くように怪物へと一直線に進んで行った。

 

「アリーゼちゃん…そうね、やることは変わらないわよね」

 

治療師のマリューは遠ざかっていく炎に目を細める。仲間の安否も気になるが、聞こえてくる悲鳴と破壊音に『正義』の女神の眷族である彼女もまたあの怪物を看過できないと使命感をがなり立てる。

 

「漁師の皆さんは安全な場所へ。彼女を…輝夜ちゃんを、お願いします」

 

「けど……」

 

「意識の無い極東美人(おんなのこ)へのお触りはナシで。援軍が望めるなら、援軍を。補給があれば助かります」

 

「さ、流石にこの状況で変な事できねえよ……縮こまっちまってるしよぉ……」

 

「援、軍……オラリオからか……」

 

「間に合うのか?」

 

「わからねえ」

 

「補給は、まあ、水浸しだろうけど店やらからほじくり出せば……」

 

マリューは話を切り上げて、凍えた身体を少しでも温めるために抱きしめ摩っていたベルに視線を落とす。胸元で白い吐息を何度も吐くベルは眠たいのか瞼を何度も落としては上げるを繰り返す。そんなベルの頭を、マリューは優しく撫でる。モフモフで触り心地の良い白い髪は、今や凍てついた水分のせいでパッキパキだ。

 

「ベル君は……どうしたい? 輝夜ちゃんと待ってる?」

 

第三級冒険者(レベル2)には荷が重すぎる案件。

だからマリューはベルを置いていくべきだと判断している。けれど置いていかれるのをきっと嫌がることも分かっているから、ベルに意志を問う。ベルはマリューの言葉が聞こえるとすぐに頭を左右に振った。

 

「じゃあ、まずは精神力(マインド)を補給しましょう」

 

漁師達と目を合わせ頷き、船を降りて氷の大地を駆けていく。戦場とは逆、補給が望める港町(メレン)へと。

 

 

×   ×   ×

戦場A

 

 

位置について……よーい、ドンッ! そんな言葉が相応しいほどに、その怪物は走り出した。女戦士(アマゾネス)達は戦闘娼婦(バーベラ)達は、妖精は、土の民(ドワーフ)は、只人(ヒューマン)は、その場にいたあらゆる全ての種族達は、何の説明もないまま、怪物に蹂躙された。

 

「いやぁああああ!?」

 

「退避しろ、お前等ぁあああああ!?」

 

「ちょっと……待って!?」

 

「ダメ、そっちに行っちゃだめぇええええええ!?」

 

逃げようとしていた者も抗おうとした者も関係ない。

単純な突撃が氷の大地に悲鳴と血の花を咲かせた。ある者は踏み潰された。ある者は破壊されたガレー船の残骸に飲まれた。ある者は凍り付かされたまま砕かれた。ある者は背後から一矢報いようとして振られた二股に別れている尾(ブレード)によって断斬された。猪突猛進を体現したような威力、災害の如き破壊力、戦争遊戯(ウォーゲーム)とは関係ない部外者、領域外からの侵略者(グガランナ)に触れた者は等しく一発で粉微塵にされた。まさかこの怪物が自分達の主神(イシュタル)が秘密裏に闇派閥に投資し生み出していた秘密兵器だとは彼等彼女等は知る由もない。

 

『アァァァ……気持チイイ、気持チイイ! モット、モット、モットォォォ………ッッ!』

 

有象無象(ニンゲン)のことなど知ったことじゃない。彼女は自由の身になった。だから肌を撫でる風に歓喜の声を上げ、肌を照らす陽光に微笑み、自らを閉じ込める暗黒がない世界をしっかり力いっぱいに踏みしめる。嗚呼、視線の先には緑生い茂る陸まで見えるではないか。ならばそこへ行こう。もう私を邪魔する者はいないのだから。鬱陶しかった鎖もない、放り込まれる餌だけを食べる日々ではない。どこまでも行けるのだ、この気持ちを抑えるなどどうしてできようか。そう彼女は歓喜に顔を染め上げるのだ。

