太陽落ちる茜色の光と夜の訪れ報せる月光が差す海上で、侵略者たる怪物を倒さんと、神の眷族達が破壊痕激しい氷上の上を駆けていた。幾度となく人智の魔法は行使され、その証拠に海を凍らせて作り上げた極寒の世界は氷山が崩れていくかのように足場が失われつつあった。
「ぉおおおおおおおおおおおッ!」
1人の
身に纏うのは鎧などではなく、下着と言っても同然な
「カァアアアアアアリマァアアアアアアア!」
もう1人の
彼女もまた毒の鎧を纏う
【カーリマー】。
『
「――ぁ、あああああああああああああッ!」
白髪を揺らし、少年は走る。
己の性能限界を超えたその速度は
『!? !? !? !?』
怪物の顔は混乱に染まっていた。
壊したというのに、まだ……まだ、立ち上がる。どころか、さっきよりも壮絶で、自分を傷付けてくる。訳が分からない。皮膚が溶かされ肉が腐る。熱病の如き痛みに苛まれ、かと思えば素手で身体を破壊しにやってくる。更には星炎が視界を奔り、こちらからの反撃を牽制してくる。挙句―――。
「ゲゲゲ、何もさせやしないよぉおおおおおおおお!!」
後脚に突き刺さったままの『捕鯨銛』から伸びる鎖を引っ張り、動きを阻害する巨女だ。怪物は思う、なんだこのおぞましい存在は…と。
『ゥ、ァーーーーァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』
鬱陶しい、と怪物は叫ぶ。下半身の巨牛さえも叫びあがり、暴れまわる。勢いよく巨牛が身体を捻り、釣り糸のように巨女を引き寄せる。しがみついて離れない双子の女戦士など無視して、まずは瞠目する巨女をそのまま
「ぎっっ……!?」
氷の大地に、巨女が陥没する。
続いて、怪物は詠唱する。人智を超えた詠唱速度を以てして行使する魔法で、双子を
『【ウォータージェイル】!』
「「!?」」
巨大な水の球体が2つ。
双子のアマゾネスを閉じ込めた。
彼女達が脱出しようと藻掻くが、球体はただ、たぷんと波打つだけ。
(出られん……!)
(手が、足ない……!)
動きを封じられた双子を両手で叩き潰そうと、怪物は体勢を整えて両腕を拡げた。そのまま怒りのままに肉薄。
「させ、ない!」
『ギッ!?』
それを邪魔するのは、
「【
「【ルミノス・ウィンド】!」
「【アガリス・アルヴェシンス】!」
『ィイイヤァアアアアアアアアアアアアアア!?』
両手を、リャーナの魔炎とリューの緑風が吹き飛ばし、炎を纏ったアリーゼが顔面から胸へと縦に剣を一閃、爆炎が爆ぜた。
怪物の魔法が解除され、双子が水の牢獄から脱出。もう動けないと思っていたはずの人間がボロクズになってなお眦を裂く様子に怪物は戦慄する。着地し、氷上の上で洗い呼吸を繰り返す神の眷族達。怪物は吹き飛んだ両腕を再生させながら、苦痛に顔を歪めながら目の前にいる人間達を『有象無象』より『脅威』に認識を変えた。
2秒。
それがこの決戦における束の間の静寂。
それを終わらせたのは、頭上より降り注いだ光塊だ。
「「「「ッッ!?」」」」
身体に確かに現れた『力が湧く』感覚と、身体を覆う黄金色の光に、神の眷族達は目をあらん限りに開き、瞳を震わせた。
「…………どうなってんだいぃ!?」
巨女は、フリュネは顔を歪ませてまで驚きを隠さない。
その光の正体など分かり切っている。
春姫の『
× × ×
魔法は先天系と後天系の2つに大別することができる。
先天系とは言わずもがな対象の素質、種族の根底に関わるものを指す。
後天系は『
「あの小僧がお前に見せたのは紛れもなく『
魔法とは興味である。
