ロイマンこんな感じだっけってどうしてもなっちゃう。
戦場A
『………………アァァ』
まるで故郷に帰ってきたかのような懐かしさに浸っていた怪物は、動き出そうとする冒険者達の気配を察知するとすぐに見上げていた空より下、ぷかぷかと揺れる船共に視線を落とした。逃げる者、立ち向かおうとする者、動けずにいる者。怪物の瞳からしてみれば、そこに違いはなく有象無象。
《懐かしい地上だ、遊んでくると良い》
耳朶に残る男神の声に歓喜し応えるのみ。
ズンッ、という大槌を打ち付けたかのような鈍重な轟音が、踏み出された前足と共に響いた。
彼女がまず思ったのは、『動きづらい』ということだった。その巨躯では桁違いの質量と破壊力による突撃など発揮できないし、ましてそれでは『遊ぶ』なんてとてもとても…。緑の肌に緑の短髪、極彩色の衣、天女と見紛う美貌でありながら不気味さを放つ女体は可愛らしく頬を膨らませて不満を募らせる。小さな船達は動きは遅いが彼女のいる方へ向きを変えつつある。ともすれば船上から魔法なり飛び道具なりが飛んでくることだろう。始まるのは遠距離射撃同士の撃ちあいか。そこまで考えを巡らせて、膨らませていた頬から力を抜き、彼女は無邪気に微笑む。
『
空気を取り込んで、胸の前で両手を向き合わせて詠い始める。手と手の間に蒼の光が凝縮されはじめた。
『【永久ノ眠リヨ来タレ遍ク
凝縮された光の玉にフッと吐息を1つ。
完成された魔法によって『凍土の大地』は作られた。
『【アイス・エイジ】』
瞬間、凍結。
怪物を起点として、それこそ
「ぎっ………がぁ…………ッ!?」
女傑達が声にならない悲鳴を上げる。
濡れた身体が凍結の被害を受けたためだ。正義の女神の眷族達は『
「くそ……さみぃ……!」
白い吐息を吐きだし、小さな身体を小刻みに震わせたライラが足元の氷を砕いて自由の身となり息も絶え絶えに言う。まるで自分達がしたことにたいするしっぺ返しだと軽口を叩きたくなるが、寒さを前にそんな思考は凍り付く。
『♪』
人間達の悲鳴など知ったことじゃないと、怪物は機嫌よく喉を鳴らして凍土の大地と化した『海』だった場所へと飛び降りた。音を立て足元が悲鳴を上げ罅割れる。けれど分厚い氷の大地は砕け散ることもなく怪物はまるで確かめるように一歩、また一歩前進。罅は入るが砕けないし、仮に割れて海に落ちるなんてこともない。うん問題なし、おもいっきり走れる。それを理解すると怪物は女体をくねらせた。牛の尾は悦びを示すように右に左に揺れた。もうあの暗い私を閉じ込めていた場所とはおさらば、手を伸ばしても届かない青天井、果てなど見えない水平線。息苦しくないし、変な人間共に観察されることもない。嗚呼、神よ貴方に感謝します! そんな感情があるかのように彼女は疾走の体勢に入った。
× × ×
? ? ?