 

「おい、ノイン、女戦士(イスカ)は無事か!?」

 

「ライラ、不謹慎! 女戦士(イスカ)は無事よ!?」

 

「あっち見てもこっち見ても女戦士(アマゾネス)ばっかなんだから仕方ねえだろ!? リャーナ、お前のでけぇ乳は小さくなってねえか!?」

 

「怖いこと言わないでくれる!? 削げてないから!」

 

不謹慎であろうが軽口を言わなくてはやってられないとライラを始めに『正義』の眷族達は吼えあがる。庇うようにして敵だった美神の眷族達を押し倒した者もいれば、瓦礫に埋もれた者を引っ張り出す者もいる。【アストレア・ファミリア】の彼女達は美神の眷族達を救出しながら、不利であると悟る。

 

(やべえ…『正義の味方』だとか言ったの取り消してぇ……恰好がつかねえよ……)

 

(オラリオから援軍を望んだって、それっていつって話でしょ!?)

 

(じゃあ実質、私達だけで何とかしなきゃいけないことに変わりないじゃん!)

 

(【イシュタル・ファミリア】は数は多くても…仲間が死んでちゃ、戦うどころじゃない…!)

 

一直線に走って、一瞬の跳躍をもって転進、氷の大地が轟音の悲鳴を上げて戦場を揺らす。まるで玩具で遊ぶかのように怪物は陸に上がる前の余興を楽しもうというのだ。凍える身体に無理矢理に鞭を打って冷や汗を垂らす。

 

「せめて勇者様がいりゃあ……鼓舞してもらって戦況を覆せたりするんだろうけどよぉ……きっついぜ、これ…こんなのとリオン達は戦ったっていうのかよ」

 

「あの時は……動き回る相手ではなかった……状況が違う」

 

「それでも馬鹿みたいな威力の魔法を撃ってきてたんでしょ……ほんと嫌になる……精霊の護符(ウンディーネクロス)と相性最悪だし」

 

「あれを何とかしないことには変わらない……どうする?」

 

巨体(デカブツ)に対処するときの定法(セオリー)でいくしかないわ」

 

「足を狙って、地面に落とすんですね?」

 

ライラ、リューと続きイスカが愚痴を零してネーゼが問い、リャーナとセルティが言う。言葉にすれば簡単ではあるが、実際やるとなれば難しい。

 

「一発も攻撃、もらえない…よね」

 

「ああ、もらえない。んでもってこっちはあの怪物が陸に上がる前に『魔石』を破壊する一発狙いするしかねえ。リャーナの魔法で『魔石』の位置を探知してもらう。できるか?」

 

「やるけど……氷を破壊するっていうのは? やっぱりあいつを溺れさせたほうがいいんじゃないかしら?」

 

「今の滅茶苦茶な走りで、氷が分厚くて頑丈だってのはわかった。却下だ」

 

頭から高等回復薬(ハイポーション)をかぶった正義の戦乙女達は精霊の護符(ウンディーネクロス)を引き剥がす。悠然と爽やかな表情を浮かべ深呼吸する怪物を確認し、互いに顔を見合わせ、頷き合う。アマゾネスのイスカが氷の地を蹴るとともに、戦闘の幕が開けた。

 

「走り出したら手をつけられないぞ、どうするんだ!?」

 

双剣を構えて走るネーゼが叫ぶ。

ライラは走る仲間達は別方向に走りながら、答えた。

 

捕鯨砲(ハープーン・キャノン)で撃ち抜いて身動きを封じる!」

 

ライラの向かった先はガレー船の残骸。その隙間からは鎖が伸びていた。戦争遊戯開始時から、どうしてガレー船にあるのかわからない代物に彼女は目を付けたのだ。

 

(地上にいるはずのない怪物、なんであるのかわからねえ捕鯨砲(ハープーン・キャノン)……この2つは用意されていた……?)

