アーネンエルベの兎   作:二ベル

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蛙「待たせたねぇ」


水天日光㉔

戦場A

 

 娼婦は英雄にとって破滅の象徴。

だから今、目の前で起きている出来事は仕方のないことであり破滅の象徴たりえる春姫(じぶん)には相応しい末路なのだと諦観の心で納得する。

 

『【ダウン・バースト】』

 

不可視の災害が、美神の眷族も正義の眷族も等しく吹き飛ばし奮起し逆境を乗り越えようとしていた者達に対して『仕切り直し』を強制した。負傷まで贈り与えて。

 

『――【コズミック・レイ】』

 

誰よりも弱いらしい少年が、誰よりも『未知』の存在足り得る少年が、宙を駆けて反撃したが、夜空の如き光線に飲まれ消えていった。激しい戦闘のせいで、春姫が閉じこもっていたガレー船は()()()()()()()()。意識をようやく取り戻したその時に春姫が見たのは、邪悪に笑う破滅(モンスター)だった。

 

 

《三条家はアマテラス大神様に仕える由緒正しき家柄! その三条家の娘があろう事か家の塀を乗り越え抜け出し、下賤な輩と戯れるとは何事か!》

 

 

追い詰められたあまりにも弱すぎる精神が、この場にいない筈の父の幻影を見せる。いや、揺れ動く春姫自身の影が、父に見えてしまっていた。

 

 

《この三条家を貶めようとする存在など、餓えと寒さに怯え震えて消え去るがいい!》

 

邪魔者を蹂躙し、余裕の笑みを浮かばせる怪物が春姫(こちら)を見た気がした。

 

《そもそもは春姫、お前が招いた事態だ》

 

ずん、ずんっと足音が近づいてくる。少女の鍛えられていない『冒険』なんて知らない身体が本能的恐怖に寒さに凍える小動物のように震える。

 

《お前は生まれたその瞬間から不幸を振りまく存在だった。妻を…お前の母を死に至らしめ、三条家の血筋を継承する、新たな命が生まれる機会を奪い去り、挙句には三条家の誇りと品格を奪おうとする所業! 全くもって度し難いっ!!》

 

まるで赤子を抱き上げようとする母親のように両手を前に、拡げ、船体の半分を失った辛うじて浮いているガレー船だったものに迫ってくる。

 

《もう私から……この三条家から何も奪わせはせん!》

 

かちかちと歯が鳴り、震えが納まらない。下半身が生暖かくなり、広がっていく。

 

《これ以上周りに不幸を振りまかぬよう、この部屋から一歩も外に出るな!》

 

春姫の精神はぐちゃぐちゃだった。逃げなくてはいけないとわかってはいるのに、どうしても動けない。せめてこの部屋()からでなければ、きっと周囲にはこれ以上の不幸は振りまかれない筈だとおかしな解答まで出してしまう。

 

『アハッ』

 

とうとう怪物が船を捕まえた。

そしてまるでおもちゃ箱の中にある玩具を確かめるかのようにギョロリと瞳を蠢かす。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ」

 

《お前さえ……お前さえ……!》

 

床に額を擦りつけて耳を抑えて何度も謝る。

誰に謝っているのかもわからないのに、同じ言葉を繰り返す。戦争遊戯に発展してしまったのは自分のせいだと、謝罪する。主神(イシュタル)との契約さえまともに果たせないことに謝罪する。

 

《お前さえ、生まれてこなければ良かったのだ!!》

 

母を殺して生まれてしまったことにさえ、謝罪する。

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

 

春姫を摘まもうと伸ばされた怪物の腕。

きっと、人形のように握られてしまえば、きゅっと潰れてしまうだろう。そうなれば垂れ流されるのは少女の身体に詰まっている内容物だ。

 

 

「「「―――させるかぁ!!」」」

 

 

その時だ。

怪物の背後から、3人分の殺気籠る声がしたのは。怪物の緑の短髪を掴んで、アイシャとアリーゼ、そしてリューが、ボロボロで、ずぶ濡れで、そこにいた。

 

 

 

×   ×   ×

治療院

 

 

白を基調とした派閥の制服を着た男女が忙しなく動き回る。鼻孔をくすぐるのは消毒液の匂いで、建物の外観、内装ともに白を基調とし清潔感を演出している。その中で怒号ではないが部屋の隅々まで響くかのように少女の声が木霊していた。

 

 

「治療に役立つ物は片っ端から用意してください! 【ディアンケヒト・ファミリア(われわれ)】だけでなく他の医療系派閥にも協力を打診してください! 今から港町(メレン)に向い、怪我人の治療を行います!」

 

 

『鏡』に映る地獄とも言える光景を睨みつけて、アミッドは今からでも間に合うのならばと誰よりも速く行動を起こしていた。自派閥だけでは回復系の道具(アイテム)は足りないだろうことを予見し、他派閥に協力させるように遣いを出し自らも赴けるように支度している。治療費? 知ったこっちゃねえレベルの勢いにさしものディアンケヒトも何も言えない。

 

 