『鏡』に映る光景を頬杖しながら見守る男神が2柱。
今にも走り出そうとする『
「ひょっとしてだけどさ、エレボスが今回の
「これでも俺は隠居の身、流石にできるわけないだろう?」
「隠居って言う割にはやってることはかなりえぐいよね? 【アストレア・ファミリア】の勝利が確定していた段階でちゃぶ台返しだよ?」
「勝つための手法の1つは与えたつもりだが? ちゃんと、『
「それって
「倒せる武器なんて存在しない。倒すための手段の1つだ」
「…………」
「まあもっとも、それに気づくかどうか、利用するかどうかはアストレアとイシュタルの眷族次第だ。しかし無様に蹂躙されたとして、それは『運』がなかっただけのこと。あいつらは冒険者なんだ、死はいつだって隣り合わせだ」
どの口が言うんだか、とタナトスは嘆息する。
こうして戦争遊戯に横やりを入れた『
「もし、戦争遊戯の
「どうもしない」
「?」
「例えば、
「事前に洞窟なりに配置しておくっていうのはどう?」
「
タナトスはイメージしたのだ。
例えば戦争遊戯の舞台は『海』ではなく『陸』だったのなら、『
「確かに舞台が『陸』であったなら、お前の思うようにもなっただろう。が、バレるリスクの方が高いし援軍がやってくる可能性も格段に上がる」
「海ならそれができないと?」
「現状がそうだ」
「現、状……」
「タナトス、やはりお前は悪の首領には
「はいはい、確かに俺はそういうのは苦手だよ。だから教えてよ」
降参だと両手を上げるタナトスにエレボスはニヒルな笑みを浮かべ、『駒』を弄びながら解説を始める。
「まず大前提、海は広い、大きい」
「あ、うん」
「アストレアの眷族達は開幕、魔剣によって海を凍らせることで自分達にとって『海上』という普段まず戦いの場として足を踏み入れることのない領域を自分達にとってまだ都合の良い場所に作り変えた。魔剣とは何か? 言ってしまえば『魔法』を吐き出す『道具』だ。そしてあの魔剣の威力は、『クロッゾ』の物だろう」
「自分達に都合の良い戦場にする、驚かされたよ、正直」
「そこから始まったのは、副団長の打倒。Lv.2冒険者による第一級冒険者の打倒。
「まあ……気にしないよね」
「正解、君にはこのゴールデンクノッソス君人形をあげよう」
「わ~お金の無駄遣~い! バルカちゃんが怒るよ~! というかクノッソス君人形というよりバルカくん人形じゃーん! 肖像権って知ってる? え? 幽冥にそんなものない? まじかよ…………こほんっ…でもさ、
「いいや、彼等はちゃんと仕事をしているさ。ただ、気づけなかっただけ」
「?」
「俺は
だからこそ
「が、気づいたところでもう遅い。舞台上にいた役者達も座席で見ていた観客達も、【アストレア・ファミリア】の勝利で舞台の幕は下りると確信していたのだから」
「『精神の高揚』、『士気の低下』、『視点の固定』…魔法もあっちこっちで使ってたから、それを派手な
『演出』として……うん、気づけないし気づいても手遅れだ。じゃあエレボス、援軍については?」
「援軍はない」
確信をもってエレボスは告げる。
へぇ、と漏らすタナトスは続けて「何故?」と問う。
「この戦争遊戯に発展するまでの時間、俺は俺に協力してくれるお前の眷族達にダイダロス通りを中心として『不審火』騒ぎを起こさせた」
「ああ、情報誌にも載ってたっけ? でもすぐに火消しされてたんでしょ?」
「そうだ、だが犯人は捕まっていない。だがこの人造迷宮に足を踏み入れた冒険者達は『ダイダロス通り』の下に俺達がいることには気がついている。それはギルドも例外じゃない。もし仮に援軍としてロキ、ガネーシャ、フレイヤといった戦力が投入された場合、俺がオラリオ側の神であったなら僅かでも『都市の防衛力』が落ちたのなら闇派閥の地上進出という手札が切られることを警戒する。それは【
強力な戦力が『
「フレイヤが動くとは思えないけど」
「ああ、そうだな。まあ動かなければ
「都市の戦力を落とすのを良しとしないわけだ」
「そうなる」
そしてどの神の眷族を援軍にするかという話の前に、「そもそも」とエレボスは続ける。『鏡』を指さしながら。
「もう既に事態は動いている。間に合わないし、もう遅い」
『鏡』に映る『
「じゃあ最後に聞かせてよ、エレちゃん」
「いいぞ、タナちゃん」
「もし『
その質問に、部屋が一度音が消えた。
エレボスは閉ざしていた口元を、ゆっくりと開いて答える。
「戦争遊戯という娯楽に商人も暇神もあらゆる全ての者達がお祭り騒ぎになっている間に、一つの街が純粋な『暴力』によって地図から消えるだけだ」
土煙上がる戦場で正義の眷族達が、美神の眷族達が戦っている中、海上からやって来た『
× × ×
戦場B
「――――ぁ、は、あぁ…………っ!」
突き出していた右手から力が抜け、華奢な身体は膝から崩れ落ちた。輝いていた紅の宝石からは光が消え失せ、発生させていた障壁が消え去ったことを証明する。謎の
「マリュー、
「最後の一本、飲ませた! でも足りない! さっきの魔法を防御するのに指輪にごっそり
「おじ様達、船は大丈夫!?」
「だ、大丈夫だが……これじゃあ、進めねえ! 海が凍っちまってる! あんたらがやったのと規模が違う!」
「どういうこと!?」
「氷が……分厚過ぎるんだよ! 無理に船を動かすとぶっ壊れちまう!」
【アストレア・ファミリア】が戦争遊戯開幕時に魔剣で海面を凍らせるという行動は、誰が見ても見事と喉を唸らせるものだった。『自分達にとって都合の良い戦場』を彼女達は作り上げたからだ。が、突如やって来た謎の怪物は、彼女達のやったことと似て非なることをした。
「………こっちのやる気を、とことん下げてくれるじゃない」
頬から汗を滴らせ、無理矢理にアリーゼは笑う。吐く息が白く、身体は強張っている。不安そうな顔をする漁師達に、意識の無い剣客、
(離れている私達でこの状況……ライラやリオン達はどうなってる……? わからない……!)