 

近くにいた美神の眷族達を怒鳴りつけ巻き込んで瓦礫の中から取り出して、使用可能であることを確認。

 

「おらぁ、キリキリ働けアマゾネス共ぉ!!」

 

((((こ、この小人族(パルゥム)…私達を逃がす気がない……ッ!?))))

 

「あっちでお前等の同族が頑張ってるぞ、おら、目覚めろ、アマゾネス魂!」

 

((((その同族、お前の派閥の奴じゃん! アマゾネス魂って何!? 血を流しすぎてハイになってんじゃないの!?))))

 

 

「オオオオオオオオオオオオオオンッ!」

 

「おりゃぁあああああああああっ!」

 

ライラがなんかやってる。という気配を背後に感じながら狼の遠吠えをぶち上げてネーゼが怪物の右後脚へと風の爪(魔法)を、イスカが二重の拳打(魔法)をもって襲いかかった。1つ、2つ、3つと斬りつけ、殴りつけた途端に2人の目が見開かれる。双剣の破片と自分の拳に走る激痛に表情を一変させる。

 

「硬……っ!?」

 

「いったーーーーぁ!?」

 

怪物の体皮は凄まじい強度、それこそ超硬金属(アダマンタイト)級の硬度を誇る。それにネーゼの武器とイスカの拳が負けたのだ。

 

『イタイッ』

 

が、それでもネーゼもまた『第一級冒険者』に近い冒険者。怪物もただでは済まず、その硬皮に傷が生まれ、紅血を吐き出した。

 

「これは…私達より、武器の方が先に音を上げるぞ!?」

 

「どうするの!?」

 

「決まっている――潰される前に潰す!」

 

氷の大地を蹴りつけてリューが2人の間を通り抜ける。【疾風】という二つ名にふさわしく風となってリューは幾度となく怪物の脚部を乱打した。彼女を援護するように同族(エルフ)のセルティが雷の魔法を放つ。さらにそこへ轟音と輝きが飛来し、怪物の右後脚―尻の辺り―へと突き刺さった。

 

『ヒギ………ッ!?』

 

ズドンッという擬音相応しく突き刺さったのは捕鯨砲(ハープーン・キャノン)より撃ち出された『銛』だ。銛の後部には、同じサイズのパーツが組み連ねられた鎖が繋げられている。

 

「しゃあッ、かかったぁ!!」

 

「さ、刺さった……」

 

「この小人族(パルゥム)、頭おかしいんじゃないかと思ったけど……」

 

「「「「すごい……」」」」

 

「引けぇ! 何もさせるなぁ!」

 

正義の戦乙女達が振り向いた先には、砲台を支えている数人のアマゾネスと発射させてみせたライラがいた。驚き目を点にするアマゾネス達と違いライラは「魚が釣れたぜ」くらいにこやかな笑みを浮かべている。体に鉄の棘が刺さったことで巨牛の下半身が動きを止め、上半身の女体が痛みに悶え表情を崩す。怒声にも似た叫びが飛び、美神の眷族達が綱引きよろしく鎖を満身の力で引き寄せる。そこへ―――

 

「――【全開炎力(アルヴァーナ)】!」

 

「【ヘル・カイオス】!」

 

『―――イャァアアアアアアアアアアアアッ!?』

 

追加攻撃。

突き刺さった銛に叩きつけるように、高火力の斬撃が叩きつけられた。炎は銛を伝い内部で炸裂し始めて怪物に悲鳴を上げさせた。別所にいたアリーゼが追い付いたのだ。更に怪物の正面より大跳躍したアイシャから放たれた紅の斬撃波が怪物の顔を切り裂いた。

 

『……………許サナイ』

 

脚を何度も襲う衝撃に、突き刺さった棘の痛みに、内側から焼かれる炎熱に、怪物の淀んだ金瞳が下方に向けられる。その瞳には瞋恚の炎(激しい怒り)が籠っている。自由の身になった自分の邪魔をする鼠や羽虫の如き冒険者達を怪物は睨みつける。その顔に、アイシャがつけた傷などなかった。

 

(自己再生!?)

 

(それも早い!)