「それから……そうですね精神異常の呪い(カース)にも効く薬があれば。いえ、念のためです。恐らく()()()()でしょうけれども。ああ、それと着替えも用意してあげてください。水辺なので全員濡れているでしょうが年頃の少女が失禁したまま放置されるのはあまりに酷です」

 

 

何故あんな危険地帯に、如何にも無力な小娘がいるのかという疑問も放り投げてアミッドはサンジョウノ・春姫という少女が()()()()()()()()()()()を見抜き、念のためにと解呪の薬も用意させる。

 

 

(幼少期の精神(こころ)というのは環境に大きく影響される。それが人格形成の基盤になっているなんて説も確かありましたね。しかし、あの女性の状態は何となく予想はつきます。大の大人でさえ『自身のない方』や『怒られるのが怖い』、『相手の反応を気にする』といった方々は多々います。その根本には()()()()()()()()()()()()というようなことが幼少の頃に受けたことが原因にあげられます)

 

目を細め、まるで土下座でもしているかのような少女を見つめアミッドは結論する。

 

(いもしない誰かに謝罪しているようにしか見えません。どのような環境で育ってきたのかあくまで推測することでしかありませんが……彼女は幼少期、常に緊張状態で過ごしていたのではないでしょうか?)

 

「ああいうガキは『親を怒らせないこと』が行動の優先順位筆頭になりがちになる」

 

「ディ、ディアンケヒト様!? 摩天楼施設(バベル)にいらっしゃったのでは?」

 

「ふんっ、最早戦争遊戯(ウォーゲーム)どころではないわ。おっても詰まらんから来てやったのだ」

 

アミッドの心の声に続くように口を開いて現れたディアンケヒトにアミッドは肩を揺らして振り返る。そこには不機嫌そうな顔をして髭を扱く老神が確かにいた。

 

「精神的な暴力というやつをあの小娘はオラリオに来る前に受けてきたのだろう」

 

「……虐待を受けていた、ということですか?」

 

「知らん」

 

「………」

 

「事実、ワシらはあの小娘のことをなーんも知らん。勝手にそうだと決めることなどできん。元々あの小娘が、そういう性格だったという可能性もあるんじゃからな」

 

「それは……そうですが」

 

半目になって見てくる眷族に「そんな目をするな」と手を振るディアンケヒトにアミッドは唇をわずかに尖らせる。治療院の者がアミッドの元に駆け寄り出立の準備が終わったと報告するとアミッドは主神に頭を下げた。

 

「行くならアストレアと一緒に行け。確か馬車があったはずだ」

 

「………アストレア様が?」

 

「あのお転婆女神(アストレア)め、戦争遊戯(ウォーゲーム)は中止だと神々が結論付けるとすぐヘルメスに馬車を用意しろなどと……主神が行ってどうするというのだ、まったく」

 

 

×   ×   ×

戦場A

 

「はぁああああああ!」

 

「【ヘルカイオス】!」

 

「【炎華(アルヴェリア)】!」

 

『ギィィイイイイイイイイイイイイイッッ!?』

 

「リオン、このまま押し返すわ!」

 

頭部に叩きつけられる木剣と紅の斬撃と紅蓮の爆発に怪物は女体を仰け反らせ悲鳴を上げた。両手より離れた船が氷の大地の上に落ち、衝撃が少女を揺さぶる。

 

「【今は遠き森の空。無窮の夜天に(ちりば)む無限の星々。愚かな我が声に応じ、今一度星火(せいか)の加護を。汝を見捨てし者に光の慈悲を】」

 

高速で駆け全身を殴打しながら、リューは並行詠唱を敢行。巨牛の動きが鈍る中、笑みを消した女体の上半身が呪文を奏でる。

 

『ッ……【突キ進メ雷鳴ノ槍代行者タル我ガ名ハ雷精霊(トニトルス)雷ノ化身雷ノ女王(オウ)――】!』

 

リューの後に詠唱を開始したにも関わらず人智を超えた高速詠唱により、瞬く間に砲台は完成した。

 

『【サンダー・レイ】!』

 

宙空に巨大な魔法円(マジックサークル)を展開し、自身側面、横っ腹へ肉薄してくるリューに片手を突き出し狙い撃つ。

 

「それは見たわ!」

 

「【来れ、さすらう風、流浪の旅人(ともがら)。空を渡り荒野を駆け、何物よりも()く走れ——星屑の光を宿し敵を討て】!」

 

だが、アリーゼとリューは素早い予測行動で大砲撃の射線上から難なく退避する。【ロキ・ファミリア】との遠征で嫌というほど味わった轟雷の矛に舌で唇を舐め、そのまま敵と交差する形で愛剣(クリムゾン・オーダー)を叩き込む。アリーゼが股下からくぐり抜けた後、深い損傷(ダメージ)を受けた後脚が一本、膝を折る。そこに、怪物の正面に身を躍らせたリューは柳眉を吊り上げ、己の魔法を行使する。

 

「【ルミノス・ウィンド】!」

 

『――――――――――ッ!?』

 

緑風を纏った無数の大光玉。

リューの周囲から生まれ、一斉砲火された星屑の魔法が怪物に次々と叩き込まれる。硬い体皮を破り、夥しい閃光を連鎖させた。魔法種族(エルフ)に相応しい高威力の魔法に大粒の唾液を散らして巨牛は苦悶する。上下する振動に怪物の上半身が、ままならず悲鳴を上げる。

 

(敵の突撃、攻撃は確かに脅威だ。止められない進撃は魔導士や前衛壁役(ウォール)からすれば悪夢以外の何ものでもない……だが!)