後天系にこと限って言えばこの要素は肝要だ。何事に関心を抱き、認め、憎み、憧れ、嘆き、崇め、誓い、渇望するか。引き
「あの小僧がお前の元に現れてから、お前は変わった。なら、
一粒の血が滴り落ち、波紋を起こした。
光の波紋を起こした後、
(これで……イシュタル様の計画は破綻した。もう、『殺生石』の儀式はできなくなった)
▼
▽
サンジョウノ・春姫
Lv.1
力 :I 8
耐久:I 32
器用 :I 15
敏捷 :I 23
魔力 :E 403
《魔法》
【ウチデノコヅチ】
・
・発動対象は1人限定。
・発動後、一定時間の
・術者本人には使用不可。
【ココノエ】
・付与魔法。
・詠唱連結。
・連結対象の魔法効果を装填。最大発動数は九。
△
▲
「…………フン」
鼻を鳴らす女神は、静かに眷族の着物を戻し肌を隠してやった。それがステイタスの更新を終わらせたのだと理解するのに時間はいらなかった。耳をぺたりと畳んで俯く春姫は恐る恐る振り返る。アイシャもまた、イシュタルのその面白くなさそうな表情に片眉を上げる。
「春姫」
「?」
「自分の『恋』は自分で守れ。女ならばできて当然のことだ。でなければ、お前が全てを差し出してまで教えて欲しいと私に言った『愛』など得られん。見ろ、あそこでお前の『雄』がお前の叫びを聞いて立ち上がり、吠えているぞ? お前はこのまま、ここで待っているだけでいいのか?」
見つめ合うイシュタルと春姫。
どこか優し気な眼差しを向けてくる主神に、眷族は頬をわずかに染めて再び、俯いた。そんな眷族に溜息を吐いて、腕を引いて立ち上がらせた。
「歌え、春姫。お前にはそれしかない」
「………」
春姫に
春姫は、歌う事しかできない。
震える瞳を、真っ直ぐ、金の瞳が見つめる。
自分の大きく育った胸に手を当てトクントクンと震える鼓動を感じて、姉貴分なアイシャを見て、そして怪物と戦う冒険者、その中にいる愛しい少年の『炎』を見て、春姫は、臆病な小娘は、新たに得た『妖術』、その『魔法名』の宣言を始めに口ずさんだ。
「――――【ココノエ】」
女神の神意がわからないアイシャは、腰に手を当てて女神の横顔を見た。まったくもって面白くなさそうな顔だし、何かこう、宝物を手放したような喪失感さえ感じさせられる。アイシャの視線を感じたのか、イシュタルは歌う春姫を見たまま唇を動かした。
「私が春姫を見つけた時、見て分かるほどに絶望した顔をしていた。それこそ、捨てられた子犬のような顔だ」
どういう経緯で
「春姫には『愛』が分からないという欠陥が存在する。それはお前達も見抜いているだろう? 暗示をかけていたのだから」
――『ここから出るんじゃないよ』
それは暗示。
その正体は、『自己暗示』。
自分を叱責する父親に怯えた小娘が、父親を怒らせないようになってしまった結果。春姫の記憶の中に、母親の愛というものは存在しないし父親の愛というのも存在しない。友人と呼べる者に出会い、屋敷を抜け出して遊んだ楽しかった思い出はあるが、その結果、父親を怒らせてしまった。怒る父の顔しか、春姫は知らないのだ。
「『愛』を教えてください……それが、春姫が私の眷族になった時に言った言葉だ」
「……それと『殺生石』の儀式、どう関係があるっていうんだい?」
「神に意見するなら、対価を支払え」
「?」
「私は春姫に『愛』を教える。なら、お前は何を差し出すのか……春姫は『全て』と答えた。迷うことなくな。まあ全て失っていたようなものなのだから、失うことに恐れなどなかったのだろう」
「待て」
春姫の歌声が遠い。