思考を巡らせようにも、あまりの寒さにうまくいかない。やがて怪物が走り出し、悲鳴と破壊音が耳朶に届き始めた。『正義の味方』などと口走っておきながら、純粋な『暴力』によって惨めに辱められる。このままではきっと、あの邪悪な怪物は陸へと上陸を始め行く先々で破壊をもたらすだろう。
「――――行くわ、やることは……変わらないもの」
剣を握り締めて、こぶしに力を込めて、アリーゼは一歩、また一歩、歩き出す。その歩みは疾走へと変わっていく。やがて彼女は口ずさむみ魔法の名を口にする。「【アガリス・アルヴェシンス】」と。炎の鎧を身に纏った彼女の姿は、永久凍土の世界を引き裂くように怪物へと一直線に進んで行った。
「アリーゼちゃん…そうね、やることは変わらないわよね」
治療師のマリューは遠ざかっていく炎に目を細める。仲間の安否も気になるが、聞こえてくる悲鳴と破壊音に『正義』の女神の眷族である彼女もまたあの怪物を看過できないと使命感をがなり立てる。
「漁師の皆さんは安全な場所へ。彼女を…輝夜ちゃんを、お願いします」
「けど……」
「意識の無い
「さ、流石にこの状況で変な事できねえよ……縮こまっちまってるしよぉ……」
「援、軍……オラリオからか……」
「間に合うのか?」
「わからねえ」
「補給は、まあ、水浸しだろうけど店やらからほじくり出せば……」
マリューは話を切り上げて、凍えた身体を少しでも温めるために抱きしめ摩っていたベルに視線を落とす。胸元で白い吐息を何度も吐くベルは眠たいのか瞼を何度も落としては上げるを繰り返す。そんなベルの頭を、マリューは優しく撫でる。モフモフで触り心地の良い白い髪は、今や凍てついた水分のせいでパッキパキだ。
「ベル君は……どうしたい? 輝夜ちゃんと待ってる?」
だからマリューはベルを置いていくべきだと判断している。けれど置いていかれるのをきっと嫌がることも分かっているから、ベルに意志を問う。ベルはマリューの言葉が聞こえるとすぐに頭を左右に振った。
「じゃあ、まずは
漁師達と目を合わせ頷き、船を降りて氷の大地を駆けていく。戦場とは逆、補給が望める
× × ×
戦場A
位置について……よーい、ドンッ! そんな言葉が相応しいほどに、その怪物は走り出した。
「いやぁああああ!?」
「退避しろ、お前等ぁあああああ!?」
「ちょっと……待って!?」
「ダメ、そっちに行っちゃだめぇええええええ!?」
逃げようとしていた者も抗おうとした者も関係ない。
単純な突撃が氷の大地に悲鳴と血の花を咲かせた。ある者は踏み潰された。ある者は破壊されたガレー船の残骸に飲まれた。ある者は凍り付かされたまま砕かれた。ある者は背後から一矢報いようとして振られた二股に別れている尾
『アァァァ……気持チイイ、気持チイイ! モット、モット、モットォォォ………ッッ!』
「おい、ノイン、
「ライラ、不謹慎!