 

「リャーナ、焼いて!」

 

(でもそれだけ! 59階層で戦った個体が使わなかった未知の魔法には驚かされたけど、無数の触手と花弁の装甲(アーマー)がないなら、まだ与しやすい!)

 

アリーゼの声に、氷の上を走って追いついてきた魔導士(リャーナ)魔法円(マジックサークル)を展開しリューほどではないながらも並行詠唱を行いながら応えてみせる。

 

「【唸れ、昇れ、根源より。門を開き淘汰する、顎を持つ深炎(しんえん)よ――】」

 

短杖(ステッキ)の先端に火の粉が渦を巻くように収束していく。そしてそのまま完成した魔法を撃ち出した。

 

「【魔炎の持物(イリヴュート)】!」

 

放たれた魔炎がリューの砲撃にも劣らないほどの威力を誇り、怪物を焼き焦がす。その炎は、大地と化している分厚い氷にまで及び飴細工のように溶かしていく。自らを飲み込まんとする炎に怪物は悲鳴を上げることもままならずもがき苦しんだ。有象無象であるはずの冒険者達の気迫が、執念が、一進一退の攻防を生み出し怪物の進攻を止めた。冒険者達の心身と武器が果てるのが先か、怪物の四肢が屈するのが先か…我慢比べだと思った怪物は、残っている尻尾(テール)砲撃(まほう)で必死に上半身―魔石―への必殺を防ぐが、その顔には確かな焦燥が走り出す。

 

『!?』

 

しかして根負けしたのは、怪物の方だった。

残る尻尾(テール)を切り裂かれ、とうとう巨牛の下半身が轟然と氷の大地に沈んだ時だ。その衝撃に、溶けた氷が耐え切れず破砕。水溜まりに石を投げたように海水が打ち上げられ、雨のように降り注いだ。

 

『―――イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』

 

火炎魔法によって熱された硬い体皮が急激に冷やされたことによって巨牛の身体が()()()()。身体が罅割れるという現象に怪物は絶叫を上げた。アリーゼ、リュー、リャーナ、そして退路がないならばとあの不細工をぶち殺してやると戻って来た美神の眷族達が全方向から同時に怪物の上半身に飛び掛かる。『魔法』を放って1人を撃ったとしても、残る誰かが『魔石』を貫く。短文詠唱を奏でる猶予などそこにありはしない。

 

「「「「くたばれ、化物ぉおおおおおおおお!!」」」」

 

戦闘娼婦(バーベラ)達が目を血走らせ、剣を槍を拳を未知の怪物に叩き込もうとした。

 

『―――ウルサイ』

 

しかし、そこで。

美神の眷族達と共に正面から飛び掛かったアリーゼは、表情を消し去った『精霊』に怖気に肌を粟立たせた。

 

『【荒ベ天ノ怒リヨ】』

 

一節。

たったそれだけで、『魔法』は発動した。

 

『【カエルム・ヴェール】』

 

()()()()()

刹那のうちに許した敵の魔法発動に止めを刺そうとしていた神の眷族達の時が凍結する。発生するのは夥しい雷の膜。怪物の上半身を、巨牛の下半身を電流の鎧が覆う。

 

――付与魔法(エンチャント)

 

アイズの【エアリアル】やアリーゼの【アガリス・アルヴェシンス】と同じ。もとより出鱈目な怪物が、強大な雷の恩恵を得る。ここに至るまで未知の魔法を行使してきておいて、切り札を隠し持っていた怪物は、冷酷な眼差しを人間達に向け、唇を開いた。

 

 

『【放電(ディスティル)】』

 

次の瞬間、凄まじい雷撃が展開した。

 

「~~~~~~~~~~~~っっ!?」

 

付与された雷鎧が360度、全方位にわたって電流を放射させる。まさに雷の網に捕まったアリーゼ達は声にならない絶叫を上げ、弧を描いて吹き飛ばされた。全身を雷撃に焼かれた冒険者達が、背中から地面に落ちる。

 

『―――オオオォ』

 

更にトドメとばかりに、追い打ちが行われる。

傷付いていた怪物の四肢が黄金の粒子を放つとともに『自己再生』を行い、再び立ち上がる。双角(ホーン)まで帯電させる巨牛は仰ぐかのように、なんとその大巨躯を棹立ちにさせた。巨大な影が仰向けとなった冒険者達を覆う。

 

――やばい。

 

振ってくる前脚が、冒険者達の危惧を肯定する。怪物はその辺の石ころを蹴るように、或いは小さな虫を潰すかのように無関心に、雷光を纏った牛蹄は振り下ろした。

 