 

『オオオオオオオオオオオオオオオッ!』

 

雄叫びと共に鎖を引く冒険者達を逆に引き寄せる。氷の上を転がるほどの力で、銛が突き刺さっている後脚を振り下ろす。

 

「ちょっ!?」

 

大轟音。

危うく回避した有象無象(冒険者)達を吹き飛ばすほどの踏付(スタンプ)。分厚い氷の大地を陥没させる。凶悪な牛舞(ロデオ)が始まった。足踏みをして、動き回る。それだけだった。それだけで正義の戦乙女達も美神の眷族達も傷ついていった。巻き起こる地震が体勢を崩し、踏付(スタンプ)の衝撃波が容赦なく女達の肌を殴り付ける。更に臀部から伸びた二股の尻尾(テール)が刀鞭のようにしなり、攻撃の苛烈さの一役を買う。怪物の可憐かつ嗜虐的な笑い声とともに打ち上げられる、暴牛の咆哮。

 

「この精霊の分身(モンスター)、何に寄生したのよ!?」

 

「牛系のモンスターとしか……!?」

 

堪らず距離を取ったアリーゼと隣についたリューが言葉を交わす。美神の眷族達に混じりノインやイスカが憤激し果敢に鎖を引っ張って動きを抑制しようとするが、ものの効果も発揮しない。肉体そのもの、凄まじい潜在能力(ポテンシャル)が敵の最大の武器だった。

 

「アリーゼが来てくれて嬉しいけど、あの暴れっぷりじゃあ、玉砕覚悟でいくしかないんじゃない!?」

 

「このクソ牛がっ………!」

 

ノインが負傷した傷を抑えながら零し、アイシャが好き勝手暴れる怪物に我慢ならず攻撃に移る。それに続くようにして脚部から伸びる鎖を掴み、アマゾネスのイスカが怪物を中心点にして大きな円を描く。

 

『?』

 

四肢に巻き付いていく鎖に首を傾げながらも、怪物は委細構わず暴れ続ける。モンスターを他所に高速で旋回するイスカは、氷を蹴りつけ、渦の中心へ引き寄せられる風のように一気に肉薄した。

 

「これでっ、どうだッッ!!」

 

「オラァッ!」

 

『!?』

 

多大な遠心力、更に【二重の拳打(魔法)】を用いた乱打。そしてアイシャの大朴刀が叩きつけた。苛烈な打撃音の後にイスカの拳は砕け五指が変形するものの、あまりの威力に巨牛の脚もガクンッと沈んだ。会心の一撃である。

 

「よしっ! リャーナ、敵の弱点は!?」

 

「胸に魔石があるわ!」

 

「皆、聞いたわね!」

 

「「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」

 

動きが止まった怪物に【アストレア・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】はここぞと攻め込んだ。既に傷だらけの敵の四肢を滅多打ちにする。武器の破片が散るが構わない。咄嗟に迎撃する尻尾(テール)も斧や剣で切断し、怪物の驚愕をさらった。仲間の命を奪ってくれた怪物(ブサイク)に逃走敵わないと思い知らされたアマゾネス達は瞋恚の炎を以てやり返すのだ。

 

(このまま、押し切る……!)

 

 

×   ×   ×

ギルド本部

 

 

「援軍は送らない……!? 正気ですか!?」

 

職員の声が部屋に響く。

それを煩わしそうな表情を浮かべつつも、すぐに彼は「当然だろう」と冷然と返答する。

 

港町(メレン)が落ちれば、海路からの輸出入が難しくなり海の玄関口はしばらく使い物にならなくなるだろう……が、それだけだ」

 

「今、あの場で戦っている【アストレア・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】に援軍を送れば、より被害を抑えられるではありませんか!?」

 

「お前は何を言っている? 被害ならとうに出ているだろう。これ以上の被害も、これ以下の損害もない! 都市では日々、犯人の捕まっていない事件も起きている。一番分かりやすいのが『ダイダロス通り』で起きている不審火騒ぎだ。憲兵も正義の眷族達も、犯人を未だ捕まえられていないではない! 我々ギルドの人間でさえ、犯人の顔も姿も見た者はいない! 都市を危機に陥れようとしている不穏分子が表舞台に上がれるタイミングを我々が与えてどうする!」