「あっち見てもこっち見ても
「怖いこと言わないでくれる!? 削げてないから!」
不謹慎であろうが軽口を言わなくてはやってられないとライラを始めに『正義』の眷族達は吼えあがる。庇うようにして敵だった美神の眷族達を押し倒した者もいれば、瓦礫に埋もれた者を引っ張り出す者もいる。【アストレア・ファミリア】の彼女達は美神の眷族達を救出しながら、不利であると悟る。
(やべえ…『正義の味方』だとか言ったの取り消してぇ……恰好がつかねえよ……)
(オラリオから援軍を望んだって、それっていつって話でしょ!?)
(じゃあ実質、私達だけで何とかしなきゃいけないことに変わりないじゃん!)
(【イシュタル・ファミリア】は数は多くても…仲間が死んでちゃ、戦うどころじゃない…!)
一直線に走って、一瞬の跳躍をもって転進、氷の大地が轟音の悲鳴を上げて戦場を揺らす。まるで玩具で遊ぶかのように怪物は陸に上がる前の余興を楽しもうというのだ。凍える身体に無理矢理に鞭を打って冷や汗を垂らす。
「せめて勇者様がいりゃあ……鼓舞してもらって戦況を覆せたりするんだろうけどよぉ……きっついぜ、これ…こんなのとリオン達は戦ったっていうのかよ」
「あの時は……動き回る相手ではなかった……状況が違う」
「それでも馬鹿みたいな威力の魔法を撃ってきてたんでしょ……ほんと嫌になる……
「あれを何とかしないことには変わらない……どうする?」
「
「足を狙って、地面に落とすんですね?」
ライラ、リューと続きイスカが愚痴を零してネーゼが問い、リャーナとセルティが言う。言葉にすれば簡単ではあるが、実際やるとなれば難しい。
「一発も攻撃、もらえない…よね」
「ああ、もらえない。んでもってこっちはあの怪物が陸に上がる前に『魔石』を破壊する一発狙いするしかねえ。リャーナの魔法で『魔石』の位置を探知してもらう。できるか?」
「やるけど……氷を破壊するっていうのは? やっぱりあいつを溺れさせたほうがいいんじゃないかしら?」
「今の滅茶苦茶な走りで、氷が分厚くて頑丈だってのはわかった。却下だ」
頭から
「走り出したら手をつけられないぞ、どうするんだ!?」
双剣を構えて走るネーゼが叫ぶ。
ライラは走る仲間達は別方向に走りながら、答えた。
「
ライラの向かった先はガレー船の残骸。その隙間からは鎖が伸びていた。戦争遊戯開始時から、どうしてガレー船にあるのかわからない代物に彼女は目を付けたのだ。
(地上にいるはずのない怪物、なんであるのかわからねえ
近くにいた美神の眷族達を怒鳴りつけ巻き込んで瓦礫の中から取り出して、使用可能であることを確認。
「おらぁ、キリキリ働けアマゾネス共ぉ!!」
((((こ、この
「あっちでお前等の同族が頑張ってるぞ、おら、目覚めろ、アマゾネス魂!」
((((その同族、お前の派閥の奴じゃん! アマゾネス魂って何!? 血を流しすぎてハイになってんじゃないの!?))))