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

爆砕する。

雷の蹄が落とされた氷の大地に、凄まじい衝撃と輝かしい雷震が発生する。破壊の津波と轟雷の濁流はアリーゼ達を呑み込むにとどまらず、分厚い氷の大地を、氷壁と化した波を、破壊しつくした。耳を(ろう)する雷砕音、そして視界を白く染め上げる雷光の連続。それが終わった後、それでもなお反撃してこようとする人間はいなかった。

 

 

 

×   ×   ×

戦場C

 

 

そこに姿を現したのは、決して美神の眷族達などではないし、ましてや正義の眷族達でもない。日々、怪物と同胞を殺す『蟲毒』を繰り返す『闘争』の神の眷族達だ。何を言っているのかわからないが共通語ではないということは『闘国(テルスキュラ)』の言葉なのだろう。

 

「XX――X〇ッッ!?」

 

「△△△ッーーー!!」

 

怒号というわけではないが、何かを叫んでいる彼女達はガレー船の甲板を走り回っている。船の前には巨大な氷の壁があり、ガレー船には何故か設置されている捕鯨砲(ハープーン・キャノン)がある。

 

「△▽△〇XXXXXッッ!?」

 

船の動きを阻害していた氷を取り除き、2隻のガレー船が抜錨。

前方を白く染め上げる雷光に目を細め、彼女達は介入する。

何故かって?

血は闘争を求めているからだ。

 

 

×   ×   ×

戦場-

 

 

いったい、どこまで吹っ飛ばされたのか。

いったい、どこまで流されてしまったのか彼にはよくわからなかった。ぼんやりとした視界は歪んでいて、水の中にいるのだということだけは理解した。そして、視界の先には巨大な壁画にも思えるような漆黒の異物があった。

 

(『海の覇王(リヴァイアサン)……)

 

超大型、いやそれをも上回る規格外のモンスターの黒骨(ドロップアイテム)。竜を連想させる鋭い頭蓋、大蛇のごとき長大な背骨、翼にも似た巨大な鰭など、ところどころ部位の欠けた骨が蜷局(とぐろ)を巻くように白色の石材の中に交ぜられている。まるでそれは化石のようだ。この亡骸(モンスター)の正体が何であるのかなど、彼には当然わかることだった。

 

(お義母さんの最後の冒険……)

 

たゆたうように身体が流されているのを感じながら、彼は懐かしく義母の後ろ姿を瞼に映す。男神(ゼウス)女神(ヘラ)が率いる最強の冒険者達によって討伐は成し遂げられたが、それを機に彼女の病状は悪化したんだとか――――。

 

《………し……》

 

水の中だというのに、声がした。

おまけに流されている割には、やけに早いし背中からはなんというかこう温もりと柔らかさすら感じられる。

 

《……め…………いよ……》

 

優しい義母の声ではない。

耳が上手く機能していないがそれだけはハッキリしていて。ベルはゆっくり、ゆっくりと重たい瞼を上げていく。その声は笑っていて、彼―ベル―のことをしっかりと後ろから捕まえていて、何度も声をかけてくる。

 

(これは……人魚……? いや、でも、人魚は怪物で……)

 

御伽噺なんかでは妖精(エルフ)にも負けない見目麗しい人魚(マーメイド)が登場することがある。彼女達は腰から下を魚とし上半身は美しい女体を持つ。そして衣服など身に付けておらず、あえて身に付けていることがあるとすればそれは『貝殻』を下着(ブラ)のように身に付けているというもの。ダンジョンにも人魚はいるらしいが歌人鳥(セイレーン)半人半鳥(ハーピィ)のように顔は醜悪で、おぞましい。水中にいるだけ身体は清められているからか糞尿の匂いがないだけマシ……といつだったかアリーゼ達から聞いたことがあったのを思い出した。精霊が人魚の姿をしていたのなら、まだ嬉しいかもしれないが怪物だったら事だ。

 

「………ぅ」

 

呻き声を漏らす。

背に伝わる柔らかさ、温もり。

肌を撫でる水の流れ。

振り返ればそこにいるのは、人魚の身姿をした水精霊(ウンディーネ)。美しい人魚に出会いを求めるのは間違っているだろうか。そんな阿保なことを考えた兎は振り返り、そして後悔した。

 

 

「ゲゲゲゲゲッ! しっかりおしぃ! 諦めるんじゃないよぉ! あのブサイクをぶっ殺すんだよぉぉぉお!!」

 

「ゴバッ!? ゴボボボボボーーーーーッ!?」

 

(ジュ、儒艮(ジュゴン)ンンンンンンン!?)