紡がれる呪文と並行して彼女の身体に変化が起こり発散された『魔力』が無数の光粒になって収束し、臀部へ集まっていく。しゃらんと鈴をまろばすような音が鳴り響くとともに、彼女の毛並みの色と同じ5本の『光の尻尾』を生み出した。もとの尻尾と合わせれば計6本。金色に光り輝く狐の尾。その御姿に、まさに巫女のように祝詞を口ずさむ少女の姿に、『鏡』を通して神も人も美神に魅了されるがごとく見惚れてしまう。
「なら、儀式はあいつの意志ってことかい? 私はそんな馬鹿を救い出そうと『殺生石』を破壊しようとしていたってのかい?」
「それは違う」
春姫の額に玉の汗が浮かぶ。
身体の内から
「『殺生石の儀式』は私が企てたものだ。春姫が『全て』を差し出すと言ったのだ、なら、春姫の『全て』をどのように扱うかは私次第というわけだ。文句など言わせん。私は春姫に確かに質の良い『衣』を与え、『食』を与え今日までああも育たせ、雨風に凍えることのない『住』も与えてやった。『愛』を得る機会もくれてやった」
「それが……娼婦」
「そうだ。古来より男の獣性を沈めるのは女の役目だ。決して醜いものではないし故にこそお前達は『
光の尾を生やした春姫は続けて、歌う。
それはイシュタルが固執していた【
「私は与えるものは与えた。なら、あとは春姫が差し出す番だ。違うか?」
「………それで、春姫は知れたのかい?」
「そんなわけないだろう? 私がどれだけ手を尽くしても、説いてやっても、機会を与えてやっても、あいつの貞操観念が邪魔をした。そして春姫自身が、全てを諦めた。だが、そんなこと知ったことではない」
大きくなれ、と歌う春姫に大きな溜息をつくアイシャを誰が責められようか。あとで拳骨の一つでもくれてやる、とそう思うアイシャにイシュタルは独白するように言葉を紡ぐ。それこそ、複数人を一斉
「――――変態め」
「【ウチデノコヅチ】!」
高い音響を放って光の槌が割れる。
燦然と輝く光鎚の破片は光の尾に吸い込まれ、同等の輝きを放ち―――。
「【舞い踊れ】!」
イシュタルの指示の下、それぞれの神の眷族達へと階位昇華は付与されたのだ。
× × ×
時は現在に戻る。
完成した【ウチデノコヅチ】が怪物と戦う4人の神の眷族達に付与された。そして最後に、氷上を駆けるアイシャが光に覆われて怪物へと接敵した。
「くそったれがぁ!」
『ギィッ!?』
まるで八つ当たりの如く、上半身にある女体の顔に蹴りがぶち込まれる。大朴刀を握り締めるアイシャが血走った目をそのままに暴力を振るう。『愛』が知りたかっただけでここまで面倒なことになるのか、とそんな小娘を私は守っていたのかと癇癪を起して制御できずにいるように力任せに刃を走らせる。
『~~~~~~~~ッッ!!』
暴れる女体から飛び退き、アリーゼ達と肩を並べる。
「何、これ、私達今、どうなってるの!?」
「わからない……わからないが、力が湧く……少し、精神と器のズレのようなものを感じるが……まさか、これは……」
「アイシャぁ! イシュタル様は勝手に何をしたっていうんだぃ!?」
ぴーぴーわーわー言う姦しい2人の乙女達―と1体―にアイシャは更にイラァして叫びあがった。
「
× × ×
「「「「「えぇええええええええええええええええええ!?」」」」」
神々が驚倒する。
下界の『未知』凄まじく、まさしく『
「ま、魔法で眷族の階位を上げるとかありかって思ったけど!?」
「まさかの複数!?」
「【疾風】もランクアップしたってことは、第一級があそこには5人ってこと!?」
「ほ、欲しい! 春姫ちゅぁあああん、僕の子になってぇええええ!!」