 

ギルドの長であり長年オラリオのために従事してきたロイマンは声を荒げながら言う。勿論、自分に反論してくる職員の言っていることも彼は分かっている。わかっているが、ダンジョンと繋がっている『世界の中心(オラリオ)』が落とされるようなことになることだけは認めてはならない。『怪物祭』ではモンスターが脱走し、あろう事か『ミノタウロス』ととある派閥の少年が死闘を演じたことは誰の記憶にも焼き付いていることだ。

 

「だがミノタウロスなど、神ガネーシャから怪物祭で起用したモンスター達の中にいなかった! それも呪具(カースウェポン)を身に付けたミノタウロスだぞ!? 結果として【探索者(ボイジャー)】が倒したが、あの小僧は死にかけた! 英雄譚のように神々や民衆がまくし立てようとも()()()()()()()()()()()という真相は解明されていない!」

 

さらに彼は続ける。

『怪物祭』の次は、『グランドデイ』での出来事だ。偽りの三日月に、ベヒーモスの復活、ダンジョンの暴走、少なくともこの祝祭は3つの舞台が幕を開けていた。都市を守るためにダンジョンで防衛線を引き、死の砂漠へ向かいベヒーモスの亜種を討伐した。そして誰に知られることもなく1人の少年を犠牲にして女神を殺した。そうしなくては下界が吹き飛んでいたからだ。アンタレスの件についてはある程度伏せられてはいるが、それでも降り注ぐ光の矢に冒険者達は被害を被った。

 

「あの日、多くの冒険者が都市の外に出払い、【アストレア・ファミリア】はダンジョン内に籠っていたことで都市の戦力は大幅に落ちていた! 【フレイヤ・ファミリア】が、【ガネーシャ・ファミリア】がいるから問題ない…ではないのだ! ラキアをふまえて都市に攻め込もうとする勢力はいる! そう何度も戦力低下を報せる機会など与えられん!」

 

そして直近。

都市そのものが魅了に堕ちた。

それは侵略と言ってもいい行為だった。魅了による支配はそう長く続かず、聞くところによれば死んだはずの女神が解除したなんて話もチラホラ。最終的には正義の派閥と美神の派閥による戦争遊戯に発展したわけだが、下手をすれば都市内で大暴動が起きていたっておかしくはなかった。暴動がおこる前にとある少年(誰かさん)が美神に戦争遊戯を申し込んだから誰も何もできなくなったにすぎないのだ。

 

「今年に入って面倒事が立て続けに起こっている! 小さな火種とて無視できんのだ!」

 

最早反論することもできなくなった職員に、ロイマンは痛む胃を押さえるようにして『鏡』に視線を向ける。そこには巨大な未知の怪物と戦う女傑達の姿が。そこには正義の眷族も美神の眷族も関係がなかった。冒険者だ。冒険者がそこにはいるのだ。

 

「海での戦闘など『リヴァイアサン』以来のことだろうに……! 【ポセイドン・ファミリア】ならいざ知らず、オラリオの勢力を向かわせてどれだけまともに戦える派閥があるというのだ!? あの氷が溶ければ、それこそ冒険者達は格好の餌だ……そんなこと、認められるものか。それに見ろ、【アストレア・ファミリア】も【イシュタル・ファミリア】も両派閥とも()()()()()ではないか。死者が出た? 怪我人が出た? 冒険者はそれを承知の上で冒険をするのだろう!? だから冒険者(命知らず)というのだろう!?」

 

荒くなっていた呼吸を落ち着かせるように深呼吸して、職員に顔を向ける。

 

「援軍というならそれこそ、港町(メレン)に居座っている【カーリー・ファミリア】以外になかろう」

 

彼はそれ以上、何も言わなかった。

 

 