「オオオオオオオオオオオオオオンッ!」
「おりゃぁあああああああああっ!」
ライラがなんかやってる。という気配を背後に感じながら狼の遠吠えをぶち上げてネーゼが怪物の右後脚へと
「硬……っ!?」
「いったーーーーぁ!?」
怪物の体皮は凄まじい強度、それこそ
『イタイッ』
が、それでもネーゼもまた『第一級冒険者』に近い冒険者。怪物もただでは済まず、その硬皮に傷が生まれ、紅血を吐き出した。
「これは…私達より、武器の方が先に音を上げるぞ!?」
「どうするの!?」
「決まっている――潰される前に潰す!」
氷の大地を蹴りつけてリューが2人の間を通り抜ける。【疾風】という二つ名にふさわしく風となってリューは幾度となく怪物の脚部を乱打した。彼女を援護するように
『ヒギ………ッ!?』
ズドンッという擬音相応しく突き刺さったのは
「しゃあッ、かかったぁ!!」
「さ、刺さった……」
「この
「「「「すごい……」」」」
「引けぇ! 何もさせるなぁ!」
正義の戦乙女達が振り向いた先には、砲台を支えている数人のアマゾネスと発射させてみせたライラがいた。驚き目を点にするアマゾネス達と違いライラは「魚が釣れたぜ」くらいにこやかな笑みを浮かべている。体に鉄の棘が刺さったことで巨牛の下半身が動きを止め、上半身の女体が痛みに悶え表情を崩す。怒声にも似た叫びが飛び、美神の眷族達が綱引きよろしく鎖を満身の力で引き寄せる。そこへ―――
「――【
「【ヘル・カイオス】!」
『―――イャァアアアアアアアアアアアアッ!?』
追加攻撃。
突き刺さった銛に叩きつけるように、高火力の斬撃が叩きつけられた。炎は銛を伝い内部で炸裂し始めて怪物に悲鳴を上げさせた。別所にいたアリーゼが追い付いたのだ。更に怪物の正面より大跳躍したアイシャから放たれた紅の斬撃波が怪物の顔を切り裂いた。
『……………許サナイ』
脚を何度も襲う衝撃に、突き刺さった棘の痛みに、内側から焼かれる炎熱に、怪物の淀んだ金瞳が下方に向けられる。その瞳には
(自己再生!?)
(それも早い!)
『オオオオオオオオオオオオオオオッ!』
雄叫びと共に鎖を引く冒険者達を逆に引き寄せる。氷の上を転がるほどの力で、銛が突き刺さっている後脚を振り下ろす。
「ちょっ!?」
大轟音。
危うく回避した
「この
「牛系のモンスターとしか……!?」
堪らず距離を取ったアリーゼと隣についたリューが言葉を交わす。美神の眷族達に混じりノインやイスカが憤激し果敢に鎖を引っ張って動きを抑制しようとするが、ものの効果も発揮しない。肉体そのもの、凄まじい
「アリーゼが来てくれて嬉しいけど、あの暴れっぷりじゃあ、玉砕覚悟でいくしかないんじゃない!?」
「このクソ牛がっ………!」
ノインが負傷した傷を抑えながら零し、アイシャが好き勝手暴れる怪物に我慢ならず攻撃に移る。それに続くようにして脚部から伸びる鎖を掴み、アマゾネスのイスカが怪物を中心点にして大きな円を描く。
『?』
四肢に巻き付いていく鎖に首を傾げながらも、怪物は委細構わず暴れ続ける。モンスターを他所に高速で旋回するイスカは、氷を蹴りつけ、渦の中心へ引き寄せられる風のように一気に肉薄した。
「これでっ、どうだッッ!!」
「オラァッ!」
『!?』
多大な遠心力、更に【
「よしっ! リャーナ、敵の弱点は!?」
「胸に魔石があるわ!」
「皆、聞いたわね!」
「「「「ぉおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」
動きが止まった怪物に【アストレア・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】はここぞと攻め込んだ。既に傷だらけの敵の四肢を滅多打ちにする。武器の破片が散るが構わない。咄嗟に迎撃する
(このまま、押し切る……!)