「おい馬鹿、【
「「「「……そうだあいつ、魔法の効果ぶんどる盾持ってても第一級の【
× × ×
黄昏の館
「行けぇ、バーチェェ!」
ティオナが拳をあげて『鏡』に叫びあがる。
先程まで「援軍いったらダメ? は?」とキレていたことは記憶の彼方だ。『鏡』には毒の鎧を纏ったアマゾネスだとか、炎の鎧を纏ったヒューマンだとか緑風で空を飛ぶ妖精だとか星炎を打ち上げる少年だとかが映っているが、その光景はまさしく星灯りのように眩い。怪物は逆境を覆し始めた人間達の命の輝きに戦慄し、蹈鞴を踏んでいるほどだ。
「第一級が5枚……!」
「Lv.6が3枚、それも【
「状況としては遠征の時の我々と同じにはなったのか……?」
「第一級冒険者が複数という意味では、恐らくは……でも、あの時よりも今回の方が手数が多いです」
「うん、地上だからアマゾネスの人達が沢山いるの、わかる」
フィン、ガレス、リヴェリアと続きレフィーヤとアイズが口を開く。アリーゼやベル達の他に『鏡』には、倒れていたアマゾネス達が極寒の大地を駆け、自分達よりも遥かに巨大な怪物に飛び掛かっては吹っ飛ばされてを繰り返し、拳、蹴り、剣、槍と武器という武器を振るっているのが映っていた。
「頑張れ……ベル」
アイズは膝の上の自分の拳を握り締め、『鏡』に映る幼馴染に応援した。それに応えたかのように、彼の背中がチカチカと発光した。
× × ×
『【 ̄ ̄ ̄、―――、___、 ̄―_― ̄ ̄】!!』
身体を傷だらけにされた怪物は怒りの形相そのままに歌を紡いだ。両腕で胸と顔を守りながら、人智を超えた魔力と詠唱速度を以て人間達を屠る魔法を紡ぎ出す。最早、氷の大地が砕け散ってしまうことなど、構わないとばかりに。
「また何かしてくる!!」
「形勢は逆転しつつあるのに……まだ、足りない!」
アリーゼが怪物が魔法を繰り出してくると叫びをあげ、リューは唇を噛む。天秤は自分達に傾きつつある。あるのに、まだ、足りない。まだ一手、足りない。あの怪物がどのような魔法を行使してくるのかわからないが、喰らえばきっと、また自分達は倒れてしまうだろうことは分かり切っていた。
「そこの胸の大きい、まだ理性が残ってる方のアマゾネスの人!」
そこに、ベルの声が耳朶を震わせる。
名前がわからないからだろう、身体の特徴だとかを言って毒の鎧を纏っている『
「
「!?」
短い要求。
何を考えているのか分からないが咄嗟に、そう、かつて鍛えていたティオナから「何かやらかす子がいるんだよ」と聞いていたバーチェはバレーボールをするように両膝を折り、腕を股の間に組んで、毒の鎧を腕の部分だけ解除する。そこへベルが飛び乗るとLv.6の膂力で一気に真上へと打ち上げた。
【
「――【狂い咲け】」
氷の上を音もなく駆ける剣客が1人、参戦していた。心酔する女神にステイタスを更新され、新たに発現した
「【浅ましく求むるは】」
まるで『俳句』でも読むかのように、
「【今際の
かつての主神の手から離れているのに、忌まわしいと唾棄する一族の技を使う自分は、過去を斬り捨てきれない自分はなんとも浅ましい存在なのだろう。そう自嘲し歌い上げた彼女は、抜刀と共に魔法を解き放つ。
「――【サクヤノハナ】」
鞘から抜けていく刀が桜色に染まっていく。
思い出したくもない神の名を冠するその魔法に彼女は僅かに躊躇を見せて、塗り替えるように居合の名を口にした。
「居合の太刀」
「【零戦】」
抜刀する。
瞬間、刀の奔る空間が歪んだ。
それこそ、陽炎のように。
不可視に近いそれに、何が起こったのか誰も理解できなかったが、その効果はすぐに