 

 

口から溢れ出す大量の空気に、ベルは意識を覚醒させたことを後悔した。いや、まあ、死ぬとは思ってはいなかったけれども。【終滅の天刑(ヘヴンズ・カタストロフ)】で殺すつもりでいったのにこの女戦士(モンスター)、存命しているしピンピンしてやがる。なんてこったい、鎧がなくなってインナーだけの姿になっているじゃあないか。ベルは心の中で「お義母さん助けて!?」と悲鳴をぶち上げた。

 

 

×   ×   ×

戦場A ガレー船内

 

 

「本当にお前は………こういう時は逃げろ、馬鹿が」

 

呆れて怒る気にもならないアイシャが、疲れたように目の前の春姫に言う。春姫は相変わらずカタカタと震え、涙をこぼすばかりで、まるで幼児のようだ。

 

「大丈夫、大丈夫ですアイシャ…さん」

 

大丈夫なものかよ。

大丈夫なら、そんな死んだような目なんざしちゃいない。アイシャは言葉にせずそう思う。苛立ってしまうのは種族柄で仕方なく、それとは別にサンジョウノ・春姫という小娘が憐れで仕方ない。

 

「ここから出なければ、お部屋から出さえしなければ父上に怒られません。怒らせてはいけないのです。逆らったら、今度は何をするか……もう誰にも、不幸を振りまくわけにはいかないのです」

 

脅迫観念のようなそれ。もうそれはいっそ、自己暗示でさえあり。だからこそフリュネ達に付け入られる。

 

――(ここ)から出るんじゃないよ。

 

春姫というお荷物である道具を逃げさないための脅迫であろうとも、春姫というどうしようもない妹分を守るために言った言葉であろうとも、彼女にとっては同じこと。碌に戦闘などできない戦争遊戯に駆り出され、あろうことか未知の怪物のご登場。一般人と大して変わらない小娘の精神的苦痛は計り知れないものだ。アイシャは「ああくそっ」と瞼を閉じ、握りこぶしを作り、思考を巡らせる。

 

「春姫……」

 

考えても、正直なところアイシャに春姫のことはよくわからない。何を考えているのかわからないし、何もかも諦めたような顔を普段からしているから、尚更だ。でも、あの白髪の少年と出会ってから確かな変化もあった。

 

『春姫に常客? まじで?』

 

『ねえアイシャ、春姫が料理してるー!?』

 

『なんかアイツ、最近よく笑うよな。なんでだ?』

 

娼婦が料理してもてなすってなんだ。身体を貪らせろよなんて思うが、それでも今までなかった行動はきっと『兆し』だ。諦観の念で過ごしてきた小娘に訪れた確かな変化。

 

 

『ほら、笑おう! 唇を曲げるんだ! 月が似合う貴方には、涙なんて似合わない!』

 

背中が痒くなるような台詞をあの少年は言っていた。まるで英雄譚の真似事だ。

 

『僕はまだ、貴方の願いを叶えていません』

 

(願い……願い、か……)

 

きっと、戦争遊戯は中止になって神々の話し合い次第では別のお題で再開させられる可能性もあるだろう。そうでなかったとしても、また満月の夜がくれば春姫の末路は変わらない。『フレイヤを潰す』なんて女神の神意に殉じて、消えてしまうのだろう。だとしたら、こんなにも美しく育ったこの娘は、いったい何だったのだろう。

頭の中の回想を終わらせ、瞼を開く。

俯いて怯える小娘に、アイシャは唇を動かした。

 

 

「春姫…今までの願いとか関係なく、今この瞬間、お前の中にあるものを言ってみな」

 

(いち)女戦士(アマゾネス)として、【フレイヤ・ファミリア(強者)】と戦ってみたいという気持ちはもちろんある。だが、気に入らない。道具のように扱って、どうでもいいように斬り捨てる奴らが気に入らない。

 

()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…………願、い?」

 

顔を上げた春姫の瞳には、視線を合わせるように片膝をついて肩に手をおくアイシャが確かにいた。彼女の眼差しは優しかった。流れっぱなしの涙を指ですくって、答えるまで目を離さないと訴えてきて春姫は泳ぐ視線で、怒られないように、次第に、小さく、口にし始める。

 

「………………ここに、いたくない」

 

「そうかい」

 

「誰にも………傷ついて欲しくない」

 

「そうかい」

 

「……………あの子に、会いたい」

 

「それで?」

 

「死にたく………ないっ」

 

ほろりとまた涙が零れ落ちる。

肩に乗るアイシャの手を握り返して、震える喉で必死に言葉を押し出す。短い少年との楽しかった日々を思い出す。無くしてしまったけれど市場(バザール)で買って来てくれたという水差し(ランプ)を受け取った時は嬉しくて、2回も願いを聞いてもらった。『ランプの精霊』とやらが3回願いを叶えてくれるという御伽噺を話題にしたからなんだろうけれど、それでも、真似事でも、春姫は嬉しかった。

 

1つ目の願いは『また会いに来て欲しい』。

2つ目の願いは『春姫の作った料理を食べて欲しい』。

 

では、3つ目は?