×   ×   ×

戦場A

 

 

『―――____―― ̄ ̄ ̄___――――ッ!』

 

 

冒険者達が距離を取り、2人のアマゾネスが痛撃を与えた直後、美しい歌声が空気を揺らした。巨牛の動きが鈍る中、笑みを消した女体の上半身が呪文を奏でたのだ。短文詠唱かつ人智を超えた高速詠唱により、瞬く間に砲台が完成する。

 

 

『【ダウンバースト】!』

 

宙空に巨大な魔法円(マジックサークル)を展開し、自身直上、両手を上げ解き放つ。

 

「―――――は?」

 

それは真上からの圧殺。

それは吹き降ろされる暴風。

それは重力ではなく。

爆発的に吹き降ろす気流が地表に衝突して四方に広がる風の災害。

 

 

「ぎ――――――ッ!?」

 

「あ……ぁあああああああああッ!?」

 

すなわち―――――その魔法は不可視である。

氷の大地を陥没させ、神の眷族達を冷たい地に平伏させ、吹き飛ばす。その叩きつけるような暴音に悲鳴などかき消された。

 

 

『アハッ……アハハハハハハハハッ!』

 

「――――くらぇええええええええええっ!」

 

愚かなるかな、愚かなるかな!

その怪物、かつては精霊なれば!

そこにいるだけで『環境』など如何様にも変えられる!

であるならば人間達が相対するは『災害』も同義!

 

 

『バイバ――――――――――ッッ!?』

 

 

邪魔な鼠も羽虫も吹き飛ばした。

大地はだいぶ陥没してしまったけれど、破壊してしまったけれど、まだまだ大丈夫。有象無象にお別れの挨拶をして陸を目指そうとしていたところ、怪物の上半身にある女体の口が爆ぜた。怪物の耳朶には届かなかった。いや、風の暴音があれば誰の耳にも届くことはなかっただろう、()の声は。煙を吹くは両手でしっかりと持った猟銃(クロスボウ)。その銘は『ディープスロート』。発射されたのは『銛』。その名にふさわしく喉奥までしっかりと着弾し爆発したのだ。

 

 

×   ×   ×

港町(メレン)

精霊の分身(デミ・スピリット)』の口が爆ぜる少し前。

 

 

怒号にも似た声があちこちで鳴り響く。

悲鳴もあるが、漁師たちの方がずっと大きい。

 

「おいテメェら、流された奴はいるか!?」

 

「陸にいた奴はニョルズ様が早い段階で避難を促してくれたから問題ねえ!!」

 

「けど街が!」

 

「んなもんあとでいくらでも直せらぁ!」

 

「親父……袖がッッ!!」

 

「泣き言を言うな、男だろう!?」

 

忙しなく走り回る漁師達にニョルズは見守り、時折、指示を飛ばす。

 

「お前達、動かせる船はあるか!?」

 

「陸に上がってしまったものを戻してやれば何とか……!」

 

「『恩恵』持ちは船を運んでくれ」

 

「凍ってますが、やるんですか!?」

 

「行けるとこまででいい。このまま、アストレアとイシュタルの眷族()達に任せっきりで指をくわえて待つわけにはいかないだろう。戦争遊戯で使っていたガレー船の残骸から捕鯨砲(ハープーン・キャノン)を回収、あの怪物にぶち当てるぞ」

 

俺達の港町(メレン)をよくも……!とでも言いたげなニョルズに、漁師達も喉を鳴らし顔を見合わせ走り出す。そこへ、海から戻って来たマリューとベル、そして輝夜を抱えた漁師達が。

 

「ニョルズ様、回復道具(アイテム)、譲ってもらえませんか!?」

 

「輝夜さん、ゴホッ、起こさないでケホケホッ、死ぬほど疲れてッッ」

 

「「「お前、途中こけて海水飲んでんだぞ、無理に喋るな!」」」

 

「お……おぅ、どんな時でもボケとツッコミは忘れない。さすがオラリオだ……道具(アイテム)ならそこら中にある、好きなだけ使え」

 