『―――ヒッィイイイイイイイヤァアアアアアアアアアア!?』
詠唱していた怪物は突如悲鳴を上げたのだ。
となれば魔力の制御を手放してしまえば起こるのは『
「桜の……木?」
× × ×
「行きなさい輝夜」
胸に手を当ててアストレアは昇っていく月を瞳に映す。
視界の奥を1隻の漁船が男神を連れて奔っていったが、まあいいかと気にしない。自分もこうして危険地帯に足を運んだわけだし、
▽
▼
ゴジョウノ・輝夜
Lv.4
《スキル》
【
【
《魔法》
【ゴコウ】
詠唱【禍つ彼岸の花】
【サクヤノハナ】
詠唱【狂い咲け】【浅ましく求むるは】【今際の
▲
△
「貴方が発現させた魔法は、
その魔法は、相手の魔力を喰らい成長する
「輝夜、戦える?」
輝夜が戦場に旅立つ前に問うたアストレアに、輝夜は間をおいて答えた。
「………『貴方は悪くない』と言ってくれた子が、目の前にいた」
唇にそっと指を添わせ、わずかに微笑んで次には眦を裂いて声を荒げる。
「その事実だけで、私は戦える……! 血にまみれたこの命を賭ける価値があるっ!」
そこに悪神に心を揺さぶられた輝夜はいない。
迷いはなくなったように、彼女は水を吸った着物を雑に絞って氷の大地を駆けていったのだ。
× × ×
御神木、というのが極東にはある。
『特別に神聖視される樹木』とされ、 極東古来から伝承される自然に神が宿るという信仰の中で、樹木、岩、山、滝が神の依り代として崇められてきたものだ。それが今、戦場の中で開花していた。
『イィ………ィィィイイイイイイイイイイッ!?』
藻掻く怪物は、玉のような汗を浮かばせ下半身の巨牛さえ荒い呼吸を繰り返す唾液を氷の大地に落と続けている。上半身の女体は何を見ているのか恐怖の色を浮かばせていた。
『【 ̄ ̄―――_―― ̄ ̄】!!』
紅蓮の
『ゥウウウウウウウウウウウウウウ!?』
「魔法を……妨害してる!?」
「
1人の剣客によって、怪物は完封されてしまったのだ。
そんな剣客―輝夜―は仲間達の美神と殺戮の神の眷族達の視線を一身に浴びながら、怪物に届かぬ言葉を吐く。
「お前に何が見えているか知らんが……美しいだろう?
その言葉の後、怪物は大絶叫を上げた。
全身を覆う大木を軋ませながら、必死の抵抗を繰り返す。怪物の目はあらん限りに開かれ、瞳は彷徨うように泳ぐ。まるで、何かに怯えるように。真実、怪物の瞳と人間達の瞳では
『ヒッ、ヒィイイイイイイイイイイ!?』
彼女の瞳には、
黒い髪に常に閉じられた瞼。生まれたままの姿の彼女達は、例外なく全て同じ顔。女神の身姿を模倣した『画一化の究極』と言っても過言ではない天女も霞む美女達が怪物の身体に奉仕するように這っているのだ。1人や2人なんてものではなく、
「―――すまん」
俯いて、小さな声で短く謝罪する輝夜に仲間達は「お、おう」と魔法の迫力に気圧されまともな返事もままならない。ただ1人だけ、喜色満面に赤髪を揺らしてアリーゼだけは違った。
「大丈夫よ、輝夜! 全然、心配なんてしてないから! 今まで一緒に一つ屋根の下で暮らしていたのに年甲斐もなく24歳の女が14歳の男の子にヤキモチを妬いて癇癪起こしてぶった切ったり、面倒なことにしておいてこのまま逃げ出したなんて私はこれっっっぽっちも思ってなかったから! あ、きっと生理なのね!って思ってただけだから!」
「…………」
「え、ちょっと、ツッコミは!?」
「返す言葉がない……私は、なんて恥ずかしい女なんだ……」
「え、あの、ちょっと……?」