 

 

「―――――助けてぇ!!」

 

 

すぅっと空気を吸って胸を膨らませ、精一杯大きな声で願いを口にする。アイシャが「ちゃんと言えたじゃないか」と唇を曲げた。春姫の願いにまるで応えるように、光の羽が宙を飛び回り、巨大な怪物は動きを止める。怪物の視線の先、海の上、そこには、剣を構える少年がいた。

 

 

×   ×   ×

港町(メレン)

 

 

太陽が傾き、空と海には黄昏の色が添えられ夜が支配していく。遠い海上では今も神の眷族達が血反吐を吐きながら戦っていることは『鏡』を通して見えている。そこに2柱の女神が現れていた。

 

「アミッドは怪我人の治療を」

 

静かにアミッドに言うと彼女は白の衣が水を吸ってしまうのも構わず港を歩き、極東美人(ヒューマン)の元に辿り着く。

 

「イシュタル、貴方も何かなさい」

 

「ならこの縄を解け! お前はアルテミスか!?」

 

()()()()()()()()()()()、行動するべきではないかしら?」

 

「うぐ……っ」

 

まるで盗賊にそうするように身体を縄で縛られたイシュタルが吠えたてる。褐色の肌に縄は食い込み、豊かな胸は形を歪めてしまっている。咎めるように怒るイシュタルにアストレアは「だってあそこで座っていても仕方ないでしょう?」と小首を傾げた。

 

「ア、アストレアにイシュタル!? なんでここに!?」

 

「どうしてと言われても……眷族(こども)達が命を賭して戦っているのに、見物しているだけなんて…それは違うでしょう?」

 

意識がないらしい輝夜の頬に手を当てながら、アストレアは後ろに現れたニョルズに振り返り微笑んだ。現れるとは思わなかった2柱の女神―1柱は最早連行だ―に驚きを隠せないのは仕方ないことだろう。

 

「輝夜……」

 

濡れて冷たい身体を、自分も濡れてしまうことも気にせず抱きしめて心を随分とかき乱された娘を労わる。そして、言う。

 

「輝夜、起きなさい……貴方の心臓はまだ『未練()』を持っているでしょう?」

 

 

×   ×   ×

? ? ?

 

 

そこには赤い花が咲いていた。

一面が赤で埋め尽くされていて、彼女は……輝夜は、そこが『彼岸』であると悟った。赤い花の名は、『彼岸花』。花畑ともいえるその先には、清らかな河が桜の花弁と共に流れている。そこに、1人の少年の後ろ姿があった。

 

 

「――――」

 

相応しい末路だ。

何せ、勝手に癇癪を起したばかりか過去と同じ過ちを犯してしまったのだから。そんな面倒な女なぞ、自らが殺めた男に断罪されるのが相応しかろう。そう、彼女は俯きながら口元に呆れたような笑みを浮かべて、川に近付いていく。

 

 

『ダメだ、輝夜』

 

「…………」

 

『まだ、来てはいけない。貴方の心臓はまだ『未練()』を残しているはずだ』

 

「私に、何をしろと? まだ無様を晒せと?」

 

『そうだ』

 

その少年は決して振り返らず背中を向けたまま、ぴしゃりと言う。

 

『無様を晒し、それでも今日まで生きてきたのだから……まずはそのことを誇るべきだ』

 

輝夜に言い返す暇など与えないとばかりに、少年は輝夜の方を指さした。正確には輝夜の後ろを。振り返った輝夜の瞳には、光の羽が舞うのが見えた。

 

(光翼……ベル、か……)

 

手のひらに乗ったその光の羽は軽く、けれど温かく、輝夜に力を分けてくれるかのよう。まるで女神に手を握ってもらっているのではと思ってしまうほどだ。思わず、頬が綻んでしまう。

 

『君は年下好きだろう?』

 

「は?」

 

『散々、自分好みに年下の少年を育てておいて、今更捨てるのは……人間としてどうかと思うワケ』

 

「お前、そんなキャラだったか?」

 

『流行りには乗っかるべきだよ』

 

「………」

 

『輝夜、()()()()()()()()()()()()?』

 

「私は……私、は……」

 

俯き、拳を握り締め、唇を噛む。

火消しも碌にできない自分を唾棄し、言葉を詰まらせる。何度も口を開いては閉じる、まるで陸に上げられた魚のように無様だ。

 

『今わの際なら、別段、恥ずかしいことを口にしてもいいはずだ』

 

「………私は、欲しかった」

 

『手に入らないとわかっていても、最後まで手を伸ばすことを止められない』

 

輝夜の言葉を代弁するような少年の言葉に、思わず笑みと雫を零す。思い返すのはオラリオに来てからの日々。仲間達と正義とやらのために都市に蔓延る悪党共を屠り、最凶の女と共にやってきた白兎(マスコット)と過ごす日々。リューのように生真面目というわけではないが、どこまでも純粋で白くて、だから目が離せなくなって性癖というのもあるのだろうが、好いてしまっていた。

 

「それが、今ここにしかいない私というモノの在り方、なのだろう」

 

それはきっと、理想なのだろう。

あの自分よりも小さかった手がいつの間にか大きくなって背丈も同じになって、手を繋いで横に並んで歩く何ということもない光景こそが、今ある輝夜の理想なのだろう。

 

「嗚呼……」

 

認めよう、認めるしかなかろう。

輝夜は雫を零して膝を折り、笑みと共に口にする。

 

「欲しかったなあ……『愛』」

 

この毒壺(からだ)では、きっと得ることはできない。恋を認めても愛には至れない。そういう一族で、そういう身体なのだ。だから、諦めたこと。それでも欠片でも求めてしまったから、歓楽街なんぞに足を運んでしまった。