「ベル、はい、精神回復薬(マインドポーション)。それと…猟銃(これ)

 

膝をつき荒い呼吸を繰り返すベルに、ドワーフの女が道具(アイテム)を渡す。戦争遊戯中に先にリタイアしたアスタだ。陸に戻ってきていたらしい。3人は補給を済ませると海へ向けて走り出す。

 

「ベル、持っていけ!」

 

ニョルズから渡されたのは『銛』。

漁師達が残骸の中から回収した物だ。それを受け取り、ベルは魔法を唱え、光翼を伴い、一足先に戦線へと戻った。

 

 

『【ダウンバースト】!』

 

不可視の魔法に神の眷族達が吹き飛ばされていくのを眼下に、猟銃(クロスボウ)を両手で構える。装填するのは『銛』。決して猟銃(クロスボウ)に装填していい規格ではなく強引に取り付ける。

 

『アハッ……アハハハハハハハハッ!』

 

「【アストラルボルト】――――くらぇええええええええええっ!」

 

銛の発射に合わせて速攻魔法を発射。

星炎が美しい軌跡を描いて宙を走り、怪物の口へと入り炸裂。

 

 

×   ×   ×

戦場A

 

 

そして時は現在に。

 

 

『ギギギ………ッ!?』

 

蒸気を発しながら自己治癒によって怪物は再生する。口内に異物をぶち込んでくれた空に浮く変な生き物に憎しみを込めた瞳を向ける。

 

(あの怪物の魔法? の衝撃のせいでブレた……胸なら核があると思ったのに)

 

白髪を揺らしながら、ベルは猟銃(クロスボウ)を見つめた。規格外の『銛』を撃ったことで破損、これではもう使い物にならない。戦争遊戯では使うことはないと思って預けておいたのに、結局()()()()()()()()()。頭を振り、宙を駆ける。

 

「――ァアアアアアアアアアアアッ!!」

 

『――――――!!』

 

冒険者の中で唯一、宙を駆けることができるベルは三次元的な動きで怪物に襲い掛かった。怪物は自分の周りはぐるぐると回りながらは斬りかかってくる白い変な生き物に苛立ちを隠しもしない。身をひるがえし、踏付(スタンプ)を起こすが、その時には距離を取られる。

 

『―― ̄ ̄ ̄、____――――、 ̄― ̄ ̄___ッッ!』

 

美しい歌声が再び戦場を彩る。怪物の頭上より高い位置から斜線を描いてベルは刺突(ペネトレイション)。狙うのは真っ直ぐ胸、その谷間だ。その速度は走るよりも速いだろう。

 

短文詠唱かつ人智を超えた高速詠唱により完成する砲身。肉薄するベル、そのタイミングはほぼ同じ。魔法円(マジックサークル)を展開し、自身正面、胸に飛び込んで来ようとする高速の弾丸(ベル)に片手を突き出し狙い撃つ。

 

「――――?」

 

誰もが宙を自由に、誰よりも速く駆けることのできるベルが敵の魔石を砕くと思っていただろう。しかし、ベルにとって目の前にいる怪物は『未知』の存在だった。敵が人語を口にし、魔法を使うなんて、しりもしない。

 

だから、()()()

 

 

「―――【コズミック・レイ】」

 

 

太陽が傾き青空が黄昏がかっていく。

その景色に、一閃、夜空が描かれる。否、それこそがこの魔法、宇宙線(コズミック・レイ)

 

 

「~~~~~~~~~ッ!?」

 

人類は『宇宙空間』を生身で生存できるように設計(デザイン)されていない。その魔法はベルから呼吸を奪い窒息に追い込んだ。それこそ(そら)に溺れるという言葉が正しいように、落ちていった。




【アイス・エイジ】:凍結魔法(水分を凍結させて凍土にする)。
【ダウン・バースト】:暴風魔法(直上から気流を叩きつけて吹っ飛ばす)。
【コズミック・レイ】:宇宙線(呼吸不可、内部破壊)。
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