× × ×
ギルド本部
「援軍は送らない……!? 正気ですか!?」
職員の声が部屋に響く。
それを煩わしそうな表情を浮かべつつも、すぐに彼は「当然だろう」と冷然と返答する。
「
「今、あの場で戦っている【アストレア・ファミリア】と【イシュタル・ファミリア】に援軍を送れば、より被害を抑えられるではありませんか!?」
「お前は何を言っている? 被害ならとうに出ているだろう。これ以上の被害も、これ以下の損害もない! 都市では日々、犯人の捕まっていない事件も起きている。一番分かりやすいのが『ダイダロス通り』で起きている不審火騒ぎだ。憲兵も正義の眷族達も、犯人を未だ捕まえられていないではない! 我々ギルドの人間でさえ、犯人の顔も姿も見た者はいない! 都市を危機に陥れようとしている不穏分子が表舞台に上がれるタイミングを我々が与えてどうする!」
ギルドの長であり長年オラリオのために従事してきたロイマンは声を荒げながら言う。勿論、自分に反論してくる職員の言っていることも彼は分かっている。わかっているが、ダンジョンと繋がっている『
「だがミノタウロスなど、神ガネーシャから怪物祭で起用したモンスター達の中にいなかった! それも
さらに彼は続ける。
『怪物祭』の次は、『グランドデイ』での出来事だ。偽りの三日月に、ベヒーモスの復活、ダンジョンの暴走、少なくともこの祝祭は3つの舞台が幕を開けていた。都市を守るためにダンジョンで防衛線を引き、死の砂漠へ向かいベヒーモスの亜種を討伐した。そして誰に知られることもなく1人の少年を犠牲にして女神を殺した。そうしなくては下界が吹き飛んでいたからだ。アンタレスの件についてはある程度伏せられてはいるが、それでも降り注ぐ光の矢に冒険者達は被害を被った。
「あの日、多くの冒険者が都市の外に出払い、【アストレア・ファミリア】はダンジョン内に籠っていたことで都市の戦力は大幅に落ちていた! 【フレイヤ・ファミリア】が、【ガネーシャ・ファミリア】がいるから問題ない…ではないのだ! ラキアをふまえて都市に攻め込もうとする勢力はいる! そう何度も戦力低下を報せる機会など与えられん!」
そして直近。
都市そのものが魅了に堕ちた。
それは侵略と言ってもいい行為だった。魅了による支配はそう長く続かず、聞くところによれば死んだはずの女神が解除したなんて話もチラホラ。最終的には正義の派閥と美神の派閥による戦争遊戯に発展したわけだが、下手をすれば都市内で大暴動が起きていたっておかしくはなかった。暴動がおこる前に
「今年に入って面倒事が立て続けに起こっている! 小さな火種とて無視できんのだ!」
最早反論することもできなくなった職員に、ロイマンは痛む胃を押さえるようにして『鏡』に視線を向ける。そこには巨大な未知の怪物と戦う女傑達の姿が。そこには正義の眷族も美神の眷族も関係がなかった。冒険者だ。冒険者がそこにはいるのだ。
「海での戦闘など『リヴァイアサン』以来のことだろうに……! 【ポセイドン・ファミリア】ならいざ知らず、オラリオの勢力を向かわせてどれだけまともに戦える派閥があるというのだ!? あの氷が溶ければ、それこそ冒険者達は格好の餌だ……そんなこと、認められるものか。それに見ろ、【アストレア・ファミリア】も【イシュタル・ファミリア】も両派閥とも
荒くなっていた呼吸を落ち着かせるように深呼吸して、職員に顔を向ける。
「援軍というならそれこそ、
彼はそれ以上、何も言わなかった。
× × ×
戦場A
『―――____―― ̄ ̄ ̄___――――ッ!』
冒険者達が距離を取り、2人のアマゾネスが痛撃を与えた直後、美しい歌声が空気を揺らした。巨牛の動きが鈍る中、笑みを消した女体の上半身が呪文を奏でたのだ。短文詠唱かつ人智を超えた高速詠唱により、瞬く間に砲台が完成する。
『【ダウンバースト】!』
宙空に巨大な
「―――――は?」
それは真上からの圧殺。
それは吹き降ろされる暴風。
それは重力ではなく。
爆発的に吹き降ろす気流が地表に衝突して四方に広がる風の災害。
「ぎ――――――ッ!?」
「あ……ぁあああああああああッ!?」
すなわち―――――その魔法は不可視である。
氷の大地を陥没させ、神の眷族達を冷たい地に平伏させ、吹き飛ばす。その叩きつけるような暴音に悲鳴などかき消された。
『アハッ……アハハハハハハハハッ!』
「――――くらぇええええええええええっ!」
愚かなるかな、愚かなるかな!
その怪物、かつては精霊なれば!
そこにいるだけで『環境』など如何様にも変えられる!
であるならば人間達が相対するは『災害』も同義!