 

『行くんだ輝夜、こんな道半ばで散ってしまうなんて……そんなのは違う筈だ』

 

後から轟雷と怪物の叫び声が聞こえた。

それに抗うように星炎が吹き荒れた。

彼岸の河の向こうにいる少年は決して輝夜へと振り向こうとはせず、いつまでも過去を引きずるものじゃないと面倒くさい女に説教するように諭してくる。

 

(これは所詮、幻想だ。幻だ……)

 

わかっている。そんなことは、わかっているのだ。

未練たらたらに過去をいつまでも引きずって、だからこんな幻想を見るんだと本当にどうしようもない女だと自分でも呆れてしまう。重たい腰を上げて輝夜は少年に背を向けることにした。

 

『ああ、そういえば愛といえば』

 

「?」

 

歩き出そうとしたその時。

少年が何かを思い出したかのように口を開いた。だから輝夜も足を止めて振り返る。そこには背を向けていない、ちゃんと輝夜の方を見ている少年がいた。温かな光が少年を照らして顔がよく見えないが、口元は悪戯する悪ガキのような笑みを浮かべていて、細い指で唇に触れていた。首を傾げる輝夜に、一言。

 

 

『愛ならちゃんと、得ているじゃないか』

 

「――――は!?」

 

『貴方はちゃんと、救われているよ』

 

「おい、それは……どう……い…う……ぅ?」

 

問い詰めようとして、自分の唇に触れて思い出す。

意識を失うその刹那、白兎にしっかり唇を奪われていたことを。

 

「~~~~~~~~~~~!!」

 

『このままでは死因が接吻になってしまうが、いいのかい?』

 

「良いわけあるかぁ!?」

 

ボフッと赤くなった顔を着物の袖で隠して輝夜は走り去っていった。もうそこに、かつて殺めた少年の幻はなかった。

 

 

×   ×   ×

戦場B

 

 

砕け散った氷が散見される。

海の上だ。

ガレー船だったものの残骸にしがみつくような形で、青年は意識を取り戻した。

 

 

「ぐ………な、何故、ここに……天の雄牛(グガランナ)が……?」

 

 

【アストレア・ファミリア】の団員と共に美神もどき(輝夜)と戦っていたところまでは覚えているが、如何せん輝夜に顎を蹴られて意識を落としたのだ未だに顎を襲う鈍痛に顔を歪めてしまう。敵派閥の団長と副団長に負けてしまったことになるが、主神の顔に泥を塗ったことになってしまうだろうか?なんて思っていたら、視界にどっかで見たことのある牛と女がくっついた怪物の姿を見た。

 

 

「へぇ……顔見知りかよ」

 

「!?」

 

思わず口にしてしまったその怪物の名に、まるで事件の犯人、容疑者を見つけたかのような声音が青年の耳朶を震わせた。振り返れば負傷した腕を庇うようにして立つ桃色髪の小人族(パルゥム)が。負傷が酷いのか、片目は閉じられ頭から血が流れていた。青年が覚えている限り、自分の近くには彼女はいなかったはず。もっと前線にいて……ということは、負傷からして吹っ飛ばされるなりしてここまで下がってしまった?なんて冷静に考えるが、それどころじゃない。小人族(パルゥム)の目は冷ややかだ。

 

「ひでぇじゃねえかよ、あんな知り合いがいるなんてよぉ……もちろん、紹介してくれるんだろうな? ()()()()()()?」

 

「ひ、ひぃいいいいいいいいいいいいい!?」

 

 

ニッコリと微笑んだライラにタンムズ・ベリリは悲鳴を上げた。

 

 

×   ×   ×

戦場A

 

動く者がいなくなった氷の大地。

分厚い氷が瓦礫のように方々に散見される中、ようやく邪魔者がいなくなった『精霊の分身(デミ・スピリット)』は動き出した。沈んでいく太陽の輝きにどこか寂しさを感じて目を細めたが、それも一瞬。ズンッ、ズンッ、と陸に向って巨脚を進め始める。

 

「―――光翼、展開」

 

『?』

 

視界を光の羽が鳥のように、あるいは蝶のように飛んで怪物の上半身は光の羽を目で追った。見れば、海面に2本の足で確かに立つ白髪の少年がいた。右手には紅の長剣が握り締められ、左腕には黒のロングマフラーが巻き付けられている。それ以外に防具と言えるものは装備していない。壊れてしまったのだ。沈みゆく太陽の光を背に、昇りゆく月の光に照らされて紅の色を帯びる瞳は確かに、『精霊(かのじょ)』のことを見ていた。

 

「【アストラルボルト】!」

 

真っ直ぐ、稲妻状の形を描きながら怪物に発射される。それを怪物は羽虫を叩き落すかのように片手一本で叩いて消した。

 

『……痛い』

 

けれどしっかりと感じる焼ける痛みに怪物は表情に怒りという感情を浮かばせた。まだ残っていた邪魔者を潰してやろう。そう考えて向かおうとして、脚が引っ張られる感覚に動きを止めて足元を見下ろした。