「「「「アリーゼが輝夜を泣かしたー、アストレア様に言っちゃおー」」」」
「ま、待って皆!? おかしいわ、ここは皆、私側に立っているはずでしょう!?」
ツッコミすらくれないどころか、ドンヨリと沈む輝夜にアリーゼがオロオロ。仲間達は「あーあー泣かせたー」な感じでアリーゼはまさかの事態に「私が悪いの!?」とドキドキ。リューは輝夜の肩に手を乗せ、振り返った彼女にトドメを刺した。
「…………ドンマイ」
「ぐっ、うぅぅ……!!」
別にリューは追い打ちをかけるつもりなんてなかった。励ましになるとも思わなかったが、言葉が思いつかず、出た言葉がそれで、でも、それが輝夜の胸にグサリと突き刺さった。未熟者などと言っていた輝夜が、まるで「貴方の方が未熟者だ」と言われているかのような錯覚が、彼女にはあったのだ。
『フーーッ、フーーーーッ!!』
苦悶の怪物に、神の眷族達は顔色を真剣なものに戻す。戻って来た輝夜についてはとりあえず後回し。あとでイジるだけイジろう、と心の中に誓って空の上でベルが何かやらかそうとしているのを察していた彼女達は、改めて武器を構えた。
「「「「おおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」
身動きが碌にできない怪物に、神の眷族達が総攻撃を開始する。今まで散々いたぶってくれた礼を込めて徹底的に。魔法を撃ち、剣で斬り、拳を叩きつける。
『【
悶える怪物は魔力を奪われながら必死に歌を紡ぎ、襲い掛かる人間達を破壊しようと反撃の呪文を歌い上げる。魔力を奪われながら行使しているのか、展開された
「お前等ぁ! 魔法にビビるんじゃないよォ!! もうあのブサイクは虫の息、大した威力なんて出せやしなよぉ!!」
仮にも第一級冒険者。
そこに至るまでの経験か、フリュネは怪物が次に放つ魔法に
『【ライト・バースト】!』
繰り出されたのは短文詠唱からなる、閃光の砲撃魔法。神の眷族達を呑み込まんと閃光が全てを覆おうとした、その時―――。
『―――――ェ?』
閃光を突破してトスン、と谷間に何かが突き刺さる感覚が怪物に訪れた。ゆっくりと怪物は自分の胸元に視線を落とすとそこには、三叉銛が突き刺さっていた。そして飛んできた方角は正面、人間達より後方に浮かぶ1隻の漁船。
「さすがに冒険者のようにはいかないか……」
『魔石』には届いていないことを悔やむように、投擲後の姿勢から戻し肩を回すのは、『海神』の一柱であるニョルズだ。
「でもまあ、これくらいはしないとロキ達に迷惑をかけたからな……易々と
「誰に言ってるんですかニョルズ様ぁ!?」
眷族にメタなこと言わないでくださいとツッコミを入れられてはにかむ男神は、遥か空の上でチカチカと光を目を細める。
「
× × ×
遥か上空
そこは誰もいない虚空だ。
星と星外の境界線にベルはいた。
空気は薄く、呼吸は苦しい、世界は丸みを帯びている。
音がない静寂の世界だが、このままここにいれば正しく絶命するだろうことは確かだった。しかし、ベルは今この時、誰も踏み込んだことのない『前人未踏の領域』に確かに到達していた。例え
「―――っっ!」
血液が沸騰し、血管が破れ血が溢れる。
追従する光翼が数枚、ベルの前に移動し大気による燃焼で肉体が滅ぶのを防ぐ。星に飛来する流星が燃え尽きるのと同じように、熱が身体を蝕む。
(あの人が助けてって言ってた)
戦争遊戯で彼女の姿を見るとは思わなかった。
(お義母さんならきっとあの怪物だって倒せる)
偉大な英雄の残した『偉業』を海の底で確かに見た。
(僕だって……僕だって……!)