『バイバ――――――――――ッッ!?』
邪魔な鼠も羽虫も吹き飛ばした。
大地はだいぶ陥没してしまったけれど、破壊してしまったけれど、まだまだ大丈夫。有象無象にお別れの挨拶をして陸を目指そうとしていたところ、怪物の上半身にある女体の口が爆ぜた。怪物の耳朶には届かなかった。いや、風の暴音があれば誰の耳にも届くことはなかっただろう、
× × ×
『
怒号にも似た声があちこちで鳴り響く。
悲鳴もあるが、漁師たちの方がずっと大きい。
「おいテメェら、流された奴はいるか!?」
「陸にいた奴はニョルズ様が早い段階で避難を促してくれたから問題ねえ!!」
「けど街が!」
「んなもんあとでいくらでも直せらぁ!」
「親父……袖がッッ!!」
「泣き言を言うな、男だろう!?」
忙しなく走り回る漁師達にニョルズは見守り、時折、指示を飛ばす。
「お前達、動かせる船はあるか!?」
「陸に上がってしまったものを戻してやれば何とか……!」
「『恩恵』持ちは船を運んでくれ」
「凍ってますが、やるんですか!?」
「行けるとこまででいい。このまま、アストレアとイシュタルの
俺達の
「ニョルズ様、回復
「輝夜さん、ゴホッ、起こさないでケホケホッ、死ぬほど疲れてッッ」
「「「お前、途中こけて海水飲んでんだぞ、無理に喋るな!」」」
「お……おぅ、どんな時でもボケとツッコミは忘れない。さすがオラリオだ……
「ベル、はい、
膝をつき荒い呼吸を繰り返すベルに、ドワーフの女が
「ベル、持っていけ!」
ニョルズから渡されたのは『銛』。
漁師達が残骸の中から回収した物だ。それを受け取り、ベルは魔法を唱え、光翼を伴い、一足先に戦線へと戻った。
『【ダウンバースト】!』
不可視の魔法に神の眷族達が吹き飛ばされていくのを眼下に、
『アハッ……アハハハハハハハハッ!』
「【アストラルボルト】――――くらぇええええええええええっ!」
銛の発射に合わせて速攻魔法を発射。
星炎が美しい軌跡を描いて宙を走り、怪物の口へと入り炸裂。
× × ×
戦場A
そして時は現在に。
『ギギギ………ッ!?』
蒸気を発しながら自己治癒によって怪物は再生する。口内に異物をぶち込んでくれた空に浮く変な生き物に憎しみを込めた瞳を向ける。
(あの怪物の魔法? の衝撃のせいでブレた……胸なら核があると思ったのに)
白髪を揺らしながら、ベルは
「――ァアアアアアアアアアアアッ!!」
『――――――!!』
冒険者の中で唯一、宙を駆けることができるベルは三次元的な動きで怪物に襲い掛かった。怪物は自分の周りはぐるぐると回りながらは斬りかかってくる白い変な生き物に苛立ちを隠しもしない。身をひるがえし、
『―― ̄ ̄ ̄、____――――、 ̄― ̄ ̄___ッッ!』
美しい歌声が再び戦場を彩る。怪物の頭上より高い位置から斜線を描いてベルは
短文詠唱かつ人智を超えた高速詠唱により完成する砲身。肉薄するベル、そのタイミングはほぼ同じ。
「――――?」
誰もが宙を自由に、誰よりも速く駆けることのできるベルが敵の魔石を砕くと思っていただろう。しかし、ベルにとって目の前にいる怪物は『未知』の存在だった。敵が人語を口にし、魔法を使うなんて、しりもしない。
だから、
「―――【コズミック・レイ】」
太陽が傾き青空が黄昏がかっていく。
その景色に、一閃、夜空が描かれる。否、それこそがこの魔法、
「~~~~~~~~~ッ!?」
人類は『宇宙空間』を生身で生存できるように
【アイス・エイジ】:凍結魔法(水分を凍結させて凍土にする)。
【ダウン・バースト】:暴風魔法(直上から気流を叩きつけて吹っ飛ばす)。
【コズミック・レイ】:宇宙線(呼吸不可、内部破壊)。