 

「ゲゲゲゲ、美しいアタイを無視するなんていい度胸じゃないかぁ~ぃ?」

 

『…………気持チ悪イ』

 

突き刺さっていた銛がそのまま残っていたのだろう。繋がっている鎖をヒキガエルという言葉が相応しいような巨女が握り締めていて、怪物の動きを止めているのだ。本気で自分が美しいと思っているらしい巨女に怪物はおぞましいものを見たような顔をして、そして次には勢いよく下半身の巨牛を転進させて釣り糸のように引き寄せた。そのまま、踏み潰すつもりなのだろう。

 

「――【食い殺せ(ディ・アスラ)】」

 

『!?』

 

影が牛の身体に飛びついた。

そのまま、爪を立ててしがみついたそれは、完成した魔法を解き放つ。

 

「【ヴェルグス】」

 

その魔法は、毒妖蛆(ポイズンウェルミス)の『劇毒』をも上回る毒の鎧。『闘国(テルスキュラ)』出身のアマゾネスの乱入者が纏ったその毒に、怪物は絶叫を上げた。

 

『ア、ギィイイイイイイイイイイイ!?』

 

焼けるような熱。

腐り落ちるようなことこそないが、その熱は耐えがたく怪物は身体を悶絶させた。

 

「は、ははは、はははははははははっ!!」

 

さらに乱入者の追加。

毒の鎧を身に纏うアマゾネスと似た容姿のアマゾネスが怪物の体の上を走り抜ける。防具なんて身に付けていない狂戦士(バーサーカー)は脅威的な速度で女体に肉薄し、苦しみ悶える女の顔、その眉間に踵を落としていた。

 

『ヅッ!?』

 

「醜い、醜いな、こいつは!!」

 

眉間に足を埋めたまま邪悪に笑みを浮かべたアマゾネスはそのまま拳を何度も叩き込む。訳が分からず悲鳴も上げられず、顔に取りついた虫を叩き潰そうとして手を振れば自分の顔を強打しただけで終わり。氷上の上に立つ3人のアマゾネスは少なくとも2人が好戦的に笑みを浮かべ、背後から迫りつつある白髪の少年は魔法の詠唱を邪魔するように速攻魔法を打ち込んできた。

 

『!?!?!?』

 

もう動けない筈。

潰した、焼いた、貫いた、吹っ飛ばした。そこら中にまだ倒れている奴らはいる。なのに、なんで? 理解できない異常事態に怪物は確かに、この時、恐怖を覚えた。

 

 

「――――勝負だ」

 

 

海上を走り出した少年は背に光翼を従えて、領域外からやってきた怪物に再戦する。

 

 

×   ×   ×

港町(メレン)

 

 

目が覚めると、背中をさする女神がいた。

何故いるんだと混乱するが、背中に伝わる温もりと手を握る女神の温もりに笑みをこぼしてしまう。親に抱きしめられて安心する子供のように。

 

 

「輝夜、勝手で悪いけれど……【ステイタス】は更新させてもらったわ」

 

「!」

 

 

 

×   ×   ×

戦場A ガレー船内

 

 

「春姫」

 

 

美神の声だ。

アイシャと春姫がそろって声の方に向くと、そこに美神がいた。腰に手を当て、つまらなさそうな表情で、自分の眷族ではないアマゾネスを従えて彼女は姿を現した。

 

「な、何でイシュタル様が……」

 

アイシャですら女神の出現に驚きを表せないのだろう。春姫のことを見たイシュタルが、ふと優し気な笑みを浮かべた気がしたがそれはすぐに消え去った。

 

「春姫」

 

「イ、イシュタル様……申し訳、ございません」

 

何について謝っているのか、アイシャには分からなかった。

春姫は深々と頭を下げて、身体を震わせている。

イシュタルは春姫の謝罪を受け取ったのか、間をおいて改めて口を開いた。

 

 

「脱げ」

 

 

訪れは、沈黙。

ぽっと赤くなるのはアマゾネスとは違う貞操観念を持つ春姫であり、アイシャは「はぁ?」という顔を隠そうともしない。しかし次のイシュタルの言葉に2人は驚愕させられた。だってそうだろう、少なくとも有り得ないと思っていたのだから。

 

 

「【ステイタス】を更新してやると言っているんだ、脱げ」

 

「「!?」」

 

 




【カーリー・ファミリア】は普通にメレンにいます。
ソードオラトリアの話はやりませんが、それは正史でも同じですしね。ベル君の話の裏では似たようなイベントは発生している。そう思ってもらえれば。

天の雄牛(グガランナ)について。
正史よりは強いでしょう。別作品とかで使いたい魔法を採用しているのだ。【アイス・エイジ】しかり【ダウンバースト】しかり【コズミック・レイ】しかり。強い理由としては投入タイミングです。【酩酊(ドランク)】とかありかなとか思いましたがめんどいのでナシ。

正史ではイシュタルがタナトスに命じたためにクノッソスで投入されました。

が、この話ではロキFがクノッソスに進攻したときにそのイベントが発生していないため正史よりも成長した状態で投入されたわけです。
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