胸の中で疼いて燻ぶるのは、まだ言葉にできない『願望』。
「すぅー………はぁー………っ!」
深呼吸を1つ。
そして眦を裂いて、歌う。
女神を殺したあの日から、仮に偽物であったとしても
「【我等に残されし、栄華の残滓。 暴君と雷霆の末路に産まれし落とし子よ】」
地上から一点、上空から一条。
天空を引き裂いて、惹かれ合うようにその場所を目指すベルはまさしく一本の矢だ。
「【示せ、晒せ、轟かせ、我等の輝きを見せつけろ】」
《頑張れ》
《負けるな》
《勝って》
《助けて》
《託したぞ》
そんな声が、どこから聞こえた気がして。
背中が熱を帯びて発光。
「【お前こそ、我等が唯一の希望なり】」
真っ直ぐ降下し、時折軌道を修正して、徐々に近づくにつれて戦う姉達や神の眷族達の輝きが迷彩に見えるようになってくる。冷たい空気の壁に何度も身体を叩きつけられ破壊されようともベルは止まらない。
「【愛せ、出逢え、見つけ、尽くせ、拭え、我等が悲願を成し遂げろ】」
姿さえ知らない家族たちからのメッセージのような魔法の呪文を、紡いでいく。展開される
「【喪いし理想を背負い、駆け抜けろ、雷霆の欠片、暴君の血筋、その身を以て我等が全てを証明しろ】」
多くの冒険者達が命を賭した。
倒れても次の誰かに一縷の希望を託し続けた。
それは決して自棄などではなく、自分達よりも前を走ろうとする仲間達を信じるが故に。降下するちっぽけな光は、その身を星の熱によって焦がし、けれど、その場にいない者達の想いさえ『鏡』を通して受信した器は、その想いに、願いに殉じるように怪物を討ち取るにたる一撃を生み出す。
「【忘れるな、我等はお前と共にあることを】」
桜の花を咲かせる大樹が見えた。
雷を発しながら、ベルは完成した魔法を解放する。
「【アーネンエルベ】」
落雷の如き轟音。
視界を埋め尽くす白光。
大神の眷族達の姿はなく、あくまでも纏うは雷のみ。
そんなベルへ、怪物を討伐する武器が地上より贈られた。
× × ×
氷の大地から空を見上げれば、雷光を放つ何かが飛来してきているのがわかった。アイシャはまるで合わせるようにして魔法を詠唱。フリュネは怪物の尾にあった刃を見つけると、それを上空……ベルに目がけて
「くたばれ!」
輝夜の斬撃が怪物の硬い皮膚を裂き肉を絶った。怪物が無理矢理に後退させられる。
「燃えなさい!」
アリーゼが爆炎を伴って怪物を襲う。さらに後退。
「吹き飛べ!」
リューが砲撃し、桜の大樹に束縛される怪物をさらにさらに後退。
「あばよ」
怪物の正体を知る美神の側近である青年を懲らしめたらしいライラが
「「「「「いっけぇええええええええええ!!」」」」」
怪物は斬られ焼かれ撃たれ爆ぜられ、巨牛の下半身も女体の下半身も見るも無残な傷痕を生んでいた。胸に刺さった銛は抜くことができず、それどころかうつ伏せに倒れたせいで銛がさらに深く食い込んだ。強烈な一撃一撃が見舞われるたびに銛は『魔石』へと確実に近づいていく。迫り来る死に恐怖した怪物は藻掻くが、魔法を使っての反撃も
『ヒィッヒッヒッ……!?』
想いを託すその意志に、器は呼応する。
背中の恩恵が熱を帯び発光し、性能限界を超えた領域に進出する。
「はぁああああああああああああああ!」
『イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!?』
第一宇宙速度、
全身が白に染まり、飛んできた巨大な刃を受け取り轟雷で覆いつくす。全身を弓なりに仰け反らせ
必殺、正義執行。
絶殺。
轟雷断頭。
延髄から切り落とされた女体の頭部が宙を舞い、回転し、海へと落ちて飛沫を上げる。船内から打ち上げられた紅蓮の斬撃が巨牛の頭部を破壊し、二つの魔法が船をも真っ二つに斬り裂き、雷が胸に刺さった銛に触れ、魔石を破壊。氷の大地さえ爆砕した。
ボワ・ド・ジャスティス=ギロチン。
春姫の魔法は3つ目は考え付いています。
2つ目の【ココノエ】については発現タイミングが違うだけです。
輝夜の魔法のイメージは、ヴェルフの【ウィル・ウォ・ウィスプ】とモスヒュージのヤドリギが合わさったような感じ。